●とある市民プールにて
早く終わらせてプールで遊びたいと愛須・ヴィルヘルミーナ(
ja0506)の指先から、ふわりと水着が空を舞う。
それにはブーメランやトランクス等の男用水着、そう……男用水着が宙を舞っていた。
その間をシュバババという音を立てて動くのは触手である。
赤黒いそれは、的確に水着を絡め取って行く。
「ぬぬっ! せっかくの夏休みのプールになんてことだよっ☆」
新崎 ふゆみ(
ja8965)がそんな光景を見つめながらいう傍らで、本当にさりげなく一本の触手が伸ばされていた。
的確に男性陣を狙うそれに、フリーランニングをやってるボクにお任せ! とばかりに走りだした和 泉空(
jb2771)が、一体何に足を取られたのかすてーんと転がった。
「ひゃぁ……っぁ!」
光纏で空を飛ぶ余裕もない。
しゅるりとすでに触手が足首に巻きついたのだ!
「泉空ちゃん!」
痛みだけじゃないその声に、深森 木葉(
jb1711)がしっかり、というように名を呼ぶ。
本当に素早く白い肌を探り、どこか見せつけるようにゆっくりと水着を剥ぎ取られていく泉空に、木葉の良心と優しさに満ちたタオルが投げかけられた。
ちなみに視線はちゃんと逸らしてあげる、そこには優しさがあった。
この間の時間、1分満たないのである。
怖すぎる。
「おい、見えなかったぞ!」
何が見えなかったって脱げた瞬間じゃなくて、触手の水着を剥ぎ取るあの素早さである。
咲魔 聡一(
jb9491)は緑色のベストまで着こんで(勿論中には水着着用)完全装備ではあったが、背に冷たい汗が流れるのを感じる。
これはこんな布だけで死守できるモノなのか、それは触手のみが知っている。
こんな阿鼻叫喚になってしまったのは、10分前に遡る。
10分前。
さんさんと太陽の日差しが眩しい中、そいつはいた。
グロテスクな色合いのそいつ……触手は、やってきた撃退士達と見つめあうこと少々。
「これならいけるはずです! 根拠ないけど!」
胸にさらしを巻き、男性用水着に身を包んだ東風谷映姫(
jb4067)が触手が動くよりも先に突撃をかました。
戦闘は、この瞬間から皆の気持ちの整理とかそういうのも待ったなしで始まったのだ。
「何かあってもとある撃退士さんがなんとかしてくれます!」
自分も撃退士じゃなかったのか。
さらしを巻きながらもパッド(のようなもの)をいれるというその姿に、触手が一瞬迷う。
されどその一瞬後には水着に手をかけ……。
「これもまた一興ね!」
アリス セカンドカラー(
jc0210)が強引に皆の視界に割り込み、使い捨てカメラを構えながら言う。
27枚しか撮れないそれに、物凄い吟味を重ね……そして。
「あぁ!! 終わっちゃったー!!」
悲鳴を上げている間に、映姫があ、女性だった、ごめーんね★ とでいうように離した触手から逃げ切り、木葉にと抱き着いてその柔肌を堪能していたのだった。
怖かったよぉぉぉ〜と木葉の柔肌をぐへへとどこの親父だ、という笑い? を零しながら堪能している映姫と、大丈夫? と優しく抱きしめる木葉の前にでた、影山・狐雀(
jb2742)。
学校指定の水着にパーカーを着こんだその姿は、戦いというよりはもうバカンス用である。
こんのくそ暑い中涼しもうと思ってきたら、この状況。
「はわ!? 涼もうと思って来てみたらご覧の有様だよ! な状態ですー!?」
的確に突っ込んでいた。
空を飛べばこれは、大丈夫なんじゃ……? 狙われる男性である狐雀は、そっと飛び上がったのだった。
「えーい、ここは一発ふゆみたちにオマカセあれ、なんだよっ!」
そういったふゆみは、なんかすごいものを掲げていた。
盾に輝く(?)ソレは、男性用水着である。
こうしてなんだかよく分からないうちにカオスと化していったのだった。
●負けられない戦い
10分前に始まった戦闘は、触手が伸ばされ阿鼻叫喚というよりはカオスの空間を作り出していく。
「だーりんに借りてきたのだっ☆」
きゃぴーんと掲げられた盾に輝く水着の出所は、まさかの借り物である。
「ふんふ〜ん♪ ふゆみったら、アッタマいいんだよ〜☆」
シュールだが、だがしかしこれがまた上手いこと触手の攻撃を防げた上に、関心も引いていた。
なぜか男性用下着もあったためなのだが……それも借りてきたのだろうか。
「……それって返すの……?」
愛須が首を傾げる。
だーりんなる同級生の彼から借りたのならば、それは返すのが道理だろうが、そのまま返すのも何か違う気もする。
「……きゃっ」
どうするんだろう? と疑問に思っていたところで、ビキニアーマーの隙間から触手が忍び込む。
「あ……あっちに男のが……」
囮用の水着を指差せば、そっちはもうちょい後で、と年齢よりも色っぽい愛須の柔肌を堪能したあと、うん、やっぱり違うとばかりに離れていった次の瞬間には先ほど指差されていた水着を握っ ていた。
(しょ、触手ですかぁ? あううぅ……。こ、怖いのですぅ……)
やはり目の前に来たソレに恐怖が隠せない。
浴衣を着たその身を強張らせた木葉に、触手は容赦なく襲い掛かる。
「い、いじめないでくださ〜い」
泉空がそんな木葉をかばうように割り込んだ。女性に自分と同じ目に合わせるわけにはいかない!
「な、なんだかさっきよりヤる気に満ちてるような?」
とても複雑な構造の水着、それに触手がその魂を燃え上がらせる!
触手的職人魂は複雑怪奇な水着を攻略するのに、とてつもなく器用に触手を動かしていた。
「ちょ、ちょっと待つのですよ〜? まってまって」
だんだんその声が焦りを帯びてくる。
「脱がせにくいからって水着の中に入らなあははははちょわきばらわきばらはくすぐったあはははは」
聡一がそんな触手にバンシーボウを叩き込みながらどうにか離させようと声を張り上げる。
「可哀想に誰か泣いてるじゃないか! もうやめてやれ!」
泣いているというか、ちょっと違う意味でないているような。
「ひゃあ! な、なんですか〜? や、だめ、そこ、這っちゃ、や、やめ、る、のです、よ〜?」
先ほどよりも色々際どい!
そんな触手にと、空の上からも果敢に……遠距離で攻撃しようとしたら剣しか持っていなかったことに気が付いた狐雀が近づいた。
「空からなら届かないのですよー。上から攻撃……って、攻撃するのに近づかないといけなかったですー!?」
泣く泣く近づいた狐雀にと、魔の手が物凄い速さで向かっていく。
とっさに伸ばされた触手を回避しようとするが……。
「わふ!? 水着奪ったらダメですよ……」
水着がはらりと宙に舞い、ということは今無防備にもそこは……!
「きゃぁぁ!」
愛須が援護しようと駆け抜けようとしたところで、その美しい肢体を水着に足を取られてそんな狐雀の前ですっころび皆の視線を狐雀からそらした。
「大丈夫?」
木葉がとっさにタオルを投げかけ、ふゆみも盾を片手に割り込む。
「ぁ、見えてない、見えてませんよね!?」
それでも爆裂符を叩き込む当たり、撃退士としての鑑である。
「よく考えたらスキルなら遠距離攻撃出来たのですよー。最初からこっちを使えばよかったですー」
後の祭りだが、これで次の被害は減るかもしれない。
倒れこんだ愛須を映姫が引き起こし、その体に怪我がないか念入りに調べはじめた所で、アリスが声を上げた。
見えそうで、見えない上空の光景。
「ほらほらほらほら、もっとこう、尻尾の角度を!」
狐雀が一生懸命ふわっふわの尻尾で大切な場所を隠す。
「動かしたら見えちゃいますー!!」
「だがそれがいい!!」
「いやよくないよ?!」
トラウマを植え付けないようにしっかりしないと、と頑張る聡一はツッコミに忙しい。
今日のお仕事はツッコミだったのかもしれない。
しかし忘れていなかった。
もう一人、かなりきわどい事態になっていた人がいたことを!
「それに泉空さん、着替えて!」
「あぅぅ〜」
あの複雑な水着が剥ぎ取られた泉空を庇うようにバトルフライパンを掲げた聡一。
当たり前だが彼も男である。
そう、そうなれば触手にとっては獲物である。
ゆるりと動かされた触手。2人の間に張りつめた空気が漂い……。
そのカオスをふゆみの決死の割り込みにより霧散させる。
「みんなー! こいつはふゆみが引き受けたんだよっ、はやくコーゲキしてー!」
黄色のビキニが太陽の光にまぶしい。
たゆんと揺れた胸元に、触手が伸ばされ……触れた後、触手が止まった。
「……?」
ふゆみが首を傾げるのと同時に、えらいしょんぼりとした感じに触手が離れる。
大きいと思って齧り付いたら、ちょっと足りなかったという状況に、触手的に超しょんぼりである。
触手は大きさの違いがよく分かる触手だった。
そんな首を傾げていたふゆみを見守っていた木葉に狙いを定め、慰めろーとでもいうように伸ばされるソレに、木葉が悲鳴を上げて逃げ惑う。
映姫がそんな触手と木葉の間に割り込んだ!
木葉を引き寄せて退避する、その際なんか触手よりもふしだらなねっとりした視線が舐めまわした気がしたが、気のせいだろうか。
「変態が伝染した?!」
「変態なんて失礼です! コミュニケーションですよ!」
それならば仕方ない。
自らも体験しないと……と、アリスが囮用の水着を着こみ、軽くウィンク。
「ヘイ、カモーン♪」
誘い文句よりも先に伸ばされた触手だったが、あからさまにがっかりと離れていく。
「今、あからさまにわたしの胸にがっかりしやがったなこのやろう!」
やれやれ、そんなんだからダメなんだよ? と触手が器用にジェスチャーを交える。
すでに薄い本のためのアレやソレは蓄積された。
ならば……。
「ふふ、魂まで吸い尽くしてあ・げ・る☆」
がっつりと吸い取ってあげようと動いた所で、ようやく戦況に終わりが見えた。
さりげなく攻撃が蓄積されていた触手は、あからさまにへにゃーとなっていたのだ!
「チャンスです!」
先ほどの仕返しとばかりに狐雀が剣を突き刺した! 追ってこれまた先ほど酷い目にあった泉空のアイスウィップがその体を貫く。
「援護する!」
聡一が援護しようとバンシーボウを掲げた所で、最後の悪あがきとばかりに触手が伸び……。
上半身に用がないとばかりに下肢にのばされたソレは。
「ふざけるな、この変態!」
変態と言われて止まるのならば、ここまで被害は出なかった。
的確にズボンの中に入り込み……。
「ちょっやめろ、誰が得するんだ馬鹿!」
フライパンで ごいーんとされたと同時に、優しさのタオルが投げかけられそして。
「ごちそうさまでした!」
アリスの言葉と共に、終わったことを実感した撃退士達。
すでにしなしなとなった触手は二度と動くことはない。
本来あるはずだった、爽やかな夏の日を取り戻したのである。
さぁ、改めて夏のひと時を満喫しよう!
「これでやっとプールで遊べますねー……わふ?」
気が緩んだ尻尾がだらんとなって、最後のタオルが宙を舞うことになったのはご愛嬌と言った所だったのかもしれない。
●楽しい時間
ふゆみの発案で、掃除をするまでがお仕事、とばかりに掃除をした後は、楽しい時間である。
白いフリルや白スクールや黄色のビキニ、そして学校指定の水着……と種類豊富な水着が水しぶきと共にきらきらとまばゆい存在感を放つ。
皆の肌を濡らすその水は、戦いで火照った体を冷やしてくれるだろう。
「わふぅ、暑かったですから涼しくて気持ちいいですー」
ゆらんゆらんと水の流れを楽しみながら狐雀が言えば、ぷか〜と水面に浮かびつつ、映姫が頷く。
「むふふふ……やはり女の子はいいね〜♪ 癒されるよ〜」
だがしかし、その視線は楽しそうに水を掛けあっているアリスと浮き輪に乗りながらも器用に水を掛ける愛須に注がれていた。
「バレーも、する……?」
「いいかもね!」
2人の眩しいばかりの笑顔が、水着姿ということもあってやけにきらきらと輝いているように見える。
そんな2人の間に、ぷかぷかと同じように浮き輪につかまりながら流れてきたのは木葉だ。
「何のお話ですか〜?」
フリルスカートから伸びる足がゆるりと水面を掻く。
そこまでみて、映姫が木葉達の所まで泳いでいき……。
「はぁ〜いいよ〜。最高に可愛いよ〜♪」
勢いで抱きついたため、ばしゃぁぁん!! と水が盛大に跳ね上がる。
全員が水浸しになった後、知らず皆から笑い声が毀れた。
腹ごしらえも、とばかりに屋台に向かう面々も居る。
売店でタイ焼きを、在庫がなくなるまで買う勢いだったのは先ほどまでプールで涼しんでいた狐雀だ。
「……食べます?」
思いっきり楽しんで忘れようとする聡一にタイ焼きを渡す。甘い物を食べると心がほっとしますし、と。
タイ焼きを受け取りつつ、聡一が青白い顔をしながらつぶやく。
「見苦しいところを見せてしまってごめん……」
テーブルの上に広がる皿、皿、皿……そしてまた皿。
「大丈夫ですよ」
今日一番、酷い目にあったような気がする泉空がはにかみながら言う。
食べて忘れる! とばかりに食べる聡一は、勿論その領収書を取ることは忘れない。
その様子をみて、泉空が感心したように見詰めていた。
「あ、すみません領収書下さい。久遠ヶ原学園で」
「しっかりしてるね☆」
ふゆみも隣で食事をしながら笑う。
ごくんと飲み込んだ焼きそばは凄く美味しいと言うものではないけれど、この雰囲気が二倍にも三倍にもなぜか美味しく感じさせてくれる。
「写真撮っていいかな?」
ふゆみがスマフォを掲げれば、プールではしゃいで腹ごしらえに着ていた面々も大丈夫だと答えが返り……。
ぱしゃり。
満面の笑顔と、そんな皆の後ろに映る今は穏やかな水面が、楽しい夏の思い出を一つ刻んだことを明確に映し出していた。