「やあ、君たちが救世主たちかい? ……おや、こちらにおられるのは小さなレディかな、それとも天から落ちて来た天使?」
「……ただの、雫(
ja1894)です。そのどちらでもありません」
辛辣に答えてみるが、ヴェナンツィオは意に介する様子はなさげ。
「僕はエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)です。美味と美女とを愛する依頼人にこうやって出会えて、光栄至極に存じます」
「おおっと、若きハンサムくん発見。……とはいえ、その魅力を発揮するのは僕のガールフレンドがいない時にしてほしいな。君になびいてしまいそうで、ちょっと不安だよ」
エイルズレトラに続き、白メイド服の、幼さを感じさせる少女が進み出る。
「わたくし、斉凛(
ja6571)と申します。優雅に、華麗に、舞うようにお手伝いいたしますですの。よろしくお願いしますわね」
「おや、どこからか白き妖精が迷い込んだのかな? それとも、命を得た美しきフランス人形? こんなレディと知り合えて、光栄ですよ」
彼女の隣りには、色白の女性が。
「……あの……秋姫・フローズン(
jb1390)……と……申し……ます」
「妖精だけでなく、白銀の姫もまたここに迷い込んできたようですね。その銀髪と青の瞳、思わず貴女を守るナイトになりたくなります」
「ナイト……? はあ……」
秋姫に続き進み出るは、雫や凛より更に幼げな少女。
「私は、ゲルダ グリューニング(
jb7318)です。よろしくお願いしますのです」
「……『神よ、あかあかと夜の森に燃えさかる。いかなる不滅の手または眼が、そのかわいらしき紫水晶の瞳を造り得たか……』。うん、あまりに綺麗な瞳なので、つい詩の一編を暗唱してしまったよ」
「……わ、私はぁ、緋流 美咲(
jb8394)ですぅ〜」
「これはまた、美しい黒髪だ。夜空の黒を切り取ったかのようじゃあないか。ヤマトナデシコとやらの美なのかな」
などと美辞麗句を口にするヴェナンツィオに、同席していた大伽鉢は口をはさんだ。
「おいヴェン。そのもったいぶった言い方はやめんか。聞いてるこっちが鳥肌立つっつーの」
「なんでだい? 美少女と美女とが集まってくれたのに、その美を口にして称える事は礼儀であり普通の事じゃあないか。同じ男として、君もそう思うだろ? ええっと……」
「ミーは、長田・E・勇太(
jb9116)です。まあ、実際にみな魅力的ですから、それを口にするのは悪い事じゃないとは思いますが」
「だろ? 日本男児は、もう少し女性に優しくしても良いと思うな」
「……本当に、典型的なイタリア人って感じですね」
と、ヴェナンツィオへとジト目を向ける雫だった。
「それでは……打ち合わせと行こうか」
ヴェナンツィオの店にて、皆は話し合い始めた。
「……みんなから提案された企画やアイデア。可能ならば、全部を採用したいと思うくらいだ」
ヴェナンツィオの目つきが……プロの、料理人のそれへと変化していくのに、皆は気付いた。
「皆、グラッツェ(ありがとう)。しかし……このアイデアのいくつかは、却下せざるを得ない」と付け加える。
「だめ……でしょうか……?」
秋姫が、残念そうに問いかける。
「今からニョッキを用意するのはかなりの時間のロス。加えて、店に出す時にグラタン風にするのは……調理に時間がかかり過ぎる。残念ながら、これは没だ」
しゅんとした秋姫。しかし、ヴェナンツィオはフォローするように言葉を続ける。
「……とはいえ、せっかくのアイデア。終わったら僕の店で出せるか検討しよう。次に、リンたちの『ソースのバイキング方式』だけど……採用するなら、カーチョ・エ・ペペは除外しなければな」
「と、言いますと?」と、凛。
「カーチョ・エ・ペペはゆでたパスタを皿に盛り、ゆで汁をかけて、そこにすりおろしたペコリーノチーズと黒コショウをたっぷりかけて作るパスタ。だから、バイキング方式でソースを取り分けておく……というのは、ちょっとできないんだよ」
そして、それから色々と話は進み。
いよいよ、ラーメンフェスの前日に。
すでに会場の設営もほぼ終わっており、あとは当日になったら料理を持って行き、イベントとともに供するだけ。
そして今、ヴェナンツィオは調理補佐の皆を呼び、大量のパスタソース作りの真っ最中。
「シズク、君のアイデアに感謝するよ。小さなレディの大きなひらめきに、感謝と栄光を」
「……口を動かす暇があったら、体を動かしてください」
ヴェナンツィオへと辛辣な言葉を向ける雫だが、やっぱりそれをあまり意に介していない様子。
ヴェナンツィオは、カルボナーラソースを作るため食材を炒め中。
凛も、エプロン姿で準備万端。
「おほほほ、お任せ下さいな。華麗に、軽やかに、お手伝いしてみせますわ〜」
「では、ポモドーロ用のトマトの皮をむいてもらえるかな」
と、トマトの皮をむいている最中に、美咲が到着。
「えっと、調理補佐します〜♪ 手作りクッキー、犠牲者わずか2名で抑えましたぁ〜♪ う〜ぃえぃ♪」
などと、変な自信を見せつける美咲に、ヴィナンツィオは厨房の隅の方を指し示した。
「なら、そこの包丁で玉ねぎ刻んでくれるかな」
ヴェナンツィオが指し示した先には、多くの玉ねぎが。
五分後。
「……あううぅ、目にしみますぅ〜」
「……あー、ミサキ。隣のパプリカは切らなくていいんだけど」
十分後。
「……ミサキ、隣のエリンギは(以下略)」
二十分後。
「……って、なんで玉ねぎ切れてないのかなー?」
「か、刀……刀を持たせてくださぁぃぃ……」
「? まあ、いいけど」
その言葉を聞き、光纏した美咲。抜刀・龍蛇の柄を握ったとたん、別人のようにしゃきーんとなり……食材を、山と盛られた玉ねぎを切り刻み始めた。
「ほう……これはちょうどいい、余った食材で刻む予定のも一緒にお願いしとこう」
玉ねぎが全て刻まれると、ヴェナンツィオは隣の食糧庫から山のように盛られた食材を持ちこみ、それらをそのまま彼女の手元に放り投げる。
しゅぱぱぱぱっと、面白いように斬られる食材。しかし、
ガッ。
「……!?」
岩塩の巨大な塊が多数放り込まれ、刀の刃がそのいくつかに食い込む。それと同時に、正気に戻ったかのように美咲はそれに目を注いだ。
「もういいよ。うーん、やっぱり巨大岩塩を粉末にってのは無理だったか」
それじゃ、そろそろパスタを作ろうかなと、ヴェナンツィオは小麦粉の袋を取り出し……それを作業台の上に空けた。
「あ、三人とも。こねるの手伝ってくれるかい?」
そんなこんなで調理は進み。次の日。春の商店街フェス。
凛の提案で、オープンキッチンにした店。そしてバイキング方式で、三種類のソースを客が好きなようにかけるようにしていた。
「うーん、日本じゃメイド服を着た女性はさらに魅力が増すって聞いたけど、納得だね」
と、メイド服姿の凛を見て、ヴェナンツィオは嬉しそう。
凛とともに、雫は昨日に作ったソースの入った大鍋から、器に移し、バイキングのコーナーまで運んでいた。
「トマトソースのポモドーロ、トマトを使わないひき肉のボロネーゼ。それに……雫様が提案された、カルボナーラソースですわね」
結局、カーチョ・エ・ペペは却下し、雫のアイデアを採用。三種類のソースをお客の好みで……という形に。
「でも、他のお料理は出さないんですよね?」
などと口にしつつ、会計のゲルダはかわいらしく首をかしげる。
彼女のいう通り、できればデザートや他の料理なども提供したかったところだが、手間や客を捌く事を鑑みて、この三種のソースのパスタのみを出す事となったのだ。
「ですが、わたくしの提案したビスコッティは採用してくださいましたわ」と、凛は得意げ。
昨日に生パスタを打った際、ついでという事で残った小麦粉を練りビスコッティを作ったのだ。これを、客寄せにと無料配布する予定である。
あとは、客寄せの皆に期待ですねと、雫は心の中で思った。
情熱の炎が実体化したような、フラメンコダンスが路上で行われている。
清楚な顔立ちと雰囲気の秋姫だが、この時ばかりは静かで大人しげではなく……大人の女性の色気を、燃える炎のように醸し出していた。
手を振り上げ、腰を捻り、足が地面を叩き続ける。ダンスシューズの「カッ」という響きが、周囲の人々の耳を貫く。近くのCDプレイヤーから響くフラメンコの音楽、ギターとカスタネットが奏でる音も、彼女の魅力を更に増しているかのよう。
「……オー、レィッ!」
最後の旋律が終わり、同時にポーズが決まる。
周囲の人々からの歓声と拍手に秋姫は照れ臭さを感じつつ、周囲へと一礼した。
そして、彼女のすぐ近く。
「さて、お立合い。……はい、花が出ました!」
黒いタキシードに、シルクハットとマント姿。エイルズレトラもまたマジックを披露し、注目を集めていた。
「お代は頂戴いたしません。 それでもあえてというならば、おいしいパスタはいかがです?
遠路はるばるやってきた、本場本元イタリア人。 彼がふるまう本場の味に、お代を使っていただきたい。
さあさ、皆様おいてませ。その気があるならご案内、『Dea di nord』はこちらでござい!」
フェスが始まりしばらく。『Dea di nord』の店内は満員に。
「食前酒おススメネ。パスタに良く合うよ」
試飲用のワインを、周囲に勧めていた勇太だったが、並んでいた客たちによりほぼ無くなりつつあった。
「……どうやら、ミーもこちらを手伝った方がよさそうね」
と、接客に移る。
「あわわわ〜、えーと、そのー」
「ミサキ。君は接客を頼むよ。リン、シズク。生パスタ三人前追加!」
「お任せ下さいな! 雫様、お願いします!」
「ん」
「お湯が沸騰したら、パスタを入れて茹でてくださいませ。途中でかき混ぜて麺をほぐしてくださいですの。わたくしは、切れたポモドーロソース作りを致しますわ。……紅茶のおかわり? 少々お待ちください!」
「はい。こちらパスタ五人前です! お会計? ゲルダさん!」
「はい、エイルズレトラさん。合計で……ありがとうございましたー! いらっしゃいませー!」
「ありがとう……ござい……ました……。いらっしゃい……ませ……」
全員が、忙しく動き回り働きまわる。客寄せは大成功。
「忙しそうだな、ヴェーの字」
「ああ! ちょっと待ってくれ……はい、追加!」
大伽鉢が来ても、ろくに応対できないほどに客が押し寄せる。それほど人が来ないだろうと思い、出店はフェスの中心部から離れた場所に設置してもらったのだが……。
いつの間にか、長蛇の列。これほど客が来るとは、ヴェナンツィオも予想してなかった。
「メニューをパスタだけにしてよかったよ。それに……一人じゃあ絶対に捌ききれなかっただろうな」
そんなこんなで日が暮れて。
フェスは終わった。
「みんな、今日は本当にありがとう。これはお礼だよ、好きなだけ食べてってくれ。じゃ、かんぱーい!」
ヴェナンツィオはグラスを掲げた。
大きな机の上には、賄として大きなピッツァや、簡単ではあるがオードブルの類。それに市販の麺を乗せたパスタの大皿(自前のパスタは、売り切れてしまっていたのだ)。
「ふう、仕事の後の紅茶は格別ですわね」
疲れを見せつつ、凛が人心地つく。
「まったくです。疲れました……うん、このピッツァ良いですね」
「はい……美味しい……です……」
エイルズレトラと秋姫が、ピザを口に運び味わっていた。
「……お昼の賄、食べられませんでした」
雫は、空腹とともに不満な気持ちを隠せない。なので、ヴェナンツィオの器具を借り、ペペロンチーノを作って皆にふるまいつつ、自分も口にしていた。
「まあ、すごく忙しかったからね。まさかあんなにお客が来るとは、ミーも予想外だったよ」
勇太も、オードブルを口に運ぶ。彼もまた、疲れている様子。
「やれやれ。あたしらよりも多く売り上げたとはね。やるじゃないの」
東崎雅子をはじめとする、ラーメン四天王の皆も呼ばれていた。東崎のラーメンが食べたいとゲルダから聞いていたヴェナンツィオは、彼女に頼み、自作のラーメンを持ってきてもらっていたのだ。早速ゲルダと美咲とが口にしている。
「まあ、今回は優秀なアシスタントが集まってくれたからね。それに、君の豚骨ラーメンもなかなかのものだよ。もし……迷惑でなければ、麺類について二人っきりで話をしないかい?」
ワイン……は既に切れていたので、ブドウジュースを片手に、ヴェナンツィオは近づく。
「……ぅぐっ! ……ま、不味い……ふ、『二股』はやっぱりマズいのです……」
が、そこに美咲の声が。
「? ミサキ、どうした? ……おいおい、ラーメンスープとパスタソースを二つ混ぜちゃうのは、さすがにマズイよ」
「いや……彼女は、『二股をかけるな』と言いたいんじゃあないか? ……うん、ピザうまいな」
白衣姿の女性が、そこに。霞ヶ関だった。
「ああ、カスミガセキ。僕に会いに来てくれたのかな?」
「言っておくが、日本の女性は男性が複数の女性と交際するのを嫌う。そのあたりをよーく心しておいた方が良いぞ。でなきゃ……あとで大変なことになる」
「そうなのかい? ふーん、知らなかったなあ」
「……こっちも天然だったか。ったく、言ってもわからんとはな」
「だったら、体に直接教え込むまでです」
雫が、不満爆発寸前といった雰囲気を醸しつつやってきた。表情は変わらないが、怒っているっぽい事は雰囲気でなんとなく伝わってくる。
「さて、女性の敵さん 何か言い訳はありますか?」
「敵? いや、僕なりに紳士的に真摯に女性に対応してるつもりだけど? ……って、なんでパスタ伸ばし棒を振り上げてるのかな?」
「言ってもわからない不貞の輩に天誅を下すのです。覚悟はよろしいですか?」
「……えーと、そういう趣味は僕持ってないんだけど……っていうかまず話し合お(どごっ)」
最後の「どごっ」は、問答無用でぶん殴られた音。
そして、東崎の方も、困った追及を。
「私、二人の仲を応援しますね!」
「え? えーと、ゲルダさんだったかしら。何を言ってるの?」
「ヴェナンツィオさんは、お店を宣伝して大きくするんですね。そして行く行くは東崎さんと共同経営なんですね。つまり東崎さんはヴェナンツィオさんを好きなんですね!」
「……あのー、どういう理由でそんな結論になるのかしらー? つーか私のラーメンはあくまで趣味であって、飲食店をする予定は全くないけど?」
「……豚骨ラーメン美味しいです。将来はこのパスタとラーメンが合体した料理になるのですね!」
「いや、話聞いてる?」
聞いてなさげだと、ゲルダを見て思う東崎だった。
このフェス後。
「Dea di nord」には、以前よりも客が増えたようである。
が、ヴェナンツィオも相変わらず複数の女性と交際を続けている、ようである。