●顔合わせ会
学生食堂の隅に、どこか緊張感が漂う一団が陣取る。
「高田先輩、結婚式に参列する皆さんです」
大八木 梨香(jz0061)が色々端折って紹介した。それぞれ学年・氏名などを簡単に名乗って行く。
「当日以外にも時間を取ってしまって悪かったわね。ともかく、受けてくれて有難う」
高田薫が深々と頭を下げた。
「よろしくお願いしまーす」
明るく返しつつ、天谷悠里(
ja0115)はそっと薫の様子を窺う。
(よ、呼ぶ人いないからサクラってホントにあるんだ……)
マリッジブルーとやらの原因もその辺りにあるのかもしれないと思う。
竜見彩華(
jb4626)は屈託のない笑顔を向けた。
「後輩として、先輩の門出を全力でお祝いします!」
「今日は高田お姉様と、式までにひとつでも本当の思い出を作っておこうと思ったのおんっ」
歌音 テンペスト(
jb5186)が笑顔を向けた。
そこに嘘はない。集まった全員が同じ気持ちだった。
(サクラといえばサクラだけど……胸張って後輩枠で出られるくらいに仲良くなれればいいなっ!!)
悠里が心の中で拳を握る。
どうせ出席するのなら、単なる雇われでは勿体ないではないか。
巫 桜華(
jb1163)が用意していた包みを開いた。用意してきた手作りの点心を皆に勧め、茶を淹れる。
「晴れの佳き日を一緒にお祝いできるの、嬉しいのネ!」
「ここに居る全員が、高田さんの幸せを祈っています」
小桜 翡翠(
jb7523)も静かに頷く。
「どうも有難う」
どこか暗い影は消えないものの、薫は笑みを浮かべた。
その表情に、九条 白藤(
jb7977)はきょとんとして小首を傾げる。
(まりっじ、ぶるーなん……? 何の不安あるんかなあ)
勿論、結婚する人の悩みは結婚する人にしかわからないのだろうと思ってはいるが。
お茶を啜りつつ、打ち合わせが始まる。
「高田先輩、私は部活の後輩というのが一番自然かと思うのですが如何でしょう」
梨香が尋ねた。
「そうね。何の部活にしたらいいかしら」
「あの……『文化交流部』とでもしたら如何でしょうか?」
礼野 静(
ja0418)が控え目に提案する。
今日の顔合わせに先立ち、依頼参加者一同で話し合った。そこで判ったのだが、今回のメンバーはそれぞれ特徴的な文化系の特技を持っている者が多かったのだ。
それはいいのだが、余りにも方向性がバラバラだった。
「この学園だったら少々変則的な部活もありますから。自分の好きな事を紹介すると共に、別の文化活動に触れたりする部活ということなら、何とかまとめられそうに思うのですが」
そう説明しながら静は薫の内心を読み取ろうとする。
事前に聞いていた、多少投げやりな『とりあえず式を乗り切れたら』というのは本心なのか。
(……体面とかもあるでしょうけど……それで、満足なら宜しいのですが……)
だが薫は微笑を浮かべ頷くだけだった。
「あなた頭がいいわね。確かにそれなら自然だわ」
「あの、高田さんの学科とか、趣味とか、教えてもらってもいいでしょうか?」
悠里が身を乗り出した。
「趣味ねえ……読書、運動、昼寝……?」
昼寝? 悠里は一瞬たじろいだが、めげない。
「どんな本を読むんですか?」
「んー……経済、法律関係が多いかしら」
しーん。
沈黙が訪れる。
ここらで薫に友達がいない理由が大体見えてきた。
場の空気を読んで他人に合わせることが苦手な性格らしい。
これだけお膳立てされて、結婚式の盛り上げに程遠い事を言い出す位に。
「あ、そうだ。余興で音楽でもと思ってるんです。音楽は聞かれませんか?」
悠里は頑張って話題を繋いだ。
「そうね、自分では余り聞かなかったのだけど。彼に勧められて、聞いたりするのはあるわね」
薫が数え上げたのは、クラシックから洋楽、Jポップス、ジャズまで、随分幅広かった。悠里は頷きつつ、メモを取る。
「そういうのって、やっぱり、デ、デートの時に聞いたりするんですか!」
彩華が勢い込んで身を乗り出す。恋バナにたどり着きそうな流れは逃さない。
紅潮した頬に、薫が笑いだしそうな表情になる。
「そうねえ……私がこっちに来てからあんまり機会はないけど、ドライブの時は?」
ようやく会話が成立し始めた。
新郎の野村氏は、最初に配属された部署の先輩だったこと。ライバル心むき出しの者の多い職場で皆を食事に誘ったりする、ムードメーカーだったこと。はじめは薫の性格もあり、それが非常に面倒くさく思えたこと。
桜華が頷く。
「素敵な方なんでスね!」
これまで自分の物だった人生を、誰かに委ねることに不安を抱くのは当然だと思う。
その不安を言葉に出して誰かに伝える事で、心の揺らぎが消える事もあるだろう。
一人は気楽だ。
けれど、家庭を持つということは、きっと今までとは少し違ったものを人生に与えてくれる。
それはきっと、薫だけではない。相手にとってもそうなのだ。
「護るべき人、護ってくれる人ができるのは、とっても幸せな事、思うでス♪」
そんな他愛のない話に星杜 藤花(
ja0292)は控えめに相槌を打つ。
藤花はつい先日、ずっと好きだった人と入籍したばかりだ。
薫が何を迷っているのかは判らないが、不安になる気持ちは少しわかるような気がするのだ。
少なくとも藤花は、怖かった。大きな幸せが実現することがどこか信じられなかったのだ。
(でもやっぱり、結婚って、素敵な門出ですからね)
彼女を選んだ人と、彼女が選んだ人。パズルのピースみたいに噛み合ったからこそ、結婚という結論に辿り着いたはずだ。
今幸せの中にある藤花は、もしも薫が幸せを前に臆病になっているなら、背中を押してあげたいと思うのだ。
ここでそれぞれの役割分担を決めることにした。
「私は唯一の男性メンバーなので、不自然がないように高田さんの従兄弟を名乗って参加していこうかと思う」
穂原多門(
ja0895)が手を上げた。厳めしい表情と巨躯のイメージに反する、穏やかな声だ。
(高田も苦肉の策だったのだろうな)
恐らく女性にとって結婚式は、人生最大の晴れ舞台だろう。
そして多門は傍らの桜華を意識せざるを得ない。
「それとその、桜華とは高田さんの紹介で知り合った恋人同士……といった設定で」
桜華はにっこり微笑んだ。
「では、苗字も違いますし、全員が後輩と言うのもどうかと思いますので……私も母方の従妹、という事にさせて頂けたらと思います」
静が詳細を詰めて行く。
「高田さんのご両親のどちらかの妹がわたくしの母で、遠方に嫁いだので互いに学園に来たと知るまでは殆ど交流は無かった従妹、と言った辺りでなら不自然ではないかと」
そして静は薫の反応を待つ。
何か両親のいないことに事情があったのなら、余り親戚関係に触れるのは良くないかもしれないと思ったからだ。
だが特に薫が不快な様子を見せることも無かった。
歌音がそれを待って提案する。
「お姉様っ、ご両親の写真はあるのおんっ?」
「写真……?」
薫が不思議そうに訊き返す。
「ご両親に写真で出席して貰ったらどうかと、思うんですよっ!」
できれば当日には席も用意して。きっと存命であれば、一番出席したかったはずの人達だからだ。
「……少し若くなっちゃうわね。でも用意しておくわ」
薫の了承を得て、打ち合わせは続いた。
●祝宴
当日は晴天に恵まれた。
「本日はお日柄もよく」
会場の受付には制服姿の静と歌音と梨香が並ぶ。
「お忙しい所有難うございます。こちら、宜しければお願いします」
静が丁寧に挨拶し、金縁の小さなカードと緑色のペンを手渡す。
彩華の提案で用意されたもので、来場者にメッセージを書いて貰い、後でツリーに飾りつけるのだ。
「……礼儀とか自信なかったから、大八木お姉様と一緒で心強いぴょん♪」
歌音が梨香に身体をくっつけた。
「礼野さんがいらっしゃるので、私も助かります。でも歌音さん、全く緊張していないように見えますよね?」
梨香が笑う。実はガチガチに緊張していたのだ。歌音が声をかけてくれたことで、それが少しほぐれる。
「後で旦那さんにも何か書いて貰いますね!」
彩華がカードを持って走って行く。
(……余りにもデリカシーに欠けることを書いたら、書きなおして貰わなくっちゃ!)
予備もしっかり握っている。
ピアノの前では悠里が強張った顔で座っていた。
(な、なんかちょっと緊張する……!)
淡い水色のドレスに、髪には水色のリボンを飾った悠里は、ひとつ深呼吸をしてひやりとした鍵盤に軽く手を添える。不思議と気持ちは落ち着いた。
時間にはまだ早いが、優しい音色のワルツを弾きはじめる。
ワルツは一人では踊れない。これからペアで生きて行く二人へと届ける曲だ。
控え室にもその音は届いた。
「今日はどうぞ宜しくお願いします」
新郎の野村が丁寧に挨拶して回る。
「薫先輩から、野村さんの事うかがいました! お幸せにっ」
「はは、有難うございます」
彩華の祝辞に応える屈託のない笑顔が、ある意味薫と対照的に見えた。
「ご主人、素敵な人やね? 器の大きそうな人でv」
白いドレスに身を包みながらどこか上の空の薫に、白藤がそっと耳打ちする。
「薫さんが愛した男性なんやろ。自信持って。幸せは二人で作るもんや、与えられるだけでも、与えるだけでもないで?」
軽く肩を抱くように囁くと、白藤は用意してきた花を髪に飾る。
藤紫に白い桜と蝶の舞う艶やかな振袖から出てきたような、白い胡蝶蘭の花だった。
花言葉は『幸せが飛んで来る』。薫のブーケと髪にも、新郎の胸にも、同じ花が飾られていた。
「翡翠さんの声も、悠里さんの音も素敵やし、楽しみや♪ がんばろや?」
白藤は翡翠にも花を渡した。
「うちとお揃いとか、あかんやろか…?」
「有難うございます。もちろん、喜んで飾ります」
翡翠の赤いチェック柄のドレスの胸元に白い蝶がとまる。
学園では見慣れた天使も、一般人にはどう受け取られるかわからない。翡翠は人間に見えるように注意を払う為、他のメンバーとはまた違った緊張を強いられていた。
だが、仲間と一緒なら大丈夫。
白い花を飾った胸が少し暖かく思えた。
「では行きましょうか」
「うん♪ 悠里さんの分もあるんやけど、飾ってくれるかなあ」
「きっと喜んでくれますよ」
時間になった。会場に人が移動して行く。
簡素な人前式の為、指輪の交換を済ませ、サインした結婚証明書を新郎新婦が広げて見せて、式はひと段落。
薫の両親も写真の中から見守っているようだった。
新郎の友人が乾杯の音頭を取り、祝宴開始。司会の進行に従い、祝辞を述べる人にマイクが回されて行く。
「薫さん、今日はおめでとうござい、ます」
親族代表(設定)の多門が、たどたどしいながらも真摯な挨拶を述べた。
拍手と共に着席し、ようやく息をつく。仕事の大半が終わった気分だ。
「お疲れサマ! 後はゆっくりご飯でも食べて」
小声で桜華が労う。小麦色の肌を惹き立てる白いドレスに、結い上げた髪にはマグノリアのコサージュが揺れている。
「ああ。……でも桜華の用意してくれる飲茶程じゃないと思うが」
多門は軽い咳払いで最後を誤魔化した。
正面では、藤花が余興の書道を披露している。
柔らかな薄紅色のワンピースの腕が躊躇い無く動き、広げた紙の上に墨跡を残す。
二人の門出に送る、鶴と亀。書と水墨画を組み合わせた即興の作品だ。
「どうかいつまでもお二人が幸せでいられますよう。それを祈っています」
何も怖がらなくていい。幸せになってもいいのだと。
全てを包み込むような笑顔が、そう言っていた。
出し物の最後は、悠里の弾くピアノに合わせて翡翠と白藤が歌う祝婚歌。
「年齢は離れとるけど。薫さんは頼れる姉さんみたいな人でな……♪」
白藤が自己紹介を兼ねて、簡単に祝辞を述べる。母親仕込みの堂々たる振る舞いだ。
「……おめでとうさん。きっと、素敵な夫婦になることを祈っとるわな? ……ということで、曲は薫さんから教えてもろた、旦那さんお勧めの曲です」
悠里のピアノが優しい旋律を奏でる。二人が歌いやすいよう、キーやテンポも調節ずみだ。
事前にしっかり練習したお陰で、翡翠と白藤の声も綺麗に重なった。
拍手に包まれお辞儀をしつつ、悠里はほっと一息。ようやく薫を見る余裕ができる。
(いいなー、お嫁さん。ウェディングドレスも綺麗だし。教会なんかでの挙式もいいけど、こういうところでの小ぢんまりした式もいいよね)
未来の選択肢を胸に、席へと戻っていく。
多くの拍手と笑顔に包まれて、新郎新婦が並んで立つ。
先に新郎が列席者に対し礼を述べた。
そしてマイクが薫に手渡される。薫はほんの少しの間の後、真っ直ぐ顔を上げて語り始めた。
「……今日はどうも有難うございます。こんなことを言っていいのか判りませんが、本当は私は今日までずっと迷っていました」
それは、薫の本音だった。
一度就いた職業を、撃退士になったことで諦めたこと。
その撃退士を、結婚することで辞めること。
大事な仕事を二度までも捨てることに迷いがあったのだと。
「まだ撃退士を続けられる自分が、任務を捨てて出て行っていいのかと。でも今日、本音はそうではないと判ったのです」
薫が微笑みながら、自分の親族席に座る一同を向いた。
「私はきっと、あの学園を去りがたかったのだと思います。素晴らしい友人達のいる、久遠ヶ原学園を」
薫は視線を移し、新郎を見つめた。そして前を向く。
「これからはこの人と一緒に生きて行く中で、自分に何ができるのかを考えて行きたいと思います。良かったら皆さん、これからも相談に乗ってください」
旅立ちを模した、人垣の間を進む新郎新婦。
フラワーシャワーがおめでとうの声と共に降り注ぐ。
「末永くお幸せに、でス♪」
桜華が両手いっぱいに掬った花びらを撒く。
多門は高い位置から花びらを降らせつつ、傍らの桜華をそっと見遣った。
(……いつかは俺達もこんな時を迎える事が出来るのだろうか……)
ふと顔を上げた桜華とぶつかる視線。
思わずぱっと逸らしたが、桜華もほんのりと頬を染めていたことを多門は知らない。
ただ、触れる暖かさが心地良かった。
「大八木お姉様……」
見送りながら、歌音が何故か梨香の手を握り指を絡めた。
「はい?」
「あたし、お姉様とこんな風な幸せな式を挙げれたら幸せだな……」
「はい……?」
何故か目を潤ませて頬を赤らめる歌音に、梨香の顔が強張る。
歌音は花びらを思い切り放り投げた。
きっとこの場に居たかっただろう、薫の両親の分までと。
藤花は料理自慢の夫の手作り菓子を詰め込んだ籠を新婦に手渡した。
「大切なひとの存在をずっと忘れないでください。それを頭においておけば、きっとどんなに苦しいことがあっても笑っていられると思うんです」
「有難う。お互いに、ね」
今、薫の顔からは迷いが消え、心の底からの笑顔が浮かんでいた。
<了>