●それはふわもこです!
とてとてこてん。そんな感じにうろうろしている狐が三匹……。
今から撃退士が来るとも知らずに、どこか楽しげに広場でころころしているのだった。
●雪山雪山
雪が積った道を歩く撃退士達。その足はカンジキのお陰で雪に埋もれることはない。さくさくと地図に書かれた通りに登っていく。勿論ただ山登りをしているわけではなく、サーバントを倒すためなのだが……。
「天魔退治というよりは一昔前の狩猟という趣ですね……」
エリス・バーグ(
jb1428)が呟く。ちらりと視線を仲間に移せば、確かにそんな風に見えなくもなかった。
「ふわふわもっふもふ……素敵な響き……」
ウィズレー・ブルー(
jb2685)からちょっとだけ本音がでた。たまたま視線があった只野黒子(
ja0049)にとぽそりと言葉を返す。
「い、いえ……何も」
今回のサーバントはもっふもふの狐なのだ。その狐を釣るために黒子は小型の加工肉や油揚げを用意してきている。美味しそうな匂いをするそれは、狐達が喜んで飛びつくかもしれない。
「寒がりなのに選りに選って雪山依頼……いや、 そこに、野生動物がいるから」
カメラ握り締めキリッと言い放つ和泉早記(
ja8918)。ちょっと一人だけ趣向が外れているような気がするが、大丈夫だ! きちんと戦う気はある。そんな中、一人明らかに敵と間違われそうな人が居た。
(狐型の敵を倒すのは少々気が引けるのじゃ……。 倒さねば被害が出るしせめてもふって倒せればよいのう)
狐珀(
jb3243) である。ふっさふさの狐の尻尾と、妖艶なる狐の姿。いや、間違えようはないのだが、だがしかし同じ狐型である。少々気が引ける。
「あ!? ふ、ふわもこっっ!!」
そんな中、とうとう目的地にとついた。まだ気が付いていないのか奇襲等はない。こうやって……柴島 華桜璃(
ja0797)が頭をふるふる振って葛藤する程度には余裕があった。
(だ、だめだめ!あれは倒さないとだめなんだから……で、でも、もふもふしたい……)
「敵は三体ですね。皆様、準備はよろしいでしょうか?」
黒子の言葉に、全員が頷く。そしてきりっと正面を見据えた華桜璃が宣言した。
「……さ、最後の一体になったら、みんなで囲んで逃げられないようにできるし、そうしたら少しだけならもふもふしてもいいよねっ!」
その言葉に小さな頷きが数人から返ってきたのを、確かにみた。そう……どうせならもふもふしたい、数人そう思っていたのだ。
もふもふするためにも……布陣を開始した。
「か……かわいい……」
狐珀がほんの一瞬だけでれっとしたが、すぐに表情を引き締める。そしてそれが、攻撃の合図ともなった。
●退治の時間です
一匹が物凄い勢いで走ってきた。
「鶏肉ですよ」
前衛を担うウィズレーがさっと取り出したのは購入した生肉だ。キキーって音がしそうな勢いで急ブレーキをかける。思いっきり狐、釣れました! その肉に向かって走り寄っていく。早記の瞳がきらんと光った。
「これは……行けそうだね」
肉にかぶりついている狐にと無数の腕を絡みつかせる。それは肉を噛んだままの狐をぐいっと掴んで離さない。あれ? あれ? って表情をした狐がじたばた動いた。だがしかし、拘束出来たのは一匹。残りは二匹だ。さっと左右に分かれて一番近くに居た者にと襲いかかる!
「足元が悪くても空を飛んでしまえば関係ないわけで……ヒリュウ! お願い!」
召喚されたヒリュウが今まさにエリスに噛みつこうとした狐に噛みつく。きゃん!! 狐が悲痛な悲鳴を上げ後ろにと後退した。それに合わせるように黒子の攻撃が当たる。敵である撃退士達に果敢にも近づこうとするが、次々と当たる攻撃がそれを許さない。
「これから倒しましょう! もう一体は華桜璃様、お願いします!」
「まっかせて!」
さっと畳がえしのようなポーズをとる。フリーだった狐は黒子が投げた餌に頭付いていた。美味しーい♪ という表情をしている。それに、無数の腕が絡みついた。ぎゅっと狐を拘束する。
「逃げられませんよぉ〜〜! 壁に耳あり障子に目あり! そして床に手あり!! これで逃げられないでしょ〜?」
にっこりとした笑みでの宣言通り、あ、あれぇ?! ってなった狐。二体はこうして拘束された。そうして攻撃を受けている狐と言えば、元々は弱い個体である。すでに瀕死だった。
「狐型とはなんだか戦い辛いのう……」
そう言いながらも、容赦することは出来ない。じたばた苦しげに動く狐の姿が、とても辛い。だからこそ……終わらせよう。そんな思いから狐珀が札を手の中に作り出す。そして狐珀の札による攻撃によってその命を散らすことになった。
次の標的は、最初に拘束した早記が抑えている狐だ。黒子が皆にその旨を伝達する。
「次は早記様の抑えているものを倒しましょう!」
ウィズレーの氷晶霊符がふわりと動く。氷の刃の様なものが狐の身にと深々と刺さる! 何度もそれは繰り返され、またそれに合わせるようにヒリュウが噛みついた。きゃん! と悲鳴を上げ、狐がぶるりと体を震わせた。
だがしかし黙って攻撃を受けているわけではない。さっと後ろに飛びのくと、今度は餌になど釣られずにウィズレーとエリスの足元をさっと駆け抜けるとちょうど中衛に位置していた狐珀にと噛みつく! ぎりぎりと腕に食い込む牙。振り落とそうと動かせば血が舞う。狐はどんなにもふもふふわふわとはいえやはりサーバント。その血の味ににたりと笑ったかのようだった。そして、ぽたりぽたりと落ちた血は、地面を赤く染め上げた。
「痛いがもふもふが当たって……」
黒子の攻撃によって振り落とされた狐を見て、ちょっと複雑な表情である。いや、確かにもふもふなんだけども! 抑えつつも、そろそろ六花護符で攻撃に回ろうか……と考えていた早記は、そんな狐珀を見ながら思う。
(負けず劣らず見事な尻尾の狐珀さんとも、間違えないようにしないとダメだよね)
確かになんだかちょっと危ない。後ろから見てると……いや、でも大丈夫だろう。ふわふわもっふもふなわけであるが、仲間と混同は……しないよね?! やがて早記が拘束する手を緩めた。まだもう一匹居る。其方はもふりたい人達のために自分が拘束することになるだろう。ならばここは攻撃に転じるのみ!
さっと六花護符を構える。きっと見据えたその先に居るのはさっきまで自分が拘束していた狐だ。動物好きとしては、少し心痛むが攻撃しない訳にはいかない。狐型というだけで、サーバントなのだから。それに、と小さく呟く。
「……うん、それだけ毛皮が立派なら、寒くないよね。きっと」
六花護符での攻撃イコール、雪の玉の様なものを生み出しての攻撃である。なんとなく雪合戦のように見えなくもない。ただしかなり一方的な雪合戦状態だが……どことなくそこだけ見ればほのぼのとした光景に見えなくもなかった。ぽこぽこ当たっているそれを見ながら呟いている早記の近くで、狐珀の傷を癒そうとウィズレーが動く。祈るようにその瞳を閉じた。
傷口にと小さなアウルの光を送りこむ。ほわんと暖かな光が細胞を再生し始めた。それは確かな力となり、傷を癒した。ほっと息を吐く。誰も傷ついてほしくない……そう思う。
「ありがとうのう」
傷が塞がり、ほんのりと微笑みお礼を言う。それに合わせてふんわりと揺られる尻尾。そんな中黒子が戦力の見極めをようと動いた。よく見える位置にと移動するが、その際勿論攻撃の手は緩めない。フリーになっている敵にと逃走を許さないように威嚇攻撃を行いながら、仲間にと声をかけた。
「消耗が激しいです! そろそろこの個体は決まるかと!」
血だらけでそれでも本能でウィズレーやエリスにと噛みつき、そして最後の手段で体当たりを食らわせ逃げようとした狐に、華桜璃が攻撃を仕掛けた!
「逃がさないからっ! びりびりあた〜〜〜っく!!」
雷撃が宙を走り、勿論狐珀を避けてふらふらになっていた狐にと当たる。
「こ、こっちはちょっと効果が弱いかな??」
ちょっと焦ったようにそう言うが、いや、そんなこと一切なかった! 電撃を受けてびりびり〜っとなった狐がパタンと倒れた。これで二体が倒れた。残り一体。びっくーとしたように見えたのは嘘ではないだろう。なぜならば……。
「もふもふ……」
誰が言ったかは分からない、分からないが……。
興味があるものだけがじりじりと近づいていく。その姿は……ちょっと恐怖を誘った。ちなみにそうじゃない人が警戒するという布陣を成したのだった。
●ふるもっふ!
「わは〜っ、もっふもふだね〜〜☆」
じりじりと近寄った華桜璃はそれはもう凄い勢いでふわっふわな極上の手触りを堪能する。ふわりと指先を滑る毛先は堪らない。もにもにっとした肉球は触り心地抜群である。
よく肉球型のストラップとかあるが、それがよく分かるようなふにふに具合だった。
「ほんと、普通の存在だったらこのまま持って帰りたいくらいなのに〜、残念だなぁ〜」
本当に普通の狐ならばよかったのに! 出来るだけもふもふを今この場で堪能しようと指先をもふんと潜り込ませた。じたばたはするが、逃げられるはずもない。駆け寄ってきたエリスも素早く堪能する。
「もふもふもふもふ〜♪」
ふんわりむぎゅーっと抱きついた。その素晴らしい胸がふわっと狐の毛皮に埋もれる。ちょっとこれは贅沢な光景ではなかろうか! 可愛いものが好きなエリスは頬なんかもうずめてもふもふを堪能する。狐珀もそんなもふりに参加しようとそっと近寄ってきた。ゆらりと尻尾がゆれる。
「ふわふわじゃのう……」
なんとなく嫉妬心を感じる狐珀である。だがしかし、狐珀の尻尾もそれはそれはとても見事だと思うのだが! そんな中、おずおずと手を伸ばしたのはウィズレーだ。そっと触れたその毛皮は、ふわっもふっとしていて、極上の手触りである。
(ふわふわ……気持ちいい)
ぽそっと心の中で呟く。そんな皆をみて、今一度早記が拘束し直す。これ幸いとさらにふわもこされる狐。やーんっていう表情をしているようにも……見えなくもない。
それぞれが思う存分にしっとりとした毛並み、ちょっとうるうるした瞳、そしてもにもにっとした肉球を楽しんだ。なかなか狐をこんな風に堪能できることなんてできないのではないだろうか。多分、狐触れ合いコーナーですらここまでぎゅって抱きしめたりなんだりはできないはずである。
「お腹ももふもふです……」
さわーっと触ったお腹も勿論もふもふでした! 流石にお腹を触る機会はそうそうないのでこれ幸いと皆触ってみた。ふわふっわのもふもふである。一応攻撃を緩和するような効果でもあったのだろうか。
だがしかし、そんな時間も長くは続けられない。皆苦しめないように……とさっと離れ……そして、攻撃させる暇も、逃走させる暇もなく一斉に攻撃した。
「天魔と人間は相容れないのですね」
まさにエリスの言うとおりである。相容れることなどできるはずもなく……そうして、三匹が眠りについたのだった。
●皆で見学しよう!
本番はこれからである。場所を整え、怪我人の手当てをした後、野生の動物達を見るために皆歩き出した。エリスが念入りに場所を聞いてきたためそこはすぐに見つかった。
「早く春になって、蛙や蛇も起きないかな」
初戦闘依頼を終えほっとしつつも内心うきうきで用意をしながら早記が呟く。春もそろそろ来るだろう。そうしたら、きっとこの山にも沢山の動物達がくるに違いない。今はまず……静かに狐やリス等が来るのを待つ。
「狐の写真が撮れると良いのう」
此方も用意しながら呟いていた。皆野生動物を刺激しないように小声で喋り、じーっと待つ。
そして……その瞬間が訪れた。
「あ、狐!」
華桜璃が小さく声をあげ、あそこあそこ! と指差した。そこには野生の狐がちょこんと顔をだしていた。此方に気が付いていないのか、五匹がぞろぞろ〜っと出てきてじゃれあっている。
尻尾を追いかけまわしたり、軽く噛みあう振りをしたり。兄弟なのだろうか、とても仲良しである。
一匹がひょいっと一匹にちょっかいをかければ、ころんと雪の中を狐が転がった。その上をなぜか踏んじゃう別の狐。それでも離れることなくじゃれあっている。そんな中、木の上でも変化があった。
「あちらにはリスもいますね」
黒子が木の上の餌箱を指さす。そちらではリスがちょこんとどんぐりを抱えて下の狐達の様子を見ていた。くりっとした瞳が、なにしてるのー? とでも言うように狐達を見ている。そしてそれに飽きれば、頬袋一杯に木の実を頬張り始めた。
「あ、可愛い♪ ……でも本物をスキル使って捕獲したら怒られますよねぇ……遠くから眺めて満足しますか」
確かにそれはまずい。のんびりと眺めるにとどめるエリス。その隣では、自分用のスマホで写メを撮るウィズレーの姿。
(野生の動物を撮るのは難しいですが、撮れたらその分喜びもひとしおでしょうね……)
ぱちり。撮れたそれは、ぶれることなく綺麗に撮れていた。ほっと微笑みが毀れる。
「かわいいのう」
ころころ〜と今度は此方を攻撃することもなくじゃれあう狐達を見つめながら、狐珀が可愛い可愛いと呟きながら写真を撮っていく。その隣ではもう動物達が居ることに至福状態の早記が静かに写真を撮っていた。
一枚、二枚と増えていくそれは、今日の思い出にもなるだろう。楽しげに遊び、生きる動物達の時間達が収まっていく。
そろそろ帰りましょうか。そんな言葉が出るまで、その時間は続き。
「可愛かったね!」
そんな思い出を胸に、皆山を下りはじめる。
こうして、一つの事件が幕を閉じたのだった。