その家の庭は、小ぎれいに手入れされていた。
今は雑草があちこちに生えかけているが、玄関先にもほとんど枯葉やゴミは落ちていない。
しかし、住民はもういない。ここを掃除し、手入れする者は、誰もいない。
それを思うと、目前にたたずむ家屋には、どことなく寂しさも醸し出される。それを感じたのか、豪島の顔つきは、切ないそれに変わっていた。
少なくとも、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)にはそう見えた。
「……豪島さん?」
「あ……いや、なんでもないわ。さ、それじゃ始めましょうか」
「宝探しと家財道具の片づけをしちゃうよ!」
犬乃 さんぽ(
ja1272)は、そう豪語していたが……。残された家財道具の多さを見て、少しばかり元気が折れそうになった。
「ちょっと……多いなあ」
なにせ、棚があったら、その棚に板を打ち付け、スペースを増やす。
部屋には物干し竿を渡し、何かをぶら下げたりひっかけるようにして、そこに服やらなにやらを下げる。それも大量に。
とにかく、空きスペースが有ったら、そこに何かを詰め込まずにはいられない……。生前のそんな性格が、そこには垣間見えた。
「へっ、逆にファイトがわいてくるでーっ!」
亀山 淳紅(
ja2261)は、逆にテンションを高くしている。
「っしゃー!掃除×宝探しやんなっ! さんぽちゃん、どっちが先に見つけられるか競争せーへん?」
鼻歌など歌いながら、赤黒ジャージ姿に、頭にタオルを巻く。
「……うんっ、そーだねっ! 負っけないよー!」
亀山とさんぽの会話を聞きながら、黒須 洸太(
ja2475)はたたまれたブルーシートを取り出し、外の、適当な場所に広げた。
「シート引きましたよ。それじゃ、運び出しましょうか」
ここに、中から物を持ち出して並べ、整理するのだ。ちょうど天候は晴れ。予備のブルーシートは用意してあるので、急な雨が降ったらすぐに被せればすむ。
トラックも、近くに停車してある。あとは自分たちが作業を始めるだけ。
「……まず最初に、持ってきたよー」
神谷 愛莉(
jb5345)が、あぶなっかしく中から出てきた。その手には、様々な日用品が。彼女の後ろを付いて出るは、音羽 聖歌(
jb5486)。彼もまた、同じく家財道具を手にして出てくる。
「先刻の下見の時も思ったが……この家の中、かなりの量の家財道具があるようだ」
音羽のその言葉が嘘ではない事を、撃退士たちは後に実感する事になる。
「ふうむ……」
玄関に近い場所の部屋、そのいくつかの部屋から家財道具を運び出したはいいものの。
グラルスは、その量の多さに辟易していた。辟易しつつ、少し前の事を、愛莉らとともに、依頼人の豪島に挨拶し、話を聞いた時の事を思い出していた。
「遺族の方って、どの辺探したとか聞いていらっしゃいますかぁ?」
「そうねえ……少なくともタンスや棚など、普通に考えられる場所は、徹底的に探したとは言っていたわね」
愛莉の質問に、豪島はそう答えていた。
「ただ……」と、彼は付け加える。
「ただ、宝石のうち一つ……エメラルドは、寝室のどこかにあるかもしれない、無いかもしれない……といった話を聞いたことがあるわね」
なんでも生前には、ツルはエメラルドグリーンという色が大好きで、一時期は身の回りの物は全て、エメラルドに近いグリーンで揃えていたくらいだそうだ。
「ママとかおばちゃまとかは、宝石は化粧箪笥にしまってたの。だから……」
寝室を探し出した彼女……愛莉は、自分の母と祖母の行動を知り、それを手がかりにして宝石探索に挑む。そして、音羽もまた、従妹の愛莉と同じ場所を探す。
「なあ、聞くのを忘れていたが……なんで愛莉が参加している?」
探しながら、音羽は尋ねた。
「えりが欲しいものを選ぶって言って、お兄ちゃんと交代したの」
睨み付けながら、彼女はそう答えた。答えつつ、化粧箪笥を調べてみたが……結果はゼロ。
やれやれ、ここは空振りかな。頭の中でつぶやいた音羽だが、化粧箪笥の一部を何気なく押したところ……。
それが一部、スライドした。
すると、なにやらタンスの中から、カチッという音が響き……。
タンスの奥から、鍵を開けたときのような、開放感あふれる音が響いたのだ。それとともに、タンスの奥、に隠し扉があるのに音羽は木付いた様子。
その隠しスペースが開き、内部から、大ぶりな鍵が出てきた。それを指でつまみあげる愛莉。
「これ、は?」
その鍵には、はめ込まれていたのだ。緑色に輝く大粒のエメラルドが。
「エメラルド発見、か」
グラルスは、エメラルドがはまったその鍵をしげしげと眺めていた。
「……宝飾品としても、宝石自体の価値も、平凡なものに過ぎないね。とはいえ……そう悪い品じゃない。ちょっとくすんではいるけど、磨けばまた綺麗になりそうだね」
「ボクにも見せてもらえますか……確かに、汚れを落としただけでもっときれいになりそうです」
黒須もまた、それを熱心に見つめる。
今彼らは、一階の居間。そこの家具と家具の間や収納、空きスペースを探していた。
「……豪島さんに聞いたら『遺族が宝石を探す理由は、値段以外の理由は無い』と答えていたっけ」
案外、手の届かない場所に転がっていたりするのではないか。
しかし、エメラルドのはまった鍵は、化粧箪笥の隠し場所に隠されていた。豪島は「おそらく、しまいこんでそのまま忘れてたんじゃないかしら」と言っていたが、だったら、他の宝石も「そこかにしまいこんで忘れた」または「目の届かない場所に落ち込んで、そのまま忘れ去られた」
そのどちらかではないか……黒須は、漠然とそう考えつつ家具を運び出し、隙間だったあたりのスペースを確認する。
が、変わらず宝石は見つからない。
グラルスもまた、捜索に難儀していた。居間と台所の家具や家財道具は、大方が外に運び出し、ブルーシートの上に並べられている。
そして、すっきりした室内からは発見された。ボタンや小銭、何かの小さな部品など、様々な小さなものが、隙間だった場所、空きスペースだった場所に落ちていたのだ。中には丸ごと一つ、貯金箱まで落ちていた。
「……なんでこんなものまで落ちていたのかな。ちょっとわからない……」
が、その豚の貯金箱には、表面に「宝石」とマジックで書かれていた。
底の部分には、開け閉めするためのふたも付いている。それを開けると……。
中から、青色と緑色の大きな宝石が、十数個転がり出てきた。それらは、屑宝石。あまり良くはない宝石の屑を集めたもの。エメラルドとサファイヤの他に、色々な屑宝石が、豚の貯金箱には入れられていた。
「あまり良い宝石じゃないね……これは、僕らが今探している宝石とは違うのかな?」
後でわかった事だが、ツルはどこかの骨董品店などで、この屑宝石を格安で手に入れたらしい。「きれいだから」と購入したにすぎなかった、という。
「エメラルドとサファイヤの屑宝石、更に数個ずつ回収……っと。あとは……」
あとは、ダイヤモンド。しかし今もってそれがどこにあるのか、依然としてわからず。
「あとは……あーっ、もう! どこにあるのかなっ?」
さんぽは、そう言いつつ無数にある食器類をまとめながら、ぼやき始めた。
それにしても、本当に色々とある。食料など小さなものも、皆まとめては、集め、束に。
棚やタンス、そのほかの部分に、机と椅子などの姿で集まってくる。やがて、その机を模した何かは、獣を模した何かとなり、存在しつづけているのが分かった。
「亀山先輩、ちょっとそっちの紐を取って……はい、ありがとうございます」
紐を受けとったさんぽにより、食器類が縛られ、まとめられていく。
「ほんま、どこに?」
さんぽの動きは、また新たな何かを呼び寄せそうな動きがあった。
「……さんぽちゃん、ちょっと」
そこに、亀山が声をかけてくる。
「ここに、有そうだとは思わへん? この、仏壇に」
仏壇は、壁にぴったりと置かれていた。隙間には、色々なものが突っ込まれている。
「……使われてない食器に、家財道具。危険そうなものはなさそうやなあも」
位牌は、すでに運び出されている。おそらくは遺族が持ち帰ったのだろう。
「もしかしたら、おじいさんに預けてはる……と思ったんやけどなあ」
そう思った、その時。
仏壇の脇、隅の方に。小さな折りたたまれた袋があった。
「あった!」
思わず、声を出す亀山。その中には、またも数個の屑宝石、エメラルドとサファイヤ、そしてダイヤモンドが入っていたのだ。
これも発見。しかし、これ以外にもあるはず。そう思い、さらに捜索すると。
「ねえ、見て見て!」
さんぽが、仏壇の上の天井を指さした。
「なんや、さんぽちゃん……天井?」
亀山がその指さしたあたりを見てみると、わずかだが天井板がずれている。
それを開けて、天井裏を覗いてみると。
小さな手さげの金庫が、そこにはあった。
「サファイヤの本命、発見したで!」
サファイヤの指輪は、仏壇の上の天井裏、そこに置かれた小さな手提げ金庫の中にあった。
「やれやれ、サファイヤは指輪にしてるんか。天井裏に入れられてたとは、わからんかったなあ」
そして、亀山が発見した事を皮切りに。最後のダイヤモンドもまた、発見された。
「こんなに堂々と置かれていたとは、気付かなかったよ」
二階の、部屋の隅。そこにダイヤモンド、それもかなりの大粒なそれがあったのを、グラルスは発見した。
と言っても、そのダイヤモンドは、カットや研磨などの加工が為される前の単なる石。それが、石の置物として放置されていた。
加えて、その石は油膜や埃などでべったりと汚れ、お世辞にも宝石などには見えない。
「海外みやげで、手に入れたのかな。この大きさなら、研磨してカットしたら、それなりに美しいものになろだろうね」
ただの石ころにしか見えないダイヤの原石を、グラルスは何度もためすすがめつしていた。
「サファイヤの指輪、ダイヤの原石、それにエメラルドの鍵に、屑宝石が数十個。うん、十分ね」
豪島が、満足げに微笑んだ。
「それにしても、屑宝石まであったとは、これはわたしもわからなかったわ。さて、それじゃ」
もう一頑張り。今度は家財道具を運び出し、リサイクル店に持って行かねば。
それから、半日余りが過ぎ。
家財道具は、全てトラックに積み終えた。
「みなさん、本当にありがとう。おかげで……なんとかなりそうだわ」
保管庫にツルの家財道具や家具を運び入れた後、豪島は撃退士たちへ、ねぎらいの言葉をかけていた。
「これで、後の事は滞りなく進む事でしょう。それじゃ、約束通り。家財道具などで持って行きたいものがあったら、好きなの持って行っていいわよ」
「それじゃ豪島さん、ボクはこれがいいなあ」
まず進み出たさんぽが、湯呑や有田焼の皿を持って行った。
「じゃ、自分もせっかくやし。……ちょうどこの、亀の絵が描かれたごはん茶碗と、おかず皿のセット。頂いていきます」
亀山が取ったのは、シンプルなデザインの食器のセット。
「ボクも、記念に少しだけ……」
黒須が選んだのは、丼が数個。ラーメン丼に、そばやうどんや丼飯用の丼。丼飯用のは、丁寧に蓋まで付いている。これで天丼やかつ丼でも入れたら、ちょうどいい塩梅だろう。
「せーかは、6枚一組のをもらうんでしょ? えりは、この二つ一組の物と、サラダ用のボウルをもらうね」
愛莉は音羽に述べると、夫婦茶碗をはじめとする、夫婦用の二つで一つのものを手にした。ごはん茶碗に丼、味噌汁の椀、取り皿など。それらの他に、木製のサラダ用のボウルを見つけると、それも手に取った。
「取ったか、愛莉? じゃ、俺は……」
音羽が最後に、六個で一組のものを取る。中皿に取り皿、小皿、ステンレス製のフォークやナイフやスプーン、紅茶のカップのセット、などなど。更に、多人数で楽しめるからと、ジンギスカン用の鉄板ももらった。
最後にグラルスが、余った厚手の湯呑やマグカップ、切り子細工のガラス製コップのセットなどをもらうことに。
「大事に、使わせてもらいますね。あと、家財道具のいくつかも」
こうして、撃退士たちへと、分けられるものは分けられ、宝石は遺族たちの元へと送られた。
そして、後日。
豪島から、東崎のもとへと連絡が入った。遺族たちは見つけてもらった宝石を現金化し、今後の法事に用いる資金にする、と。
鹿島ツルが住んでいた家は、住む者も無く、今も無人のままである。