●季節外れの奴がいた
それは居た。
どぉぉんと大きな腹をたぷんと揺らし赤い服に身を包み空き地を占領して立っている。
その手には、巨大な白い袋。
そう……正月のこの時期にあるまじき姿、サンタクロースだ!
「ハッピーニュイヤァァァ!!!!!」
サンタクロース? と突っ込みを入れてくれる者が来るまで……あとちょっと。
●居たわけなんで
「サンタ、サンタ。聖ニコライのまがいもののまがいもの。ぶち殺してあげましょう」
ふふっと橋場 アイリス(
ja1078)が微笑む。その視線の先にはサンタクロースが居た。
「季節、というかタイミング外しちゃった感がすごいですね……」
突っ込みを的確にいれてくれたのは澤口 凪(
ja3398)だ。まったくもってその通りなので、誰もフォローしてくれない。
「人騒がせな時間遅れのサンタクロースなんですぅ」
びしっと指を突きつけても、サンタクロースはまだ気がつかない。結構近づいていっているのだが。
(折角なのでがんばって片づけて季節外れのクリスマスパーティー楽しむんですぅ)
御堂島流紗(
jb3866)は心に誓う。さっさと倒して楽しむのだと! 同じく思うのは蓮城 真緋呂(
jb6120)だ。
「遅刻もいいところ、且つ苦し紛れというのが何とも言えないわね」
仮面とかも意味分からないしと辛辣に突っ込んだ。篠塚 繭子(
jb7888)が首を傾げた。
(サンタさんですか? 今頃? もうお正月なのに……)
「あ、きっとのんびりやさんなんですね!」
「…………」
のんびりにも程があるだろう、と視線だけで突っ込むヴォルガ(
jb3968)。
ちなみに今回彼がこの依頼を受けたのは、単にクリスマスにクリスマスプレゼントがもらえなかったからという、オーソドックスな理由からだった。
「でももう時期はすぎちゃってますもんね。お引取り願いましょう」
繭子がにこっと微笑んだ。最上 憐(
jb1522)はそれよりも早く食べ放題に行きたい……と視線をチケットに向ける。
「ふみ〜、あれがサンタさんか〜、何だか面白いね〜」
エマ・シェフィールド(
jb6754)が間違えた知識を得ていた。
「告げる、塵は塵に、灰は灰に。感傷には殺戮を、愚者には絶望を、聖者には闇を、魔には暗い死を。半魔たる私がここに告げよう」
アイリスが告げたその声は、今から始まる戦闘へ向けて冷徹な響きが籠っていた。
●まずは倒しましょうか
敵が撃退士達を認識したと思った瞬間には、袋に手が伸びていた。
「ハッピィィィ!」
すでに投げる前からなんか言ってる。そんな状態でも微笑みを浮かべた繭子が纏ったオーラに目が奪われる。だがしかし、次の瞬間に言われた言葉に目だけじゃなくて言葉も奪われた。
「クリスマスならもう終わりましたよ! もう、うっかりやさんなんだからー」
な、なんだってー!!! という表情は……仮面で見えないが体中から発していた。
その隙を無駄にする人は誰もいないので、袋を狙って皆の攻撃が集中する。
そう、まずは遠距離攻撃があるこの袋を使えないようにする……という作戦なのだ。
凪の精密跳弾が野を駆ける兎の如く飛び跳ねながら袋に当たった。それに合わせるようにエマが空中から闇と氷のルーン、夜と氷の文字が刻まれた小さな宝石の欠片達を袋に投げつける。
サンタはクリスマスプレゼントをくれるという。ならば。
「ふみ。それじゃあこっちからも、プレゼントふぉーゆーするよ〜、全力で〜」
容赦なかった。そんな様子をまずは袋が爆発するまで……と見守る繭子。
その合間に動く影がある。
「……ん。プレゼントを。くれない。サンタに。興味は。無い」
憐がそう言って、速やかに足音を消して身を隠しながらサンタクロースの背後へ回る。
そんな中、凪がアイリスの攻撃を見て顔を曇らせていた。暗赤色の刺青の様の物が浮かび上がるスキルは、ハーフ……対悪魔の物だ。
(悪魔……だよね。あのスキル……)
悪魔に対して若干険悪な感情を抱いているためその表情は曇ったままだ。
とはいえ、学園の天魔に関しては少々頑なではあるものの容認している。……だからといって、すぐに気持ちが切り替えられるかといえばそれは否であろう。
凪の表情は、とても複雑なもので。自然とアイリスの口元に苦笑が浮かぶ。
(半魔になるなら、とわかってたことではありますが……。まぁ、仕方ないことですね)
そう、仕方のないことだ。そしてそれは剣を振るう腕を止める理由にもなりはしない。
そんな時だった。袋を集中攻撃されていたサンタクロースが、はっとなった。
留めとばかりに真緋呂の槍状の炎が袋を燃えあがらせたからだ。
ちょ、火でたんだけど! とぶんっと顔らへんで振った所で……ドォォォン! という音を立てて袋が真っ黒な煙を上げて爆発した。
それは轟音と強い風が舞いあがり皆の髪や服をはためかせこそしたが、炎が燃え移ったところで距離をおいていた撃退士達にはダメージは入らなかった。
「すごーい! なんかコントみたいですね」
繭子の爽やかな感想は、サンタクロースには鋭い突っ込みに相当するものであっただろう。
ちなみに爆発はサンタクロースの帽子部分を真っ黒に染め上げ、髪をちりちりにしたがやはり仮面だけは煤一つすらつかず無傷で残っていた。
「これは……ダメージ受けたのかしら」
真緋呂が首を傾げる。少なくとも帽子と髪の毛だけは受けている。
「まぁでもここはさっさと退治して、ステキな2時間を過ごすわ!」
きりっと覚悟を決めなおす。ほわんと微笑みを浮かべながらも、辛辣な言葉を投げつけるのは流紗である。
「えっと……「あわてん坊のサンタクロース」は有名ですけど「遅れん坊のサンタクロース」というのは、きいたことがないんですぅ」
お、遅れたわけじゃ、ねぇし! という汗諾々のサンタクロースが流紗の方を向いた。注意をひきつける、というそれは成功していた。顔面に炸裂した炸裂符にさらに前髪がちりちりになっていく。
このやろぉぉぉぉ!! と突進するためには其方に向かう前に、目の前に敵を倒さないといけない……というわけで、ドリルを突き出したのはヴォルガにだった。
だがしかし、それはあっさりとかわされる。
『……プレゼントが貰えなかったのでな』
そしてとても深い濃い黒い闇を纏わせた刃は、的確にサンタクロースの手首に斬りかかった。心なしか、威力もさらに倍は強い気がする。スマッシュを使ってるから、というだけではないのは、彼の参加理由にある気がしないでもなかった。
そして、背後に回っていた憐の攻撃がずばっと背中を切り裂く。がらあきのそこは攻撃当て放題だった。
「……ん。さっさと。倒して。食べ放題に。行こう」
そして、袋がなくなったのだから、と前にでた繭子の美しく、刀でありながらどこか機械的な雰囲気を併せ持つ黒い刀身をサンタクロースの胴体に叩き込んだ。
ぐぇっという声が漏れた……気がした。
「壊れないんですかね、その仮面」
くすくす笑いながらアイリスの影の刃がサンタクロースの顔面目がけて送りだされるが、やはり仮面は壊れなかった。しかしダメージは蓄積されている。
ドリルの無効化は失敗したが、パイプでぶん殴っていた真緋呂がにやりと笑う。
「貴方の敗因は……残念過ぎたこと」
やっぱりそれは仮面にと叩きこまれる……! ぐらり、と体がのけぞった。
地面に倒れたサンタクロースにとヴォルガが大剣を振りあげた。
死んだふりをされていても困る、とそれは的確に首……脂肪に塗れて首と胴体の判別がつきにくいが……を狙う。
きらりと太陽の光に反射した大剣が、風を斬り振り下ろされる。
鈍い音が響き、「それ」を確認したヴォルガが大剣を収めた。
「…………」
別に腹いせではないんだが、と言外に呟きつつシスターにと擬態する。
なぜならば。
この後の二時間を過ごすためには飲食可能にしておかなくてはならない。
からん、と地面に転がったのはアイリスの剣だ。
「討伐完了……っと……。……。……ぅ〜……」
剣を周りに放り出して倒れこんだまま動かない。今までその手に持って戦っていた物ではあるが、戦いが終わった今、少しでも剣から離れたい……それが滲みでている。
「せ、先輩。大丈夫です……?」
流石に心配になって凪が声をかければ、アイリスが小さく頷いた。とはいえ、もうちょっとこのままだろうか?
そっと近くに寄り添う。今は、それ以上は出来ないかもしれないけれど。
「け〜き! け〜き! 食べほーだ〜い♪ ケーキがボクを呼んでいる〜」
るんるん気分のエマが歌い始める。
というわけで。
「……ん。食べに。行こう」
憐がひらりとチケットを振った。
さぁ、新たなる戦場へ……!
●それよりも食べようぜ!
そういうわけで、面々はすでに新たな激戦区にと居た。
……間違えた、食べ放題に居た。
肉が焼ける美味しい匂いが充満していて、それだけで食欲がそそる……のだが、明らかにそそりすぎである。
食い尽かさないようにねという助言に対して憐曰く。
「肉。一欠片。とか。ケーキの。苺だけとかでも。残して。おけば。おっけーと。受け取ったので」
すぅっと息を吸い、大切なことを言いきった。
「食い尽くさない。程度に。全力で。食い尽くそう」
とのことである。そして、それを後押しするのは流紗だ。
「食いつくすなは多分芸人さんに向けての食い尽くすな宣言と受け取りるのですぅ……!」
なるほど、という表情をする面々。
「というわけで、憐さん言うとおり、ちょっとだけ残しておけば食い尽くしたことにはならないですよね?」
まぁ確かにそれだと食いつくしたことにならない……と納得した面々の箸は止まらない。
今回の依頼、むしろ敵は仲間にいる……とは 真緋呂の談だったが、敵は憐一人だけはなかった。
アイリスの勢いも凄い。もっきゅもっきゅと口元が止まらない。
「暴飲暴食……。……半魔には関係ありませんね。ぁ、そこの甘口のタレ取ってください」
そっと差し出されるタレですらも消費量半端なかった。
ハーフに限らず天魔系はおっとりしつつも食べる量が半端ないのかもしれない。同じく流紗も良い年を迎えるためには、美味しい物をいっぱい食べる……というのを実践している。
上質なカルビが網の上を占領していく……が、のんびりほのぼのしているので、自分の所まで肉がくるかは神のみぞ知る状態である。
そして、人間である憐と同じく真緋呂だって負けて居なかった。二時間じゃ足りないぐらいだが、今回はさらに量を食べる面々がいる。
「うん、なかなか美味しいわね」
絶品というわけではないが、沢山食べても飽きない程度には味にも種類がある。
全種類食べる、と勢いこむエマは、ほんわかと笑っていた。
「お〜、あの体の何処にあれだけ入るのか〜、神秘だよ〜、不思議だよ〜」
「…………ほ、本当ですね」
凪がカルビを食べながら先輩であるアイリスを見て呟いた。だがしかし彼女の箸も止まってない。
「ふみっ! ボクも負けてられない〜、ケーキ食べる〜、天使の本気を見せる〜」
見せなくても、いいのに……! という視線をものともせず闘志を燃やす。このままでいくと、食べる前に店まで食べられる勢いである。
そんな皆を見つめながら、繭子が素直に感心していた。
「あの量が一体どこに入ってるんでしょう?」
胃袋の神秘である。だがしかし、繭子も肉を食べながら笑う。
「えへへ、戦ってる最中もずっと楽しみだったんです」
一口食べたそれは、口の中に風味が広がっていく。このままだと全部食べられてしまうので、自分の分はすでに確保済みだ。
そして、同じく自分の分を確保していたヴォルガも、もくもくと……本当にもくもくと食べていた。
多分周りから見たら空気みたいな感じだが、消費量はそれなりにあるだろう。
「……ん。無くなった。追加。まだ?。 遅いと。厨房まで。突撃するよ?」
店員が戦慄したのは言うまでもない。
流石にすぐに持ってこれないので、その間にケーキにと突撃する。ケーキだけはバイキング形式だ。
大きな皿の上に小さなケーキ達が宝石のように並べられている。チョコやショートケーキ、小さなシュークリームにイチゴのムースのケーキにチーズケーキ、モンブランもある。
焼き肉屋のため種類こそは多くなかったが、それでもデザートとしては十分だろう。
「デザートは別腹。ケーキ、全種制覇は当然」
全種類を食べたいのはエマも同じだ。腹八分目、と決めていた繭子も、流石にケーキを前にしては手が伸びてしまう。
デザートは別腹というのは、きっと女性にとっての魔法の言葉であろう。
やがて、焼き肉もケーキも底が見えてきた。
皿の上に残る一欠けら分の肉やケーキ達。
「ふみ、壮絶戦いだったよ〜」
お腹をさするのは憐以外の面々で。そして、憐といえば。
「……ん。ちょっと。物足りない。帰りに。何か。食べて行く」
お店に居た全員に、戦慄が走ったと言う……。
●おまけ
そして、撃退士の面々が店を去った後。
「も、もう……今日は店じまいだ……」
まだ夜の部だってあるよ! なお店だったが、史上初の時間前閉店になった、という事実だけお伝えしておこう。
真の敵は、撃退士の中に居たのだ……。