●鯉のぼりの反逆
至急向かって欲しいと言われたその空き地にそいつらは居た。
ふよふよと飛ぶ姿はやはりどう見ても怨霊というよりはディアボロである。
「何を隠そう! 自分は鯉料理の達人(自称)! 鯉に生まれてきたその身を呪うがいいで御座る!!」
だがしかし、鯉じゃなくて鯉のぼりだよね、と自己突っ込みを入れつつの静馬 源一(
jb2368)の言葉に、びくーっとディアボロが体をすくませた。
「鯉の調理はまず下処理が大切で御座る」
取り出したのはスナイパーライフルXG1。
「そのままでは生臭い鯉の身は、泥を吐かせことにより繊細な味を取り戻すので御座るよ」
射程が長いそれで、容赦することなく満遍なく攻撃を叩き込まれれば、料理名そのものではないためか、素早い動きでその弾を避ける。
そんなディアボロを見つつ、斉凛(
ja6571)は、ディアボロはどうでもいいからアイスを堪能したいと見詰めながら思う。
「まあ……スイーツの前の運動は、美味しさ100倍ですものね」
純白のメイド服を風に揺らし、凛が小さく呟いた。
美味しさ100倍のためにもまずはあのディアボロを倒さなければならない。
「へ〜、魚料理を叫びながら倒すんだね」
鯉料理という言葉にびくーっとしたディアボロを見て、なるほど納得だとアーニャ・ベルマン(
jb2896)が頷く。
「まるで必殺技を出すみたいだね〜」
日本の戦闘物のお約束みたいだと思いつつ、どれがお父さんなのか三体を見つめる。
同じくディアボロを確認しながら首を傾げるのはRehni Nam(
ja5283)だ。
料理名を叫びながら攻撃をすればいいという情報は貰っているが、それは一体どういうことなのか。
「良く分かりませんが、分かりました!」
呼び出した金狐が、ゆらりと九つの尾を揺らした。
「さあ、鯉のぼりディアボロ、今、三枚に下して上げます……!!」
キュピーンと光る瞳、手に持った中華包丁も鈍く輝きを放つ。
いざ、行かん……! と足を踏み出した所で、それより先に動く気配があった。
「鯉の刺身ーーーー!!!」
満月 美華(
jb6831)がお母さん鯉のぼりを三枚おろしにしようと踊りかかる!
だがしかし、鯉料理の名を呼ばれびくーっとしたお母さん鯉のぼりに到達する前に、ぱかっと口を開けたのはお父さん鯉のぼりだった。
ぱかっと開いた口が、ひゅごごごごという音を立てて、美華をぱくりと吸い込んだ。
「えぇぇぇぇ?!」
戦慄が走る。
近くに居たら、確実に吸い込まれるということか!
のちに、美華はこう語ったという。
「お魚がどうしても食べたかったんです」
と。
●鯉のぼりの口の中
「あの中、ちょっと気になるからヒリュウ、行ってきてくれる?」
美華も未だ外に出てこれていないその中。
もう一人? 入るのかは疑問だったが、アーニャの好奇心は止まらない。
涙目になったヒリュウだったが、依頼自体が久しぶりな上、そもそも鯉料理について叫べない。
そうとなれば、ふよふよと近づいたが最後。
「あ、行けたね」
中で美華とあったかは定かではないが、すぐにぺいっと吐き出されたヒリュウはべっとりと涎に塗れた毛が、可哀想なぐらいぺしゃんと潰れてしまっている。
「うわ、べちょべちょ、寄らないでね」
結構なダメージがあるようだが、それよりも精神的ダメージが大きいような。
澱んだ瞳をしたヒリュウにアーニャのその言葉は非情な台詞だったようだ。
「あとでちゃんと洗ってあげるから〜」
それに気がつきそう言えば、ちょっとだけ機嫌が回復したようで。
「で、どうだった?」
ひゅごごごごと飲みこまれた鯉のぼりの口の中は、薄いピンク色だったそうだが、ヒリュウがアーニャにそれを伝えようと必死だが、やはり何を言ってるのか分からなかった。
「……よーし、しっかり倒すか」
気を取り直し、お父さん鯉のぼりと視線を合わせる。
何かがくる、ぞ……! と瞳を見開きつつも砲撃しようと口を開くのに、アーニャが微笑んだ。
「鮒寿司! あれ、鮒って鯉と似てるよね、大きさが違うだけだよね」
ぴたりと止まる動き、一瞬鯉と鮒を間違えたようだが、すぐに動き始める。
「じゃあ、スモークサーモン! 好きなんだよね〜」
レタスでくるくる巻いて美味しいの。と言葉を続ければ、いやそれは鯉じゃない、とばかりにするりと間合いを詰め、その尾を巻きつける。
「サーモンって鮭だっけ、お魚なんだから別にいいじゃないのさ〜カルパッチョだって魚料理でしょ」
あえて名前を言わなかったカルパッチョ、という言葉にぽろりとその身を離した。
転がった拍子に、なんだか様子の可笑しいお父さん鯉のぼりに視線が止まる。
「ん……?」
「鯉の姿煮ーーーーー!!!」
ねっとりと涎に塗れた美華がお腹を切り裂きながら出てくるのと、アーニャのヒリュウがその鬱憤を晴らすかのようにお父さん鯉のぼりに攻撃を加えるのは同時だった。
涎を拭いながら美華が見た先では、ダメージを食らったお父さん鯉のぼりがびったんびったんと地面に尾っぽを叩きつけてる姿だった。
流石に一番大きいだけあり、まだ地面に倒れるまで行かない。
大剣で三枚下ろしにするまでは、もう少し掛りそうだった。
その頃、子供鯉のぼりの相手を主にしていたのはレフニーと源一だ。
「鯉こくー!!」
巨大な包丁(アウルです)が子供の鯉のぼりを切り刻む!
出来あがったのは綺麗に切り刻まれた食材のごとき……とはいかなかったが、びったんびったん尾っぽが痛そうに地面を叩いている。
「小サイズは塩を丹念に振りかけてこんがりと……」
びったんびったんと動いていた子供鯉のぼりが、はっとしたようにその瞳を見開く。
でかい目がさらに毀れ落ちそうである。
書物から放たれる炎がその身をこんがりと焼き上げる。
「鯉の味噌煮、塩焼き!」
よくも丸焦げに……! その怒りを込めて源一を砲撃にて攻撃しようとするのを金狐に掴まりながらレフニーが止める。
この状態で吸い込むことが出来るのか。
視線が合った子供鯉のぼりに、にっこりと微笑んだ。
「飲み込んでも良いんですよ?」
飲みこまれたならば、包丁一閃で攻撃すればいい。
ならばやってやろうと言わんばかりに、ひゅごごごと吸い込んだ。
「レフニー殿?!」
今一度放たれた炎に身を焦がしつつ、さらに今度こそその身が割かれた。
「これで、鯉こくに出来ますね」
髪をかきあげ、にこりと微笑む。
ちなみに、金狐が隣でさらさらのもふもふがべったりとなってしまってかなりしょんぼりしていたという……。
お母さん鯉のぼりの興味を引くのは凛である。
「どんなときも、どんなときも、わたくしがわたくしであるために、好きな服は諦めませんわ」
見事に吸い込まれた美華やヒリュウ達を目の辺りにしながらも、凛の気持ちは変わらない。
自分らしくあるために、ジャージは断り純白のメイド服の予備は持って来ている。
だからと言って、吸い込まれるようなことはしたくないのだけれど。
「チョ、チョ、チョ、チョコレート♪ キャ、キャ、キャ、キャンディー♪」
スイーツの歌を唄いながら注意を引きつければ、お母さん鯉のぼりと間合いを測りあう。
にっこりと微笑み、取り出したのは釘バット。
だがしかし、奏でるのはあくまでもスイーツの歌。
鯉料理ではなかったため、動きを止めるまでにいかない!
釘バットを振りあげるのと、お母さんが口を大きく開いたのは同時だった。
●鯉のぼりと鯉料理
最初に息絶えたのはやはり子供鯉のぼりだ。
お父さんとお母さんが子供を庇うのでは……? というレフニーの心配は杞憂となった。
それぞれが足止めをする形なったからだ。
ディアボロに家族の情があるかは不明だが、子供鯉のぼりが倒されたことに気がついたお母さん鯉のぼりが、ぺいっと凄い勢いで吐き出したの者がいた。
「大丈夫ですか?!」
そう聞くレフニーもよだれでべっとりなのだが。
純白のメイド服が、べっとりと張り付いてしまっている。
けれど、その瞳に宿る煌めきは、精神的ダメージを感じさせないものだった。
どこか黒く見える笑みが、その唇に上った。
「生きて帰れると思いまして? 釘バットでも食べて、逝きなさいませ」
大丈夫だと言葉ではなくその釘バットによる猛烈な殴打による攻撃を持って2人に示す。
「中サイズは一口サイズにスライスした後、冷水で身を引き締め、触感と鯉本来の味を楽しむ洗いに……」
殴打され跳ねる体に、源一の攻撃でさらに切り裂かれていく。
「わたくしを食べるなんて100年早いのですわ。この下等生物め! 撲殺天使の一撃くらいなさいですわ」
レフニーにより抑えられたお母さん鯉のぼりに、高く飛び上がり一気に下降した凛による、重力加速も加わった渾身の一撃が放たれたのだった。
怒りのお陰か、お母さん鯉のぼりもその身を沈め、後に残されたのはほぼ虫の息のお父さん鯉のぼりだけである。
お母さん鯉のぼりも倒し終わり、お父さん鯉のぼりに駆けつければアーニャの声が元気に響いた。
「そうだ刺身! マグロの刺身!!」
勿論トロね、中トロがいいな〜と言いながら手裏剣がずぶりとその身に沈み込むのに合わせ、皆の攻撃が一斉に叩きこまれる。
ブリの刺身も好きだよ? と微笑み、再度手の中に手裏剣を生み出す。
「見ての通りのロシア人だけど、けっこう通でしょ」
その言葉に反応を示す前に、とうとうお父さん鯉のぼりも地面にと身を沈めたのだった……。
倒された三体のディアボロ。
全部が全部じゃないけれど、元は人間であることが多い……先程から料理名を叫んでいた物の、食べる気はしないリフリーと違い、美華は食べる気満々だ。
「でも……もしも元が本当の鯉だったら……」
じゅるり。
ほんの一瞬そう思ってしまったけれども、沈められた鯉のぼり達は、やはり食べるまでは行かない。
美華は出来れば食べてみたかったが、そもそも本来の鯉も食べるのには泥抜きやら鮮度やら、色々大変なのである。
それがディアボロとなれば、刺身にしてみた所で食べれそうにもなかった。
けれど、安心してほしい。
そう、ソフトクリームならば食べられるのだから……!
●アイス日和!
それぞれ、体を拭いたり、汗を流したりした後、やってきたのはソフトクリーム屋だった。
準備していた洋服に着替え、レフニーが頼んだのは日本酒のアイス(コーン)だ。
まだ、日本ではお酒を飲むことは出来ないけれど、これならば大丈夫。
「美味しいのですよ〜」
じんわりと暖かな体に広がる甘く冷たい甘味。
仄かに感じる甘さは、日本酒の風味だ。
新しい純白のメイド服に身を包み、桜味をメインに苺にチョコミント、ナッツにバニラを豪華五段重ねのソフトクリームを受け取り、凛がスプーンをそっと差し込む。
体を動かした後の甘味は最高である。
「スイーツは別腹ですの。幸せですわ」
凛が漸く口にすることが出来たソフトクリームに頬をほころばせる。
沁み入る甘さは幸せの甘さだった。
そんな甘さをヒリュウと共に味わうのはアーニャだ。
先程かなり酷い目にあっていたヒリュウにもごめんねと謝りながらソフトクリームをあげた後、自分も頼んだ納豆アイスを手に取った。
日本食が大好物で、納豆だって食べれちゃうのだ、今回のソフトクリームも楽しみだ。
「最近暑くなってきたし、そろそろこういうのが欲しいよね」
ぱくりと食べた納豆ソフトクリーム。
納豆好きですら賛否分かれるその味に、しばらく固まった後、小さく唸る。
(納豆はやっぱり白いご飯にかけて食べるべき!)
「黒蜜アイスと甘酒アイスくださいな〜」
口直しを食べようと、頼んだのと同時に頼んだのは源一だ。
「マスター! アイスはお任せを頼むで御座る!」
当たりが来るか、外れが来るか……と恐怖と楽しみのそわそわドキドキで待っていた源一の元出されたのはトマトと納豆の二種類のソフトクリームだった。
躊躇なく一口ぱくりっ。
「むむっ、これは……!」
納豆にトマトを入れる、というのは意外とある組み合わせだ。
さっぱりして、さらに健康にいいらしいその組み合わせ。それがソフトクリームだとどうなるというのか。
程良い酸味と納豆の風味が合わさった後、仄かに感じる甘さがあぁ、これはデザートなんだなと教えてくれる。
「美味しいでござる!」
当たりと言ってもいいかもしれない。
ちょっと変わったソフトクリームを食べる面々が居る一方、美華は無難にバニラを頬ぼっていた。
今回の面々の中で唯一、長い時間お腹の中で奮闘していたのだ。
ほんのり甘いその味が、じんわりと身に沁みていく。
「冷たい物ばかりだと体が冷えるので、温かい物も召し上がれですわ」
温かな紅茶が、凛から皆に配られ、少し冷えた体を温めていく。
じんわりとした温かさとほのかな甘味に皆に笑顔が広がった。
そんな皆を、まるで3匹の鯉のぼりのような雲が、お疲れ様でした、というように見守っている。
こうして、ディアボロの脅威は取り除かれたのだった……。