●「 」
その「赤」があれば私の「娘」は帰ってくるの。
ねぇ、だから。
だから……。
その赤を、散らして、散らして、散らして。
そして、私の「娘」が………?
●それぞれの思い
早く、早く……! と撃退士達が駆けていく。
その心中は様々だ。
向かう皆の表情は硬い。
今から向かう場所は白い彼岸花で有名な場所だと言う。
「彼岸花……リコリスの花、か……」
(日本では、不吉な花だったな……)
まだ見えぬその場所に思いを馳せ、リコリス=ワグテール(
jb4194)の瞳が伏せられる。
同じ名を持つそれに、どこか思う所もあるやもしれない。
「白い彼岸花とは変わった景色ですね」
そういう安瀬地 治翠(
jb5992)が何かを見つけて呟く。白い、少し先が白く見える……。
まだ到着した、とは言えぬ距離。目視に留まるそれに、さらに速度を上げる。
「……ま、今はそんな事を言っている場合ではありませんが」
そう、この先にあるのは敵とそして二人の男女……。
「状況が不明確だしね……でも、敵と一般人がいるのなら、今はそれで十分だよね」
時入 雪人(
jb5998)が澄んだ金の瞳をきっと見据えて言葉を紡ぐ。
「全てを終わらせるのは、その後で」
「雪人さん……」
雪人のその力強い言葉に、常日頃から雪人のことを心配している治翠は瞳を細めた。
その隣で、息をのんだのは梶夜 零紀(
ja0728)だ。
「あれは……花ではなく、血……?」
やった視線の先には、白だけではなく、赤い彼岸花。
否……それは、明らかに不自然な赤だった。
絵具、のわけなどない。
(……マズイな、2人を保護できればと思っていたが、そう単純な状況でもないらしい)
アサニエル(
jb5431)が視線を送った。
その緑の瞳に同じものが目に入るが、どこか余裕を伴った笑みが消えることはない。
彼女のスタンスはこんなことでは崩れないのであろう。
「まぁ……保護するだけさね」
廣幡 庚(
jb7208)も頷く。
「一般の方々の保護を優先に動きましょう」
「……そうやな」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)も頷く。個人としては敵の討伐の方に目的があったが、だからと言って保護をないがしろにするつもりは毛頭ない。
同じ思いは零紀も持っていた。出来るならば一匹たりとも逃がしたくはない。
けれど……現状としては如何なのだろう。
松永 聖(
ja4988)が近くを走りながら、そんな二人を見た。彼女も何か思う所があるのだろうか。
言えることは皆、救いたい……その一言だろう。
生命探知を使って辺りを探っていた庚が声をあげた。
「居ました!! あちらです!!」
それが敵か味方かまでは分からない。あくまでも生物が居るかどうかを探知するだけだからだ。
だがしかし、遮るものもなく、そして明らかに……人のような大きさの塊が二つ。
白い彼岸花達に埋もれるように……それらは居た。
皆がそれを認識する。それさえ確認できれば、あとは話が早かった。
「カマイタチからあの二人を守りましょう!」
その言葉に否を唱える者は誰一人居ない。
さぁ……あとは、助けるための一歩を踏み出すだけだ!
●白と赤の混じる場所
白い白い彼岸花が咲く中、女が、ナイフを手に男を見下ろしていた。
男は恐怖に身をすくませている……。
「ねぇ、……を……ちょうだい」
女にしては低い声が空気を震わせる。低い、というよりは声に覇気がない、と言った方が正しいのだろうか。
「な、なにいって……!!」
震えたその声が、次の言葉に凍りつく。
「そのね、血をくれたら……いいのよ? そうしたら、娘と、会えるの」
子供に言い聞かせるように。静かに、静かにどうしてそんなこと言うのかしら? とでもいうように。
ふわっと女が笑い、ナイフを動かす。それに歓喜したかのように……次の瞬間に訪れるだろう血の芳醇な香りをかぎたいでもいうように、二体のカマイタチが二人の周りを素早く動く。
その音と気配に、男の意識はもう飛ぶ寸前だった。
そんな男と女の間に、しゅっと音を立てた。リコリスのオートマチックEV-01から放たれた通常より素早い攻撃のそれは、女も男も傷つけることなくその間を走る。
だがしかし、錯乱しているとはいえただの人間である女がほんの一瞬止まるのはそれで十分だった。
さらに零紀の気迫が追い打ちをかけた。怯んだ女はその場を動かない。それを確認しすぐに移動にと移る。
「な…っ?!」
怯んだ女をみて男の声が上がったと同時に、撃退士達が割って入る。
男とカマイタチの間には治翠が割り入った。形成した磁場により、その身は他の者よりも早く動く。防御のその姿勢は、この二人を仲間が保護するまでは守るという証だ。
「撃退士です。下がって仲間の指示に従って頂けると有り難く」
同じく磁場の形成により、雪人も同じく守るように立つ。
カマイタチ達は、それが普通の人間ではないと把握したのだろう。素早い動きで遠巻きに移動していく。まずは保護するまで……と二人は武器を構え出方をうかがう。
ここで好戦的にでて、壁である自分達が倒れたら事を損じる。
二人が作る壁に、声が上がった。
「げ、撃退士?!」
男がはっと瞳を見開いた。自分が助かる、ということがじわじわと浸透しはじめたのかもしれない。
未だに動かぬその体をリコリスがぐっと引き寄せた。
「此処は危険だ。至急、避難をしてもらいたい」
再度言われたその言葉に、男の思考が徐々に理解を示す。こくこくと頷き、なんとか体を動かそうとするその姿勢に、ほっと息をつく。
「なぁに……? 貴方が、血を、くれるの? 私の娘、娘と……!」
「……娘?」
男性を起こしていたリコリスが呟く。
「そうよ、私の娘は帰ってくるの、帰ってくるのよ、血を寄こしなさいよ!」
そして、女といえば血走った瞳で撃退士達を見ていた。昔は優しかったであろう目じりに皺が寄ったその瞳も、今はまるで獣のような鋭さだ。
言っていることは断片的にはなんとなくわからないでもないが、理解はできない。一体何がどうしてそんなことを言うのか。
「……物騒なものを持っているな……それを、置いてはくれないか……?」
そう言ってはみたが、それで素直に置く訳もない。
「娘のためよ、娘が、待ってるの、だから、私は、だから……ここが、赤になれば、あの子が、望んだ、赤い彼岸花が!」
アサニエルが女としばし睨みあい……取り押さえようと動いた時だった。状況を事細かに観察していた庚が声を上げる。
その声にとっさに防御姿勢を保つ。
「アサニエルさん!」
そのお陰で、女がその腕に噛みつくのにとどまった。その歯はぎりぎりと皮膚に食い込み、うっすらと血を流す。
「いつの時代も人間の敵は人間だってね……」
ぎりっと唇をかみしめ、アサニエルが呟いた。
一方その頃、カマイタチを追いかけていたのはゼロと零紀だ。
ゼロの中距離からの攻撃が、左右に駆け巡るカマイタチの足元をえぐっていく。
「ちょこまか動くなぁ……」
ばさっばさっと彼岸花が倒れる音と共にゼロより少し遅れた零紀がカマイタチの一体を捕えた!
「貴様らの餌食にはさせん」
強烈な一撃をその身に叩きこめば、ぎゃっと悲鳴を上げてその身がのけぞる。それを逃す手はない、と水鶏翔扇を足元を狙って投げる。
風を纏いその足元を抉ったそれは、手元にとブーメランのようにと戻ってくる。
にっと笑ったゼロがカマイタチの手の部分……鎌を見て呟く。
「大層な武器やけど近寄らんかったら意味ないな!」
愛嬌のあるその笑みを浮かべるゼロに、もう一体のカマイタチが素早く近寄ってくる。
「……っ!」
足元を切り裂かれ、眉をしかめれば武器を持ち変えた。何も武器はこればかりではない。
零紀と背中合わせに自然となりつつ、敵を見据える。
保護は任せてある。自分達はまずは仲間が来るまでの足止めが主な仕事だろう。壊滅はそのあとだ!
男が這いつくばりながら、彼岸花を押し倒しながら動く傍ら、女が流れ出た血に満足したように声をあげて笑った。
それは、背中を向けて壁になっている二人にも、戦っている二人にも届いただろう。
「な………」
リコリスが引きずり、そしてなんとか自力でも動いていた男の肩に手をやり、安全な場所に移動させながら庚が眉をしかめる。
暴れたら昏倒させてでも、保護をという決意はある。ただ、それを決行するタイミングをそれぞれ図っていたため、少々動くのが遅くなる。
穏便に、という次元は超えてしまったのは皆が分かり、あとはタイミングの問題になった。
「もっと、一面、赤、赤で染まれば、あの子が、あの子が……!! 私の元に、かえってくるのよ…!」
女がそのまま盾になっている二人の方を向こうとしたところで、アサニエルの腕が女の腕を捉えて後ろに拘束した。女の手からナイフが滑り落ちる。
「やめ……っ」
「……人を傷付ける事が目的なら……標的は誰でも良いのだろうな……」
悲しそうに囁きつつ、リコリスが女を昏倒させた。だらりと力の抜けた人間は、正直重い。女性一人でもなんとかなるではあろうが、もしも意識を取り戻したら……と二人で引きずるように庚の元へと向かう。
男にスポーツドリンクを与え、怪我をしていないか見ていた庚が顔を上げた。
今は意識がない女だが、また意識を取り戻せば暴れたり、男を不安に陥れる言動を繰り返すかもしれない。
後ろ手に縛りあげ、猿轡も噛ませることにする。
「大丈夫、私たちが守りますから」
男に向かって再度微笑めば、ようやくほんの少しだけ笑みを浮かべた。
後ろを見なくても分かる。仲間が保護を終えたと理解し2人が動き出す。
「雪人さん、そちらはお任せします!」
治翠の言葉が終わるその前にすでに雪人がゼロが対峙するカマイタチに一閃を浴びせる。
「うん、お願い。俺はこっちを担当する」
治翠は零紀の元にかけつける、保護対象の近くの敵から……そして雪人は別の対象を。明確な敵を示さずとも2人には分かるのだろう。
「そら、まだまだ動いてもらうさね」
アサニエルが復帰し、耐えていたゼロと零紀の傷を癒していく。
壊滅しようと動くのは一人ではなかった。
けれど、如何せん人数が足りなかったようだ。
問答無用で女性を気絶でもさせてすぐに全員が復帰し、包囲でもできてたらまた違かったかもしれないが、今回ばかりは保護優先である。
ほんの一瞬。
どちらの敵だったのだろう、さっと動いたかと思うと、一体が凄い勢いで逃げていく。
数が増え、不利を悟ったのか。少し遠くに居たカマイタチがなりふり構わず逃げていくが、それを追いかけようにも残った一体ががむしゃらに鎌を振り乱す。
ゼロと雪人が逃げていてくカマイタチに攻撃をすかさず放つが、それはそれて、カマイタチは彼岸花の中に埋もれて分からなくなってしまった。
カマイタチの最後の悪あがき、とばかりに振り回される鎌の威力に、ぱっと上がる血が地面を濡らし、まずはこの一体を逃さんと攻撃を変えた。
集中砲火を受ければ、流石に耐え切れずその身を横たえた。
それぞれの役割を元に保護がきちんと行われていたため、最悪の事態は回避できたし二体とも逃げる可能性があったにも関わらず一体仕留められたのだ。
「一体逃がしちまったか……」
チッと舌打ちしたゼロに庚が笑う。
「でも、あの状態からここまでできましたし、十分な成果です!」
皆の視線の向こうには、青い顔をしたまま、けれどそこに無事な姿を見せる男性と、転がったままの女性……意識は戻ったのかもしれない。
わずかにその身を震わせる女が無事に居ることを伝えていた……。
●白から赤へ
辺りを見渡せば、一部の彼岸花が無残な姿をさらしていた。
それは、白だけでなく紛い物の「赤い彼岸花」も含まれている。
聖が呼んだ警察もすぐに来るだろう。
男性はまだどこか青い表情を浮かべたまま、ガタガタと震えている。
それはそうだろう。
庚が男に被害届をだすのか、等をきいてはみるが、今はまだ答えられそうにも、そこまで思考が巡るとも思えなかった。
「事情は知らん。めんどくさいから聞きたくもない。でも、欲しかったんはこの花やろ? 手向けに持ってけ」
ゼロから女へ血に濡れた彼岸花が渡される。
「それくらいやったらくれてやる。このままやと花も血も報われんからな」
「…………」
自分の目の前に置かれた彼岸花を女性がぼろぼろと涙を零しながら見詰める。
「女性に何があったのかわかりませんが、野放しにはできませんので」
やってきた警察に庚が説明する。罪とかはこれからだが、今は落ち着いているとはいえ、いつ錯乱状態になるかは分からない。
保護が妥当と思われたようだ。
女はそのまま連行され、男も警察と話している。
「……母親と彼岸花……そのどちらが、娘さんにとっては大事なものだったのだろうな」
私の娘、といった言葉を覚えていたリコリスが呟いた。そして状況を見つめながら、ふと零紀は思う。
(この場所……そして彼女の身に何が起きたんだろうな)
悲しい話は聞きたくはない、それが家族に関するものならば、なおさら。
断片的にきいたそれでは、深い事情を想像はさせれども、確証は得られない。
悲しい話しは、聞きたくない。と再度思う。ふるりと首を振れば、がさりと土を踏みしめる音が聞こえた。
「まったく、いつの時代も問題を起こすのは人間ってことかい」
大きく溜息つき、アサニエルが歩き出す。
片づけをしていた治翠が首をかしげた。
女の意図を知りたかった気もするが、ゼロから渡された彼岸花を見て泣いた女を見れば、不自然な赤い彼岸花の出来た経由も分かった気がした。
そのため、片づけを買って出ていたのだ。
「帰るんですか?」
それに頷き帰っていく。近くで見ていた雪人が空を見上げた。
意図を知りたかった。そして、それは……断片的に理解することは、……できたような気がする。
「……帰ろうか……」
彼岸花達が風に揺れる。
きっと来年も咲き誇るのだろう。
白い、白い彼岸花が。