●準備は万端?
秋になり、少々肌寒い日が続いてたが、この日は晴天に恵まれ、ぽかぽかと日差しは暖かだった。
時折飛んでいくトンボの姿も、どこかのどかに感じる。
それぞれが持ち寄った栗拾い用の道具がカタカタと音を点てた。
「動かなければ大きな毬栗に見える……のか?」
ブーツを履いた足で土を踏みしめ歩きながら、ふとそう呟くのは梶夜 零紀(
ja0728)だ。
首を傾げた拍子に淡い茶色の髪が揺れた。
「大きさでバレバレって、擬態してる意味あるのかな……」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)も同じく……此方は桃色の髪が首を傾げたのに合わせて揺れる。
持っていたトングと栗を入れるための籠が音をたてた。
「敵サーバントは、何と言いますか……お前のようなデカい毬栗がいるか、とツッコミを待っているかのような外見でありますが」
それはきっと皆が思っていることかもしれないことをさらっという。
「油断せずに参りたい所です。怪我をしては、楽しい栗ひろいができませんからね」
AL(
jb4583)がにこっと微笑みを浮かべながら頷いた。ふっと零紀が頷いた。
「放って置くと、せっかくの栗を食べられてしまいそうだな。手早く終わらせてしまおう」
そんな中、美味しい栗を食べるのを想像して、気持ちを切り替えていたのは桐原 雅(
ja1822)だ。
ほわわんとさっきまで思い出していたのは、参考になればとネットで調べたハリネズミのことである。
(可愛い画像がいっぱい出てきて、ちょっと倒しづらくなっちゃったんだよ……。トゲはやっぱり痛そうなんだけど、あのつぶらな瞳が……)
ハリネズミのくりっとした瞳はとても愛らしい。大好きな猫を思い出しつつ、思う。
(猫とはまた違った可愛さがあるんだよ)
ちょっと新しい発見だったかもしれない。とはいえ相手はサーバント。心を鬼にして倒さないと、と気持ちを切り替えていたのだ。
「秋の実りは大事、とっとと倒さないと栗が落ちまくるし……困ったものだな」
礼野 智美(
ja3600)がそういって、その青い瞳を木々の向こうへとやる。その視線の向こうには、きっと毬栗に擬態した奴らが居ることであろう。
ヒロッタ・カーストン(
jb6175)も頷いている。
きっと彼は栗拾いのことで頭がいっぱいかもしれない。現にその金の瞳には、栗拾いをしたいです! と現れている。
「モンブ……ん、ゴホン、毬栗に化けて人を襲うサーバントなんて許せないよ!」
今なんか変な枕詞が聞こえたよ、という感じの御門 彰(
jb7305)が黒い綺麗な髪を靡かせ微笑む。
「モンブ………んん、近隣の住民のためにも早急に対処する必要があるよね!」
「………」
ヒロッタの視線が突き刺さるが、にこーっと言いきった!
そう、彰は栗拾いのためのトングに籠に軍手を持って来ていたが、さらにさらに、生地とクリームも持参しているのだ!
ちなみにその生地のレシピはのちほど!
さぁ、そんな中、すでに戦闘モードなのは猫野・宮子(
ja0024)だ。
装備したのは猫耳猫尻尾! ゆらりと揺れるそれは、まさに宮子の戦闘衣装。
「美味しい栗を取るために、擬態した敵はささっと倒さないとだね」
美味しい栗を楽しむために、この戦い、負けるわけにはいかない!
目の前に開けた栗の木達と、紅葉、そして……落ちている籠がまさその場所にたどりついたことを伝える。
そっと持ち物を危なくないだろう場所に移動させたあとに、いざ、出陣である!
「魔法少女出陣にゃー♪」
元気な声が戦闘の開始の合図になった。
●毬栗いがぐ……り?
それは、とてつもなく目立っていた。
小さな茶色やまだ緑色だったりする毬栗達が、あっちこっちにと散らばっている……その中に、明らかにどでーんと五つ、感覚を開けて落ちていた。
否、多分布陣していた。
「………やっぱり擬態のつもりなのかな?」
ソフィアがぽつりと呟いた。実物をみても、やはり気になるのはそこである。
ただ、じーっと動かずどでーんと主張するそれは、努力だけは認めてあげてもいいかもしれない。
俺は毬栗だぜぇぇぇぇ!! とでも言いたいのだろう。撃退士達がそそーっと近寄っても、ぎりぎりまで動こうとしない。
逃がさないように、と円形になるように動く零紀とソフィアと雅とAL。
それを見て、意図を察した面々も動き始める。
「数はあそこに居るのも合わせて五体だよね」
あそこ、と指差したのは一体だけ遠く離れた個体だ。
俺、毬栗ですしー! とかさりとも動かないが、その隣に落ちている毬栗よりも大きい、大きすぎる。
どでーんとしているのは、どうみても毬栗ではないので皆が頷いた。
あとちょっとで囲めるか、と思った時に自体は動いた。
一番敵に近づいた宮子にと二体のハリネズミが突如動きだし、そのとげとげの身を盾に噛みついてくる!
だがしかし、ひらりとスカートを揺らし飛びのいた宮子の肌に噛みつくことは叶わず、寧ろお互いがごっつんこした。
そして、地味に赤い瞳が涙目になって痛い、痛い〜!! ってなってた。
「……!」
この敵、頭悪いかも……!! と皆の脳裏に走る。
そもそも毬栗に擬態出来てない時点で皆察しがついていたと思う。多分、分かってなかったのは作った天使と、作られたこのサーバント達だけであろう。
「擬態してても大きさでバレバレにゃ! マジカル♪ 猫ロケットパンチを食らうのにゃ!」
先ほど噛みつこうとしていたハリネズミに、拳状のアウルが放たれる! まさにロケットパンチのそれに、ハリネズミが吹っ飛んでいった。
それに追随するのは、彼女を魔法少女を目指す上での先輩と仰ぐALだ。
「……お腹いっぱい食べさせてあげましょう」
薄紫色の光の矢がその身を穿つ。
「魔法少女の先輩である宮子様風にいうならば…まじかるシューティングアロー、で御座いますっ」
きりっと決めて見せたそれに、宮子が大きく頷いた。
「素敵なのにゃー!」
まだまだ見習いの身のため、ドキドキしていたALはその言葉に笑みを零した。
順調に魔法少女の道を進んでいるようである。
さてさてそんな脇では飛んでくる針を避けつつヒロッタが淡い緑色に輝きながら、両足に雷のアウルを、そして体に風のアウルを纏い疾風迅雷の如く自分の身近に居たハリネズミに攻撃を加えていた。
「そんなものですか?」
細い瞳をさらに細め、柔和に微笑みながら攻撃を加える。
「ばれてるんだ、さっさと倒させてもらおう」
智美も巨大な弓で援護している。
あれぇぇぇ、俺の擬態完璧だったよねぇぇ?! という涙目のハリネズミが、がちんっと歯を慣らすがそれは噛みつくこともできずに空気を揺らすだけだ。
天を侵す魔銃を手に彰が狙いを定めたのは、ハリネズミを包むとげとげから少々身を離した雅が攻撃する敵だった。
普段ならば容赦なく間合いを詰めて蹴りをかます所だが、流石にとげとげには躊躇してしまう。
きらきらと天に煌めく銀月のような輝きを宿したその糸でハリネズミを拘束すれば、ハリネズミが離してぇぇぇとその身から針を飛ばす。
だからと言って離すわけもないので、均衡していたそれを銃身から放たれた攻撃により撃退士優勢にと変わっていく。
一番近くに居たハリネズミにと、零紀の通常のハルバートより細々とした装飾が多いそれを叩きこめば、ハリネズミがごろごろごろ〜っと転がっていき、もう一体の毬栗……いや、それでもまだ俺は擬態するぜ! といったハリネズミにと当たる。
「……擬態、徹底してるね」
ソフィアがぽつりとつぶやいたのに、零紀も頷く。
「……頑張ってんだな……」
多分、彼らなりに戦略というものがあるのだと思うのだが……。未だに擬態を続ける個体は、油断している所に攻撃を、と思っていると思われた。
「おい、擬態は失敗してるぞ? そろそろ気付いたらどうだ」
声をかけてみるが、動かない。ぶっちゃけ、それが通じるのはきちんと擬態していればこそだと思うのだが。
「逃がさないようにしっかり狙っていくよ」
ソフィアから花弁が飛んでいく。La Spirale di Petaliだ。
螺旋を描きながらハリネズミと飛んでいき、当たった所から霧散するように消えていく。
ハリネズミは大きく身を震わすと、もう一体の擬態しているのにそろそろ動けよ! とでもいうようにぶつかりながら針を飛ばしてくる。
それをガードする零紀の後ろから攻撃が加われば、その身も倒れる。
そうすれば、漸く動きだした最後の一体だけとなった。
「まぁ、さくっと倒して栗拾いしようか」
すでに意識は栗拾いへと……というわけで、ヒロッタの言葉に皆が頷く。
美味しい美味しい栗が待っているのだ! この最後の一体に時間をかけるわけにもいかない。
「にゅふふ、逃がしたりはしないにゃよ。マジカル♪ ヒーロにゃ♪ 僕の魅力に惹かれるといいのにゃー♪」
なんてノリノリな宮子の攻撃があたったと同時に、一斉攻撃を受けた最後の一体は、特に何ができるわけもなくその身を今度こそ本当の毬栗のように横たえたのだった。
●栗拾いだー!
依頼人の籠を手に取り、一応危なくないようにと移動しておく。
使わない物も一緒に置いてあるので、忘れていくこともないだろう。
ささっと片づけをした後は楽しい楽しい栗拾いである。
「よしっ栗拾い開始っ!」
そのヒロッタの言葉とともに、皆がわらわらと栗を拾い始める。
勿論ヒロッタだって楽しみだった栗拾いである。トングを片手に茶色の毬栗を一つ一つと見ていく。
まるっとした茶色の身が太陽の光を浴びて宝石のように輝く。
「美味しそうですね……」
中身を取り出して籠の中に入れれば、ころんと転がった。
「さて、それじゃあいっぱい拾うんだよ♪ 虫食いじゃないかはしっかり確認しないとだね」
そう言ってALと一緒に栗を拾うのは宮子だ。出来るだけ多く取っていく。
拾った栗は家で調理しよう、と大きな栗を取って思う。
栗ごはんだけじゃなくて、お肉と煮たり、ケーキを作ったりと腕を振るうのもいいだろう。
同じくALも拾いながら栗をどう調理しようかと思いを馳せる。そのまま蒸かすだけじゃなく、栗ごはんなんかもいいかもしれない。
「秋の到来を感じますね……宮子様、大きなものは御見つけになられましたか?」
「これなんか大きいと思うんだよ♪」
これ、と見せたのは先ほどより大きな栗。とても見事なそれにALも微笑む。
(宮子様が御所望でしたら、デザートをお作り致しましょう)
こんな大きな栗を使えばきっと美味しい物ができるに違いない。それは宮子も同じことを思っていて。
「これだけあれば色々と料理が出来るね。ALくんにも食べさせて上げるんだよー」
楽しい時間が過ぎていく。
そんな脇で毬栗をふみふみしつつ、秋の味覚に思いを馳せるのは零紀だ。
栗といえばオーブンで焼く焼き栗が主流のイギリスとは違い、日本にはどんな料理方法があるのか、興味は尽きない。
「栗は焼き栗しか食べたことないな。日本ではどんな栗料理があるんだ?」
その言葉に、同じように踏み踏みしていた智美が口を開いた。
「そうだな……栗ごはんに、栗の甘露煮、栗の渋皮煮に栗きんとん、栗ようかんに、茶碗蒸しにもいれるだろう?」
そのほかにも煮物にも入れたり色々料理方法はあるだろうと言う言葉に、頷いた。
それを聞いていた雅も大きく頷く。
「栗といえば、ボク的にはやっぱり「栗きんとん」だね。故郷の味だよ」
ハリネズミを調べるついでに栗拾いも調べた雅は、的確にイガがしっかり開いたもの、色艶が良い物を籠の中にいれていっている。
籠の中には美味しそうな栗がいっぱいだ。
「故郷の味か……」
智美が雅の言葉にふと思いを馳せたのか呟けば、雅が微笑む。故郷の味というのはそれぞれ思いを馳せる懐かしい味なのだから。
「ありがとう。故郷の味か……となると、焼き栗かな?」
三人で故郷の味について語り合いながら栗を拾っていく。
食べきれる量を、と吟味しながら歩くのはソフィアだ。
拾った栗はお菓子にしようと思う。洋風和風、どちらも美味しそうだ。
依頼人の籠にも入れるから、ほんのちょっと多めに栗を拾ってみる。
「甘くて美味しそうだよね。食べるのが楽しみだよ」
「本当だよね」
そう言って微笑むのは、すでに事前準備を終えた彰だ。
ちなみに彼が行った事前準備は以下の通りである。
食パンをミキサーにかけ、鍋にラム酒と甘露煮のシロップを入れて火にかけ、アルコールを飛ばしたものを混ぜ合わせプリンカップで形を整える。
そのあと、生クリームに砂糖とバニラオイルを加えて硬めのクリームを作ると言う念の入れようだ。
なんでこんなんしたかといえば、ここでモンブランを作るためである。
ちなみに彼曰く、対処後の栗拾いは骨休めというか、きちんと休むのも撃退士の務めである……。
(必要不可欠な行動というか、なんかそんな感じのアレだよね!!)
だそうだ。
いつの間にやら栗を裏ごしして、持ち込んだクリームと合わせてモンブランを作り上げていた。
それは皆のおやつになり、美味しい時間も過ごせばそろそろ栗拾いも終わりの時間である。
依頼人の籠には、有志が集めた栗が入り、それぞれ皆の籠にも沢山の栗が。
さぁ、帰ろう……!
そうして栗拾いも終わり、帰路についたのだった。