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どこからそれは現れたというのだろう。
波間に現れたディアボロは、5本の触手を獲物を探し求めるかのように彷徨わせながらそこにいた。
そんなディアボロがでたことを伝える放送が鳴りやまぬ中……先ほどまでの意味もなく彷徨わせていた触手をぴたりと止める。
「危ないですから、逃げてくださーい!」
藍那湊(
jc0170)がメガホンで周りに人がいないことを理解しながらも注意を促す。
それはひょっとしたら逃げ遅れた人がいるかもしれないという配慮からだ。
きゃはァ!
そんな笑い声がぴたりと動きが止まった触手をみて向かう7人の撃退士達の中から聴こえる。
笑い声の主、黒百合(
ja0422)は今はまだ一般人がいない周辺を確認した後、狩りがいがありそうな触手に視線を向けた。
一般人が出てきてあの触手に絡めとられるまえに、やることは一つだ。
「短期決戦で勝負よォ♪」
赤黒いイソギンチャクのようなディアボロは、触手こそ肥大していたものの本体自体はさほど大きくはない。
最初豆粒のようだったディアボロの詳細が分かる程までに近づけば、噂の洞窟もぽっかりと黒い入口の姿をみせてくれていた。
「願い事の叶う白い石……ロマンチックですね」
光坂 るりか(
jb5577)はそう呟きながら、すでに交わした連絡先が入ったスマフォにと手を伸ばす。
(そんな素敵な場所の入口に居座る不埒者は早急にご退場願いましょう)
距離の関係か、ディアボロが丁度入口を通せんぼしているようにも見えた。
そんなディアボロを空の上から見る者が居た。
東條 雅也(
jb9625)は翼をはためかせ上空から周りを見ているが今のところ誰もいないようだ。
緑色の瞳を瞬かせ、あと少しで攻撃範囲内だとディアボロから視線を離さない。
また、上空だけでなく、海からも回り込もうとする者が居た。
もしも誰かが海に居て、戻って来た時でも分かりやすいだろうし、敵を挟みうちできたらいいだろう。
(海……久遠ヶ原に来て初めて見たけど、どれだけ見ても飽きないのよね)
華宵(
jc2265)は口元に笑みを小さく浮かべそう思う。
そんな海へと足を踏み出し、ディアボロへと距離を縮めていく。
「さて、始めましょうか」
ディアボロの触手がぎりぎり届くか届かないかの位置で止まり、先手を撃ったのは浪風 悠人(
ja3452)。
(……俺の出る幕はあまり無さそうですね……)
自分の脇をすり抜け、武器を片手に伸ばされる触手に怯むことなく挑んでいく仲間達をみて悠人がディアボロに同情の視線を向ける
「お前の相手は俺たちだ!」
地堂 光(
jb4992)の纏ったオーラにもしも瞳があったならば凝視したかのような一瞬の間。
これならば洞窟から引き剥がせるかと思ったものの、少なくとも撃退士達にそのディアボロが劇的にその場所から動いた印象は受けなかった。
ひょっとしたらじりじりとその身を動かしているのかもしれなかったが。
「日焼け止め……じゃなくて、敵避けだよー 」
湊が向かうるりかに氷纏を使う。
もしも人が居た場合、潜行状態では意味がない……だからこそのタイミングだった。
彼の心遣いにお礼をいいながら、盾となり触手を受け止めた脇をすり抜けていく。
「気を付けてください」
るりかが光にと視線をやれば、頷く光。
2人、無言のうちにそれぞれの役割を果たすべく光はディアボロにるりかは洞窟へと視線を向かわせ、動き出す。
止まることなどしない。
仲間を信頼してるからこそ、今は背中を預けてするべきことをするのみだ……!
ディアボロと洞窟の入り口とはそれなりに近い。
暗闇から光輝く場所になにも知らず出てきた一般人を、触手で絡め取る程度にはだ。
それでも今は光と、なにより休む暇なく攻撃を加えてくる撃退士達の攻撃に対応が裂かれ、ディアボロは苛立たしそうに触手を皆にと伸ばしてくる。
「邪魔はさせないよ」
湊がるりかに伸ばされた触手を展開した雪の結晶型のシールドで守れば、はらりと役目を終えた結晶が崩れ落ちて行く。
苛立たしげに再度伸ばされる触手を盾で防ぎ止めながら、湊が守る背後。
るりかは邪魔されることなく無事、洞窟の中へと入っていく。
光のフォースにより、洞窟の近くからふっ飛ばされたディアボロは、怒りをあらわに触手を、海の方へ逃げようとした華宵と攻撃に切り替えようと動く湊に巻きつけ力を込めて行く。
ぎりり、と鈍い音が響いた。
「行くわよォ」
黒百合が放った黒い光の衝撃波が、華宵を拘束する触手を切り落とし触手が宙を舞う。
「まずは、1本目ねェ」
にんまりと瞳が笑みの形になるのだった。
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ペンライトで見える範囲はそこまで広くなく、るりかは見落とさないように注意しながら足を進めて行く。
いるとは言い切れない。
かといっていないとも断言できない洞窟内を時折ある水たまりに足を踏み入れれば盛大な音が響く。
そんなに長くはないという洞窟内にその音が反響しているのだが、呼びかけに答える者もこの音にこちらにくる者もいない。
やはりいないのか。
そう思ったるりかの目に、地面にライトをあてしゃがみ込み熱心に石を見ている女性の姿があった。
光へと連絡をする傍ら、驚かせないようにゆっくりと近づいていく……。
携帯が震えるのに気が付いた光が、皆に視線をやれば頷きが返る。
『一般人の女性を発見しました。ディアボロを洞窟から引き離してください』
るりかの声が重い響きを持って空気を震わせる。
「一般女性がいたようだ」
光が連絡を受ける間に、攻撃を肩代わりした黒百合が受け止めた触手が弾かれ宙を舞う。
「じゃぁ、ここで食い止めないといけないね」
湊の凛とした声と共に、黒百合が弾き飛ばした触手に伸びたのは、棘のある鋭い枝。
巻きつき触手がさらなる攻撃をくわえようとするのを押しとどめたそれは、冷たい氷の柱に磔られた。
悠人の、スナイパーライフルSR-45から放たれた青白い弾丸が、そんな触手を打ち砕けば、役目を終えたその柱はきらきらと輝きながら壊れて行く。
他の3本は、華宵や雅也が海から、上空からと攻撃し右往左往する羽目になる。
「これで、残りは3本ですね」
雅也が上空から状況を把握し伝えるのに、改めて本数を確認しあい攻撃を重ねていく。
確認しあったのと同時刻、るりかは女性にと話しかけていた。
「久遠ヶ原の撃退士です、お怪我はありませんか?」
声をかけてみるが、彼女はそのまま同じ動きを熱心にしていて無視しているように見える。
自然と寄った眉。
でも、放っておくことなど出来なくて、肩に手をやれば、ばっと驚いたように振り向いた女性の顔は驚愕に彩られていた。
首を傾げ、自分を指差す仕草。
何かしましたか? とでも聞きたそうなその仕草に、はっと理解が訪れる。
「あなた、もしかして耳が聞こえないの?」
不思議そうに首を傾げるのに、学生証をみせれば漸く何か異常事態があるのだと理解したのだろう。
女性の顔に、はっきりとした不安が現れた。
「落ちついて下さい」
聴こえないと分かってはいるけれど、ゆっくりと大きめな声で伝える。
どうやら読唇も多少は可能らしく、唇の動きをみながら女性が頷いた。
女性が持っていたノートで必要なことを伝え終えたるりかは、書いた文字と同じ言葉をその唇から紡ぎ出す。
「洞窟の奥に隠れてください。あなたは私が……私達が護ります」
自分の背に居て貰うように伝え、大きく息を吸う。
命に代えても、彼女を守る。
その意志を背中越しに感じとった女性は、自然と頭を下げるのだった。
3本あった触手は、光や雅也に切り落とされ、既に残った2本もぼろぼろだった。
痛い、痛い。
そんな声が聴こえるようだ。
やみくもに飛ばされた粘液は、黒百合と光に直撃したものの、湊の癒しによって事なきを得た。
それでも足りない分を伸びた牙で吸い取れば、触手がなんだか恍惚としながらもげっそりしたように見えなくもない。
何を吸いとられたんだろうという雅也の視線を受けつつ、ミラーカードをどうにか避ける触手。
「ダメよ? 皆を相手してくれなくちゃ」
再び粘液を光へ、触手をまた別の者へ。
そんな怒涛の攻撃に、華宵がオーラを発生させ攻撃させながら微笑む。
痛い、痛い。
当たった攻撃に身もだえするように震える様子をみて、その微笑みに僅かに悲しみを乗せてごめんなさいね、と小さく呟く。
「貴方も自分の意思ではないのでしょうけど、倒させて貰うわ」
切り落とされた触手が地面にと落ち、残りはもう動くこともできない本体のみだ。
「これで、おしまいよォ」
「最後だ!」
黒百合のロンゴミニアトと光のラオピスハルバードが、その胴体を宙に舞わせ。
「そうですね、終わりにしましょう」
そして湊の矢がその身に穴を開けて行く。
どうっと波間に倒れこんだディアボロは、すべての触手をその体から切り離され、その身をばらばらにして動かなくなったのだった。
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るりかに連れられてやってきた女性は、少々顔から血の気が引いていたものの、皆に微笑みを浮かべて頭を下げる。
悠人の手話による会話のお陰もあって打ち解けた女性が言うには白い石はここらでの浜辺ではやはり珍しく、洞窟内の色んな窪みだとかにひっそりとはまり込んでいるらしい。
やがて女性も共に、皆が洞窟へと足を進ませて行く……。
共に探すのは白い石。
(光君がもう戦わなくてもいいような平和な世界になりますように)
そう、願いを掛けながら探するりかの視線の先には、友人の背中が見える。
「あ……」
そんな彼の足元に白い石を見つけるが、どうやらそれには気が付かなかったようだ。
るりかが見つけたということは、きっと彼女の願いに呼応した石なのだろう。
光も白い石を探しているようで……るりかから見ることはできないが、その視線はどこか寂しげにも、どこか祈りをこめているようにも見えた。
(また相棒と共に楽しい時間を過ごしたいものだ。元気でやってるといいが……)
手紙もここの所ご無沙汰気味の恋人を思いながら探す光が、立ち止まった。
そこにあったのは白い石。
ここで一緒に探している人たちも見つけることは出来ただろうか。
(自分で見つける事が、願いをかなえる為には重要な気もするしな)
少し遠くで探しているであろう女性に思いを馳せ、光は伝えることなく静かにエールを送るのだった。
ゴーグルをつけ歩きながら、白い石を探す悠人。
沢山人がいる所から少し離れた場所だ。
見つけた白い石は妻への土産にしたいところだし、それに。
(不幸体質が改善出来るならしたいし……)
そんな願いを込めながら探していく彼のゴーグルの先に、蟹が歩いて行く姿が見える。
せっかくもってきたフライパンと調味料。
ここで捕まえて料理をしよう。
蟹に指先を掴まれ、痛みに眉をしかめた所でみつけた白い石。
どうやら妻へのお土産は手に入れられたようで、笑みを浮かべ大事に仕舞い込む。
さて、次は本格的に食材探しもいいかもしれない。
折角だからと、ライトで照らしながら洞窟を探索するのは華宵だ。
満潮になれば水没するのであろうこの洞窟内には、海水が所々に残っている。
岩の上にも残っていて覗き込めば、岩の窪みの中を小魚が泳ぐ。
「ふふ、綺麗な魚……」
光か華宵にか驚いた魚がちゃぽんと跳ねる様子をみつつ、瞳を細める。
どこか幻想的にも見える光景を見つめる視線の先に、白い石があって。
願い事はあるけれど、それは自分の力で叶えるものだと思う華宵は、その石をとることはしなかった。
他の子にあげようかと視線を動かせば、皆、思い思いに探しているようで。
(大丈夫かしらね)
もう少し、幻想的なこの光景を楽しもうと、華宵は歩き出すのだった。
(僕自身の願いは僕が叶えるから)
だから、もしも見つけたら必要な人へと。
フラッシュライトで辺りを照らし出し、目の前に広がる少し変わった光景……岩の上の水たまりにいる魚や貝など……を必然的に楽しみながら、湊は洞窟内を歩いていた。
そんな彼の後ろから、どうやら場所替えをした女性もやってくる。
見つかりますように……と心の中で応援し、さて、もう少し探してみようと踏み出した湊の視線の先で、白い石が輝いたように見えた。
(真摯な願いを持つひとに石が見つかりますように……なんてね)
さりげなく白い石の近くから体をずらし、寧ろ戻るようにして。
女性が白い石を見つけるまで、まだもう少しだけ時間がかかりそうだ。
やがて見つけた皆が戻ってくると、そこには一足先に戻ってきて料理をしていた悠人と、そんな彼を囲んで黒百合や雅也が食事をしていた。
他の皆も是非! との言葉に皆が寄っていく。
洞窟内で手に入れた蟹や小魚を使って、悠人が作った料理は刻んだ流木を使い、炎焼によって焼かれたそれは、熱々の一品だ。
「凄いですね」
雅也が感心しながら手に取り食べれば、疲れた体に染み入るようだ。
「美味しいわねェ」
黒百合の言葉に、重い思いをして持ってきたかいがあったと悠人が笑う。
疲れた体を癒す料理に、皆が笑みを浮かべる。
手に入れた白い石を片手に、もう少しだけのんびりとした時間を過ごしていくことにした撃退士達は、こうして無事、依頼を終えたのだった……。