『スーパーひゆう』、応接室。
GMGの四人は、依頼を受けてくれた撃退士たちを迎えていた。
「またお世話になります。木嶋香里(
jb7748)さん」
「はい、今回もよろしくお願いしますね♪」
聡子と香里は再会した事を喜び、和気あいあい。
しかし、すぐに聡子は心配そうな表情に。
「……というか、なんだかお疲れの様子ですが……ご無理はなさらないように」
と、聡子から労いの言葉をかけられている香里の隣には、染井 桜花(
ja4386)の姿が。サリーと小鳥、いつみの三人は、彼女と再会できて、嬉しそうにはしゃいでいた。
「久し振りです! あの時のクーデレなクノイチお姉さんですね?」
そう言葉をかけるサリーへと、じっと見つめ……。
「……久し振り。……元気そう。……なにより」
と、以前と変わらぬ口調で返答。
小鳥もまた、サリー同様に言葉をかける。
「頼りにしてます! あと、できればあの時みたいにまたメイド服着て、サリーちゃんにしてくれたように紅茶とおっぱい」
「はいはい、再会を懐かしむのはここまでにしましょう」
と、聡子の一声で挨拶再会。
まず進み出るは、長身で大柄な、たくましい青年。
「ええと、初めまして。わたしは仁良井 叶伊(
ja0618)。料理はあまり得意ではないですが、力仕事やそのほかでは役に立つと思います。よろしくお願いします」
「実直そうな方ですね。大丈夫、我らがいつみさんも料理は苦手ですから問題ありませんよ」
「悪かったわね! ……あ、失礼。よろしくお願いしますね」
仁良井に続くは、白銀のおかっぱ髪と金の瞳を持つ、小柄な美少女。
「或瀬院 由真(
ja1687)と、申します。お見知りおきを」
おっとりした口調とその外観に、サリーと小鳥は心奪われたかのようにじっと見つめた。
「カワイイ! その髪も素敵! お人形さんみたい!」
「はい、とってもちっちゃくてかわいいです。お持ち帰りしたくなっちゃいますねっ」
小鳥の言葉に続くは、豪快な笑い声。
「がっはっは! お嬢ちゃんたちもちみっちゃくて十分かわいいぜ!」
赭々 燈戴(
jc0703)……見た目は少年、中身は老人の撃退士は、愉快そうに大笑い。
「ま、大船に乗ったつもりで、俺たちにまかしとけ!」
「はい。北海道はおいしいどーって、知ってほしいです」
燈戴に続くは、独特の空気……「おっとり」「ふんわり」という擬音が浮かびそうな雰囲気を醸しだしている少女。
「私は、マリー・ゴールド(
jc1045)。よろしく、お願いします〜」
「はいな、こちらこそ。それでは……」
マリーの言葉を受け、聡子が本題を切り出した。
「これからどうやって、ヴァレリアさんに料理を供するか。それを話し合いたいと思います」
そして、数日後。当日がやってきた。
ヴァレリアは、不満だった。
こんな田舎のどこがいいのか。叔父様に相応しいわけがない。
今ヴァレリアが居るのは、聡子の会社「テキサス」の直営食堂。本日は貸し切りになっている。
『お世話になってる人たちが、ヴァレリアをもてなしたいと夕食会を開いてくれるそうだ。来てくれるね?』
本当は来るつもりなど無かったが、ヴェナンツィオに言われたなら行かざるを得ない。……不本意ではあるけど。
そんな気分で、食卓についていたヴァレリアだが……。
「ようこそ、ヴァレリアさん♪ 北海道を楽しんでくださいね♪」
出てきたのは、翡翠色の奇妙な服に身を包んだ少女。……ヴァレリアと同年齢の彼女は、やはり奇妙な扇を持っていた。
着物を着た少女……香里の隣には、やはり着物を着たサリーの姿が。彼女に通訳してもらい、ヴァレリアは香里が挨拶してきたのを知った。
が、それとともに……香里が来ている着物に、目を奪われていた。
『これは、日本の「着物」です。興味を持たれたら、着付けを体験できますよ』
サリーの通訳で香里の言葉が伝わるも、結構だとヴァレリアはかぶりを振った。
「それでは、食事会を始めさせていただきますね♪」
香里が微笑むと、ウェイター姿の仁良井が厨房から出て来た。食前の飲み物と前菜とを運んできた彼は、それをヴァレリアの前に置いた。
一口、それを飲む。
キャロットジュースだ。けれど……こんなに味が濃いジュースは、飲んだことが無い。
前菜は、小さくカットされた真っ白なトウモロコシ。だがそれも、一口かじると……。
甘い、すばらしい風味がヴァレリアの口中に広がった。いつも食しているトウモロコシとは違う。
後になって、これらが北海道で取れた雪下人参の百%人参ジュース、およびピュアホワイトトウモロコシだと知ったが……。気が付くとヴァレリアは、それらを完食していた。
「教えて差し上げます」
その頃、厨房では。
「北海道の素晴らしさ……特に、御飯の美味しさというものを!」
ふふり、と不敵な笑みを浮かべた由真がいた。
「……作る」
厨房には、更にもう一人。否、二人。
お揃いの、キタキツネマーク付きエプロン、およびキツネ耳カチューシャを付けた桜花とマリーである。
「えっと、北海道らしいのを……っと」
マリーの用意は万全。既に炊飯器の中には、北海道米「ゆめぴりか」が炊き上がっている。
「札幌大球キャベツは、こちらに置いておきます。マリーさんの要請した食材は、これで全部ですか?」と、聡子がメモを手に確認していた。
「はいっ。後になって必要なものが出てきましたら、その時にはお願いしますね」
返答したマリーの視線の先にいる桜花は、芋餅をフライパンにて調理している最中。多めの油で揚げ焼された芋に、うまそうな焼き色が付き……芋餅が完成した。
「……味見する?」
桜花の申し出に、即座に応じるマリー。「あ〜ん」と、開いた口に芋餅を入れられ……はふはふっと熱さをこらえた。
熱々の芋が口の中いっぱいに、芋本来の旨みとなって広がっていく。醤油と味醂、砂糖で味付けされ、片栗粉でとろみをつけたタレの味が、その旨みをより一層引き出していくかのよう。思わずマリーは顔をほころばせた。
「ん〜♪ 美味しいです♪」
もう一つ……と行きたいところだったが、それは却下。
そして、香里と仁良井によってヴァレリアの元に運ばれた芋餅は……。
彼女に、美味なる驚愕を与えていた。
ヴァレリアは「意外」という感想を抱いていた。
確かに、今出された「イモモチ」とやらは悪くない。……いや、いけないいけない。ヴェナンツィオ叔父様も、おそらくこうやって籠絡されたに違いない。こんなの、ただのポテト料理。この程度で騙されては……。
などと考えていると、給仕の男性(仁良井)が、ワゴンを押してやってきた。ワゴンにはコンロ、そのコンロには油を張った鍋。
ウェイターと入れ替わりに、短い白髪の美少女が出てくる。彼女……由真はぺこりと一礼すると、何やら言ってきた。一緒にいるサリーが通訳する。
「『これから、海産物のテンプラを召し上がっていただきます』」
再び、ヴァレリアはカルチャーショックを。
目前で、海産物に衣を付けて油で揚げられるのを見るだけでも目を引かれたが……揚がったテンプラそのものも、またヴァレリアの口を驚かせていた。
付けるのは、ソイソース……と思っていたら、塩だけで良いと言う
「付けすぎたらだめですよ?」との事なので、本当に少しだけ、一つまみ程度……を付けただけなのに、ここまで美味いのはどういう事か。
帆立貝にカニ、エビ。そして、「ホッケ」とかいう魚。
「雲丹は、大葉や海苔で包んで揚げるんです。少しレアな感じになるまで……っと」
更に供されたのは、オレンジ色のウニを、「ノリ」とかいう海草や、「シソ」という葉で包んで揚げたもの。ウニ自体はフレンチで食べた事はあったが、こんな調理をするとは……。
『……Not bad(わ、悪くは無いわね)』
フォークでそれらを口に運び、そんな憎まれ口を言ってみた。
けれど、ヴァレリアの心はかなり揺らいでいた。
「かははっ! ほれ、軽くツマミな」
テンプラが下げられた後、人懐っこそうな少年が聡子とともに現れた。聡子の通訳で、少年……赭々は、運んできた一皿をヴァレリアの前に置き、説明し始める。
「『こいつは、柔らかく茹でたタラの芽やアスパラを、チーズと共に豚肉に包んだ肉巻きだ』……と、言ってます」聡子が通訳する。
タラの芽? 野菜?
ともかく、ポークとチーズの料理らしいので、フォークにて口に運ぶ。
……チーズの味が濃い。豚も良い味だが、このチーズはイタリアのお店でも中々巡り合えないだろう。これを用いたピッツァを食べてみたい。
「北海道は日本の中でも有数の酪農王国だ。新鮮なチーズはこの地ならではだな」
知らなかった。日本ってのは生魚をスシにして食べてるものとばかり思っていたが……。
それにしても、この「タラ」とかいう柔らかい野菜は何? 少し苦味があるが、それほど抵抗は無い。
「こんな植物なんだぜ」
疑問に感じたのを察したかのように、赭々は持ってきた木の枝らしきものをヴァレリアへと差し出した。刺々しい、固い木の枝。しかし、その枝の先に固く口をつぐんでいるかのように、小さな蕾らしきものが認められる。
「こいつが、タラの芽だ。ほくほくした触感からは想像できないだろ。日本の事には詳しくねぇみたいだが……こいつみたいなビックリ箱はいくらでもあるンだぜ」
確かに思いもよらなかった。こんな木の芽すらも食材にするなんて。それに、これはイタリアンにも応用できそうだ。実際にやってみたら……新しい料理になるだろう。
こんな食材が、日本にはたくさんあるっていうの?
「で、日本食と言えば箸、チョップスティックってのが合ってなあ……」
と、赭々がジョークのつもりで何か言っていたようだが。ヴァレリアの耳には届いていなかった。
彼女は、物思いにふけっていたのだ。雪しかないと思っていたこの地に、予想以上の食材が、料理があるという事実に。
次に運ばれてきたのは……「石狩鍋」と呼ぶらしいシチュー。
キャベツに人参、オニオン、それに、ラディッシュのような「大根」という野菜や、「椎茸」というマッシュルームなどを、サーモンとともに奇妙な調味料(ミソ……という、大豆の発酵食品らしい)で味付けしてある。
これもまた、美味だった。ミネストローネとも、コンソメスープとも異なるこの味わい。なんでも、このホッカイドーの一地方の名前が付いているという。こんな美味が、日本では昔から存在していたというのか。
「『お口に合うと嬉しいですが、どうですか?』」
この料理を供した、カオリ……という少女の言葉を、サリーが通訳してくる。
ヴァレリアは、それに気づかず……夢中になってフォークで具の野菜や鮭を口に運び、スープを飲み込んだ。
……おいしい。認めたくないけど、認めざるを得ない。
こんな食材や料理があるのなら、確かに叔父様も夢中になるわけだわ。体が熱い、このシチューの熱だけではなく……新たな美味を見つけ興奮しているのだと、ヴァレリアは実感していた。
「……肉丼、無事完成」
結構多めに作った石狩鍋が空になって戻ってきたのと入れ違いに、桜花はジンギスカン丼を完成させていた。
キャベツ、もやし、玉ねぎを炒め、漬け込んだラム肉に漬け汁を加えて更に炒めたもの。
「ゆめぴりか」米を盛った丼の上から、肉と野菜を載せ、とどめとばかりに温泉卵を落とした一品にして逸品。
試食でマリーに「あ〜ん」したかったが、どうやらヴァレリアの食べるペースが速まっているらしいので……即座に出す事に。
果たして、気に入ってくれるだろうか。
数刻後。
空になった丼を、ヴァレリアはテーブルの上に置いた。
この「ドンブリ」とやらは、ライスに乗った羊の肉の臭いがそんなに感じられなかった。それに、とても柔らかかった。
火を通した野菜も、中華にも似ているが、それを独自の料理に発展させている。「オンセンタマゴ」という半熟の卵も、また初めての経験。生卵を日本人は食べると聞いていたので、それかと思っていたら……半熟のゆで卵ともまた違う、ココットとも違う茹で加減。
食材だけでなく、調理方法も、見た事の無いものばかり。
ブルニャテッリ家が、これらを取り入れたら……。イタリアンとしてだけでなく、料理人として、「新たな味」の追求に大きく貢献できるに違いない。
「『いかがでしたか? お口に合いましたか?』」
皿を下げに来た香里……と、サリーが、再びヴァレリアの前に。
日本に関する、少ない知識を総動員したヴァレリアは。
「……オ」
「はい?」
「……オイシ、カタ。ゴチソ、サマ」
確か、食べた後にこう言うのが日本のマナーだとか。
少しの沈黙の後……。
『はいっ♪ 喜んでいただけて何よりです!』
香里のその言葉を、サリーが通訳してヴァレリアへと伝えた。
その後、『もう少し何か食べたい』というヴァレリアのリクエストに応じ、由真の用意していた北里八雲牛の肉を用いたハンバーグ、およびカニクリームコロッケの洋食もまた腹に収めたヴァレリアは、満足そうに食器を置いた。
「北海道というのは、これだけの食材に恵まれた土地なのです。これらは全て、先人が続けてきた努力の賜物ですね」
由真の説明に、今度はふんふんと興味深そうにうなずくヴァレリア。
「どうでしょう。美味しかったですか?」
「Well, as well as snow, good flavor understood a thing in this ground.(そうね、雪だけじゃなく、美味がこの地にある事を理解したわ)」
サリーと聡子にそんな素直じゃない返答した事を通訳され、皆は苦笑。
「ははぁ、お嬢ちゃんはツンデレってやつだな」
赭々の聞きなれない言葉に、ヴァレリアは怪訝そうな表情を浮かべた。
「素直じゃねえってコトさ。悪くないぜ。日本のサブカルじゃ『萌え』に分類される」
「MOE? What it is it?(もえ? なにそれ?)」
「えーと……グッとくるってことだよ。かはは!」
「……Hey, what does he say? Incomprehensible.(ねえ、彼は一体何を言っているの? わけがわからないわ)」
疑問符を頭に浮かべつつ、ヴァレリアはサリーと聡子に解説を求める。
「Explanation is slightly difficult. (ちょっと、説明が難しいです……)」
サリーがそう伝え、
「……But it is not a bad thing.(でも、悪い事じゃあないですよ)」
聡子がそう結んだ。
数日後。
ヴァレリアは帰国する事に。
『最初に言いすぎた事を謝るわ。でも、やっぱりホッカイドーは嫌いよ。だって……』
別れ際に、彼女はヴェナンツィオへと皆へ言伝を残していた。
『だって……叔父様を夢中にさせるような、美味しい食材と料理があるんですもの。知れば知るほど、憎めなくなってしまうわ。……アイドルとやらも、かわいいしね』
そう言う彼女の顔は、とても満足げな表情が浮かんでいた……という。