「……んだテメェら!」
「何だ……アァン!?」
強面の学生二人、彼らに率いられる強面の掃除好きな奴らが、撃退士たちへ凄む。
「掃除……って名の喧嘩、売りに来たぜ」
月居 愁也(
ja6837)の言葉が、休日の教室の前でたむろしている連中に投げつけられた。彼のその姿は、喧嘩を売った相手に似ていなくもない、不良めいたそれ。
「んだとコラァ!?」
「……俺らに掃除勝負でも挑もうってのか? あぁ?」
二つの集団のトップが立ち上がり……愁也へと迫る。
「ああ、おいらたちはそう言ったつもりだけど? ……ま、根性やら手段やらで争ってる、時代遅れな連中は、理解力も遅れてるようだな」
言葉に続き、かはははっと獅子堂虎鉄(
ja1375)は声を上げ笑った。
金太と銀二が、鋭い視線を投げかける。が、進み出た大柄な影に、その切ったメンチは遮られた。
「いけませんな、実に、いけません」
老人が孫へ諭すような、穏やかな口調で、ヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)が語りかける。
「善い行いも、争いの元となるようではいけませんな」
余裕すら感じられる、その口調と態度。その余裕に……銀二と金太は、少しだけブルった。
「……うっせー! 俺らに掃除でタメ張るつもりか? ナメんな!」リーゼント頭で長ランの銀二が叫んだ。
「……へっ、オレらこそが掃除最強なんだヨォ!」パンチで単ランボンタンの金太が、銀二に続き叫ぶ。
「まあ、見てリリィ! 今時珍しい服装の方たちよ!」
「あら本当! 最近じゃ確かに見ないわ。きっとこだわりの服装なのね!」
一触即発な状態に、やや場違いな女子生徒二名の声。
「なんだァ?」
「め、珍しい?」
銀二と金太の戸惑いなどお構いなしに、声の主は興味深げな視線を向けていた。
「……あら、そういえば。自己紹介がまだでしたわね」
女子生徒二人が、優雅に挨拶する。
「私……マリア・フィオーレ(
jb0726)と申します。以後、お見知りおきを」
「私は、リリアード(
jb0658)です。よろしくね」
「……へっ、なかなかマブいじゃん。へい彼女たち、オレらと掃除しねえ?」
金太はニヤつきながら話しかける。
「うむ、そちらもその気なら話が早い!」
その言葉へと、橘 樹(
jb3833)が問いかけた。
「わしらはまさに、掃除に来たのであるよ。おぬしらと、掃除で勝負しにな!」
勝負の方法は、三種類の清掃で。
各チームは二人づつが出て、それぞれ割り振られた校舎内のエリアで行われる。
一番勝負は、「校内染み抜き対決」! 校舎内部の染みを見つけ、制限時間内にそれを取る!
撃退士チームからは、獅子堂とヘルマン! 対するは清掃部・トオル、美化部・ヒロシ!
「不正防止の為にスマホで掃除風景を動画に収めてほしい。そちらさんも公正な勝負を望むだろ?」
獅子堂が、用意したスマートフォンを取り出した。
「ウッス、自分は構わねえッス。美化部のバカが断らなけりゃあの話ッスが」
「バカだとコラ? オレッちも動画上等だコラ!」
張り合う両者に対し、獅子堂はにやりとしつつ言葉をつなげた。
「個人的には、プロ顔負けの掃除テクを是非拝見したいのだがな? ヒロシにトオルだったか? 期待してるぜ」
●一番勝負「染抜き対決」!
「じゃ、ヘルマン殿。始めるとするか」
「仰せのままに」
獅子堂の手には、水の入ったバケツ、重曹、雑巾が二枚。
腕まくりをしたヘルマンも、同じく洗剤を用意し、用意したバケツの水に溶かしていた。
彼らに割り当てられた場所の一つは、フェルトの敷布が敷かれた談話室。ここは茶道の授業を行う和室にも続いている。獅子堂は、水回りを清掃し始めた。
まだらに汚れが付いた水道の蛇口を、重曹と雑巾でこすり、汚れを落としていく。
「……いいぞ、調べたとおりだ」獅子堂の言葉通り、汚れが落ちていく。数分後には、蛇口は銀色の輝きを取り戻した。
「では、こちらは談話室の床を掃除いたします」
ヘルマンもまた、フェルトの床敷の汚れに取り掛かった。専用の洗剤液を溶かした水、それを雑巾に含ませ、ぽん、ぽんっと叩くように、汚れを浮き出させ、消していく。
根気よく、穏やかに繰り返された作業の結果、ほとんど見てわからないほどに汚れが薄くなった。さらにそれを、清水で汚れをふき取り、最後には乾いた布でふき取る。
結果……。フェルトの敷布の汚れは、すっかりなくなっていた。
「な……マジかよ」
「チクショー……やるじゃねえかヨォ……」
制限時間が過ぎ、勝負の判定。ヒロシとトオルは、二人の掃除に……獅子堂とヘルマンの手際の良さと、染み落としの技術、その結果。全てに舌を巻いていた。
「では、次は私たちが」
リリアードとマリア。二人の美少女が進み出た。
●二番勝負!「教室掃除対決」!
校舎の、教室内を掃除!
リリアードとマリアに対するは、清掃部・毒島、美化部・中須藤!
「やべーっす、超ピンチっす」ハンディクリーナーを手にした中須藤は、始まる前から慌てている。
「……けっ、この勝負にKAKUGO(覚悟)決めるぜ。マジによー」自分専用のホウキを手にした毒島が格好をつけるものの、その足は震えていた。
しかし……それとは別に、リリアードとマリアの少女二人にも問題が。
「マリア……戦いの前に告げておくことがあるわ」
窓から入る日光、それを背中に受け、逆光の中……自信たっぷりに言葉を述べた。
「リリィ、何かしら?」
尋ねるマリアへと、彼女は告げた。
「私、掃除が大の苦手よ」
「…………そうなの。それはちょっと困ったわねえ」
マリアの口調に、臆した様子はない。
「ええ。けれど、部屋は綺麗なのよ? 苦手だから要領は悪いけれど、綺麗な部屋が好きだもの」
「ならば、問題は無いでしょうね」と、マリア。
「大丈夫。その心意気と、二人での協力があれば……問題はないわ」
足音を消しつつ軽やかに走るその様子は、さながらしなやかに闇夜を駆ける猫。サイレントウォークにて、マリアとリリアードは足音を立てず、軽やかに美しく……掃除を行っていた。
教室内の机と椅子は、二人でバケツリレー方式で廊下に運び出す。
続き、マリアは天井とカーテンレール、カーテンも長ホウキでススを払っていた。そうして床に埃やススを落とした後……マリアは濡らした新聞紙を、細かくちぎり撒く。
「マリア、それは?」
窓を拭いているリリアードに訪ねられ、ホウキで掃きつつマリアは答えた。
「こうすると、埃が立たないんですって」
「まあ、こないだ学校新聞の、『おばあちゃんの知恵』って記事で、似たような内容を目にしましたわ」
「ふふ、年配者の知恵は何年経っても役に立つものよ」
リリアードが、鼻歌とともに窓ガラスを拭いていく。それを聞きながら掃き掃除を終え、マリアは床拭きとワックスがけに取り掛かった。
モップをかけると、汚れが更に落ちて、教室自体が更に輝きを増していくよう。そのあとのワックスがけが、その輝きと美しさをより引き立てていく。
やがて……机と椅子とを戻し、カーテンに香りミストをかけて、教室の掃除は完了した。
「……やべーっす、超見直したっスよ」
いつの間にか中須藤と毒島が、掃除機を手にしつつのぞき込んでいた。
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ」
「へっ、オレのHISAKU(秘策)は、茶殻をまくんだぜー。マジによー」得意げな毒島が、手にした茶筒を誇らしげに見せつけた。
「まあ、素敵。きっともっと色々知ってらっしゃるんでしょうね」
「やべーっす。超知ってるッス。例えばおれの掃除機、超細かい埃やスス取りてえ時には、ノズルにこう……ストロー突っ込んで、おれ流超隙間ノズルを作るッスよ」
得意げに掃除機を掲げ、中須藤が自身の知恵を披露した。
「オレのURAWAZA(裏ワザ)としてはよー、おがくずも役立つんだぜー、マジによー」
負けじと、毒島も己の掃除豆知識披露を。
そんな事をやっているうち時間切れ、二回戦も彼らの負け。。
「良い勝負でしたわ」
「やべーっす。あんた超イケてるッス。また一緒に掃除デートどうすかッス」
「チクショー、マジHAIBOKU(敗北)だぜー。また勝負しようぜー。マジによー」
「はい。その時を楽しみにしてますわ」
が、敗者二名はなぜか嬉しそう。
「てめーら! 後で裏庭か屋上だ! ……最後は俺と……」
「このオレがヨォ、直々に勝負してやるゼェ?」
銀二と金太とが立ち上がり、それに対抗するように、愁也と橘とが立ち上がり、対峙した。
●三番勝負!「便所掃除対決」!
便所掃除対決! 愁也、橘、vs銀二、金太!
「いくぜ、エージェントT」
「おう。わしの名はT。ターゲット(汚れ)の始末は……任せるがいいの!」
渇!……と、目を見開き、二人は目前の便所掃除へと取り掛かった!
トマトのエプロンにゴム手袋姿、頭にはイチゴの髪飾りで決めている愁也。
それとともに、橘は黒のグラサンとスーツ姿。それらの上から割烹着と頭に三角巾をつけ、手にはゴム手袋。
なぜか、見ている仲間や清掃・美化部員たちから残念に見られているように感じるが、二人は無理やりそれを気のせいと思うことにした。
便所は、学内の誰もが必ず使い、そして必ず汚し汚れる場所。だからこそ、掃除のし甲斐があるというもの。
「オラオラッ! 掃除上等! 来やがれ汚れ!」
愁也のデッキブラシと洗剤の泡立ちが、便所内の汚れと言う名の闇を払拭する。
「愁也殿! 危ない!」
闇の翼を顕現させ、愁也へと飛び散った汚れを防ぐ橘。
「モップは終わった! 雑巾!」
「はっ!」
橘から雑巾がトス。それを受けとり、便器やその周辺を洗剤で落としていく。
「たわし!」
「ほいっ!」
長柄付たわしで、黄ばんだ便器内をごしごしこする愁也。
「……ちっ、こんなとこにガムの噛みカス捨ててやがる!」
「任せられよ!……くっ、なかなかしぶといの……!」
固まったガムは、非常に取りにくい。
「……ふっ、どうやら……お遊びはここまでか」
ゆらり……と、笑みを浮かべ、橘は立ち上がった。
「わしも、本気と書いてマジと読む日が来たようだの」
などと意味不明な言葉をもらしつつ、彼は身構え……ターゲットに襲撃した!(注:汚れ落としに取り掛かった)
「おー……立花さんは、丁寧な仕事するね」
その様子を見て、愁也は感心し、負けじと新たな汚れへと突撃!
足りないトイレットペーパーは補充し、破損した部分は修復。清掃用具入れは整頓。
マリン系、海の潮の香りが漂う芳香剤を最後に設置し……戦いは、終わった。
「……マジかヨォ……」
「……信じらんねえ。俺には……ここまで完璧な便所掃除はできねえ……完敗だ……」
三番勝負。金太と銀二が愁也と橘の掃除したトイレへと赴くと、彼らはその結果に感嘆し、感動し、自ら負けを認めたのだった。
「金太さん!」
「銀二さん!」
がっくり肩を落とす両者。だが……獅子堂が放った言葉に、彼らは頭を上げた。
「……スマホで撮った動画、見たぜ。二人とも、手を取りあい掃除に励んでるじゃないか。美しい光景だな」
「え?」
「掃除も人生も十人十色。互いを認め合い、より高みへ登るのも悪くないだろ?」
「ああ。さすが縄張りにしてるだけあって、キレイなのはキレイなんだよなあ……」
愁也も、その言葉に同意する。
「でもさ、『キレイにしなきゃ』が先行して、快適に使ってもらうって気持ち、忘れてねえかな。便利道具は電源がなきゃ使えないし、根性だけじゃ落ちない汚れもやっぱりあるし。互いに良いとこ補いあえば、もっと掃除が面白くなると思うぜ?」
「補い、あう……?」
「俺と、こいつとが……」
「そうです。掃除に対する情熱は本物みたいですもの、争う無駄な時間も『掃除』してしまったらいいじゃないのかしら」
それに……と、リリアードは言葉を付け加えた。
「私、綺麗好きで心の広い男性って素敵だと思うわ」
「私も、そう思います。協力すればもっと楽しく、きれいになるわよ。ね?」
そう言ったマリアに続き、橘もうなずいた。
「実はわしそんなに掃除が得意ではないの。でも今日は凄く頑張れたであるよ! それはマリア殿やリリアード殿の言うように、皆で楽しく掃除ができたから。おぬしらも喧嘩するより、一緒に楽しく掃除した方が良いとおもわんかの?」
「ええ。お二方……銀二様に金太様の掃除に対する姿勢は見事ですが、ただ一つ、欠けている点があります」
ヘルマンが、静かに告げる。
「掃除はただ汚れをとって、綺麗にすれば良いというものではございません。長く使うものであればなおの事、素材への影響を熟知し、長い年月を閲してなお『美しく』保つことが肝要でございます、宝飾然り、家具然り、家屋然り」
一息ついで、言葉を続ける。
「そして……大切なのは『汚れを取り除く』ではなく『物を美しく保つ』事への知識と情熱。それがプロというものです。お二人には、確実にその素質がある。それを伸ばすか否かは……あなた方の心がけ次第と存じます」
ヘルマンの言葉を聞き、しばし沈黙。
そして、金太は銀二へと、手を差し出した。
「……ま、テメェの掃除の根性は、認めてやるヨォ」
「……お前もな。考えてみりゃ、お前と俺とで、掃除天下を取るのも悪くはねえ」
金太の手を、銀二は力強く握り返した。
「……銀二さん!俺らも、銀二さんについていきます!」
「金太さん! オレたちも、一緒ッスよ!」
清掃部に美化部。両者もまた、同じように沸き立った。
「……なんかヨォ、掃除を改めて学んだって感じだゼェ……ありがとよ、オメーら」
「ああ。掃除の神髄ってのを学べた気がする。礼を言うぜ」
撃退士たちへ礼を述べ……彼らは雄叫びを上げた。
「よし! 景気づけに、もうひと掃除だ! 校舎内の掃除し残したところをシメるぜ!」
「オレらも行くぜ! この校舎を隅から隅まできれいにしてやろうゼェ!……丁寧にな!」
オオーッ! と声の限り叫び、彼らは校舎へと向かう。
「おいらたちも行こうぜ! なんだか掃除したりないぞ!」
獅子堂ら撃退士たちもまた、彼らに続いた。
「コツを教えてもらえないかしら?」
「イイッスよ。オレが」「何言ってるんだ。俺様が教えるぜ!」「いや、おれがまずは……」
「あらあら、リリィったらモテモテね。それにしても金太さん。このスチームモップって便利ですのね」
「そうだろマリア! これは水と高熱だけで殺菌できるからヨォ、洗剤でかぶれたりもネェんだゼェ!」
「銀二。こんな大量の雑巾はどっから手に入れたんだ?」
「ああ月居、これは俺の手縫いだ。ボロ布を集めて、一つひとつじっくり手作業で縫い上げるんだ」
「すごいの。ところで、すごいといえばおぬしらの服装だが、どこで売ってるのかの?」
「まあ、色々なとこからだ。橘」
再び、校舎内に活気が。
ヘルマンはその様子を見て、微笑みつつ……静かに呟いた。
「彼らが、より誇りをもって、清掃できるように……」