●扉が開く頃
暗い暗い廊下。
仄かな明りが道しるべ。
白くぼんやりと照らされる姿がある。
白い着物に白い三角の布、懐に忍ばせた七銭神銭。
木の数珠がじゃらりと音を立てる……いわゆる日本の「幽霊像」であろう。
洋風で固める中で礼野 智美(
ja3600)のその姿は異質ながらも違和感はなかった。
(……美味しかったらケーキ買って帰ろう)
悪友が退治を手伝ったお菓子屋の企画。
そう聞いてやってきたここでは、ハロウィン限定のケーキもあったはず。
ちょっとわくわくしている幽霊の傍ら、ランタン片手に先を行く友人の背中を見つめながら、囁くのはだぁれ?
「まぁ! 素敵なハロウィンパーティーになりそうな予感、 ね」
黒檀のように黒い髪に、血のように真っ赤な唇。そして雪のように白い肌の白雪姫がそう言って微笑んだ。
くるりと周りを見渡せば、丁度7人の「仲間」の姿。
「ふふ、小人さんも7人いるわ?」
ケイ・リヒャルト(
ja0004)が笑みを口元に浮かべ隣を歩く友人のセレス・ダリエ(
ja0189)に、ねぇ? そう思わない? と問えば、こくりと頷く。
セレスは話しかけられても、ふるりと首を傾げるのみで。
ふわりと揺れる質素なドレスが、丘に上がったばかりの身にはまるで楔のようにも思える。
そんな人魚姫達の前を歩くのはシルクハットを軽くなおし、カボチャランタンを掲げた詐欺師のジャックの姿。
彷徨い歩き続けて辿りついた今日のこの場所。
「地獄にも天国にも行けぬ身、この寒く暗い道をどれだけ彷徨い歩いた事か……」
陽波 透次(
ja0280)がそう言って、ドアに手をかける。
時に旅人を迷わせずに道案内をするともいうジャック・オー・ランタンだが、今日はそれなのか。
「今宵は神、もしくは悪魔の仕業か? 実に気まぐれな夢を見せてくれるものだ」
その答えを知るべく、ぎぃっとドアを開いていく。
ゆっくりと開かれたその先で、何かの気配がする……。
中世ヨーロッパを思わせる貴族の服に身を包んだ吸血鬼が、そっとその場所へ赴かんとする。
「あぁ、ジズ待って?」
ゆるりとそんな吸血鬼であるジズ(
jb4789)を押し留める姿。
ジズが銀の瞳を瞬く間に、虚神 イスラ(
jb4729)がマントを揺らし軽く一礼する。
その姿はどこか威厳と気品を同時に漂わせていて。
「参りましょうか、主?」
ふふっと口元に笑みを浮かべ冗談めかして手を差し出せば、そっと載せられる指先。
「……ん」
どこかジズの纏う空気が優しくなる。
一歩足を踏み出すその後ろで、兄妹がドアから顔をのぞかせていた。
1人は、長く美しい髪を短く纏め、帽子の中に入れた上、サラシまで巻いて「男の子なヘンゼル」になりきる巫 桜華(
jb1163)。
(……んー、ちょっと苦しイ、ですネ)
ゆったりめな衣装とはいえ、サラシがちょっときつい。
とはいえ大切な友人が作ってくれた衣装ともなれば、テンションは上がるのも確かで。
もう1人はそんな桜華の衣装もばっちりと手作りした「妹なグレーテル」の桜ノ本 和葉(
jb3792)だ。
今回は絵本で調べた中世欧州の子供の洋服は、少々ゆったり目に作られている。
普段は「作り手」だが、役になりきるのだって嫌じゃない。
そんな2人の視線は好奇心旺盛で。
お菓子を食べれるときいていた和葉曰く。
(なので、朝からご飯を抜いてみました……)
よろよろと向かう先では、お菓子の甘い香りがしていた。
●甘いお菓子の誘惑
誘われたそのお茶会は、どこか歪でどこか不気味だった。
飾られたランタンの明りがゆらりゆらりと揺れ歪な影を作り出し、ぎしぎしと音がなる床も椅子も、不協和音を醸し出す。
「お兄ちゃんおなかすいたよー、わー、お菓子がいっぱい! たくさん!」
「とってもお腹空いちゃってるンだ! 美味シイ紅茶にあまーいお菓子! これ皆食べテいいンだよネ!」
和葉と桜華の嬉しそうな声に、皆も辺りを見渡す。
そんな中、ひかれた椅子にさっと座る白い影。
幽霊の姿に狼男が微笑み、智美のカップに紅茶を注ぐ。
「良い香りですね」
仄かに漂う甘い香りに花の紅茶ですよと答えが返る。
「へぇ、花か。素晴らしい香りだね」
透次がそう言って一口飲めば、ほわりと甘い香りが口の中に広がる。
「天国のような気もするけれど」
ちらりと辺りを見渡し、今一度紅茶に瞳を落とせばそれは真っ赤な色。
「でも……これは惑わす蜜かな?」
その言葉に給仕をする者達がくつりくつりと笑い頷く。
包帯男が白雪姫に椅子を勧める。
「まぁ! お茶にお菓子……とっても美味しそう……。森から出てきた時からお腹が空いていたの。嬉しい!」
お手伝いをするわ? と言えば今日はゆっくりとお休みくださいませ? と包帯から覗く瞳がウィンクする。
「さぁ、助けてくれた7人の小人さん達、皆で一緒に食べましょう?」
やってきたさくさくのパンプキンパイは、甘い良い香りを辺りに漂わせる。
紅茶を片手に、椅子に座った人魚姫にイスラが声をかける。
「それにしても、美しいお嬢さん方と同席叶うとは過分なる光栄だ」
紅茶や菓子も一層美味く感じるというものだと微笑めば、掲げられるホワイトボード。
ありがとうと書かれたソレを掲げる人魚姫に、イスラが首を傾げた。
「人魚姫さん、声はどうしたんだい?」
『声……ですか? ……愛しい人の為、差し出したのです』
「なるほど」
『その人が幸せなら、私も幸せですから……』
頷くイスラの隣で、ジズがイスラのやることを真似しながら小さく頷いた。
「幸せ、か、……」
雛鳥のように同じく真似されるそれは、2人の間に優雅な時間を醸し出して。
ふと少し薄汚れた皿に落ちた影がひょいっとクッキーを摘まむ。
「イスラ」
はい、と口元へ寄こされるクッキーを食べつつジズが南瓜パイを口元へ。
「血以外で好むものができてくれれば、私も貧血にならずに済むのだがね?」
くつくつと笑うイスラ同じようにクッキーを手に取り食べるのは桜華と和葉だ。
「ほら。コッチも、美味しいヨ!」
パイも一口食べればぱぁっと笑顔が広がって行く。
「お兄ちゃん美味しいよこれ!」
「本当だネ!」
わいわいと楽しい時間が過ぎて行く……。
●二つのお誘い
ほくほくの甘い南瓜パイにほんわかと笑みが毀れる。
「ほくほくですね」
味わいながら言う智美達の元へ紅茶は如何? とやってくる影。
お茶を注ぐ吸血鬼がくんっと香りを堪能した後、にやりと笑う。
同胞でありながらも美味しそうな血だとゆるりとイスラに伸ばされた指先。
戯れのようなその動きより早く動いた影。
「これは私の、だ」
ジズが引き寄せた首筋を緩く食む仕草をすれば、そんな愛おしい人の姿にくすりとイスラが微笑む。
「だそうですので?」
そんな2人の遣り取りに、吸血鬼がゆらりと礼をし謝罪を零す。
クッキーをぱくりと食べていた透次が唇を開いた。
「おや、振られたようだね、吸血鬼さん?」
そう言ってウィンクすれば、吸血鬼が2人の仲を裂けなかったようだと肩を竦めた。
当たり前でしょう? そんな自信を称えたジズの頷きに隣のイスラが瞳を瞬く。
当惑しているようなその仕草に堪えきれなかったのか、近くで微笑ましいなと見守りつつも給仕をしていた狼男が噴出した。
そんな姿に被さるように、魔女がついっと行った先にはなにやらビニールプールが。
にやりと吸血鬼が笑い、ゲームは如何とウィンクを寄こす。
「どんなコトをスルんだイ?」
桜華が問いかければ、二つのゲームが提示された。
「お兄ちゃん、楽しみだね!」
手を取り合い楽しそうな2人とは違い、ケイが持っていたスプーンで空を描く。
「美味しそうな林檎だけれど……小人さん達から知らない人には物を貰っちゃいけないって」
でも、軸を持つだけだったら大丈夫かしら?
そんな隣でホワイトボートに書かれる文字。
『水の中でしたら任せて下さい』
泳ぐのではないよ、と答えが返されればさらりと文字が紡がれる。
『……泳ぐのではない。そうですか……』
「どんなのだろうね!」
兄と妹が楽しげに笑いゲームへと向かって行く。
●林檎のお誘い
魔女が口付けた真っ赤な林檎が水に浮かぶ。
自然と別れた二チーム。
兄妹と人魚姫、そして幽霊。そしてもう一つは吸血鬼達に白雪姫、そしてジャックだった。
それぞれ好きな場所を陣取り、唇を寄せる。
がぶりと丸齧りするのはセレスだ。
とはいえ、大きければその分ついっと逃げて行ってしまう。
ならば、と近くにいた和葉が手を使ってがばりと引き寄せる。
手を使わないという旨を伝えられれば、一度手に入れた林檎は水辺に離して。
そのロスを取り戻すべく、兄の真似をしながら全力集中力で頑張るのだった。
「……少しだけなら。それに軸を噛んで運ぶだけなら、大丈夫……ですわよね?」
ケイがゆっくりと水面に顔を近づけ、そっと軸を齧り取れば小さな林檎が手に。
それを見ていたセレスが暫し考えた後同じように軸にと変えて行く。
齧りやすい場所を探してた透次も同じようにやって加えて取って。
小さい物を見つければ、それも狙って取って行く。
「林檎、沢山取ったもの勝ちダね! 負けないヨー!」
そんな面々と違い豪快に水底に林檎を押し付け安定させて取るのは桜華だ。
着実に数を増やしていく。
(パンくい競争はしたこと、ある。きもだめしの、こんにゃくも。ある。大丈夫)
というわけで、淡々と美味しそうな林檎を狙うジズの傍ら、些かエレガントさが欠けてしまうか、と思うものの、小ぶりの軸が上を向いてるのを狙って集めて行くイスラ。
スキルは使わず、と軸が上になっているものから残っていた小さな林檎に齧りつき、順調に取って行っていた智美。
身を乗り出した所で終了の合図があった。
「林檎、ゲーム終わったら食べちゃってもイイかナ?」
そんなこと言う桜華と終了した後の林檎をじっと見つめて、そっと目の前に掲げるケイ。
「一口だけなら齧っても良い、かしら?」
齧った林檎によって、こてんと倒れたケイにセレスが近寄り体をゆする。
そっと触れた指先が、王子様ではなかったけれど白雪姫を起こしたようで。
「ふふ、ありがとう」
どこかほっとしたような雰囲気で、こくんと頷くのだった。
出来るだけ濡れぬようにはしたものの、水も滴る良い男となってしまったイスラに差し出されるタオル。
そっとタオルで顔を拭ってやるば、イスラが大丈夫だと首を振る。
「でも、イスラ。水は、さむい。さむいと風邪を、ひく。イスラが風邪をひくと、私は、困る」
そう言われてしまえばされるがままで。
それぞれ濡れた顔を拭けば、ゲームはまだもう少し続いていく。
●優雅に崩れて
お次は小麦粉のゲームだよ、とすでに用意されていた。
「ねぇ人魚姫さん? 私と対決をしないかしら?」
その言葉でセレスが負けません、とホワイドボードに返事を書く。
すでに始まった戦いは、先攻決めたセレスにより大きく抉られる。
そっと優しくスプーンをサクリといれさらさらの雪のような小麦粉を楽しみながら崩すケイ。
「何だか……誕生日を思い出しますわ」
セレスが首を傾げたのに、小さく首を振る。
また一気に減った小麦粉に、暫しスプーンを惑わした後さくりといれれば、パタンと棒が倒れて行く。
そんな間に、コインで次々と対戦メンバーが決まっていく。
ジズがちらりと視線をやった先では、イスラと桜華が静かなる激戦を繰り広げていた。
「小麦粉、しなもの……しなもん? けずる? わかった」
という感じのジズとやる気満々の和葉。
「お菓子ゲット! 頑張るね、お兄ちゃん!」
そんな勢いでやる和葉だが、その削り方は戦略に満ちていた。
「どうぞ!」
すでに両方大きく抉り取られている小麦粉は、ぎりぎりの路線で立っている。
暫し悩んだ後、ジズがゆっくりと小麦粉を取ればこてんと転がってしまって。
「むずかしい、な……」
なんとなく奥が深い競技なのかもしれない。
「ふぁっ……、な、何だカくしゃみしそう……でも我慢しなキャ……」
桜華は慌てて唇を抑えつつそう言う。
それにさくりとスプーンを入れつつイスラが微笑んだ。
ジズとの秘密の賭けの結果はどうなるのか。
どちらも長く持たせることを考えてやっていたため、長期戦となっていく。
だがしかし、とうとう決着の時。
今回は美しきマドモワゼル……もとい桜華にと勝利がもたされたのだった。
「有意義だった、ありがとう」
笑顔で握手を交わし合う。
智美との透次の所も白熱していた。
交互にやっていくそれは最初はがっつりと、徐々に頭脳戦になっていく。
反対側からもとやっていく智美にどんどん追いつめられて。
「あ!」
そろりと伸ばしたスプーンが触れた瞬間、棒が倒れた。
「この詐欺師のジャックを負かすとは、大したものだね」
ふふっと笑う透次に、智美も微笑を零した。
勝ったのは、兄妹のチームだった。
林檎の方は接戦だったのだが、今回は棒倒しの方で勝負が分けたようである。
ゆっくりと休んでくださいね? そんな言葉と共に、戦利品の南瓜のクッキーが配られる。
「お土産に丁度いいな」
智美が嬉しそうに呟くのだった。
●さぁ、向かおうか
やってきたプリンはとろりと甘い。
「これ、作り方どうやるんだロ?お家に帰っても、また食べたイな♪」
その魔法はまた後日に。と笑うのに、桜華が瞳を輝かせた。
濃厚なカボチャの味に、ケイがゆっくりと息を吐いた後、先程とはまた違う紅茶の味を楽しむ。
「沢山遊んだ後のお茶はまた格別ですわ……」
『それにしても美味しい食べ物、ですね。人間世界は不思議です』
「声がなくて辛くはないかね?」
透次が問えばセレスが首を振る。
『私の声は取られましたけれど、こうして筆談ででも、喋れますから……』
そうかと微笑む透次にセレスが頷いた。
それにしても、と瞳を伏せた。
「一夜限りの夢。明日には冷たい道にまた放り出される。これも罰だと言うのかな?」
それも良かろうか。と呟く姿に智美が視線を寄こす。
「共に歩む仲間がここには沢山いますよ」
その言葉に、皆に笑みが毀れた。
「さて、そろそろ人間会に行く時間かな?」
「もう、そんな、じかん?」
イスラの言葉に、ジズが飲み終わったカップを置く。
カタン。
置かれたカップが音を立てる。
忘れ物はございませんか? そんな声音と共に、さっと立ち上がればドアがゆっくりと開かれた。
ここから一歩出れば、人間界。
「又ノ、訪問お待チして降りまス」
ギィっと音を立てて閉じられた扉に一礼を。
「今宵は楽しかったよ。罪人はまた暗く寒い道に戻るとしよう」
ゆっくりと、皆歩き出す……。