「さて……それじゃ、先日に設定していたSNSから、ラーメン屋に関する情報を調べたいと思います」
依頼人、東崎雅子のリサイクル店「とんとんショップ」。
そこの大きめな応接室にて。集まった7名の一人、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)。彼は手元のスマートフォンを取り上げた。
皆が考えた作戦の第一段階は、様々なSNS的なもの……すなわち、皆がオンラインつなげてメールやりとりする的なものとか、短文を色々ツイっとつぶやける的なものとか、そういったものでの情報収集。
とにもかくにも、そういうシステムから情報を得て、そこから流行りのラーメン屋や店舗を確定。そこから各小猫を捜索……と考えたわけなのだが。
「……おお、どんどん情報が集まってきますね。 この依頼を受けた甲斐があるというもの……です……」
エイルズレトラの言葉通り、情報は集まっていた。
だがしかし、駄菓子菓子。
「……気のせいかなー。なんだか、ラーメン屋じゃないお店の名前が出てるけど」
佐藤 としお(
ja2489)の指摘通り、「ラーメン屋『ではない』店の名前」、そして、商店街にて店を出しているまたは働いてる「個人名」の情報が、半分くらい入ってきているのだ。
「ええと、……整体師に、雑貨屋さん? なんでそんなとこがラーメンを?」
それらを読み、首をひねる雫(
ja1894)。
「ああ……なあ、なんで『店』以外の情報が入ってきてるんだ?」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が、不思議そうに疑問を口に。実際、なぜかお店自体よりも、素人の誰それが作ったラーメンがうまい……という情報がかーなーり多かったりするのだこれが。
「あー……皆さん、ちょっと言い忘れてたわ。お店を出してない『素人の趣味ラーメン』ってのもこの商店街は多いのよね」
そこに、依頼人の東崎が。彼女は、七人分のラーメン丼を載せた盆を手にしていた。美味そうな湯気と匂いとが、皆の鼻をくすぐる。
「この商店街は、ラーメンフェスってのをやっててね。その参加者が多くて、この辺りは本業ではなく趣味でラーメン作ってる人の方が多いのよ。で、それも結構評判が良かったりするのよね」
実は私も、「ラーメン四天王」の一角を担うその一人。そう付け加えると、彼女は豚骨ラーメンの丼を皆の前に並べる。
「とりあえず、景気づけに私の豚骨ラーメン食べてって。『クイーン・オブ・トンコツ』の二つ名は、伊達じゃあないわよー」
「ふう、美味しかったです。ごちそうさまでした」
木嶋香里(
jb7748)が、空の丼を前に手を合わせる。
ラーメン目当てで参加したミハイルも、満足そうに箸を置いた。
「こいつは美味かった。さては……麺は自家製、豚骨や豚肉は特別なところから仕入れていますね?」
ズバリ的中! ……と自信満々に指摘したミハイルに対し、
「いえいえ。今日のラーメンの食材は、どれも近くの激安マートでそろえた市販品ですよ。さて……」そう返答しつつ丼を片付けた東崎は、電話をかけ始めた。
「私にも手伝わせてね。『ラーメン四天王』の他の皆からも情報を得て、猫ちゃんたちが寄りそうな場所を絞り込みましょう」
「ええ、お願いいたしますわ。……ミハイルさん、どうかいたしまして?」
「いや……別に……」
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)の問いに、どこか上の空的なミハイルだった。
作戦、第二段階。
とりあえず、東崎を含めた「ラーメン四天王」の四人の助けも借り、この近場のラーメン屋マップは一応の完成を見た。
そのマップに従い、只野黒子(
ja0049)は味噌ラーメンの評判の店へと向かっていた。他の皆も、それぞれマップの情報を元に聞き込みと捜索に向かっている。
ミハイルはハブを、レティシアはガラガラを、雫はハブおよびガラガラを担当し、捜索していた。
黒子の担当は、活発な雄猫で味噌ラーメンを好む『マムシ』。
香里は翠子の自宅アパート……の隣りの空き部屋を拠点に、皆をモニターしている。香里へと、黒子は携帯機器で連絡を入れた。
「こちら只野。聞こえます?」
『はい、感度良好です。そちらの様子は?』
「味噌ラーメンの評判のお店、到着しました。猫がいます」
これで、三軒目。
訂正、三軒目と四軒目。目前にある店は『麺処・彩味』。隣には、エビからダシを取るエビ味噌ラーメン『えびめん・二幻』の支店が。
その正面扉前には、数人のお客が行列を作り、その足元には数匹の猫が。ある猫は一緒に並ぶかのように座り込み、別の一匹は人懐っこくお客にまとわりついている。
『マムシちゃんの姿は?』
「いえ、黒猫に、茶色の猫に……ぶち模様。白猫はいませんね」
マムシらしき猫は見当たらない。聞いたところによると、マムシは「左耳が茶色の白猫」。そして目前の猫たちは、マムシの特徴とは異なるものばかり。
だが、猫の方も黒子に気が付いたのか、薄汚れた灰色の猫が勢いよく駆けてくると、黒子にまとわりつきはじめた。にゃーにゃーと、まるで遊んでくれとせがんでいるかのよう。
「ごめん、悪いけど遊んでいる暇は……」
黒子はそう言って、その猫を追い払おうとしたが……。
その猫の、二つの点に注目し……言葉を失った。「左耳」と、「首輪」に。
その猫は、左耳が茶色だった。加えて、話に聞いていた「首輪」をしていたのだ。首部分には、お守り袋が。
『只野さん、どうしました?』
香里が、心配そうな声で問いかけてくる。
それに答えず、すり寄ってくるその汚れた猫を抱き上げた黒子は……その体が、土や乾いた泥で汚れてしまっているのに気が付いた。きっと風呂に入れてやったら、真っ白になるだろう。
「……ひょっとしたら、マムシ、見つけたかもです」
黒子の言葉に、嬉しそうに猫はにゃあと鳴いた。
「え? 只野さんがマムシを見つけましたか?」
『はい。ただ、首輪のお守り袋には、指輪は入っていませんでした』
「じゃあ、あと二匹ですね。こちらも引き続き捜索します」
香里からの連絡を終了させ、佐藤は猫探しのチラシ配りを再開した。が、成果はほぼゼロ。保健所に向かって、保護されてないかどうかも確認したが、そちらも空振り。
「はー、東崎さんの豚骨ラーメンうまかったなー……いやいやいや、今は集中!」
ぱんぱんっと自分の頬を叩き、彼はチラシ配りを再開。
そこからそう遠くない場所にて。
金髪碧眼の、落ち着いた雰囲気を漂わせた背広姿の男が……失われたかつての夢を思い出しているかのように、遠い目で静かに座っていた。
周囲には、若干の人が。中には彼を油断なく見つめている者もいる。
だが、そんな事は彼にとってはどうでもいい。今の彼の頭にあるのは、60年代のジャズバンドが奏でる曲のような、五感に訴えかけてくる「彼女」の存在。
そんな物思いにふけりつつ、彼はその場に……住宅街の静かな公園内、ないしはそのベンチに座っていた。
じきに、奴が来る。そう、重要な相手が。
「……あんたか」
見るからに屈強そうな男が、大きな何かを持ち、彼の元へと近づいてきた。
「そこで止まれ」
制した彼は、男の持つ大き目のケースに目をやる。
「それが、例のブツか?」
「ああ」
確認しろとばかりに、男は彼へと、取り出した「それ」を見せた。
まちがいない。口元ににやり……と笑みを浮かべつつ、彼は手を伸ばそうとしたが、男に阻まれた。
「カネが先だ」
ちっ、仕方があるまい。まあいい、ブツは確かだ。
「ご苦労だったな。対価だ、受け取れ」
うやうやしくトランクを開き、こちらもまた相手に中身を確認させる。
「……ちょうどだ、毎度」
代金を受けとり、その男は……その場を去ろうとした。
しかし、
「……そうだ、ちょいと忘れていたが」
「……な、なんだ?」
「半ライス、オマケでつけときます。あと、ドンブリは直接店まで返してくださいね?」
男……ラーメン店「麺下無双」の店員はそう告げると、そのまま去って行った。
そしてミハイルは、注文した醤油ラーメンを前に、その香りを胸いっぱいに吸い込むと……。
割り箸を割り、美味へと取り掛かった。
「……麺は中太の縮れ麺。スープは基本鶏ガラと野菜のダブルで、さっぱりした中にもコクがあり、深い味わいを醸し出している、か……」
じっくり、ゆっくりと……麺をすすり、スープを味わう。口中に広がる「ウマさ」が、ミハイルの心の中を満たしていく。
焦がした味わいの醤油とネギ、そしてマー油がまた、いい味を出している。思わず美味に恍惚に……。
「……おっと、いかんいかん。仕事仕事。これはハブをおびき出すための作戦なんだからな」
心の中で、まるで誰かに言い訳するように、彼は自分の作戦を確認した。醤油ラーメン好きなハブをおびき出すためにと、わざわざこうやって屋外の公園にラーメンを出前で持って来させたのだ。
ハーブティーも用意してある。そう、これは作戦の一部。足元には、猫用のケージも用意してある。決して「ラーメン食えてラッキー♪」とか思っていない! ……たぶん。
やがて、ドンブリはスープをわずかに残して空に。持参した魔法瓶からハーブティーを口にするが、やっぱり猫は来ない。
それにしても、いい天気だ。腹もいっぱいになったし、ちょっと眠気が……。
「いかんいかん、眠っては……ぐー」
しばらくして、差し入れにとホットウイスキーを手にした黒子が公園に向かうと。
居眠りしているミハイルの残したハーブティーを、ぺろぺろと舐めている子猫……ハブの姿がそこにあった。
「あとは、ガラガラだけ……でも、どこに?」
雫は、携帯で連絡を受けとっていた。マムシに続きハブも確保したと。しかし、指輪はやはり持っていなかった、との事。
雫は、魔法瓶に塩ラーメンのスープを用意していた。ラーメン屋マップにて店に直接赴いたものの……目撃者はおらず、情報も得られなかったのだ。
なので、仕方なく適当な店から塩ラーメンの半ラーメンを用意した丼に入れ、子供が集まりそうな公園で食しているのだが……。やはり一行に現れない。
児童公園ゆえ、子供と母親の姿は多い。が、猫は見当たらない。
「……ここまで探して見つからないとは。あるいは……猫は知りすぎたのかもしれない。そう、猫は知っていた、暗黒から響き渡る怨念と執念と呪怨の煉獄を……」
などと中二病的なコトを口にしながら、レティシアは公園内をガラガラ玩具をふりふりしつつ「さー猫ちゃん、どこかな〜?」などと探し中。
「母ちゃん、あの子ヘンー」「見るんじゃないよ!」などと言われてるけど、本人は全く意に介さぬ様子。
手には翠子から借りた、ハブとマムシ、そしてガラガラが使ってた敷布もある。ぼろぼろになってるが、臭いはばっちり付いている。この臭いに誘われて、ガラガラは現れないものか。
結局、ラーメンを食べ終わってしまった。「麺工房・極」のお持ち帰り用ラーメン・塩味は、さっぱり風味だが後を引き、もう少し何か食べたくなってしまう。
「はぁ……もう一杯」
と、腰を浮かせたその時。
「ははは、若い子たちは元気ねえ。ほーら怖くないよー」
レティシアが猫たちと戯れていた。玩具のガラガラに、近くの野良猫たちがなぜか集まり、ごろごろと喉を鳴らしてまとわりついている。
その中には、両耳が白い黒猫の姿も。
「まさか……ガラガラ?」
立ち上がり、レティシアの方へと向かう。
とたんに、猫たちは一斉に「びくっ!」と反応し、何か怯えるようにして逃走……。
しようとした。
「……に、忍法『友達汁』!」
雫が必死こいてかけた忍法が、猫たちの動きを止めた。そして……。
必死こいて猫のガラガラを確保。その首には、指輪の入ったお守り袋があった。
「次からは、気を付けて下さいね。あと……」
レティシアは雫と共に、ガラガラと指輪とを翠子に手渡していた。
そして、他の五人も翠子のアパートに集合し、ハブとマムシを彼女に手渡していた。
「あと……翠子さん。悩みの方向が、ちょっと猫さんに向いていないのが、気になりますね」
レティシアの言葉に、翠子は「えっ?」と疑問符を。
「子猫は、引き取られたばかりの頃はナイーブなのです。末永く、大切に……」
にこにこしつつ、若干威圧的に迫るレティシア。そんな彼女に対し、翠子は「は、はい……」とうめくのみ。
「まあ、これで無事にすんで、めでたしめでたしですね。ただ……」
香里もまた、翠子に話しかける。
「ただ、改めて今後の事を助清さんと話し合うべきだと思います」
「で、でも!」
「私は、隠し事でこそこそされるのって心配かけてしまいますし、それに信頼がないと、相手も落ち込むと思いますよ」
「それは……わかりますけど……」
それでも、不安そうにもじもじとする翠子。
「大丈夫です。助清さんの事が好きなんでしょう? なら、もっと助清さんの事を信じてあげてはいかがですか? 夫婦には、お互いがお互いに隠し事をせず、信じ合う事が重要。でしょう?」
香里の言葉に、翠子はしばらくの沈黙の後、小さく、しかしはっきりとうなずいた。
だが、この直後。
皆と一緒に助清の元に赴いた翠子だが。
「ああ、やっぱり指輪、無くしていたんだね?」という助清の第一声を聞く事に。
「な、何で知ってたのよーっ!」
「いや、猫ちゃんたちがいなくなったにしては、必要以上になんだかそわそわしていたし、変だなって思ってたんだよ。でも翠子さんが何も言ってこないし、もし違ってたら翠子さんに失礼だし、どうしたものかって僕も悩んでいたんだ」
で、東崎雅子に相談しようと思ってた矢先に、翠子がやってきて、今回の事の次第をこうや
って聞かされた、と。
「な、何よ! それじゃまるで、私バカみたいじゃない! 一人で勝手に悩んで、一人で大慌てして、結局……こんな……」
「そんな事ない!」翠子の言葉を、助清は強くさえぎった。
「バカなんかじゃないよ、翠子さん。指輪を無くして悩んでたのに、それに気づかなかったのは僕の責任だよ。それに……」
助清は、翠子を静かに抱きしめ……ささやいた。
「それに、指輪より、翠子さん自身の方がずっと大切。どんなに貴重な品物でも……代わりはある。けど、翠子さん自身には、代わりになるものなんてない。だから……」
もう、気にしないで。
その言葉が翠子に吸い込まれていくのを、撃退士たちは実感していた。
「……心配は無用だったみたいですね」その様子を見た雫は、ほっと胸をなでおろし……翠子へ問いかけた。
「そうだ。あの、西ヶ谷さん。猫ちゃんですが……どうやったら、猫に好かれるようになりますか?」
「え? ええっと……そうね。素直になる事、好きと言う気持ちを素直に猫ちゃんたちに伝える事、かしら?」
そう、助清さんに対するように。
照れながらそう言う翠子に、末永く爆発しろと思ってしまう皆だった。