空き家は、静かにたたずんでいた。そこから伝わるは、「危険」の臭い。
「ここね……」
高虎 寧(
ja0416)が呟くのを、山里赤薔薇(
jb4090)は見つめた。
初参加の自分と違い、彼女は何度も任務に臨み、成功させてきた。きっと色々な事を知っているのだろう。
「緊張してるの? 大丈夫、僕らがフォローするから、心配いらないよ」
取り立てて特徴のない、学生服姿の少年……鈴代 征治(
ja1305)が、赤薔薇へと声をかけた。彼もまた、寧と同様に防寒服に身を包み、北国で使われてる冬靴を履いている。
「あ……え、ええっと……」
親しげに声をかけられているのだから、自分もそれに返事しないと。
「……は、はい……よ……よろ、しく……お願い、します……」
赤薔薇はようやく言葉を絞り出した。手にしているのは、熊のぬいぐるみを括り付けたアイアンシャフト。それを彼女はぎゅっと握るも、どこか頼りない。とても頼りない。
ばんっ。
「ひゃっ!」
「おいおい、リラックスしろって。気楽にいこうぜ、気楽にな」
背中を叩かれた赤薔薇は、振り向くと樹月 夜(
jb4609)が、力強い微笑み顔を向けているのを見た。その透き通るような蒼色の瞳を見ると、自分にはない自信が満ち溢れているのが伝わってくる。
「にしても……北の国から〜ってさ、寒い〜!」
おどけた口調の男が震えている。頭の左側を短く刈っており、そこに龍のタトゥーを入れた男……彼の名は、佐藤 としお(
ja2489)。
「ううっ、もうちっと厚手のコート着てくりゃ良かったかなあ」
「……さて、それじゃあ始めましょうか。みんな、準備はいい?」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)の言葉に、皆がうなずく。だが、赤薔薇はまだ不安に苛まれていた。
先刻、依頼者のあさひ達が運転する車より、皆は遠くから現場を確認していた。
見たところ、怪しい点はほとんど全く見られなかった……ただの一点を除いては。
「ただの一点」。それは……たった一度だけ、二階の窓から確認できた「何か」の光。
全員が、その光を見ていた。それはまるで、何かを誘っているかのようにも思えた。
「それじゃ、行くよ」
征治がまず、進み出る。その手に握られているのは、長い柄の斧槍、ハルバード。
構え、自身の得物を振りかざし……征二は己が武器へと力を集中させる。
「……『封砲』!」
ハルバードの斬撃とともに、黒い光の衝撃波が矛先より放たれ……白い積雪へと、家の壁近くに積もっている白い塊へと叩き付けられる。それは榴弾のように、積もった雪を吹き飛ばした。
かなり多くの雪が吹き飛ばされたが、より多くの雪がまだ残っている。息を整えた彼は、更なる封砲を放たんと再び構え……放った。
「ええっと……」
その様子を見つつ、赤薔薇は今回の作戦の概要を頭の中で反芻する。
征治さんが封砲にて、家周囲の雪を吹き飛ばし道を確保。
その後、自分と征治さん、樹月さんが玄関から、寧さん、佐藤さん、フローラさんが裏口に。
裏に回った三人のうち二人は勝手口から、自分たちは玄関から中に入る。
自分は中で、「トワイライト」で光球を作り、床に。そのまま全員で後退し、中の「何か」が玄関まで出てくるのを待ち受ける。
裏口の三人のうち、佐藤さんは離れたところから内部を観察、その情報をこちらにも伝える。
フローラさんは、自分たちが動き出したら、内部の「敵」に気付かれぬよう勝手口から侵入。
寧さんは、二階にあがり、静かに「潜んでいるもの」を探す。
「うまく、いくといいけど……」
自分の思いが口をついて出たのを、赤薔薇は聞いた。
そして、その思いとともに。ハルバードから放たれた「封砲」による除雪作業が、終わりを告げた。
玄関の扉は施錠されていたが、樹月が開錠を試みると、あっさりとそれは開いた。
「こちら征治、これから中に入ります」
スマートフォンにてそう伝える征治に続き、赤薔薇たち三人は、玄関先に薄く積もった埃を踏みつつ中へと入っていった。
内部の空気は、埃っぽく、淀んでいた。空気そのものが何か重苦しさを含み、息苦しい。玄関からの明かりは奥までは届いておらず、薄暗かった。
「山里、頼むぜ?」
「は、はい」
樹月に促され、赤薔薇は「トワイライト」を発動した。淡い光を放つ小さな光球が、彼女の手に生じる。それは決して強くはないが、闇を照らし出すには十分な光量。
光が示した玄関の先には、短い廊下があった。その廊下左側の壁には、居間へ続く扉。突き当りには、トイレや洗面所、風呂に続く扉。そして二階へと続く階段がある。そのどれもが開け放たれ、何かが行き来するのには困らない。
「? これは……」
土足で上がりこんだ征治が、足元へと目を落とした。
足跡。
薄く積もった埃の中に、足跡があった。それは、獣の後足らしき形状で、時折飛び跳ねたかのように歩幅が変化している。
それだけではない。まるで何か鋭く重い刃物を床に打ち込んだかのような、奇妙な「痕跡」も認められた。「痕跡」は廊下に、そして開けっ放しの居間へ続いていた。
「…………」
征治とともに、皆も沈黙した。
「了解。こちらもこれから、中に入るわ」
征治からの連絡を受け取り、寧はスマホをしまう。
後方、勝手口。
そこは、扉は閉まっていたが、隣の窓が開いていた。
正確には、窓のガラスが割れていたのだが。北国は防寒の点から、全ての窓は必ず二重になっている。この家も例外ではなかったが、勝手口に隣接している窓のガラスが、外側と内側両方とも割られていたのだ。どうやら積雪が窓に押し寄せ、その重さで割れたのだろう。
積雪を踏みしめ、寧は窓から内部を伺い……注意深く侵入する。
佐藤は、内部のみならず、周囲にも目を向けていた。離れた場所より、裏口、勝手口の周辺を監視しているが……今のところは、何も見当たらない。
寧に続き、フローラもまた内部へと入り込む。明鏡止水を用いた彼女の気配は、遮断され、普通の者では感じ取る事すら困難。暗い屋内を、二人はゆっくり進んでいく。
「……?」
目前に階段を見つけた寧は、視線をフローラへと向ける。
『うちは、二階に向かいます。あとはよろしく』
視線だけでそれを伝えると、彼女は慎重に、二階へと歩を進めた。
「……ん?」
佐藤は、発動させたテレスコープアイにて、二階の窓に何か光るものを見つけた……ような気がした。
よく見たら、それはただの光。雲の切れ目から差した日光に、屋根から下がるツララに反射しただけだった。
「ちっ、間違えちゃいました……っと。とりあえずは、いまだターゲット現れず、待機続行中……」
ひとりごち、佐藤は得物たるアサルトライフルを構えなおす。
近くの農家の納屋に入り込めたは良いが、いまだ撃ち抜くべき存在は姿を現さない。ターゲットが現れる事を祈り、佐藤はただひたすら待ち続けた。
「!?」
トワイライトの光球を置いた赤薔薇は、気付いた。
開け放たれた扉は居間に続き、その奥には仏間が。仏間は仏壇の前に、光に照らされ「それ」はうずくまっていた。
「それ」は、白かった。「もこもこ」という擬音が似合いそうな、毛の塊。長い耳をぴょこぴょこと動かしつつ、赤いまなざしを赤薔薇に、撃退士皆に向ける。
その姿を見て、赤薔薇は思わずつぶやいた。
「……ウサギ?」
それはまぎれもなく「ウサギ」。それも、1mをちょっと超えるほどの大きさのウサギだった。口元をひくひくさせ、首をかしげ、目をパチパチ。見た目もしぐさも、まるで大きなぬいぐるみが動いているかのよう。
「なんだか、かわいい……」
場所に似合わぬ愛らしさに、思わず顔を綻ばせた赤薔薇だったが……次の瞬間、緩みかけたその場の「空気」が、引き締まった。
ウサギが後足だけで立ち上がった。そこには、今まで見えなかった前足が。
が、その前足は、ウサギのそれでは断じてない。恐竜もうらやむような巨大な鋭い爪、それがきらめいていた。
「!」
さらに、「ウサギ」の同類が更に二匹、仏間の奥から、赤薔薇の視覚内へと入ってきた。例外なくそれらの前足には、鋭い鉤爪が備わっている。
「気を付けろ! そいつ、なんかやばい!」
樹月の警告が飛んだ、次の瞬間。
「ウサギ」の一匹が跳躍した。それは弾丸のような瞬発力を以て、撃退士たちを襲撃した!
「!?」
二階へとたどり着いた寧は、半分ほど開いている扉の陰に隠れながら、部屋内部を注意深く覗き込んだ。
「……あれは……!」
そこに、発見した。怪しき光の正体を。
青白い、炎の塊。大きさはサッカーボール程度だろうか。部屋の中心に、ふわりと空中にとどまっていた。
間違いない。公務員の二人が見たのは、そして先刻に自分たちが見たのは、これだろう。
部屋は、書斎だった。書籍が詰まった本棚が、いくつも据えつけられている。
戦いの予感に、寧の心に緊張感が走った。武器であるシャイニースピアを握る手が、じっとりと汗ばむのを寧は感じた。
が、張り詰めた空気の中。いきなり「響いた」。
階下に、戦いの音が響いたのだ!
赤薔薇は、何が起きたのか理解するのに時間を要した。三秒もかかったのだ。
そして気が付くと、ウサギ……に酷似した目前の怪物、「ヴォーパルバニー」が、至近距離に。
爪が赤薔薇の喉笛を切り裂かんとした、次の瞬間。
「危ないっ!」
横から、征治が赤薔薇を突き飛ばし、装備した盾で「ウサギ」の攻撃を受け止めた。
征治の円形盾「カエトラ」が、ヴォーパルバニーの爪を受け弾き飛ばしたのだ。ウサギは後ずさって跳び、居間の床に着地した。
それとともに、「空気」が変わった。探索の「静」な空気が、戦場の「動」の空気に変化したのを、赤薔薇は感覚で受け、理解した。
「大丈夫?」
征治の言葉に、赤薔薇はうなずく。先刻の「かわいい」という感情は、赤薔薇の中から既に失われていた。
三匹のそれらは目を赤く光らせ、じりじりと撃退士たちへと迫りつつあった。
「はあっ!」
シャイニースピアとともに寧の放った「影縛の術」が、「炎」へ炸裂した。影そのものは無くとも、術は効く。
「炎」の動きが鈍った。槍の穂先が突き通されると、困惑するかのように炎は膨れ上がり、弾ける。
寧は更に、連続して突きを「炎」へと食らわせるが、炎は消滅する様子を見せない。「炎」が、槍から逃れるように壁へと移動し、自らぶつかった。途端に、燃えやすい書籍が火炎に包まれる。
その中には「思い出のアルバム」「孫たちの出生記録」「おじいさんとの思い出」という背表紙のものが認められた。家の住民が残した、大事な思い出の記録。
それらを汚すかのように、「炎」は部屋のあちこちに火をつけていた。
「……しまった!」
それらの出火に、寧がわずか、ほんのわずかだけ気を取られたその瞬間。
部屋の奥、外に通じる窓へと、「炎」は体当たりした。カーテンを燃やし、ガラスが割れ、壁が焦げる臭いが充満し……。
「炎」は、屋外へと逃亡した!
玄関へと後退し、外へと出た三人。
樹月、赤薔薇、征治。屋外へと退避した三名の撃退士たちは、自分たちを追ってくる三匹のヴォーパルバニーを迎撃せんと意を新たにする。
樹月は、「バルディエルの紋章」を、征治は「ワイルドハルバード」を、それぞれ握る。赤薔薇もまた、アイアンシャフトをしっかりと握りしめた。
やがて玄関から、ヴォーパルバニーが姿を現した。玄関扉を跳ね飛ばすかのように、先刻の驚異的な跳躍で一匹目が姿を現し、二匹目がそれに次ぐ。三匹目は、玄関先に陣取り、じろりと撃退士たちをねめつけた。
三対三。赤薔薇は、睨み付けるヴォーパルバニーに気圧されそうになりつつ、自身もまた睨み付ける。
「奪わせない……もう、誰にも、何も、奪わせないの……!」
赤薔薇が放つ「気迫」。それに一瞬、ウサギたちが気圧され返された……ように見えた。
そして、一瞬の間を置き。
「Eissand(アイス・ザント)!」
ヴォーパルバニー、ないしはその一体が、後方より放たれし淀んだ「氣」に包まれた。砂塵が舞い、それが凶悪な爪を持つウサギを包み込み、痛手を与えていく。
フローラの「Eissand(アイス・ザント)」。それを受けたバニーの一体は苦悶の咆哮を上げ、動きを鈍らせ、石化していった。それとともに、「隙」がそこに生まれた。
わずかな「隙」、しかし、命運を分けた重要な「隙」。
「はーっ!」
突進した征治が振るうハルバードが、ヴォーパルバニーへと襲い掛かる。二匹目の怪物ウサギはそれを迎撃せんと跳躍するが、遅かった。
斧槍の、斧部分の刃がしたたかにウサギの頭部へと食い込み……二匹目に引導を渡す。
「いっけぇーっ!」
三匹目には、樹月が。バルディエルの紋章、その護符が放つ稲妻の矢。それが、ヴォーパルバニーへと飛び、貫き、突き通す。たまらず、怪物ウサギは空中へと跳躍した。が、その時点で勝負は付いた。
「……『エナジーアロー』!」
薄紫の、魔力により練られた光の矢。赤薔薇が放ったそれが決まり……サーバントの命を貫いた。
そして、屋外に逃れた「炎」……ウィルオウィプスもまた、佐藤のアサルトライフルによるロングショットが決まっていた。
「……狙った獲物は外さない、クールに決めるぜこの僕は!」
雪原に消滅する炎を見つつ、彼は確信した。今回のこの依頼が、終わった事を。
「状況、終了ってところね。……どうしたの?」
玄関から出てきたフローラを迎えた赤薔薇だったが、終わったと悟り……途端に体中の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「あ……あの……その……」
安心したためか、仕事が終わり緊張がゆるんだせいか。
赤薔薇の目から、涙がこぼれおちた。そして、堰を切ったように泣き出してしまった。
「というわけで、事後調査もしましたが……もう大丈夫だと思います」
寧が、あさひと藤田とに報告を終えた。任務完了の連絡を受けて、二人は市役所からやってきたのだ。
事後調査の結果、あのサーバント以外には何も発見されなかった。どうやら天魔の元から離れたサーバントが、偶然に勝手口からあの家に入り込んでたのだろう。そう結論付けられた。
「そうですか。お疲れ様でした、もうこれ以上は怪しい光は出ないんでしょうね?」
「もちろんです。住民のおばあさんによろしく言っておいてください。二階をちょっと焦がしてしまい、すいませんでしたって」
「はい、お伝えしておきます」
あさひと藤田とが去るのを見て、赤薔薇は事件を、解決した事を実感した。
「うまく……できたかな……」
終わった時に泣いちゃって、みんなから心配されたけど。
けど、わずかだけど、確実に前に進めた一歩を踏み出せた。それを実感するとともに……赤薔薇は改めて誓っていた。
「見てて、お父さん。……大切な人たち、守れるように、なってみせる……!」