●まずは準備をしようか!
その日は太陽の日差しこそ暖かだったが、風は常より寒かった。
こんな日は常よりも暖かな物が欲しくなる……。
とんっと材料を置いて、部室の中を見渡す。暖房がすでについていたそこは、炬燵もあるし寒さに震えることはなさそうだ。
「寒い日、に、鍋は、正義。だな」
仄(
jb4785) が言った言葉に草薙 雅(
jb1080) が頷いた。
実は此方に来る前に、この話を仲介していた静香の勉強を手伝おうとしたのだがかなり時間がかかりそうだったので、ひとまず先に行ってほしいとお願いされていた。
ちなみに、鍋にはコラーゲンが豊富で美人になれると、聞いた静香は本気で悔し涙をこぼしていたらしいのだが、それはまぁ自業自得であろう。
「美味しい鍋料理を食べたいでござるな!」
きりっという彼は、鍋奉行になって、皆に美味しい鍋を食べてほしいと人一倍願っていた。
全員で鍋を楽しむ……と平地 千華(
jb5018) が持ってきていた材料を纏め始めた。
「あ、一緒だね」
同じく白菜を持ってきたリシオ・J・イヴォール(
jb7327) に微笑めば、リシオも微笑んだ。
「ニホンのナベ言ったラ、具材はこれだト思ウのでス」
「そうそう、そして豆腐だよね!」
千華が力説すれば、リシオも大きく頷く。水竹 若葉(
jb7685) は自分が料理するとダークマターに変化、進化? することを嫌という程知っていたため、レシピをまとめていた。
「あれ……お餅ピザ四つ目……同じこと考える人がいたんですね」
若葉と同じくピザをのっけているのは三人居た。美味しいもんね。と頷く。
「……いつも思うけどなんで餅余るほど用意するのかしらねェ……食べる分だけ用意すればいいのにィ……」
シグネ=リンドベリ(
jb8023) もやったことがないので、他のメンバーにお任せ! とレシピを見ている。
「私もお餅ピザのレシピだよ〜!」
千華の言葉に、雅と仄が反応した。
ソースを塗って、チーズを置いて食べると美味しいという言葉に頷く。
「手軽だし、カリカリとして、チーズ、は、とろーりで、美味い、ぞ」
そうそう、それにハンバーグとかお好み焼きにいれても触感が変わって美味しいんだよね。と千華が笑った。
緋流 美咲(
jb8394) とルカーナ・キルヴィス(
jb8420) はちゃくちゃくと出来上がるのを、一緒に手伝いながら話を聞いていた。
「ルカ、そのお好み焼きレシピにしたなのよ〜」
お好み焼きの材料とお餅だけで、ふっわふわの美味しいお好み焼きできるよね〜と盛り上がる。
そんな中、食材をいれて煮るだけ……状態になっていた鍋に火がついた。
「きりたんぽ鍋は食べたことないのよねェ……」
シグネが覗き込む。食べたことのない食べ物が食べられる。そして日本の文化も学べるとあってやってきたリシオもシグネの隣から覗きこんだ。
「キリタンポ! ところでゴメン、それってナニサ? うまイんでス?」
「きりたんぽは、つぶしたご飯を杉の棒に巻いて焼いた物を言うんですよ」
若葉が席に座りながら言う。
「美味しいのよ、食べようなの!」
それを合図にして、皆が席に座った。
●きりたんぽ鍋をたべよう!
ぐつぐつぐつぐつ……。
部屋の中に煮えたお鍋のいい音が響き、漂う湯気は比内地鶏の甘くも芳醇な香りを鼻腔をくすぐった。
追加として美肌のためにとコラーゲンボール、舞茸、白菜、豆腐が入れられている。
「妹作だから、大丈夫ですよ」
と自己申告しながら出したのはショートケーキと栗の甘露煮とずんだ餅だ。
これできっと闇鍋を食べてダメージを受けても心のケアが図れるだろう。
ちなみに体のダメージにはシグネの胃腸薬があるので、きっと……きっと大丈夫だ。
(鍋に入れたら美味いかな……)
そんなことを思っていたのは内緒である。
「焼きおにぎりを鍋スープでお茶漬け風にするのもいいわよォ」
焼きおにぎりを差し出しながら、シグネがいう。
「食べる、のは、無論、見るの、も、初めて、だ」
雅から受け取った小鉢の具を見ながら、茶色い汁に沈む白いきりたんぽところんと丸いだまこもちを見つめる。
全員にいきわたり、いただきますっ! と声を揃えた。
リシオに至っては、両手を合わせるスタイルだ。
「ん、おいしーっ」
まずはきりたんぽを口に含めば、比内地鶏の濃厚な出汁を吸ったそれは、甘く美味しい。
千華が満面の笑みを浮かべる。
「うむ。きりたんぽ、と、言うのは、美味い、な」
そして、だまこもちも食べてみる。
……が、きりたんぽとの違いは少々分かりづらいかもしれない。
「そういえば、きみはレシピどうしたんですか?」
若葉がきりたんぽを摘まみつつも、ラテアートで有名どころのアニメキャラを描いて差し出す。
「あら。可愛いわねェ……あたし? 餅グラタンと、揚げ餅とかにしたわァ……」
一口飲んで、笑みを零す。
そして、よそうのは一旦止めて食べる方に移行していた雅にとレシピはあるかと尋ねる。
「あぁ、それならば此方でござるよ」
それを受け取ってる傍ら、美咲とルカーナはきりたんぽとだまこもちの違いについて語り合っていた。
「きりたんぽを丸くしたのがだまこもちって感じよね」
「でもおいしー♪」
確かに、そうねと笑い合う。
箸で取ろうとするが、豆腐は箸から滑り落ちていく。
それでも漸く捕まえた豆腐は、味がたっぷりと染み込んでいた。
「お、おいしイのでス、ご飯が進ミまス! おかわリ!」
リシオの元気な声が部屋に響き渡った。
それに辺りを見渡す千華。
だがしかし、あるのは大きな土鍋ぐらいだ。
「あ、ごはんはないみたい。でもきりたんぽもだまこもちもお米だしね……」
お米成分は沢山ある気がするが、やはりご飯は別腹かもしれない。
「あぁ、でもうどんがあるでござるよ。〆に入れようとおもったでござる」
「この美味しい出汁で食べたら、美味しそう」
若葉が呟くが、だがしかし、この後闇鍋も残っている……。
「もう少しあとでいいと思いますよ」
美咲がしれっとそう言って、味の沁みたシイタケを噛みしめた。
じわりと広がる風味を噛みしめて、箸はどんどん進んでいく。
●そして闇鍋へ
そろそろきりたんぽ鍋の具材もいい感じになくなるよ……という時に、美咲が目の前に座るルカーナに視線で合図をした。
あぁ、これは……アレの時間である、とすっと立ち上がりさっとカーテンをしめた。
「あぁ、アレですネ!」
わくわくという声音はこういうのを言うのだろう、と誰もが分かる瞬間である。
さて、では……と美咲が電気を消そうとしたところで問題が発生した。
雅と召喚されたヒリュウが待ったをかけたのだ。
美味しい鍋を食べてもらいたい、そのためにはマズイ物は入れてはいけない、と。
とはいっても、ヒリュウは言葉がしゃべれないので、うるうるの瞳で「せっかくだし美味しい鍋を食べよう?」と訴えかける。
「どうせならやりたいわァ? まぁ、全部出してみればいいんじゃない?」
シグネの言葉に出された食材は……。
★普通:キムチ、かんぴょう、油揚げ、味噌、ちくわ、蜆、キノコ、豆腐、白菜、シュウマイ、幻の魚「クエ」、リンゴに豚肉を巻いたもの(?)
★変わり種:シュガーレス清涼菓子、コーラ
「……えと、食材的には大丈夫だと思う」
視線をさまよわせつつ若葉が言う。
少々普通に入れてもいいのか迷うラインナップもあったが、まぁありといえばありだろう。
「これ、出汁、が、ちょっと、変わり種、だな」
明らかに、出汁が闇である。闇汁になる予感しかしない。
「まぁ、いいんじゃないかしらァ」
その言葉を聞いたと同時に美咲が有無を言わさず電気を消した。
「みなさん、辺りが闇に包まれたということは、そう、アレ鍋の時間なのです。ふふ。」
「じゃぁ、たのし……っ!?」
ずだーんと何かに足を取られて、まだ席に戻っていなかったルカーナがすっころぶ音がする。
どうやら暗くて見えなかったらしい。
ナイトウォーカーなのに……と美咲がルカ、大丈夫? と覗き込む。
それでも持っていたちくわは離さないのは、料理を作る立場がなせる技であろうか。
「さて、入れましょうか!」
せーの、で入れられた具材は今一度温めなおされた。
「……何とも言えない爽やかで甘い香りでござる」
ヒリュウと雅の瞳が涙目になっているようなのは、気のせいではないだろう。
ちなみに倒れたままのルカーナはぺちぺち叩いても起きなかったので、きっと最後の味がしみ込んだ具材を食べることになるだろうか。
そっと、箸が伸ばされた。仄の箸だ。
「この、具材、は、何だ?」
ひょいっと取りだされたのは白い切り身である。
もぐり、と食べてみる。
「魚、の、味だ」
「それはきっとクエでござるよ!」
「あの、幻の、魚の?」
高級食材のクエ。
なかなか食べれないと言うそれは、何とも言えない出汁を吸っていたものの、白い切り身がとても美しい。
「うむ、美味しい、な」
噛めば歯ごたえ十分! 鶏のような食感である。
そして、そのたびに口の中に広がる闇汁の味は、ほんのりと蜆の味もした。
これは好物である蜆の味噌汁の味を間違えることのない仄だからこそ分かったのかもしれないが。
(蜆、は、良い出汁、が、出ていて、やはり、最高、だ。が、色んな、具材、の、味が、し過ぎる)
「が、それも、また、一興」
「え、何が? っていうか、美味しいの?」
思った以上の反応が得られなかったのに、千華が首を傾げて覗きこみつつもひょいっと一個取った。
「大丈夫よォ、死にはしないわァ……ちょっと具合は悪くなるかもだけどォ……」
「そ、そうですよ……ね?」
と、同時に口に入れたそれは……。
まずはコーラの甘い味とキムチの辛みが交差する。
そして、もうなんていうか爽やかだった。とにかく、なんというか爽やかだった。
「……」
口元を押さえたそれは、長かったのでかんぴょうだとは思うのだが、もうそんなことどうでもよかった。
皆に戦慄が走り、シグネが知らず震える箸で取りあげたものを口に入れた。
「蜆、蜆よォ」
蜆の味なんてどこにもなかったが、小ささと弾力が蜆であった。
涙目になって、小さいから、と飲み込む。
涙目はキムチが辛かったから……なんて生易しいことではないことは皆が分かっている。
……恐怖だった。
美咲はそんな様子を楽しみながらみつつも取った物を食べた。
「キノコでしょうか……?」
多分、えのきだと思うのだが、すでにもう素材の味等どこかに飛んでいた。
噛めば噛むほど広がる闇汁の味に、これがなんであるかなんてどうでもよくなる瞬間である。
なんとか飲み込むが、飲み物に手を伸ばすのは止められない。
「……」
男を見せた雅は、大丈夫? という視線をするヒリュウの傍ら飲み込んだ。
「……肉の味もしないでござる……!」
「シュウマイ、ですカ?」
こくこくと頷き、 じんわりと広がる風味が肉汁であれば美味しいのに! と切実に思う。
これはかみしめてはいけない、と本能が拒否をするのをなんとか飲みこんでる雅に、元凶のリシオと言えば。
「ナ、ナンダー、コレハー!?」
叫んだリシオは、なんかよく分からない言語を喋っていた。
肉と、中によく分からない柔らかい物から染み出した汁が、と言っていたのでリンゴに巻いた肉の奴であろう。
闇鍋じゃなかったら、多分美味しかった。
「あ、目を覚ました? ルカ」
「う〜。あれ、もう始まってたなの?」
そんな静かなる阿鼻叫喚が聞こえたのだろうか、漸く目を覚ましたようだ。
「ほらほら、どうぞ?」
「これなのよ!」
迷うことなく引き当てたのは出汁をたっぷり吸った油揚げである。
とある人曰く、これはシュガーレス清涼菓子を入れてしまった闇鍋の食材の中で、最強クラスと言わしめた物らしい。
ぽたり、ぽたりと闇汁がこれでもかと滴っていく。
香りに気が付いているであろうルカーナであったが、そのままぱくんと食べた。
皆の視線が向けられる。
「おいしー!」
ぱぁっと広がった笑顔に、驚愕の表情が広がった。
ふふっと美華が微笑む。
「ルカ、やっぱり鍋はいいね。ひとつの鍋を一緒につつくことで、すごく仲良くなれる気がする」
「うんっ」
二人が微笑みあえば、それを聞いていた皆の顔に笑顔が広がる。
「うむ、確かにそうでござるな」
雅が大きく頷いた。
「次は誰が何をたべるのかしらァ?」
楽しげな笑いを含む声音に、皆の視線が交差する。
第二の戦い? の火蓋が切って落とされた。
最後まで美味しく頂こうと再度箸が伸ばされていく……。
●闇鍋の果て
闇鍋もそろそろ終わろうか……と言う所でからからとドアが開いた。
「こんにちわですわ!」
漸く静香が宿題をやっつけてやってきたらしい。
空いた場所に座らせてもらい、鍋を覗き込めば……。
「闇鍋だヨ!」
「あらあら、静香さんこれどうぞ!」
先ほどメモに『きりたんぽ……すごく美味しかったよ! ぐへへ〜』なんて書いていた千華だったが、裏に書いていた言葉通り一緒に食べれることに笑みをこぼす。
だがしかし、差し出すのは味をたっぷり吸った豆腐である。
「〜〜〜?!」
悶絶する静香に再度笑いが毀れる。
〆にうどんを……と用意されていたのはお持ち帰りになることになった。
流石に清涼感溢れるうどんを食するのは、皆が辞退した。
そして、無事、闇鍋は完食されたのである。
口元を押さえた静香は、涙目になりつつも新しい世界を知って嬉しそうにしているのを、雅が微笑んでみている。
ちょっと形は変わったが、楽しく美味しい? 料理を全員に食べてほしいというその願いは達成されただろう。
やがて、デザートにも手を伸ばす。
勿論、皆でちょっとずつ出し合って、静香にも提供された。
「甘く、て、美味しい、な」
仄が味わいながら栗の甘露煮を食べる隣で、不思議そうに緑色に包まれた餅を見ているリシオ。
「ずんダ餅でス?」
「甘い枝豆を潰したもののようですよ」
ほむほむと頷き一口食べてみれば、甘いずんだの風味が広がった。
「美味しイですネ!」
そんなこんなで食べ終わった後は、皆で片づけをする。
最後にレシピを回収し、皆が帰路につく。
「「ごちそうさまでした!」」
そんな元気な言葉を残して……。