●廃屋へ
里山には誰も居なかった。生きた人間の気配がない不気味な静けさが空気を満たす中、撃退士達は静かに時を待つ。
ただ、ただ静かに……囮役がディアボロと出会い、廃屋へと向かうその時を。
今回の作戦は逆奇襲を仕掛けるものだ。
(たんころりん、か。結構前に本で読んだ覚えはあるなぁ)
千葉 真一(
ja0070)は気配を消したり、隠れたりすることは得意ではない。だから、少し離れた場所から場をうかがう。
(ま、ディアボロに真似するつもりがあったかは判らないが、迷惑な事には変わりない)
「きっちり退治といこうぜ!」
小さく呟くのに、頷きを返したのは同じ場所から様子を窺う桜 椛(
jb7999)だ。ちなみに大きな袋を持っている。一体何に使うのだろうか……?
(……誰も居ないかな?)
人が居たら保護をしようと思っていたが、少なくともこの時点では誰も居ない。警戒は最後まで怠らなくても損はないだろう。それにしても、と思う。
(柿の精か……ちょっと会ってみたいよね)
戦い終わったら、探してみるもいいかもしれない。
アッシュ・スードニム(
jb3145)が隠れつつ、ついて行きながら思う。
(たんころりんかぁ……変なのと一緒にされたら迷惑だよねぇ)
居座ってる天魔は追い出さないと、と気持ちを新たにする。そのためにも、イヴァと共にがんばるのだ。
皆がやる視線の先にはまるで迷子のように、一人少し覚束ない足取りで歩いてくシリル・ラビットフット(
jb6170)の姿。
その近くには、気配を消して隠れることに特化した面々がついていく。
(ディアボロ許すまじ! 秋の実りと里山の人々の平和を護るのです!)
と心に誓っている礼野 真夢紀(
jb1438)は地元が主産業農業のため、農作物荒す敵やそれを利用する敵は許せないと思っている。
そのため、今回の敵は絶対に壊滅しないと気が済まないのだろう。
今は邪念も取り払い、ただただ敵に出会うまで静かについていくことに集中していた。
足音を消し、気配を極限まで抑えて道端の木や物陰に隠れながらついていくのは最上 憐(
jb1522)だ。彼女の視線の先には……多分、ここからでも遠く黄色く分かるあの柿が映っているのだろうか?
早く食べ放題したい。そんな声が聞こえてきそうである。お腹が鳴る前に倒してしまいたいものだ。
(鳥とかの為に実を残しておくって、木守とも言うのよね?)
同じく視線の先にある黄色を見つめ、蓮城 真緋呂(
jb6120)は思う。 来年もまたなるように、と残しておくことを指す言葉である。
(たんころりんって何だか可愛い名前 )
天魔がいるのだから、妖怪や妖精も本当にいるかもしれない……そう思う。けれど、たんころりんは名前に反して色々……本当に色々凄い妖怪だが、大丈夫だろうか。
隠れながらその時を待つ。犬の嗅覚が心配であるものの、なんとかなるだろう。
何も地面に即した所ばかりに隠れているわけではない。上空より屋根などを利用しながら追いかけるのはドロレス・ヘイズ(
jb7450)だ。
猿が嫌いなため、容赦なく倒す心づもりである。そして、それが終われば……やはり柿の実を取るご褒美があってもいいだろう。
(楽しみですわ)
ふわりと金の美しい髪が風に揺れる。その視線の先に物陰から歩いてくる犬の姿が見えた。
皆に緊張が走る。一番緊張しているのは、囮のシリルだろう。けれども勿論そんなことはおくびにも出さず、犬を見つけて微笑むに留める。
「……」
くぅんと鳴いた犬が、こっちに来て? というように少し歩いては立ち止るを繰り返す。ものさびしげに鳴き、来て、来て、と誘うその姿は、ディアボロでなければ本当に哀愁漂うものだ。
だからといって、この場に居る全員が同情することもない。
距離を保ち、そしてついてくる仲間が動きやすいように一歩、また一歩と廃屋へと進んでいく。
(ごめんね)
廃屋が見えた。
少し申し訳なさそうに歪んだ表情に犬は気がつかない。
そして……シリルだけではない。撃退士達が全員無事に廃屋へと足を進めることになる。
●願い
庭へと足を進めれば、そこには沢山の柿の木がある。とても見事なその木々のどこかに、猿のディアボロが潜んでいるのだ。だがしかし今はまだ、その姿を目視することは叶わない。
どの木にいるか分からないため、近づきすぎたら感づかれるかもしれない……と隠れる場所が多いが潜伏している面々はそのまま近すぎず遠すぎずの距離を保つ。
さわさわと揺れた木々の間から助けて、と声が聞こえた気がした。
それはとてもかすかで、人間の声だとはとても思えない。一番近くにいたシリルだけが聞こえた声だろうか。
「……わかった、大丈夫」
見上げ、小さく頷く。
それに合わせるように犬が、柿の木を見上げた。
かさりと揺れた葉が、明らかに風のそれと違う。ちらりと猿の指先がみえた!
先に動いたのは真一だ。
「出たか!」
誰よりも早いその動きは、何よりも強い勇気のなせる技だろうか。一気に距離をつめた真一の近く……何処からかカッコイイ声と発音で「CHARGE UP!」と聞こえた。
「変身っ!」
一瞬、また柿から聞こえてきたのか?! と思われたが、それはアウルの黄金の輝きが各部に装着されることにより、違うことがはっきりとした。
それと同時に真夢紀が阻霊符を発動する。領域が辺りを包み込んだ。
同じく祖霊符を発動しようとした真緋呂だが、それよりも隠れたまま犬を狙う方にとチェンジする。
すでに牙をむいた犬が、シリルの身を守る盾との競り合いをしていたからだ。じりじりと押されるその状況を打破するために、槍状の炎で攻撃し怯ませる。
炎に巻かれた犬から、力が抜けた……好機だ!
態勢を整えるシリルへとさらなる支援のために雷の剣で攻撃をする。
「かかったわね。これで猿も呼べないでしょ?」
ぐるる……と鳴いた犬にと、微笑んだ。
その頃、猿を相手にしていたメンバーはというと。
「ちょっと痛い思いをしてもらうよ!」
椛より放たれた一撃が猿の指先を抉った時には、空の上に待機していたドロレスより、薔薇のロザリオから放たれた赤い花弁が同じ猿を狙いうつ。
「首尾よく獲物がかかりましたわね……さぁ、パーティをはじめましょうっ♪」
ふふっと微笑みを浮かべる。
「ゴウライソード、ビュートモードだ。喰らえ!」
真夢紀よって放たれた炎に巻かれた猿に、鞭状の蛇腹剣が巻きつき引きずり落とす。
だがしかし、ただ引きずり落とされるだけじゃない。爪で真一の足を大きく抉り取った。血が地面を濡らす。
「大丈夫ですか?」
治癒膏により、失った細胞が再生し始めたのにお礼を言い、態勢を整えれば大丈夫と判断した真夢紀は止めを刺そうと攻撃にと切り替える。
「……ん。抜き足。差し足。忍び足。そして。奇襲」
今まさに地面に落ちた猿を追撃しようと動き始めた憐のすぐ近くの木々の間から、二体が前後になるように同時に飛びおりて、憐へと襲いかかる!
正面からの攻撃は避けれたが、もう一体、背後からの攻撃に反応が遅れた。嬉々とした表情でその肩にと噛みつけば血がじわりとその身を濡らす。
「ほら、ボクが相手だよ!」
肩に噛みつかれ、とっさに払い落せば椛の弓より放たれた矢がその目を抉り動きが鈍った。
その隙を見逃さす、動きを止めようと影からあわれた腕が、そんな仲間をみて逃げようと動いた一体と、目を抉られ動きが鈍くなった一体を掴みあげる。
「……お腹。空いた。かも」
増幅によって得られる力の代償に、かなりの空腹が襲っているようだ。
その間に倒された一体から、今度は椛の一撃で傷ついた猿の方へとみんなの攻撃が移る。
そんな彼らから少し離れ、木の上をつぶさに探るのはアッシュだった。
あと一体。逃げられてしまったら大惨事である。仲間が心配だったが、逃げられるわけにもいかぬと探れば、木の上から背後をつかんとする猿の姿を発見する。
木の上に居るかもしれないと注意を払っていたアッシュだからこそ発見できただろう。
「突撃だー!」
アッシュとイヴァが突撃する!
「さー、落ちてこーい!」
木を出来るだけ痛めないようにとぎりぎりで回避したその体は、一般的のヒリュウよりは小さいが、それでも猿からみれば巨体である。
イヴァの太陽のような美しい刺青が施された体を見れば恐怖に逆立つ。その体を目の前いっぱいに映し出された猿が逃げようとバランスを崩すのには十分だった。
キキッと悲痛な声をあげて地面に落ちるそこに、犬を倒し終わった二人も駆けつける!
「妖怪、妖精、精霊? ずっと生きてると神様が宿るんだよね? 食べもしないのに居座る罰当たりな子にはオシオキだよー!」
気付けば残り二体。二人も加勢したこの状況、最後まで油断はできないが、流れは完全に撃退士達の有利だ。
逃げられぬよう囲むように布陣すれば、猿たちが戦きがむしゃらに襲いかかってくる。
「もうしわけないですけど、わたくしお猿さんは嫌いなんですのっ★」
その言葉に恥じない猛烈な攻撃が猿にと当たれば、すでに満身創痍だったその身が地面にと崩れ落ちた。これで、先ほどアッシュが落とした一体のみとなる。
あとは一斉攻撃のみ、と叩きこんでいけば、真一の拳がその身を捕えた。
「ゴウライ、シャイニングナッコォッ!!」
太陽の輝きを発したブロウクンナックルから放たれる衝撃が、猿の内部にと広がれば、華麗に大きくのけぞりながら宙を飛び………。
そして、ぐしゃぁぁと効果音を発しながら豪快に地面にと沈んだのだった……。
●願いの先へ
怪我の手当も終り、今はすっかりとくつろぎモード。
さわさわとなる木々のざわめきが、依頼が終わったことを告げていた。
「これで全部か?」
「全部だよ」
人は居ないかと辺りを見渡していた椛が頷く。
せっかくなので、掃除でも……と掃除を始めた真一に賛同した面々も一緒になって片づければそれはすぐに終わった。
木を傷つけないように……と注意を払ったお陰だろう。
少々葉が舞い散り地面に落ちていた柿が潰れたりしていた程度で、他には目立った被害は何一つなかった。
そして、あとは思い思いに過ごすことになった。
御手拭、包丁、紙皿と爪楊枝を持参していた真夢紀は自分が食べる分は一つと決めている。
「柿全部取っちゃ駄目ですよ〜木守りとして上の数個は残して下さいね〜」
そう言いながら、自分の分を食べ終われば他のメンバーの皮を剥く方に終始することになった。
(そうだ、あとで廃屋の持ち主に近所の人が柿の実をとってもいいかお願いしてみよう)
せっかくなった実がとってもらえないのは、電車の窓からその光景を見るたびに寂しさを覚える自分には辛いことだ。それに、ディアボロとたんころりんが同一視されている現状も打破したい。
きっと、いい方向へ向かうに違いない。
そんな隣で、柿の木を見上げているのはシリルだ。天使や悪魔がいるから、妖怪や精霊がいても驚かない。
(やっぱり、実を食べてあげたら供養になるんでしょうか)
「来年からは、里の人達にこの木の実も採って貰うようにお願いしたほうがいいかもしれません、ね 」
その言葉に頷いた真夢紀から剥いた柿を渡される。
「ありがとう」
口に入れてみれば、それはとても甘くみずみずしい。
(……タンコロリンが食べて欲しがる訳も、わかる気がする)
「もうひとつ、もらっていいですか」
「勿論よ」
また一つ剥こうと手を伸ばした。
たくさん食べれるけど食べ過ぎないように注意しないと……とこの時間を楽しみにしていた真緋呂は、一つ摘まんで口にといれる。
「あまーい♪ 美味しーい♪」
甘さが口の中一杯に広がっていく。柿の木に感謝をしながらまた一つと口へと運んだ。
「ふふ、美味しいね。とっても優しい味だ」
それにと頷き一緒に食べるのは椛。目の前でドロレスがお土産を確保しているのに、袋を見せる。
これに入れて、村人へのお土産にしてあげたい。
「ボクもお土産にしたいんだ、一緒に撮ってもいい?」
「勿論ですわ!」
食べ終わり、一緒にもぎ始めれば、アッシュもやってくる。
「少しだけ、貰っていくね? 皆で食べた方が美味しいもんね」
「そうですわね」
「あ、俺ももらっていいか?」
真一も一つもぎとってみる。手に馴染むそれは、早くわたしをたべて! と言っているようで。
そして、その言葉を忠実に実行するのは憐だ。光纏の状態で、一心不乱に食べている。曰く。
「……ん。柿の。中に。妖怪が。紛れているかもなので。全部。全て。食べて。チェックしないと」
多分、居ないと思う、という皆の視線もなんのその。もぐもぐと食べ続ける。
「……ん。食べ放題。早い者勝ち。弱肉強食。食物連鎖」
全部食べたかったが、言われた通り少々は残すことにしたようだ。
やがて、椛の紡ぐハーモニカの音色が聞こえてくる。鎮魂の気持ちを込めてのその音色は、優しく空気を揺らす。
その合間を縫うようにありがとう、と声が聞こえた。
柿の木はただそこにある。辺りを見渡したが、人はおらず誰が言ったのかは分からなかった。暫し耳を済ませたがその後声が聞こえることもない。
見上げた柿の木はどこか満足気に見えたのは……、きっと。
きっと気のせいではなかっただろう……。