●自己紹介の一杯目。
「あら、久しぶり。金ちゃんのラーメンフェス以来じゃあないかしら?」
「はい! あの時は坦々麺、ごちそうさまでした!」
一同の顔合わせ時。レグルス・グラウシード(
ja8064)は豪島へと挨拶していた。
「良いわね〜、相変わらず元気そうで良いわね〜」
「豪島さんも、お変わりないみたいで何よりです」
「なんだ。顔見知りか?」
矢野 古代(
jb1679)の問いに、レグルスはうなずいた。
「はい! 以前にラーメンフェスで知り合ったんです。今回戦う月山さんと同じ『ラーメン四天王』って呼ばれてるんですよ?」
「……くっ! 『ラーメン四天王』! 忌まわしきもの!」それを聞き、同席していた房行が顔をしかめる。
「……どうにも、問題があるような気がするわね」依頼を聞いた時に抱いた印象通りに、この房行という男は情熱的だという事は痛いほど伝わってくる。キャロライン・ベルナール(
jb3415)はそれを、身を以て味わっていた。
同時に、その情熱の向ける方向が、若干斜め上……とも思っていたが。そちらも予想通りかもしれない。
「ええと……初めまして。廣幡 庚(
jb7208)と申します、よろしくお願いします」
礼儀正しい美少女が、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
「あら、かわいい女の子だこと。こちらこそよろしくね」
「……ぶつぶつ、やはり奴のつけ麺に勝つには……ぶつぶつ、ぶつぶつぶつ……」
豪島は愛想よく返答するも、房行は心ここにあらず。
「……ふー、ちょっと失礼」
考え込んでいる房行の前に、一人の少女が進み出ると……ハリセンを取り出し、その後頭部を派手にぶっ叩いた。
「……ってーっ! なにをするだぁーっ!」
「……見ての通り、挨拶を無視した無礼者に怒りの一撃を食らわしただけだが、何か?」
くせっ毛で半眼(というかジト目)、小麦色の肌を持つ少女……何 静花(
jb4794)が、ぶっきらぼうに答えた。
「そうよ房行ちゃん、あなたのために来てくれた人に、ちょっと失礼じゃあないの?」
豪島の言葉に、房行はようやく気づき、ばつの悪い表情を浮かべる。
「……すまん……」
「と、ともかく。我らが依頼人・房行殿をツケメンカイザーに勝利させるため、自分らはここにいるでござる! 大船に乗ったつもりで、頼りにしてほしいでござるよ!」
静馬 源一(
jb2368)の言葉に、房行は歯を食いしばり、挑むような表情で空を仰いだ。
●対決備えた二杯目だ。
ここは豪島の家の離れ。そこに設けてある厨房。豪島自身も「メン・イン・タンタンメン」の二つ名を持つほどの腕前を持っていた。
この厨房を借り、房行は対月山・ツケメンカイザーと戦うための新たなつけ麺を開発していた。居るのは撃退士六名、および房行。
「奴と同じつけ麺を作って、正々堂々と勝たなければ! 努力と根性さえあればっ!」
「…………」
つけ麺を作る房行を、遠巻きに見守る撃退士たち……静花、レグルス、矢野、庚、キャロライン、静馬。
彼ら六名の前に、房行のつけ麺が並んだ。
「いただきまーす♪」
わくわくしながら、レグルスは皆とともに、つけ麺に箸をつけ始める。
「……うーん」
やや、しばらくして。
ある程度食した皆は、箸を置いた。
「……最初は美味しいんですけど……食べてくうちに、喉が渇いちゃって……」
「ああ……食っていくと、ちと塩辛くなっちまうな。水、もらえるか?」
自分同様、矢野が水をがぶ飲みするのをレグルスは見た。
「……だめか? だめなのか? 畜生ッ……畜生ッ!」
「……そうだな、だめだ。だめすぎる」
レグルスは、右隣の静花がそう言うのを聞いた。
「……こんなんで勝負するつもりか? 勝負するまでも無く負けてるだろ」
「……だ、だが! 努力と根性でっっ!」
「……先刻に、俺たちはツケメンカイザーんとこに行って、奴のつけ麺を食ってきた」
レグルスの左隣の矢野が、房行の言葉を遮った。
「……正直、大したものだった。プロとして店出してもおかしくないくらいにな」
再び、静花が言葉を投げかけた。
「整体師が打ったそうだから『かなりコシのある麺』と予想していたが、予想通りだった。加えて、それに合わせたつけ汁。本人は否定していたが、あれはかなりの技術がなければ作れないものと推測できる」
一呼吸おいて、更なる言葉を。
「この程度の技術で、あれに勝つのは、まず無理だ。加えて……そんな暑苦しさと精神論で、勝負の日までに急に伸び、勝つつもりか? まず『無い』」
『無い』の部分を、静花はきっぱり、はっきりと叩き付けるように言い放つ。
「『勝負』がしたいのか、『勝ちたい』のか……どっちだ? どちらかをはっきりしろ」
ずいっ……と、静花が詰め寄った。その気迫は、矛先を向けられていない、ただ隣にいるだけのレグルスですら「怖気」を感じるほど。
「『勝負』して『勝つ』! 両方だ!」
その言葉とともに、静花のハリセンが。
「食を舐めるなっ! 今、お前は……人類の歴史に唾を吐いた! お前ひとりの思い込みごときが、料理の味を向上できるとでも思っているなら……それはこれ以上にない『食』への冒涜だ!」
「……ま、まあ落ち着いて下さい。……私は、房行さんは、月山さんには無いものを用いて勝負すれば、良い勝負になるんじゃあないかと思いますよ」今度は、庚が言葉をかける。
「だって、お父様から受け継いだお店を、きちっと受け継いでいらっしゃるんでしょう? それは、真面目に努力されてるからこそできる事じゃないですか。それに……」
「それに?」房行が聞き返す。
「それに……月山さんのつけ麺ですが、若者達以外からは『つけ汁が濃すぎる』『塩が多い』『麺が多すぎる』という評価もございます。では、そういったお客様の要望に叶うつけ麺にするには、どうしたらいいでしょう?」
「……そうか……確かに奴のつけ麺……俺がいつも作ってるのと似ていたからな……そういう考え方もあったか……」
「ええ。あのつけ麺に、同じつけ麺で対抗するより、あのつけ麺には無い、新たなつけ麺で勝負されてはどうでしょうか?」
庚の言葉に、まるで雷に打たれたかのように……房行は考え込んだ。
「私からも良いか?」キャロラインが挙手する。
「日本の盛そばには、汁をつけて食べ終わった後に、蕎麦湯で伸ばして食べる事があると聞いた。そこから、つけ汁を割って飲めるようにしたらどうだろうか?」
「良いアイデアだ。俺からは、つけ汁をちょっと月山のとは違うものにする……って提案するぜ」と、矢野。
「つけ汁は魚介豚骨醤油系でも、あっさりめの味に。麺は太目で、ちょっとした香りを付けるんだ」
それらを聞いた房行は、天啓がひらめいたかのように顔をあげた。
「……みんな、今メモを持ってくるから、もう一回今のアイデア言ってくれ!」
●勝負の時来た三杯目。
そして、勝負の日。
商店街の、ラーメンフェスが行われた空地にて。
二つの大きなテントが張られ、それぞれには大きな机が置かれた。机の上には、紅白の丼……赤の月山と白の房行とのつけ麺が入った丼100杯が、ずらりと並べられている。
「アンケート用紙、OKでござる! 料金箱、これもOKでござるよ!」
静馬が、忍者のスキルを生かし、会場の用意を。
「……月山! 今度こそ負けない! 正々堂々と、勝負だ!」
「……ふっ、こちらも望むところ! 正々堂々と、勝負!」
二人のテントから離れた場所には、もう一つテントが……関係者の控え席があった。そこには、豪島の他、東崎と大田鉢、ラーメン四天王の残り三名、そして……綿杭奈子の姿が。
「……綿杭さん、今日の勝負……真剣に見てほしいのよ。もしも房行ちゃんのあの姿に感じるものが無ければ……勝とうが負けようが、貴方の好きにしていいわ」
「あーはいはい。わかったわよ。……まったく、本当にこんな勝負しかけるなんて」
豪島の言葉に返答したものの、奈子の口調には期待感があった。
そうこうしているうちに……勝負が始まった。
時間が経過。すでに月山の……「ツケメンカイザー」のつけ麺へと十数名が向かい、舌鼓を打っていた。
「やっぱこれだな!」「この麺! ボリュームあってうめーぜ!」「やっぱりツケメンカイザー様、サイコーだよー♪」
若い層、特に体育会系のクラブに在籍していそうな者たちが、次々に月山のつけ麺に殺到しては、その麺に食らい付き、丼を空にしていく。
が、幼児を連れた主婦、年配の客はその限りではない。
「……うーん、美味しいんだけど……これはちょっとねえ」
「塩気強すぎでなあ。いくらうまいつけ麺でも、ワシもちょっとこれはなあ」
「おいしいけれど、麺の量が多すぎてねえ。孫は好きなんだけど……」
赤色の丼は、減りはするものの、評判は全て良いとは限らない。
「はい、こちらお待ちどうさま!」
「二人分? 了解した、静馬! 頼む」
「了解でござる! しばし待たれよ!」
庚が丼を運び、注文を受けたキャロラインと静馬とが動く。
そして、その丼を空にしていく客たちが、アンケート用紙を書き込み、アンケート箱に。そして志を料金箱に。
「……見たところ、丼の消費は互角。やれるか……?」
戦況を見た静花が、静かにつぶやく。この調子で進めば、結果はどうなるか……?
冷静に決めているつもりが、彼女自身……胸の内が熱く高鳴っているのを感じていた。
レグルスと矢野もまた、配膳に動く。
「……つけ麺の反応、それに評判……悪くないかも!」
「ああ、ひょっとしたら……いけるかもな!」
矢野の言葉にうなずきつつ、レグルスは房行が厨房でがんばっている時の姿を思い出していた。
……………
「……柑橘系の果物、レモンとかを途中で絞ったら、風味が変わる、というのはどうでしょう?」
「それに、麺に柑橘系の果汁を練り込むのもな。麺に少しだけ柑橘系果汁を加え、トンコツや魚介を一層引き立てるように、柑橘がほんのり香るようにするんだ」
レグルスに矢野が提案したアイデア。それを房行は実践してみる。
「……レモンを絞るのは手間がかかるが、レモン塩をかけてみるか。柑橘系……スダチやミカンも良さそうだ……!」
そして、つけ汁。
「そば湯を参考にして、つけ汁をスープで割るサービスはできないか? つけ麺の配布スペースの横に、ポットに入れたスープを用意し、いつでも温かいスープをつけ汁に注げるようにするというものだ」
加えて、つけ汁は魚介豚骨なれど、さっぱり系。塩味でのしょっぱさよりも、食材の旨味を押し出したものに。
「……なるほど! これも面白い! つけ汁はしょっぱいから飲み干せないが、こうしたらいけるな!」
……………
「……あれだけ努力したんです。がんばって、房行さん!」
レグルスは、自分の心の中でのエールが届くようにと、静かに願った。
そして、時は経ち。
午後四時、タイムリミットを迎えた。
「両者、それまで!」
:勝敗の結果の四杯目。
「さて、勝敗の判定よ。月山ちゃん、房行ちゃん。二人とも……用意はいい?」
「いつでも良いです、豪島さん」
「同じく! どんと来いだ!」
二人の前に、疾風のように駆け抜ける一人の忍び……静馬が、回収したアンケート用紙、そして空になった丼を並べていた。
「アンケート用紙の回収! およびその○×の集計! 済んだでござる!」
そして、両者の志の合計もまた、集計が済んだ。
丼は、両者とも午後四時までには注文され、はけるのに成功。この点では引き分けに。
とはいえ……月山の丼は注文はされたものの、「残す」者もまた多々見られた。
「……麺のボリューム、少し考えた方が良いかな。残されるのは、ちょっともったいないし」
端正な顔つきで、月山は悩むような表情を浮かべた。確かに赤の丼は、若者層や肉体派、体育会系などの客層は空になっている。が、それ以外の客層の丼には、麺が若干残っていた。
「アンケートによると、月山殿のつけ麺は、『麺そのものの味、つけ汁との相性は抜群』。しかし……やはり『量が多い』『塩気が強い』という意見が多いでござるな」
静馬がアンケートの一部を読み上げる。
「ふ……なるほど。僕のつけ麺を食べにくるお客は、一定層のお客が多いと思っていたけど、どうやらその通りだったようだ。参考になったよ」
その事実を、月山は冷静に受け止めていた。
「で、房行さんのつけ麺は……さっぱりめなところは、幼年層や年配層の人たちに好評でした」
庚が、房行側のアンケート内容を読み上げる。
「味が薄めな点は、若者層や体育会系の人たちにはイマイチだったみたいです。けど……麺の量が少な目なところ、量を若干調整できるところが、ありがたいとの事です」
「で、つけ汁をスープで割って飲めるところも好評との事でした。『これを月山さんのつけ汁で飲みたい』って人もいましたね。……で、それから……」
庚が、料金箱の合計金額を発表した。
「……志の合計金額は、このようになりました」
その結果は……房行の方が若干多め。
「というわけで、総合的に判断し、房行ちゃんの勝ちとします」
豪島の言葉を聞き、房行は明るい表情を浮かべたが……すぐに元に。
「……ま、まあ。約束だし、結婚は……良いわよ。それに……つけ麺作ってるあなた、ちょっと……かっこよかったし」
顔を若干赤らめて、奈子が言葉を出した。が、房行はそれを手で制する。
「……すまんが、奈子さん。その話はしばらく待ってもらえませんか」
「え?」
「……昨日、撃退士のキャロライン殿に言われたのだ。『結婚とは、男女が生涯を共に生きることを誓うものだ』と。……俺は、月山に勝つ事しか考えず、勢いだけでこの勝負に挑んでいた。こんな事では、勝ったとは言えない」
「……で、でも!」
「それに、もう一つ。矢野殿からもこう言われた。『常に勝っているわけではない。負けて負けて、でも最後には勝っている。 最初の目的を忘れないで戦っているからだ。房行さんはなんで、ラーメンを作っているんだい?』……俺はこの言葉に、自分の未熟さを痛感させられたよ。俺は最初の目的を、完全に忘れていた……親父のラーメン屋を継いだ理由……『皆にうまいラーメンを食べさせたい』という理由を、な」
「何言ってるのよ! 仲夫さん、勝ったんだから胸を張りなさいよ!」
「いや、俺が納得いかない。『試合に勝って勝負に負けた』ってやつだ。……これから俺は全国を行脚し、ラーメン職人として身も心も技術も磨く修行に出たいと思う。そして、一人前になったと実感してから……改めて結婚を申し出たい!」
その顔付から、その言葉が「本気」だと、豪島や月山、撃退士たちは感じ取っていた。
次の日。房行は店を知人に任せ、どこへともなく修行の旅に出てしまった、という。それを追い、奈子もまた旅に。
「僕にとっても、色々学べた勝負だった。房行、また勝負したいな」
それを聞いた月山は、遠くを見つつ、静かにつぶやくのだった。