.


マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/13


みんなの思い出



オープニング

 夏らしい暑さが、徐々に強まる昨今。
「ゾッ」とする事件が発生した。

 彼女は、「マルチナ」。
 本名は「丸井千夏(まるい・ちなつ)」。略してマルチナ。
 女子大生の彼女は、今ちょっとした「人探し」をしていた。
 高校時の後輩の、栗須芹香。アパートで独り暮らししていた彼女だが、ある時を境に学校をさぼりがちになり、一か月前から行方不明に。
 当然、警察に知らせて捜索してもらっている最中だが……芹香は優等生。動機が全く見当たらず、現在に至っている。誘拐されたのか、何か事件か事故に巻き込まれたのか、警察はその線で捜査をしているが……今のところ、手掛かりはゼロ。
 マルチナも独自に探してはいたが……やはりこちらも成果は無し。
「……ったく。芹香、どこ行ったのよ」
 気分が悪い。こういう時には、タバコを吸うか、コーヒー味の何かを口にするか、お気に入りのミント味のお菓子を味わうか。そうする事で気分転換していた。
カバンを漁ると、あるのはキャンデーにガムの包み紙。それにタバコ。
 コーヒー風味のガムは、正直おいしくない。ならばキャンデーだが、お気に入りのスペシャルミント風味は授業中に舐めてしまい、残り一個。ここで消費したくない。
 仕方なく、箱の中に二本残っていたタバコの一本を取り出し、火を付けた。
 あと一〜二件だけ、聞き込みしてみよう。それでだめだったら今日は戻ろう。
 そんな気まぐれを起こさなければ……マルチナは「ゾッ」とせずに済んだかもしれない。

「なによ、ここ?」
 聞き込みしたところ、縁側に座っているおばあさんから、芹香の情報を得た。

『その子なら、見た事ある。一月前にこの道を通り、向こう側をまっすぐ進んでいった』
『ここから見えるけど、あの建物に入っていったところを見たよ』

 その情報に従い、まっすぐ進んだところ……。
 まるで、廃墟のような場所に彼女は突き当たったのだ。老婆が言っていた『芹香が入った建物』も、廃墟にしか見えない代物。
 こんなところに、芹香がいるわけがない。だが……見るだけ見てみよう。
 吸っていたタバコを落とし、踏みつけ揉み消すと、マルチナは建物に入っていった。
 そして、芹香の姿を求め進みつつ……彼女は違和感を覚えていた。

 建物は1階建ての平屋。元は小さな会社の事務所か何からしい。しかし……。
 あまりに人の気配が無さすぎる。それどころか、埃が積もり、あちこち壊れ汚れ、まるで「廃墟」。カビ臭さと埃の臭いが、さっきから鼻を突く。
 こんな場所に、芹香がいるわけがない。芹香はもともと、潔癖症なくらいにキレイ好きなのだ。
 だが。
 長い廊下の奥に位置する、部屋の一つ。扉の隙間から、明るい光が。
 そこを開けると……。
「……ええっ?」
 予想外の光景が、そこには広がっていた。

「……あ、先輩。ようこそ」
 クッションに身をゆだねていた芹香が、マルチナを見上げつつ迎え入れた。
 その部屋は、1LDKのワンルームマンション……のように見える部屋。清潔感のある「白」および、かわいくも安心できるような「ピンク」の色彩でまとまっていた。
 床には一面、白くて長い毛並みのカーペットが敷き詰められ、見るからに柔らかそう。床だけでなく、壁も輝くような白い壁紙が貼られており、天井を見上げてもチリ一つない。
 モデルルームですら、ここまで清潔感を感じさせないだろう。置いてある家具も、ファンシーなそれ。ベッドに座卓に、机に椅子、棚に本棚。その全てが、かわいらしく整えられている。
 マルチナがまず感じたのは、強い「違和感」。
 なんで廃墟の一室が、それも汚れまくって人の出入りも無さそうな建物の一室が、ここまで整っているわけ?
 それに、先刻まで建物そのものに漂っていた、廃墟特有の「嫌な臭い」……。それが無い。
 っていうか、芹香がなんでこんなところに? 一月もここにいたっていうの?
 色々と芹香に質問したかったが、できなかった。室内に漂う、花の香りにも似たすごく良い匂い。それが、マルチナの心のざわめきを拭い去っていく。
「芹香……ここ、は?」
「以前に偶然、野良猫を追っかけてて見つけたんです。それより……一休みしません?」
 断る理由は無かった。芹香は腰を下ろし、一休み事に。

 リラックスすると、この場所に来た時の驚きと違和感が無くなっていくのをマルチナは実感していた。
 いや、違和感どころか……悪くない。外は廃墟でも、良い所じゃないの。心の底から湧いてくるような安らぎが、この部屋からは漂っている。
 マルチナは気づいた。さっきからすごく、心地よい。ずーっとこの場所、この部屋に居続けたい。そんな気分になってくる。こんなに気分が良いのは、生まれて初めて。
 多幸感を覚えつつ、マルチナはタバコを取り出し、くわえた。
 芹香の前でタバコを吸うと、以前は『タバコ臭くなるからやめて下さい』と抗議されたものだが、今の芹香はそんな事を言いそうになさそう。
 そういや、芹香ってばちょっと痩せた? 少しばかり頬がこけ、げっそりしたように見えるけど、問題ないよね。あるわけがない。
 目つきも、瞳も、どっかイッちゃってる感があるけど、何もおかしいとは思えない。

……思えない? いや、おかしいでしょ!? ……いや、おかしいけど、「おかしくない」よね。なんか考えるの面倒くさい……
……って、私ってば何を考えてるのよ。面倒って……。
 脳内で、混乱めいた思考が渦巻くが、ぼうっとした多幸感がそれを邪魔するかのよう。
 こういう時には、ミントキャンディーを口に入れよう。お気に入りのミント風味が、頭をはっきり……。
 させてくれない。ならば、コーヒー味のガムを噛もう。
 まずいコーヒー味の苦味と、ミント風味と、タバコの味とが口中にて混じり合う。
 が、そこで、一瞬だけ……マルチナは「見た」。
 その光景は、ほんの一瞬だけ。けれど、マルチナを正気に戻すには十分な一瞬。
「せ、芹香!」
 一緒に逃げようと言おうとしたが、頭の中に湧き上がる多幸感が、それを邪魔する。
 なにかまずい。なにかやばい。この居心地の良い部屋に居続けるべきじゃない。なのに、その危機感が、多幸感の前に邪魔されている。
「先輩?」
 返答したが、芹香はぼうっとしている。マルチナは彼女を外に連れ出したかったが……自分一人が這い出るので精いっぱいだった。

「で、彼女は部屋から這い出て、証拠とするために芹香嬢を写真に撮った後、警察を呼んだ。が……」
 駆けつけた警察官も、いろいろあって……。『我々では手に負えない。撃退士に連絡しましょう』。
 かくして、依頼されたのだと、担当官は君たちに告げた。
「依頼時に、警察が建物の管理人に連絡を入れたが、必要ならば火をつけても良いと了解を得た。マルチナ嬢によると、芹香嬢は今……このような部屋に居る」
  そして、担当官は君たちへととある映像を見せた。それはぼやけて不鮮明ではあるが……薄汚い、廃墟の一室だとわかった。
開け放たれた扉の奥には、おぞましい部屋が……まるで、クモや虫の幼虫らしきものが吐き出した「糸」のようなもので、いっぱいだったのだ。
 マルチナは、一瞬だけこんな光景を見たのだという。
「この部屋には、『何か』がいる。だが優先すべきは、芹香嬢を『部屋』から救い出す事。やってくれるな?」


リプレイ本文

 件の廃墟。その玄関前。

……おかしい。
 撃退士たちは「違和感」を覚えていた。
「なんだ、ここは。……全く『殺気』がねえじゃあねーか」
 向坂 玲治(ja6214)が、その「違和感」を口にする。
 そう、この建物の内部には、警戒すべき危険な存在がいる。故に……その「何か」に対して、十分に注意したうえで、彼らはこの場所に赴いたのだが。
 実際にその場所、玄関を目前に臨む場所に立ったところ。警戒心を起こさせるような「殺気」「危険な空気」といったものが、全く漂ってこなかった。
「確かにな。だが……ある意味『殺気が無い』って事は、中で潜んでいる奴にとっては望むところなんじゃないか?」
 後藤知也(jb6379)が、視線を「建物」に向けつつ言った。その言葉に、伊藤司(jb7383)は首をかしげる。
「どういう事?」
「考えてもみてくれ。敵さんの目的は、犠牲者が自分から屋内に入ってくれる事。なら……誘い込むためには、殺気を出して警戒させず、中に入ってくるように仕向けるものだ。つまり……」
 この「殺気の無さ」こそが、中に「何か」がいる事の証。
「でも、その『何か』は、この建物に潜んでいるのか、あるいは『部屋または建物自体』が『何か』なのか……どっちなんだろうね? 標的は、正しく認識しなくちゃ……」御門 彰(jb7305)の言葉は、元気な声に妨げられる。
「そんなコトは、入ってみればわかるネー。ここでゴチャゴチャ言うより先に、行動あるのみヨー!」
 と、口元をハンカチで覆いながら、キョン・シー(jc1472)が入り込もうとしたが。
「……あ、あの……あれを……!」山里赤薔薇(jb4090)が、何かを指さした。
 キョン・シーは立ち止まり、彼女と共に、撃退士たちもそちらへと視線を向ける。
 玄関脇には、干からびた「毛の塊」があった。
 それは、死体。干からびた猫の死体だった。

 現場の周囲。件の建物の周辺地域は、警察により人払いが行われていた。
 建物からは、距離を取ってパトカーや救急車が待機している。芹香を救い出したら、すぐに処置できるようにと準備していたのだ。
 後は……実際に内部に入り、芹香を助け出すのみ。
 それを実行するため……撃退士たちは、玄関の扉を開き、中に足を踏み入れた。

 玄関から入ると、そこは報告通り、長い廊下が一直線に。
 そして、廊下のその先に、件の「部屋」と思しき扉が。窓らしきものは見当たらない……いや、無くはないが、内側から板が打ち付けられている。
 後藤は、既に屋根の上に登っていた。この光景を見ているのは、後藤以外の五名。
 伊藤は、用意していた飴やガムを取り出し、口に入れた。
 飴は刺激の強い、ジンジャー風味やトウガラシ風味など、様々な物。ガムは眠気覚ましの苦いカフェインガムやコーヒー味のガム。それらを舐め、噛むと、口の中がひりひりし、苦味が走り回る。
「ううっ、辛いネー」
 伊藤からトウガラシ飴を受け取ったキョン・シーも、それを口に含んだ。
「んっ……!」
 赤薔薇が口にしたのは、苦味の強い漢方薬の丸薬。
 向坂も、味と香りが強い飴や菓子を口に入れた。
 御門が口にするは、ミントキャンディとコーヒーガム。
「……でも、本当にこんなのが効くのかなあ」
 御門の言葉に、向坂はかぶりを振る。
「さあな。だが、やるしかないだろう」
 送風機は、残念ながら警察からは借りられなかった。だが、ガスマスクは借りられた。少なくとも、鼻や口から得体のしれない何かを吸わずには済む。
「さて、それじゃ……行くか」
 向坂の言葉に、皆はうなずき……一歩を踏み出した。

 口元をハンカチで覆ったキョン・シーは、廊下を先へ、先へと進む。腰にはロープが巻きつけてあり、その先端は後ろに控える仲間たちが握っていた。何かあったら、すぐに引っ張ってもらえる。
 内部は、話に聞いていた通り。確かに埃にまみれた、廃墟らしい廃墟。
 そして、そこから距離を取り、ロープを手にした伊藤と向坂、赤薔薇、御門とが控えて付いてきている。キョン・シー以外は皆、ガスマスクで顔を覆っていた。
 後藤は、建物の屋根に上り、そこから周辺を見張っているはずだ。そして、内部から「何か」が逃げだしたとしたら、それを発見する役割も兼ねている。
 後は、このまま突っ切っていけば良いだけネー。それにしても……。
 確かに汚いけど、ここはそう悪くない建物じゃあないかと思うアルねー。
 いや、そんなに汚い? それほど汚くも無いんじゃあないかアル。そんなに埃も塵も見当たらないし、第一、静かだし、良い匂いがするし、そんなに警戒するほどの事アルか?
 先刻からの埃っぽい空気は、澄み切ったそれに(おそらくこれはハンカチのおかげネー)。そればかりか、すごく元気が出てくる。頭がすっきりとして、気分もうきうきに。
 暗かった周囲は、明るくなっていた。天井には照明が付き、まるで太陽の明るい陽射し、健康的な日差しがこの場に来ているかのよう。陰鬱さなど全くない。
 例えるなら、南国のリゾート地。あたりに漂うのは、心地よい温度と湿度と澄み切った清らかな空気。
 それは、「部屋」に近づくたびに、強まっている様子。
「………」
 遠くから、何かが聞こえるアル。そう、きっとこれは天国に行けという誰かからの……。

「……しっかり! 大丈夫!?」
 
 気が付くと、御門の言葉。そして。

「……あ、あれ? 何かあったネー?」
 そこで初めて、キョン・シーは気付いた。自分もまた、「部屋」の魔力にあっさりと魅入られた事に。

「……どうやら、普通に口元を覆っただけじゃあ、だめなようだな」
 向坂がつぶやく。
「廊下を進んで、部屋に近づくにつれ……何か、足元がおぼつかなくなるのが見えた。そのうち、何やらフラフラになってたもんだから、ロープを引っ張って助けたんだ」
「むー、口元覆っただけじゃだめネー?」
 仕方なく、彼女もガスマスクを装着した。
「……うん?」
 だが、その様子を見守っていた御門は、最初に感じたのとは別の「違和感」が。
 それが何かは、わからない。きっと緊張しているせいだろう。そう思い……再び「部屋」に向かうために立ち上がった。

 再び、「部屋」へと進む一行。
 短い距離なのに、これだけ進むのに気を張り詰めるのは……正直、気疲れする。
 そして、とうとう「部屋」の扉の前に来た。
 伊藤は召喚獣……スレイプニルを召喚し、その口元を覆った。キョン・シーが扉のノブを握り……。
 開いた。
「部屋」は、薄暗かった。内部は光源が無く、撃退士たちが入って来た扉から以外に光をもたらす者は無い。
 御門は、そんな室内から「何か」の空気が出て、自分たちへとまとわりつくのを感じ取った。
 それは、どこか濃密、しかし「爽やか」で……肌に絡みつき、染み込んでくるかのような感触がある。
 御門はその「何か」を肌に感じても……別段、何も起こらなかった。だが……それと同時に、先刻の「違和感」が更に強まっていく。
「違和感」の正体は、すぐに判明した。御門以外の皆の動きが、鈍くなっているのだ。疲れている? いや、それもどこか違う。
「……まさか!」
 キョン・シーの足が、再びおぼつかないそれに。彼女だけではない。向坂も、伊藤も、赤薔薇も、御門以外の全員が同じような状況に陥っていたのだ。
「ちょ……ちょっと! 皆さん、気をしっかり!」
 だが、座り込んでしまった四人は、力が抜けてしまったのか。立ち上がる気配を見せない。
「そんな……これ、どういう事なんだよ!」
 マスクをしているから、吸い込まないはずなのに!
「あ、ああ……大丈夫……」
 伊藤だけが、ふらふらになりつつ立ち上がった。しかし……苦しそうではない。
 むしろ、「楽しそう」。どこかの温泉宿で、温泉に入って汗を流し、その後でマッサージ椅子に座ってマッサージを受けて、心身ともにリラックスしたような、そんな印象を与える。
 そう言えば、先刻からの、肌にまとわりつくような「何か」の感触。それが……消えていない。
 まさか……「肌」からも?
 色々と考えていくうち、御門の頭ははっきりとしてきた。
 まちがいない。自分以外の四人は、無力化しつつある。
「なんだか、ちょっと……いい気分、だね」
 伊藤の言葉には、苦しみが無い。向坂も同じく、力が抜けたようにへたり込んでいる。
 そして、伊藤は召喚したスレイプニルとともに、再びその場に座り込んだ。
 一体、この部屋には……。
 やがて、徐々に目が慣れて、薄暗い「部屋」の内部が明らかになると……。
 御門はそこに、おぞましい光景を見た。

 証言にあったような、「居心地の良さ」は、そこには全く存在しなかった。
 埃だらけ、ゴミだらけの室内は、ある意味「建物の他の場所」に似合いの汚さだった。
 しかし……その汚さにさらに拍車をかけるかのような、おぞましい「それ」が、部屋中をおおっていた。
 室内には、糸……蜘蛛や、虫の幼虫などが吐いた糸のようなものが、所狭しと張り巡らされていたのだ。その糸の色は、まるで腐肉から滴る腐汁のようだ……と、御門は連想した。
 それらの糸は、あちこちにいくつもの大きな塊を作っていた。部屋の一番奥には、おぞましい糸の塊による、ソファまたはベッドのようなものが作られており……。
 一人の女性が、そこに寄りかかっていた。間違いない、芹香だ。
 しかし……彼女の頭には、何か別の糸が絡まっている。そして本人も、まるで眠っているかのように、開け放たれた扉にも、御門たちにも気付いていない様子。
 まずい。何かがまずい。薄暗いこの中、この糸、何かが潜んでいるに違いないが……自分以外の仲間たちが、戦える状態にない。
 口の中のミントキャンディの味が、徐々に薄れていく。それと共に……目前の光景に霞がかかり……。
 居心地の良さそうな部屋の光景が、そこに現れつつある。
 ……早く、早くしなければ……!
「無音歩行」と「遁甲の術」で、御門は内部に入こんだ。そして……一目散に、芹香へと突き進む。
 室内にいる「何か」には、気付かれていない様子。だが……こちらも、「何か」が何なのか、わからない状態のまま。
「!」
 芹香の手首をひっつかむと、御門は……。
 そのまま、踵を返して室外へと駆け出した。
 芹香は抵抗しなかった。だが、御門に引かれると同時に、頭に絡みついている糸が切れ……。
 その、糸の先にある、「何か」の姿が露わになった。御門は、一瞬だが……その「何か」の姿、この異様な空間を作り出した犯人に間違いない「何か」の姿を見た。
 
「……大丈夫?」
「はい、何とか……」
 御門の問いに、伊藤が答える。
「くそっ……吸い込むだけじゃなく、『肌』からも吸収されるとは。計算外だったな」
 向坂もまた、忌々しげにつぶやいていた。
 御門は芹香を室外に引っ張り出した後、すぐに扉を閉めた。
 そして、皆の頬を叩き、すぐに外へと脱出するように促したのだ。
 芹香は、待機させていた救急隊員たちに引き渡し、すぐに病院へと向かわせた。ひどくやつれて、ぼうっとしていたが……外傷は見当たらなかった。おそらく、あの「心地よく思わせる何か」が、彼女をあのようにしたのだろう。
 そしてそれは、撃退士たちも巻き込むほどの強力な物だったと。
「すみません……お役に、立てませんでした」
 赤薔薇が、しょんぼりした様子で小さくなっている。
「しかたねえさ。時には、そんな事もある」後藤はそんな赤薔薇を慰めるように、彼女の肩を軽く叩く。
「だが……御門。本当に、『奴ら』を見たのか?」
「うん。まちがいなく……後藤さんが見たのと同じだと思う」
 御門は請け合った。室内で見た『おぞましい何か』と同じものを、屋根の上で待機していた後藤も見たというのだ。
 芹香を救い出した御門は、なんとか皆を立たせ、建物外に脱出。そこで後藤と合流した。
 だが、後藤は皆が脱出する直前、屋根からそれを見たというのだ。

『……ああ、俺が屋根の上で待機していたら……ちょうど、建物の裏口だな。
 そちらで、何かガラスが割れる音がした。で、行ってみたら……あのおぞましい奴らが、内側からガラスを割って、ぞろぞろと這い出てくるのが見えた。
 そいつらは……一言で言えば、「芋虫」にそっくりな姿をしていた。大きさは1mくらいで、ちょっと見たところはカイコの幼虫に似ていなくもないが……あんなぶよぶよして気味の悪い奴は、見たことが無い。数は、十匹以上はいたと思う。
 ともかく。連絡しようか、先手必勝で攻撃するか……と考えていたんだが、そのどちらもできなかった。
 そいつらは、いきなり背中から翼を生やしたんだ。そしてその翼を羽ばたかせて宙に浮くと……超スピードで飛んで行っちまった。
 その直後、お前さんたちが建物から出て来たのを知って、降りて合流した……というわけだ』

 後藤から話を聞き終わり……皆は確信した。その「芋虫」が今回の犯人だと。そして、そいつは幻覚を見せる「何か」を放つ能力を持っている、と。
 その、放つ「何か」。当初はガスか何かと思っていたが、それは吸引するだけでなく、「肌」からも吸収され、影響を与える事が可能。おそらくは……体液か分泌液、もしくはフェロモンを、霧状にして放っているのか。
 だが、はっきりしているのは。放たれるその何かは、かなり強力だという事。
「……でも、どうして御門さんは大丈夫だったんでしょう?」と、赤薔薇が疑問を口にする。
「……御門さん。さっき口に入れたのは、何と何でしたっけ?」その疑問を解き明かさんと、伊藤が御門に問いかけた。
「ええっと……このコーヒーガムと、ミントキャンディだけど」
「……やはり、そうか」自身が持参した飴と、御門の用意したそれとを比べ、伊藤はうなずいた。
「やはりって、何がだ?」向坂が問いかける。
「今回俺たちは、飴や菓子を口にしてこの建物に入りました。でも、御門さんだけが口にして、俺を含めた他の皆が口にしていないものが、一つだけあったんですよ」
 そう言って、伊藤は一つの飴を取り上げた。
「……ミントキャンディか!」
 後藤の言葉に、伊藤はうなずく。
「はい。今回のこの件で、はっきりしました。その犯人の『芋虫』は……強力な幻覚を放つ能力を持っているが、ミントキャンディでそれを無効化できる、とね」
「じゃ、次にそのクソ虫が出て来たとしたら、皆でミントキャンディを口にすりゃ良いって事か。へっ、勝ちが見えて来たな!」
「でも、まだわからないヨー?」
 向坂の言葉に、キョン・シーが横槍を入れた。
「わからない?」
「その虫は、何でこんな事してるネー? こんな事をする理由は、まだわからないヨー?」
 確かに、まだわからない。でも……。
「でも、『芋虫』は、きっとまた誰かを襲う。その時に……」
 その時に、必ず倒してみせる。赤薔薇の言葉が、皆の誓いになって胸の中に刻まれた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・御門 彰(jb7305)
重体: −
面白かった!:4人

崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
魂に喰らいつく・
後藤知也(jb6379)

大学部8年207組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
御門 彰(jb7305)

大学部3年322組 男 鬼道忍軍
闇を解き放つ者・
伊藤司(jb7383)

大学部3年93組 男 鬼道忍軍
明るすぎるゾンビ・
キョン・シー(jc1472)

大学部1年14組 女 陰陽師