●開幕
とある空き地にて、ぴょいこらぴょいこらと杵を背負って兎が踊っていた。
スタイリッシュに決めるその様は、なんとなくかっこよく見えなくもない。
タタンッ!
そんな感じで足を鳴らした所で千葉 真一(
ja0070)が呟く。
「ダンスバトルとか、ギリギリタイムリーな展開だな。日アサ的な意味で!」
真一の頭の中では兎がとあるライダーとかになったりしているかもしれない。
「フフン! あたいの華麗なステップに翻弄されるがいいわ!」
自信満々に言い放つ雪室 チルル(
ja0220)は、音楽プレーヤーから伸びるイヤホンを耳にと装着する。
事前に入れたテンポの異なる曲達は、出番を今か今かと待って居るようで。
同じく音楽プレーヤーから伸びたイヤホンを手に持ちつつ、藤井 雪彦(
jb4731)が瞳を細める。
(杵って……ごついなぁ〜間合いだけはしっかりとっとこ☆)
そうでもしないとぷちんと潰れてしまいそうだ。
その近くでぶるりと体を心なしか礼野 智美(
ja3600)が震わす。
(だ、ダンスって……激しく得意外分野な……)
2年前位にやったバレエを思い出す。
(ここでやった時の)
……あとは、ダンススキルで乗り切るしかない、と智美は思う。
「踊りながら戦え、か。良いね、踊りきってやんよ」
にやりと口元を歪め笑うディザイア・シーカー(
jb5989)は、片耳にイヤホンを入れた。
手元で操作できるようにしつつ、そろそろか……と視線を向けたその隣で、空をちらりと見上げるのは酒守 夜ヱ香(
jb6073)だ。
まんまるお月様がぷかりと浮かぶ。
「綺麗な月……」
皆とダンスをするの、楽しそうだね。と小さく呟き、視線を前方にと直す。
そんな中、とうとう標的を見つける。
「うしゃぎたんがいっぱい! なのーっ」
ぴょんぴょん と飛び跳ねる勢いのキョウカ(
jb8351)。
髪に付けた兎のアクセサリーが先に兎のダンスを始める勢いだ。
近づけば、分からないはずもない。
クリエムヒルト(
ja0294)が視線をやった先では邪気のない可愛い顔して、兎達がぴょんぴょこ踊りながら撃退士達を見つめる……。
しかしその周りに現れた光の輪が、それが見た目だけの愛らしさであることを伝えてきた。
腕を掠っていく光の輪に、皆に緊張が走る。
近づいたその足が、ステップを踏むのに時間は掛からなかった。
「うしゃぎさんがぴょこぴょこなの〜」
自然と踊りだすその足は、まるで赤い靴を履いたあの童話のようで。
どこからか聞こえてきたカッコ良く発音の良いアナウンス。
それを聴きながら、呟く。
「クラブにはチョコチョコ行ってたしぃ〜ダンスはそこそこ自信あるよぉ♪」
だから勝つのは此方だと、言外に伝え雪彦がにこりとそんな兎達にと微笑んだのだった。
●ダンスは踊りましょう
一番手に動いたのは智美だった。
目視した時点ですでに始まっていた剣舞に、兎達は興味津々だった。
剣舞、その名の通り舞うたびに美しく光る太刀までもが踊っているかのようで。
しゃらりしゃらりと音がなるそれに、一匹が魅かれるように同じステップを踏み始めた。
「剣舞でも、いいみたいだな……」
保険として持ってきていたダンスの曲は使用しないでも済みそうだ。
「ダンス……楽しそう、だね……」
飛んでくる光の輪の軌道を読みながら華麗なステップを踏みつつ避け、夜ヱ香が智美と息を合わせ ながら攻撃を叩きこむ。
ぴょんぴょこ動く兎の耳と、ステップを踏み続ける夜ヱ香の髪と、そして胸元が、たゆんと同じリズムを刻んだ。
「……」
夜ヱ香が同じように揺れる兎の耳を見つめれば、なんとなく兎も視線を返してくれたような気がした。
太刀が胴に叩きこまれ、たたらを踏む兎に炎の剣が突き刺ささる。
「おっそーーい♪」
楽しそうな声に、兎の耳がぴくりと動いた。
なんとなく不機嫌そうなその動きと共に繰り出される光の輪は、正確さを欠いているようで。
「そんなの当たらないよ☆」
軽やかにステップを踏む雪彦にひょいっと避けられ、再び炎の剣が当たる。
「こっちの番だ! 燃えちゃいなっ☆」
再び当たった剣の炎に耳が不機嫌に揺れる。
「丸焼きうしゃぎたんになっちゃう……?」
全体を気にする雪彦の視線の先で、独特なステップを踏みながらもカメラを構えるキョウカが見える。
勿論、攻撃は忘れていない。
「うしゃぎたんはちゃんとたおす、だよ? ほんと、だよ?」
視線のあった雪彦に、だいじょうぶなの! と頷く。
構えられた兎の口から、火の球のような物を叩きこみながらもう片手でシャッターチャンスを狙う。
当たった攻撃により不自然なステップを踏む兎は、焦げては居ないがなんとなく辛そうにも見えた。
「あ、次のターンで写真撮るのはどう?」
「う? つぎ?」
ほら、と刻むステップに釣られ、なんだか楽しげにノリノリに踊る兎に瞳を輝かせる。
「はい、ちーずなの!」
くるりとターンをし、びしっと決めポーズをした瞬間を収めたのだった。
そんな4人の近くで、少々拙いながらも真剣に踊る姿。
「さあ、あたいの練習の成果ってやつを見せてやるわ!」
チルルのダンスは、盆踊りのようにテンポが遅い曲だった。
周りが比較的早いテンポだったため、釣られた兎はステップを乱す。
飛んでくる光の輪は、そんなこととは関係なしに、的確に切り刻んできた。
「……っ」
すっとついた頬の傷に眉を寄せながらも、キっと見詰めてびぃっと指を突き立てた。
「スローテンポの踊りだからって油断してると危ないよ!」
足並みを崩した所に突き出されたエネルギーは、吹雪のように白く輝き兎を打ち抜く。
吹っ飛んだ兎の居た場所には、氷の結晶が名残りのように残った。
「おっと、次は俺が相手だ」
結晶を踏みしめディザイアがチルルの前に割り込む。
まるで社交ダンスの延長戦のように差し出された指先。
兎の手が、それを掴もうとした所で……。
「どうよ、痺れるだろう?」
黒雷と火花を散らす白雷を纏った右腕は、チルルによって吹っ飛ばされた兎の頭を掴みあげる。
宙に浮かんでも足だけはステップを踏む兎に、黒雷が纏わりついて行く……。
帯電して弾けた白蕾。
それに合わせてディザイアの指先から離れた兎を、軽やかなステップを踏んだ真一が追いすがった。
くるりと、ターンしぴたりと兎を的確に攻撃範囲内に捉える。
咄嗟のことに、光の輪を生み出した兎の手が真一の方へ。
「悪くない動きだったぜ」
黄金の輝きを放つ真一から繰り出されたパンチにより地面に落ちるぎりぎり寸前に吹っ飛んでいく。
「フィニッシュだ!」
バウンドを繰り返した兎は、地面に崩れ落ち二度と動くことはなかった。
「今日の俺はダンスヒーローってとこか」
ダンスを続ける兎達と踊りつつ、真一は再び武器を握るのだった。
てんでばらばらにそれぞれが踊るダンスに、兎達の視線が釘付けだ。
あれも、これも、それもと、どのダンスにも興味が引かれているようで。
数が減っても兎達は踊り続ける。
●兎とダンス
ドォォンと地面から鈍い音が響き渡る。
完全に失敗したそれを無表情で見詰め、兎が杵を持ち上げようとぐいっと引っ張ったのをクリエムヒルトのモーニング・スターが襲いかかる。
たたら踏みながらも、杵の変わりとばかりに太刀と舞う智美に光の輪が降り注いだ。
避けれず受けた傷が、アウルの赤い紋章とはまた違う模様を描き出す。
「大丈夫……?」
「平気だ、このまま畳みかけて行こう! 」
腕に刻まれた線からぷくりと血が滲みでるのを見つけ、夜ヱ香が声を掛ければ力強い返事が返ってくる。
兎はタタンっと決めポーズを取る瞬間だった。
すかさず予測していた夜ヱ香の攻撃も決まれば、ふわりと舞ったツインテールもポーズを決めたようだった。
「……次も、見えてる……よ」
その言葉にととっと後ろに下がったその先で、チルルのダンスに瞳を奪われた兎が、さっきとは打って変わってテンポが速いダンスに少々攻撃の動きを鈍らせる。
練習してきただけあって、慣れてくれば華麗にステップを踏むチルルからは、余裕の笑みが毀れた。
「さっきの動きじゃあたいに追いつけないよ! そこっ!」
すでに言った瞬間には兎達から血飛沫があがる。
氷の彫刻 を切り刻むかのように動くチルルは、三体目の兎が倒れたまま動かないの見て、残りを壊滅しようと次のステップを軽やかに踊りだした。
そんな三体とは少し離れた一体とたらったらたった、とステップを踏むのに合わせて踊るのはキョウカだ。
テレビでみたダンスを真似して、くるりと回る。
知らず伸びた手と手が、繋がった。
くるりと再びターンをすれば、自然と兎もターンする……のだが、テンションの高いキョウカによって、今にもふっ飛ばされそうな勢いだ。
そんな和やかともいえる2人にと迫ったの怪しい影。
智美達の所から逃げ出した一体だ。
振り上げた杵が、キョウカに迫る……それを直前で阻止した者が居た。
「ふふっボクの事忘れちゃってた?」
雪彦 がにこりと笑う。
「……主演よりも主人公を助けるみたいなオイしい役が好きなんだっ☆」
雪彦の攻撃により、バランスを崩し地面にと叩き落された杵から、ドォォンという鈍い音が響いた。
「杵は臼につくもんだぜ?」
兎の耳が、ぴんくと不機嫌そうに揺れる。
そんな兎にと蛇が噛みついて行き、嫌がるように光の輪が乱舞した。
誰に当てるか等考えていない攻撃は、予測が出来た者は回避できたものの、出来なかった者の体を切り裂いていく。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
そんな血が舞う中、杵を背中に戻した兎に真一の拳が叩き込まれた。
それにバランスを崩した兎はこてんと転がっていく。
(味方でも曲調が違ったりするから要注意だな……)
真一とのステップの違いにバランスを崩さぬよう態勢を整えつつ、ディザイアが兎を蹴りあげる。
「装備の利点はキッチリ使わないとな」
バウンドするその体に、智美の太刀が首元へ叩きこまれた。
いまだステップを踏もうとしていたその足も、動きを止めて地面にと着いたのだった。
残り二体になった兎達の足取りは、重い。
「こちとら鍛えられてるんでな。体力勝負じゃそうそう遅れは取らないぜ」
真一の言うとおり、少々息が上がっているもののまだその足を止め地面に倒れるまではいかない。
それは皆も同じで足を止めるまではいかず、淀みなくステップを踏んでいる。
「しぶといね……」
すでに、智美達の所に残っていた兎は瀕死とも見える動きで。
そんな動きを見ながら、智美が呟く。
けれど、そのダンスに引き込む効果は消えることはない。
「手を使わせなきゃなんとかなる……か?」
よろよろと杵に手をやったのに、ディザイアのランスが突き刺されば、ぽろりと杵を落とす。
童謡を口遊みながら、キョウカはくるりと手をまわして兎のパペット・ヘアを向ける。
「うけとって、なの」
ぽぽんっと当てられた炎の玉に、兎が杵を取ることなく吹っ飛んでいく。
ぱたんと落ちた先で、二度と動くことはない。
最後の一匹は、自然と皆のダンスに気圧されるようにステップが乱れた。
「ほらほら、もっと早くステップ踏んでみなよ?」
「あたいのステップも真似できる?」
雪彦や、チルルの挑発に、兎がまけじとステップを踏んでいく。
「そろそろ、終わり……だよ」
夜ヱ香とクリエムヒルトの攻撃の合間を縫って、真一が間合いを詰めて空高く兎を吹っ飛ばす。
「こいつで〆だ!」
落ちてくるそこへ焔を翼を得て加速した真一が兎の身に拳をあてる。
「ゴウライ、流星パァァァンチ!!」
凄い勢いで吹っ飛んだ兎は、星になった……わけではないが、そのまま地面に落ちて、動かなくなったのだった。
●閉幕
先ほどまで止まることを知らなかった足の動きが、最期の一体がその身を地面に沈めた所で止まったのが分かる。
久しぶりに自分の意志で普通に歩けることに安堵の息を零し、智美は妹から貰った曲の入ったプレイヤーを綺麗に片づける。
「普通の兎ならまだファンタジーな感じだったんだがなぁ」
肩を回し、筋肉をほぐしながら真一が言えば、ディザイアも頷く。
「うさぎと踊るのも……ま、悪くはなかったな」
そんな隣で、チルルが地面にと座りこむ。
「疲れたぁぁぁ」
幸い、切り裂かれた傷はあるもののあの一撃を受けた者はいない。
とはいえ、全身に切り刻まれたその傷は決して浅くはないのだが。
「おつかれさまなの!」
ライトヒールで改めて治療をしながら、にこにことキョウカが笑う。
「あ、写真撮れた?」
「ゆきにーた、とれたんだよ!」
誇らしげに掲げられたカメラには、今日の兎達が沢山激写されていることだろう。
「良かったね。……あ、そうだ」
雪彦が皆を見渡してにこりと笑った。
「折角だし、ちょろっと踊ってく?」
クリエムヒルトがわたわたと、これ以上は無理だと手をぶんぶんふっていた。
夜ヱ香はそんな2人を見ながら、ゆっくりと散歩しながら帰路に就く。
その足取りはどこかステップを踏んでるようにも見えて。
そんな彼らの帰る道。
ダンス楽しかったよ! とでもいうように、兎によく似た雲が空に五つ、浮かんでいた……。