●蛍狩り前の一仕事!
そろそろ夕方に差しかかるその頃。
太陽もそろそろ帰り支度を始めていたそんな時間。
「ツアーの皆様、此方ですー」
やってきた苧環 志津乃(
ja7469)はその声を聞いてそちらに足を向けた。
絵本の元となったその場所は元はとても静かなのだろうが、今はツアー客と一般客が数多く少々騒がしい。
ゆるりと視線をやり、思う。
(素敵な絵本ですね……それなのに、川に向かう人がゴミを捨てて行くなんて、少し信じられませんが……)
今ここに居る人たちはそんなことはないと思うのだけれど。
でも人が多くなれば、やはり色々な人が集まるのもまた事実だろう。
ボランティアの人たちは今どれほど胸を痛めているか……。
だから、志津乃は自分で良ければ力になろうと思う。
(きゃはァ、自然は大切にしないとねェ……無くすのは簡単、でも取り戻すのは一苦労の典型的な一例だしさァ……♪)
黒百合(
ja0422)は少々人より大きな荷物を持ってやってきた。
それはこの自然を大切にしたい、という気持ちの現れだろうか。
先に歩く志津乃を見つけ近寄っていく。
「頑張ろうねェ!」
「えぇ、そうですね」
そんな2人と同じ方向へ歩きながらケイ・リヒャルト(
ja0004)が、隣を歩くセレス・ダリエ(
ja0189)にと視線を向ける。
「折角の蛍狩りの場がゴミだらけ、なんて!」
(ゴミ……要らなくなった……モノ……)
その視線を受けて、セレスがかすかに頷いたように見える。
「……集めてキチンとすれば……川も蛍もゴミにも良い……でしょうか……」
「えぇそうね、きっと」
ゴミ拾いぐらいならば、自分だけでも出来るかも、と同じ地を踏むのは礼野 静(
ja0418)だ。
しかし、そんな静をほおっておけなかった者がいた。
静の2人の妹に頼まれただけでなく、夏バテ気味の彼女が心配な音羽 紫苑(
ja0327)である。
「今も続いているだろ? 夏バテ」
「紫苑、私ってそんなに頼りないですか?」
「夏バテ中の人間が何言っている、妹達も心配してるぞ」
自分の妹達も心配していると伝えられてしまえば、はい、と答えるしかない。
とはいえ、少々その間が開いてしまったのはしょうがないだろう。
「では、此方からとっていってくださーい!」
用具を配布し始め、それを受け取れば、自然とメンバーが集まって。
「あ、虫よけスプレー使う?」
説明も終わり、そろそろゴミ拾い! という時に黒百合が声を掛ければ、持ってきていなかった面々が使わせて貰う。
「ところで、制服でやるの……?」
志津乃の問いに、セレスが無表情で頷いた。
普段着でやるのに躊躇はない。
「ふふ、じゃぁ頑張りましょうか」
ケイのその言葉で、それぞれのペースでゴミ拾いを始めるのだった。
●ゴミ拾い、ゴミ拾い
ぱっと見ると、ゴミはそんなにないようにも見えた。
けれど、ちょっと脇道を見ると藪の間に落ちていたり、巧妙だと木の陰や洞に詰め込まれている。
そういうちょっとした所にも注意を払って……とケイが動けば、それを補佐するようにセレスも動く。
「……結構在るものですね……」
蛍は綺麗な所を好むという。だからきちんとしたい……。
たんたんとゴミを拾い、燃えないゴミと燃えるゴミを別けて入れていく。
「本当、よくこんなところに……」
洞に入っていた缶を見つけ取り出せば、他にもゴミが入っていて。
「……別けましょうか」
2人、暫しの間分別をしながら拾って行く。
火ばさみで挟んで、ゴミ袋に入れる。
意外と最初は難しいがある程度たつと普通に使いこなせるようになるものなのだが。
だがしかし、静は奮闘しているもののなかなか使いこなせなかった。
「あ、……また」
転げてしまったゴミを見詰めて溜息つく。妹はキャンプなんかで器用に使っているのだが。
「ゴミをぽろぽろ取り落とすな……」
そこまでいって、ほぼ初めてじゃないかということに思い当たる。
(うん、大抵使っているのって静の上の妹だったもんな……)
「はい、塩分補給」
干し梅を渡されて一息つけば、ぽろりと毀れた虫さされが治らないとの言葉に、紫苑がタオルを取り出した。
「暑くてもちゃんと軍手しておくんだぞ、日焼けだって焦げずに赤くなって腫れるじゃないか。ほら、これ妹から預かってるぞ」
ぐるりと巻かれた日本手拭は、友人と妹達の心配と愛情の証のようだった。
大きい不法投棄はないと思うけれど……と志津乃は小さなゴミを拾っていく。
話に聞けばいたちごっこで、昨日拾った場所でまた今日も拾う、みたいな状態だという。
流石に大きなものは毎日はないが、数回は見かけるらしい。
影を落とした帽子を持ち上げ、今一度見てみる。
綺麗になった道をみて、ゴミを捨てようなどと思わないように……。
願いをこめ、また一つ拾った。
黒百合はゴミを拾いながらも事前に作成していた札をこっそりと立てていく。
それは見回っていたスタッフに見つかったが、逆にいい方向に動いた。
そういう工夫も大事だろうと、今後増やす方針になったのだ。
「不法投棄する大多数の人間には無視されるかもしれない、無駄になるかもしれないけど100人の内に1人でも考えを変えてくれるなら、それは無駄じゃない、やる価値はあるわァ♪」
防水加工を施したその札を綺麗に立てれば、嫌でも視線が向く。
(きゃはァ、やるなら徹底的にしないとねェ……)
楽しんでやる黒百合の傍では、その立札を横目で見ながら歩いていく人々。
「ママーあれなんて書いてあるのー?」
子供の問いかけに、母親の声が返る。
「「蛍生息地域、ゴミの不法投棄禁止!」ですって」
「ゴミ捨てないでってことー?」
「そうよ、ゆう君はちゃんとゴミ箱にゴミを捨てれるかなー?」
出来るよー! と楽しそうに笑いながら歩いていく親子に、自然と笑みがこぼれた。
きっと、伝わっていく。
●ゴミは此方へ!
時計が五時を迎えた所で、係の人達が声をかけながら歩いてくる。
また最初の地点に戻れば……。
「ゴミの仕分けは私が……」
ゴミの仕分けはちょっと不安だと紫苑が率先して初めて。
仕分けをしようとしてた静には、お茶を飲んで休んでいなさいという指示がされる。
「出来ると思うんですけどね……」
ゴミを仕分けする紫苑を見つめながら呟くその言葉は、聞こえなかったようだ。
(……二人共、静に家事の特訓やらせた方が良いんじゃないのか? 私みたいに力加減が出来ない訳じゃないんだし)
手際の良さを見つめている静は、紫苑がそんなことを思っていることに気が付かなかった。
ある程度別けて持って来ていたケイとセレスは、比較的早めに終わったようだ。
志津乃は小さいこともあってか少々手間取っており、そんな志津乃の元へ2人が手伝いに行く。
そうして、1人後からもどって来たのは黒百合だ。
持って来ていた札は、全て許可の元、蛍の群生地から道路まで設置してある。
勿論、ゴミを拾ってきたわけで別け始めれば、皆も手伝い、思った以上に早く作業は終了した。
少し休んでから、蛍狩りへ……。
其の旨が伝えられ暫し休憩をと黒百合が呼びかける。
浴衣に着替える前にと顔をだしたケイとセレスに先にお茶とお菓子を渡せばお礼が返ってきた。
「美味しいですね……」
「うん、美味しい」
ほっと息をついた静と紫苑が黒百合にと微笑む。
「持ってきたかいがあったよォ」
にこっと黒百合も笑った。
暫し、のんびりと談笑を交わす。
涼しくなり、太陽と月がバトンタッチをした頃。
「そろそろ、行きましょうか」
志津乃が立ち上がり、そういう。
ふわりと、風に髪が揺れた。
●さぁ、蛍狩り!
きっと貴女に似合うから。
そう思ってお互いが用意したのは桔梗の柄の浴衣だった。
セレスへ、と用意されたのは淡い水色に白と濃紫で流線形の模様が入っており、どことなくモダンな雰囲気が漂う。
桔梗の花がポイントとなっていて、セレスの身によく映える。
「桔梗の紫と帯の紫、それに白い兵児帯も付けて……。ほら……とっても似合う」
にこりと微笑めば、セレスも小さく頷いた後、着替えたケイを見やる。
ケイの身を包むのは紺地に薄い紫と白で描かれた桔梗の模様のモノ。それはケイの綺麗さを、前面に押し出そうと選んだ、派手すぎない物だ。
紫色の帯が、アクセントを添えてとても、綺麗。
「……やっぱり似合いました……」
お互い似ていて、鏡同士なのかもしれない、というケイの意見に瞳を瞬かせる。
蛍が、一匹、二匹……。気が付けば沢山いて暫し意識がそちらを向いた。
しゅわしゅわと弾ける音に、ケイが瞳を向ければ、ケイのためだけに作られた葡萄ゼリー。
グラスの中の炭酸と共に浮かぶそれは簡単なものだけれど。
「……どうぞ……」
誰かのために作ると美味しくなると教えてくれた貴女のために。
「あたしの為だけの魔法…凄く、嬉しい」
素敵な魔法ね? とケイが微笑み貴女のためだけに作ってきたの、とフルーツ水まんじゅうを差し出す。
ゆっくりと味わい、蛍をみて少しだけ、お願い。
「……少し……歌って下さいませんか……?」
「そうね……じゃあこの地上の星の彩に花を添えられるようなモノを」
地上を飛び回る美しい蛍達、それを見つめながら歌い上げる。
瞬くのは一瞬で永遠。永遠と一瞬は紙一重。そんな想いを乗せて、伸びやかに、しなやかな川の流れのような優しい歌声がセレスの……。
それだけじゃなく、周りに広がっていく。
(蛍の光と川のせせらぎ……ケイさんの透明な声……)
「贅沢で綺麗で……夢の中の様……」
それは何処までも遠く、儚く。
セレスとケイの前に、幻想的な彩りを添えて。
歌声に誘われてすい……と動く光が、紫苑と静の目の前にやってきた。
「……そういえば蛍狩りで、静が浴衣じゃないのって珍しいよな」
蛍狩りといえば、浴衣、そんなイメージがある静に問いかければ、暫し考えた後答えが返る。
「そういえばそうですよね。大抵純粋に蛍狩りだけでしたから……」
今日はちょっと変わった蛍狩りだと、そう思う。
視線を落とせば、それは皆が頑張ってゴミ拾いをした場所で。
でも、今は蛍が舞い踊っていて。
ゆらり、ゆらりと舞う蛍達は、綺麗になったその場所に喜んでいるようにも見える。
「……昔は蛍の光は死んだ人の魂、って言われていた地方もあるんですよね……」
ゆらりと舞う蛍を見詰めて言えば、ゆるりと指先で蛍を追いかけていた紫苑が唇を開いた。
「私達が小さい頃は、無邪気に追っかけていたけどな……まだ見頃のうちに、兄弟や後輩たち連れて蛍見せたいな」
「きっと、喜んでくれますよ」
静の言葉に、しっかりと紫苑が頷く。
伸ばした静と紫苑の指先から、離れていく光たち。
その光の一つが志津乃の前にとふわりと漂った。
蛍を見るのは久しぶり、とその光に瞳を細める。
照明は勿論、月明かりに霞んでしまいそうなその光。
(大切な人が思い出されるのは、その儚さのせいでしょうか……)
月へと、照明へと。
迷うように漂う光に、意識が過去へ。
思い出へと誘われる。
行方不明になってしまった元恋人、初めて蛍を見たのは夜祭の帰り道だった。
(着付けを褒められて嬉しかった……)
ふわり、ふわりと舞う蛍は、そんな大切な人の今はもう感じることが出来ない心を、感じさせてくれた気がして。
出会えたことに、感謝を。
そして……。
(お別れ、を)
ありがとう、さようなら。
呼応するかのように、蛍が舞い踊る。
ふいっと……とそんな輪から抜け出した蛍が、楽しそうに見て回る黒百合の元へとやってくる。
用意していた物を片付けていた黒百合は、少々皆より遅くなってからの蛍狩りだった。
蛍が自分の周りを舞う。
思った以上に身近な蛍達に、なんだか元気を貰ったようで。
歩く黒百合に合わせて蛍も舞う……。
そんな蛍達の中、志津乃が佇むのを見つけた。
その背中は、どこか決意に満ちていて。
「これぞ夏の風物詩よねェ……次の戦いに備えて鋭気を養いましょうかァ……♪」
黒百合に声を掛けられ、志津乃の意識が現実へと戻る。
「えぇ、そうね……」
いつも以上に、優しい声音が唇から紡がれた気がした。
暫し楽しんだ後、ふと自然と集まった仲間に問いかけたのは黒百合だ。
「みんなは何で帰るゥ?」
黒百合の言葉に、皆がそれぞれ答えを返す。
さぁそろそろ帰ろうか。
名残惜しくも背を向ける皆の後ろ。
この魔法が解けないで居る場所で合って欲しい。
「そして……セレスとも……。こうしていつまでも一緒に居られたら、幸せ、ね」
(綺麗な場所……モノ……何時までも綺麗で在って欲しい……)
セレスの瞳がまだ近くを舞う蛍を見つめる。
「……ケイさんも……」
その言葉は、隣を歩く彼女に聞こえただろうか?
ひとつ、ふたつ。
そして、沢山!
ふわりふわりと舞う蛍達が、ありがとう……また、来てね? そんな風に言っているようにも見えたのだった……。