『さー、今年もやってきました。暇とコスプレ魂と無駄な体力とを持て余した学園の体育会系暇人ズの祭典、コスプレマラソン大会です!』
そんな無礼なアナウンスが響く中。杏子の横に、何 静花(
jb4794)と川内 日菜子(
jb7813)とが立っていた。
「アンタたち、さやかの代役だって? アタシと勝負するための?」
「そうだ。そして……勝負事だから、優勝を取りに行く」
「……へっ、面白いじゃん」
杏子の言葉に答えず、静花は自分のコスプレ……キョンシーのそれを完璧にすべく、額にお札を……「勅令随身保命」と書かれたお札を、ぺたりと貼った。
「こっちも、全力で挑むぞ!」
と、暑苦しくも漢らしい熱血口調で、日菜子も会話に混ざる。彼女のコスプレは、全身タイツの真っ赤なヒーロースーツ。
「ヒーローらしくはないが……人助けは人助けだ。安功杏子! 私はあんたに……勝つ!」
「……ふうん。こっちもやる気十分って感じじゃんか。ま、いいぜ。さやかも何考えてこんな代役頼んだのか知らないけど……今年は乗ってやるよ。アンタたちとの勝負にさ!」
自信たっぷりに、杏子は言い放つ。彼女のコスプレは、魔法少女。と言っても、最近流行りな「見た目はかわいいけどやってる事は殺るか殺られるか的バトルもの」なそれとは異なり、70年代によくありそうなファッションのそれ。
「……っと、そろそろ始まるな」
言いつつ、杏子は手にしていた、食いかけの駄菓子を口に詰め込む。
『それでは! 位置について! 用意……スタート!……と言ったらスタートしてくださいね!』
その言葉にずっこける一行。
それを見てカラカラ笑う、観客席のさやか。
「……なんというか、このマラソンも色々と個性的ですね」
さやかの隣りに控えている水瀬 藤花(
jb7812)は、その言葉を発するのに若干の時間を要した。そして、その言葉とともに、彼女は昨日の事を思い起こしていた。
イベント前。
藤花の針仕事はほぼ完了。彼女の手により、コスプレ用衣装は完成。
「へえ、うまいもんだね」と、さやか。
「ええ。坊ちゃんのお世話で培った裁縫スキル。いかがでしょうか?」
「うんうん! 大したもんだよ! はー、私も参加できてればなあ。そうしたら……」
と、心底残念そうな顔でつぶやくさやか。
「……皆さんにお任せしましょう。きっと……いい結果を導いてくれますよ」
そんなさやかに、藤花は静かに……言葉をかけた。
「……さて、それでは向かうとしましょう」
ランナー全員が走り去ったのを確認すると、藤花は鞄を肩にかけて立ち上がった。その鞄には、メガホンやドリンク、はちみつのレモネードなど、応援のために用意した様々なものが入っている。
「それでは、行ってきます」
その言葉とともに、藤花は走り去った。
自然公園の入り口、第一チェックポイントまでたどり着いた藤花は……そこで多数の脱落者が倒れているのを見た。
『んもー、女の子がそんな可愛くなさげなアピールするなんて、ダメダメのダメ子さんですよっ! めっ!』と、どう見ても男にしか見えない強面の巨漢審査員がダメ出し。
『次! 高等部1年9組! 何 静花選手!』
「……どうやら、静花さんの番のようですね」
果たして彼女は、どんなかわいさアピールを行うのか。藤花は括目しつつその様子を見守った。
「……困った」
忘れていた。静花は全力疾走でここまで走ったは良いものの……アピールを忘れてしまっていた。
まずい。どうしたらいいか。上気した頬を掻きつつ……明後日の方向へと照れ隠しに視線を向ける。考えろ、考えろ……何でもいいから……!
『……合格!』
え?
『うむ! 運動の直後、上気し頬を染めつつ、最小限の動きと仕草で萌えさせる! 実にスバらしい!』
「……まあ、いいか」
随分といい加減な審査だが、ともかくチェック完了。早く次に向かうとしよう。キョンシー姿の静花はそのまま、走り去った。
『高等部1年5組! 川内 日菜子選手! 合格っ!』
「……よし!」
こちらも、どうやら合格したようだ。『左手を腰に当て、右手を前にガッツポーズ』は、イマイチかわいさ……という点では微妙だが、審査員の一人が『俺の好みだ! カワイイから許す!』と、通してしまったらしい。
が、それは直前の安功杏子も同様。彼女もまた、審査員の一人に気に入られたらしく、これまた通ってしまった。
「……この審査員たちには、いささか問題があるようですね」
複雑な気持ちとともに、藤花はその様子を見ていた。
公園内の池、その周辺の3km散歩コース。
そこを一周した選手が、第二チェックポイントへとたどり着くが……。先刻の可愛さアピールと異なり、半分、否、それ以上の選手が『やりなおーし!』と、送り返されている。
先刻以上にハァハァと息を切らせつつ、ダジャレチェックポイントの列へと並ぶ静花。
『次!』
「……ど、どこかの国のキングが怪我しました。『オー(王)痛い』……」
『その程度でダジャレと言えるかっ! 不合格! もっかい走ってこい!』
静花の前の参加者、ゾンビ姿で息を切らせているその生徒が、そのまま散歩コースへと戻された。
「……ハァッ、ハアッ、ハアッ……へっ、アンタもここまで走ってこれたかい……」
息を切らせた、杏子の声がすぐ後ろに。
「……ああ。言っただろう? 勝ちを取るとな」
『次! ダジャレを披露せよ! 疲労してても披露せよ!』
審査員からのダジャレに答え、静花は一歩……審査員たちの前に進み出た。
「……まったく。普通、中国人に日本のダジャレなど解らん!」
心中、静花はそうぼやいていた。
……いたのだが、律儀に彼女は予習していた。
解らんが、だからといって勝負を捨てはしない。いざ、勝負!
「……値が張るネガをメガネが買う、奴は目がねぇ」
『…………』
静花の疲労もとい披露したダジャレ。それは……静寂を生んだ。
まるで、周囲の喧騒そのものが……静花の発したダジャレに吸い取られ、そのまま昇天したかのように。
『……イイネ!』
と、その静寂を破る者が。
『「ネガ」という単語を、「値が」「メガネが」とひっかけ、それに「メガネ」と「目がねぇ」とを加えた下らなさ! これぞダジャレ! 合格!』
と、審査員の一人が大絶賛。
「……いいのか、こんなんで」
良い事にしとこうと、彼女は自分で納得し……そのまま次のルートに。
『次!』
「安功杏子、行くぜ! ……『友人がバインダーを忘れました。どうすれバインダー』」
『却下』
「……って審査早いなオイ! つーか早すぎだろ! これのどこがダメなんだ!」
『ん〜……強いて言うと、フィーリング? いいからとっとと一周してこい』
「なんで疑問形だよ! こんなの絶対おかしいよ!」
などとぎゃいぎゃいやってる最中、日菜子がたどり着く。
「……川内、ダジャレ行くぞ! ……『ランナーにヘルメットは要らんなー』」
『却下』
「なっ……なぜだ!」
ちょっと自信ありげだったのが、いきなりその自信を砕かれた。わけがわからないよ。
『なぜ? まあ、ダジャレに関係なく、ノリで決めちゃった、みたいな?』
そのカル〜クいい加減な返答に怒りを覚えた日菜子だが、それより先に杏子が口を挟んだ。
「……なあアンタ。一緒にコイツら、いの一番でぶっ潰さねえか?」
「そうだな、スポーツマンシップにのっとって正々堂々と……と思っていたが、こんなんじゃあ、話は別だ」
杏子の言葉に対し、まるで悪党へ処刑宣告するかのように、日菜子も同意する。
そのただならぬ雰囲気に、審査員たちが慌てだした。
『……うっそぴょ〜ん。僕らに釣られてみた? 実は冗談です。お二人とも合格、この上なく合格。誰が何と言おうと合格。さー、次のチェックポイントまでレッツらゴー。いやあ、70年代風魔法少女コスかわうぃーねえ、ヒーローのコスかっこいいねえ』
いきなり恥も外聞もなく、褒めちぎる審査員たち。
絶対こいつら、後でとっちめてやると思いつつ、二人はその場を後にした。
「……おや?」
この審査員たちの調子の良さにあきれていた藤花だが、日菜子と杏子を通した後、「ズルいぞコノヤロー!」「なにえこひいきしてんのよ!」「ダジャレ却下され走らされたオレらの立場はどうなる!」などと、並んでいたランナーたちからのブーイングを受ける様子が目に入った。
「一触即発……のようですね」
とかなんとか思いつつ見ていたら、審査員が余計な事を言ったらしく、雪崩れ込まれ大乱闘。
ぼてくりこかされる審査員たちを後ろに、藤花は日菜子らを追って先を急いだ。
とかなんとかやってるうち、静花は坂道5kmを走り……第三チェックポイントに。そこには、やはり数名の審査員が待ち受けている。
既にこの時点で、皆が皆、疲労困憊。最後に残った道しるべにすら気づかない状態。
「……確かに……少しばかり、息が、切れるな……」
そして、静花もまた、疲労困憊しつつふーらふら。
「お疲れ様です。あと少しですね」
追いついた藤花より、タオルを受けとりそれで汗をふく。
「ああ。あと少し、だな」
差し出された飲み物を飲み干して、火照った体を内側から冷やし、気力を奮い立たせた。
『おう! 第三チェック受ける奴ら! ワシらん前で可愛さアピールじゃ! 泣けるのを一つ頼むで!』
審査員の声に従い、静花は……前に。
「高等部1年9組。何 静花……行くぞ」
彼女は可能な限り息を整え、両手を、右手の拳と左手の掌とを、親指を合わせて前に出した。
俗にいう、「拳包礼」。そして、その挨拶とともに彼女は……静かに、笑顔を浮かべた。
『……キョンシーが、中国拳法の武の礼儀……この可愛さは泣けるで!』
合格じゃーと、皆で大きく腕でマルを作る。
「……なんというか。本当にこんなんでいいのか? 審査員、えらくいい加減だが」
「……そうですね、本当に、なんと言うべきか」
藤花の疑問を背に受けつつ、最後のコースを走り切らんと、静花は駆け出した。
「私、参上ッ!」
多少遅れて、日菜子もまたアピール終了。
『合格じゃーっ! この可愛さに全米のワシらが泣いた! 特にワシが!』
「……ほんっと、今年の審査はいい加減だな。去年はまだまともだった気がしたけどなあ」と、いい加減さに杏子もあきれ顔。
「いい加減でも構わないさ! 私はこういうのがやりたくて来たのだ!」
そして彼女も、ラストスパートかけんと走りだす。
「っと、やっばい。アタシも追わなきゃ」
そう言う杏子の言葉を背に受け、日菜子も静花の後を追いつつ走り出す。
「いよいよクライマックス……優勝は誰でしょう?」
静花と日菜子より先行しているランナーは、かなりの数。先頭集団は、もうゴール近くまで向かっているはず。
静花、日菜子、そして、杏子。彼女たちのゴールを確かめんと……藤花もまた、駆け出した。
そして。
静花が二位、日菜子は三位、杏子は十位という結果を残し、マラソンは終了した。
「みなさん、お疲れ様でした。見事な走りでした」
タオルと飲み物、はちみつ漬けレモンなどを藤花から振る舞われ、静花と日菜子、そして杏子はへばっていた。
「……まあ、悪くは無かったな」
「ああ! コスプレやダジャレはともかく、マラソンはいい汗をかいた!」
「はあっ、はあっ、はあっ……アンタたち、最後の追い込み……スゴかったぜ」
息切れを起こしつつ、賛辞を贈る杏子。しかしそこへ、さやかが。
「……さやか?」
「勝てると思った? 残念! 負けでした! ……杏子、代理とはいえ、あんたの負けよ。リベンジしたければ……」
そこで、ふっとさみしそうな表情をうかべるさやか。
「リベンジしたければ……また、勝負よ。次に会う時にね!」
そうだ。もうさやかは杏子と離れ離れになってしまう。でもこうやって約束をとりつければ、またいつか会える。
遠くへ引っ越してしまう杏子と、また会いたい。そのための道しるべ。
「? ……まあ、いいけどさ。じゃあ、次は来月の球技大会で勝負といくか?」
しかし、頭にハテナマークを浮かべつつ、杏子はさやかに予想外の返答を。
「……えっ?」
「えっ? ……ってなによ! 杏子、あんた家の都合で寮から引っ越しして、実家に戻るって言うじゃない! だから、毎年やってるこのマラソン対決、来年は出来なくなっちゃうから……わざわざ代役立てたのに!」
「そうです。そう伺って、私たちは今回代役を引き受けたのですが……」
さやかに続き、藤花が問いかける。続き、静花もそれに同意した。
「ん。私もそう聞いている。引っ越してお互い会えなくなるから、再会する約束を取り付けるために、代役を立てた、とな」
「……なあ、みんな。さやかが……本当にそんな風に言ったんだな?」
呆れかえった口調で、杏子が静花に、皆に問うた。
「ああ。杏子が引っ越す、とな。転校するのか?」
「いや、アタシ引っ越さないし。っていうか転校するつもりないから」
「え?」今度はさやかが疑問を。
「さやか、何を勘違いしたか知らないけど。寮から引っ越すのは、建物の耐震構造に問題があったから、補強工事する間だけだぜ?」
「え?」
「家の都合で、実家に戻らなくちゃならないと聞いたぞ?」という日菜子の問いには。
「たまたま法事があったから、その間に一時的に帰宅するだけだって」
「それなら、転校する予定は別にないわけだな?」
静花の質問に、大きくうなずく杏子。
「当然、いつも通り通う予定。寮は、工事終了後に戻る予定だけど?」
「え?」
再三、同じく「え?」と動揺するさやか。
そして彼女は、理解した。
今年のこのマラソンでの対決が、別に最後ってわけじゃあなかった事を。
「……なんだよさやか、引っ越すって思い込んでたわけ? ばっかだなあ」
杏子が笑うと、さやかは青い顔でその場に膝をついた。
「うん……バカだ、あたしってほんとバカ……川にいるのはカバ……押し寿司美味しいのはサバ……ハズレの馬は駄馬……ファーストフードはバーガー……」
自分の勘違いのあまりに恥ずかしさに、絶望的な表情を浮かべたさやかは、ぶつぶつ言っている。
「って、おい、さやか! 気をしっかり持て! ……まったく、そこまでして来年もいっしょに勝負したかったのかよ」
ずーんと落ち込んでいるさやかを後ろから抱きしめ、杏子は今度は優しく言葉をかけた。
「しょーがねえなあ。いいぜ、また勝負してやるよ。一人じゃ勝負できないし、一人ぼっちは寂しいもんな」
こうして。
さやかの勘違いから始まった依頼は、さやかの勘違いという事で幕引きとなった。
一応その後も、二人の友情は続いているようである。
「ところで静花さん、優勝賞品は何だったんでしょう?」
「海外で行われる、ダジャレマラソンの招待券らしい」
藤花の問いに静花が答えていた。