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見頃だという寒椿がどこか寒々しく見える程、その日は肌寒かった。
受け取った食料と救急キットは重く、南條 侑(
jb9620)は、買って来ていたカイロを付け加えつつ、分担しながら呟く。
「希望があると、信じよう」
それに頷きながら頂上を見つめたのは礼野 智美(
ja3600)。
今、あそこに取り残された人たちが居る……。
その事実に、自然と表情が硬くなる。
そんな智美に声を掛けるのはレイル=ティアリー(
ja9968)だった。
「行きしょうか」
徒歩で30分、急げば15分で行けるだろうか。
時間を掛けるわけにはいかない。
「皆さん無事であればいいのですが」
自然と毀れた言葉に答えるように、荷物を確認し終えた永連 璃遠(
ja2142)が唇を開く。
「少なくとも怪我をしている可能性はあるんだよね」
侑と同じように希望を信じようと璃遠がそう言い皆を見れば、頷きが返った。
そんな中、韋駄天により、皆も含めて時間短縮を図った天宮 佳槻(
jb1989)の胸の内は苦々しい。
(危機感がなさすぎる)
山とかに行って何かが起こらないかと思わないのか……それとも。
(どこに行っても同じだと思っているのか……)
そんな気持ちでいるのだろうか。
比較的、登り易い山だと軽装備で行くのは良く聞く話である。
今回の家族だけの問題ではないだろう。
佳槻は苦い気持ちを押し込めて、気持ちを切り替える。
ある意味自業自得な気もするが、それが仕事なのだから。
ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)が韋駄天を掛けてもらい急ぐ先の山頂に視線をやる。
(天使か悪魔かどちらか知らぬがまぁどうでもいい)
どちらにせよ、敵は排除するのみである。
負傷者が居るらしいと聞けば、早急に片づけるだけだ、とも思う。
出来る限り急ぎつつ、されど全力を出して戦闘が出来ないことにならないように気をつけつつ向かえば、それは見えてきた。
「あそこだよ!」
上空では、翼をはためかせたアサニエル(
jb5431)がいち早く状況を把握していた。
視線の先で捕えたサーバントは、透過することもせずにぐるりぐるりと回っている。
どうも知能はかなり低いらしい。
「透過しないみたいですね〜」
一歩敷地内に足を踏み入れたアマリリス(
jb8169)がそう言いながらも祖霊符を発動する。
とはいえ、油断は禁物だ。
それが分かっているから、アマリリスも油断なく視線を離さない。
山頂は、サーバント以外の姿は見ることが出来なかった。
「誰も倒れてる人は居ないみたいだね」
だからと言って安心出来るわけではないけれど。
「……血の痕は、あるけどね」
上空から確認するアサニエルは、血の跡が小屋に向かって続いていくのを確認して眉をしかめた。
血のあとと聞き、皆に改めて緊張が走る。
璃遠が小屋の方に居るサーバントに銃を向け放った。
それは当たらなかったが、今、ここに自分と、小屋だけじゃない者たちがいることを明確に伝えることは出来たようで。
確かに状況はいまだ楽観視はできない。
しかし、希望はまだある……絶対に助けださないといけない。
その意志は固い。
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風を切る音が聞こえる。
遠くに居る自分達にすら聴こえるその音に、すぐ近くに居る人々は今どんな気持ちで居るのか。
「やはり、近くからはどけませんね」
レイルがそう言い、小振りの白雪を自身の左腕に当てる。
射撃されてもサーバントは小屋から離れない。
透過することもせず、ただ愚直に動くことから知能はやはり低いのだろう。
だからこそ異常な程に固執するのかもしれない。
「こちらですよ〜」
アマリリスとレイルの身に纏ったオーラ。
そしてなによりレイルより流れ出た血に、二体のサーバントの視線が向いた。
「さあ、手負いの獲物が地で手招きしていますよ。降りてきてはどうです?」
地面に落ちた血から漂う香りに誘われたのか、一体が撃退士達の元へ。
もしも来なかったら血の流し損だったが、杞憂であったようだ。
ただ、その場にとどまっていた一体はその瞬間を逃さず、アサニエルより、サーバントの頭上から鎖が放たれる。
「ずっと飛んでると疲れるんじゃないかい。ちょっと羽を休めなよ」
地面に叩き落とされた一体のサーバントが、怒りの咆哮を上げた。
近づいてきたサーバントへは佳槻がイン ガルフチェーンにより絡め取り引きずり落とそうと試みれば、それはするりと避けられる。
一体が地面に引きずり落とされたのに、血の香りに誘われたサーバントは警戒という言葉を思い出したようだ。
そんな間に、扉に近づく姿があった。
魔除けの効果が効いてるうちに、とドアに手を掛ける。
鍵は掛っていなかったため、すんなりと開いたドア。
「南条さんが入りましたね」
智美がドアの中に消えて行く姿を視界に収めながら言う。
難関が突破された。
サーバントと同じように空を飛ぶルナリティスから、無数の光の矢が放たれれば、羽が舞い散る。
「空がお前だけのものと思うなよ……否、早急にお前は空から叩き落としてやる」
再び空へ舞い戻ったサーバントも、地面に落ちるのは時間の問題だろうか……。
まずは小屋からさらに離れさせることだと皆が動く。
「ほらほら、こっちです!」
先程と状況が変わり、威嚇射撃により小屋から離れざる得なかったサーバントが、次の標的を定めた。
今日は昨日よりも一段と肌寒い。
寒さに震え、どれだけ心細かっただろうか。
中に入った侑の届ける物資と、何よりも今自分達が来たことが、中に居る人たちの希望となるだろう。
だからこそ。
「負けるわけにはいきませんね」
身を削って囮を買って出たレイルが微笑む。
血の匂いをさせる彼を中心に小屋から離れさせれば、攻撃する優先順位を決めていなかったため、それぞれが一番近いものに攻撃を仕掛けはじめた。
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ドアを開けて入った侑の姿に、中に居た全員が小さな悲鳴を上げる。
「助けに来た」
端的に言われた言葉に、張り詰めていた空気が良くも悪くも崩れた。
床に寝かされている男性の傍に、女性と子供。
これが言われていた家族だろうか。さらに近くにはもう1人男性が居て。
「カイロと食料を配るのを手伝ってほしい」
男性に声を掛ければ、おずおずと頷き近寄ってくる。
荷物に手を掛けたのを確認した後、すぐに床に寝かされている男性の元へ向かい傷の確認をすれば、かなりの物だった。
「助かると信じろ。あんたにも、まだやるべきことやりがい事があるだろう」
意識のない秀一に声を掛けた後、そっと額に手を載せる。
「意識が無くても、温もりは伝わる。何よりの助けと励みになるはずだ」
手を握りそっと頬を撫でる妻に、逆の方の手を握る息子。
悲壮だった2人の表情が、ちょっとだけ緩む。
額に載せた掌に意識を集中し、侑が息をゆっくりと吐いた。
外では、少々攻撃が分散気味ではあるもののダメージを的確に与え続けていた。
最初に注意を引き付けた2人のうち、特に血を流すレイルにサーバントの目が向いた。
「お相手はこちらです〜」
上空から的確にレイルに狙いを定め降下してくるサーバントの激突を、アマリリスが防ぐ。
自然と別れた面々は、小屋からサーバントたちを引き離すように行動していた。
執拗に狙われたレイルは自ら傷つけた以上の血を流す。
「ありがとうございます」
庇護の翼によるそれにレイルが体勢を整えながら礼を言えば、アマリリスが微笑んだ。
盾で鈍い音を立てながら防いだ一撃に地面に足が食い込み、抉っていく。
体勢を整え終わったレイルの攻撃が羽に当たれば風が羽を抉り吹き飛ばしていく。
悲痛な声をあげて飛びあがろうとするサーバントの背に佳槻が澱んだオーラを纏わせ砂塵を舞いあがらせる。
(子供が居るというのに)
親は何も考えなかったのか、と改めて思う。
このような危険はいつだって身近にあるというのに。
このまま上空へ飛び去ってしまえば、自分がすることがなくなってしまう……とレイルが合わせるように羽を再度切りつければ、羽を勢いよく羽ばたいて。
「……っ」
吹き飛ばされたものの、傷ついた羽では再び空を飛ぶことは不可能のようだった。
最初に地面に引きずり落とされたサーバントはアサニエルの鎖により、地べたに引きずり降ろされる。
さらに行動もアウルで作られた彗星を受けたことによる重圧で、小屋どころか撃退士達の攻撃の輪から逃げることも出来ない。
それでもどうにか体制を立て直そうとすれば智美の剣が付きだされて行き場を失う。
「悠長にお前達の相手をしている時間はないのでな……」
高度を下げたルナリティスから容赦なく放たれる攻撃に、羽をばたつかせる。
それは、飛び上がろうとするような。
それとも吹き飛ばそうというのか。
狩りをするつもりだったろう相手に、今の気持ちはどうかと剣で羽の根元を突きさしつつ、璃遠が言う。
「狩られる側の気分はどう?」
その言葉に対する答えは、羽ばたきで智美を吹き飛ばし、その隙に低空ながらも浮かび上がってルナリティスに向かって鋭い嘴を突き出すことだった。
だがしかし、それをアサニエルが笑って見やる。
狩りで一番隙が出来る瞬間を知ってるかい? と。
「……獲物を狩ろうと襲い掛かる瞬間だよ」
怪我人であるルナリティスを狙うサーバントの背は無防備だった。
そこに璃遠の剣が深々と刺さったのはライトヒールにより、ルナリティスの傷口が塞がったのと同時だった。
言っただろう?
地面に堕ちたサーバントに、アサニエルが微笑んだ。
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荒かった息が穏やかなものに変わったのを見届け、美玖の骨折した右足も治療を施せば、動くようになった足にほっと息をついた。
喜ぶ洋二の頭を撫でる美玖の姿に、自然と空気が緩む。
「少し、ゆっくりするといい」
ホッカイロで暖を取り、漸く食糧の中身に気が回り始めたのか身を寄せ合い中を見始める。
外では、戦闘の音がそろそろ小さくなろうとしていた。
そろそろ、決着の時。
男性に声を掛けてから窓へと向かう。
窓際に立ち外を見た侑の手から、大瑠璃翔扇が瑠璃色の光を纏いもう飛ぶことは出来ないサーバントへと向かう。
「助太刀するよ」
増えた攻撃の手に、サーバントが悲痛な声を上げた。
佳槻のマッディストリームが羽を深く傷つけるが、それでもまだ逃れようと血を流しながら動く。
散らばった羽は真っ赤に染まり地面を彩る。
「逃さん。そこでおとなしくしていろ」
無数の矢に身を貫かれ、とうとうもう一体のサーバントも動かなくなったのだった。
終わった後は、すぐに連絡が下に待つ救急隊や警察へとされる。
一斉にされたそれに、来るのも早いだろうか。
「手当は終わってるよ」
侑の言葉に一先ずの危機は脱したことを知り、安堵が毀れた。
「手当した方が良いですよ〜」
アマリリスの言葉に、そういえばとレイルが漸く痛みを思い出して微笑を零す。
すっかり自分で傷つけたことを忘れていた。
安全が確認されたのに伴い、急速に自体が進んでいく。
「応急処置はしていますが、念のため出来るだけ急いでください」
レイルの言葉に、皆が手早く動いて行く。
「……」
駆けつけた救急隊や警察に保護された人々を見つめる佳槻に、少年が大きく手を振った。
それに気が付いた女性が、同じように撃退士の面々を見つめた後、大きく頭を下げると促されるままに乗せられていく。
言いたいことは沢山あれど、積極的に声を掛けることをしなかった佳槻の目の前から去っていく喧騒。
こうやって助け出すから危機感がないのか、それともこの能天気さこそが護るべきものの象徴なのか。
「釈然としない……」
呟く傍ら、アサニエルとルナリティスも去っていく人々を見て安堵の息を零した。
「……あ」
侑が声を上げた。
去って行った彼らが楽しみにしていた寒椿の花弁が、風にあおられて運ばれてきたのだ。
「少し見ていきます?」
智美が指示しながら言う。
ほんの一時を過ごしてもいいだろうか。
展望台から見えるその景色は、美しく色鮮やかに来るものを迎え入れる。
「綺麗ですね〜」
ほんわかとアマリリスが微笑んだ。
守れた命は、きっとまたここに来ることだって出来るだろう。
楽しみにしていた璃遠も赤い瞳を細めて寒椿達の色鮮やかな赤を見つめる。
それは、本当に美しい光景だった。
「そろそろ戻るとしよう」
傷の手当てを終えたレイルを見てルナリティスが言えば、アサニエルも頷いた。
「そうだね、戻ろう」
今一度だけ見た後、璃遠も皆の後について降りて行く。
「きっと、大丈夫だよね」
希望は、繋がった。
だから……きっと、大丈夫。
ひらり、ひらりと赤い花弁が舞い落ちる。
一歩、一歩、踏みしめたその先で。
「今からお父さんを迎えに行くの!」
同じ色したほっぺに笑顔を浮かべ、あの子が手を振って答えてくれた。