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マスター:西安
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/28


みんなの思い出



オープニング

 午前二時。
 暗闇に覆われた丑三つ時の店内に仄かな明かりをもたらしているのは、ただ二つの光源。
 一つ目は壁に備え付けられ、仄かな赤光を浮かび上がらせる非常灯。
 そしてもう一つは時折ふらふらと揺れる旧式の懐中電灯だ。
 コツンコツンという足音がリノリウムの床材を叩き、あたりの静寂を一層深淵なものへと変えていく。
 この街最大の商店街に位置する、この街最大の宝石商――「凛光」。
「……ったく、バカバカしい」
 筋骨隆々のたくましい体躯をした警備員の男は帽子の縁に手を遣り、怠惰そうに呟いた。
 ここ最近、「凛光」では宝石の窃盗事件が相次いでいた。とは言え、それは一言で「窃盗事件」と言い表せるほど単純明快な代物ではない。
 犯人は正体不明。それどころか、侵入経路や窃盗の手口でさえも分からないのだ。
『ガラスケースの中にあったはずの宝石が、ごっそりなくなっていた』
 以前ここに勤めていた年配の警備員はそう話した。
 あの爺さんはきっとボケてたに違いない。
 男はその話をハナから信じていなかったが、警備をする上で犯人の正体が全く分からないというのは少し不安だった。
 二階フロアの巡回を終え、残るは事件の頻発していた三階のフロアのみである。
 一月も中旬に差し掛かってきた今日、暖房設備の電源が落ちた店内は、警備服だけでは薄ら寒い。階段を上りながら、男は何度もわざとらしく息を吐いた。吐息は白く濁っては宙空へと消え、あたりの気温の低さをあからさまに表現する。
 男の懐中電灯の明かりがキラリと光る一物を捉えたのは、彼がちょうど階段を上り終えたときだった。
「――!?」
 慌てて光の照準を合わせる。
 ダイヤモンドのリング、パールのネックレス、ターコイズのペンダント。
 鮮やかな宝石の数々が無傷のガラスケースから宙空へと浮かび上がり、消えていく。その近くにはルビーかガーネットか、幾つもの赤銅色の輝きを模した大粒の宝石が舞っていて――
 ――いや、違う。
 全て、動物の瞳孔である。不純な赤い目。
「だ、誰だッ!」
 返事はない。
 代わりに、血走った眼光が一斉に警備員の男を捉えた。バサバサという翼のはためきに続き、幾つかのけたたましい鳴き声がフロア中に響き渡った。
 依然として、相手の姿は一向に見えない。
「クソッ!」
 若干冷静さを失った頭で、男は無用の長物と化した懐中電灯を投げ捨てた。腰に差した警棒を引き抜き、相手方の元へと突っ込んでいく。
 浮かび上がる赤銅の瞳の一つを狙い、渾身の力で警棒を振るった。
 しかし、手応えはない。何度もそれを繰り返すが、結果は変わらなかった。
 額に汗が滲み始めた頃になって、男は初めて、この奇怪な宝石泥棒たちに恐怖を覚えた。
 今一度、甲高い鳥の嘶きが轟く。
 男の視界が一瞬真っ赤に染まったのは、その数秒後のことだった。
「あがああああアァッ!」
 脳を劈くような激しい痛みに、男は悲鳴を上げながら床に倒れ込んだ。両耳から漏れ出る生暖かい感触が手首まで伝い、男は更に絶叫した。
 けれども、その声は永久に男の耳には届かない。
 狂ったように叫び続ける男の隣で、床に転がった懐中電灯が中身の単三電池を淋しげに露呈していた。



「キミは宝石に興味があるんだっけ?」
 久遠ヶ原学園、依頼斡旋所。事務員風のスーツをまとった男はデスクで書類整理を続けながら、そんな風に切り出した。
「いえ、別に。くれるんですか?」
「あげないよ。ただ聞いてみただけ」
 なんですかそれ、と不満気な声を上げるのは、男の隣で回転椅子に座る少女。室内だというのに水色のスポーツサンバイザーを装着し、無駄にサイズの大きな白衣をまとった彼女は、とても斡旋所の事務員には見えない。
「――連続宝石窃盗事件。これが、今回の事件の概要だ」
 事務員の男は、少女に右上がホチキスで止められたB5版の資料を手渡す。少女は資料を受け取るやいなや、急に眉をひそめた。
「……天魔の仕業、ですか」
「下級悪魔、きっとディアボロによる仕業だろう。宝石が目的ってこともあるし、背後で変な嗜好を持った悪魔が糸を引いてるって可能性も否めない」
「なるほど。近隣でゲートの目撃情報は上がってるとかは?」
「いや、今のところは報告されてない。あくまでも可能性だよ。ただ、余計な騒ぎを起こさず目的だけを果たして逃げている点を鑑みるに、高い計画性を持った犯行とも言える」
「撃退士の登場を嫌ったってことですか?」
「いや、相手は仮にも天魔だ。いくら低俗とは言え、人間を恐れるような性質は持っていないだろう」
「ふむ、相手さんは頭が良いんですね。ホント、撃退士の人たちもご苦労様です」
「おいおい、他人事みたいに言わないでくれよ。キミを呼んだ理由はちゃんとあるんだから」
 男はそこで一度言葉を切り、デスクの引き出しから一枚のビニル袋を取り出した。中には分厚くて黒い、鳥の羽根のようなものが入っている。
「これは?」
「今回現場に落ちていた代物さ。恐らくは、犯人であるディアボロのものだろう」
「相手さんは鳥ですか」
「だろうね。ともかく、この羽根が犯人確保――もとい、討伐に重要な鍵となるのは間違いないだろう。……その、最後のページを見てくれ」
 白衣の少女は言われるままにB5の資料を捲った。
 男は続ける。
「ディアボロは透過能力を保持しており、知能も高いと推定出来る。その上、宝石店の警備員によると『姿が見えない』と言うんだよ」
「……それで、その羽根を調べろ、と」
「話が早くて助かる。これまでにも透明な天魔の報告は随分と上がってるが、そういう証拠物件が残るケースはあまり多くない」
「はあ。……あ、でも、期待しないで下さいよ? 一応解析だけはしてみますけど、まず透明になる仕組みまでは……」
「分かってるさ。ともかく、頼んだよ」
 少女はまだ何か言いたげな表情を浮かべていたが、証拠品の羽根を受け取ると、すぐに白衣を翻して斡旋所を後にした。取り残された男は再びデスクに向かい、崩れ始めた書類の山の処理を再開する。
「……見えない相手に耳をやられた、か。案外、大変な仕事になるかもしれないな」
 ふと小さな呟きが、男の口から漏れた。


リプレイ本文


 強盗事件が相次ぐ“いわくつきの”宝石商、『凛光』。
 その三階フロアでは、数人の人物が何やら作業に勤しんでいた。じっと作業に集中する彼らの横で、ガラスケースの中の宝石がフロアに差し込んできた斜陽を反射している。
 ――否、そのほとんどが貴石の真価を輝かせてはいなかった。強盗犯をおびき寄せるためのダミー、即ち、彼らが事前にすり替えておいたガラス玉である。
 久遠ヶ原学園、撃退士。今回依頼を請け負った数人の若武者たちは、強盗犯確保のための事前準備に追われていた。
「こっちは終わったぜ。そっちはどうだ、楯、片瀬」
 その中でも一際上背のある人物――黒田京也が、立ち上がりながら言う。その声は彼の隆々とした体躯に相応しく、学生という立場には不相応なほどに貫禄を孕んでいた。
「もう少しです。後はここに鈴を吊るすだけ、っと」
「こっちも終了。……ちゃんと機能してくれるといいけど」
 京也の声に返事をしたのは、それぞれ楯、片瀬と呼ばれた男子生徒たち。楯清十郎、片瀬集というのが彼らのフルネームだ。
「にしても、案外デカい店だな。罠仕掛けるのも一苦労だぜ」
「確かに面倒くさかった」
「でも、本当に大変なのはこれからですよ。なにせ敵は……」
「姿が見えない、って話でしたもんね」
 未だ罠の設置作業を続けながら、天羽伊都が会話に割り込む。ケースの中のガラス玉に糸を括りつけて、彼もまたうんと伸びをして立ち上がった。
「よーし、完成。そういえば、落月さんたちはどうしたんです?」
「落月たちか? さあ、しばらく見てないな」
「僕も。どうも女性陣だけで出かけたみたいだけど、行き先までは」
 京也と清十郎が首を傾げる。天羽の視線に気付いたのか、集も黙って首を横に振った。
「もしかして、他の方の行き先ですか?」
 ふと、一層幼気な声がフロアの奥から響いた。工具を片手にトテトテと駆けてきたのは、他の四人と比べても随分と背丈の低い少年、楊礼信だ。
「楊くん、皆がどこ行ったか知ってるの?」
「はい。稲葉さんと落月さんとヘルマさんですね。買い出しと事前調査に行くって、稲葉さんが仰ってました」
「買い出しって、小麦粉とか耳栓とかって奴か?」
「あ、商店街の見回りがてらに他のものも買ってくると聞きましたよ」
「……俺たちに比べると、仕事は随分楽そうだね」
 集の呟きに、その場の全員が頷いた。
 と、ちょうどそのとき。
「ただいまー」
「ただいま帰りましたぁ」
「……びんうぃーだーだ」
 頃合いを見計らったかのように入室してきたのは、件の女三人衆。各々重たそうな荷物を抱えていて、それでも額に汗一つかいていないのは撃退士である所以だろう。
「これが小麦粉と石灰ね」
 先頭を切って、稲葉奈津が買い物袋を近くのカウンターに乗せた。
「ちゃーんと消火器も借りてきましたよ〜」
「……耳栓も、買って、きた。あと、カラースプレーも」
 それに続いて落月咲とヘルマ・バイルシュミットの両名が手持ちの品物をカウンターに積み上げたところで、一つ、清十郎の咳払いが入った。
「えーと、こんなに沢山必要だったっけ。モノって」
「必要ですよぉ。そもそも、買い出しは皆さんの意見をまとめた結果じゃないですかぁ」
「そうそう。備えあれば何とやらって奴だよ」
 いつの間にか隣に移動していた伊都が、不満気に頬を膨らませる咲の肩を持った。前回に引き続いて同行していたこともあるのか、他に比べて親しげである。
「にしても凄い量だな。……ちょっとばかり雑多としすぎじゃねえか?」
「手段は色々あるに越したことはないと思う」
「まあ構わねえけどな。それで、調査の方の収穫はあったのか?」
「え? あ、うーん。前の警備員さんがシロだってことは分かったけど、それ以外は特になし。それと、片瀬くんに頼まれてたスプリンクラーの使用許可、オッケーだってさ」
 せわしなく荷物の整理を続けながら、奈津が答えた。
「ちなみに商店街の方には、何の異常もありませんでしたよ〜? 天魔のゲート反応も、報告通り確認出来ませんでしたぁ」
「要するに、当面の敵は透明の鳥野郎に絞られるってことだな」
「それにしても姿が見えない敵というのは厄介です。……僕も出来る限りの仕事が出来るよう、頑張ります」
「何度も同じ店に盗みに来るなんて、よっぽど甘く見られてるってことですよね」
「まあ、何の理由もなく狙うとは思えないけど」
「……泥棒は、メッ……」
 各々が率直な感想を述べていく。
 敵は正体不明の鳥型ディアボロ。
 備えあれば、という伊都の言葉は存外重要な意味を持つのかもしれない。
「――それじゃ、これで仕上げですね」
 罠の設置も、荷物の整理も完全に終わり、首尾の打ち合わせも無事終了。まさに準備万端といったところで、清十郎が一同に声をかけた。
 彼が徐ろにウェストバッグから取り出したのは、白銀の宝珠を埋めた指輪。ダイヤモンド――その中でも、安価な宝飾品として利用されているジルコニアの指輪である。
 他の皆々、特に女性陣の注目が一重に集まる中、その指輪を罠の近くに置き、振り返って言う。
「これなら、人の目にも囮としては充分でしょう」
 場が適度な緊張感に包まれ、遂に作戦が始まった。



 夜。静まり返った宝石商の三階フロアで、撃退士たちは各々の場所で息を潜めていた。
 最初にして最大の目的は、ディアボロの可視化。敵の気配を感じ取るだけであれば礼信の生命探知能力に任せれば済むだろうが、戦闘ともなれば話は別だ。
「……ジーっと待つのはつまらないですねぇ」
 戯けたように聞こえる咲の呟きですら、微かな緊張を孕んでいる。役割は違えど、全員が天魔の襲来に気を巡らせていることは誰もが分かっていた。
「――来ました」
 場の空気が更に固まったのは、索敵を続けていた礼信の右手がふいに挙がった瞬間だった。事前に決めておいたハンドサイン――敵がフロアに侵入したときの合図だ。
 合図を確認し、壁際で咲と集が阻霊符を取り出す。伊都と奈津も改めてナイトビジョンを装着した後、臨戦の構えを取った。
 罠を仕掛けたガラスケースの方、ちょうど清十郎がジルコニアの指輪を設置したあたりから物音が聞こえてくる。姿形は見えないが、恐らく天魔の仕業だろう。
 しばらくの間、フロアには窒息しそうなほどに重たい空気が漂った。
 そして、刹那の後。
 チリン、という軽くも大きな鈴の音が鳴り響いた。
「阻霊符、展開」
 全員分の阻霊符が一瞬で張り巡らされ、フロアは天魔にとっても無視出来ない檻と化した。それを合図に、集が入口付近のパネル操作で電気を点けた。
 更にはスプリンクラーが水を吹き、明るくなった室内全体に霧雨を撒き散らしていく。
 我慢し切れなくなったのか、天魔は一つ嫌がるような嘶きを上げた。
 ――これで、場所は充分特定出来る。
「ほらよっ! まずはこれでも食らってな!」
 ガラスケースの陰から飛び出した京也が渾身の力でタオルケットを振るい、それに続いて清十郎が消火器のノズルを噴射した。中に詰められた大量の粉末が散布され、宙空に朧気なディアボロの輪郭が浮かび上がっていく。
 しかし、その時間は長く続かなかった。輪郭だけの天魔は信じられないような速度で羽根をはばたかせ、身体に付着した粉を落としていく。
「キュィエエエエエエエ!!」
 そして、幾つもの鋭い咆哮。その場の撃退士たちは皆思わず耳を抑えた。耳栓のおかげで助かったものの、敵方の喉元からは相当強い音波が出ているらしい。響音が高まるにつれて天井の照明が次々と割れてゆき、フロアには先と同じ暗闇が蘇った。
「――」
 が、そのとき。傍らで控えていた礼信の身体が突然煌めいた。目眩ましのような突然の出来事に、ディアボロの輪郭がフラリと情緒を失う。
「稲葉さん、今です!」
 礼信の掛け声に呼応して、奈津が飛び上がった。数本のカラースプレーを、怯み惑う敵たちに向けて次々に噴射していく。
「これで一丁上がり、っと!」
 流石にこれは振り落とすことも出来ない。不可視の天魔は、見事に鮮やかな色調で彩られた。
「楊も稲葉も、意外と良い仕事するね」
「買い出しにもちゃーんと意味があった訳だ――光纏」
 待機していた集と伊都が、同時のタイミングで光纏に入った。漆黒の業火で包まれていく集に同じく、伊都が身につけている装備も次第に暗黒色に染まっていく。
 双槍の “陰陽魔術師”に、祓邪の“黒獅子”。
「ふふふ〜、ウチらも負けてられないですねぇ」
 一方で、咲も光纏を済ませていた。身の丈に合わない大鎌を携えて不敵に笑うその姿は、まるで最上級の天魔を思わせる出で立ちである。
「…………頑張る」
 その隣で鋭く鉈を構える独国生の少女。撃退士として初めて天魔との接触を図るべき彼女の瞳に、物怖じは全く見られなかった。



「キュィエエエエエエエエエ!!」
 再三の咆哮と、高速で繰り出される連撃。
 天魔の鋭い攻撃を盾で受け流しながら、清十郎は反撃の機会を伺っていた。光纏を済ませた彼の身体の周囲には鮮緑色の光と共に、小さな結晶が浮遊している。
 これまで結構な外傷を浴びてしまったから、そろそろ退いた方が良いかもしれない。
「――さて、今度はこっちの番だよね」
 天魔が見せた一瞬の隙を狙い、両手で極細の武器を構える。
 そして、刹那。正確に撃ち抜かれた槍撃によって、天魔の右翼はあっさりと千切れた。醜い叫び声が木霊し、それに他のディアボロたちが共鳴する。
「……後は、任せて」
「分かった、頼んだよ」
 応援に駆けつけたヘルマに敵方を預け、清十郎は一旦戦線から下がった。
「……兜割り、とう……」
 緩い掛け声ではあったが、ヘルマの繰り出す鉈の一撃は随分と重たかった。ただでさえ右翼を失って不安定となっていたディアボロに、脳天を思い切り打たれて生き延びる術はない。
 ドサッという鈍い音を立てて、天魔の身体が床に叩きつけられる。
「……倒した」
 それが、一瞬の油断。
「――ヘルマちゃん、危ない!」
 背中側から襲いかかってくるもう一体の天魔。素早い鉤爪の斬撃に、ヘルマは完全に不意を突かれた。
「……う……失敗」
「大丈夫ですか!? 今、治療を――」
 傷を負ったヘルマの元へ、礼信が駆けつけようとする。しかし、宙空で睨みを利かせる敵の前を無防備に突っ切ることは出来そうもなかった。
「ここは任せて。――太極烙印第二種術式<束縛ノ茨>」
 集が黒色の霊符を放つと、宙には巨大な太極図が生じた。その陰陽魚から生じる茨が、天魔を絡めとるようにして覆っていく。
「ヘルマさんの仇、討たせてもらうよっ!」
 集の術式によって天魔が石化状態になるや、神速の“黒獅子”と化した伊都が大剣で天魔の喉元を一息に突き通した。ズブリ、という生々しい感触。地に落ちた亡骸には、鳥型ディアボロとしての姿は跡形もなかった。
 次々と倒されていく仲間たちの姿を見て、残りのディアボロたちは脱出を試みた。しかしながら、阻霊符の効果はフロア中に留まっている。
「おっと、逃げようったってそうはさせねぇぜ?」
「しっかり見えちゃえばこっちのもんよね。覚悟しなさい」
 彼らの行動に勘付いていたのか、京也と奈津が逃げ出そうとする天魔の前に立ち塞がった。京也が黒光りする拳銃を懐から取り出し、二、三発威嚇射撃を行ったのに続き、奈津も負けじと短剣を振るってみせる。
 戦意を失ってはいなかったのか、ディアボロたちは再び大きく咆哮を上げた。
「ふふふ〜。さてさて、悪い子にはお仕置きですよぅ?」
 けれども、その背後では大鎌を持った咲が仁王立ちしていた。既に反り返った鎌の刃元にはドス黒い血糊がべっとりと付着している。
「――石火」
 一閃。有無を言わさず咲の大鎌はまとめて切り刻んだ。何度も何度も、狂気の沙汰と言わんばかりの連撃を加えていく。
 息絶えず鉤爪での反撃を狙うディアボロも数少なく残っていたが、奈津が咄嗟の判断で盾での防御を繰り返した。
「悪く思うなよ、来世はウチに入れるようなタマになることだな」
 その間に京也の銃撃が致命傷を与えていくのだから、彼らの勝ち目はないに等しい。
 それから、どれくらいの時間が経ったことだろう。
「後は、あの大きい一体だけです!」
 ヘルマの治療を終えた礼信が、大きく声を上げた。確かに他のものより一回り大きな鳥型ディアボロが、窓ガラスへ向けて飛行していく。
「させるかっ!」
「逃さないっての!」
 神速化した伊都と奈津が一足早く窓ガラスを背にディアボロと対峙した。
「ギュェォエエエエエエエ!!」
 今度の叫声は、他のものよりもよほど酷かった。どれだけ耳栓を押さえつけても、耳奥には痛みが走る。
「……くっ、ようやく真打ち登場ってか?」
「ウチ、斬り過ぎてそろそろ疲れてきましたよぉ……」
「…………限界」
 音響は更に酷くなり、遂には宝石商のビルを揺るがすほどの騒音と成り果てた。先ほどまで動き回っていた撃退士の面々が、次々と膝をついていく。
 唯一その場に立っていたのは、ようやく戦線に復帰したばかりの男だった。
「――はあああっ……!」
 刃の切っ先の照準を合わせ、力を振り絞って飛び上がる。
「――破暁。突き抜けろ! ブレイク・ドーン!!」
 突き出された一撃は、まるで闇夜を切り裂く一条の陽光。
 風を切るような音と、断末魔の声がフロア中に轟き渡った。



「皆さん、お疲れ様でした」
 ベストを着た事務員風の男は、疲弊し切った八人の撃退士たちへ労いの言葉をかけた。
 場所は返って、久遠ヶ原学園依頼斡旋所――休憩室。
「どうでしたか? 依頼の首尾は」
「まずまずってとこ。店の中は大分荒らしたけど、俺は悪くなかったと思う」
「僕も同意見です。少しはお役に立てたようですし」
「そうだね。僕も満足。自分的には結構活躍出来たと思うし」
 集と礼信、伊都の三人が互いに頷き合う。
「まぁ、最後は楯さんに全部持ってかれちゃいましたけどねぇ?」
「う……何だか申し訳ないです」
 これにはたまらず全員が吹き出した。事件解決後の、平和な一時である。
「……私は……宝石、眺められたから……良い」
「そうね。私もかなあ。そういえば、黒田さん、帰りは何してたんですか?」
「ん? ああ、カミさんへの土産だ。アイツもああ見えてなかなかの目利きだからな」
 少しそっぽを向きながら、京也が答えた。
「そうそう。宝石といえば」
 事務員風の男は手を叩いて、思い出したように近くに置いてあった紙袋を取り出した。
「『凛光』の社長さんから、貴方たちに追加報酬だそうですよ。『こちらの勝手な要求に従って戦ってくれた誠実さに』と」
 それぞれの目の前に置かれた毛皮で覆われた四角い箱。八人の撃退士たちは顔を見合わせ、各々の箱を開いた。
 琥珀、月光石、エメラルド、水晶、ルビー、黒曜石、ダイヤモンド、トパーズ。
 加工されていない原石だから、石の価値としてはそれほど高価なものではないのかもしれない。
 しかしそれらは、彼らがまた一つ撃退士として成長した証でもあった。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
月の雫を護りし六枚桜・
黒田 京也(jb2030)

卒業 男 ディバインナイト
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
闇を解き放つ者・
楊 礼信(jb3855)

中等部3年4組 男 アストラルヴァンガード
微笑む死神・
落月 咲(jb3943)

大学部4年325組 女 阿修羅
焦錬せし器・
片瀬 集(jb3954)

卒業 男 陰陽師
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
撃退士・
Helma・Beilschmit(jb8426)

大学部2年145組 女 鬼道忍軍