●まずは囮を?
学園へ向かうとある道に、二人の男性が居た。
一人はナイスミドルな男性、変化の術で今回の標的、マロンの好みの姿に変装した紺屋 雪花(
ja9315)である。
服装は夏物紳士服を着ている。
(ゆきは外の世界を大分満喫できたし……そろそろ雪花に体を返してあげようと思うの)
どうやら何かの事情で女性人格に変わってしまっているようだ。
「囮になれば抱きしめて貰えるよねっ」
小声で呟き、ぎゅっと拳を握る。……ナイスミドルの姿だが、まだ標的は現れていない。無防備に歩くのは雪花だけではない。
「……多分な」
ぼそっと呟き返す雫石 恭弥(
jb4929)。
(「乙女な心」か。俺には女装する趣味は無いが彼……いや、彼女も俺と同じ悩みを持っているんだ)
そっと瞳を伏せる。
「出来る限り力になってやらないとな」
そんな中、空の上から探索するのは、亜星(
jb2586)だ。
(乙女の心を持った男性……うーん、人間界の知識は手広く蒐集していたつもりだけれどもそんな世界もあるのか。
「いやはや、これだから人間界は面白くって素晴らしいんだ♪」
ちょっと声が明るい。面白く新しい世界、楽しみである。 空の上から、探す。
ウェディングドレス姿の2メートルマッチョ。見つけやすそうである。
「さぁ、がんばろ!」
地上では。
「そっち居た?」
「いないわ」
そんな会話をする二人が居た。
●見守る人々
一方その頃、塀や電柱の陰に隠れているメンバーも居るわけで。
「ウェディングドレスまで手作りしてしまうその心意気や好し、ですね」
駿河紗雪(
ja7147)がにこにこ微笑みながら言う。ハリセン装備しながら潜む彼女は、それだけじゃなく、もうひとつちょっとわくわくしていた。
「ふふっ、暗くなるとおうちに帰りたくなるのですけれど、たまには夜遊びも良いですよね♪」
夜遊び……? と首を傾げるのはマクシミリアン(
jb6190)だ。ちなみに彼女がなぜかデジカメを持っていたがそれの答えはのちほどである。
珍獣見物の面白半分の参加だったが、みんな意外に真面目で呆れているのは内緒だ。
「何でこんな流れになったんだ……」
だがしかし、やるというからには仕事はする。準備は特にないので。
(するとしたら、心の準備くらいか……?)
未知との遭遇をするからには、心の準備と言う物が必要なのである。
「で、シェリアさんは一体なんで釘バット持ってるんだ……」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が手に持っているのは釘バット。それに、シェリアが真顔で即答した。
「え? そんな物騒なもの何に使うかって? 勿論護身用ですわよ。いえ、本当に」
どこからどうみても護身用じゃないですか! とゴゴゴゴと音がしそうな程真面目である。
「ですよね〜」
と頷くのは落月 咲(
jb3943)だ。
(ふふふ〜、面白い光景(主に男性が困る様子)が見れそうですぅ)
本音は、言わない。
「紗雪ねぇ、シェリアさん、たのし………いえ、まだきませんねぇ」
一瞬本音が出たが、すぐに取りつくろって二人に問いかければ、存分にわくわくしている二人も大きく頷いた。
だがしかしまだ出番ではない。
「乙女なら乙女らしく、乙女のたしなみも覚えなくちゃね?」
猫を抱っこしながら呟くのは百嶋 雪火(
ja3563)。ふわりと指先が猫に埋まる。猫は今回の時用に捕獲された猫である。
今はおとなしく抱っこされているが、はてさて……?
やがて、皆の携帯が鳴った。亜星からの連絡だ!
●未知との遭遇
亜星からの意志疎通により、情報を得たマロン。
「もしもしそこ行く乙女よ、あっちの方にイイ男がいるようだよ?」
突然響いた声にも驚かない。まぁ撃退士ですからね!
「いやぁぁぁんん!! ナイスミドルゥー!!」
物凄い興奮した声がとともに、ドドド! っとやってきたのはマロンだ。一体視力どんだけあんだよ。という豆粒から一気に詰めてきた。
「………?!」
幾ら訓練? された撃退士でも、これ囮をやってると怖い、超怖い、スキル使ってこないとかそんなのチャチな問題である。
2メートルのむきむきマッチョが突進してくる姿は、普通に本能的恐怖が沸き起こる。
咄嗟に息をのんでしまうことぐらいは許してほしい、と恭弥が思ったかどうかは定かではないが、マロンはそんな恭弥もロックオンしている。
「二人とも、アタシのお婿さんになってぇ!」
ぶわっと両手を広げてやってきたマロンの前に立ちふさがったのは雪花である。
雪花は以前参加した依頼でも、ムキムキマッチョな心は乙女の二人組にあんなことやこんなことされたり、ボディービルダー並に筋肉質な女子生徒とベッドレスリングしたりしていたのだ!
そして、アメリカに居た頃はハグやキスは挨拶だった。
(何が起きても今更問題にはならないよね!!)
黒歴史に上塗りという面では問題ありありな気がするが、ナイスミドルが目の前に立ったのを、黙ってみてるマロンではない。
「お婿様ぁん!!」
ぎゅうう!!
「あ、挨拶、だから……っ!」
挨拶にしてはとても強くて骨がみっしみっし言っている気がする。そして、それを目の前で見せられている恭弥に戦慄が走る! だって、これ、ひょっとしたら自分が受けるかもしれなかったんだろう?! ていう瞳だ。
「ま、まずは落ち着け……!」
恭弥が声をかけるが、そんなの聞こえるわけがない!
「あっついベーゼを!!」
「お、落ち着いて?!」
むっちゅぅぅと突き出される唇を、挨拶だから! と意を決して受けようとした雪花。
それは触れたか触れないかの時だった。
「ほらほら、ドレスが破れるわよ!」
雪火が放った刺客、もとい猫が横切って行った。叫びとドレスが破れる、に乙女心が反応して一瞬だけ見た。
そこを見逃すメンバーではない。
「今ですわ! 確保ー!」
シェリアがばぁぁんと指を突きつけた! その隣で、紗雪と咲が二人で持っていた網を持ち上げた。
「おや……これまた強烈な見た目ですねぇ」
ぼそりと呟くのは御愛嬌である。
「行きますよ、咲ちゃん、シェリアさん♪」
「はい♪ 紗雪ねぇ」
ばぁんと投げたのは、障害物走とかで使う網だ! 学校から拝借してきたそれはとても大きかったので。
「そうそ……いや、大丈夫そうだね」
亜星がぼそりと呟く。空の上から指示を出そうと思っていたが、でかいのでカバーできそうである。
「な、なんで俺まで……!」
「きゃぁっ」
分かっては居ても巻き込まれれば声がでてしまうものだ。そりゃ近くに居ましたもん。な恭弥まで巻き込まれている。
「あら、ごめんあそばせ」
しらじらしい台詞に聞こえるだろうが、本当にそう思う。
「な、なにぃ?! でも、こんなに近く……v 二人とも、アタシの愛を受け取ってv」
網に引っ張られる形で、二人を押し倒す形になったマロンがなんだかこれ勝ちのような気がする! ぎゅううっとどさくさにまぎれて抱きついた。
「はいはい、一旦おとなしくして頂戴ね。マクシミリアンさん、手伝って?」
怪我をさせないようにと包帯を持ってきた雪火が身動きとれないマロンを縛りあげる。
「く、食われない……?!」
マクシミリアンがびくびくしながら一緒に包帯を巻いていく。
「大丈夫よ」
多分。と心の中で呟く雪火。
「ちょ、あんたたちなんなのよ?!」
「依頼された同じ撃退士だよ」
亜星が降りてきながらマロンにと説明する。それに、マロンが暴れようとしたのを止めた。
「これもまた……改めてみると妙な絵ですよねぇ」
咲が大人しくぐるぐる巻きにされたマロンと、漸く人心地ついた雪花と恭弥をみて呟いた。
●お説教の果て
大人しくなったマロンは、しゅんと座っていた。
「可憐で細くとも芯は強く、そして男性を立てるのがヤマトナデシコだと聞いているよ?」
はい……とマロンがうなだれる。今の自分とま逆だとすぐに分かる。
「少し、強く出すぎたのかもしれないね」
亜星の優しい声音に、頷く近くで
「私も体は男の子なんだけど、心は正真正銘の女の子なんだよ。一緒におしゃれなお店やかわいいお店巡りして楽しもうよ!」
友達になろよ? という雪花にアタシと一緒? と勇気がでたようだ。
「趣味は自由だが、他人に迷惑をかけるな」
自分も同じように趣味で迷惑をかけることもある、だがしかし流石に人に迷惑をかけるのはいけない、と諭す恭弥。
「そ、そうよね……アタシ、ダメな乙女だった!」
乙女じゃねぇよという言葉を飲み込むマクシミリアン。空気を読む、大事である。
「しかし、これで本当に良いんかな? マッチョな漢に洗脳してやった方が幸せなんじゃねえの?」
ぼそりと呟いたのは誰にも聞こえなかったようだ。ここにはマッチョな漢にしようという者は誰も居ないようだ。
「今からマロンさんのお部屋でお話しませんか〜?」
咲のその言葉に否を唱える者は居なかった。
●六月の花嫁
(他のメンツの女子力? とやらに期待する他ねえや。効き目あんのかねぇ)
説得は聞いてくれたけども、とマクシミリアン。とりあえず距離は保つ。
マロンの案内により色々部屋を見て回った皆。それぞれの部屋は乙女チックな装いになっており、洋服も自分で作れるため可愛いのが沢山あった。
「ウェディングドレスも素敵でしたけれど、マロンさんの手は思いを形に出来る素晴らしいものですね。ではそれをどう活かすか……頑張ってみましょう♪」
紗雪がにこっと微笑んだ。
「マロンさん、大胆に殿方に迫る事も時には大事ですが、控えめな乙女を好く男性がいるのもまた事実」
シェリアがそう言って微笑む。マロンが持っていた化粧品だけでもこれはいい化粧が出来るだろう。
強烈なアプローチで殿方を引き寄せるのではなく、さり気無い魅力を引き出して殿方のハートを掴む! それが大事であると力説するのに、マロンが大きく頷いた。
うずうずしていた咲が紗雪とシェリアと一緒に化粧と洋服を見立てる。
「ここはこうした方がいいんじゃない?」
「アタシ、使い方が分からなくて」
あぁ、それの使い方はね、と答えつつシェリアが薄い頬紅をしてやる。その隣では、紗雪と咲が洋服を見立てて居た。
「紗雪ねぇ、こっちのキャミはどうですかねぇ?」
「チラ見せ、いいと思います!」
「これはどうかしら?」
雪火も一緒に参戦して、女子トークが盛り上がる。雪火がさりげなく話の矛先を向けて愚痴も聞きだす傍ら、女子トークと言えばこれである。
「ねぇねぇ、どんな人が好みなの?」
「あ、それ私も気になる!」
亜星もわくわくとしている。この中に居るかしら? 内緒にしておくから教えて? と、感情を隠した笑みを浮かべて問いかければ、ちらっちらと視線は男性陣へ。
ただ、女よ、と言った雪花からは外れていく。すなわち恭弥とマクシミリアンだ。
マクシミリアンがぶんぶん首を振ったので、自然と恭弥へ。見て居た恭弥が首を傾げ、持っていた手製の服と普段持ち歩いてる縫いぐるみの話をする。
それは同じく手製の物を作るマロンには共感できて。話しは、さらに加速する。
「脱毛して、ウエストを締め、顔の凹凸を目立たないようにすればいいんじゃないか?」
顔の凹凸は化粧でなんとかなるだろう。脱毛とは考えて居なかったとマロン。これからはそれらも頑張るという。
「わぁ……綺麗ですね!」
徐々に出来あがって行くマロンに、雪花が微笑んだ。
その近くでは、シェリアと紗雪に変な化粧をして、咲がにやっと笑う。
「マロンさん、これどう思いますかねぇ」
「あらあら、いいんじゃないかしら!」
「どうなってるのかしら?」
「鏡、鏡〜」
慌てて鏡を覗き込む二人を見てマロンが笑う。くすくす笑う姿は、すでに打ち解けて居て。雪花はじっくりと小物を選んでやっている。
「これとか、いいと思います」
「本当?」
マロンがどきどきしているようで、鏡を見たそうだ。
「あ、まだだめですよぅ」
「そうですよ、最後のお楽しみです!」
咲と紗雪がもう少しですよ、と待たせて。
やがて出来あがったのは、女性の階段を登りはじめた一人の女だった。確かにごつい、マッチョを隠し切れていない。ならば逆に見せてしまえ!
夏らしいキャミとガーディアン、そしてちょっと長めのスカート。あまりごてごてしてしまっては逆に堆積が大きくなるからとあえて他は小さくさりげなく。
化粧は凹凸が見えにくくなっている。無駄毛もその場しのぎだが、剃ってあるがまぁ多少青っぽいのは今後だろうか。
皆の意見を取り入れた姿だ。
「これが、アタシ……?」
漸く鏡の前に立つことが許され、全身みたマロンがぱちくりと瞳を瞬かせ、信じられない……と言葉を零す。化粧だってただ塗りたくりゃーいいってもんじゃないし、服装は足し算と引き算が大切である。
「凄く、可愛い!」
亜星がぱちぱちと手叩く。
「自信を持って。君みたいな趣味の人はまだいるし、一人じゃない」
恭弥がぽんと背中を叩く。それに勇気を貰ったマロンが、満面の笑みを浮かべた。
それは、男とか女とか、そういうのじゃなく本当に心の底から微笑む、魅力に溢れた笑顔だった。
「皆さん、ありがとう!」
全力で拒否された人以外、マロンがぎゅっとハグをしていく。勿論、最初の全力ではない。おしとやかな、大和撫子のごとくだ。
「アタシ、間違えてたわ、正しく乙女として生きてく」
それに皆が大きく頷いた。
(かわるもんだねぇ……)
とマクシミリアンが心の中で呟く。
友達もできたしね……とマロンが少し嬉しそうに笑った。雪火から貰った、友情の証……レースで飾られた純白のハンカチが揺れる。
さりげない上品さを醸し出すそれは、確かに今のマロンに似合っていた。
ちなみに、最後そっと手渡されたのは撮っていたデジカメ画像である。
今後、また暴走しそうになったらこの時の暴走をみて? との言葉にマロンが頷いた。
こうして事件は終わったのだった。