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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/04/13


みんなの思い出



オープニング

 そこは、妙に肌寒かった。
 北海道という地域ゆえに、本州に比べて寒さはあるものの……。「妙」だったのだ。
 季節ゆえの、自然現象としての「寒さ」ではなく、心に何かが食い込むような「寒さ」。言いかえるならば、「怖気」とでもいうような「寒さ」が、そこにはあった。

 北海道、足寄郡陸別町「陸別(りくべつ)」。
 道東のほぼ中央に位置し、釧路や帯広、女満別にも比較的近い地域。その地名は「高く上がる川、危険な高い川」を意味する、「リクンベツ」というアイヌ語から。この周辺地域は、札幌市をはじめとした道西のディアボロ支配地域に比べ、遥かに平和な場所だった。
 しかし、光あるところに影あり。平和とはいえ、あくまで道西に比べたら平和……というだけで、危険地域と近い事には変わりない。
 ここにもまた、影または闇となる場所があった。
 
 陸別は南西から北東にかけて伸びている町で、南西から来る陸別国道242号線が町中心へと続き、それが北西へと曲がって抜けていく。
 周囲はそのほとんどが、畑か、原生林。
 が、そんな畑や原生林の端などには、時折ぽつんと空家やあばら家が建っているのもしばしば見られた。大抵は、住民が引っ越したり管理人が亡くなったりといった理由で、そのまま放置されているのがほとんど。取り壊すにしても、所有者の有無や意図を確認せねばならず、火急の要件でもなければ、そのまま放置されている。
 町役場に勤める公務員・咲楽あさひは、放置されているそのうちの一つへと向かっていた。

「ここね……人の気配はなさそうだけど」
 ため息をつきつつ、あさひは車から降り、その家の前に立った。
「ですね。それに、ろくに家の周りの手入れしてませんよこれ」
 元自衛官の後輩・藤田もまた、あさひに相槌を打ち、周囲を見回した。地面にはまだ雪が多く積もっており、気を付けないと滑って転ぶだけでなく、雪に埋まりそうになる。
 家の周囲は空き地。塀は無い……この地域では、除雪車が除雪中、雪に埋まった塀にぶつかり破損する事があるため、塀はほぼ立てないのだ。ゆえに、学校なども塀は無い。
 この家もその例にもれない。畑が続く街道ぞいに、ぽつんと一軒だけ塀の無い家が建っている……といった状況。もっとも、塀代わりに木々が植えられていたが。
 元は、周囲の空き地を畑にしていた老夫婦が住んでいたのだが、夫が亡くなり、妻は釧路市内の息子夫婦の家へと引っ越し、同居している。住人はおらず、誰かが引っ越してきたという記録も無い。が、周辺住民(といっても、一番近い人家ははるか遠くだが)からの連絡で、夜になるとこの家から光が見えるという。
 ひょっとしたら、誰かが勝手に住み着いたのか? それを確認するため、あさひたちは調査に来たのだった。
 玄関へと向かう。この周辺もそうだが、大量の積雪がある地域は、必ず玄関は二重になっている。
 透明なガラスおよびガラス戸で仕切られた、外に面する最初の玄関。家に入る際、まずはそこに入って雪をはたき落とした後、家の中へと続く次の玄関の扉を開け、中に入る。こうする事で外からの冷気を遮断し、なおかつ雪の水分で玄関を汚さずにすむ。
「……?」
 だが、あさひはこの家の玄関に近づいて……気づいてしまった。奇妙な点に。
 玄関へと続く場所にも、雪が積もっている。が……その周辺には、足跡が全くつけられていない。つまり……少なくともここ数日間、この家に近づいた者は誰もいない事になる。
 加えて、玄関。外に面するガラス戸は、ピタリと閉っている。が……内部に続く重厚な玄関扉は、完全に開いていた。
 誰かが住んでいたとしたら、これはありえない。春先とはいえ、まだかなり寒い。誰かが勝手に住み着いたとしても、玄関扉は必ず閉めるもの。でなければ、命に関わる。
 雪かきも行われておらず、玄関に近づくのにも一苦労。正直、腰のあたりまで雪に飲み込まれ、思うように動けない。だがそれでも、なんとか玄関先にまでたどり着く事は出来た。
「! ……先輩、見ましたか!?」
 藤田を驚かせたものを、あさひも見た。
 開いた玄関扉から、家の内部が見えたが……暗くて、奥までは良く見えなかった。
 だが、確かに。そこに「何かがいた」。
 青白い、何かの光。それが家の奥へと消えていくのを、二人は見た。
「……なんか、やばそうッスね」
 しばらくの沈黙の後、藤田がようやく口を開いた。あさひも、うなずいてそれに同意する。
「……藤田君、裏口の方を見てみよう」
 裏口を見て、改めて戻ろう。そう考えて向かおうとしたが、雪の前に動きが取れない。
 道路側は、市が除雪車で雪を跳ね飛ばし除雪する。そして家の軒先や周辺は、家の住民が雪かきをして、家そのものが雪に埋まらないようにしている。
 だが、この家は雪かきなどしていない。当然雪もそのまま残っており、下手をしたら雪にそのまま埋まってしまう事もめずらしくない。
「先輩……足跡、あります」
 が、藤田が周囲を指し示した。
 動物のものらしい、何かの足跡が雪の上に。一見すると、ウサギか何かに見える。
 問題は、それが普通のウサギの足跡に比べ、はるかに巨大という事。少なく見積もっても、三倍近くはある。いや、それだけではなく……その足跡には、「特徴」があった。
 巨大な、鋭い爪状の跡。それが足跡に、くっきりと残っていた。
「……」
 やがて二人は、気付いた。何か、獣の糞のようなにおいが漂ってくる事に。
 その源は、家の裏から漂ってくる。さらに加え、何かが歩き回る音が。それは次第に、こちらに近づいてくるかのよう。
 先刻の怪しい光と、何か関係があるのだろうか。本能的に、ここにいるのはまずい、すぐ近くに危険が潜んでいるという「危険信号」を、あさひと藤田は感じ取った。
「‥‥確かに、やばそうね。今日のところは、いったん引き揚げましょう」
 車へと戻れた事に、これほど嬉しいと思ったことは無い。大急ぎでエンジンをかけて、その場を離れる。
 バックミラー越しに、あさひと藤田は見た。周囲の雪の中から、一瞬だけ。何らかの白い獣の顔がこちらを見つめていたことを。

「……とまあ、こういう目撃例があった」
 依頼斡旋所にて。担当の事務員が報告する。
「周辺住民……といっても、すぐ隣の家屋まで1kmくらいは離れているが、まあそれでも、周辺の住民たちにとっては危険な場所には違いない。この内部には、まず間違いなく何かが潜んでいる。ディアボロかサーバントかわからんが、危険な何かがな。これが何かを調べ、可能なら退治しろってな仕事だ」
 じきに雪も解け、春が到来する季節。そうなると人の行き来も増え、畑に出る人間も多くなる。当然、あの屋敷の近くに人が近づく機会も増え、それだけ人間の被害者が出る確率も高くなる事に。
「死人が出ちまったら、取り返しがつかない。そうなる前に、あの家からバケモンを追い出し、綺麗にしちまってくれ」
 ただし……と、念を押す。
「あの家の元住民のばあさんが言うには、家には亡くなったじいさんとの思い出があるから、家を壊したり燃やしたりするのは、出来るだけ避けてくれ、との事だ。燃やすのは最後の手段にしてほしい、とな。やってくれるか?」


リプレイ本文

 空き家は、静かにたたずんでいた。そこから伝わるは、「危険」の臭い。
「ここね……」
 高虎 寧(ja0416)が呟くのを、山里赤薔薇(jb4090)は見つめた。
 初参加の自分と違い、彼女は何度も任務に臨み、成功させてきた。きっと色々な事を知っているのだろう。
「緊張してるの? 大丈夫、僕らがフォローするから、心配いらないよ」
 取り立てて特徴のない、学生服姿の少年……鈴代 征治(ja1305)が、赤薔薇へと声をかけた。彼もまた、寧と同様に防寒服に身を包み、北国で使われてる冬靴を履いている。
「あ……え、ええっと……」
 親しげに声をかけられているのだから、自分もそれに返事しないと。
「……は、はい……よ……よろ、しく……お願い、します……」
 赤薔薇はようやく言葉を絞り出した。手にしているのは、熊のぬいぐるみを括り付けたアイアンシャフト。それを彼女はぎゅっと握るも、どこか頼りない。とても頼りない。
 ばんっ。
「ひゃっ!」
「おいおい、リラックスしろって。気楽にいこうぜ、気楽にな」
 背中を叩かれた赤薔薇は、振り向くと樹月 夜(jb4609)が、力強い微笑み顔を向けているのを見た。その透き通るような蒼色の瞳を見ると、自分にはない自信が満ち溢れているのが伝わってくる。
「にしても……北の国から〜ってさ、寒い〜!」
 おどけた口調の男が震えている。頭の左側を短く刈っており、そこに龍のタトゥーを入れた男……彼の名は、佐藤 としお(ja2489)。
「ううっ、もうちっと厚手のコート着てくりゃ良かったかなあ」
「……さて、それじゃあ始めましょうか。みんな、準備はいい?」
フローラ・シュトリエ(jb1440)の言葉に、皆がうなずく。だが、赤薔薇はまだ不安に苛まれていた。

 先刻、依頼者のあさひ達が運転する車より、皆は遠くから現場を確認していた。
 見たところ、怪しい点はほとんど全く見られなかった……ただの一点を除いては。
「ただの一点」。それは……たった一度だけ、二階の窓から確認できた「何か」の光。
 全員が、その光を見ていた。それはまるで、何かを誘っているかのようにも思えた。

「それじゃ、行くよ」
 征治がまず、進み出る。その手に握られているのは、長い柄の斧槍、ハルバード。
 構え、自身の得物を振りかざし……征二は己が武器へと力を集中させる。
「……『封砲』!」
 ハルバードの斬撃とともに、黒い光の衝撃波が矛先より放たれ……白い積雪へと、家の壁近くに積もっている白い塊へと叩き付けられる。それは榴弾のように、積もった雪を吹き飛ばした。
 かなり多くの雪が吹き飛ばされたが、より多くの雪がまだ残っている。息を整えた彼は、更なる封砲を放たんと再び構え……放った。
「ええっと……」
 その様子を見つつ、赤薔薇は今回の作戦の概要を頭の中で反芻する。
 征治さんが封砲にて、家周囲の雪を吹き飛ばし道を確保。
 その後、自分と征治さん、樹月さんが玄関から、寧さん、佐藤さん、フローラさんが裏口に。
 裏に回った三人のうち二人は勝手口から、自分たちは玄関から中に入る。
 自分は中で、「トワイライト」で光球を作り、床に。そのまま全員で後退し、中の「何か」が玄関まで出てくるのを待ち受ける。
 裏口の三人のうち、佐藤さんは離れたところから内部を観察、その情報をこちらにも伝える。
 フローラさんは、自分たちが動き出したら、内部の「敵」に気付かれぬよう勝手口から侵入。
 寧さんは、二階にあがり、静かに「潜んでいるもの」を探す。
「うまく、いくといいけど……」
 自分の思いが口をついて出たのを、赤薔薇は聞いた。
 そして、その思いとともに。ハルバードから放たれた「封砲」による除雪作業が、終わりを告げた。

 玄関の扉は施錠されていたが、樹月が開錠を試みると、あっさりとそれは開いた。
「こちら征治、これから中に入ります」
 スマートフォンにてそう伝える征治に続き、赤薔薇たち三人は、玄関先に薄く積もった埃を踏みつつ中へと入っていった。
 内部の空気は、埃っぽく、淀んでいた。空気そのものが何か重苦しさを含み、息苦しい。玄関からの明かりは奥までは届いておらず、薄暗かった。
「山里、頼むぜ?」
「は、はい」
 樹月に促され、赤薔薇は「トワイライト」を発動した。淡い光を放つ小さな光球が、彼女の手に生じる。それは決して強くはないが、闇を照らし出すには十分な光量。
 光が示した玄関の先には、短い廊下があった。その廊下左側の壁には、居間へ続く扉。突き当りには、トイレや洗面所、風呂に続く扉。そして二階へと続く階段がある。そのどれもが開け放たれ、何かが行き来するのには困らない。
「? これは……」
 土足で上がりこんだ征治が、足元へと目を落とした。
 足跡。
 薄く積もった埃の中に、足跡があった。それは、獣の後足らしき形状で、時折飛び跳ねたかのように歩幅が変化している。
 それだけではない。まるで何か鋭く重い刃物を床に打ち込んだかのような、奇妙な「痕跡」も認められた。「痕跡」は廊下に、そして開けっ放しの居間へ続いていた。
「…………」
 征治とともに、皆も沈黙した。

「了解。こちらもこれから、中に入るわ」
 征治からの連絡を受け取り、寧はスマホをしまう。
 後方、勝手口。
 そこは、扉は閉まっていたが、隣の窓が開いていた。
 正確には、窓のガラスが割れていたのだが。北国は防寒の点から、全ての窓は必ず二重になっている。この家も例外ではなかったが、勝手口に隣接している窓のガラスが、外側と内側両方とも割られていたのだ。どうやら積雪が窓に押し寄せ、その重さで割れたのだろう。
 積雪を踏みしめ、寧は窓から内部を伺い……注意深く侵入する。
 佐藤は、内部のみならず、周囲にも目を向けていた。離れた場所より、裏口、勝手口の周辺を監視しているが……今のところは、何も見当たらない。
 寧に続き、フローラもまた内部へと入り込む。明鏡止水を用いた彼女の気配は、遮断され、普通の者では感じ取る事すら困難。暗い屋内を、二人はゆっくり進んでいく。
「……?」
 目前に階段を見つけた寧は、視線をフローラへと向ける。
『うちは、二階に向かいます。あとはよろしく』
 視線だけでそれを伝えると、彼女は慎重に、二階へと歩を進めた。

「……ん?」
 佐藤は、発動させたテレスコープアイにて、二階の窓に何か光るものを見つけた……ような気がした。
 よく見たら、それはただの光。雲の切れ目から差した日光に、屋根から下がるツララに反射しただけだった。
「ちっ、間違えちゃいました……っと。とりあえずは、いまだターゲット現れず、待機続行中……」
 ひとりごち、佐藤は得物たるアサルトライフルを構えなおす。
 近くの農家の納屋に入り込めたは良いが、いまだ撃ち抜くべき存在は姿を現さない。ターゲットが現れる事を祈り、佐藤はただひたすら待ち続けた。

「!?」
 トワイライトの光球を置いた赤薔薇は、気付いた。
 開け放たれた扉は居間に続き、その奥には仏間が。仏間は仏壇の前に、光に照らされ「それ」はうずくまっていた。
「それ」は、白かった。「もこもこ」という擬音が似合いそうな、毛の塊。長い耳をぴょこぴょこと動かしつつ、赤いまなざしを赤薔薇に、撃退士皆に向ける。
 その姿を見て、赤薔薇は思わずつぶやいた。
「……ウサギ?」
 それはまぎれもなく「ウサギ」。それも、1mをちょっと超えるほどの大きさのウサギだった。口元をひくひくさせ、首をかしげ、目をパチパチ。見た目もしぐさも、まるで大きなぬいぐるみが動いているかのよう。
「なんだか、かわいい……」
 場所に似合わぬ愛らしさに、思わず顔を綻ばせた赤薔薇だったが……次の瞬間、緩みかけたその場の「空気」が、引き締まった。
 ウサギが後足だけで立ち上がった。そこには、今まで見えなかった前足が。
 が、その前足は、ウサギのそれでは断じてない。恐竜もうらやむような巨大な鋭い爪、それがきらめいていた。
「!」
 さらに、「ウサギ」の同類が更に二匹、仏間の奥から、赤薔薇の視覚内へと入ってきた。例外なくそれらの前足には、鋭い鉤爪が備わっている。
「気を付けろ! そいつ、なんかやばい!」
 樹月の警告が飛んだ、次の瞬間。
「ウサギ」の一匹が跳躍した。それは弾丸のような瞬発力を以て、撃退士たちを襲撃した!

「!?」
 二階へとたどり着いた寧は、半分ほど開いている扉の陰に隠れながら、部屋内部を注意深く覗き込んだ。
「……あれは……!」
 そこに、発見した。怪しき光の正体を。
 青白い、炎の塊。大きさはサッカーボール程度だろうか。部屋の中心に、ふわりと空中にとどまっていた。
 間違いない。公務員の二人が見たのは、そして先刻に自分たちが見たのは、これだろう。
 部屋は、書斎だった。書籍が詰まった本棚が、いくつも据えつけられている。
 戦いの予感に、寧の心に緊張感が走った。武器であるシャイニースピアを握る手が、じっとりと汗ばむのを寧は感じた。
 が、張り詰めた空気の中。いきなり「響いた」。
 階下に、戦いの音が響いたのだ!
 
 赤薔薇は、何が起きたのか理解するのに時間を要した。三秒もかかったのだ。
 そして気が付くと、ウサギ……に酷似した目前の怪物、「ヴォーパルバニー」が、至近距離に。
 爪が赤薔薇の喉笛を切り裂かんとした、次の瞬間。
「危ないっ!」
 横から、征治が赤薔薇を突き飛ばし、装備した盾で「ウサギ」の攻撃を受け止めた。
 征治の円形盾「カエトラ」が、ヴォーパルバニーの爪を受け弾き飛ばしたのだ。ウサギは後ずさって跳び、居間の床に着地した。
 それとともに、「空気」が変わった。探索の「静」な空気が、戦場の「動」の空気に変化したのを、赤薔薇は感覚で受け、理解した。
「大丈夫?」
 征治の言葉に、赤薔薇はうなずく。先刻の「かわいい」という感情は、赤薔薇の中から既に失われていた。
 三匹のそれらは目を赤く光らせ、じりじりと撃退士たちへと迫りつつあった。

「はあっ!」
 シャイニースピアとともに寧の放った「影縛の術」が、「炎」へ炸裂した。影そのものは無くとも、術は効く。
「炎」の動きが鈍った。槍の穂先が突き通されると、困惑するかのように炎は膨れ上がり、弾ける。
 寧は更に、連続して突きを「炎」へと食らわせるが、炎は消滅する様子を見せない。「炎」が、槍から逃れるように壁へと移動し、自らぶつかった。途端に、燃えやすい書籍が火炎に包まれる。
 その中には「思い出のアルバム」「孫たちの出生記録」「おじいさんとの思い出」という背表紙のものが認められた。家の住民が残した、大事な思い出の記録。
 それらを汚すかのように、「炎」は部屋のあちこちに火をつけていた。
「……しまった!」
 それらの出火に、寧がわずか、ほんのわずかだけ気を取られたその瞬間。
 部屋の奥、外に通じる窓へと、「炎」は体当たりした。カーテンを燃やし、ガラスが割れ、壁が焦げる臭いが充満し……。
「炎」は、屋外へと逃亡した!

 玄関へと後退し、外へと出た三人。
 樹月、赤薔薇、征治。屋外へと退避した三名の撃退士たちは、自分たちを追ってくる三匹のヴォーパルバニーを迎撃せんと意を新たにする。
 樹月は、「バルディエルの紋章」を、征治は「ワイルドハルバード」を、それぞれ握る。赤薔薇もまた、アイアンシャフトをしっかりと握りしめた。
 やがて玄関から、ヴォーパルバニーが姿を現した。玄関扉を跳ね飛ばすかのように、先刻の驚異的な跳躍で一匹目が姿を現し、二匹目がそれに次ぐ。三匹目は、玄関先に陣取り、じろりと撃退士たちをねめつけた。
 三対三。赤薔薇は、睨み付けるヴォーパルバニーに気圧されそうになりつつ、自身もまた睨み付ける。
「奪わせない……もう、誰にも、何も、奪わせないの……!」
 赤薔薇が放つ「気迫」。それに一瞬、ウサギたちが気圧され返された……ように見えた。
 そして、一瞬の間を置き。
「Eissand(アイス・ザント)!」
 ヴォーパルバニー、ないしはその一体が、後方より放たれし淀んだ「氣」に包まれた。砂塵が舞い、それが凶悪な爪を持つウサギを包み込み、痛手を与えていく。
 フローラの「Eissand(アイス・ザント)」。それを受けたバニーの一体は苦悶の咆哮を上げ、動きを鈍らせ、石化していった。それとともに、「隙」がそこに生まれた。
 わずかな「隙」、しかし、命運を分けた重要な「隙」。
「はーっ!」
 突進した征治が振るうハルバードが、ヴォーパルバニーへと襲い掛かる。二匹目の怪物ウサギはそれを迎撃せんと跳躍するが、遅かった。
 斧槍の、斧部分の刃がしたたかにウサギの頭部へと食い込み……二匹目に引導を渡す。
「いっけぇーっ!」
 三匹目には、樹月が。バルディエルの紋章、その護符が放つ稲妻の矢。それが、ヴォーパルバニーへと飛び、貫き、突き通す。たまらず、怪物ウサギは空中へと跳躍した。が、その時点で勝負は付いた。
「……『エナジーアロー』!」
 薄紫の、魔力により練られた光の矢。赤薔薇が放ったそれが決まり……サーバントの命を貫いた。

 そして、屋外に逃れた「炎」……ウィルオウィプスもまた、佐藤のアサルトライフルによるロングショットが決まっていた。
「……狙った獲物は外さない、クールに決めるぜこの僕は!」
 雪原に消滅する炎を見つつ、彼は確信した。今回のこの依頼が、終わった事を。

「状況、終了ってところね。……どうしたの?」
 玄関から出てきたフローラを迎えた赤薔薇だったが、終わったと悟り……途端に体中の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「あ……あの……その……」
 安心したためか、仕事が終わり緊張がゆるんだせいか。
 赤薔薇の目から、涙がこぼれおちた。そして、堰を切ったように泣き出してしまった。

「というわけで、事後調査もしましたが……もう大丈夫だと思います」
 寧が、あさひと藤田とに報告を終えた。任務完了の連絡を受けて、二人は市役所からやってきたのだ。
 事後調査の結果、あのサーバント以外には何も発見されなかった。どうやら天魔の元から離れたサーバントが、偶然に勝手口からあの家に入り込んでたのだろう。そう結論付けられた。
「そうですか。お疲れ様でした、もうこれ以上は怪しい光は出ないんでしょうね?」
「もちろんです。住民のおばあさんによろしく言っておいてください。二階をちょっと焦がしてしまい、すいませんでしたって」
「はい、お伝えしておきます」

 あさひと藤田とが去るのを見て、赤薔薇は事件を、解決した事を実感した。
「うまく……できたかな……」
 終わった時に泣いちゃって、みんなから心配されたけど。
 けど、わずかだけど、確実に前に進めた一歩を踏み出せた。それを実感するとともに……赤薔薇は改めて誓っていた。
「見てて、お父さん。……大切な人たち、守れるように、なってみせる……!」


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
EisBlumen Jungfrau・
フローラ・シュトリエ(jb1440)

大学部5年272組 女 陰陽師
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
桜花の一片(ひとひら)・
樹月 夜(jb4609)

卒業 男 インフィルトレイター