●星に至る道すがら
太陽が、赤い色を放ちながら山の方へと沈もうとしている中、少しだけ昼よりも涼しくなった風が、肌を撫でていく。
山の上の方ということで、もう少したてば気温は下がっていくだろうか。
日が沈む前にサーバントに会えればいい……と、懐中電灯を片手に瑠璃堂 藍(
ja0632)が思う。
学園から借りたそれが、動きに合わせて揺れた。同じく懐中電灯を持つ龍仙 樹(
jb0212)がぽつりとつぶやいた。
「湖に映る星の海ですか……どれほど幻想的なのでしょうね」
「どうかしら……気になるわよね」
フラッシュライトで辺りを照らし、祖霊符を発動した稲葉 奈津(
jb5860)。実はすでに絵本は読み込んでいる。
絵本のモチーフを見学したいと思っていたので、凄く気になっていた。逆に樹は行く道すがら絵本について考えをめぐらす。
(湖に映った星を捕まえようとした少女、彼女はどうしたのでしょうね)
「この依頼から帰ったら、件の絵本を買って読んでみましょうか」
その言葉に飲み物や軽食が入ったバックを持ち直し、フローラ・シュトリエ(
jb1440)が頷く。フラッシュライトのお陰で、周りも明るい。
「それもいいかもね……」
何を持ってるの? という問いに、にこっと微笑む。
「頂上ではゆっくりできそうだから、そっちの準備もね」
「いいね、ボクも食べたいかも」
そういうエマ・シェフィールド(
jb6754)の手にはバナナオレ。こくりこくりと飲むそれは甘くて美味しい。
これ、結構美味しいよね〜と同意を求めれば、なんでまた? と問い返されて。
「これ? おやつだよ〜。遠足にはおやつが大事だよね〜……あれ?」
それに楽しそうに笑うのは木花咲耶(
jb6270)だ。桜色のふんわりした髪の毛がそれに合わせて揺れる。
彼女はふわっふわの白いわんこ型のサーバントがでるときいて、喜んでの参加だった。だがしかし、喜んでもふもふしたら、ペットにしたくなってしまう。
(悲しいが、許してくれ)
同じくサーバントに思いをはせるのは二人いた。一人はやっぱりもふもふが気になっている小杏(
jb6789)。
そしてもう一人……静かにサーバントに思いを馳せる泡沫 合歓(
jb6042)。
(もしも、出来るのならば)
その瞳が白い何かを捉えた。
サーバントだ!
皆に緊張が走る……。
●星に出会う前に
一歩先にでたのは合歓だ。突然の行動に、皆に戦慄が走る……。
臨戦状態を崩さず、藍が中衛の位置から行動を見守った。
彼女は今までの依頼は戦うのに抵抗がある相手が多かった。
(もふもふ……うん、もっふもふね! とっても可愛いじゃない……! ……っていうか、なに!? 天魔って、なんでこう、(精神的に)戦いづらいのばっかりなの!?)
その気持ちが聴こえたわけでなかろうが。もしもまだ誰も傷つけて居ないのならば。ただ陣取っているだけなのらば。仲良くなれないか、と。視線を合わせ、そっと手を差し出してみる。
「あなたのご主人さまが誰かは知らないですけどもし良かったら、わたし達と一緒に来ませんか……?」
ぐるる……と唸った犬もどきは、ほんの一瞬だけ困惑に瞳を彷徨わせたが、使命を思い出したのだろう牙をむいた。すぐに襲いかかってくることはしなかったが残念ながら、今回は意思の疎通をするのは無理だったようだ。
けれど、その言葉は、思いはきっと届いたのだろう。ほんの一瞬だけの困惑が、それを物語る。
その瞳が、明確な意思をもって逸らされた。樹からほとばしるオーラだ! 身に纏ったそのオーラから目を離せない。
合歓だって戦うと決めたら容赦はしない。二対四枚の白翼で空に舞い上がる。
そこにはすでに臨戦状態だったエマが、もふもふに思いを馳せていた。
(う〜ん、もふもふだね〜、もふもふなんだよね〜)
「交渉の余地は、なかったみたいだね。残念」
その言葉に微笑を浮かべる合歓。様子をうかがいながら背後に回ろうとする木花咲耶を援護しようと、小杏の魔法書から放たれた水の刃が樹に集中する犬もどきにと当たった。
それに合わせて、駆け抜けたのは奈津だ。
「見た目可愛いんだけど〜サーバントなのよね……ごめんね……消えてもらうわっ!」
その表情は、無。感情を見ることはできない。目にもとまらぬ速さでその身を穿てば、犬もどきがグルル! と声をあげた。
白いその足に力がこもり、すぐ傍に居る奈津を弾き飛ばそうとする。木々に囲まれ、味方も多数居るこの空間。後ろに逃げるよりも上! と跳躍した所で、危なくない場所に荷物を置いていたフローラが場を変わり、そのまま剣を突き立てる!
犬もどきはそれを回避し、とんっと後ろに逃げようとした所を、木花咲耶の攻撃が押し戻す。ぐらっと動いた所を影が凝縮した棒手裏剣がその身を穿った。
身を震った犬もどきが近くに居た奈津とフローラを弾き飛ばし、そのまま中衛に居る人に向かって行こうとするそこに割り込んだ影がある。樹だ!
「貴方の相手は私です!」
その言葉に、そのまま樹に向かって牙を向いた。ぎりぎりと牙と盾による攻防する身に、氷の様な物が降り注ぐ。エマから投げられたそれは、白いその身を所々を赤く染める。
「出来れば普通の天使と犬として出会いたかったよ。……あれ? ボクが普通の天使だったらよかったのかな?!」
「いやいや、このままで良かったよ!」
奈津が渾身の一撃を見舞いながらそう言えば、そっかーと声が返った。今回もふもふをしたいメンバーが多々居たが、倒す方に皆集中している。
そのため、すでに犬もどきの足元はふらふらだった。地面に赤い液体が染み込んでいく……。
「これは……かなりのもふもふです!」
防御の際に触れたそれはとってももふもふであった。ふわふっわの毛並みは、指先を優しく包み込む。
もしも、拘束してもふもふを堪能したのならば、また違う楽しみがあったかもしれない。木の陰から攻撃を加えながら、小杏が少々羨ましそうしていた。
「いいな、もふもふ……」
同じく、欲求があるのは合歓だ。背後から白銀の杖にて殴打する。その際、押しやられたその身が………ふわふわが指先にと触れた。少しだけ触れたそれでさえなめらかしっとりもっふもふである。
(もふもふ……です……!)
もっと堪能したいが、それはちょっと無理かもしれない。
(……あの子は天魔だから放っておいたらダメなのよ……そう、倒さないわけにはいかないのよ……!)
藍は自分に言い聞かせる。その悲痛な思いとともに、手裏剣がぐさっとささった。
堪能してばかりではいられない、と樹も緑色の光を宿し、防御から一転攻撃にと切り替える。
それに合わせ、水晶が舞いあがった。回復もしようと思っていが、もふもふを堪能する人も居なかったのでずっと攻撃をしていたフローラだ。
「私、ワンちゃん嫌いじゃないんだけど……どっちかっていうと猫派なのよねっ!!」
まさかの猫派発言である。それに犬もどきは強烈な一撃をくらったからだけでないしょぼーん顔をしていた……ようにも見えた。
そんな感じでもふもふするのを我慢を重ねつつ攻撃を重ねていけば、犬もどきが地面にとその身を横たえる。
絵本を読んだ者が訪れるかもしれない……という木花咲耶の言葉に、頷いた皆は、木花咲耶と共に辺りを見て回るが特に被害はなかった。
周囲の木に攻撃が当たらないように配慮していたフローラや、主に犬もどきを狙い、味方に行かないようにしたそれが功を奏したのだろう。
後で登ってくるであろう人達も、これなら楽しめる。
さぁ、今度はゆっくりと向かおうか、と皆がのんびりと湖に向けて歩き出す。
湖が近いからだろうか? さぁっと皆の周りを駆け抜けた風は、ひんやりしていた。
ひぐらしの声に誘われる様に、一歩、一歩足を勧める……。
●星に近い場所
夕方頃に集まったが、戦いを終え……湖に着いた頃には空には大きな月が星を引き連れて空にと登っていた。
黒いビロードのような空の上に、きらきら瞬く星を散りばめたそれは、とても見事なものだ。周りにビルや車や、街灯の光もない。それは、よりダイレクトに星と月の光を届けてくれるということで。
持っているのは皆の手元を照らす光のみ。
山の上だけあって、星も少し大きく見えた。そして、なによりも。
眼下に広がるそれは、そのまま夜空を写し取り瞳を楽しませる。濁ることないその湖は、余すところなく天上の彩りを身近な物として映し出していた。
「これが絵本にあった星空が映る湖かの!?」
一番に駆けて行ったのは、木花咲耶だ。
夜空と湖を交互に見詰め、凄いのぉと何度も呟く。
自分は天使だから、星がいっぱいの夜空を飛んだことがある。だけど、地に広がる星空は初めてだ。
皆の邪魔にならないように少々離れた場所までいけば、そこから湖の上を歩くように空をゆっくりと飛び始めた。
「ははは、まるで空の星を踏んで歩いているようぢゃ。これだけぢゃもったいないのぢゃ」
どうせならば、小さな小宇宙の周りを歩こう。耳をすませば虫の声。
それを聞きながら、ゆっくりゆっくりと一周を回ろうか。
「わあっ、絵本のとおり……素敵ね!」
「本当に、これは壮観ですね。まさに星の湖、でしょうか」
隣に立った藍が目の前に広がる光景に感嘆の声をあげた。目の前に広がる星空は、本当に美しい。それに頷くのは樹だ。
とある目的のために、皆から離れて歩き出した。皆が鑑賞しているのを邪魔するのは本位ではない。
邪魔にならないと判断すれば、そっとその足を水上に踏み出す。話をきいてから、これだけはやりたいと思っていたの物だ。
一回目はゆっくりと、星を眺めるためにも歩いて。
「……本当に、星の上を歩いているみたい。それこそ星を掴まえられそうね……」
星を踏みしめたら一体どんな音がするのだろう。星を踏みしめながら歩くそれは、まるで物語の世界だ。
二回目は、そうだ、湖上から写真を撮ろう。星を鑑賞している仲間の姿や、皆が良ければ集合写真もいいだろう。
あぁ、ただ一つだけ気をつけないといけないのは。
(湖に落ちないように、効果時間だけは気をつけないとね?)
撮り終わったそれは、皆で見るのも楽しいだろう。
時を同じくして樹も歩き出した。
一周、ゆっくりと楽しもう。
(一番綺麗に見える所は、どこかな?)
一番綺麗に見えた場所で、写真を撮ろう。動画も一緒にとれば、楽しみは何倍にも広がるかもしれない。
学園に戻った後、皆に配ればこの思い出を何度も振り返れる。そうだ、大切な人に渡すのもいい。
さぁ、まずは綺麗な場所を見つける所から始めようか。
持ってきた軽食を隣に置いて、フローラが座って眺めてみる。少し離れた所では、水上歩行している仲間や、空を飛んでいる仲間も見える。
そちらを見た後、また視線を湖に落とせば、風によって水面が揺れる。星達が遊んでいるようにも見えるそれに、ふっと息を零した。
「ここが絵本のモチーフになった場所……いーねっ♪ 綺麗だ☆」
奈津の声が聴こえたのに視線をふと其方にやれば、皆より少し離れた所で、一面の星空の中で踊る奈津の姿だった。
星空の中、踊るその姿はとても美しい。皆が星空に夢中になってみてないと思ったのだろうか? その表情は水面に映る自分を見つめ、どこか納得したように頷く。
が……じっと見ていたのが視線で気づいてしまったのだろうか? ん? とフローラの方を見た奈津の顔が徐々に真っ赤になり、そしてとうとう耳ぐらいまで赤くなった。
「ちっ……違うのっ!! ………今、見たの……忘れて……ねっ? ねっ?」
「綺麗だったよ?」
微笑んでそう言えば、まだわたわたしている奈津にはいっとジュースを渡した。
「あ、ありがとう……」
一口飲めば、落ち着いたのだろう。隣にと座った。それに微笑み、眼鏡を取り出した。不思議そうな表情をするのに微笑みを浮かべる。
「なかなか見られない素敵な光景なんだから、思う存分楽しみたいわね」
「そうよね。……本当、此処は色んな人に見てもらいたいねっ!」
二人頷きあい、湖に視線をやった。
そうだ、きっと……
(こういう経験をして心を豊かにするのも、『あの人』みたいな撃退士になるのに必要なのかもねっ♪)
奈津はそう思った。
依頼を聞いてから、ずっとあれこれと想像して待ち望んでいた光景。それが目の前に広がる。
「ほんとうに素敵……です。 これでまたひとつ……素敵な夢の景色が増えました」
本当に絵本の世界そのままである。見惚れるばかりのその光景だったが、皆が空を飛んでいれば、自然と飛びたいと思うもので。
ふわりと舞いあがったそれは、岸辺からみたときとはまったく違う。
星空に包まれるかのような星空の間に包まれているような、不思議な感覚だ。
時間切れになるまで、空を飛んでいよう。
手に持ったタンブラーは、星を閉じ込めてお持ち帰りをしようと思う。
少女に思いを馳せながら閉じ込めるそれは、きっと素敵な思い出になるに違いない。
同じく空を飛んでいるのはエマだ。湖と空の星両方を目一杯楽しむ。背面で飛びながら暫く目を閉じて飛んだかと思えば、目を開けて天空の星空も楽しむ。
伸ばした指先が、天空の星を掴むことはできなかったけれど。
でも、手の隙間から毀れ落ちるような星たちは、きらきらとその輝きを見せる。
近くを飛んでいた木花咲耶に微笑みかければ、同じように笑みが返ってきた。
星空も、きらきら、微笑む。
小杏は怖いから、とほとりで座ってみていた。
初めて見る光景に心を奪われて夢中で空を湖を交互に繰り返し見詰める。きらきら、きらきら。
天空も、地上も、どちらも星達が瞬く。
記憶がなくなる前もこんな景色を自分は見たのだろうか?
「この光景もまた忘れちゃうのかな……」
そんな小杏の元に、藍が撮った写真が渡される。
「ね、綺麗だと思わない?」
同じ景色がそこにあった。気づかされる。映像があれば、今回の思い出はこうやって残って行くのだと。
そして。
皆のきらきらした笑顔が、例え今日のこの一瞬を忘れてしまったとしても。
きっとどこかに残るだろうことを、伝えてくれていた。
「さぁ、帰ろう!」
その言葉とともに、少々名残惜しいけれど。
またいつか……と星達に見送られながら、帰路につくのだった。