●甘いものは好きですか?
「さあ行くわよ!」
咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)が一番先にドアへと向かった。
「戦場が、シュトレンがあたしたちを呼んでるわ! たのもー!」
ばぁぁんっとドアを開け、入った店舗の中。
ディアボロ……もとい、シェフは入ってきた面々にシュトレンを動かすのをやめ、びくっと肩がすくみあがったのを宮部 静香(jz0201) は見た。
一応席に着くまでは待つのか。
だがしかし、大荷物になっていた黒百合(
ja0422)には、シェフも流石に不思議そうに覗きこむ。
(シュトレン限定だけど、食べ放題だわねェ)
さてさてどんな風に食べようかしら? と調理器具まで持ちこんでいたため、客なのかそれとも同業者なのか判断につかないのだろう。
それでも、敵であるという認識ではないようだった。
楽しみにしている者もあれば、ちょっと食べる前から眉が寄りそうな者もいる。
甘いものは得意じゃないけれど、と水無瀬 快晴(
jb0745)はブラック珈琲をテーブルに置いた。
遠石 一千風(
jb3845)も同じくあまり甘い物は得意じゃない。
「……とりあえず、苦さで甘さをカバーして頑張ればそこそこいけるよ?」
今回は克服するためにも頑張ろうと思う。
2人の気持ちは一緒だった。
「いいお店そうね。……それに甘い匂い」
緑茶とジャムを置きながら一千風が言えば、シェフがそうだろう。と頷く。
そして、快晴の連れているティアラにシェフが不思議そうに首を傾げた。
お客ですよ? という表情に納得したのか敵との判断はしないようで。
これならば召喚獣達も大丈夫だろうか。
快晴達とは違い、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)と築田多紀(
jb9792)は甘い物が好きだ。
席に移動しながら、持ってきたのをテーブルにと置く。
(胸焼けしそうだけど……)
陽波 透次(
ja0280)は思う。
けれど悲しいかな。
育ち盛りの貧乏学生にとって、幾らシュトレンだけという物であっても、タダで食べ放題という言葉に頑張らない訳にはいかない。
そんな隣で、お腹もぺこぺこだとザジテン・カロナール(
jc0759)は言う。
席を寄せて、皆で一緒に食べたいといえば、一千風も賛同した。
がたがたと皆で協力しテーブルを動かす。
「シュトレン、一度食べてみたかったです」
その言葉と共に、席についたのを確認したシェフが目にも止まらぬ速さでシュトレンを各自に前に置くのだった。
●シュトレンを食べよう!
さっと出されたのは普通のシュトレンだった。
「美味しい!」
一口食べてのその一言に、シェフが気を良くしたのが分かった。
「こんなに美味しい物なんですね〜」
ザジテンがもっともっと沢山食べたいと言えば、さらに気を良くしたようで。
ヒリュウも一緒に食べればどんどん積み上がって行くのに、牛乳と塩片手に制覇していく。
気がつけば塩も要らぬ勢いで制覇していて。
「美味しいです」
シェフが食べきったのを確認して、さっと次は二本差し出した。
フォークを入れた瞬間。
「……っ」
ザジテンの耳が、隣で美味しく食べていたヒリュウが、同時に辛そうに息を吐くのを捉えた。
「シズカさん、塩入ります?」
ありがとうございますわ、と受け取った静香が塩を舐めながらもうひときれ、と食べて行く。
ザジテンと同じく牛乳片手に……此方は、浸しながら多紀が食べている。
甘党の多紀にとって、この依頼は嬉しさしかない。
(とことん食べつくしてやる)
牛乳が沁み渡ったシュトレンは、ちょっと甘さが控えめになって。
オレンジジュースの酸味でさらに口の中を整えれば、次は……と持ってきた物を吟味する。
ジャムにしようか、ヨーグルトか、はたまたチョコクリーム……?
それに、生クリーム。
甘くない方のクリームよりは、今はもっと甘い方だろうか。
結局手に取った甘いクリームをたっぷりとつけて、一口。
「あまい……」
そして、美味しい。
こくんと飲みこんだシュトレンは、まだまだ沢山あった。
一心不乱に貪る姿。
咲は気持ちのいい食べっぷりを発揮していた。
もぎゅもぎゅ、むぎょむぎょ。
不思議な擬音と共に貪りつくされていくシュトレン。
超ハイペースで食べられたそれは、勿論超ハイスピードで目が死ぬと同時に飽きが来るのも早かった。
「……飽きた」
視線がヒリュウ達の元へ向かうが、さっと視線が避けられる。
肉食獣の瞳のそれに恐れをなしただけでないのだろう。
「……! 殺気!!」
ばっと振り返ればすでにシェフが包丁を掲げ……。
「無念……!」
ザクザク、プスプス。
助けが入る前に倒れたのだった。
けれど、咲が倒れた先で落ちたシュトレンに手を伸ばすを見て、皆が安心したように再開する。
安心していいのかは疑問だが、このまま食べないで居たらそれはそれで危ない。
「紅茶を淹れてきましたので、良かったら皆さんもお飲みくださいね」
シェリアはお上品にナイフとフォークでシュトレンを食べていた。
持ってきた紅茶は、すでに飲み干し終わってしまった静香が手を挙げ貰って行く。
甘い物が大好物なシェリアにとっても、シュトレンは辛い物ではないようで。
「出身がロレーヌだから、でしょうか。ドイツのお菓子やパンも少しですが食べた事ありますよ?」
ぱくり、とまた一口。
最初からハイペースにならないよう、ゆっくりと……でも確実に食べて行く。
「ほぅ……で、今回の此方はどうだろうか?」
多紀の質問に、シェリアがちょっと考えた後、にこりと微笑んだ。
「本場にも負けないくらい、こちらも美味しいですね」
その言葉に、シェフが胸を張った……ように見えた。
そんなシェフをちらりと見た後、シェリアと同じように上品にナイフとフォークを駆使してシュトレンを口に運ぶ一千風。
甘さ控えめのジャムと、濃い緑茶でなんとか乗り切っているけれど。
眉がよってしまうのは仕方がない。
「私にとってかなり強敵ね……」
なんとか飲み込んだ二切り目。
周りの仲間がかなりの数を消費してくれるから、自分はのんびりペースでもなんとかなっているようで。
口の中の甘さに負けそうになるけれど、時折投げかけられるシェフの視線はかなり厳しい。
なんとかもう一口、と甘さと戦いながらも、最後は咲と同じ運命をたどるかもしれないけれど、仲間に皿の交換を願い出るかもしれない。
そんな一千風の隣で、シュトレンを味わっているのは透次。
家で料理をしている身。
提供した料理やお菓子を残されると辛い気持も切ない気持も良く分かる。
(それがたとえ盗んだ物だとしても……)
ディアボロの元になった人はお菓子作りが好きだったのだろうか。
「こんなに美味しいシュトレンを灯火におあずけさせるなんて、そんな残酷な事は僕には出来ません」
灯火は僕の大事な家族です、そういう透次に納得したのか、それともシュトレンを食べれる者は客だと認めるのか。
特に攻撃を仕掛けるわけでもなくシュトレンを提供していく。
むぐむぐと美味しそうに食べる灯火はてしてしと次を要求していくけれど、透次はそろそろ限界が見えて来ていた。
せめて、何か持って来ていれば……そんな透次に救いを出したのは黒百合だった。
ワサビ醤油をつけられたシュトレンに透次が咽るのと、七味とマヨネーズでちょっとワイルドな味になんとなく食べれた灯火に頷く。
「ありかしらね?」
ちなみにヒリュウ、ケセラン、パサランは黒百合の料理? を食べて悶絶している。
食べるよりは切ったり焼いたりしている黒百合に、判断に困ったのかシェフが包丁片手にやってくれば、黒百合が視線をやった。
「あらァ、別に無駄にしてないでしょォ? こうして美味しく口の中に入れているのだから食べる、という行為に含まれるし、捨ててもいないしィ……? ……何か文句あるゥ?」
ちなみにそれはケセランの口に押し込みながらで。
愛情をこめて? 作ったそれらに、ケセラン達も、泣いて喜んでいるようだった。
……苦しみの涙だったかもしれないが。
シェフに攻撃されるよりも先に倒れそうではあるが、今はまだなんとか保って居た。
そんな彼らの下では、咲が床に転がったままシュトレンを食べていた。
物凄い器用である。
わさびと唐辛子のコラボなシュトレンにあたって盛大に咽ている咲の近くでは、快晴がティアラにシュトレンを食べさせようとしていた。
猫にシュトレンって大丈夫なのか。
ほんの一欠けらきらきらと瞳を輝かせるティアラにやれば、ぱくりと食べた。
「……意外とお前、シュトレンみたいなのも食べる、のな」
猫は雑食なのでいけるとは思うが、快晴が主に食べないと負担になってしまうかもしれない。
シェフに目をつけられない程度にちょっとずつ渡しながら、苦い珈琲で流し込む。
甘い物が好きな者、さらに召喚獣、またはペットなど、食べる人が多かったことが良かったのか。
思った以上にハイスピードで消費されているようだった。
やがて、ぴたりとシェフの動きが止まった。
もう提供出来るシュトレンがなくなったようである。
カタン、と音をたて置かれたフォークの音にも、動きはしない。
「「御馳走様でした」」
皆の言葉に、満足そうにシェフが頷くのだった……。
●御馳走様でした!
「ごちそうさまでした」
優雅に微笑むシェリア。
「美味しいシュトレンを提供してくれた事は感謝しますが、敵は敵なので」
シェリアから放たれた炎が、こんがりとシェフを焼き上げる。
そこからの攻撃はほぼ一方的だった。
満足したシェフの攻撃はおざなりな上に、召喚された人数も合わせれば決着は明らかだ。
「灯火、宜しくお願いします!」
灯火がその願いにシェフの足元へと滑り込む。
「……食べ物を粗末にしてる、訳じゃないんだよ」
灯火によって体勢を崩し快晴の傍に倒れかかってきたのに合わせ、凍てつかされ、シェフが眠りにと落ちる。
それに合わせて透次もアシストすれば、起き上る気配。
「第二ラウンド開始よ!」
漸く喧騒に意識を取り戻した咲がばっと起き上った。
だがしかし、その時すでに静香が召喚したヒリュウが通過したのだ。
「……?!」
お腹が頭に当たり、そのまま前屈みに倒れこめば、目前に迫る床。
ごんっと鈍い音が聞こえ、再び床に突っ伏す。
「咲さーん!」
そんな咲だったが、無意識に回避するのかなんなのか。
一千風の前に転がれば、シェフからの攻撃を肩替り。
「器用ねぇ……」
黒百合が溜息を吐く。
「あ、ありがとう? ……だろうか」
肩替りされた一千風は疑問形ながらもお礼を言う。
傷を負った身、助けてくれる仲間のお陰で動ける。
お腹をさすりながらも弓で攻撃を加えて行く。
ザジテンも和弓を構えた。
「覚悟するですよ」
和弓から放たれた一筋が、ヒリュウのブレスがシェフにと当たり踏鞴を踏む。
「さて……と」
多紀の白紙の絵本から放たれた光の球が、そんなシェフの体に当たって霧散した。
黒百合はそんな戦闘を見守りながら、警戒も怠らない。
「……大丈夫そうね」
残しておいた飲み物を一口飲んで、一方的な攻撃を見つめる。
「シュトレン置いてくですよ!」
真面目な表情のザジテンの攻撃がぶち当たるが、出てくるのはシュトレンではなくシェフの苦悶の雰囲気のみ。
そんな状態でも、手加減はしない……とシェリアも動く。
デザートが別腹なのと同じように、パティシエとディアボロも別物だ。
「……散れ、甘いもの、と一緒に 」
光を飲み込む弾丸を、その身に受けたシェフが崩れ落ちた。
容赦のなかった攻撃に、シェフが床に倒れたまま漸く動かなくなったのだった。
がたがたと再度テーブル等を元に戻しておく。
多少掃除もすれば、ほぼ一方的な攻撃だったからか、一部を除きほとんど綺麗な状態であった。
腹ごなしは戦闘でしたけれど。
男はやせ我慢だと亡くなった母さんも言っていた、と透次はお腹をさすりながら思う。
けれど、もうなんというか。
「でももう、甘いものは暫く見たくない……」
そんな様子に、シェリアがくすくすと微笑んだ。
「沢山たべましたものね」
それに頷くのを横目で見つつ、咲を除き怪我人は居ないようだと治療道具を片づけ、多紀はほっと息を吐いた。
「別の意味で治療が必要そうだけど……」
快晴と一千風の方を見れば、快晴がティアラに白いリボンをこれでもかとデコレーションしていた。
「……甘いものを克服できた気がするのでこれからも頑張ってみる、か。でも……しばらくは甘いものは勘弁願いたい、な」
そう言いながら、リボンをつける手は止まらない。
当分勘弁願いたいといいながら、シュトレンっぽくしたティアラに満足そうに頷いた。
(いつか皆みたいに甘い物を楽しく食べれるようになりたい……)
一千風はそう思う。
克服出来ただろうかと言われれば、出来なかったような気がする。
黒百合が片づけを始めた。
「持ち帰るのも大変ねぇ」
かなりの量を持って来ていたソレを手伝いながら、ザジテンがほうっと息を吐く。
クリスマス=シュトレン食べ放題という図式が今日、彼の中で確定したのか、来年も食べ放題……と呟いている。
ちなみに、KOされたままの咲は、静香が召喚したヒリュウによって無事、学園まで送り届けれたという……。
「ごちそうさまでした」
そんな言葉を残しながら。