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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/14


みんなの思い出



オープニング

 とある怪談がある。
 夕方。急いで帰るためにと、通ってはならないと言われた山中の坂道を通る事に。その坂道の途中にあるトンネル内で、得体のしれない存在に襲われる……と、そんな怪談。
 マル美もまた、その怪談と同じような体験をしてしまった。

 マルティーナ・堀江。通称マル美。芽室にて彼女は、相変わらずボランティアに精を出していた。
「おじさん、いる?」と、とある屋敷の一室に出向いたマル美は、部屋の主人へと声をかけた。
「ああ……マル美か」と、返答が。声の主の名は近江志郎。彼は机の前で、写真の分類に没頭していた。
 ここは、マル美の父方の実家。そして近江志郎は、釧路の近江家へ婿に入った、マル美の叔父であった。
「そろそろ出かけるけど、車お願いできますか?」

 日戸内。
 そこは、小さな村。かつては鉱山だったが、現在は廃鉱になっており、山々に囲まれた陸の孤島となっている。他の町に向かうには、山のふもとをぐるりと通る国道を進まなければならない。バスもほとんど通ってない。
 ともかく、マル美はその村……日戸内村へと赴いた。むろん、徒歩ではない。近江の運転する車に乗って、の事だ。
 芽室の老人ホームにて、ひと月前に入居した老婆に頼まれたのだ。日戸内の実家から、写真や、そのほか思い出の品物を持ってきてもらいたい、と。
 それを聞いたマル美は、「取ってくる」と向かう事にした。
 が、家族はその住所を聞き、「遠すぎる」と指摘。そこに、実家に戻っていた叔父の近江志郎が車を貸してくれると申し出てくれて、その言葉に甘えるように。
 こうして、マル美と近江は村へと向かったのだ。

 日戸内は、本当に小さく何もない村だった。
ともかくそこで、老婆の実家を見つけ、預かった鍵で戸を開けて中に入り込んだ。
しかし、中に入ったはいいものの……言われていた品物はなかなか見つからなかった。ようやく見つかった時には、すでに夕方に。
ともかく、位牌にアルバム、そのほかの品物をバッグに入れると、マル美は再び車へと乗り込んだ。
「大変だったなあ」
「うん……思ったより時間かかっちゃったねー」
 車に乗り込み、帰路に。
「まいったなあ、今から帰ると7時過ぎになっちゃうよ」
 加えて、ガソリンの残りも心もとない。
 何か近道は……と、カーナビを操作した近江だが……。
「おや……?」
 カーナビが、近道の存在を示唆していた。

 カーナビに映し出された道は、山をほぼまっすぐ突っ切っていた。この道を進めば、山の向こう側……麓に出られる。山道なので、あまりスピードは出せないが、時速30kmで走ったとしても、1時間程度で麓に戻れる。
「でも、こんな道があるんなら。なんであのおばあちゃんは教えてくれなかったのかな?」
「さあな、知らなかったんじゃあないか?」
 言いつつ、車は道を進む。カーナビはこのまままっすぐ進めとの指示が。
 周囲はどんどん暗くなっていく。暗闇が徐々に迫りつつある……という感じで、山中が暗くなりつつあるのをマル美は見た。
「……ねえおじさん、本当にこの方向で合ってるの?」
 周囲の暗さに怖さを覚えたように、助手席のマル美が不安そうに言葉を漏らした。
「ああ、その……はずだ」
 近江も、自信がなかった。しかし、今走っている道は舗装道路。少なくとも未舗装の獣道などではない。
 それに、ナビの表示では一本道。迷うはずもない。
 わずかではあるが、外灯も点いている。この道をこのまままっすぐ進めば、ふもとに着く……はずだ。

 そして、十分ほど経過し、進行方向にトンネルの入り口が見えてきた。それはまるで、巨大な動物が大きく口を開いているかのよう。まるでその口に食べられに向かうように、車はトンネルの出入り口へと近づきつつあった。
「……ナビでは、あのトンネルを抜けたら、すぐに麓にたどり着くみたいだけど……」
 だが、マル美はなんとなく不安を覚えた。説明はできないが、なんとなく嫌な雰囲気が感じられたのだ。それは徐々に強く、濃くなりつつある。
 しかし、カーナビの表示では、トンネルの長さはそれほどでもない。実際、この位置からでも向こう側の景色が見えている。せいぜい、10m前後といった程度か。
 不気味ではあるが、数秒ですぐに通り抜けられるだろう。高さも、幅も、十分な大きさがある。通り抜けられないわけがない。
 不安なマル美とともに、車はトンネル内に。

「!?」
 トンネル内部に入ったとたん、マル美は嫌な雰囲気がさらに強まったのを知った。
 出口がすぐそこに見えるのに……トンネル内部に入った途端、何を思ったのか近江は、いきなり車のスピードを落としたのだ。
住宅街でノロノロ運転をしているがごとく、ゆっくりじっくりとトンネルの内部を進んでいる。
「おじさん、どうしたのよ?」
 思わずマル美は声をかけた。が、ノロノロ運転は続いている。
「……ねえ、ふざけないで! ここ、気味悪いわ、早く通り抜けてよ! スピード落とさないで!」
 声を荒げたマル美だったが、
「……なあ、マル美」
 近江もまた、たった今異変に気付いたかのように語りかけた。
「……落としてない」
「えっ!?」
「スピードは、落としてない! 時速……50kmで走ってるのに!」
 車の速度計を見たら……確かに時速50kmで走っている。どう見てもトンネルの距離は、10m程度にしか見えない。50kmなら、1秒ちょっとで通り抜けられるはず。
 なのに……少なくとも30秒は経過してるはずなのに、まだトンネルの半ばまでしかたどり着いていない。
 何が起こっているのか? この「異常事態」に一瞬慌てたマル美だが、なんとか落ち着きを取り戻した。
 ひょっとしたら、何かの錯覚なのかもしれない。暗かったため、かなりの距離があるトンネルを、10m程度に見てしまったのかもしれない。そうだ、そうにちがいない。
 と、無理やり自分を納得させようとして、横を見た時。
「!」
 トンネルの壁、天井近くに……人影を見た。
 一瞬にして、その人影が人外の存在……まともなものではない事をマル美は気づいた。それは、白いワンピースのようなものを着た、長髪の女性だった。
 しかし、その髪はボサボサで、顔を覆い隠している。更にはその手足はクモのように細長く、それで壁と天井に張り付いていたのだ。
 そいつは、車の天井へと飛び降りた。ガリガリと、金属がこすれる音が。
 長く伸びた腕が、フロントガラスに。そして……。
 逆さまの顔が、二人の前に現れた。
 真っ白な肌に、狂気をたたえてカッと見開いた巨大な両目。にたり……と、歯をむき出した巨大な口の笑み。ところどころから鮮血が流れ……悪夢以外の何物でもない邪悪な顔が、そこにはあった。
 パニックに陥った近江は、アクセルを踏み込む。すると……。
 じれったく、ノロノロと進んでいた車が……ようやくトンネルを抜けた。
 それと同時に、スピードが戻った。トンネルを抜けると同時に、あの白面の怪物の姿は、剥ぎ取られたかのように消えたが……。
 近江は、アクセルを踏み込んで、時速80kmまでスピードを上げていた。

「で、近江氏はすぐにブレーキを踏み、マル美嬢ともどもなんとか事なきを得たらしい」
 学園の、霞ヶ関教諭。
「そこから、この依頼が持ち込まれた。あのトンネルに赴いて、何かわからんが、あの化物を退治してくれ、とな。やってくれるか?」


リプレイ本文

 昼なおその場所は暗く……。
 などという事も無く、陽の光が差して、ちょっとした山の散策にはちょうどいい日より。
 だが、そのトンネルだけは、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出している。それを佐藤 としお(ja2489)は実感していた。
「……確かに、『長くない』んだよね〜……」
 目前まで接近した佐藤は、内部へと視線を向けた。依頼人のマル美の目撃証言通り、10m前後の長さしかない事が見て取れる。
「どうでしょうか?」
 佐藤の後ろから、レティシア・シャンテヒルト(jb6767)……美少女の悪魔が声をかける。
「少なくとも、怪しいものは見られませんね」
「だな。看板の件は……単に落ちていただけだったしな」
 佐藤の言葉に、拍子抜けとばかりに翡翠 龍斗(ja7594)が言葉を加える。
 撃退士たちは三名ずつに分かれ、佐藤ら三人のA班は、日戸内村の方面からトンネルへと向かっていた。
 日戸内側から入った三人は、その山道の入り口に「立ち入り禁止」の看板が見られなかった事を怪しんでいたが……すぐにその原因を発見した。
 看板は道の脇、藪の中に落ちていたのだ。管理する人間がいないため、壊れたまま放置されていたらしい。
 しかし、だからといってトンネル内の怪異の恐ろしさが軽減したわけではない。用心に用心を重ねて越したことはない。

「こっちも、立ち入り禁止が徹底しているわけじゃあなさそうだ。いいかげんだねえ」
 と、反対側から来たアサニエル(jb5431)、赤毛の美女天使はそんな事を口にしつつも……同じくトンネルへと視線を向けていた。彼女の後ろには、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)と、西條 弥彦(jb9624)のB班が控えている。
「こちらも見たところ、変な点はなさそうですが……ちょっと、変な感じはしますね」
 エイルズレトラの言葉を裏付けるかのように、トンネルから漂う空気の質は、周囲のそれといささか異なっていた。
……何かいる。姿は見えないが、どこかに何かが隠れている。気配はあるのに、その気配の元がどこなのかわからない。そんなもどかしさが伝わってくる。
「周囲は、おかしな点は見当たらないが……。にしても、古いな」
 西條が、トンネルを見てつぶやいた。
 実際、明るい日の下から見た限りでは、そのトンネルは別の意味で危険そうに見えた。組まれている石がぼろぼろで、今にも崩れそうなのだ。
「車、借りられれば良かったんですけどね」
 エイルズレトラがつぶやくも、借りられなかったものは仕方がない。
 今回、撃退士たちはトンネルの両側から接近し、両方から入って内部の「何か」を見つけ、これを倒す……という作戦を立てていた。
 残念ながら、車は借りる事はできなかった。なので徒歩でやってきたわけだが……今のところ、怪しい現象は起こらず。
『こっちは異常ありません。そちらは?』
「こちらも異常なし。静かなもんだよ」
 手にした無線機で、アサニエルはB班・佐藤と会話を交わした。
「さて、それじゃ……」
 トンネルに、アサニエルは鋭い視線を向けた。
 これから挑むのだ。この得体のしれない「場所」に。

 佐藤の後ろから、翡翠がトンネル入り口前へと歩み寄ると……手にしたフラッシュライトを点灯した。
「おーい! そっち、見えるか!」
 大声で話しかけた翡翠は、そのままライトを大きく弧を描くように振る。B班三人はそれを確認したように、向こう側から手を振った。
 トンネル内部には、やはり何かがいるようには見えない……。
「あの……おかしくないですか?」
 が、レティシアが疑問を口にした。
 佐藤は、直後にレティシアの疑問が何かを理解した。
 なぜ……『声が届かない』?
 この程度なら、大声を出したら声が響いて、届くはずだ。なのに……目前に姿があるのに、なぜ声が届かないのか。
 ますますもって、ますます奇なり。

 それは、反対側のアサニエルも同様だった。
「……生命探知の反応は……何かが潜んでいる様だが……」
 トンネル内部に何かいるのは間違いない。が……見たところ、その気配は見当たらない。壁の内部に隠れている? だが……隠れているとしたら、どこに?
「星の輝き」で、内部に光を当ててもみたが……光は、奥まで届かない。不自然なまでに『手前付近』にしか届かない。
「先輩……入ってみますか?」
「いや、待て」
 エイルズレトラを制し、アサニエルは地面に転がっている小石を拾い上げ、それを思い切りトンネル内部へと投げ込んだ。
「……やはり、な」
「なんなんですか、これ」
 アサニエルは納得するようにうなずき、西條は不可解とばかりに、小石を見つめた。
 あれだけ思い切り投げ込んだのに、石はわずか……1mも無い場所に落ちていたのだ。

「レティシア、どうだ?」
「空中から見てみましたが……トンネルの長さは10mほどでした」
 翡翠のすぐそばに、「闇の翼」で空中の偵察から戻ったレティシアが降り立つ。佐藤もまた、実際このあたりをナビやら地図やらで調べて、距離的に10mほどしか無い事は知っていた。
 空中から見て、怪しい儀式の痕跡は無し。加えて……トンネル以外には、向こう側へ抜ける道は見当たらない。
 やはり、中を調べてみるしかないか……。決意した佐藤は、相棒を呼び出した。

 それから数回。アサニエルは紐を括り付けた石をトンネル内部へと投げ込んでみたが……どんなに全力全開で投げ込んでも、トンネルのすぐ手近な場所までしか届かなかった。石が届くのは、目視で2〜3m程度の場所。明らかに……このトンネル内部で、何かおかしな事が起こっている。
『こちら佐藤。アサニエルさん、聞こえますか?』
 と、無線機に連絡が。
『これからこちらも、召喚獣と一緒に入っていきます』

「頼むよ……行け、ストレイシオン!」
 二足歩行の竜、召喚獣ストレイシオンを呼び出した佐藤は、その獣に命じてトンネル内部へと入り込む。距離をとって、その後ろに佐藤らが続く。
 彼らの目前には、向こう側の景色が。そして、B班の姿がはっきりと映っていた。
「……!」
 奇妙な現象は、即座に現れた。地面は動いておらず、ちゃんと前進している事は感覚的に伝わってくる。なのに……『先に進まない』。
 むしろ歩くたびに、向こう側の景色が、人影が、徐々に遠ざかっていく。ストレイシオンの視覚と連動している佐藤は、この奇妙な感覚を受けつつトンネル内部を、ただひたすら歩き、進んでいった。

 それは、反対側から入りこんだB班も同様だった。
「間違いないね、これは……トンネル内部の空間に細工してるに違いないだろうさ」
「空間に細工、ですか?」
 エイルズレトラの質問に、アサニエルはうなずく。
「ああ。これは推測だが……おそらく敵は、このトンネル内部の見た目の距離を短くしてるのか、あるいは……元から短い距離なのを、何らかの能力で引き伸ばしてるのか。そういった能力を有してるんだろうさ」
 その推測を裏付けるかのように、エイルズレトラが召喚したヒリュウも空中を進むも……徒歩の皆と同様に距離感に困っている様子。
「……アサニエルさん、あれを」
 西條が、トンネル天井を仰いだ。
「……爪痕?」
「依頼者たちの証言通りですね。天井を掻きむしったような痕跡があるって事は……」
 西條がそこまで言った、次の瞬間。
 アサニエルは、壁より「腕」が伸び、ストレイシオンに襲い掛かるのを見た。
 まるで、壁そのものからいきなり出現したかのようだった。ストレイシオンが吠え、その顎で噛みつこうとしたとたん……。
 それは、消えた。まるで、壁そのものに溶け込むかのように。

「ちっ! ……気配がよくわからん、やつはどこだ?」
 身構えた翡翠が、忌々しげにつぶやく。普段から目を閉じている彼は、感覚でものを見る事を得手とはしていたが……。今回ばかりは、どうにも調子が出ない様子。
 佐藤もまた、ストレイシオンに視線を注いでいた。間違いなく、「何か」が壁から出て……ストレイシオンに、召喚獣に攻撃を加えたのを見たのだ。
 が、スナイパーライフルで狙い撃ちする間もなく……そいつは消えた。
 トンネル内部に、隠れられそうな場所など無い。壁や天井にあるのは、大きな亀裂のみ。扉や隠し部屋のようなものも無い。
 周囲を見回し……視線を上に向け、佐藤は見た。
 自分たちの頭上に、薄汚れた白ワンピースを着た……恐ろしき顔の「女」がいるのを。
 ひょろ長く伸びた「女」の腕。それは蛇のようにいやらしくくねり、電光石火の速度で襲い掛かる。指先に伸びるは、鋭い爪。翡翠ですら、その動きを感知するのに時間がかかりすぎ……対応しきれない。
 一撃を喰らう刹那。
 佐藤の足元の「影」から、白き羽根が飛び出し、「女」へと襲い掛かった。

「『ハイドアンドシーク』……不意打ちしたつもりでしょうけど、不意打ちされるとは思いもしなかったようですわね」
 佐藤の足元から、潜行していたレティシアが姿を現す。その手には、「死者の書」が。
「女」はその様子に、驚いたかのようにうめき声を出し……再びトンネル内の壁に姿を消した。
 佐藤がライフルで銃撃するも、亀裂に弾丸が食い込むのみ。
「やつは!?」
「また消えました! ……けれど、どうやら謎は解けましたわね」
 そう、謎は解けた。
「女」は、間違いなく「空間を操る能力」を有している。外に出ないところを見ると、おそらくは閉鎖していなければ効かないのだろう。この、トンネル内部のように。
 佐藤とレティシア、翡翠の三人は、背中合わせになり「女」の姿を求めた。
 
「くそっ、『クラブのA』で捕縛してやりたいのに……ここからじゃ射程外みたいだ!」
 焦りとともに、エイルズレトラは走り出す。が、走ったところで距離は縮まらない。
 西條も、アサニエルも、焦りが体を苛むのを実感していた。間違いなく、あの「女」が今回の事件の犯人。そして……倒すべき相手!
 だが……届かない! どんなに走っても、わずか数m先に見えるそこに、たどり着けない。
 それでも、彼らは走った。ただひたすらに、歪められた空間内を走った。

 佐藤は歯噛みし、レティシアは闇の中を見据え、翡翠は全身の感覚を研ぎ澄ませていた。
 佐藤の視界……ストレイシオンと共通している視覚で、彼は自分たちを客観視している。後ろからいきなり襲い掛かられても、すぐに対処はできる。
 問題は……どこから奴がやってくるのか。佐藤はその事に関し、必死に考えを巡らせていた。
 先刻消える直前に見た限りでは、壁に溶け込むように消えていた。透明化や保護色などではない。もしそうなら、わざわざ「女」は姿を現して攻撃してこない。
 考えろ、考えるんだ。奴は「空間」、それも「閉鎖された空間」を操る事ができる。レティシアさんはそう言っていた。なら「女」は、空間操作能力……それを使ってどこに隠れている?
「……佐藤さん、翡翠さん……亀裂です! そこから来ます!」
 レティシアが、その答えを導き出し……叫んだ。
 その直後。トンネル内部の「亀裂」、ないしはその「隙間」から……。「女」が姿を現し、襲撃してきた!

「覇ッ!」
「女」の姿を認識するのに、翡翠は時間をかけすぎた。1秒半もかかったのだ。
 しかし、その時間を用い、彼は『静動覇陣』を発動させていた。己が闘争心が解き放たれ、内なる獣の力が翡翠の身体にみなぎる。
 百の金龍が彼とともに舞い、一の黄龍となりて彼の闘志に変化し、彼の肉体に力を注ぎ込んだ。
「……『烈風突』!」
 トンネル内部の暗闇を、烈風すらも貫き通す拳撃が放たれ、「女」の小癪にして薄汚い腕とかち合い、砕き、弾き飛ばした。
 醜悪な顔をゆがませ、おぞましい唸りと叫びとを「女」は吐いた。それが、痛手を喰らったゆえの苦痛の叫びと知り、翡翠は小気味よさを覚える。
 続いて、銃声と着弾音。どす黒い血液が「女」の薄汚れた白いワンピースからしみ出した。
「……どうやら、リボルバーの攻撃は効果あるようだなっ!」
 拳銃を手にしているのは、西條。
 そして、それに続きストレイシオンがとびかかり、「女」へと噛みつき、地面へと叩き付ける。
 再び、おぞましき叫びとともに「亀裂」内部へと逃れる「女」。
 だが、もう怖くは無い、恐れは無い。敵の手の内が分からぬうちは警戒もしたが、「女」の能力を見極めた今は、恐れる事など撃退士たちには何もない。
「……そこかっ!」
 かけつけたアサニエルの足元近く。その「亀裂」から姿を現した「女」だが、すでにアサニエルは『審判の鎖』を放っていた。
 堅牢にして聖なる鎖が、邪悪と腐臭と醜悪さとを混合した「女」の身体に容赦なく巻き付き、縛り上げ、その動きを止めた。
「さて……用意はできたか? 地獄に送られる用意は?」
 翡翠の、死刑執行の言葉が響く。そして、数秒後。
 トンネル内部に、「女」の断末魔の叫びが響き……空間の歪みも、消えて無くなった。

「……つまり、あいつは『空間を引き延ばす』能力を持ってたってわけですね?」
 事後。アサニエルへと、エイルズレトラは問いかけていた。
「女」を倒した後、撃退士たちはトンネルを何度も行き来したが。先刻のような奇妙な現象は起こらなかった。……トンネルは、何の変哲もないそれに。そして先刻からの嫌な雰囲気や空気は、完全に消えていた。
「ああ。いまとなっては確認できないが、まず間違いないだろうよ」
 アサニエルとレティシアとが、事前に予測していたのは……「女」が空間を操り、歪めていたのだろう、という事。
「外でやらなかったって事は、このトンネル内部のような『閉鎖された空間内』でしか効果がないんだろう。原理はともかく、やつはトンネル内の空間を数倍から数十倍に引き伸ばし……中に迷い込んだ獲物を襲っていたわけだ」
「ええ。内部に入っても、なかなか抜けられないというのも道理ですわ。10mの距離を何十倍……事によると何百倍にも伸ばしたら、簡単には抜け出せなくなるものです。マル美さんたちは車に乗っていたからかろうじて助かったんでしょうけど、もし徒歩だったら……抜け出せずに殺されていたかもしれませんね」
 アサニエルに続き、レティシアも自分の予想を口にする。
「あの、壁の亀裂から出て来たのも、同じ能力でしょうか?」
 佐藤の疑問に、アサニエルはうなずいた。
「おそらく、亀裂の隙間数ミリの空間を『引き伸ばし』……その内部に潜んでいたんだろうね。『生命探知』が妙にはっきりしなかったのも、空間が歪められてたから……ってとこだろう」
 その歪みは、「女」が滅ぶと同時に消えていた。撃退士たちは、感覚的にそれを実感していた。

 その後。崩落の危険から、トンネルには立ち入り禁止のバリケードが取り付けられた。
 しかし……それでも変わらず、動物たちはそこに近づく事は無かった。
 トンネルは相変わらず人が通らないまま、今も……その場にある。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 天に抗する輝き・アサニエル(jb5431)
 刹那を永遠に――・レティシア・シャンテヒルト(jb6767)
重体: −
面白かった!:5人

奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
刹那を永遠に――・
レティシア・シャンテヒルト(jb6767)

高等部1年14組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
西條 弥彦(jb9624)

大学部2年324組 男 インフィルトレイター