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白魔。
はくま、と、そう呼ばれることがある『もの』を知っているだろうか?
それは、どぉぉぉんという効果音が聞こえそうなほどそこかしこに山となって積まれていた。
そう……雪である。
スキーウェアを着込んだ桜花(
jb0392)がそんな雪を見つめていた。
雪は山だけではなかったのか……そんな視線かもしれない。
アイリス・レイバルド(
jb1510)が興味深げに一行を見る村人たちに話かける。
今回行く山のことについて確認したいことがあるようだ。
山にまつわる伝承について聞き始めれば、新しい話相手に飢えていたおばちゃんたちが我先にと知っていることを伝えてくれる。
そんな話し声をBGMに聞きながら、戦闘に支障のない程度にスキーウェアを着込んだ橘 優希(
jb0497) が、動きを阻害されないかと確認しながら小さく呟く。
「年頃の子だし、色々考えがあるとは思うんだけど……凄い行動力だなぁ」
動きに支障がないと確認し終えつつ見詰める先には今回の依頼人、鈴木里奈の姿があった。
流石に地元だけあってスキーウェアではないが、もこもこした服装からは寒さを感じない。
ピンク色の長靴が、乙女心を表している。
依頼を出した時から一緒にいるとはいえ、やはりまだ緊張が残るだろう。
少々ぎこちない里奈の手を取ったのはジェンティアン・砂原(
jb7192)だ。
「……?」
不思議そうに見詰める里奈の瞳を見詰めて、怖がらせないように微笑む。
これから何があるか分からない。だから、と前置きして。
子供扱いではなく、一人のレディに対してのお願いを口にする。
「それではレディ、皆の指示には従ってね? 案内は宜しく頼むよ」
「も、勿論ですわ!」
恭しく跪いて話されれば、少女は顔を真っ赤にして頷いた。
レディ扱いがことのほか嬉しかったのだろうか。
「少年、ソッチいっちゃらめぇ〜で御座る!?」
そんな空気を慌てて打ち消したのは源平四郎藤橘(
jb5241)だ。
盛大に何かを勘違いしたようではあるが、一体何をどう解釈したのだろうか……。
さらなる突っ込みをしようとしている藤橘と、どこか打ち解けた感があるジェンティアンと里奈を見つめつつそっと心の中で突っ込むのは天辻 都(
jb8658)だ。
(胸が大きくなる木の実ですか……。眉唾物ですね)
確かにそんな都合のいいものなどそうそうないだろう。
(大きければいいというものでもない気がしますがあの年頃だと色々あるんでしょうね)
そっと瞳を少女から外し、あり合わせで身を固めたコートやマフラーを巻きなおす。
そして、そんな中里条 楓奈(
jb4066)はじーっと里奈を見つめていた。
(年頃の女性と云うのは胸の大小に拘るものなのだな)
人それぞれということだろうか。
「楓奈、どうしたの?」
優希が不思議そうに見詰めているのに気がつき、首を振る。
「いや……優希は準備万端か?」
「うん、一応チョコレートとか飴とかの非常食も持って来てるんだよ」
準備万端な用意に、瞳を細めた。
男の自分からすればちょっと分からない悩みだな、とは思う。
けれどそれが目の前に居る少女の真剣な悩みだとすれば、叶えてあげたいとも思う。
清純 ひかる(
jb8844)は里奈を怖がらせないように微笑みながら、そっと声かける。
「こんにちは、僕は清純ひかる、今回は宜しくね……望みを叶える為、僕達が絶対キミを守るよ」
差し出された手に、そっと指先が伸ばされる。
ぎゅっと手を握れば、ぎゅっと信頼を込めた力強い握手が返された。
「私は鈴木里奈ですの。よろしくお願いいたしますわ!」
改めての挨拶とともに毀れた笑顔に、漸く里奈の緊張が解れたことが伝わってくる。
そして、山に行く前に最後の準備を……とコンビニと向かえば。
この村では雪は春先になっても溶けることなく残ることが多いのだと言うのを、村唯一のコンビニ……正し夜の八時に閉まる……で必要な使い捨てカイロを買い求めた撃退士達はちょっと戦慄しつつ聞いたのだった。
これは、山の雪は手ごわいかもしれない……。
そんな予感ではなく確信が皆の胸に飛来した。
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雪山は流石に人が入ることもないためか、雪が手つかずで残っていた。
しゃきーんと土竜爪を取りだしたのは楓奈だった。
「これを使って掘っていったら楽になるだろうか」
とはいえ、流石にこれからずーっと神社までの道のりを一人で掘り進める、というわけにもいかない。
「サーヴァントも居ますしね」
体力はほどほどに残しておきましょうと都が言って、必要な所で楓奈の爪で掘ってもらおうと話が纏まった。
これがあれば心強いだろう。
「じゃぁ僕が先に行くね」
ジェンティアンが一歩足を踏み出した。
さくさくさく。
そんな音を立てながら一行は進んでいく。
手に持ったカイロを何度か握り直しつつ、都がちらりと里奈を見る。
こんな雪の日に決行するとは、一体どんな事情があるというのか。気にはなるが、言いたくない事情かもしれない。
ならば無理には聞かぬようにしよう。
(でも、何もこんな雪の日に決行しなくても……)
とは思っていたが、雪が解けないと聞けばこれもまた致し方なしだったのか、とも思う。
同じように、無理に皆聞きだそうとはしない。
そこは紳士な藤橘も同じである。
沢山買い込んだカイロを持って居なかった楓奈にと渡せば、ありがとうと礼が返ってきた。
里奈の傍をつかず離れずの位置で歩いているアイリスは足元を気をつけながら登っていく。
崩れることもあるだろう、常に注意を怠らない。
何度目かの休憩の後、そろそろです、と声がかけられた。
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足跡が、あった。
それは報告のあったサーヴァントのものかもしれない。
そう伝えれば、里奈が瞳を曇らせた。
そんな少女を安心させるように優希が声をかけた。
「大丈夫だよ。お兄さん達がちゃんと里奈ちゃんを守るから」
ひかるも大丈夫だと微笑んで頷いた。
「安心して、キミの所には絶対通さないから」
アイリスが使った黒の障壁が身を包み自分を守ってくれる三人を見つめ、里奈が頷く。
「優希、里奈の護衛は任せたからな」
「任せて!」
戦闘班が走り出す!
妖艶な笑みを浮かべた楓奈によって召喚されたスレイが威嚇音を上げる。
雪めっちゃたのしー! とでもいうようにころころしていたサーヴァントが顔を上げた。
都がマーキングを施しながら呟く。
「可愛いけどサーヴァントですし、ね」
ジェンティアンが彗星を叩きこめばたすけてぇ! というようにじたばたと逃げようと動きだす。
戦闘の邪魔にならぬようスキーウェアを脱皮? し、いつものスーツ姿になった藤橘が空の上から援護する。
「そっちに行ったでござるよ!」
桜花が援護射撃で足元を狙い打つ。
それに驚いた拍子に、拘束され威嚇の声をあげた。
護衛班は攻撃班によりほぼ一方的に攻撃当て放題な様子をみつつも、油断はしない。
「大丈夫だからね……?」
戦っている仲間の援護だって出来るよう、ひかるは里奈に声をかけつつも気を配る。
里奈はそんな周りの様子と、戦っている皆を交互に見つめ、小さく息を吐いた。
拘束が緩んだほんの一瞬の隙をついて、サーヴァントは凄い勢いで木々の間を走り抜けていってしまった。
「あ……っ!」
八人で囲めばまた違かったかもしれないが、今回は護衛が主な目的である。
都のマーキングの効果はまだ続いていたが、里奈達が居る方向、そしてさらに神社とは違う方に向かっていったことを考えれば深追いするよりはこのまま依頼を続行したほうがいいと判断した。
「さ、行こう!」
桜花がそう言って手を差し出した。
その手を握り歩き出す……そうして、しばし後。
漸く神社がその姿を現したのだった。
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依頼には手を抜かない。
だがしかし、興味だって満たしたい。
アイリスは興味津津でまずは木の実を見ていた。
視線の先にある木の実はたわわに実っており、所々すでに痛んでいるものもあった。
短い期間限定の木の実である。
「高いわ……」
見上げたそれは、確かに里奈からすれば途方もなく高く感じただろう。
手を伸ばしたり、背伸びした所で届きそうもない。そこまで頭が回らなかったのか、網とかそういう道具も持ってきていなかった。
もちろん、そんな様子を黙ってみているわけではない。
お姫様だっこで手伝う? とはジェンティアンとひかる。
肩車はどうだ? と楓奈が。
ではでは翼で飛ぶのはどうでござろう? と藤橘。
何か手伝いますよ、とは都。
結局は皆に手伝ってもらって手に取ったそれは、確かに檸檬のような形をしていた。
匂いを嗅げば少し酸っぱいようなそんな匂い。
食べる前からなんだか口元が酸っぱさにすぼんでしまいそうだった。
「ありがとうございますわ!」
お礼を言いつつ里奈は手に取ったそれを、祠の前に置いて、手を合わせて祈り始めた。
アイリスはそんな様子を見つめた後、祠も調査してみるが、特に何か変わり映えがあるわけではなかった。
オーソドックスな木の板でできた祠だ。
ただ、手入れされ地元の皆に愛されてきたのが伝わってくる。
「鈴木殿、ご利益はありそうでござるな」
大きく頷き、今度は持ってきていたナイフで飲むための準備を始めたのだった。
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「これで、少しは甘くなるとは思うんだけど……」
ミラクルフルーツを優希から受け取り食べて見た後、煎じて飲んだそれに盛大に顔をしかめた。
「参考までに……酸っぱいとのことだが、どのくらいだろうか?」
やはり気になるのだろうアイリスがそう言って覗きこむ。
とはいえ子供好きな彼女である、表情にこそは現れていないが、その言葉に含まれるのは里奈を案じている響きだ。
盛大に顔をしかめたまま、里奈が檸檬を丸ごと一個分ぐらい、と分かるような分からないようなことを言いつつ咽た。
「どうぞ」
持っていた水筒からお茶を差し出した都が、小さく微笑んだ。
「苦労しましたし、効果があるといいですね」
ぐいっと飲み干して、なんとか小さく息を吐く。
「ありがとうございました。本当にあるといいのですけれど」
ぺたり、と再度胸を触ってみる。
……変わらない。
所詮は噂程度なため、これが即効性だったのか、それとも後からくるのか、寧ろ思いこみなのか、成功がどこにあるかは元々未知数だったのだが。
そっと里奈の肩に手を置いたのは桜花だった。
その瞳は慈愛に満ちている……が、ちょっと肩に置いていない手がわきわきしていた。
「マッサージすると大きくなるって言うよ、私もたまにやってるんだ、だから私がマッサージしてあげるよ、どう?」
いかがわしくなんてありません、という表情だが、その内心はいかばかりであろうか。
きゃー?! なんて声が上がる中、藤橘とジェンティアンはそんな光景を瞳を細めて見詰めていた。
なんだか空気がピンクい。
「砂原殿、……いいですなぁ」
何がいいとは言っていないが、なんとなく雰囲気で察してください。
「仲がいいね〜」
ひたむきな子は可愛いね……なんて呟きながら、ジェンティアンが微笑む。
やがて、息を弾ませつつちょっとどこか楽しげな里奈にひかるが声をかけた。
「まだ成長はこれからだって思うけど、何か急がなくちゃいけない理由でも出来たの?」
その言葉に、じっと見上げられる。
「……あっ、子供扱いしてる訳じゃないんだ、ただあまりにも真剣だったから、少し気になって」
ほんのりと微笑みながら言えば、里奈が小さく頷いた。
歩いている間に、自然と打ち解けていたのと……その身を呈して守ってくれたこと、そして無理にと聞かぬ心遣い。
皆の気持ちが伝わっていたのだろう、ぽつりぽつりと話し始めた。
ジェンティアンやひかるの思った通り、好きな男の子が胸が大きい子が好きだということを言っていたらしい。
残念なことに、自分の親戚達も胸が慎ましすぎるため、このまま将来的にも大きくなる見込みはない。
「女の子は、外見よりも中身が大事だよ。外見が良くても、口を開くと残念な人って……うん、結構いるから」
優希が誰かを思い浮かべながらアドバイスするが、後半声のトーンが下がった気がしたのは気のせいではないようだ。
「優希の言う通りだな。所詮、外見は外見でしかない。私の様に背が高く眼つきも悪い胸も並以下の、外見すら残念な者もいるのだ。里奈は愛らしいしな、自信を持っていいぞ」
その言葉に里奈の視線が胸元に注がれる。……並み以下? という表情をしたものの、言いたいことは伝わってきていた。
ちなみに楓奈は本気で自分は並み以下だと思っているのである。
藤橘が小さく呟く。
「流石にまだあの年頃の少女に対して「大事なのは大きさではない――」とは言い切れぬで御座るよなぁ」
それもまた真実であろう。
「胸なぞ魅力の一部分でしかない。勝負は中身ぞ? ま、頑張れ。何かあったら相談でも何でも頼ってくれな」
その言葉に、里奈は大きく頷いた。
例え、これで胸が大きくならなかったとしても伝承どおり、大きくなったとしても。
どちらにしても、中身を磨いて素敵な女性になって振り向かせてみる、と皆に誓う。
青春だよねぇ……とジェンティアンが笑った。
少女はこうやって経験を経たことで、きっと今までにない価値観を見出しただろう。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃんたち!」
背伸びしていないその言葉が、少女が今回のことで確かに何かを学び、前向きにとらえる方向にと変えたことを皆にと伝えていた……。