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調理室へ向かった撃退士たち。
7名の前に現れたのは、すぐにでも桜餅の用意が出来るようにセッティングされたキッチンであった。
「あらあら、変な敵も居るのね。グルメさんなのかしら」
そんな調理室を見ながら葵杉喜久子(
jb9406)がおっとりと呟く。
「取りあえずは桜餅を作らないといけないわね」
それをうけて、うぅんと首を傾げる声。
「最初にある30個分は作るとして……追加を作るか、どうかよね」
美森 あやか(
jb1451)は黒い髪を揺らし、皆を見つめた。。
「時間を稼いでいる買った桜餅って、具体的には幾つなんですかね?」
その問いに答えられるのは残念ながらいなかった。
職員曰く、すごくいっぱいと大雑把すぎる回答である。
「多分それ以上の数、美味しい物食べないと満足しないかも……」
と心配するあやかに、黒百合(
ja0422)が大丈夫よォとひらひら手を振る。
ぞくぞくと運び込まれてきたのは黒百合がここに来る前に頼んでいた食材などだ。
そもそも桜餅そのものを頼めばいいのではないかという雫(
ja1894)の台詞に、首を振った。
「ん、桜餅そのものを注文した方が早かったんじゃないか、って? 駄目よォ、食材から生産しないと面白くないじゃないのォ♪」
手順もささっと確認しおえ、黒百合が材料を手にしながら笑う。
今回彼女は戦闘というより。
(桜餅ねェ、一時間にどれだけ大量生産出来るか試してみようかしらァ……)
という方に熱心である。
そうとなれば無駄になる時間などはない。
料理人の調達は無理だったが、ここには手の空いてる者がいた……アヴニール(
jb8821)だ。
「ところで、桜餅とは何なのかの?」
いや、寧ろ桜餅を知らなくて作れないのだ!
食べたがる敵がいるということは、きっと食べ物なのだろうとやってきたアヴニール。
目の前に置いてある材料をみれば、食べ物だったことはちゃんと理解出来たのだが、初めて聞くし、初めて見るために作り方はさっぱりだ。
「私の方手伝ってくれるかしらァ?」
丁度自分が調べたレシピをみせ、黒百合の勧誘にアヴニールが頷く。
「がんばるのじゃ」
Rehni Nam(
ja5283)はその様子に微笑みを浮かべつつ、桜餅を大量に作る依頼だと聞いて、「あの先生」を思い浮かべた。
どうやら関係ないようではあったが、お菓子部部長(代理)としては、満足させてみせたいところだ。
「ちなみに私、道明寺粉派です」
「道明寺粉や糯米で作るのは関西風でしたっけ?」
あやかがRehniに問えば、頷きが返る。
それならば、生地を焼かなくてすむだけ少々早めに作れるだろうか。
「桜餅言うても関西と関東、全くの別モンやしなぁ……。長命寺と道明寺、どっちやろ。その辺は気にせんくてエエのかなぁ」
葛葉アキラ(
jb7705)が2人の会話を聞きながら首を傾げる。
そういえば違うのだが、特に言われていないためにどちらでもいいのかもしれない。
「何か長命寺やと「桜餅」って言うより……クレープみたいちゃう?」
というわけで、アキラもなじみの道明寺を作ることに。
「作るのは久しぶりだから、少し楽しみね」
喜久子が瞳を細めて道具へと手を伸ばす。
すでに作り始めている黒百合に続けとばかりに、他の皆も手を伸ばすのだった。
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どこか甘い香りに包まれる調理室。
これが普通の光景ならいいのだが……寧ろ大量生産ということで戦場と化している調理室で、雫が道明寺粉を蒸しつつ、溜息をつく。
「流石に私達だけでは大量生産は無理ですよ」
可能ならば近隣の和菓子屋さんに桜餅や無理でも材料の提供を貰いたいところだ……と思うが、結構皆、手際よく作業している。
せっせと指先を動かし、巨大な桜餅を作っているのはアキラだ。
「折角や。一気にお腹膨れさせる為に、一工夫してるんや」
視線に気が付き、にこりと笑う。
普通の桜餅の2倍の大きさである。
これだけでも結構お腹いっぱいになりそうだが、桜餅怪人相手だとどうなることやら。
せっせと作りながら、それにしてもと独りごちる。
「この桜餅達……敵の動きを止めるだけに使うんは切ないなぁ」
彼女の視線の先には、Rehniとあやかが桜餅を作っている。
「食べモンは粗末にしたらあかん」
だからこそ。
ぐぐっと知らず力が籠る。
「赦すまじ……やな、桜餅怪人……っ!」
「本当ですよね」
餡子玉をころころと最後の一個を作り終えつつ、あやかが頷いた。
すでに桜の葉を塩抜きもしており、出番を待って居るのを見つつ、次は……と型作りへ。
その間に、耐熱容器に道明寺粉と砂糖と食紅を混ぜ、水を加えたものを電子レンジに。
「蒸すのが本来ですけど、簡単お手軽なので家や部活で作る時は電子レンジ使う事が多いんです」
「ほぅ、そうなのじゃな?」
アヴニールが黒百合の作り方とはまた違うその作り方に、納得したように頷く。
途中で3〜4回ひっくり返さなければならないが、蒸すよりは時間も手間もかからないだろう。
最初の30個を手分けしてつくり、Rehniは追加分をまずは100個頼み、桜の葉などを持って来てもらう。
もしもそれで足りなかったら、持って来てもらえばいいだろうと、鼻歌交じりに小豆を煮始めれば、また何かが届く声。
誰かしらが対応にでている間に、何度も煮ては煮上がった後に砂糖を加え……とひたすらに粒餡を作る彼女の傍ら、喜久子が桜餅を作っていた。
「皆で桜餅作りだなんて、何だか楽しいわねぇ」
頑張っている皆を見ながら、微笑みがこぼれる。
(美味しく食べて貰えるかしら)
なんて敵の事を考えるのも変なモノねぇ、と微笑みを浮かべつつ、彼女がふと見た視線の先。
ばばばとまるで機械のように大量生産をする黒百合の姿。
事前に調理道具や材料を的確な場所へ置き、その動きに無駄がまったくない。
「結構作れるわねェ」
自分でも驚きだが、アヴニールのも手伝ってもらっているからだろうか。
しげしげと桜餅を見つめるアヴニールは、一つ手に持ってみる。
「これが桜餅と言うモノなのじゃな。良い匂いがするのう」
誰も見ていないのを確認したあと、パクリと一口!
「初めて食べる味じゃが、美味しいのじゃ!」
(我の家族にも食べさせたいのう……)
瞳を伏せつつ、そう思う。
そんな中、黒百合に言われ、手伝いに入った雫。
その視線はどことなく彷徨っているようにも感じられる。
「前もって言って置きますが、何が起きても私の責任じゃ無いですからね」
その言葉の具体的な意味が分かるのは、もう少し後になるだろうか。
せっせと皆が作った桜餅は、山のように積み上がっていく。
ちなみにそうやって出来あがったのはあやかによって要請がなされており、ある程度は持って行ってもらえたのだった。
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出来あがったのを喜久子達が手分けをして持っていく。
しかしいくら小さいとはいえ桜餅も数百個単位ともなれば、暴力的なまでに重い。
それでも、お重にいれれるだけいれたのをみれば、お花見支度な感じがして、皆と一緒に食べれたら良かったのにとほぅっと溜息をつく。
「折角だから敵にでなく、皆で食べかったわねぇ」
というわけでやってきた彼女たちの目の前には、どどーんと巨大な桜餅怪人が待ち構えているのだった。
運び込まれた桜餅は、桜餅怪人よりは少し離れた場所に置いてあった。
それを皆がどう使うかの塩梅もあったのだろう。
黒百合はそんな桜餅を今度はどれだけ怪人の口へ詰め込ませるかの算段にはいり……そして。
「よくき……もごもご」
黒百合はそんな桜餅怪人が口上を述べようとするのにも頓着せず、桜餅をその口に放り込む。
もごもごと食べる桜餅怪人は、おや? という表情を浮かべ、撃退士達をみる。
その瞳は詭弁に、もっとこの美味しい桜餅をよこせと伝えてくる。
しかしそんな中、雫が持つ桜餅……いや、本当に桜餅だろうか。
同じ材料を使い、同じように作ったはずなのに、その桜餅はどことなく紫色を醸し出しふしゅうと不思議な音がしそうなものであった。
「……相殺されて敵を倒せるかも?」
じぃっと桜餅と桜餅怪人を交互に見詰めれば、寧ろ桜餅怪人も雫の持つ桜餅と雫を交互に見る。
交錯する視線……。
ていっと投げ込まれた桜餅(のようなもの)を桜餅怪人が食べれば……。
「?!」
ごろごろごろと転げまわる桜餅怪人。
「美味しくて震えてるのねぇ」
喜久子がほんわかと微笑みながら言うが、多分違う気がするんやけど……とアキラが首を振った。
(それはそれで、落ち込むのですが……)
まぁそれは桜餅怪人のみぞしるのだろう。
美味しいのか苦しいのか分からないが、雫が作った桜餅(のようなもの)も、ちゃんと食べる辺り桜餅怪人も桜餅を愛しているのだろう。
「たらん、たらんぞぉぉぉ」
「え? あなたを満足させたければこの3倍は持って来い?」
にこりと笑うのはRehniだ。
「……持ってきましたー! 追加、100個です!!」
どどーんとたされたそれに、桜餅怪人が凄く嬉しそうにばばばと食べて行く。
100個あっても山はみるみるなくなっていくのだが。
「足りなければ言ってくださいね。まだまだ材料は確保してありますから!」
先程作っておいた材料を元に、せっせと作って行くのだった。
「うちのはどうや?」
腕利きの料理人であるアキラの作った桜餅は、先程までのと違い量だけでなく、大きさもある。
つぶらな瞳が、きらっきらと輝いた。
もごもご食べる姿は全身で美味しい! と伝えてくれて、なんとなく悪い気にはならない。
悪い気にはならないが、どうやらまだ満足という言葉を皆に見せてくれる気はないようだった。
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ひょっとして持ってきた分では足りないのでは……? という危機の中、あやかが追加で持ってきた桜餅。
「持ってきましたよ」
もっちもっちと食べる桜餅怪人は、物凄い早さで消費していっていた。
されど、そろそろその動きも鈍くなってきたようなのが伝わってくる。
「そろそろやな?」
桜餅怪人が満足し、動きも鈍くなっただろうとアキラが判断し皆に問いかければ、頷きが返る。
「いくでぇ!」
はっと気がついた桜餅怪人が動こうとするが……でぷんとお腹がつっかえて上手く動けない!!
「まあ、あれだけ食べたら動きは鈍くなりますよね」
雫が冷静に突っ込む中、さらにアキラによって澱んだオーラで伽藍占めにされた桜餅怪人がもだもだとうごめく。
とはいえ、いつまでももだもだしているわけではなく、抜けだした桜餅怪人が近くにいた雫に手を伸ばしたその瞬間!
「こっちにも桜餅、あるのよ〜」
喜久子がふる桜餅に視線を奪われ、ばっしばっしと当たる攻撃。
桜餅怪人は動きを封じ込められたり、喜久子の持つ桜餅に視線を惑わされたりして、攻撃が当たりたい放題だった。
攻撃の当たらぬ上空から桜餅をちらちら見せては油断を作りだす喜久子。
そのお陰で、攻撃をするどころではないようだ。
同じく、空を飛び上空から桜餅を口へ向かって投げるアヴニール。
「おお、ないすきゃっちなのじゃ」
二個、三個と一気に詰め込まれても美味しそうにもぐもぐと食べる姿。
本来は食べ物を投げるのはいけない事だけれど、今回は依頼のためだ。
こんな機会もそうそうないだろう……と思いつつ、もぐもぐ食べてる隙をついて、ショットガンを打ち込む。
すぱんっとあたったものの、それは豊富な肉に阻まれ、ダメージを受けていないように見えた。
「……ん?」
しかし、アヴニールの視線が怪訝そうに細められる。
どうやらそろそろダメージが蓄積されすぎたようで、小刻みにその体が震えているようようだ。
「そろそろ終わりのようじゃな」
さしもの桜餅怪人も、自身の体力がほぼない状態であれば、食べるよりも逃げたくなるものである。
しかし黒百合がそれを許さない!
「ちゃんと食べなさいよ」
げしんとあたった攻撃に、桜餅怪人がごろごろと転げまわる。
黒百合の容赦ない責め苦は続き、縛りつけられた桜餅怪人の口に桜餅を押し込んでいるのを攻撃を加えつつ見守る撃退士達。
なんとなく桜餅怪人が可哀想にも見えて。
「いえ、そんなわけないですね」
さくっと雫の攻撃がもっちもちボディに当たり、その体を地面に沈めて行く……!
そうして、桜餅怪人は倒されたのだった。
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倒し終わったと言うのに、まだ桜餅は大量にあった。
「皆でお花見したいけれど、皆は如何かしら?」
「さて、このまま帰るのも何ですから桜を愛でて行きませんか?」
喜久子と雫の提案に、それぞれやることは違うもののお花見をする方向は一緒のようだった。
出来れば自分達で楽しみたい気持ちもあったけれど、とアキラは思いつつ、呼び寄せる方向が多いようなためそれでもいいと頷く。
ただ。
「屋台があろうと無かろうと……花見出来るかもしれへん思て、実はこんなん持って来てん」
カニかまとでんぶで色付いたご飯を中心に据えた、華やかな巻き寿司に、桃を可愛く型抜いた一口寒天ゼリー。
「皆で一緒に食べたら……きっと何倍も美味しいでぇ?」
遠慮せんと、な?
そう言われて、アヴニールが手を伸ばし、あやかや喜久子も美味しいと相槌を打つ。
雫も、Rehniも、そして桜餅を配ろうと思っていた黒百合も暫し楽しむのだった。
とはいえ、皆を呼び戻さなくては、と喜久子が立ち上がる。
「じゃぁ伝えてきますね〜」
そうして、人々が戻ってきたのだった。
ぼちぼちと戻ってきた人々の間には、黒百合とRehniが配った桜餅がある。
大量にあった桜餅も、もう少しで全て配布しおえるだろうか……。
もしもそれでも残ったら、職員にも配ろうとRehniが微笑む。
そして、配りながら、ちゃっかりと黒百合は今回の領収書を学園宛てにと送る算段を固めるのだった。
そんな黒百合の前を通る雫の手には、焼きそばやたこ焼きがあった。
戻ってきた屋台を覗き、食べ物を買う後ろの方ではアヴニールが桜を瞳を細めて眺めながら、歩いていた。
彼女が動くたびに、ひらりひらり舞い散る桜が彼女の周りを舞ってから地面へと落ちて行く。
「綺麗じゃのう……」
ふっと視線を正面に向ければ、舞い散る桜の花弁の中、扇子を手に舞うアキラの姿。
それを楽しげに見つめるあやかと喜久子。
アメノウズメノミコトの幻影と共に舞い踊るその姿はどこか幻想的にみえて……。
「綺麗じゃ」
ふっと微笑みを一つ、零し、自分も同席しようと歩き出す……。
はらはらと桜が舞う。
こうして、無事平和が訪れたのは、撃退士達の桜餅のお陰であろう……。