午後四時を過ぎたころ。
中鶴野の住宅街を、三人が歩いていた。
「こちらA班、佐倉井 けいと(
ja0540)。今のところ異常なしです」
三人の一人が、無線機を耳に当てていた。その手には、お菓子や玩具が詰め込まれた袋を手にしている。
『……こちらB班も、現在のところは問題ないよ。子供どころか、人っ子一人見当たらず……』
連絡先の御門 彰(
jb7305)の声が、佐倉井の耳に響く。
集まった撃退士たちの立てた作戦は、二手に分かれ、「子供たち」を探し出す事。
発見した後。人気のない場所に誘い込み、正体を確認した後。洗脳された人間の子供ならこれを助ける。天魔ならばこれを殲滅する。
すでに誘導先とする場所は、いくつか見繕っている。幸いこの近辺には、いくつか町工場や大きな空家があり、どこからでも誘い出し誘い込むのは難しくない。
現在、佐倉井のA班三名……女装したたくましき男、御堂 龍太(
jb0849)、力強きも美しき赤毛の美少女、アサニエル(
jb5431)は、捜索するも……それらしい子供たちは見当たらず。
「う〜ん、どこにいるのかしら。『黒い目の子供たち』とやらは」
御堂はそう言いながら、手にした籠から小さな菓子を取り、一つ口に放り込んだ。
「ちょっと、それは誘き出すためのもんだろ? つまみ食いしてんじゃあないよ」
と言いつつ、アサニエルも一つつまみ食い。
「ああ、二人ともだめですよ。……本当にもう」
それをたしなめようとした佐倉井だが、次第に空が曇りつつあるのを見た。
あと二時間もすれば、日が落ちる。
「……向こうも、異常は無し。ふう」
ためいきをつきつつ、御門は周囲を見回す。
こちら、B班も三人。彰の他の二人……白銀の長髪が美しい、少女にも見える美少年、ヴィルヘルム・E・ラヴェリ(
ja8559)。修道女……に擬態している悪魔、ヴォルガ(
jb3968)。
「向こうも、見つからないようだね。たくさんお菓子を用意したのにな……」
ヴィルヘルムも、両手にお菓子が詰まった袋を下げている。「黒い目の子供」をこれで誘き出せるかと思っての事だったが、今のところは効果はない。
ヴォルガの手にも、多くの菓子を入れたバスケットが。
「……」
物言わぬまま、ヴォルガは周囲を見つめていた。
「まあ、そう簡単には見つからないとは予想していたけどね。どこに隠れて、いるのかな……」
ヴィルヘルムが、遠くを見るように……通りの奥へと視線を向けた。やはり、人の姿は見当たらない。
「……行きましょう。ここで立っていても、事態は動かないだろうしね」
御門の言葉に、B班は動き出した。
大通りを通り抜け、並ぶ家々を横目に見つつ……佐倉井達三人は住宅街を進む。
だが、子供の姿は変わらず見当たらない。そろそろ日が暮れる。
「……くそっ、どこにいるんだ」
アサニエルが、言葉をもらす。が、彼女の言葉を遮るように、御堂が言った。
「アサニエルちゃん、佐倉井ちゃん。あれを!」
御堂が指さした先。そこには、住宅街の中に存在する森林公園、その内部に入り込む子供の姿があった。
その「子供たち」は、ガラス戸を叩き、なんとかして開こうとしていた。
「ねえ、開けて。開けてよ」
家の中からは、住民の反応はない。逃げ込んだのか、それとも気づいていないのか
御門たちB班は、玄関先に隠れてその様子を見ていた。
玄関の門から、車が二台ほど止まるスペースが伸びており、その先にガラス戸と扉とがあった。そしてそのガラス戸に、三人の「子供たち」が取り付いている。ここからでは、「子供たち」は背中しか見えない。
「……あの子たち、かな?」
「まだ、わからないですね」
ヴィルヘルムの問いに、御門は答えたが……正直、確信が持てない。
「………」
ヴォルガの視線が油断なく、「子供たち」の行動を見つめる。
「ねえ、開けて。開けてってば」
同じ言葉を、何度も繰り返す。これは……やはり?
御門が物陰から一歩踏み出した、その途端。
玄関先の明かりがともり、玄関の扉が開いた。
「「「!?」」」
驚く彼女たちの前で、中から出てきた住民の声が響いた。
「……あらあら、お帰りなさい。ふわぁ……」
「お母さん、呼び鈴が壊れてたよ。直しておくって言ってたじゃない」
「あーごめん、お母さんパートから帰ってから、眠かったから寝ちゃってたのよー。夕飯ピザでいい? ……って、あなたたちは誰?」
母親が、御門らの姿に気づき、声をかけた。それとともに、子供たちも振り返る。
その目は、全員が普通のそれ。
「……えーと、怪しい者じゃありません」
どうやら、勘違いだったようだ。
怪訝そうな眼差しの母親と子供たちに、しどろもどろで御門は言い訳を口にし始めた。
「……ふー、助かりましたー」
数分後。B班は近くの家の前で、安堵のため息をついていた。
当初、御門の口調に信用ならない……といった様子の母親だったが、ヴィルヘルムの言った一言が、その場を取り繕ったのだ。
『僕たちは、今度近くに出来る教会の関係者です。その挨拶に来ました』
『そ、そうなんです。それでハロウィンも近いですし、近所の子供たちにお菓子をプレゼントしようと思いまして。ね?』
そう言いつつ、御門はヴォルガのバスケットに手を伸ばし、取り出したお菓子を子供たちに手渡す。
その後、色々と調子の良い事を述べたのち、『ミサには来てくださいね』と言いつつ別れた。
「ま、ヴォルガさんのこの姿のおかげで信じてくれました。ありがとうございます……」
その時。
無線機が鳴った。
「B班は?」
「すぐに来るそうです」
アサニエルに答え、佐倉井は改めて「子供」を見た。
その子供は、見たところは6〜8歳くらい。上は真っ赤なシャツ、下はズボンをはいているが、少年か少女かは定かではない。後ろ姿を見る限りでは、怪しげなところは何も見当たらない。
なのに、その子供に対しては、どこか「違和感」を覚えた。どこか普通ではない、正常ではないと強く思わせ感じさせる、警告めいた「違和感」を。
この住宅街の真ん中にある森林公園は、木々が生えたちょっとした子供の遊び場のようなもの。
「!?」
「子供」が、森林公園の木陰へと向かった先には。
別の「子供たち」が、そこにたたずんでいた。
子供たちの「目」がどうなっているかは、佐倉井達の位置からはわからない。だが……先刻に「子供」が一人だけの時に漂った「違和感」が、その「子供たち」からも漂っていたのだ。
子供たちは、見たところ良くわからないが、上は13〜4歳くらいだろう。その数……少なくとも3〜40人くらいだろうか。いや、影だけを見れば、それ以上は確実に居る。
「……ねえ、アサニエルちゃん。佐倉井ちゃん。変じゃない?」
御堂が、疑問を口にした。
「変?」
彼の疑問に、佐倉井は聞き返し……すぐに己の疑問として受け止めた。
「……あれだけの数の子供が集まっているのに……どうして全員が静かに『立っているだけ』なのかしら?」
アサニエルの言うとおり。子供があれだけ集まっていると、数名は必ず落ち着きなく動き回ったり、周囲をきょろきょろと見回したり、騒いだり喋ったりと、おとなしくしない者が出てくるもの。
なのに、目前の集団にはそれが無い。身動き一つなく、一言もお喋りしない。先生や保護者など、そのようにさせている大人の姿は、ない。つまり……自主的に子供たちは、そうしている。
まるで……魂を抜かれたかのように「生命感」を感じさせぬまま、集まって、立っているだけ。
先刻の「子供」は、その目前の「子供たち」の中に混ざると、ゆっくりと……振り返った。
それとともに、公園内の街灯に、灯がともる。
街灯の光が照らした、「子供たち」の顔。その目には……。
黒目しか、無かった。
「……!」
佐倉井は、その子供たちと相対し、動揺した。
外見上、異なるのはただの一点。その眼球が全て黒く、白目が存在しないという一点のみ。
それ以外は、ごく普通の子供と同じ。笑ったり泣いたり、騒いだりおしゃべりしたり、今にもそんな事をやりそうに見える。
が、それがまた不気味。たった一か所が普通と異なるだけなのに、醸し出すおぞましさのレベルは、計り知れないように感じられる。
明らかにこれは、普通ではない。普通の存在ではない。普通の存在が、こんな怖気を出せるはずがない。
アサニエルと御堂も、その「怖気」を受けて躊躇していたが……立ち直るのに時間をかけすぎた。3秒もかかったのだ。
「……! アサニエルさん、御堂さん……行きます!」
そして。佐倉井は、そいつらの本性を知った。
そいつらは、人間ではない。なぜなら……効果が無かったのだ。
佐倉井が用いた、『気迫』の効果が。
「……どうやら、遠慮はいらないようね」
歩みより始めた「子供たち」へと、佐倉井に続き、アサニエルは『異界認識』を試した。そして……佐倉井が知った事の裏付けを取った。
間違いない、あれは……天魔!
「……お菓子、くれない?」
「ほらほら、こっちに来ればたんとあげるよ」
声をかけてきた「子供たち」へと、アサニエルは数個のお菓子を投げてよこし……逃亡した。
その後を、佐倉井、御堂が追う。誘き出すために、何個かのお菓子を掴んでは、「子供たち」へと投げつつ、逃げる。それを奪い合った子供たちは、包装を乱暴に破いて中身を、あるいは包装紙ごと、お菓子を口に放り込む。
「お菓子、くれない? お菓子、くれない? お菓子、くれない? お菓子……」
「子供たち」は、同じ言葉を繰り返しつつ……三人を追い始めた。
その廃工場は、内部に何も置かれていなかった。ここならば、どんな状況に陥っても戦いやすい。
小さな扉を開き、内部に入り込み……かんぬきをかける。
すぐに、「子供たち」が、シャッターを、窓を、扉を叩き始めた。
「お菓子、くれない? お菓子、くれない? お菓子、くれない? お菓子、くれない? お菓子……」
最初に壊れたのは、ガラスがはまった窓。続き、扉。そして、錆びてボロボロになったシャッターも、大人数で押しかけられて破られる。
三人は、所有していたお菓子を床にぶちまけ……臨戦態勢を取る。
最初に動いたのは、御堂。発動させた「祈念」とともに、御堂が演武を。それとともに出現した「刃」が、宙に浮かび、踊るかのように「子供たち」の一群へと放たれた。
「闘刃武舞」……御堂が手を振り、足を振るごとに、彼が召喚した剣神の刃が「子供たち」に襲い掛かり、斬りつけられる。
「ほらほら、つぶれちまいな!」
続き、アサニエルの放つ「コメット」……発生させた無数の彗星が、「子供たち」へと放たれた。直撃し、ダメージを食らった「子供たち」は……その重圧に押しつぶされそうに。
それらの攻撃の前に、「子供たち」は次々に倒れていった。が、それでも「子供たち」は痛みの声を上げる事も、呻きや叫び声すらもあげていない。ただひたすら、「お菓子、くれない?」の言葉を繰り返すのみ。
そして、倒れた「子供たち」を踏みつけ、後ろから新たな「子供たち」が三人へと迫りくる。新たな「子供たち」が「お菓子、くれない?」の言葉とともに、掴みかかろうと迫った。
「はっ!」
御堂とアサニエルの攻撃を受けずに済んだ「子供たち」へと、佐倉井は己が武器、トライデントと盾とを顕現させると、それを振るった。先端の鋭い三つ又が、「子供たち」に突き刺さり、長い柄が「子供たち」を薙ぎ払う。
「くっ……数が……!」
「ちょっと……多すぎる、わねっ!」
壁に追い込まれ、佐倉井は「シールド」を張った。それが「子供たち」を防ぐが、別の方向からの攻撃までは防ぎきれない。そして三人は……とうとう、雪崩のように押し寄せられ、押しつぶされた。
「お菓子、くれない? お菓子くれない? お菓子くれないお菓子くれないお菓子お菓子お菓子お菓子お菓子……」
その声が聞こえなくなりそうになった、その時。
強烈な「切断音」とともに、多くの「子供たち」を、何かが薙いだ。
「……!」
そこには、死神がいた。ローブを着た、恐ろしげな骸骨の姿。
修道女の擬態を解いた死神……ヴォルガは、黒龍の剣・アイトヴァラスを二度・三度と「子供たち」に振るい、斬りつける。そしてそのたび、「子供たち」は切り捨てられ、工場内の床に転がった。
「……僕だってやりたくないんだ。本当はこんな事、心が痛いよ」
ヴォルガの後ろで、そんな声が聞こえてくる。
が、その言葉と裏腹に、ヴィルヘルムは手にした金属製の書物……メタルブックで、容赦なく「子供たち」を殴り、殴り、殴り続けていた。
「逃げ出すのは居ないみたいだけど……くっ!」
マンティスサイスを振るい、御門が「子供たち」の群れを「刈る」。
先刻に連絡が入った際に、「子供たち」が天魔だと知り、御門らは躊躇する事なく攻撃を下していた。
「お菓子くれない? お菓子くれない? お菓子くれない? お菓子くれない? お菓子……」
それでも、「子供たち」の言葉は絶えない。
助けられた佐倉井、アサニエル、御堂は立ち上がり、「子供たち」の言葉を止めんと、更なる攻撃を放った。
そして、「子供たち」の声が止み……。
いつしか、六人の撃退士の周囲には……動く「子供たち」の姿は消えていた。
念のためにと、ヴォルカは「子供たち」の死体全てを集め、その首を跳ね……ようやく安堵したかのように剣を収めた。
「この残ったお菓子、もったいないから皆で分けよう。ふふ、なんだか楽しいね」
「おおっと、こいつはあたしがもらうよ。この菓子うまいんだよね」
その胸が悪くなる光景の横で、ヴィルヘルムとアサニエルは散らばったお菓子、無事だったお菓子を袋に戻し、つまみ食いしている。
「……ともかく、状況は終了した、という事で良いみたいね」
佐倉井もまた、ため息を吐きつつ……「子供たち」を見た。
「……?」
「……どうしたの?」
が、怪訝そうな佐倉井の様子を見て、御堂は声をかけた。
「……あの、僕らが最初に見かけた『子供』……彼だか彼女だかわからないけど、あの子……この中に、居ないわよね?」
佐倉井の言うとおり。「子供たち」の死体を見ると、真っ赤なシャツとズボン姿の「子供」は見当たらない。……一番最初に見つけた、あの「子供」、ないしは同じ服装の「子供」の姿は、そこにはなかった。
「……先刻助けに入った時には、全てが私たちに向かってきましたよ。逃げた『子供』は、見当たりませんでした」
御門が言う。確かに先刻までの戦闘では、佐倉井自身も見ていない。逃げようとした、あるいは逃げた「子供」の姿は。
なのに、なぜ……?
確かに今回の事件は、これで解決はしただろう。しかし……再び起こらないとは、言い切れない。
そんな予感めいた何かを、佐倉井は感じていた。