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その公園には、独り身をこじらせたおっさんが出ると言う……。
誰もいないこの公園は、一時はいちゃいちゃカップル達が沢山いたと言うのだが。
セレス・ダリエ(
ja0189)はじぃっと辺りを見渡す。
その視線の先には、皆がばらばらに隠れているためにただただ静かな公園があるのみだ。
まだ動く時ではないと身を隠す彼女の近くでは、狩野 峰雪(
ja0345)がレインコートに身を包んで身を隠していた。
(カップルを襲うディアボロかぁ……)
「このディアボロを作った悪魔は寂しい人なんだねぇ」
ちいさな声音で呟かれたそれは、周りには聞こえない。
(公園の平和を取り戻せたら、また人がたくさん集まるようになればいいね)
勿論、カップルだけじゃなくて、子供やお年寄りもだ。
それは皆が楽しめる憩いの場所だからこそ。
(迷惑なディアボロは早く排除してしまわないとね)
彼の視線が移動する女性へと向けられる。
(怨念で此処までなれるのなら何処までいちゃつけば狂うのか試してみたいわ)
そこには瑞朔 琴葉(
jb9336)が、どこか物憂げに歩き、誰かを探しているようでもあった。
(絶望させて散っていくならもっと無様にしてあげないと)
流石に女性一人、という状況下、そして……周りに居る撃退士達に気が付いているのかもしれないが、それでも出てこないおっさんは、今一体何を思っているのか。
どちらにせよ、彼女にとって手加減という言葉はない。
無様に散ってもらわないと。
「面白くないわね」
小さく呟くのだった。
そんな呟きをする彼女から少し離れた場所では天羽 伊都(
jb2199)が意中の人がいるために、今回は囮を他の人に任せることにして、隠れて見守っていた。
(何てハタ迷惑なディアボロなんだ、生前よっぽどの不満があったんだろうなあ……ちょっと悪い気もするけど、退治はしないとな)
そうは思うものの、心中は、お返しのことばかりである。
ホワイトデーも、贈る物によって意味が違う場合もあるわけだが、一体何がいいだろうか……。
無難にクッキーがいいのか、奇をてらって、他の物がいいのか。
そんな物思いにふける彼の視線の先に、急いで駆け寄けてくる男性の姿が見える。
(さぁてさて。バレンタインは終わってホワイトデーまではちょいと間があるが……いわゆる「もらえなかった」っていう怨念の塊かね)
甲斐 銀仁朗(
jc1862)は慌てて恋人の待つ公園へかけてきたふり……をしながら辺りを見渡す。
(さて、いちゃつけば敵さんが突撃してくるのかね? したら、他の仲間がいつでも飛び出せるように距離を調整しつつ……ってのは手間だから、普通に公園のベンチでいちゃつきますかね」
見つけた琴葉に声をかければ、琴葉が振り向き、ゆるりと妖艶に微笑む。
それにつられて笑みを零し、銀仁朗はベンチへと誘う。
(ま、公然と琴葉と「愛の語らい」もできることだし、敵さんを二度と復活できねぇ絶望の底に沈めるとするか。)
「こういうデートは中々ないものね?」
銀仁朗の腕に腕をからめて、琴葉が微笑む。
共にベンチに座り、愛を語らうが、まだ現れない。
もうひと押しと、琴葉はチョコを取り出した。
「あたしの作ったものだけど、口にあえば良いけど」
「美味しいに決まってるさ」
そう言って、琴葉の手にそっと自らの手を乗せるのだった。
上空から警戒をする黒百合(
ja0422)。
どんな風に皆が動くかは前もって確認できたためになんとかなったのだが、全員がとれる連絡方法が見つからなかったために断念することになってしまった。
来る前に話せていたら違かったかもしれないが、そればかりはしょうがないだろう。
ただ、彼女のお陰で、皆が作戦のブレを調整出来たことは確かだ。
(きゃはァ、この時期はいいわよねェ、天使も悪魔も人間も関係無く嫉妬に狂った連中を問答無用で叩きのめしても無罪放免なんだものォ♪)
にこにこと微笑む彼女の身を包むのは、クマの着ぐるみ。
チョコ対策なのだが、似たようなことを考えるのは彼女だけではなかった。
鳳 静矢(
ja3856)が身を包むのは、ラッコである。
使い捨てカイロを大量につけていて、着ぐるみの中はとても暑苦しい……が、これはチョコ対策!
(これならチョコ塗れになっても丸洗い出来るからな)
「キュゥ!」
人間の言葉じゃなかったが、とりあえずもわもわと熱がこもる着ぐるみ状態で、草むらにひそみ敵が来るのを待つのだった。
エイネ アクライア(
jb6014)が隠れる場所は地中。
(拙者達はようやく登りはじめたばかりでござるからな。このはてしなく遠い嫉妬坂をよ……で、ござる!)
だがしかしそれはディアボロと同じ目線な気がしないでもないが、エイネは気にないことにした。
エイネ自身は、まだ恋愛は分からないけれど、仲のいい恋人同士はほっこりするものだ。
だからこそ、今回邪魔する側は滅ぼしたいと願う。
(その点、甲斐殿と瑞朔殿は仲が良く、非常によろしいでござるな!)
ほっこりと見つめる先では、ベンチに座る恋人達の甘いささやきが聞こえていたのだった。
リアルカップル(正し、本来は少々ハード系)の琴葉と銀仁朗がいちゃいちゃとベンチに座り、愛をささやいていた。
今日はちょっと抑えて、少女マンガレベルの見る人から見ればお花とかが散って居そうな雰囲気である。
そんな様子を峰雪は、少々甘酸っぱい気持ちを思い起こしながら見つめていた。
(公園デートなんて青春だよねえ、懐かしいなあ。
幸せなふたりなら、場所がどこでも楽しいんだろうけど)
そんな風に口元に笑みを浮かべながら思っていれば、ふと感じた違和感。
それは今日二個目のチョコレートを取り出そうと琴葉が指をつけた瞬間であった。
ぶわっと二人の元へ突如地面から湧き出て向かってくる姿。
「……おいでなすった」
皆がばらばらの場所に隠れていることから、引き付けるためにも二人は驚いているふりをしてその場にとどまる。
おっさんはその巨体に似合わずとてつもなく俊敏であった。
「リア充ほろべぇぇ!!」
血涙を流しながら、おっさんが白いチョコをまき散らす!
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峰雪の回避射撃によって銀仁朗が琴葉と共に攻撃を避けながら、おっさんにと声を掛けた。
「お前さんが怨念持ってるなら、そりゃあ分からなくもないがな? だからっつって人様に迷惑かけちゃいけねぇな」
分かってるんなら、殺らせろぉ! といわんばかりの瞳で睨み付けられ、銀仁朗は口元をゆがめる。
これならば、遠慮なしに「遊んで」あげれるだろう。
「怨念になるならそれすらも楽しんで弄んであげるわ? あなたの命を削って」
そして、それは琴葉も同じだった。
多少は楽しませてくれるかしら、と瞳を細めれば、お前らに楽しませる暇なんか与えるかよ!
と、でも言うように、まずは銀仁朗にとバケツを振りまわす!
そんな中、一番先に着いたのはぱっと地面から飛び出たエイネだ。
補足されていたようではあるものの、そんな細かいことよりも!!
このカップルを!!
殺す!!
状態のおっさんは、琴葉と銀仁朗を最優先の獲物と定めたようだ。
エイネとしては、二人にととにかくチョコをぶっかけまくるおっさんのチョコレートから逃れたいものの、範囲が広くて思いっきりチョコが掛かる!
「寒いでござる……!」
ガタガタと自然と震える体を動かし、雷閃を決め込むが、おっさんの腹に弥都波による衝撃は吸収されてしまった。
うぉーと雄たけびをあげながら、やってきた撃退士達にチョコをかける、かける、かけまくる!
ラッコの着ぐるみの中にホッカイロをこれでもかと引っ付けている静矢ではあったが、あまり効果はないようだ。
寒い物は寒い。
「キュウ!!」
突如あがった声に、おっさんが視線をやった先には、ラッコ。
【私は通りすがりのラッコです】
白板に書かれた文章を読み、いやでもお前それ着ぐるみだろ、という視線になった気がしないでもないが、眩いホワイトアウトをものともしない。
うぉりゃぁ! と再度ふっとんでくるホワイトチョコレート。
ぶっかけられるチョコは、近くにいる者だけではなく、容赦なく後衛に居る者達にも降りかかった。
レインコートを着ているためにチョコレートそのものはなんとかなりそうなものの、震えに眉をしかめる峰雪。
直ぐにライトヒールで解除したものの、何人かは対策をしていないようだ。
自分が回復に回ることもあるかもしれない……戦況を見極め、峰雪はひとまずおっさんのお腹に幻の蛇を噛みに行かせるが、一体どこまで効いてるのか。
ちょっと表面上分かりにくかった。
「あらァ……♪」
黒百合は一般人の避難を優先して動き、戻ってきたとたん目に入った光景に楽しそうに瞳を細め、ロケット砲にて攻撃をしかける。
砲撃を受けながらもだだだと逃げるおっさんは知る由もなかった。
彼女によってもたらされる悲喜劇を。
エイネ動けなくなる程寒くなったのを大地の恵みで解除しようと移動すれば、その間に割り込むように銀仁朗と琴葉が連携して攻撃を叩き込む。
「助かったでござる!」
ひらりとバケツを避け、お礼を言いながら、今度は静矢の攻撃が届きやすいように場所を交代する。
「キュゥー!」
【食べ物は大切に】
そう言われながら暗色のアウルの力が籠った武器で腹を思いっきり殴られ、ぼよんぼよん腹を揺らしながらおっさんは血走った視線をあちらこちらに彷徨わせる。
その視線は、撃退士達(カップルじゃないもの)に、お前らは、くやしくないのかよ?!
と訴えかけているようにも見える。
あるものは首を振り、あるものは寧ろ自分も甘酸っぱい思い出や、甘酸っぱい想いを抱えているものだ。
あまずっぱい思いを知らなくても、だからといってそれを潰そうとは思っていないものばかりだからこそ、今ここに居るといっても過言ではない。
容赦なく、その身に痺れやら毒やら嫉妬心やらをためていくおっさん。
それでも動くのは、彼が底知れない絶望をその身に宿しているからかもしれない。
「うぉぉぉ、お前らちょこまかとー!!」
絶望を深めたおっさんは、見てしまった。
頬にたれる白いチョコを拭ってやり、微笑みあう琴葉と銀仁朗を!
そんないちゃいちゃを見せつけられたら堪らない。
今度は目と唇から血を流し、くやしぃと全力で二人へと訴えかける。
琴葉の瞳が楽しげに細められた。
伊都はそんな嫉妬に駆られたおっさんの浴びせるチョコを盾で防御し、足元へと散らす。
それは、セレスに攻撃のチャンスを与えるためのものでもあった。
セレスの雷が、おっさんの体に走り体をしびれさせる!
「ここでまけるかぁぁ!!」
ほとばしるパトスを味方に、ぶんまわしたバケツは伊都に当たったものの、それを逆に好機に変えて、光焔が叩き込まれた。
「あの世で良い事あるさ!」
天まで届け! とばかりに当てられた攻撃に、体が炎に包まれて崩れかけるが、それでもよろよろになりながら立ち上がるのは、嫉妬心ゆえか。
あの世で……という視線の先には琴葉と銀仁朗。
白いチョコレートを指先で拭い、銀仁朗の唇へとなすりつける琴葉。
二人の距離が縮まり……。
「うぉぉー」
嫉妬心からぶるぶるぶると体が震えるおっさん。
勿論、二人はおっさんが此方を見ていることを十分承知だ。
意味ありげに寄越された銀仁朗の視線に、血涙を零さんばかりである。
「ねェ……?」
そんなおっさんの正面に黒百合が立つ。
「男性ってここが急所なんでしょォ? おっさんディアボロもここが急所なのかしらァ♪」
彼女のロンゴミニアトが、おっさんの股間を狙う。
あ、それはやばいやつ。
そう思ったのは誰だろう。
横薙ぎにされたそれは、それはもう見事にヒットした。
「〜〜〜?!」
声にならない叫びをあげて、はた迷惑だったおっさんが地面に倒れ伏す。
二度と動くことのないおっさんは兎にも角にも、倒されたのだった。
●
「……お疲れ様でした」
セレスがそう言い皆を見れば、それぞれ体を拭いたり着替えをしたりしてる。
エイネは着替えを忘れたと愕然としていたが、黒百合がそっとタオルを貸す姿を瞳に写し、自分も手にかかったチョコを拭うのだった。
【魚を入れるのにちょうど良いバケツ見つけた♪】
と、白板に書いたのを掲げる静矢。
セレスが瞳を瞬かせ、皆がいや無理だと思うよ? とたしなめる。
じっと見つめるものの、無理は物はどうあがいても無理そうだった。
銀仁朗と琴葉も身なりを整え、さぁデートに行こうかと話をしているようだった。
そんな彼らを見ながら伊都はほっと息をついて……。
取り出したペリドットの願い石を少々口元をにやけさせながら見つめる。
割れたその石は、思い人からのもの。
「1秒足りとも暇してる時間は無いのだけれども……オレもまあ、ちょっとはこういう楽しみを謳歌せにゃ……ってね」
(これだから学生ってやつは楽しいってやつさ!)
さてさて、今度こそちゃんとお返しを考えなくては!
そんな決意を固める彼とは違い、既にカップルの琴葉と銀仁朗は、もっともっと蜜で密な時間が過ごせる。
琴葉と銀仁朗は先程よりも「激しい」時間を過ごす為に、デートへ向かうために、先に帰っていく。
銀仁朗の瞳が、「野生」を取り戻したように輝いていたことが、きっとあの二人のデートが上手くいくことの証だろう。
「帰るかい?」
そんな二人を見送り、峰雪が言えば、皆が頷いた。
「キュゥ……」
そんな彼らと共に、バケツが欲しかったもののやっぱりまがりなりにもディアボロの持ち物だったために持てなかった静矢が……。
いや、ラッコがとぼとぼと皆と一緒に帰路へつくのだった。