●提灯小僧を探す前に
赤い赤い鬼灯が風に揺れている。
この団地の住人達が手入れしていたからか、それらはつやつやと光りを跳ね返してそこにあった。
普段ならば、ここでは住人達の声や生活音が溢れかえっていたのかもしれない。
されど今はとにかく静かだった。
「さて、死角になりやすい所がありゃしませんかねぇ」
百目鬼 揺籠(
jb8361)が事前に手に入れてきた地図を覗き込むのは悪友もとい、古くからの知り合いの柳川 果(
jb9955)だ。
「用意がいいことで」
その言葉に肩をすくめ、揺籠が大まかに描かれた地図を指先で辿る。
詳細な地図はなかったが、大まかでも場所が分かれば動きやすい。
(提灯小僧……豆腐小僧、や……座敷童、の……お友達?)
そんな彼らの傍で、ハル(
jb9524)が礼野 智美(
ja3600)と共に携帯の番号を交換しながら思う。
「パーティーチャットでも出来ればよかったのですが」
とてもいい案ではあったが、そこまでやれる時間はなさそうだった。
「何だか……懐かしいのは、ハル、の村が妖怪、とかを未だ捨ててなかったから……なのか、な」
他の人とも交換し終えたハルは、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)と番号を交換していた僅(
jb8838)の元へやってくる。
「……そう言え、ば……僅……は、妖怪、にも興味ある、の?」
その問いに、小さく頷きを返す僅。
「提灯小僧、か。ディアボロなのが残念だが、余裕があればデジカメに姿を残しておきたいモノだ、な」
出来ると、いい……ね、というハルに僅が頷いた。
提灯小僧? それは知らない子だね! と力強くいう竜胆は、紅 鬼姫(
ja0444) と番号を交換する。
「時々思うけど天魔って僕より伝承とか勉強してるよねー、感心しちゃう」
くすくす笑うのに、夏木 夕乃(
ja9092)が頷いた。
今回依頼を受けたのは、いま、目の前で揺れている鬼灯のとてもいい感じのオレンジ色に惹かれてだ。
「このほおずきって、ジャパニーズハロウィンに精霊を導く灯なんでしょ? ならそれまで大事に育てて、霊達が迷わないようにしてもらわなくちゃね」
「その通りでさぁ、さて、地図は見終わりましたんで?」
揺籠の地図も全員が確認し終え、手元にと戻ってくる。
「二人ペアで、横の棟毎の間を、縦同方向へ進みつつ探索するのがいいと思いますの」
鬼姫からの提案通り、二人ずつ、問題なく四つの班に別れた撃退士達は、小道へと入って行く。
「遅い人に会わせて歩いて行けば、全体の動きは合いそうですね」
智美の言うとおり、各班の一番遅い人に合わせて歩いて行けば間から他の班の面々も見ることができそうだった。
どの班の元に現れるのか……。
ただただ静かに、鬼灯が揺れている。
●提灯小僧を探せ
人が誰もいない団地というのは、どうしてこんなに不気味なのだろうか。
太陽が団地に光を、そして不気味な影を作り出す。
そんな中、八人の撃退士達がゆっくりと歩を進めていた。
(陽光は嫌いですの)
まぶしい光に瞳を細め、鬼姫は思う。
「人の気配が無いだけで、随分と風情が変わりますの」
鬼姫が日傘をくるりと回しながら、そっと普段ならば子供達が駆け抜けていただろう路地を空の上から見る。
今は誰の気配もない路地は、どことなく物寂しく、そしてどこか不気味でもあった。
そんな路地を歩くのは僅だ。
生命探知を使い歩く僅は、下階から上階まで誰もいないことを確かめる。
「少なくとも、ここにはいないようだ、な」
それに、とそれでも一度辺りに視線を巡らせる。
「他の人の気配も、ないよう、だ」
見えるのは、共に探す鬼姫に、間から見える隣の班の面々のみ。
鬼姫も僅も、共に携帯で連絡を他の班と取り合うが、今はまだ誰も出会っていないようだった。
「ハルさんは宜しくお願いしまさ」
そんな挨拶と共に一緒に調査することになったハルと揺籠も警戒しながら歩いていた。
地図で確かめた死角は特に注意深く確認していく。
「ハル、は……揺籠と一緒。揺籠も苗字、が……妖怪、だね」
あんまり人のモノを盗っちゃダメなんだよ、とわずかに微笑むハルに揺籠も笑う。
「一介の妖崩れの仕業で、俺たちの肩身が狭くなんのも困り物でさぁ」
それに頷き、ハルは視線を左右だけでなく上にも向ける。
きらきらと眩しい太陽光のみで、特に何もなさそうだ。
双眼鏡を覗き込んでいた揺籠は耳も澄ましてみるが、足音が聞こえることもなかった。
「空の上からもみやしょうか……」
それもありかもしれないとハルが頷いた所で、間から竜胆と夕乃の姿が見えた。
竜胆と夕乃は共に調査しながら歩いていく。
「植栽に駐輪場、建物の陰もだし……死角は多いねぇ」
竜胆がスマホを操作し、誰の所にもでてないのを確認しながらそう言えば、頭上に視線を向けていた夕乃が頷く。
「ただ前情報通りなら、急襲はないはずだよね」
本来の提灯小僧の動きを模しているのならば、それはなさそうだった。
けれど、人を襲えなくてじれてるかもね? と竜胆は笑う。
阻霊符が発動しているお蔭で、壁抜けは出来そうにないけれど、死角を使えば不意打ちも可能だろう。
「だよね……」
夕乃が頷きながら、確認していく。
竜胆も壁によって見えない場所に注意していたその時、夕乃の緊張した声が聞こえた。
「……あれ? あそこ!」
夕乃の視線が八階から順に降り、丁度二階に差し掛かった時だった。
「ん?」
「何か動いたよ」
今は誰もいないはず。と、なれば……。
「提灯小僧かな」
視線を外さぬまま、先に動いたのは竜胆だった。
「妖怪ごっこさせてあげられなくて、ごめんねー?」
微笑みを浮かべたまま、広がった炎と共に落下してきた提灯小僧。
されど、その身を炎に包まれながら、彼もまた、二人にと提灯を掲げ、炎を伸ばすのだった。
「よろしくおねげぇしやす」
「此方こそ、よろしく」
そんな挨拶を交わしたしばしの間、何事もなく果と智美も足を進める。
目視だけでなく、今は誰もいないということから、物音にも注意しながら果は辺りを探す。
ゆらりと揺れたのは鬼灯のようで、他に何かないかと視線を上へと上げていく。
そんな隣で智美も同じように探していた。
(鬼灯は住人が植えてるって話だし犠牲者が出てるって事は今住んでいる人がいるんだろう?)
ならば、今あるこの建物を出来るだけ壊さず行きたいものだと、目視しながら思う。
影になりそうな所や、頭上も注意してみるが、少なくとも見える範囲では特に何もなかった。
「やっこさんはどこにいるんだかねぇ」
携帯を共にこまめにチェックするが、特に何も連絡がない。
「ちょいと空の上から探しますかねぇ」
果が闇の翼を使おうとした時だった。
騒がしい気配を感じる。
「夏木さんの所ですかね?」
「行きましょう!」
駆け出す二人を見送るように、鬼灯が揺れていた。
異変はすぐに他の撃退士達にも伝わっていた。
緻密な連絡と、その他にも視認しやすいよう歩を同じくして進めていたのも功をそうしたのだろう。
姿の見えぬ竜胆と夕乃に提灯小僧が出たことを感じ取り、速やかに移動していく……。
●提灯小僧と鬼灯と
提灯小僧は顔を真っ赤に膨れさせ、不満というものを表現していた。
夕乃により、無数の腕に拘束された体をゆするが、解けそうにない。
その上、後ろから忍び寄る姿に気がつけなかった。
「後ろの正面……だぁれ……?」
そんな提灯小僧の後ろから、鬼姫がネビロスの操糸が伸びて首を、影を拘束していく。
「……ふふふ、その首、頂戴しますの」
鬼姫を振りかえり憎悪に塗れた瞳と、鬼姫の冷静な瞳が交差する。
「砂原さん、ちいっと、下がったほうがよし、かと」
「怪我、治し、て……」
果が状況を見極め、そう言えばハルも割り込みながら言う。
「回復、しよう」
僅から贈られる暖かな光。
それが傷を癒し修復していくのをみて、提灯小僧が憎悪の眼差しを向けてくる。
「ありがとう、助かったよ」
つけた傷を癒されるのはなによりも許し難いのか。
拘束を振りほどき、咆哮をあげ自分の頭上より一撃をくらわす揺籠の攻撃を提灯が受ける。
ぶわっと広がった炎は揺籠と智美を巻き込んだ。
「僅、二人、の怪我を、おねがい」
僅がハルの言葉を受け、二人へと光を送りこめば、果の描いた猫が踊りかかった。
のらりくらりと動くその姿に、地団太を踏む提灯小僧を竜胆が澱んだ気のオーラで包み込む。
舞い上がる砂塵が、体に傷をさらに作りあげて行く。
「なんだか……ハル、よりも色んな表情、してる……みたい」
聖なる鎖をそんな提灯小僧へ伸ばしながら、ハルは思う。
苦しいのか、哀しいのか、それとも怒っているのか。
(どれにしても……早く、自由にしてあげたい、な)
そんな中、怪我を僅に治療してもらった揺籠へと、果が声を掛ける。
「ちいっと離れた方が良さそうだ」
果の言う指示に揺籠が素早く反応した。
再び巻き込まれぬよう、仲間から距離を離して攻撃を仕掛ける揺籠に続き、智美も目にも止まらぬ攻撃を繰り出す。
「俺のことも忘れないで下さいね」
「そうそう、僕のこともだよ!」
夕乃も攻撃に転じれば、提灯小僧に不満げな表情が浮かんだ。
「あら、一人前に不満顔?」
竜胆の言葉に満身創痍の提灯小僧がどんどんと足をふみならす。
そんな提灯小僧の首にと鬼姫のネビロスの操糸が掛る。
「そろそろ終わらせましょうですの」
ぐらりと倒れた提灯小僧の指先が、鬼灯にと当たる。
ゆらゆらと揺れる鬼灯が、ひとつ、そのままぽとんと、倒れた提灯小僧の傍にと、落ちたのだった。
●鬼灯が揺れる日々
全てが終れば、団地の雰囲気はどこか明るくなったような気がした。
皆の心配りのお蔭で、多少壁に傷がついた程度でこのまま住人が戻ってきてもすぐに生活をすることが出来るだろう。
揺れる鬼灯達を各々が手に取り、時にゆっくりと見て回って行く。
住人達によって植えられたそれらは、どこか誇らしげに撃退士達を迎え入れた。
果と揺籠はそんな鬼灯を数株貰っていこうと二人、のんびりと見て回っていた。
「少し分けて貰いましょう」
足元で揺れる鬼灯に視線を落とし、ゆっくりと見て回る。
(鬼灯人形なんぞ、住処のガキ共にゃ珍しいかもしれません)
瞳に映る鬼灯に、そんな思いが湧き起こった。
「お疲れさんでした」
先に選び終えた果が手に取る傍ら、これぞという鬼灯を見つけた揺籠も座り込み手に取る。
「えぇ、蛇さんも」
多くは語らずとも通じ合えるのは長く共に過ごした仲だからだろうか。
数株貰い受ける揺籠の後ろで、果の指先は赤い実を一つ手の中で転がしていた。
種を取ったそれを程よく柔らかくしおえたのと同時に、数株手に入れた揺籠も立ち上がる。
そっとさらに忍び寄り、肩を叩く果。
「……?」
振り向くと同時に、瞳に入ってきたのは、真顔で鬼灯笛を吹く果だった。
小さく笑い、肩を叩けば果も楽しげに瞳を緩める。
「相変わらず器用なもんですねぇ」
吹きながらゆらりと視線を移動した先では、ハルと僅が鬼灯を見ていた。
なんだか不思議で、でもとっても惹かれて。
ハルはどこか楽しげに、僅は無表情ながらも楽しんでいる……ような雰囲気を見せながら共に鬼灯を見る。
「ハルは如何、だ? 鬼灯は見た事、触った事、遊んだ事がある、か?」
鬼灯はハルの村にも沢山あったと頷きつつ、遊ぶという言葉に首を傾げる。
「……これ、で遊べる、の?」
鬼灯はただただ揺れるばかりで答えはくれない。
遠くから眺めるだけの
「僅……は、遊び方……知ってる?」
それに僅が実で音を鳴らしたり笛になると伝えれば、ハルの瞳が輝く。
それにしても、と僅が小さく呟いた。
「鬼灯の花言葉は「偽り」「ごまかし」……だった、か?」
(まあ、あの実周りは大き過ぎて、確かに誤魔化されている気もする、な)
そんな彼の視線の先で、果と目が合う。
笛を吹いている果ならば、ハルも教えてもらえるだろうか。
「ハル、作り方、教えてもらう、か?」
「うん……!」
二人、揺籠と果の元へとゆっくりと向かっていく。
そんな彼らの近くでは、目に映る綺麗な鬼灯のオレンジに瞳を輝かせる者が居た。
ゆらゆらと揺れるそれらは夕乃を目で楽しませてくれる。
「イェ〜イ、ほおずきさんゲットー♪」
一つ手に取り、手袋の上で転がした鬼灯。
「コロコロのオレンジの実、かわいいなあ」
出てきたオレンジの実が、どこか楽しげに掌でころころと転がっていく。
(またここの人達が戻って、来年も見られるといいな)
楽しげな夕乃の傍で、同じように鬼灯を選んでいるのは鬼姫と竜胆だった。
一つ一つ。
そのどれもが同じようでありながら、どこか違う鬼灯達。
丈の短めの鬼灯の中から、さほど多くはないけれど、瑞々しい色を称える鬼灯を二本、選び出したのは鬼姫だ。
「鬼姫の、お友達へのお土産ですの」
「へぇ、いいの選んだね」
その二本は鬼姫が友達への思いを込めて選んだからか、とても美しく見えた。
竜胆も鬼灯が好きそうなはとこのために、瑞々しい鬼灯を選び出す。
自分は遊び方を知らないけれど、きっとはとこならばこの鬼灯を鑑賞だけでなく楽しく遊んでくれることだろう。
そんな二人の近くで、智美ものんびりと鬼灯鑑賞をしていた。
鬼灯と言えば家の庭に生えているものだったし、ほおずき市へ行くようなこともなかった。
目の前で揺れる鬼灯は、きっと自分の家と同じようにお盆の時期には仏壇やお墓に供えられることだろう。
「……本来は結構種類があるそうだけど……妹が食用鬼灯があるとか言ってたっけ」
ここの鬼灯にそれがあるかは不明だが、妹も気になっていたようだ。
あとで住人達が戻ってきたときに、株分けしてもらえないか管理人さんに聞いてみるのもいいかもしれない。
きっと管理人や住人達は喜んで株分けしてくれるだろう未来が見えた気がした。
さらりさらりと鬼灯達が、早く帰ってきて? とでもいうように音を奏でる。
団地に人々の楽しげな声が戻るのは、そう遠くはない未来だろう。