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その日、依頼を受けた六人の撃退士達は胸に色々な思いを秘めながら集まることになった。
既に行動を開始しているのは陽波 透次(
ja0280)と砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の二名。
「すみません、ちょっとお話を聴いても平気ですか?」
「なにー?」
そうやって一人、どこか不安げに歩く女性に声を掛ける透次は、怖がってる女性の声を集めて持っていけば、説得材料の一つにならないだろうかと考えていた。
話を集めるにつけ、やはり女性達は不安のよう。
(僕も彼女いない暦年齢だから一人身の寂しさとか侘しさとか惨めさとかはわからないわけでもないけど……)
だからといって、こんなことが許されるわけではないと、声を集めながら思うのだった。
そんな彼とは違い、先に潜入を試みたのが竜胆だ。
(その積極性、別の方向に頑張れればいいのにね)
ドアの前に立つ彼は、まぁまずは穏便に済まそうと考えていた。
嫉妬団側に紛れ込まれれば、僥倖。
そんな思いでドアをノックし、開いた先では……。
ドアが開いた頃、囮を務めることになった二名と、尾行することにした二名、そして戻ってきた透次は顔を合わせていた。
「きゃはァ、嫉妬団ねェ……とりあえずウザイ連中は学園反逆罪とか適当な理由でテロリスト? として武力鎮圧しちゃえばいいわよねェ♪」
黒百合(
ja0422)がちょっと過激なのことを言えば、え、まさか……という視線が突き刺さる。
「あ、冗談よォ、比較的穏便にやりますゥ♪」
笑顔を浮かべ、訂正を入れる黒百合だったが、比較的穏便という言葉が色々なことを物語っていた。
とはいえ、依頼として受けたものに手を抜くわけではない。一転し皆と認識の差異がないかの確認をする。
細部こそは違うものの、比較的大きな差異はないようだ。
(……この連中、決まった時期に必ず発生するな)
「まぁ、穏便にだな」
そう言いながら翡翠 龍斗(
ja7594)は女性陣が少ない今回のこの依頼のために、不本意ながらも女装をすることを決意していた。
妻帯者ゆえに、口説く側に行くよりは幾分ましだという判断だったのだが、きらりんと瞳を光らせる黒百合に妥協という言葉はあまりなさそうである。
彼女が持ってきていた化粧一式に胸パット、その他諸々に龍斗の眉間にしわが寄ってしまったのもしょうがないかもしれない。
「リボンと化粧程度でいいだろう」
さらに、男女兼用のコートでも着こめば大丈夫だろうと龍斗は訴える。
もともと容姿も淡麗で、長い髪を持つ彼ならば、遠目でも近づいても女性っぽく見えるはずだった。
だがしかし、そんなんじゃだめだと黒百合が断固反対する。
瑞朔 琴葉(
jb9336)はそんな2人を甲斐 銀仁朗(
jc1862)と共に見ていた。
「こんな時期だと独り身になるのが怖いから必死なのね」
立て籠もるなんて面白いじゃない、と立て籠もる女性陣と嫉妬団の面々に、どう「遊ぼう」かと笑みを零しながら琴葉が言う。
「まあ、なんつーかなぁ……嫉妬団のにーちゃん共の手段はアレなんだが、とっ捕まったねーちゃん共も楽しんでいるようだし、正直放置しときゃいいんじゃねぇか?」
割れ蓋に綴蓋で丁度いいのではないかと銀仁朗は思う。
(男女比が1:1になりゃあ続きはねぇだろうし……)
だがしかし、表向き世間様的には迷惑というのならば、止めるしかないだろう。
「できりゃあ「穏便」に済ませてぇもんだ」
「そうね、穏便に」
「ああ、「穏便」にな」
二人の声音は、なにやら多聞さを含んでいた。
「もっと女性らしくなる為にその筋肉とか声帯とか、邪魔な骨格とか取っ払っちゃ駄目よねェ……あ、冗談よォ……♪」
麻酔やメスの医療道具をしまいながら言うのが、終わりの合図だった。
結局の所、化粧を任せることと話し言葉を多少女性のようにするので折り合いをつけた龍斗の出来を黒百合が他の面々に問いかければ、大丈夫だろうとの答えが返る。
これで大丈夫じゃないとからかわれたら、説教の一つでも口から出そうだった龍斗だったが、そこまでしないでいいようだ。
「さ、行きましょう」
龍斗と共に、琴葉が歩きだす……。
そうして暫し後。
「あ、あああああの、お嬢さん方……!!」
男二人が食いついてきた。
前もって嫉妬団の顔を写真等で手に入れていた面々は、それがアキちんとノブちんと呼ばれるメンバーだと認識した。
「三人で行動してると思ったら、違うみたいですね」
透次が首を傾げつつそういえば、銀仁朗も小さく唸った。
ひょっとしたら別行動で、他にも声を掛けられている女性がいるのか……。
「でも、ひょっとしたらアジトにいるかもォ?」
竜胆が居ないということは、ひょっとしたらアジトで何かがあるのかも。
そういう黒百合に、そうかもしれないと透次も頷く。
そんな中、動きがあった。
「暇で友人と散歩してたのだけど、女同士の散歩はとても寂しいのよね」
琴葉がねぇ? と龍斗に問いかければ龍斗も僅かに頷く。
その様子をみて、アキちんとノブちんの声音に力が籠った。
「しっかりとかかったな」
銀仁朗がにやりと笑う。
彼の目の前では琴葉が掛かった獲物ににこりと笑みを零している所だった。
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上手く餌に食いついていた頃……先行しアジトへ「嫉妬団の仲間」になりたいと立候補していた竜胆といえば……。
「同志よぉぉぉぉぉ!!!!!!」
と肩を掴まれ揺さぶられ、涙ながらに受け入れられ、お菓子なんかを貰っていた。
瓶底眼鏡、帽子、猫背で地味なコート姿……そんな小細工も、彼らの「同志」として認められる一因になったのだろう。
(思った以上にすんなりいったな……)
いけっちが一人残り、嫉妬団としての心得を教えてくれるのに頷きつつ、女王様な女性陣達を見守るのだった。
その頃、アキちんとノブちんは琴葉と龍斗にメロメロだった。
「あらァ、食いつきがいいじゃない♪」
プロデュースした黒百合の表情はにんまりと楽しげだ。
まさに楽しむためにここまできっちりと仕込んだわけなのだから、当然の結果ともいえる。
「でも、優しいあなた達に声をかけてくれて嬉しいわ」
優しいなどとそうそう言われないのだろう、アキちんとノブちんの喜びように、何かこう……胸に迫るものを感じる透次。
(こじらせるとあぁなるのかな……)
アキちんの頬をゆっくりと指先で撫でてやれば、うっとりと瞳を細める。
琴葉から漂う淫靡な雰囲気に、たじたじのようだ。
銀仁朗が透次の肩を叩き、注意を向ける先。
どうせなら、のんびりと過ごせて楽しい場所へ、と口説く二人に琴葉と龍斗が視線を交わす。
(漸くいけるか)
龍斗の冷やかな視線が案内する二人の背中にと突き刺さる。
そうして、囮二人は無事、アジトへと向かうことになった。
「帰ったぞー!」
ドアを開けたのは、竜胆だった。
「お帰りなさい」
囮役と後ろから追跡していた皆の視線が一直線にを地味なコート着こんだ竜胆に行くが、そこは様々な経験を積んだ撃退士。
何か考えあってのことだろうと大きな反応は示さずまずは、中へと入っていく。
「無事、潜入しましたね」
透次がしまったドアを見て呟く。
「どんなタイミングで入るべきかな」
「上手く潜り込めりゃいいんだが」
「じゃぁ、私が先行するわねェ」
ついでに、ドアを開けましょうか? という問いに透次と銀仁朗が頷く。
それを合図に入るのもいいだろう。
瞬間移動し、壁をすり抜け入った先……。
そこにはコートを脱いで、化粧を落としを使いつつネタばらしをする龍斗がいた。
目を見張る嫉妬団。
「騙されるほうが悪い。さて、どうする?」
どうするも、なにも。
フリーズしたままの男性陣とは違い、琴葉の懐柔により女性陣は和気あいあいとしていて気がついていない。
黒百合がドアを開ける、それが、此方からのアプローチをするきっかけとなった。
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透次がドアからは入った先では、既に黒百合も琴葉と共に女性陣達と話をしていた。
(うわ、もう盛り上がってる)
だがしかしその内容にちょっと頬に血が上るのはしょうがなかったかもしれない。
会話はちょっとピンク色のハートが飛び交うようなモノである。
「けど、そういうの好きでしょ?」
突然誰かに振った琴葉の視線を追えば、いつの間にやら銀仁朗がやってきていた。
琴葉が交流を持つまで待機して待っていたのだ。
「そうだな……」
嫉妬団の人さらいをやめさせ、既にいるこの女性陣達と「外」に遊びに行かせたい。
最終目標はそれだが、その前にまずはちょっとした「お仕置き」を。
(なぁに、俺と琴葉のお話でちょっとSAN値チェックをしてもらうだけさ。壊れなきゃいいねぇ……)
黒百合に吸血幻想されつつ、純粋な少女との甘い(?)会話を楽しむ美夏をのぞく三人は、どんどん話の度合いが凄くなっていく琴葉と銀仁朗の話に顔面が蒼白になっていた。
最初は恋愛の話をしていたと思ったのだけれども。
アレやソレ、モザイクをかけてさらに伏字の上に意味不明な効果音で消される……。
そんな「二人の生活」の話(ちょっとしたハードなお店とかビデオとかアニメとかゲーム)らしいのだが、それは女性達にとって、初めての体験だっただろう。
のちに彼女たちはこう語る。
“新しい世界が見えました”
と。
そんな中、男性陣といえば……。
龍斗によって集められていた彼らはやはり同じくばっきばきに心を折られている最中だった。
妻帯者である彼は、学生といえども夫婦ゆえ甘い日常がある。
最愛の妻と甘い日常があるというならば、夜だってそれはもう甘いものなのだ。
それを語り聞かせるのは、行動不能にするためである。
「絶望したか? 何秒掛かったかは知らんが……それが、お前の終着点だ」
冷たい笑みを浮かべる龍斗の目の前ではめっためたに心が折れた嫉妬団の姿。
「凄く、カオスな気もする」
彼女が居ない歴=年齢。
なんだかよく分からないが、自分の背もしゃきんと伸びる気がする透次だ。
「あと、ちょっときいて欲しいんですけれども」
集めてきた、嫉妬団怖い、とかそういうことする人は嫌い、等の声を聞かせれば、既に折れていた男性陣の心が、さらに粉々に砕け散ってしまったようにも感じる。
それを見て、廃人になったかもしれねぇな、と銀仁朗が心の片隅で思ったのだった。
崩れ落ちた嫉妬団達から離れ、龍斗が銀仁朗と琴葉に心を折られた女性陣達の元へやってくる。
「今は、お前たちに魅力があるからお姫様のように扱って貰えてるが、魅力が無くなった途端に捨てられるぞ?」
その言葉に、うぅっと声が漏れた。
「まぁ、クリスマス頃に捨てられたとしても俺には関係ないが。仮にそうなったら、笑えてくるな」
龍斗のダメ押しに、がっくりと肩を落とし、もう動けない……といじいじと床に円を描いている女性陣。
彼なりに女性陣を心配しての台詞ではあるが、折れた心にさらなるダメージが入っているようだった。
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そんな彼女たち現れた救世主は、寄り添い、声をかける竜胆だ。
先程の垢抜けなかったあの男が、まさの美男子という状況に、女性陣達の瞳が瞬く。
「ねえ、透明な空気の季節……ここから出て、その澄んだ中でキミの笑顔が見たいな? 一緒ならきっと冬も寒くない」
微笑を浮かべ、そっと愛乃の耳元に唇を寄せる。
「……ね?」
その言葉に、うっとりと瞳を潤ませる愛乃。
うっとりと妄想の世界へ旅立つ彼女は大丈夫だと判断し、今度は綾香の元へ。
「キミの好きなもの何? 良かったら美味しいお店探して、一緒に行きたいな」
恭しく手をとられ綾香は竜胆と視線を合わせた後小さく頷く。
顔を真っ赤にし、どこがいいかなと考え始める彼女も大丈夫だ。
最後に結衣の元へ。
「閉じこもってくすんでる子は魅力ないよ。僕が追いかけたくなる姿、見せてみなよ?」
意地悪げなその笑顔に、きゅんっとなった結衣も、自信を取り戻したようだ。
なんだか当初と違った形になってしまったが、廃人にしたいわけではないのでこれもまたいいだろう。
「黒百合さんとの会話、楽しかった!」
ちなみに残った美夏は黒百合によってそこまでダメージは受けていなかったようである。
女性陣の心がいい意味で立ち直ったの見届け、琴葉が銀仁朗を招きよせる。
「ちやほやされるより堕としこみたいわ、飽きられるのって嫌だから」
そういう考えもあるのか、と女性陣達が瞳を見開く中、二人が仲良くデートをしに去っていく。
そんな二人を撃退士達は見送り、嫉妬団と女性達もなんともいえない表情で見送った。
一番しょげかえってるリーダーに近づく竜胆。
「行動力あるんだし皆で楽しんでたんだから、このまま外で楽しく遊んじゃえ。彼女らも嫌じゃないから留まってたんだし、チャンスは掴まなきゃ」
知らず壁ドンされて、きゅんってなるアキちん、違う世界が見えそうになってる彼の耳許で竜胆が囁く。
「ね?」
こくこくと頷くアキちん。
新しい世界と、新しい可能性が目覚めたようである。
他にも、黒百合が男としては可能性があると、元気づける。
「大丈夫よォ、……きっと」
最後のきっと、というのが若干不安が残るもののそれでようやく皆に生気が戻ったようだった。
「なんだか薔薇が散ったように見える気がするわ」
女性陣達がぼそりと呟く頃、漸く皆が落ち着いて話を聞ける状態になったと判断した透次。
「皆さん、ちょっと話を聞いてください」
女性陣達は、一寸無防備のようにも思えると言葉を紡ぐ。
「男は基本……一皮向かれれば自制不能なケダモノに成り得る面もありますから」
だからこそ、自分の身を大事にして欲しいと一言。
「見ず知らずの男に付いて行く火遊びは程ほどに」
そしてなにより、甘い話には裏があることも多い。
今回はたまたま運が良かっただけなのだ。
「何かあってからでは遅いのだから女の子はもっと気をつけないと……と思います」
満足したら、ちゃんと帰宅して親御さん達を安心させて欲しい。
彼の真摯なその言葉に、嫉妬団、そして女性陣達も正座をして頷くのだった。
お互いに謝りあったあと、それぞれ連絡先を交換したようで心なしか皆の間にいい空気が流れる。
「あの……もしよかったら、今から一緒に遊びに行きませんか?」
それに女性陣達がいいわよ、と答えを返す。
「で、あの」
リーダーの心細い視線が竜胆に向けられれば、にこりと微笑む。
「じゃぁご一緒しようかな」
先ほどの言葉を嘘にしたくない。
「他のみなさんは?」
龍斗はその言葉に遠慮しておこうと答えを返す。
今はそれよりも愛する妻の元へ戻りたい気持ちだ。
黒百合も帰路につくことにし、透次もゆるりと首を振った。
「ちゃんと帰宅してくださいね?」
安心させてほしいと言えば、女性陣達が頷く。
「じゃぁ、行ってらっしゃい!」
見送る人、向かう人。
そうして、無事、事件は解決したのだった……。