●枯れ果てたその先に
一人、その場所を目指し歩く。
歩く、歩く、歩く……その先にある未来は死だけだというのに、その表情はどこか笑みを浮かべていて。
一人、その場所を目指して歩いていく。
●未来を紡いで
駆ける駆ける、未来を紡ぐために撃退士達が駆けあがっていく。
その思いは一つ。
助けたい、それが突き動かす力となる。
「おうおう! 危ないなぁ……やんちゃしちゃだめなー?」
今まさに、ヤマネコがおばあさんに飛びかかろうとした瞬間だった。
笑みすら浮かべていたおばあさんの間に割り込む影。大狗 のとう(
ja3056)だ!
「………ぇ?」
これを戦う相手と定め、花神 桜(
jb5407)が壁になるように動く。合わせて動くはウィズレー・ブルー(
jb2685)。命はたった一つ、無駄な時間等ありはしないとその瞳に決意をみなぎらせる。
同じく立ちふさがったマーシー(
jb2391)が桜の木の陰に隠れていたが、少し見えた尻尾を見逃さない。
「敵数は、情報通り2です。あそこの木の陰に1匹いますよー」
翼を顕現し、空の上から偵察をしていた蒸姫 ギア(
jb4049)が守るように前にでた。
「数は確かに2体だ」
まだ茫然としたままだったおばあさんが、はっとしたように前にでようとする。今、まさに自分の願いが叶うはずだったのに……。思いはそれだけで、でもその思いはここに居る6人同様とても強いものだ。
「下がってください!」
「いやよ、私が、私の、願いが……!」
鳳 静矢(
ja3856)を押しのけようと、その皺だらけの指先を伸ばす。ギアがそのまま抱きかかえようとするが暴れるおばあさん。その暗い決意はなによりも強いのだろう。
「あっちに行っちゃ駄目だ……何かを取りに行きたいとか、他の理由があるのか分からないけど、今行くなら、ちゃんとギアに訳を話して」
「私は、死にたいの、お願い、貴方達の邪魔はしないわ……っ!」
「そういうわけにはいかない!」
このままでは突破されそうだとおばあさんを威圧するオーラを放つ。それに、おばあさんが流石にへたり込んだ。少々手荒い真似をしてしまったがしょうがないだろう。
「致し方ない……申し訳ない。だがしかし落ち着いてくれ」
「…………」
無言で座りこんだおばあさんに、ギアが問いかける。その声音は、どこか優しい。
「本当におばあさんは一人? 何かがあったら、こうして心配してくれる人もいる、生きてるから出来る事も沢山ある……それに何より、子供さんと旦那さんだってこんな事喜ばないよ……」
「私は、私は………」
ふるふると首を振った。
おばあさんを守ってくれる味方が居る……それを信じて、ただ攻撃に集中する4人。
後ろは振り向かなくても、大丈夫。必ず守り通してくれるから。
だからこそ!
「貴方達に恨みはありません。ですが、いまだ未熟なれど人を守護する者として、その命は刈り取らせてもらいます」
獣は足が速い。そのためあえて動かず剣を構えた桜がふっと動いた。剣が曲線を描き、足を的確に狙う。それはきちんと体系立てて学んだ綺麗な太刀筋だった。
力よりも技、心を静め敵壊滅に努める。
その上に飛び出たのはのとうだ。強烈な一撃をその胴体に叩き込む! ウィズレーがじっと前を見すえる。氷の刃が風を切り、そのまま木の陰から飛び出してきたヤマネコに当たった。皆の補助を……その願いから、常に注意を怠っていなかったからこそできたことであろう。
「絶対に、護ってみせます」
おばあさんも、仲間も、全員を。ウィズレーの決意は固い。マーシーが合わせるように周囲の桜を傷つけぬように注意しながら、今まさに桜に襲いかかろうとしたヤマネコに射撃を当てる。
「そのどてっ腹、風穴開けてやりますよ!」
それは胴に炸裂し、態勢を崩したことにより桜が容易に避けることができた。
「先にはいかせません!」
「まだまだなのな!」
2人の攻撃が胴体に炸裂し、そして、その後ろからウィズレーとマーシーの攻撃があたる。
大きくヤマネコの体が揺れた。それに焦ったのか噛みつこうと大きく口を開いた。
「そんな臭そうな口、僕の仲間に向けないでくださいよ」
攻撃が当たる。そして。
「命は一つしかないのです……」
だからこそ、今力を合わせる。
4人を信用しているから、2人は武器を構えながらもおばあさんを守ることに集中できる。
「貴方を、死なせたくなくて……皆力を合わせて居るんです」
「ギアも死なせたくないって、思うよ」
ぼんやりと見詰める先で、きゃん! と悲鳴をあげてヤマネコが倒れる。
「私は………」
ぼんやりと、それだけを呟いた。
●終わらない、未来へ
「お婆様。貴方に生きていて欲しいと願うのは、わたくし達の我がままです。ですから聞かせてもらえませんか? 貴方の想いと、この場所であった想い出を」
桜がそう言って、問いかけた。それは、ここに居る全員の願い。
「何故貴方はこんな自殺志願者じみた真似を……」
すでに遺体は遠くへと運ばれている。今、ここに居るのは6人の撃退士と、死にたいと願っているおばあさんと、そして思い出のつまった桜の木たちだけである。
「ここは、私の夫と、共に……作った場所なんです」
まだここが村だった時、観光場所になればとたった二人で桜の木を植え始めたのだという。それはやがて大きな動きとなり、今こうしてみて分かる通り桜の木が咲き乱れる美しい丘となった。
なったはずだったのだけれど、と言葉を紡ぐ。
「先に、夫が亡くなりました。その時から……桜の木が一本、また一本と枯れて。そして……追うように子供……夫婦と孫が交通事故で死にました」
元々身寄りはない。それでも、まだ桜が咲いていてくれれば……。その願いも虚しく、こうやって全てが枯れ果てた。希望もなにもない。
(やはり……必要なのは生きる目的、でしょうか)
マーシーが思いを深くする。
「貴方の悲しみは解ります……私も不意の出来事で両親や知人友人を沢山失いましたから……生きているから出来る事もある、新たな触れ合いもある……どうか、命を粗末にしないでください。貴方が今も大事に想っている旦那さんや子供さん達が、貴方が亡くなる事を望んでいるとは思えませんから……」
生きてください、という願いを込めて静矢が伝える。その胸にある悲しみを乗り越えて、と切に願う。
「……それでも、私は逝きたいのです。例え怒られたとしても、いいえ、怒られていいのです、もう、私は……」
その思いは、吐露しただけでは消え去るものではない。深い悲しみは、もう心の奥底までしみついてしまったのか。
(只でさえ人間の命は短いのに、ギア理解出来ない……でも、だからこそ助けて話して、止めたい……って、べ、別に心配してるわけじゃないんだからなっ!)
ギアが話を聞きながらそんなことを思う。だがしかしその瞳はとにかく心配一色だ。のとうが話を聞き終えたあと、口を開いた。
「んー……俺ってば難しい事わかんねぇのよな!」
でも、だからこそ。
「とりあえず、最期って言うなら折角だし色々見て回るのもいいんじゃねぇかな? これだけ老木が沢山あったら……何か面白い物あるかもな。宝探しみたいだなっ」
探してみよう? 最期というのならばそうしてもいいはずだ。皆が頷けば、おばあさんが瞳を彷徨わせた。
ウィズレーがそっと手を差し出す。
「貴女が、此処に向かうのを見た方がいます。その報告が貴女を助けました」
彷徨っていたおばあさんの瞳がウィズレーをしっかりと見る。
「1人という事は無いのです。貴女を認識し、見てくれた方がいる……だから、終わるなんて寂しい事は言わないで下さい」
まだ、生きるとは、言わないけれど。それでもおばあさんは確かにその手をとった。見ず知らずの誰かが、気にかけてくれる。そして目の前に居る6人は、確かに自分を助けてくれた。
皆の願いが、思いが、確かに一歩を踏み出させる。
「さぁ探してみましょう」
桜のその一言で、本格的に探索が始まった。
一本一本下から上まで皆が見ていく。
折れ曲がった木や、まっすぐ伸びた木、枯れ果てたそれらは、それでも確かにそこに生きた証を伝える。
そっと指先を伸ばして触れたそれは、ごつごつとしていた。
(桜の木につく病気で枯死したようですね……)
同じ種類の桜ばかり植えたのだろう。一本掛ればあとは次々と掛ってしまう。マーシーはそっと瞳を伏せた。生きた桜が見つかればいい。けれど、病気に掛ってしまったのならば生きている物等あるだろうか。
だがしかし、諦めるわけにはいかない。
(きっと、あるはず……ですかねぇ……?)
ちょっと弱気になりつつも、また一本と歩き出す。
ギアや静矢も同じように一本、また一本と捜していく。手分けして探していくが、やはり本数は多い。
(きっと、あるはずです……おばあさんの生きる希望が……)
丁寧に、丁寧に。見落とさないように。その瞳に諦めと言う文字はない。
(ここの木も……ダメだ……)
けれど、諦めるわけにはいかないとギアがまた一本と歩いていく。
ウィズレーも何個目かの洞を探していた。もしも、犬か猫の子供でもいれば……そう思い丁寧に見ていく。
(きっと……)
皆の思いは一つだった。これだけの木があるのだから、未来は繋がっていくはずだ。
ふとウィズレーの耳に小さな声が届いた。はっと見上げれば、何かが居る。
(希望が、見つかりました……っ)
その頃、おばあさんはのとうと一緒に居た。
(寂しいのは悲しい。悲しいのは嫌だな。どうしたら、心に暖かな光を灯せるだろう?)
「愛しい人には一秒でも長く生きて欲しいって思うだろ。ばあちゃんも、そう思ってただろ?」
おばあさんがそれに小さく頷く。共に木に触れて暗い所にはペンライトを照らす。その仄かな光が木の隅々を照らし出した。
「それに、自分が傍にいなかった分……どんな風に生きたか、沢山土産話を聞きたいって思うんじゃないかなぁ」
そう思わない? とにかっと笑えばほんとうに小さくおばあさんが口元を緩めた。
それは、最後の一本だった。
自然皆がその場所に集まった。
「ここは……私と、夫が初めて植えた……場所ね……」
ここから始まったのだ。懐かしそうに幹に触れたおばあさんの足元を見たとき、あっと声をあげた。
それは、誰が最初だっただろうか? 分からないけれど確かにそれはあった。
小さな、小さな息吹。
丁度木の根の陰になっていて、よくもまぁ踏みつぶされなかったものだ。
「全部枯れた……そう思うのは早いみたいです」
マーシーが漸く見つけた息吹に微笑みを浮かべる。これは、きっとメッセージ。生きてほしいという願いの形。
「桜も、枯れてもなお新たに生きようとしています…この桜の様に、もう少しだけ……前を向いて生きてみませんか?」
そっと静矢が指示したその場所を見つめ、おばあさんが息を飲む。
「久しぶりに会うならとびきりの笑顔を見せようよ。もうちょっと生きて、笑い話を沢山作ろうよ、人も木も、そのうち朽ちては新しく芽吹くのにゃ! ばあちゃんには、まだやる事があるんじゃないかな」
のとうがそう言ってそっと肩に手を置いた。
「えぇきっとそうですわ。ですから……今一度、生きてくださいませ」
桜もじっと見つめて言う。
「この木だってまだ生きてる……ここが思い出の場所なら、旦那さんや子供がまだ生きてってそう言ってるって、ギアそう思う」
じっとおばあさんを見つめながらそういう。
やがてウィズレーがそっと差し出したのは、子猫。ふるふると震えている。どうやら木の上に登って降りられなくなってしまった子のようで親も近くに居ない。
「この子をお願いできますか?」
(誰かの命は、誰かの命を生かします……)
だから、どうかこの子と一緒に生きてください、との願いを込めて。
おばあさんがそっとその指先を伸ばした。
にゃー……と力なく鳴いた子を、そっと包み込み、そして木の芽の近くに座りこむ。
その瞳から、一筋の涙が毀れた。
「………私を、助けてくれて………ありがとう」
その瞬間、確かに命は繋がったのだ。
「本当に、ありがとう……私、もう一度頑張ってみるわ……」
ぽろぽろと毀れる涙をぬぐい、微笑みを浮かべる。
にゃーと子猫が鳴いた。
きっと、それは明るい未来。
●桜が終わる、その前に
桜が終わる、その前に自らの子孫を残し命を紡ぐ。
生き物たちは、そうして未来は繋がっていく。
おばあさんの顔に広がるその笑顔が、確かに未来が繋がったことを撃退士たちに伝えていた。