「あ、聡子さん。おひさしぶりです」
「ドーモ、城前 陸(
jb8739)サン。お久しぶりです。おかげさまで商店街アイドルの人気はうなぎのぼりですよ」
「相変わらずのようでなによりです。今回も、よろしくお願いしますね」
顔合わせにて、以前の依頼者へと睦は挨拶していた。そんな睦に、聡子は皿に乗った黄色い甘味を差し出す。
「まあ、どうぞお茶とお菓子でも。こちらはお茶菓子代わりにどうぞ。カレーとアイスクリームがお好きなら、きっと気に入られるかと」
聡子が運んできたものに、只野黒子(
ja0049)は注目した。
「……これは?」
「試作の新製品『カレーアイス』です。スパイシーなカレーをアイスでも楽しめる自信作! さあどうぞどうぞ」
そこまで言った聡子に、逸子はがきっと関節技を。
「聡子さーん? ……こういう時に新製品の売り込みはやめれと言っとろーがっ!」
「ぐわーっ! お客の前でキャメルクラッチはやめてーっ!」
などとコントを広げる二人を無視し、雅子はそのまま話を進める。
「……あの二人は気にしないでくださいね。で、私が依頼人の東崎雅子です」
「ああ。向坂 玲治(
ja6214)だ。ひとつよろしくっと」
「……つまり、ガスバーナーと工具をお貸りしたいと?」
「ええ。俺たち二人が堀野家に赴き、金庫を破らせてもらいます。そのために、バーナーと工具とを貸してほしいんです」
暫く話し合った後、常磐木 万寿(
ja4472)が雅子に告げる。
「万寿と俺、翡翠 龍斗(
ja7594)は、金庫を開ける事に専念したい。ただ、唯一気がかりなのが、中身が無事か、というところだが……」
「それなら、たぶん大丈夫かと」
キャメルクラッチから逃れた聡子が、翡翠へと言葉を。
「依頼人の依頼人さんが言うには、金庫は内側にもう一つ扉が付いており、さらにフィルム自体も、耐火性の小さな手提げ金庫みたいなものに入れてあるそうです。つまりは、三重にしてあるわけで、その点は問題ないかと」
「じゃ、後の問題は『いつ始めるか』ですね。さ、今すぐにでも行きましょうよ」
今流行してる宝探しみたいで、わくわくしてますよ……と、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が楽しそうに言う。
しかし、数刻後。
エイルズレトラは、その言葉をちょっと後悔したり。
「……『目録・第13号:奥の部屋の廊下の上に、天井裏への隠し梯子有。その中に貴重品を保管している』……で、これですか」
エイルズレトラは、奥の部屋へと向かう廊下、その天上に隠し扉を発見し、そこに上がった。
その内部にも、またガラクタ。そして目録が。
目録には、こう書かれていた。
『目録・第14号:ここに保管しようと思ったけど、やっぱやめ。最初の部屋に戻ったところで、隠し扉を設置して、その内部に新たな目録入れとこう』
「いやあ、なかなかおもしろい趣向ですねえっはっはっは……生きてるうちに、私がとどめを指してやりたかった気分です」
にこやかに笑いつつ……聡子はこめかみに青筋を。
聡子と逸子の案内で、「ガラクタ・マウンテン」に出張ってきた撃退士たち、黒子、陸、向坂、エイルズテトラの四人であったが、結構呑気してた撃退士たちは、作業に入ってから徐々に浮かれ気分が消えてくのを実感した。
「……なんすか、このかび臭さ」
向坂が、いつも以上にぶっきらぼうに。扉を開けるたびに、むわーっと強くかび臭い空気が襲ってくる。最初に正面玄関を開いたところ、その洗礼を受けて思わず皆、気絶しそうになってしまった。
「……マスクしててよかったです」
などと黒子は思ったが、内部に積まれたモノのレイアウトも、これまた非常識的。
「ガラクタと値打ち物とを並べる」という嗜好から、映写機に関するガラクタの周辺、また「良く上映会を開いていた」という点から調査しようと試みていたが。
「……確かに、ガラクタと、ある種の人間にとっては値打ち物、だが……」
見つけた、と思った黒子だが。
「……空き缶で作ったロボット像と、箱に入れられた……これは?」
空き缶像は、どこかの芸術家が作ったと思われる、実に精巧なできばえ。では、箱の方がガラクタか?
「ロボの方に何か入ってますね……『目録・補足17号。このガラクタ空き缶ロボと、貴重品とを一緒にしとこう。見つけた奴、絶対開けるなよ? もし開けたら……内部までじっくり見るなよ? 男なら見たくなるだろうけど』……こっちが貴重品ですか」
しかし、この言い方は一体何事。好奇心に負けて、大きな箱を開けてみると。
「! ………」
問答無用で、箱を閉め、そのまま後ずさる。
「ん? 何か見つかったか?」そこへ、向坂が通りがかる。
「……なんでもないわ。さ、次さがしましょう」
向坂を尻目に、黒子はそのままそそくさと別の部屋に。その顔は、かなり真っ赤。
「なんだ? 何か見つけたのか?」
同様に好奇心に負け、向坂は箱を開けてみた。
「なっ……! こ、これは、ちょっと……」
思わずちょっと、じっくりと見てしまう。
「……いやいやいや、確かにこれは、貴重といえば貴重かもしれんが……げっ、こんなとこまで! さっき見つけた『猿でもわかる肉体言語』もそうだったが、ったくどんな趣味してやがったんだここの主は」
箱の中身は、希少本であった。ただし、11歳の黒子、および17歳の向坂が見るには、非常にはばかられる内容のそれ。ぶっちゃけ昭和に発売されていた成人向け書籍だったのだ。しかもかなりエグめの。
「何か見つけましたか?」
いきなり聡子から語り掛けられ、向坂は大急ぎで箱を閉め何食わぬ顔。
「な、なにもないぜ。さて、次探すかな」
黒子同様に顔真っ赤にして、その場から去る向坂であった。
その頃。
「まあどうぞ、お茶でも」
常盤木と翡翠は、雅子とともに堀野家に赴いていた。
「あ、いや。おかまいなく」
しかし常盤木の言葉を無視し、堀野はお茶とお茶菓子を。
「いえいえ、遠慮しないで。ほら、老舗『沢芽屋』のオレンジアームズタルトいかが? 異次元のおいしさと評判なのよ?」
と、大き目に切ったうまそうなタルトを差し出す。
「いや、俺たちは。別に飲み食いしに来たわけでは……」
遠慮しようとした翡翠だが、途端に堀野はよよよと崩れ落ちた。
「そうよね、こんな死にぞこないの余命わずかなおばあちゃんの差し出す茶菓子なんていらないわよね。ああ、あの世に逝った愛しのダーリン、私はバーチャル世代でゲーム感覚な今どきの若いもんに無視され排斥されつまはじきにされて身も心もボロボロになってそのまま孤独死する運命です。その日は近いですよよよよ」
言葉を失った二人に対し、雅子が耳打ち。
「このばーさん、訪ねたお客に『全国の銘菓を食べさせる』って趣味持っててね。断るとこうやって死ぬ死ぬ詐欺するのよ。ややこしいから調子合わせてやって」
こうして、約一時間。
銘菓と銘茶でお腹を膨らまし、二人は作業に。
「……まあ、お菓子もお茶も、確かにうまかったけど……」
「……毎回こうじゃあ、ちょっと、なあ……」
ゲップゲップになりつつ、翡翠は金庫に取りつく。
金庫は確かに、表面が焼け焦げていた。
しかし。
思った以上に金庫を開くのは難儀だと、二人は実感していた。
「……確かに、昔のパンフレットで型式を確認したら……『核ミサイルでも大丈夫!』ってキャッチコピーが付いていましたね。鍵の形状は……これも調べると、今はどこも製造してないもの。加えて……」
表面が溶けてしまって、扉がまず溶接されたようになってる。これをガスバーナーで切った後に、出ている蝶番を切り、鍵部分を破って開くしか方法は無さそうだ……と、常盤木は判断していた。
幸い茶菓子を食べて元気が出た。ならば……と、借りて来たガスバーナーを構える常盤木だが。
「……あのー、東崎さん。このガスバーナーですが」
「なに? うちのリサイクルショップに最近入荷した、ほぼ未使用の最新式よ? 性能は保障するわよ?」
「いえ。ガスバーナーと工具自体には問題はありません。ですが……」
なんでガスバーナーのボンベ全て、ついでに工具のグリップやら何やらに、アニメだかゲームだかの女の子のイラストが印刷されているのか。しかもかなり扇情的、ぶっちゃけエロい絵柄。
「なんかねー、どっかの田舎の役所が、地方振興のご当地萌えキャラで町おこし! ……を安易に狙って失敗し、その結果余ったものらしいのよ。『痛車』ならぬ『痛工具』ね。まあ、道具としては問題ないでしょうから使っちゃって」
「…………はあ」
なんとなく、作業前に疲れを感じた常盤木と翡翠であった。
「……『目録・第89号:VHSビデオデッキと、ベータのビデオデッキ。それらと一緒に宝石のガラクタ、それに8ミリの映写機をしまいこんだ部屋のカギを保管しとこう』。……なんか僕、疲れてきました」
召喚獣を召喚し、高い場所に置いてあった豪華な装丁の辞書を持ってこさせたエイルズレトラは、くりぬいた中身にまた新たな目録を発見した。
「……えーと、ビデオデッキしまってたのはどこでしたっけ……確かこっちの方に……」
「ああ、それならこちらです」
やはり疲れた顔で、黒子がエイルズレトラを誘い出す。そこは、陸が先刻から探していた二階部屋。そこで聡子と逸子もまた、大量にためこまれたビデオテープに埋もれそうになりつつ、映写機を探していた。
「……この通り、『宝石のガラクタ』は発見したので、この部屋に鍵がある事は確かでしょうけど……」
そう言って、宝石で作られた……小便小僧の小像を見せる陸。既に彼女の割烹着と三角巾は、薄黒く汚れてしまっていた。
「にしても、趣味悪い。この像は一体……」
ぼやきつつ、黒子は小便小僧をよく見ようと手に取ったが……。
つるっと滑って、床に落としてしまった。そのまま、ばきっと言う音が。
「……ああっ! ごめんなさい!」
「いや、黒子さん。お手柄ですよ!」
逸子の言う通り。『ばきっ』という音は、破損音。しかし、砕けた小便小僧の中から、鍵が出て来たのだ!
だが。
「……なんでこの鍵。小便小僧が手に握ってるものと同じ形なんでしょうね」
聡子の言葉にうなずきつつ、その場にいる全員が先刻の黒子と同じく「趣味悪い」とぼやいていた。
雅子が、仕事で「とんとんショップ」に戻っている間。
常盤木は、汗びっしょりになっていた。ようやくガスバーナーでの扉切断に成功したのだ。
しかし、翡翠は苦戦している。蝶番を根こそぎ切り落としても、扉は開かない。
ならばガスバーナーで切断し切込みを入れたつなぎ目に、更に切込みを入れるが、やはり開かない。
鍵の部分にマッドチョッパーで切り込みを入れるも、やっぱり開かない。
いいかげん、精神が汚染されそうになった、その時。
「まあまあ、ご苦労様。『ウィザー堂』のプレーンシュガードーナツでも食べて、一休みしてくださいな」
「……いえ、今はそんなに空腹じゃあないので」
「……ああっ、人と人との交流が無いイマドキのインターネット感覚なスマホ世代に嫌われてしまったわっ。きっと私は若者に嫌われつつ孤独死して死後一週間後に腐敗死体で発見されるのねよよよ」
「……いただきます」
ホントに面倒くさい依頼人だと思いつつも、口にしたドーナツはこの上ない美味。
食べ終わり、仕事再開しようと二人が立ち上がったその時。
「ああ、お疲れ様。こちらの仕事も終わったから、お手伝いしますね」
雅子が帰ってきた。そのまま、ばんっと金庫を叩くと。
「「「あ」」」。
その場にいた、全員がハモる。
金庫の扉が、ばかっと落ちて……開いたのだ!
『もしもし、こちら「ガラクタ・マウンテン」の向坂』
加えて、ハンズフリーにしてた翡翠のスマホから電話が。
『映写機、発見したぜ! 今そっちに持って行くところだ!』
二重になった金庫の内部は、滞りなく開いた。
そして、その中には……堀野家のアルバム、そして……手提げ金庫。
幸い手提げ金庫の鍵は、金庫内にあった。加えて、その手提げ金庫を開くと。
火事の熱から守られた、8ミリフィルムがそこにはあったのだ。
こうして、黒子、陸、エイルズレトラ、向坂の四人が見つけた映写機にかけられ、上映される事に。
撃退士6名と、依頼人4名。計10名が見る中、修理を終えた8ミリ映写機による映写が行われた。
そこに写し出されたのは、ごく普通の家族の肖像。
若き頃の堀野老婆と、その息子の、今は亡き夫との、家族の何気なくもささやかな、しかし、大切な思い出。
上映中、堀野は涙を流していた。言葉は無く……声も出ない。
上映を終えた後でも、堀野は涙を流し……そして、しばらく経ってから、皆へと向く。
「……みなさん、本当に……ありがとうございました。あの人との思い出……こうやって、死ぬ前にもう一度見ることが出来て、こんなに嬉しい事はございません。心より、感謝申し上げます」
そう言って、深々と頭を下げた。
その後、翡翠の出資により、8ミリはDVDにしてもらった。最新の媒体で見られるようにと、翡翠が提案し、実行してくれたのだ。
「ありがとうありがとう。バーチャル世代のゲーム感覚でも、優しい人はいるんだっておばあちゃんわかりましたよ。これ、お礼のおみやげね。『栄かま』のかまぼこと『斎藤水産』の海産物セット十人前。おいしいから食べてね」
「は、はあ。どうも」
DVDを手渡す時、またもお礼にと全員におみやげをくれた。このおみやげ大量送り付けはちょっと……と思ったが。
「……まあ、喜んでもらえて何よりだ」
嬉しそうにほほ笑む堀野を見ていると、自身も嬉しくなる。それを翡翠は、そして撃退士たちは、その事を実感していた。
ちなみにもらった「栄かま」のかまぼこと、「斎藤水産」の鮭や塩辛。結構うまいこれらのお土産に、もらった撃退士たちは、しばらくの間ちょっとハマったらしい。