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「先輩からはユニコーンをやっつける依頼とだけ言われたんだ……!」
そして、ここに一人騙された人物がいた。
夢前 白布(
jb1392)、その人である。愕然、という言葉を表現したらこうなるであろう表情を浮かべている。
拒絶したいのをどうにかこうにか抑え込んで脳の奥の奥まで今回の依頼の内容を叩きこむ。
「ふふふ、楽しみですね〜」
懇切丁寧に説明したのはシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)だ。
その身を包むのは戦闘の時のことも考えて、ちょっと裾を短くしたゴシックロリータファッションだ。
ふわりとその身を包むそれは、とても愛らしい。
そして、そんな中、お茶会の荷物を持って歩く男性陣の表情はとてつもなく……暗く、どことなく足取りも重い。
「女装って一体どういうことなんですかぁー!?」
漸く脳内に行き渡ったその内容は、「 女 装 」という言葉が華麗に瞬いていた。
「召喚獣を出して自分は隠れてる、完璧だな」
戸蔵 悠市 (
jb5251)がいち早く逃走を図るが、それを止めたのはルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)だ。
がしっと肩を掴んで、きらっ☆みたいな擬音がでる勢いで親指をたてた。
「今回、ユニコーンは隠れてる相手も察知するんだよ? ということは、悠市の所為で出ないっていうこともあり得るわけだよ」
分かってくれるね? と言外に伝える。
でもどちらかというと、一人だけ逃がさないよ、とも取れた。
今回のユニコーンは男が一人でも居ると出ない……それに皆が頷く。
「無理だというのか……!」
だがしかし、ダメだと分かれば切り替えは早い。
自棄とも言うが、ルドルフに頼もうと心に誓う。
そんな中、蒸姫 ギア(
jb4049)はピンクのふりふりのドレス……いわゆる甘ロリの格好をして歩いていた。
いつものゴーグルとは違い、頭の上にはリボンがある。手にはふりふりの扇も持ち、準備万端だ。
たまたま手を伸ばした先にあったというが、一体どんな環境だったのだろうか?
(は、恥ずかしいんだぞ!)
というわけで、忍法「雫衣」の効果でいつもの服……スチームパンクの格好を投影している。
が、しかし、それは動いたり触ったりしたらすぐに解けてしまうものだ。
「触っちゃ駄目なんだぞ」
その言葉を受けて山木 初尾(
ja8337)が頷くが、それよりもまずは覚悟を決めるのが先だった。
(なぜだろう……新しい属性を発見しそうな……)
「いや、『変化の術』の修行、だ……」
ぼそりと呟く。
それは、自分に言い聞かせていたのかもしれないが。
「着いた、偽装解除、ってあんまり見ちゃ駄目なんだからねっ」
頑張って女性言葉でツンツンしながらそう言ったギアの視線の先には小屋と白いテーブルと白い椅子。
間違えようがない、ここが物語の舞台になった場所であろう。
そんな場所をみて、ゆるりと視線を動かすのは 水城 要(
ja0355)だ。
(夢の国が現実に……? 確かにモデルとなる場所は在るとは言いますが。
まさか、サーバントとは言え、伝説上の生き物まで出てくるなんて)
「ここが……そうなんですね。つきましたね」
要がそう言って微笑んだ。
その姿は凛としているが、彼の胸中はやはり女装に関して少々思う所があるようだ。
(この外見がこんな時に役立つとは)
自分の女性らしい見た目は恥だと思っている。
けれどそれで誰かを救えるのならば、それも致し方なしと思っているため、迷いはない。
「さぁ、小屋に入って準備を致しましょう!」
シェリアの明るいその声に、皆が小屋の中に入っていく。
余談ではあるが、誰も突っ込まなかったため、ここに来るまでの間ずーっと女装姿を披露していたことを幸運? なことにギアだけは知らなかった……。
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礼野 智美(
ja3600)は中に入って失礼にならない程度に皆を見つめていた。
自分は女である。そのため今回特に何もしなくても条件はクリアされている……はずだ。
自分の格好と、口調を思い出す。ただ、口調は目上の人に対するように礼儀正しくすればなんとかなるだろう。
そんな智美を見て、シェリアがにーっこりと微笑んだ。
「皆さん素材が良いんですから」
ふっと言葉切り、すっと背筋を正す。
「女性に成り切れない男性も、女性らしくない女性も、わたくしの手で美しく、可愛らしくしてあげますの」
手に取った化粧に智美の口元が少々ひくりと動いたのは気のせいではなかっただろうか……?
薄緑系ストライプ柄の長袖ドレスに足を通しつつ、ルドルフが隣で着替えていた悠市にと話かける。
裾のフリルが軽く揺れるのと対照的に、少々お堅い雰囲気の質素な青いドレスに身を通していた悠市は溜息吐きつつ頷いている。
曰く、
「推すのは伸びやかさと清純さ。清純乙女は正義。イエス、清らかな乙女最高。ユニコーンが釣られてしまうような女の子こそヘヴンです」
だそうである。
「ちがう! ぜんっぜん、ちがう!」
クリーム色のエプロンをつけ、髪を三つ編みシニヨンに結い上げつつさらに言葉つなぐ。
「清らかな乙女と清らかじゃない乙女、どの辺が違うとか言い出すと俺が蔵倫さんにぬっころ☆アポクリファされちゃうから言わないけどめっちゃちがう!!」
だがしかしそんなテンション高く力説ルドルフと違って、苦戦しつつもエクステをつけ編み込みながらお団子を作っている悠市は、少々枯れ果てている発言。
「お前のその感覚は分からん……乙女もそうでないのも医学的には変わらんだろう」
「なんで?!」
そんなことよりも、とくいっと化粧にと視線をやる。
「ナチュラルメイクを頼む」
腹を決めた悠市は男前に、そんなことを頼むのだった。
袖に腕を通し知らず溜息を零すのは要だ。
紫地に所々に薔薇と桜が散りばめられたモダンな着物。
日舞で鍛えられられた腕前は、上質な女性へと変貌させていく。
つけまつげに、高く結い上げたポニーテルにつけた簪がしゃらりと音を立てる。
ほんのり薄く色づいた頬と唇を鏡に映しだす。
そこに居るのは淑やかな一人の女性だった。
「その…あの……お、乙女を演じてみます」
誓うように言えば、皆が頷いた。
言葉はお嬢様言葉を使おう、と心に決めて用意をしに歩いていく。
まずは膝丈のゴスロリドレスに足を通す。
「……」
その時の初尾の心境は、絶望そのものである。
(なんで、こんな格好……!)
「……」
ファー付きのコートを手に取る。
その時の精神は死の世界でもいっていたかもしれない。
「……」
否、多分死の世界に旅立っていた。
無表情がさらに無表情である。
だがしかしそれを羽織終わり、次のハンカチを手に取ったころには、なんか微妙に吹っ切れ始めていた。
背中をポンっとしたのはフェリアだ。
「女装ならわたくしにお任せを。うんと素敵な女の子に改造して差し上げますわ。ふふふ……」
「お願いしてもよろしいかしら?」
そう言ってフェリアを振り返った初尾は、覚悟を決めた男……否、女性の瞳だった。
そんな近くでぶつぶつと何やら呟いているのは白布だ。
メイド服といったら短いののイメージだった彼は、長いそれに素直に喜んだ。
ちなみに長いドレスのメイド服といえばヴィクトリアン・メイド服である。
多分白布のイメージのメイド服はフレンチ・メイド服であろうか。
勿論そっちのメイド服もあったのだが……。
「おじょーさま、……お譲様……お紅茶、紅茶??」
なんだか練習すればするほどわけが分からなくなっていく気がしないでもなかった。
(ギア、人界で騒ぎを起こされるの嫌だから……すっ、好きでこんな格好する訳じゃ、人界の作法に則ってるだけなんだからなっ!)
皆が女装を終えるまで……と動き回っていたギアは、そんなことを胸中で呟く。
「皆出来た? ギア、色々準備してたんだぞ!」
別に、皆のためじゃないんだからねっ!
ツンツンしつつも、ギアは用意ができた面々を見て小さく息を吐いた。
これは、皆女性にしか見えない。
「綺麗……」
「あら。ギアさんこそ綺麗ですわよ」
顔を照れたのか赤くしつつ初尾がそう言って、さっきまで作業をしていたため乱れ気味だった服を整えてやる。
「いくか……じゃない、行きましょうか!」
ルドルフの間違いを視線だけで悠市が正し、皆がドアを開けて一歩踏み出していった……。
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白いテーブルの上にはテーブルクロス。
白いクロスには裾にレースが付いている。
そんなテーブルの上にはフラワーアレンジメント、それがアクセントを添える。
白い椅子に身を委ね、お茶菓子のスコーンにと手を伸ばす。
ゆらりと空気を揺らすのは、暖かな紅茶からあがる湯気だろうか。
ふわりと漂う紅茶の香り。
鈴を転がすような囁きと笑い声が聞こえ。
「あ、お、お嬢様」
少し声が震える。
けれどポットを持った手は震えず、優雅にそっとお嬢様たちの前にと差し出される。
「こ、紅茶のおわかり……じゃなかった、おかわりはいかがですか?」
白布の緊張した眼差しを受けて、ルドルフが覚悟を決める。
イメージは生粋の令嬢である恋人の姿!
(俺に女子力を貸しておくれマイフェアレディ)
「よろしくお願いしますわ」
言葉づかいはOK、だがしかしさっそく失敗した。
そう、言葉使いに注意が行き過ぎて、手元がお留守!
すかさず悠市の指導が飛ぶ。
「淑女たるもの髪を人前でいじるものではありません。そして使わぬ手は膝に置く!」
サリバン先生というのをご存じだろうか? まさにそんな指導の一環である。
なんてお嬢様たちがお話をしている隣で、頭痛薬をつまみ? に紅茶を飲んでいるのは初尾だ。
縫ぐるみが動きに合わせてゆらりと揺れる。
「私にくださいます?」
「ギアにも欲しいですわ」
注がれた紅茶にお淑やかに口をつける。
シェリアはそんな皆の様子を楽しげに見詰めつつ監視もしている。
(ふふ……眼福眼福♪)
そんな中、要が伸ばした指先がスコーンにと触れるか触れないかの所で奴が現れた。
現れたのは、物語で見るユニコーン。
白い馬のようなその姿は、大きな角を生やし、どこか凛々しい瞳を撃退士達に向けていた。
「ユニコーンは途方もない勇気の持ち主であり、非常に力強いため、狩人も近づくことができない。
そういう生き物だとお聞きしております。お会いできて光栄だわ」
若干棒読みだ。目の前に置いたユニコーンの童話からの抜粋のそのセリフは、ユニコーンの興味を引くに値したようだ。
「まぁ! 素敵なタテガミですわね……うっとりしますわ」
悠市と要の誘いにより、ユニコーンが足を一歩進めた……。
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乙女達の間に入り、ユニコーンはどことなくうれしそうにも見えた。
「さあ、いらっしゃい気高いユニコーンさん。その素敵な鬣を撫でさせてくださいな」
シェリアが手招く。それにゆらりと白い足を踏み出しやってきたユニコーンの馬首をすっと抱きしめる。
「あら、ご立派な角がお留守でしてよ?」
シェリアは容赦なかった。とてつもなく容赦なかった。
スタンエッジにより動けなくなった臀部にと炸裂掌を炸裂する。
角を使わなくさせるための攻撃だったが、それは上手くいかなかった。
けれどその隙を見逃さす白布が同じように角を使わせないようにと刎頸斧でド派手に角を折ろうと試みる。
味方は巻き込まぬよう、それだけは注意しつつ。
「……固いですわね!」
とはいえ、流石に折れるわけではない。
怒りにユニコーンの瞳がらんらんと光った。
「その澄んだ瞳……綺麗で……吸い込まれてしまいそうですわ」
そんな瞳を見つつ要も容赦なく胡蝶を操った。
着物はその動きを制することもない。
妖蝶がその身を蝕んでいく。
「綺麗な尻尾の毛ですわね……馬という生き物は繊細で、尻尾を切られると死んでしまうそうですわ……」
病んでれみたいなこといいながら攻撃を仕掛ける初尾。
あなたはどうかしら……?
その言葉と共に、迅雷が炸裂した。
攻撃をしかけられる前に、怒涛に攻撃が入っていく。
インガルフチェーンが角を思いっきり引いた。
ぎりぎりと拮抗する中、ルドルフとユニコーンの瞳が交差する。
「ぎっ、ギア、あんたに見せる為にこんな格好してるんじゃ、無いんだからっ」
その言葉に今度はギアにと視線が動く……が、その身は砂塵に包まれている。
もう辺りは見えていないかもしれない。
「か弱い女を狙うなど勇気ある行いではありません」
そんな言葉とともに受けたサンダーボルトにて、その身を沈めたのだった。
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戦いが終わった後。
「……」
初女装を終えた初尾が小屋のドアを即効で無言で開けた。
「あら、もう着替えてしまいますの?」
シェリアの言葉に、小さく頷きさっさと小屋の中へ。
そんな中、メイド服を摘まんで溜息をつくのは白布だ。
「ところで、この貰ったメイド服どうしよう」
「持って帰らないのか?」
ギアの言葉に、ひくりと唇がひきつる。
「いや、もうさすがに自分からは着ないからなぁ」
はぁっと大きな溜息を零して、とりあえず着替えに向かう。
そしてギアはそのまま再び雫衣でもして帰ろうとでもいうのか、小屋には入らなかった。
彼は未だに気が付いていないが、それだと帰りも女装姿をさらすことになる。
が、そういえば最初から女装で来ていたため気がついた所で普段の洋服は用意していなかっただろう。
智美が突っ込もうか突っ込まないかと見詰めていたが、やめて片づけるのを手伝うために歩いて行く。
そんな中、ストレイシオンに再度女装する経由を説明をしている悠市が居た。
さっきまでの戦闘、ノリノリだった彼は相棒であるストレイシオンの視線は少々呆れを含んでいたのだから、これは弁明せねばなるまい。
勿論、ストレイシオンは高い知能を持っていると認識されている通り、悠市の言っていることは理解しているだろう。
とはいえ、格好が格好だ。
「……説得力にかけるんじゃないかなー」
ルドルフがぽそりとそんな二人の様子を見ながら呟いた。
そんな彼はちゃっかりと服は着替えていたのだった。
同じく素早く着替えていたのは要だ。
白い指先で服を畳み、仕舞っていく。
(無事、終わりましたね)
ある意味無事じゃない人も居るけれど、まぁ御愛嬌? であろうか。
シェリアは化粧を落とすのに苦戦している人達を手伝っている。
化粧が残ってしまうと、肌荒れの原因になりますし! と念入りだ。
(でも、勿体ないですわね)
ある意味、女性よりもよっぽど似合っていたのに、とちょっとだけ思う。
あまり長居しても、と皆、手早く着替えおわり、忘れ物がないかと確認した後。
「さぁ帰りましょう」
要の言葉に、皆が一斉に頷く。
「よし、帰るぞー!」
無駄に雄たけびを上げる。
そうだ、この記憶は抹消しよう。
誰と言うことなく、そんな言葉が脳裏に過ぎ去ったのはしょうがないのかもしれない……。