●
幼稚園は賑やかな声でいっぱい。
りつき君(jz0021)は手を握っているお父さん(
ja0114)を見上げました。
「お父さん、じゃあ行ってくるね!」
しゃがんだお父さんはりつき君の顔をじっと見ます。
「いいか、知らない人に絶対について行くんじゃないぞ」
「うん。わかったよ!」
手を振りながら、お父さんは目を細めます。りつき君が可愛くて仕方がないようです。
元気な背中を見送ると、門を出て……電柱の陰に隠れます。
(大事な律紀が危ない目に遭うかもしれん。俺が見張っててやるからな! 安心しろ)
『不審者に注意』のお知らせに、お父さんは心配でたまりません。
いつもはママが送ってくるのですが、ママでは不審者と戦えませんね。だから今日は無理を言って、お仕事をお休みしたのです。
廊下に出たところで、りか先生(jz0061)が園長先生(jz0089)に心配そうに聞きます。
「お忙しいのに大丈夫ですか……?」
「まあ何とかなるでしょう」
園長先生の顔が少しひきつっています。今日はさくら組に先生がいないのです。
別名、伏魔殿・桜組。園長先生は大丈夫でしょうか?
「何かあったらお手伝いしますね!」
すみれ先生(
ja6392)が優しく言いました。すみれ先生はすみれ組の先生です。
お部屋までりか先生と並んで歩きます。
「りか先生、お疲れじゃありませんー?」
「……すみません、大丈夫です」
さっきのよそ見を激しく後悔するりか先生です。
「今度一緒にリラクゼーションなんかどうです? 私も肩が凝って困ってるんですよ」
そう言って肩をすくめるすみれ先生。成程、エプロンがはち切れそうな迫力の胸元です。
「あ、はい……ええ、是非」
りか先生は笑顔の裏で格差社会を少し呪いました。
そのとき、エプロンがくいっと引っ張られます。
「せんせいだいじょうぶ?」
むぎこちゃんが(
ja1553)じっと見上げています。しょんぼりして見えたのでしょうか。
「ふふ、大丈夫よ。むぎこちゃんありがとう」
「あしたはきっといいことがあるわよ。これでものんでげんきだして♪」
「えっ。ええっ!? これ、どこからー!」
ノンアルコールビールを渡され、りか先生は大慌て。
むぎこちゃんのお父さんは、お酒を作る会社の社長さんなのです。
お庭ではさんぽ君(
ja1272)が、顔を真っ赤にして何度も花壇を跳び越えていました。
「さんぽ君、何してるの?」
りか先生が声をかけると、さんぽ君はジャンプを止めないまま答えます。
「ニンジャの、シュギョーをして、特訓だよ!」
さんぽ君は立派な忍者を目指しています。
忍者修行の第一歩は、麻の苗の上を跳ぶこと。大きくなる麻を毎日跳び越えているうちに、高く飛べるようになるのです。
でも幼稚園に麻はありません。なのでちょっと名前が似ているあさがおの上を跳んでいます。
「軽々飛び越せるんだもん、ボクきっとニンジャのてんさいだ!」
1日100セットというのはなかなか凄いです。
「そうね、でも忍者は普通の人らしくする練習もしないと。さあ、お部屋に入りましょう」
「はあーい」
さんぽ君はお部屋に入りました。
●
さつき組、別名殺気組。はるひさ君(
ja6843)の笑顔の事ではありません。
「りかせんせい、おはようございます。きょうもきれいですね」
「あ、お、お早うございます」
芸能事務所に子役で所属しているはるひさ君は、大人みたいな挨拶をします。「せちがらいよのなかのかぜ」を知っているので、色々なものを達観しているように見えることもあります。
が、不意にその目がスナイパーの眼差しになりました。だいすきな園長先生が廊下を通ったのです。
(なぜきょうはこちらのほうへ……?)
はるひさ君は園長先生がいつどこを通るか、普段からチェックしています。
窓にはりつき、はるひさ君はさくら組に入って行く背中を見送りました。
「今日はお絵かきをしましょうね」
りか先生は不穏な気配を感じました。
風呂敷包みからお道具を取り出し、かのんちゃん(
jb5186)が防空頭巾の影からじっと見つめています。
そっと見ないふりで、先生は皆に画用紙を配ります。
「みなさんの好きなものを先生に教えてくださいね」
ふわふわの茶色の髪を弾ませて、とうかちゃんが(
ja0292)元気よく手を上げます。
「はいっ! とうかはおとうさんがだいすきです! おおきくなったらけっこんしてくれるっていってました!」
「じゃあ藤花ちゃん、どんなお父さんなのか先生に教えてもらえる?」
「はいっ! おとうさんははずかしがりさんです!」
とうかちゃんは張り切ります。
だいすきなりか先生におとうさんのことを教えてあげなくちゃ!
「でもおりょうりはとってもおいしいです! このあいだはあさごはんにかれーをくれました!
……でもこのあいだおでかけしてからかえってこないのでさびしいです!」
「あら、お仕事なのかしら?」
とうかちゃんはいっしょうけんめい画用紙に向かいます。
めぐむ君(
jb2391)は画用紙を机に置きました。
(僕の好きなもの……? 決まってるじゃないか!)
向かいのすいれんちゃん(
jb3042)を見つめる目は真剣そのもの。
「だいすきなのはー慈! おおきくなったらねー、慈のおよめさんになるのー!」
すいれんちゃんはにこにこ笑いながら、めぐむ君を描いています。
(あぁ今日も彼女はかわいい……!)
めぐむ君ももちろん、すいれんちゃんと結婚するつもりです。
周囲には隠していますが、めぐむ君はいわゆる神童です。
既に綿密な将来プランを立てています。結婚までに恐らく10年はかかるでしょう。それまでにすいれんちゃんを守れる位に強くなって、仕事を見つけて……。
画用紙はいつの間にか『生活設計シュミレーション』のグラフで埋まっていました。
めぐむ君は画用紙をくしゃくしゃと丸めるのでした。
キョウカちゃん(
jb8351)が画用紙を持って走ってきます。
「りかてんてー。うしゃぎたん、できたー、なのー♪」
「あら可愛い。横の黄色いお花はフリージアですね。とっても上手」
「あのね、うさぎさんはね、ふわふわであったかいの!」
キョウカちゃんの横から顔を覗かせるのはしょう君(
jb8432)です。
「ボクはねっ、ライオンかいたんだーかっこいいでしょ!」
しょう君はかっこいいものが好きなんですね。
「とっても強そう、大きな牙!」
りか先生はキョウカちゃんとしょう君の絵を壁に貼りました。
クアトロシリカちゃん(
jb8124)は、るしゃちゃん(
jb3866)の背中にくっついて、るしゃちゃんのクレヨンを持った手をしっかり握っています。
「ここにりぼんつけるとかわいい」
「クゥお姉さまのいう通りです〜とってもかわいいのですぅ」
るしゃちゃんは頬を染めて、女の子のピンクのドレスにリボンを描きました。
「あらとってもかわいい。お姫様かしら」
りか先生が絵を見て言いました。
「るしゃだよ! るしゃはあたしのよめ! これはけっこんしきのドレス!」
クアトロシリカちゃんが大真面目に宣言すると、るしゃちゃんが何故か潤んだ瞳で見つめます。
「え、あ、そうなんですか」
りか先生は深く考えるのを止めました。
傍ではかのんちゃんがお歌を歌いながら、画用紙いっぱいに色を塗っています。先生の知らない歌でした。でもすごい迫力だけはわかります。
わからないと言えば、絵の方もでした。建物のようですが、時計がどろんと流れ落ちてたり、変な枯れ木が生えてたり、ちょっと怖い絵です。
「かのんちゃん、それはなにかしら」
かのんちゃんはぽっと頬を染めました。
「せんせーとあたしの家。35年ローンなの。ぜったい幸せにするのー」
先生は少しめまいがしました。
この3人は別名『さつき組内部派閥ゆり組』と呼ばれているのです。
●
すみれ組のお部屋では、すみれ先生がごあいさつ。
「みなさーん、おはようございます!」
元気な挨拶にもたつひと君(
ja8161)はぼーっと窓の外を見ています。
「……いいてんき……Zzz……」
ちょっと小さいたつひと君は、窓際の席でうつらうつら。女の子みたいな顔立ちなので、おやゆび姫みたいです。
その後ろでは、おしゃぶりをくわえたフレイヤちゃん(
ja0715)が椅子に背中をもたれさせています。
「くく……良い朝だ。我が支配を待ち望むこの幼稚園を、祝福の光が満たしておる」
すみれ組はフレイヤちゃんにとって魔王組です。
フレイヤちゃんの真の名は黄昏魔王104世。3年前に生まれたその日から、世界征服を運命づけられている宿命の御子なのです。
「存分に我を崇めよ! 我に平伏せぇい!」
高らかに宣告しますが、おしゃぶりをくわえたままなので、すみれ先生にはちょっと何を言ってるのかわかりません。ばぶーばぶーという訴えに、優しく笑って声をかけます。
「あらおトイレ? ……あらあら、次はがんばりましょうね」
実はフレイヤちゃんは、まだおむつを卒業していません。椅子にふんぞり返っているのも、おむつが邪魔できちんと座れないからです。
「高貴なる者にとって、世話させるは恥にあらず。急ぎ我のオムツを交換するが良いのだぁ!」
「はいはい、すぐに交換しましょうね。みんなはお絵かきしててくださいねー」
すみれ先生はフレイヤちゃんの手を引いてお手洗いにいくのでした。
きよせ君(
ja3082)がさくら組の窓から顔を出します。
「あれー、えんちょうせんせーだ」
それを聞いて、かぐら君(
ja4485)はポケットからパチンコを取り出し、ひもの張り具合を確かめます。
満足そうににこにこ笑うと、机の陰を密かに移動。
園長先生が入ってきた瞬間を狙って、ひもをグイッと引っ張った……ところで、グイッと襟首をつかまれました。
「やりすぎはあかん」
ちづるちゃん(
ja1613)です。ちづるちゃんは気配を消して人に近づくのが得意なのです。
「やりすぎてないですよ、まだ何もしてませんよ」
にこにこ笑いのままかぐら君がそう言いますが、ちづるちゃんはずるずるとかぐら君を元の席に引き摺って行きます。
「せんせいにハジキうったらあかんっておかーさんいってた。おこられるで」
教育のしっかりしたおうちの様です。
こうして園長先生の安全は、知らないままに確保されました。
「皆さんお早うございます。今日はてつこ先生がお休みなので、代わりです」
「てつこ先生、どうしたんですか」
おさげをきりりと編んだともみちゃん(
ja3600)が手を上げました。
「少しお風邪をひいてしまったそうです。皆もきちんと手を洗ってうがいをしてくださいね」
「「「はーい」」」
元気のいい声が響きました。
「さて、ではお絵かきか粘土遊び、好きな方をしましょう。できあがったら先生に見せてください」
園長先生かなり適当ですが、臨時なので仕方がありません。
さっそくロジーちゃん(
jb6232)とりつき君は粘土をこねはじめました。
りつき君は粘土遊びが大好きです。そしてひそかにロジーちゃんの作品にはいつも感心しているのです。
今日もロジーちゃんは真剣な顔で粘土をこね、四角い塊にした後、へらで穴を開けて行きます。
一体どういう方法で作るのか、立派なお城が出来上がりました。
「すごいなあ!」
りつき君が目を輝かせたその時です。
「……こうじゃないのですわぁっ!!」
「ふわわっ!?」
ロジーちゃんは空手チョップで、出来たばかりのお城を叩き壊しました。
「あたしがつくりたいのは、もっと、アグレッシヴでアバンギャルドでワイルドでゴージャスな……っっ!」
ふるふると肩が震えています。
椅子に斜めに腰掛け、リュシアン君(
ja5755)がふっと笑いました。
「お城はゴージャスだが、アバンギャルドに向かないのじゃないかな」
オーダーメイドで全身を固めたお金持ちのリュシアン君の後ろには、黒服のジョナサンというおつきが控えています。不審者がいるなら仕方がないですね。
「たとえばこう!」
さらさらと画用紙に描くのは、絵本の魔女の家の様な傾いた建物です。
「……ふっ、ぼくのあふれんばかりのさいのうが……にくい」
リュシアン君は絵の出来栄えに満足そうです。
「そうね……」
ロジーちゃんは少し考え、潰れた粘土をまたこねはじめました。
りつき君はリュシアン君の絵を覗きこみます。
「すごいねー、じょうずだねー」
「……ん? なんだ、ほしいのか? しかたないな、くれてやろう」
得意な絵を褒められて、リュシアン君は御機嫌が麗しいようです。
「わあ、ありがとう! あ、でもさ、ここに大きな木とか生えてないのかな」
ぴくり。完璧主義者のリュシアン君、そう言われて描かない訳には行きません。
「しばらくそこで見ていると良い!」
リュシアン君は茶色のクレヨンを一心に走らせます。
その間にもロジーちゃんは粘土をこねています。どう見ても今度はお城ではありません。
「ん。なんとなく……みえてきましたの」
こねこねこね。
ロジーちゃんが手を動かすごとに、お城だった物はだんだん形が無くなり、代わりにでき上るのはかろうじて建物とわかる謎の物体。
でもロジーちゃんは満足そうです。
「できましたわぁぁぁっ!」
「どれどれ、どんな……」
その声に近付いてきた園長先生、笑顔が固まっています。
じっと見ていると不安になるような、何とも不思議なバランスの作品です。
「……でも。なにかたりませんわね。……そうですわっ!」
突然、ロジーちゃんはお外へ走って行きました。そしてすぐに戻ってくると、ペンペン草やタンポポのはっぱを建物の上にいっぱい挿したのです。
「できあがりなのですわっ!! せんせー! かんそうをくださいましっ!!」
きらきら光る眼で見上げられ、園長先生は返答に困っています。
かぐらくんは再び、ポケットのパチンコを取り出しました。
園長先生を撃ちたくて仕方がないのです。これはもうハンターの本能です。
「……あかんていうたやろ」
静かに絵本を読んでいたはずのちづるちゃんがいつの間にか傍にいて、パチンコを押さえました。
絶好のチャンスだったのですがしかたがありませんね。
●
お休み時間になりました。
「うんしょ、うんしょ」
みそぎ君(
ja5265)が何か運んできます。お気に入りのペンギンの着ぐるみがとても邪魔そうです。
「よいしょお!」
なんとトランポリンです。みそぎ君はそばのジャングルジムによじ登ります。
みそぎ君はチャレンジャーなのです。日々新たな事に挑まずにはいられないのです。
「かざむき、よしー。しかいりょーこー。つくよみ みそぎ、いきますっ! とうっ!!」
みそぎ君はジャングルジムの上から飛び降り、トランポリンの上でぽーんと弾みます。
むぎこちゃんが腰を浮かせました。でもたつひと君と絵本を読んでいたので、ちょっとがまん。でもたつひと君はよくわかっています。
「むぎこちゃん、いっていいよ。タックンはここにいりゅからきにしないで」
たつひと君は聞き分け良くこくりと頷きました。
「えっと、じゃあ、絵本あとでね?」
むぎこちゃんは全速力でジャングルジムに走って行きます。
「あたしもやるー!!」
「ここはてきのアジトなのー! わるいおばけがいっぱいいるのー!」
ともみちゃんがジャングルジムに掴まりながら、見えない敵を定規の剣で薙ぎ払います。
気分はテレビのヒーロー開拓者、そして撃退士です。
忍者もいました。
「ニンジャの修行する人、この指止まれー!」
さんぽ君はそう言って滑り台を反対側から駆け上がります。普段あさがお跳びで鍛えているだけあって、とっても身軽です。誰もついていけません。
「どとんのじゅつー!!」
昇った滑り台を降りると、今度は砂場にすごい勢いで穴を掘ります。
みんな走り回るうちに、お互いが見えなくなってきます。
「とうー!!」
むぎこちゃんがトランポリンに向けて飛び降りると、まだそこにはみそぎ君がいました。
「うわあああ!?」
「きゃあああ!?」
ふたりはごっつんこ。みそぎ君が着ぐるみを着ていたので、大したことはなかったみたいです。
「ふえ……ふわぁ〜〜〜ん」
でもびっくりしたるしゃちゃんが、泣きだしてしまいました。
「このお、るしゃなかしたな!!」
クアトロシリカちゃん、これには黙っていられません。お稽古で習った空手のポーズをびしっと決めて、トランポリンに飛び乗ります。
「女の子泣かすなんて、ゆるさないんだから!!」
正義感の強いともみちゃんも乱入です。トランポリンの上は、デスマッチ状態。
それを見ているうちに、すいれんちゃんもなんだか怖くなってきました。
「慈ー、慈ー、どこー……?」
大好きなめぐむ君が見当たらなくて、すいれんちゃんは泣きだしてしまいました。
「うわあああん慈ー!!」
「だいじょうぶ、ここにいるよ!」
めぐむくんはちょっとお手洗いに行くのもひやひやモノです。
手をつなぐと、すいれんちゃんはやっと泣きやみました。
「やめなさいー!」
園長先生が走ってきました。
さ「……わわわわ、ボク悪いことしてないよ、ニンジャの特訓してるだけだよ!」
ク「るしゃなかしたんだもん」
む「遊んでただけだもん」
と「わるものやっつけてただけだもん」
口を尖らせる子供たち。園長先生はトランポリンにぎょっとしたようです。
「これはお外で使っちゃいけません。ああほら、るしゃちゃんが怖がってるから一緒にいてあげなさい」
「はぁーい」
クアトロシリカちゃんは園長先生に頭をなでられ、素直に頷きました。
男の子みたいに元気なクアトロシリカちゃんですが、実はイケメンの大人には結構素直です(やったね園長先生、今回イケメン枠だよ!)。
フレイヤちゃんは、騒ぎを誰もいないすみれ組のお部屋から見物しています。
「ふ、無邪気なものよ」
フレイヤちゃんは魔王です。
魔王は孤独なのです。孤独が魔王を強くするのです。
でもフレイヤちゃんもまだみっつ。やっぱりお友達だってほしいのです。
というかもしかしてこのまま一生ひとりぼっちとか、あんまりにも……あんまりにも……
「ふぁ……ふえええええん!!」
その泣き声に、さくら組のお部屋からお庭を見ていたリュシアン君はびっくりしました。
(ふん、ぼくはやらないぞ、あんなやばんなあそび!)
お友達を見て思いましたが、本当はちょっとうらやましかったり。
リュシアン君は見た目も頭脳も完璧ですが、走ったり跳んだりは苦手みたいです。
なので泣きだしたフレイヤちゃんに気付くと、優しく話しかけました。
「可愛い顔が台無しだよ、おじょうさん」
さすがフランス人(ハーフ)です。女の子の扱いは慣れています。
フレイヤちゃんは目をごしごしこすります。
「……その絵本を寄越すがいいのだぁ!」
「じゃあいっしょに読もうか」
リュシアン君は持っていた絵本を広げ、フレイヤちゃんと並んで座りました。
きよせ君も大騒ぎは苦手です。
「だってけがしたらおこられちゃうじゃん……?」
女の子と遊んでいる方が怪我はしませんね。
というわけでさつき組に出張して、おままごとの輪に加わります。
「りかせんせーおれのかのじょやってー」
「彼女……?」
りか先生は暫し悩みます。なんだか「お父さんお母さん」より「彼女」の役割は生々しいですね。
「あたしはあなたにとって単なる妻。外に作った女のほうが可愛いんでしょう!!」
突然不穏な台詞を吐いて、かのんちゃんがエプロンで顔を覆いました。
昼ドラ台詞に、りか先生がびびっています。
一方できよせ君は修羅場に慣れているのでしょうか。
「またこんどにすっかー……」
ふわりと笑うと、極めて自然にその場を離れました。
きよせ君は園長先生のお部屋へ向かいます。
お部屋のソファで、先生にくっついて眠るのはとっても気持ちがいいのです。
「えんちょーせんせー……あれ」
部屋には先客がいました。はるひさ君です。
ソファにならんで、絵本を読んでもらっていました。
「……じゃあぼくはそろそろしつれいします」
きよせ君に気付いたはるひさ君は、大人びた口調でそう言うと、絵本を閉じます。
「でも園長先生、そのかわりに。こんどいっしょにこうえんでプリンをたべましょうね」
子役で鍛えた完璧な笑顔。手入れの行きとどいたサラサラの髪。まさに天使です。
「公園……?」
「だめですか?」
はるひさ君の笑顔が一転、目に涙を溜めます。涙も笑顔も自由自在。はるひさ君コワイです。
「いや、その」
「だめですか?」
まるでちょっと昔のRPGのお姫様です。うんと言うまで質問がえしです。
「はいはい、じゃあ今度」
「じゃあゆびきりです」
小指を絡めてゆびきりげんまん。はるひさ君は満足そうに部屋を出て行きました。
「……」
入れ違いに入ってきたきよせ君は、ソファによじ登ると、園長先生の大きな手をしっかり抱えて寝転びます。
「お友達と遊ばなくていいのかな」
軽くポンポンと体を叩く手と、くっついた体から響く声。きよせ君はすぐに安心して、うとうとします。
●
若いお巡りさん(
ja1215)が白い自転車をこいでいます。
「いい天気なのですよー。でも春先は、色々と危ない人も多いですからねー」
幼稚園の周辺を重点パトロール中なのです。
そのとき、お巡りさんの帽子に隠れている頭のてっぺんで、何かがみょんと反応しました。
「……なんなんでしょうねー?」
お巡りさんは電柱の陰に隠れる人を見つけました。
「あ、すみませんちょっといいですかー? ここで何をしていらっしゃったのでしょうかー?」
「えっ」
男の人が幼稚園を覗いているのです。めちゃくちゃ怪しいです。
「ちょっと交番まで来て貰いましょうかー?」
お巡りさん、笑顔ですが目が怖いです。
「ご、誤解だ! 俺は……」
そのときです。がらんがらんと大きな音がしました。お巡りさんの足元に、お鍋が転がってきます。
見ると、若い男の人(
ja5378)がぷるぷる震えています。
なんだか大きな荷物を背負っています。これもめちゃくちゃ怪しいです。
「……ふたりとも、ちょっとお話を窺いますよー?」
お巡りさんがじりじりと近付いて行きます。
その頃。
幼稚園のすぐ傍のビルの屋上で、おじさん(
ja7273)が立派な望遠鏡を覗き込んでいました。
「グフフ、やはりお休み時間はいい……」
足元に置かれたノートが風でぱらぱらとめくれます。
―――
○月○日 この力は力無き、ょうじょ&しょたぼーいを見守る為に
●月○日 さくら組のりつき君があくびを5回連続でしていた、かわいい
△月×日 さつき組のとうかちゃんの絵が上達している、頭を撫で回して褒めたい
……
○月○日 キョウモ セカイ ハ ヨウジョ&ショタ デ イッパイ デシタ
―――
おまわりさん、どう見てもこの人です。
そのとき強い風がビュウと吹き、おじさんのノートが飛びました。
「ぬおっ!? ワシの【ノートオブじゃすてぃす】がぁああ!!」
おじさんは大きなお腹にもかかわらず、身軽にジャンプ。ノートを掴みます。
が、そこに床はありませんでした。
「ぎゃあーーー!!」
おじさんは低い木や草が生えた空き地に転落します。
転がったおじさんを、キョウカちゃんとしょう君がじっと見ていました。
「おっきーおなかー、なのー!!」
キョウカちゃんが目をキラキラさせたかと思うと、不意にとびつきました。
「もちもちー! もちぽんなのー!!」
キョウカちゃんは弾むお腹の上でキャッキャと笑います。しょう君は少し怪しいなと思いましたが、キョウカちゃんがあんまり楽しそうなのでついに自分も飛びつきます。
「う、うおー! やわらけー!!」
もちもちぽんぽんもちぽんぽん。
おじさんはふたりにしがみつかれて、恍惚の表情です。
その様子を見ていた目がありました。
ちづるちゃんとかぐらくんはお休み時間には、屋根に登って絵本を読んでいるのです。
ちづるちゃんはこどもケータイを取り出しました。
「もしもしえんちょー先生? ふしんしゃです」
「不審者ー!?」
物静かなちづるちゃんの通報に、園長先生がびっくりした様子です。
幼稚園は大騒ぎになりました。
「あれは撃っていいですか?」
にこにこ笑いながらかぐら君がパチンコを構えます。
「ん、しゃあないな」
こくりとちづるちゃんが頷きました。
「では」
ぱちーん。
「いてーーーっ!?」
かぐら君の必殺の一撃が、もちぽんおじさんの頭に当たります。
「みんなー、こっちへ!!」
青ざめたすみれ先生が箒を構えています。怖いけど皆を守るつもりです。
「女の子と小さい子は皆園内にー! みそぎ君、園長先生呼んで来てー!」
ともみちゃんは泣きだした子を助け起こし、逃がしてあげます。
「すぐによんでくるよ!!」
みそぎ君が走って行きます。
やがて血相を変えた園長先生が走り出て来て、柵を乗り越えて行きました。
そこにはお巡りさんも来ていて、お腹の大きな男の人が、男の人ふたりに締め上げられています。
「このノートはなんだ!!」
「説明して貰いたいね〜」
お巡りさんはふたりを放っておくと、もちぽんの人が危険な気がしました。
「随分懐かれてたようですけどもー。幼稚園の人じゃないんですかー?」
「関係者だ! ワシはそう、ラフレシア組のもちぽんだ!」
「そんなのありません」
園長先生、突っ込みハリセンで、すぱあんともちぽんをはたきます。
「ええと、じゃあこちらは……?」
お巡りさんはふたりの男の人を見ました。
「ああ、律紀君のお父さん、どうされました? それとそちらは……」
「星杜藤花の父です〜」
はりついた笑顔がぷるぷる震えます。
握っていたノートが証拠となって、もちぽんおじさんはお巡りさんに連れて行かれました。
めぐむ君はすいれんちゃんをぎゅっと抱きしめて、不審者からガードしています。
「……あんなものを見たら目が汚れます」
「慈がそういうならみないー」
すいれんちゃんはちょっとうれしそう。
キョウカちゃんとしょう君は園長先生に怒られてしまいました。
「知らない人のお腹に乗ってはいけません」
「ごめんなさいー……」
ちょっと反省です。
●
とうかちゃんがお父さんに抱きつきました。
「おとうさんどうしたの? さびしかった!!」
「ごめんね〜」
実はとうかちゃんのお父さんは、少し前の父兄参観の日に幼稚園に来たのです。
でも沢山の大人を見ているうちに、ご挨拶が怖くなってしまいました。それでもじもじしているうちに、参観日は終わってしまったのです。
ちょうどその日はお仕事もクビになった日でした。お父さんは料理人なのですが、大人同士の付き合いやお客さんとのお話が苦手で、いつも失敗してしまうのです。
色々重なって家に帰りそびれ、お父さんは道具一式を背負ったまま徘徊していました。
「とうかおとうさんのかれーがたべたい!」
「えっと〜……」
お父さんは縋るような目で園長先生を見ました。見ました。見ました。
「……良ければ調理室を使ってください」
園長先生根負けです。
お昼になりました。
リュシアン君はおつきの黒服を呼びます。
「おなかがすいたぞ! きょうのひるごはんはなんだ!」
さっと出てきたお弁当はとっても豪華。
「……めいんは、さーろいんすてーきか」
悪くない。そう思った時でした。
「……!! こ……こんにゃまじゅいごはんをちゅくるなんて……だれ! ごはんをそまちゅにしたのは! せきにんしゃでちぇこい!」
普段はどこかぼんやりしているようなたつひと君が立ちあがったのです。
どうやらたっくんは給食がお気に召さなかったみたい。
「こんにゃまじゅいごはんちゃべるくらいならタックンがちゅくるの!」
リュシアン君はふっと笑うと、ステーキを分けてあげました。
「えんりょすることはない。なんなら、ぼくのぶんまでやるぞ!」
そこにカレーの匂いがしてきました。
「やっぱりおとうさんのかれーはおいしいです!」
とうかちゃんは嬉しそうに頬張ります。
でもこの後、気をつけていなければなりません。今日は絶対一緒におうちに帰るのですから。
(どうやらここの給食は、あんまり美味しくないようだね〜……)
お父さんは一生懸命にカレーを作りました。
皆が美味しいと言ってくれたら、この幼稚園でお仕事できるかもしれない。笑顔の裏でちょっと腹黒い、そんなとうかちゃんのお父さんです。
「こぼさないようにね」
めぐむ君がすいれんちゃんと並んでカレーを食べます。
「うん。あのね、慈ー」
「なあに?」
「すいれんね、慈だいすきー!」
目を見開いた顔はやっぱり可愛くて。めぐむ君はおやつの苺をすいれんちゃんに分けてあげます。
「十年後も、好きでいてくれる?」
「ずっとずっとだいすき!」
大好きな苺と大好きなめぐむ君。すいれんちゃんはにこにこ笑いました。
楽しかった幼稚園もお帰りの時間です。
りつき君はお父さんの手を握ってにこにこ笑います。
「今日はお迎えもお父さんだねー!」
「……うん、さあ帰ろう」
お父さんは一発ぐらいあのもちぽんを殴っておくべきだったかと、まだ後悔しています。
ともかく律紀が無事でよかった。明日は仕事に行けそうです。
「皆さん帰る時間ですよ〜」
すみれ先生が見回ります。
「はーい」
飼育小屋で子ダヌキと子狐と遊んでいたかぐら君とちづるちゃんも、ちょっと名残惜しそうにぱたぱたと膝を払って立ち上がりました。
「せんせーさようならー」
「はいさようなら」
りか先生は皆を見送ります。
「さようならー」
きよせ君はひとりで手を振って帰ります。
「きよせ君、気をつけてくださいね」
「だいじょぶ。子供ケータイ持ってるし」
きよせ君のおうちの人は忙しくて、わがままは言えないのです。
「じゃあそこまで一緒に帰るとしようか」
園長先生が笑いながら手を差し出しました。
「……うん」
しっかり手を握って、きよせ君は頷きます。
さようなら、また明日。
賑やかな笑顔を先生たちが待っています。
<了>