●ドMなスイカが居るってよ
真っ赤な太陽、雲ひとつない青空、白い水しぶきをあげる青い海!
そしてカンカンに照らされ熱い砂浜では沢山の人々が……おらず、6人の撃退士達の目の前にはただただ静かな広い砂浜が広がるばかりである。
あちらこちらにゴミや漂流物がある程度で、少なくとも視認出来る範囲では、ディアボロの姿は見られなかった。
そんな浜辺に荷物を置き、準備を始める黒百合(
ja0422)。
「夏と言えばスイカ割りねェ」
(今年の夏はスイカ割りしてないから楽しみだわァ♪ )
黒百合は自ら持ってきた簡易更衣室で着替えた後、砂浜にと足を踏み入れる。
水着姿が眩しい黒百合は、まさにこの海にふさわしい格好だった。
そんな彼女と同じように、海に居そうな恰好を心得てきたのは礼野 智美(
ja3600)だ。
「……はた迷惑な」
レジャーシートやらクーラーボックスを設置しながら智美が眉をひそめた。
(残り少ない夏休みを普通の人にも楽しんでもらえるようにしないとな)
クーラーボックスから飲料水を覗かせつつ、ビーチサンダルな足元が、砂浜に足跡を残す。
ディアボロを誘きよせるためにもとことん夏らしさを押し出さなくては!
そんな近くには、職員から渡された大量のスイカがこれでもか、これでもかというぐらい置いてある。
流石にただ置いてあるだけだとディアボロも殴られないと分かっているのか出てくる気配が微塵もない。
「おおーっ、スイカが山になってるじゃん! 全部食っていいの?」
花菱 彪臥(
ja4610) が猫耳(のように見える髪)をぴこぴこ揺らしながら言えば、黒百合が首を振った。
「そっか、スイカ割りをしないと敵がでてこないんだっけ」
それを思い出した瞬間、猫耳(のように見える髪)がしょぼんとなった。
職員から渡されたスイカは、これでもかという程多いため、囮に使った後もぞんぶんに楽しめそうだ。
陽波 透次(
ja0280)がそんなスイカを見て小さく呟く。
「スイカ、持ち帰っても良いのか……」
姉さんへのお土産にしたいな、と言葉をさらに零した後、本音と言えば。
(今月も生活費厳しいから貰える食料は何でも欲しい……)
どことなく悲壮感が漂っていた。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はスイカを一つ手に取った。
スイカ割りを楽しむ……いや、楽しみながらディアボロを倒すのだ、そのためにもスイカを浜辺に角度(?)を気をつけつつおけば、なんとなくザ・夏! という空間が出来あがる。
「スイカが割れやすい角度ってこんな感じですかね」
割れやすい角度とは、という感じだが、それでなんとなくスイカ割りをこれからするぞーという雰囲気がでてくる。
別に皆が表だってテンションをあげたわけではないが、なんとなくきゃっきゃうふふしている幻影がみえてきた……気がした。
クレメント(
jb9842)がそんな雰囲気を感じながら呟く。
「スイカ割りで、キャッキャフフフ……ですか?」
光纏した撃退士が渾身の力でスイカ割りしたら、スイカが粉砕されそうだと思う。
「やはり本物のスイカには手加減した方がよさそうですね」
だがしかし、手加減出来る状況なのだろうか。
智美が発動した阻霊符のお陰でなんだかぽこぽこと遠くの方で姿が見えた気がした。
「えーっと、スイカ置いて、日本刀構えて、バサーっとやって、食えみたいな?」
彪臥がスイカ割りとは? と知ってる人に教えてもらおうと辺りを見渡せば、エイルズレトラが置いたスイカの脇に、なんだか期待に満ちた瞳をしたディアボロがすちゃっと顔を覗かせていた。
一撃を食らうまでは、絶対に動かない。
そう強い意志を感じられる。
「ケセランに背後を守って貰おうと思っていたけど」
呼び出したケセランがふわりふわりと透次の背後を守るが、なんだかこれだとそこまで気にしないでもいいような。
一体どれだけドMなんだ……という雰囲気が、撃退士達の間に広がっていく。
「あらァ? 30個全部おけば、脇に出てきそうねェ」
黒百合が若干多めにおけば何かあっても大丈夫だろうと判断し、手が空いている智美やクレメントと共に設置していく。
ぽこぽこと置かれていく緑色のスイカ。
その数、40個。
普通のスイカが40個あるだけでもシュールだというのに。
「……思っていたよりもシュールな風景ですね」
クレメントがぽつりと零す。
わらわらと緑色のディアボロが期待に満ちた輝きを放ちながら近づいてくる姿は、シュールさが増していくのだった。
ざぁぁんとざぁぁんと波の音が響く。
その音の合間に、かなり盛大な打撃音が響きわたった。
●スイカ割り、いやディアボロ割だ!
その頃、エイルズレトラが置いたスイカに沸いて出てきたディアボロは、勿論エイルズレトラによって、渾身の一撃を食らっていた。
振り上げられた天羽々斬。
「どうだ……!」
風を切る音が、明らかに全力を出しました! とディアボロに伝えてくる。
その一撃の打撃音は、その場にいた撃退士と、そして期待に満ちた輝きを放つディアボロ達の間に響き渡った。
「……ふっ、汚ねえ花火だぜ」
砕け散るスイカとディアボロ。
隣にあったスイカもディアボロがぶつかったことにより粉砕されたお蔭か、華々しいワンシーンを飾っていく。
ちなみに、『ディアボロに当たる直前のその瞳は、恍惚としていました』とはそれを見ていた彪臥と透次の談である。
さて、では自分もと透次がスイカにと目を凝らす。
すでにディアボロはほとんどが此方にきているようで、探す手間はなさそうだ。
「目隠しはいらなさそうだな」
うるうると期待の眼差しで見詰めてくるディアボロと目が合い、日本刀を構える。
(威力足りるかな)
赤刃嵐を纏った日本刀をそのまま大振りで渾身の力を込めて叩きこむ!
「どうだ!」
どこか恍惚とした瞳をしたディアボロは、まだまだ足りぬとぐわっとその口を開け飛びかかってくるのをさっと避け、再び叩きこむ!
そんな透次のうしろを、次は俺だぁ! と詰め寄ってくるディアボロを必死にケセランが食いとめているのだった。
その近くで勉強中なのが一人。
「へー、そうやるのか」
スイカ割りとは何か、というのを理解した彪臥。
本来のスイカ割りとはちょっと違うのだが、そこには気がつかずスイカの……いや、ディアボロの目の前に立つ。
睨みあうディアボロと彪臥。
やれるもんならやってみろ、という挑発に抗う理由などない!
「面白いじゃん、一撃でやっつけてやるぜ!」
きらきらしている瞳と目が合うのににやりと笑って神輝掌を叩きこめば、恍惚とした表情をしながらディアボロが粉々になっていく。
「よし、次はどいつだ?」
次は俺だぁぁとディアボロが自らやってくるのに、にっと笑うのだった。
最後の一個を設置し終わった後、クレメントの目の前に置かれたスイカの脇に、ぽこりとディアボロが現れた。
「おや」
ドラグーンハルバードを手にしたクレメントと目が合い、期待にうるうるしているディアボロ。
ドラゴンの顔を模したそれは、まるで二対一で攻め入るようにも見える。
だがしかし一抹の不安があるとすれば……。
(残念なことに私はあまり命中率が高くありません。当てそこなったらご不興を買うことになるかと思いますが……)
「まぁ、ディアボロですし、気分を害されても心が全く痛まないですね」
にこりと笑んで攻撃を仕掛ければ、それは真上とはいかなかった。
「やはり外しましたか」
脇をすりながら地面に吸い込まれたというのに、なぜか恍惚とした表情を浮かべるディアボロ。
ひょっとしたら冷たい言葉にうっとりしているのかもしれない。
「ドMだとはきいていましたが……」
言葉でもいいんですね、と次なる攻撃を仕掛けていく。
そんなクレメントとディアボロの様子を横目で見つつ、智美も金属バットを垂直に振り下ろした。
「手ごたえありですね」
普通のスイカではない反動が、ディアボロを叩いたことを智美に伝えてくれる。
だがしかし、わらわらとでているディアボロに金属バットよりもと刀に持ち変えるの同時に、少し遠くに出てきたディアボロを仕留めるために足にアウルを集中させ加速する。
「真っ二つにした方が反撃もしないだろう」
うるうるとした瞳のディアボロがちょっと可愛くみえなくもないが、間合いを一瞬のうちに詰めた智美は、容赦なく振り下ろすのだった。
すぱーんと綺麗に割られるディアボロの近くでは、黒百合が使うことがなかった棍棒からすぐにロンゴミニアトに切り替え、渾身の力で叩き割っていた。
「あらァ……手応えないわねェ」
比較的あっさりと倒されるディアボロに、瞳を細める。
「スイカを模倣したディアボロだけど味もスイカを模倣してたら面白いのだけどねェ……」
次なる獲物を探しながらそう零せば、期待に瞳を潤ませるディアボロと視線が合う。
持ちあげられたディアボロが、あれ? なんか違うぞ? と噛みつこうとするより先に、黒百合の尖った牙がぶつりとディアボロの身に沈んでいく。
(まァ、元の素材は人間なんだろうけどォ……♪)
どこか恍惚としたように見えるディアボロ。
楽しげに吸いつく黒百合。
なんだか違う意味で、危ない光景が広がっている気もしないでもない。
じりじりと容赦なく日差しが撃退士と、ディアボロを平等に照らし体力を奪って行く。
足元の砂からの熱に、じわりと汗がにじむのだった。
●美味しいスイカとスイカ割り
スイカと、スイカと、スイカ、そしてスイカと……ディアボロ。
先程までと違って、スイカとディアボロの比率が変わったことによりようやく終わりが見えてきたことを確信する。
カンカンと照りつける太陽の下、汗を流しながら撃退士の面々はちゃくちゃくとスイカ割りならぬディアボロ割りを続けていた。
「それにしても、探しに行かなくても全部出てきそうだなー?」
彪臥がぴょこんと耳(のような髪の毛)を動かしながらきょろきょろと辺りを見渡す。
そうですね、とクレメントが頷き、同じようにちらりと辺りを見渡したあとに一言。
「今のこの状態は、スイカ割り競技会のような状況ですし」
そこまで間抜けではないかもしれない、とも思っていたけれどそんなことなかったようだ。
「そろそろ終わりかな?」
ケセランが追い立ててきたディアボロを仕留め透次が言えば、黒百合が被りついてきたディアボロを硬化した腕で受け止め反撃しながら頷く。
「そうねェ、そろそろ皆何体倒したか、報告しあいましょうか」
「それがいいですね」
智美も頷き、確認しあう。
「じゃぁちょっと探してきますね」
エイルズレトラが物質透過を使ってスイカ達の間を歩いて行く。
もしもディアボロが居れば透過出来ずにぶつかるはずだ。
それぞれが相手していたディアボロも満足した表情で倒され、エイルズレトラが居ないようだと戻ってきた。
「皆さんの倒した数を合わせたら、30ですね」
智美が申告すれば、同じように数えていたクレメントも頷く。
「これで終わりでしょうかね」
「そうねェ……じゃぁ、あとは遊びましょうか」
黒百合がそう言いながら、事前に用意していたバーベキューセットに向かって行く。
「ここまで来たのだから最後まで夏の楽しみを満喫しないとねェ♪」
花火もあるわよォとの言葉に、皆のテンションも上がったのだった。
それぞれが自然と役割が出来た後。
「最終確認しますね」
30体のディアボロを倒したけれど。
それでももしかしたら紛れているかもしれないと智美が一個ずつ確認していく。
思った以上に自ら飛び込んで来てくれたおかげで、囮用スイカの数はあまり減っていなかった。
そんな彼女の傍で、透次が検分が終わったスイカを一つ手に取る。
(ちゃんとスイカ割りしてみようかな……)
海で食べるスイカは格別だろうと、砂浜に置いた所ではっと気がついた。
一人ではスイカ割りが出来ないということを……!
そっとケセランに目隠しをして、一緒にやることにする。
「そっちだよ! ちょっと右!」
一生懸命スイカを探すケセランは鳴き声をあげることもあるようだが、一度も聞けず、そして今回も聞けそうになかった。
とりあえずそんな様子が可愛らしくスマホで写真を撮っていれば、彪臥が一緒にスイカ割りをやろうと声を掛けてきた。
「えーっと、そのままスパーンと割ればいいんだよな?」
目隠しもせず、構えた彪臥に、慌てて透次が本来のやり方を教えればなるほどと目隠しを始める。
「じゃぁ行くぜ!」
「分かった、じゃぁまっすぐだよ」
わいわい楽しむ皆の傍で、黒百合達がバーベキューを準備していた。
「美味しそうな匂いだね」
エイルズレトラが白く上がる煙を見つつ、そう言えばクレメントも頷く。
「夏らしい情景ですよね」
これでもっと人がいればいいのだが……それは、今回頑張った撃退士達へのご褒美だ。
静かに仲間内で楽しむのもいいだろう。
「出来たわよォ」
美味しく焼けたお肉をエイルズレトラやクレメント達が別けて行く。
「こっちもスイカがいい感じにわれたぜー!」
彪臥と透次が割れたスイカを持ってくれば、検分を終えた智美もやってきて。
「もういないみたいです」
残ったスイカは皆で別けても十分ある。
持ち帰って、家族や食材の足しになるだだろう……。
「じゃぁ、今日はお疲れさまァ」
黒百合のその言葉に続き、皆の声がはもる。
「「「いただきます!」」」
楽しい時間は続いていく……。
その後、きちんと後片付けも済ませた撃退士達は帰路につく。
もちろん、割られてしまったスイカ達も「スタッフが美味しく頂きました!」状態で、片づけられたのは言うまでもなかった。