「ありがとー! じゃ、行ってきます!」
コブラ……という名の猫を捕獲すべく、九十九 遊紗(
ja1048)は豚骨スープを手渡され、元気よく駆け出して行った。依頼者のリサイクル店へと赴き、雅子と翠子からペットボトルに入った豚骨スープをもらった彼女は、それを大事そうに抱えている。
そんな遊紗の傍らで、御崎 緋音(
ja2643)は今回の作戦内容をもう一度整理していた。
「二手に分かれ、片方は豚骨スープで猫のコブラちゃんをおびき出し捕まえます。もう片方は、助清さんの店に行って手伝い、ボランティア活動を肩代わりします。そのあとで説得し、翠子さんに助清さんの手から手渡しさせる、でしたね……山里さん?」
「は……はい! そうでした、ね……」
緋音から話しかけられ、山里赤薔薇(
jb4090)は少しばかりオドオドした口調で返答する。同世代の女の子、それもかわいい娘たちに囲まれているこの状況に慣れていないため、赤薔薇は不安を覚えていた。加えて、自分のコミュニケーション下手からして、ちゃんと意思疎通できているかどうか。それも不安。
「ん? どうしたどうした、何か不安なのかい? それとも、猫ちゃんが怖いとか?」
「ひゃっ!」
お尻を叩かれた赤薔薇は、思わず声を上げていた。叩いたのは、銅月 千重(
ja7829)。たくましいのみならず、自信としなやかさ、それに力強さをも感じさせる体格で、にっと笑顔を向けている。
「じゃ、赤薔薇お姉さん、緋音お姉さん。コブラちゃん探し、レッツゴーだよ! おー!」
そんな千重に追随するように、遊紗の元気な声が響いた。
「ええ、行きましょう。おー! です」
つられて、緋音も同じく声を上げる。
「頑張ろうな! おー!」
当然、千重も。
「お……おー……」
最後に赤薔薇は、それに合わせて声を出している自分に気付いた。
「はいこちら、ツナ入りちくわパンです……、はい、マヨバーグドッグが切れてる? 少々お待ちください……」
昼時、アカンベーカリー。
繁忙時間帯に、夏木 夕乃(
ja9092)は手伝いに押しかけていたのだ。かの鈍感男こと助清が断るならば、強引に手伝おうと考えていたが。
『お手伝い? 助かるよ、じゃあお願いするね』
とアッサリ。しかし、仕事内容はアッサリとはいかず、めっさ大変。
このパン屋はかなりの人気。それゆえ、お客が長蛇の列を作っており、それに対応するだけでも大変。
「え、ええとええと……」
対応してる瀬波 有火(
jb5278)もまた、行列客相手に大苦戦。
「次の食パン焼けるのいつー?」「こしあんパンとつぶあんパンと、うぐいすあんパンまだですかー?」「ヒレカツサンドじゃなくてロースカツサンド欲しいんですけど。あと、メンチカツサンドにエビカツサンドも」「ツナ入りちくわパンとマヨネーズ明太子クロワッサン、もうないんですか?」「ねえ、まだー?」「こっちまだー?」「こっちさっきからずっと待ってんですけどー」「おい早くしろよ! やきそばパンまだか!」などなど。
「次のあんぱん焼けるのは……じゃなくて、ええと……うぐいすあんぱん? ちょ、ちょっと待ってください!」
「う、うわわわわーっ! あーもーわかんないわよっ!」
と、夕乃と有火のパニくりレベルが最高潮に達した時。
「ああ、ちょっと待ってくださいね……」という言葉とともに、この店の店長が颯爽と現れ、すらすらと述べはじめた。
「次の焼きたて食パンは午後三時過ぎくらいです。追加のこしあんパンとつぶあんパン焼き上がりました、うぐいすあんパンはあともう五分お待ちください。ロース、メンチ、エビカツの各サンドイッチはあと十五分ほどでできあがります。ツナ入りちくわパンの補充は午後二時ごろです。マヨ明太クロワッサンはまだ別の棚にありますよ。……こちら、お待たせしました。こちらもお待たせしました。そちらお待たせしてます。はい、こちら焼きそばパンおまちどうさまでした……」
数秒後。手際のよい助清の対応により、事態は嘘のようにおさまってしまった。
「ふ、ふええ」
「ほらほら、まだお客様は並んでるよ? 働いたり働いたり!」
ぱんっ、と助清に肩を叩かれた二人は、さらなるてんてこ舞いを体感し実感し思い知る事に。
「困ったなあ。これじゃあ『ラブレター落として必殺乙女の涙作戦』できないじゃあない」などと夕乃は心の中でぼやいてみるも、後の祭り。
そして、気が付くと。時計は三時を過ぎていた。
「ううっ、ボランティアこんなにあるなんて、マジですか。休む暇ないじゃあないですか」
思わず、夕乃はぼやいてしまう。
三時過ぎ。焼きたて食パンを売り切った後、ボランティアだと聞いて夕乃と有火は代わりに行こうと名乗り出たが
「それじゃ、頼もうかな。これとこれとこれとこれとこれをお願いするね」
そう言った助清は、自分がこれから行く予定だったボランティアの予定表を二人に手渡した。
四時までに、アーケードの街灯修理。それからアーケード街の掃除。
それらが終わったら、一人は、五時まで遊歩道のゴミ拾いと老人ホーム玄関先の掃き掃除。
もう一人は、とある一人暮らしのお婆さんの家に赴き、庭の草むしりと、割れた窓ガラスの交換と、室内の掃除と夕飯の支度のお手伝い。これらを五時までに終わらせてしまう。
「二人も人手があって助かったよ。このお婆さんの家の草むしりと窓ガラス交換は、明日やる予定だったけど、できれば早めにやっておきたかったんでね」
それらが終わった五時以降は、夕方からのパン屋の営業。七時に閉店した後は、近くの保育園に赴き、迎えに来るお母さんを待つ子供たちの世話を。その際、余ったパンを持たせたりも。
それが終わったら明日のパンの仕込み……と、彼は分刻みで仕事予定を入れていた。
「僕は、明日以降に予定していた別の仕事があるから、それを今日やってしまうね。じゃあ、頼んだよ!」
去る助清を見て、有火は開き直るように叫んだ。
「……あーもう! こうなったらとことんやったろうじゃあないの! なんだかあったま来た!」
「……なあ、こんな量の仕事を、彼はマジにやってたのかい?」
「どうやら、そのようですよ」
「た……大変だったよー」
五時過ぎ。
ボランティアを全て終わらせ、へろへろになった夕乃と有火は、同じく途中から参加した千重とともに、「アカンベーカリー」へと向かっていた。
千重はコブラ捕獲後、助清が行っていた別のボランティア……幼稚園の備品修理や神社境内の清掃、ちょっとした工事や力仕事などに付き合い、手伝った。
そして、保育園の園児を送り出した後……全員が、「アカンベーカリー」に戻っていた。
「ただいまー……っと、あれ?」
そこには、コブラを連れた緋音と赤薔薇が。しかし、彼女たちもまた、ヘロヘロであった。捕まえるのは比較的簡単だったものの、途中で逃走してしまったのだ。
「こ、コブラってば途中で逃げちゃって……」疲労困憊といった面持で、緋音がひとりごち。
「……捕まえるの……大変、でした……」あっちこっちボロボロの様相で、赤薔薇もつぶやいた。
「でも、コブラちゃんは目の届く場所に逃げてるだけで、最後には自分の方から捕まってくれたんだよっ。ボクが思うに、遊んでほしかったんじゃあないかなっ」遊紗も心なしか、ちょっとあちこち汚れている。
そんなコブラに対して、助清は手を伸ばした。
「……ああ、逃げたっていうコブラを捕まえてくれたんだね。忙しかったから、助かったよ。これで翠子さんに怒られないですみそうだ。ほら、おいでおいで」
しかし、コブラは近づかない。猫のコブラ……白地の背中に、コブラのような模様がついている猫は、まるで助清に対して怒っているかのように、そっぽを向いていたのだ。
「……」
それを見て、夕乃は皆へと目くばせする。そろそろ説得タイム、そして説教タイム。
そのための作戦を実行するのは、今しかない。
夕乃の目くばせを受け、他の五人もうなずいた。
「……あれ? 夏木さん、何か落としたよ」
助清が拾ったのは、ハートのシールで封をした、典型的なラブレター。
が、それを差し出された夕乃は、涙ぐみ……視線をそむけた。
「どうしたの?」
「実は……私には好きな人がいるんです」
そう言って、夕乃は語り始めた。
夕乃は、語った。
ずっと片思いしている相手に、何度も告白していること。
そしてその相手に、どんなに真剣に好きだと伝えても、嘘や冗談だと思われ、相手にされないこと。
どうしたらわかってもらえるか。それを考えて手紙に思いをしたためても、それすら冗談だと思われ、中身も読まれず突き返された事。
「彼にとって……わたしの気持ちなんて冗談と同じくらい、軽くて読む価値もないんです……。何日もかけて書いたラブレターだけど、ただのゴミになっちゃいました……」
本気で泣きじゃくりながら、夕乃は語る。
「……ねえ、夏木さん」
それを聞いて、助清は真剣な面持ちで夕乃へ問いかけた。
「……ねえ。その相手、どこの何ていうやつなのか、教えてくれないかな」
「……え?」
「それを聞いてたら、腹が立ってきたよ。人の思いを踏みにじるなんて、ずいぶんひどい事をするね。僕が行って言い聞かせてあげるよ。そしたらきっと、さすがに気が付くんじゃないかな」
「……ええっ?」
その瞬間、その場にいた女子全員が固まり、そして全員が心の中で同じく呆れていた。
「……あれ? みんなどうしたの?」
当の本人たる助清は、そんな事に気が付いていない。というかそもそも、遠回しに自分の事を言われてるのだと全く気付いていない様子。
「……冗談じゃあないくらいに、鈍いねえ。今言ってたのは、あんたがやってきた事だよ。阿寒助清」
「え? 僕? 何言ってるんだい銅月さん。悪いけど、僕は夏木さんの事は今日初めて知ったんだけど……」
「そうじゃあなくて! あんた自身も翠子さんから何度も告白されてるのに、嘘だの冗談だの言って、人の思いを踏みにじってるじゃないか!」
怒り心頭な顔で、二番手とばかりに千重が迫る。さすがに助清も、それには言葉を失った。
「い、いや……僕なんかに告白なんて……」
「あーもー! うっとうしい!」
三番手。有火が荒げた声を上げる。
「あなた、何をしてもどこを褒めても自分の事否定してばっかり! 自己評価にこだわりすぎて、相手の事を全く見ようとしてないじゃない! 何が『僕なんか』よ!」
深呼吸し、有火はさらに言葉を叩き付ける。
「あれだけパン屋に行列作って、なおかつ客のさばきも完璧。パンも最高、それに暇さえあれば無償で人助け。どっからどう見ても、立派な良い人よ。なのに他人の言葉を聞き入れず、そうやって自分の事を莫迦にしてばかり! あなたは……あなたはとっても良い人だけど、だからこそ、とっても酷い加害者だよ!」
「そ、そんな……加害者なんて、僕が何をやったっていうんだよ!」
「いいえ、有火さんの言う通り。助清さん、あなたは身勝手で自分勝手な加害者です」
有火の次、四番手の緋音が言葉を投げつけた。
「相手の気持ちを、自分の『常識』に当てはめて考えている時点で、自分勝手ですね。真剣な告白を冗談だのドッキリだのと捉える事で、傷つく女の子の気持ちを考えたことがあるのでしょうか?」
「……相手の、気持ち?」
「ええ。そもそも、あなたを客観的に評価するのは他人なのに、その他人からの好意を捻じ曲げ、悪い方向に解釈するのは相手にも失礼ですよ。そんな失礼な事を、あなたは翠子さんにずっと続けて、翠子さんを傷つけていたのです」
「傷つけてたって……そんな、そこまでだとは思ってなかったから……」
「そこまで? ここまで言って、それでも貴方をからかっている、騙しているように思えますか? 貴方の事を好きな女の子は……私以上に、信じて欲しいと思っていた事でしょう」
「……そ、そうです。好きな人に……好きと、気付いてもらえないのは、とてもつらい事です……」
緋音の後ろから、五番手……赤薔薇もまた助清へと声をかける。
「それに……翠子さんは、あなたが好き。助清さんも、同じなのでは?」
「……僕が、翠子さんの事を?」
「……商店街の人たちに、尽くしてるけど。翠子さんには……他人にできない事も、してあげてます。自分に、自信をもってください。……ご近所に、これほど信頼されて、パン屋さんも繁盛させてる。簡単じゃない事を、してるんですから……」
「………」
「ねえ、助清さん」
六番手、最後。
「翠子お姉さんの事、どうして信じてあげられないの? 遊紗わかんないなー」
「九十九、ちゃん……」
「大人になると、人の気持ち、……信じられなくなるの?」
「…………」
遊紗の言葉には、助清は返答しなかった。
「……もしもし、翠子さん?」
かわりに、携帯を取り出し、翠子へと電話をかけていた。
「……こ、こんな時間に呼び出して、何の用よ」
アカンベーカリーに呼び出された翠子は、どこか期待するかのように、視線を泳がせていた。
「……コブラちゃん、見つけたよ。それから……君に言うことがある」
「え? ……な、何よ」
助清の言葉に、頬を染め……翠子は向き合った。
「……僕は以前、親からネグレクトを受けた事がある。『役立たず、生むんじゃなかった』と言われ続けた事がある。学校でも、居なくていいやつだと言われ、イジメられ続けた事もある。民生委員によって里親に預けられるまでそれは続き、ずっと自分は要らない奴だと思ってた」
「……そ、それがどうかしたのよ」
「けど、僕はそれに囚われていた。そんなものを断ち切るために……僕は信じるよ。君の言葉を、そして……僕自身を!」
助清は、コブラを翠子に手渡し……翠子の目を見て、はっきりと……言った。
「僕も、君が好きです。付き合ってください」
後日。
「ふむ。できたっと……みんな、ご苦労様。これ、お礼のラーメンね」
雅子の家にて、女性六名は今回の礼にと絶品豚骨ラーメンをごちそうになっていた。
「わーい、いただきまーす。……あっちち」
「うん、美味い! なかなかのもんだね」
遊紗と千重とは、さっそくラーメンに舌鼓を打つ。
「あの、それで翠子さんと助清さんはどうなりました?」
夕乃の問いかけに、雅子は「やれやれ」と言わんばかりにかぶりを振った。
「まー、付き合いはしているけどねえ……」
「翠子さん、式場……予約しておいたよ」
「なっ! まだ早いわよ!」
「え? ああ、その前にホテルで……その、男女ですべき事が先、かな?」
「ちーがーうー! 何考えてるの! っていうか早すぎ!」
「あ、そうかごめん! ええと……ゴムは用意してあるよ?」
「そうじゃなくて! ばかっ! もう知らない!」
「……深読み、し過ぎたかな?」
「……ってな感じでねえ。あの様子だと、翠子の苦労はまだまだ続きそうだわね」
苦笑交じりに、雅子はそうつぶやいた。