●桜並木と人形と
はらはらと。
はらはらと。
日下部 司(
jb5638)が桜の舞う中走ってやってきた。
「ごめん! 廃校になった理由とかを聞いてきたんだ」
時間に遅れたわけではないが、一人聞き込みをやっていた司は皆よりちょっとだけ遅れて合流することになったのだ。
聞き込みの結果、特に天魔が関わるような不審な点は出てこなかったと伝えれば、酒守 夜ヱ香(
jb6073)も唇を開く。
「人形に関連する行事はなかったって……」
タイムカプセルを埋めていたかどうかについては、埋める年と埋めない年があったらしいとのことだった。
きっと卒業生次第、と言うことだったのだろう。
ふわり、と桜が頬の傍を舞いおりていく。
この桜舞い散 る中、どこかにサーバント達がいるのだ。
きっと今もまだ探しているのだろう。
「桜の木の下……うーん、やっぱりタイムカプセルくらいしか思い浮かばないわね」
神凪 景(
ja0078)が桜の木の根元を見ながらそう呟いた。
埋まっているとしたらそれぐらいしか思いつかないというのに、本で読んだことがある、と言うのは尼ケ辻 夏藍(
jb4509)。
「確かに桜の木の下には……と書物で読んだことがあるね」
人は好きだね、そういう話。といった隣で、ロゼッタ(
jb8765)が口を開く。
「桜の下に死体が埋まってるってのは定説だけどぉ、まさかね?」
まぁそれはそれで面白そうだけど……と言えば、八鳥 羽釦(
jb8767)がじろりと2人を見る。
「今の御時世、死体だのがそうそう埋まっててたまるかってぇんだ」
その言葉に、2人が肩をすくめた。
2人も別に本当に埋まっているとは思っていない。
「何を探しているかはわかりませんが、安全確保の為退治します」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)がそう言って、皆に断ってから桜が舞う中空から探すことになる。
「爺共がいちゃ、こうはゆっくり桜も見れねぇからなぁ……」
羽釦がその爺共が聞いたらなんというだろうことを呟きながら歩いて行く。
桐原 雅(
ja1822)は一緒に歩きながら視線を先へとやる。
(どうして人を襲ったり暴れたりしないで、ずっと何かを探してるんだろ……)
気になっているし、それに……一緒に探してあげたい、という気持ちもある。
「でも倒さなくちゃ……相手はサーバントなんだし」
ヴェスから警告が入る。
「何かいます……!」
桜の木々に阻まれ、見えづらい。
けれど、視線の先に黒い塊が動いているのを捕えた。
一定の動きをするそれは。
「サーバント……」
それ以外、考えられないだろう。
やがて、ヴェスだけでなく、皆の視線の先に小さな人影と、犬が二匹……。
捉えた!
雅は出来れば不意打ちしたくないと考えていた。
(やっぱり気になるんだよね)
見詰めている視線の先では人形達がやはり何かを探すように、うろうろと歩き回っては木の下でじーっと地面を見詰める、という行動を繰り返していた。
どろどろに汚れた服が、その人形が土の中から這いずり出てきた……と想像力をかきたててくる。
とはいえ、いつまでもそんな動きを見ているわけにも行かない。
「ゾン ビとかだと見る に耐えないしぃ、人形でよかったぁ」
ロゼッタが小さく呟いた。
やがて人の気配に気がついた人形が振り向く。
何も表情の変わらない……人形だから当たり前なのだが……人形が、指先を撃退士達に向ければ地面の匂いを嗅いでいた犬達がそのまま目標を変えて走ってくる。
犬達の足元にヴェスから放たれた黒い銃弾が当たっていき、二匹同時だったのがタイミングがわずかにずれた。
此方も我先に、と皆が走り出す。
その場を動かず斧を振り上げた人形が下したその瞬間!
「……! 何か来ます!」
警告を発したのは景だ。
皆が疑うことなくとっさに回避行動をとる。
それは本当に軽い動作だったのだが、重い一撃だったかのように一直線に衝撃派が駆け抜けていく。
とはいえ、遠距離攻撃は 皆が懸念していた事項だ。
「……何発も打てないようだな」
羽釦の言葉通り人形は振り下した姿勢のまま、再度持ち上げられずに居る。
犬達の元へ向かった雅達を追いかけるように夏藍達が動いていく。
「人形が動くというと……付喪神、だっけ。私達のお仲間に近いものかもしれないね」
そんな呟きと共に、激しい音が響きわたっていく。
●探し物は見つかった?
人形と犬の分断を。
それはとても速やかに行われた。
すでに犬達は雅達の手に寄って押しとどめられている。
「ボクだって脚には自信がある」
ピタッとひっついた雅が、向かってきた犬に強烈な蹴りをかます。
勿論、普通の蹴りではない烈風突によるそれは、かなりの距離を吹っ飛 ばす。
「大人しくしてね……」
きゃんっと吹っ飛んできた犬を夜ヱ香が雷の剣でさりげなく麻痺にして撫でてみる。
「可愛い……」
その言葉に、ちょっと嬉しそうに見えるのは気のせいか。
残ったもう一体と言えば……。
ヴェスの射撃と、雅による攻撃を受けてひらり、ひらりと避けるのに徹しながら……お前、動けよぉぉ!! と言ってるように見えなくもなかった。
人形の抑えに回った夏藍達といえば、後ろに景が回り込む。
雷のような穂先が人形の背中に当たった、と思った瞬間には強烈な一撃が当たり、そのまま人形が軽く吹っ飛んでいく。
悲鳴は上がらない。
立ち上がろうと地面についた手に羽釦の刀が襲い掛かる。
「……!」
人形らしか ぬ機敏な動きで、さっと立ち上がり斧を振り回し牽制する。
どうやらここにいる者たちはかなりの強者だと認識したようであり、そして犬達が自分の指示に従えるような状態でないとも判断したようだ。
「司君、気をつけて」
夏藍が声を掛ければ、寧ろ攻撃を避けずに受け切るつもりの司が微笑み、大丈夫だと視線だけで伝える。
司の目にとまらぬ攻撃を避けようとしながら、たんたんと、たんたんと斧を振り回し景の腕や羽釦の足を切り裂いていく。
その傷を癒す暖かな光。
そんな光を生み出しながら、ロゼッタが笑う。
「何探してるのかは知らないけどぉ、あたし達が代わりに探してあげるからさっさと消えてね?」
ロゼッタの言葉が聞こえたのだろうか、くるんとそちらを見た人形が斧を器用に振り上げた。
また地面に落とすのか……!
景の攻撃が胴体に当たり、再び吹っ飛んでいく。
今度は後衛に移動しようと銃にと切り替えた先で、人形が立ち上がったのが確認出来る。
……まるで人形の血の変わりとでもいうように、桜が人形と撃退士達の間を舞っては地面にと落ちていく。
地面に散らばる花弁を踏みしめ、攻撃を加えていく仲間の援護をしながら、ヴェスは空の上から辺りを見渡す。
増援が来ないとも限らない。
索敵も使い、辺りをうかがっていく。
やがて、状況が動いた。
桜の花弁と赤い血が舞うのとともに、最初に雅の攻撃を受けていた犬が動かなくなった。
麻痺だけでなく、ワイヤーによって伽藍占めに拘束も受けてしまえば、なかなか連携をとるまで行かない。
犬側に回ったのは3人だけであったが、3人の連携によりスムーズに進んでいた。
「そろそろ、お仕舞だね……」
拘束することをやめた夜ヱ香により、吹っ飛んだ犬がそのまま動かないのを確認したヴェスが、人形を抑え込んでいる夏藍達の方を見た。
ほとんどが人形に向かったため、すでに人形はぼろぼろだった。
人形はふらり、ふらりと体を動かし、血の代わりに桜を纏わせそれでも必死に斧を振りあげる。
「尼彦!」
と声を上げ刀を腕に当てようとする羽 釦に合わせるように、夏藍の炸裂符が当たれば小爆発が起こった。
それは一撃を地面に振り下ろそうとした人形にとってはバランスを崩すのは必然で。
「足元がお留守だよぉ?」
そのままロゼッタがたたらを踏む足元に杖による一撃を加えれば、よろよろと後退していく。
人形が、空を……いや、多分桜を仰いだ。
「……」
それはどこまでも不自然で、でもどこまでも自然な行動だった。
「探し物は、見つかったかな?」
この中で一番人形が探していた物を気にかけていた雅が問いかける。
「……」
人形が何か言いたそうに雅を見て、そして。
景の銃による一撃が、人形の額に当たった。
パタン。
それはあっけなく仰向けに倒れる。
「……見つかったのか な」
見つからなくても、せめて少年なりの何かが見つかったのならそれでいい。
はらり。
はらり。
桜の花弁が、そんな少年の人形にと舞い落ちる。
● 探していた物
人形が一体何を探していたのか……。
自然と皆掘ろう、という方向で話が進んだ。
ヴェスは警戒するように見守っている。
人形が最後に見上げた木の根元には立て札があり、それが生徒達が植えたことを示している。
まだまだあまり大きくない桜の木は、人形にとっては大きいが皆にとっては小さい……少なくともそんなに年数は立って居ないだろう。
皆もまさか死体ではあるまいな、とは思うのの、そのまさかだった場合放置するわけにもいかない。
「……しかたねぇ。掘るしかねぇか」
力仕事を女子供にさせるわけには、と羽釦が彫り始めれば、持ってきた面々も一緒に掘っていく。
「頑張ってなのぉ」
ロゼッタは応援に留まり、その様子を見守っている。
カツン。
スコップが何かに当たった。
「何……?」
埋めた年もあったというのだからタイムカプセルかもしれない。
思い出に傷がついても、と出来るだけ丁寧に掘っていけば、どんどん見えてくるソレ。
「これ、何かな…?」
女の子の人形だった。
明らかに先ほどの人形との対であろうその人形。
(少女の人形なんじゃねぇの?)
と、羽釦が思っていたことは的中していた。
「桜……、桜だよね……」
夜ヱ香の言葉に視線を落とせば、少女の人形のワンピースには桜の模様が。
ひょっとしたら元はピンク色の服だったのかもしれない。
「これを探してたのかね」
羽釦が言えば夏藍が首を傾げる。
「かもしれないね。思い出の品的なものなら、持ち主を探して届けたいね」
「尼彦は優しいねぇ」
にやりと笑えば、夏藍が肩をすくめた。
景が人形を持ち上げて泥を払ってやる。
「でも、こんな状態だと……渡すって言うのも微妙なのよね。どうせならあの少年と一緒に埋めてあげようよ?」
「そうだね」
雅が頷く。
思い出の品ならば野暮かもしれない……それに少女の人形も、それを望んでいる気がした。
穴を埋めようと土をかぶせようとした所で司が何かを見つけた。
手を挙げて仲間の動きを制する。
「…………」
袋に入れられた 封筒だった。
『智里君へ』と書かれたそれは、かなり文字が薄くなってしまっている。
裏をひっくり返せば『6年1組の皆より』と書かれてあった。
そっと袋の上から文字をヴェスが辿ってぽつりと呟く。
「智里君へのプレゼントだったんでしょうね」
そっとその手紙を少女の人形の元へ置く。
「あ、そういえば……廃校になった理由は児童数が少なくなったから、だったんだけどさ」
「どうしたの?」
司が何かを思い出したようにそう言ったのにロゼッタが首を傾げた。
「廃校が決まる数年前に、一人病気で亡くなった子がいたそうなんだ」
それは、天使が関わっていなかったからあまり重要視していなかった。と司が言う。
「じゃぁ、きっと……その子だよ!」
ロゼッタがきらきらと笑顔で言う。
立て札を確認してみれば、確かにそれは司が聞いた年の物である。
「出来れば、全員一緒に入れてあげたいけれど……」
流石にサーバントを埋めるわけには行かないだろうが、何か持ち物だけならば大丈夫だろうか。
ヴェスがシートで包んでいた所から靴を持って、やってきた。
そっと泥を払ってやり、また元の場所にと埋めれば、はらりはらりと桜がその上に降り積もる。
●桜散る頃
埋めた土をぱんぱんとならし、大きく伸びをすればその視線の先に薄ピンクの世界が広がる。
「綺麗だねぇ……」
景の言葉を背に、夜ヱ香が歩く。
見詰める視線の先はそれぞれ楽しむ人達の姿。
(桜が綺麗なのはわかる……けど、どうして皆、懐 かしいような顔をするんだろう……)
「あなたも誰かを思い出してるの……?」
その言葉は、風に溶け込み届くことは、なかった。
少年のサーバントは亡くなった「智里君」だったのか。
そうだったかもしれないし、ひょっとしたら全然違うかもしれない。
どちらにせよ……。
「きっと彼もこの桜を見たかったんだと思います……友達と共に植えた、この桜を」
司の囁きを受けて、はらり、と桜が舞った。
桜が舞うその中で……少女の人形に漸く会えた少年の人形が、幸せそうに笑いあい、そして……。
男の子が一人、そんな二人の人形を腕に抱えて桜の木の下微笑んでいる……。
そんな姿が見えた気がした。
「ずっと、ずっと、咲き続けて欲しいね」
雅の言葉が、桜の木の下に優しく響き渡っていった……。