●濃厚野郎Aチーム
リザベート・ザヴィアー(
jb5765)が鏡の前で唇をほころばせた。
「くく……久々に腕の奮い甲斐があるのう」
指には、自前の黒と赤のネイル。
「ごすろりにすっぴんはご法度じゃ」
慣れた手つきで、次々と化粧品を手にする。
「出来るだけ不健康そうに、人形めいた味を出すのがお約束じゃからのう……慣れたものじゃよ」
影が差すように、チークを仕上げにほんのりと。
華やかなドレス姿の、生けるビスクドールがそこにいた。
「さてと。妾の準備は完璧じゃが」
視線の先には、島津 忍(
jb5776)のひきつった顔があった。
「……………落ち着こうか、リザベート君」
戦闘ではあらゆる事態を想定して行動すべきだ。それはいつだって覚悟している。
が、流石に今回はおかしい。可笑しすぎる!
「その手の物についての説明を求めていいだろうか」
「その昔三国の武将は敵を威嚇するため化粧をし戦場に臨んだという。そう、これも戦装束の一環じゃ。淑やかに振舞うことで集中が上がり、魔法の命中力も増そうというもの」
思いつきの出まかせである。
「な、成程。これもまた――鍛錬と、そういう事なのだろう、か……!」
あっさり納得する忍。
「まずはこのあたりかと思うのだが――間違っているだろうか?」
逞しい体躯の三十男が、震える手でファンデーションを手にする。静まれ、俺の右手!
「男の化粧は、女と同じようにはいかぬ。なに、心配せずとも妾が可愛らしゅう仕立ててやろう程に」
「先刻、武将がどうのとか言っていたような」
「些細なことを気にするでない」
……数分後。
「できたのじゃ」
満足げなリザベート。忍は鏡の中の自分を茫然と見つめる。
「これが……私……?」
自然に塗り込まれたベース、華やかなつけ睫毛とマスカラ。頬骨はウィッグで自然に隠され、暗い赤の口紅は、グロスで艶やかに輝いていた。
「一つ聞いても良いだろうか……なぜ、このサイズが準備されている……!?」
忍の震え声。
いつの間にかコルセットを身につけ、ゴシックドレスまで纏っているではないか。
「私の知る限り、一晩などではとても作る事の出来ないものとしか見えないのだが……!」
「よく似合うているではないか」
「そういう問題ではないと思うが……!?」
忍は床に崩れ落ちた。
「あらリザベートちゃん、素敵。私も頑張らなくちゃね」
マリア・フィオーレ(
jb0726)の微笑、普段より妖艶さ五割増し。
向き直ると、七種 戒(
ja1267)の両頬に手を添えじっと見つめる。
「戒ちゃんは素材がいいからすっぴんでも十二分に可愛いし綺麗なのよね」
「なんでしょうかお姉様、顔がどうかしましたか」
戒の心臓はバクバク。息が苦しい。
とびきり綺麗なお姉様の顔がちょっと近い、いやだいぶ近い。
(やべ……鼻血出そう……)
勿論、マリアに鼻血ぶっかけなどできるはずがない。戒は気合で耐える。
マリアがにっこり微笑んだ。
(メイクで魔法……しかも戒ちゃんをメイクできる……なんて私得な依頼なの!)
戒の肌をくまなくチェック。
「ふふ、寝不足かしら? ちょっと隈が出てるわねえ。チョコの食べ過ぎも駄目ね」
軽く鼻のてっぺんをつつかれ、戒の気合が吹っ飛びそうになる。
「すすすすびばぜん」
「とびきり綺麗にしてあげる。勝ったら頬に御褒美のキスよ」
ズギュウウウン!!
「……私はこれより修羅に入るッ!! し、勝利を我が手に!!」
その光景をマイケル=アンジェルズ(
jb2200)は暫しうっとりと眺める。
憧れの黒髪美女が二人仲良くしている光景、ここがヘブンか。
「マリア殿、メイク士道お頼み申すデース☆」
美しく化粧し、戦う今回のミッション。
まさに銀幕の世界を惜しまれつつ引退した(と思ってる)拙者に相応しい。
(おまけに黒髪美女の女神がついている異常、向かうところ敵梨☆ エクセレントにコンプリート確実なのデース☆)
……念のために書き添えておくが、誤字については報告者の責にあらず。
「ふふ、マイケルさんも任せておいてね。お髭の痕はしっかり消しましょうねv」
マリアの白い指に顎を持ちあげられ、マイケルも武者震いする。
●Bは美的のB?
「へえ、これが能力を飛躍的に向上させる化粧品かぁ」
六道 鈴音(
ja4192)が物珍しそうに眺めるのは、一見普通の化粧品と変わる所のない品々。
ラグナ・グラウシード(
ja3538)も目を輝かせる。
「……これで学園生の大幅な戦力増強が期待できる! 素晴らしいな!」
美を高める。この響きに、ラグナの自尊心がくすぐられた。
(この研究に協力するは、もはや義務! 私の美しさをここで生かさずして何とする!)
ラグナは端正な美青年である。但し、化粧の経験は皆無だった。
「あれー、もしかして、ラグナさんですか!?」
鈴音が振り向き、印象的な目を一層輝かせる。
「お化粧、私が手伝ってあげますよ! ダイジョーブ! 任せといて下さい」
「それは心強い! 宜しくお願いする」
ラグナは確信していた。この私が素材なのだから、美しくないはずはない。勝利は約束されている、と。
だが、甘かった。
鈴音の背中を冷や汗が伝う。
(……でもラグナさんが自分でやるよりはマシなはずだし……)
こねこね、ぬりぬり。
「うん、バッチリいけてますって! じゃ、私は自分の準備がありますので!」
鈴音はすちゃっと敬礼し、全てを捨てて逃亡した。
「…………」
残されたラグナは、救済を求めて視線を彷徨わせる。
Relic(
jb2526)はその姿に、心底震えた。
(メイクこわいー!)
見た目は大人だが、精神年齢は寧ろ幼いと言っていいRelicだ。
当然、普段はすっぴんである。
「やっぱり来てもらって良かったよ……!」
縋りついたのは、同じアパートに住む夕虹つくよ(
jb6678)である。
「ある意味、やりがいはあるわね」
つくよは元舞台女優、表情は完ぺきにコントロールできる。
笑うべきでない場では決して笑わない。……後で笑おう。
ラグナにはメイク落としを渡し、その間にRelicを世話する。
「ふむふむ……まずは顔を洗って……」
肌を整えて、ファンデーション。勢いつけて叩きこみ過ぎ、咳き込むがなんとか頑張る。
「ちーく……? くるくる回しながらつけるの?」
ナチュラルメークに、オレンジのチークが元気と若々しさを強調する。
「わあ……なんだかちょっとお姉さんになった気分!」
Relicが鏡に映る自分をまじまじと見つめる。
「上出来よ。後は大事なこと。化粧をしたら何があっても泣いちゃダメよ? ぐちゃぐちゃになってひーーーーーっどっい顔になるからね?」
「は、はい……!」
思わず姿勢を正したRelicに軽くウィンクし、つくよは他のメンバーの支度に取り掛かる。
「へえ、流石女優さんね」
メフィス・ロットハール(
ja7041)が感心したように呟いた。
折角の機会、自己流メイクのレベルアップも期待しつつ。
「その、な……魔法アイテムの実験、じゃないの、か? やたら楽しそうに見えるのは、気のせい、かな?」
実験台は何故か、夫のアスハ・ロットハール(
ja8432)である。
「アスハって化粧ののりいいわね、うらやましいわね」
「そういう問題、か……?」
アスハはこの時点で、相当後悔している。何故ここに来てしまったのか。
「メフィス……それは何だ……」
「あら、どうせなら完璧に仕上げないと」
満面の笑みを浮かべ、赤いイブニングドレスを広げるメフィス。
(まさか隠しておいた男性用サイズが役に立つなんて……ふふふ……)
アスハは軽い眩暈を覚えた。
●激突!
準備が整い、いよいよ実戦。
舞台に進み出たマイケルが高らかに宣言する。
「レディーを傷つけるなんて事は騎士道精神に反するデース☆ メンズ同士の対決を所望するデース☆」
「騎士としての対戦か、よかろう。くく……美しさで、私がまけるはずはない!」
すっくと立ち上がるラグナ。
小麦色の肌に映えるキャンディピンクの口紅。目元はばっちりアイライナーと綺麗めマスカラ、そこに紫のアイシャドウが彩りを添える。
無論マイケルも負けるわけにはいかない。
「スターダストファントムパワーメークアーップ☆ミ」
何処かで聞いたような名乗りを上げ、ギャラリーから最も美しく見える角度で笑みを浮かべる。
マリアがきちんと整えた化粧に、何故か余計な隈取りを入れてしまったが、本人はご満悦だ。
歌舞伎の見栄をまねたらしい、謎のポーズで腕を伸ばす。
……実はそれぐらいしか動けない程、身体が重いのだ。
それはラグナも感じていた。
両者とも接近戦は無理と判断し、充分な距離を取る。
「銀幕スターの輝き、受けるがいいのデース☆」
その手元から手袋型の光が飛び出した。同時に、根拠のない自信に裏打ちされたウィンク。なかなかの威力だ。
だがこれが、ラグナの神経を逆撫でした。
(ぐぬぬ……この自信、リア充か……ッ!)
赤い涙に濡れてマスカラが流れ出す。……怖い。
「受け止めるがいい……私の、このリア充への怒りをッ!」
赤い奔流が迸り、マイケルを吹き飛ばした。
だがマイケルは顔だけを上げ、ニヤリと笑う。
「フフ……汝、試合に勝って勝負に負けたのデース☆ 例え倒れても美しいのが武士道デース☆」
がくり。
(拙者の美しさがますます際立ってしまうデース☆ 罪深い男デース☆)
マイケルは満足そうに伏していた。
「ふふ、マイケルさんの分まで頑張らなくてはね」
つけ睫毛の流し目で、マリアが舞台を見渡す。
「えっとね、よろしくね!」
Relicが精いっぱいの笑顔を向ける。
つくよの「泣くな」を、「いつも通りに笑っていろ」と解釈したらしい。
人界知らずの天使パワー満開、神々しさすら感じる程の無邪気で元気な笑顔が弾ける。
マリア、これに対し余裕の笑み。
「ふふ、可愛いわね。とっても素敵」
チャームポイントの唇はつやつやぷるぷる。可憐でありながら妖艶な赤が美しい。
「でも女の戦い、容赦はしないわよ?」
唇に添えた指で、軽く投げキス。弾けるように飛び出した赤いハートが、Relicを襲う。
――相手が男であれば、即死判定だ。
だが天然ボケクラスの世間知らずの壁は余りに固かった。
「お化粧って楽しいんだね! ボクびっくりしちゃった! みんなとっても奇麗になって、すごいや!」
ぱあああ。
ハートが、オレンジの光の壁に阻まれて散った。
「ああっ!」
マリアがよろめき、倒れる。
「やっぱりコストが嵩みすぎよねえ……」
しかしマリアは倒れる姿も美しかった。
そうなのだ。
このメイク道具の最大の欠点。……効果の割に、撃退士にかかる負荷が大きすぎるのだ。
「やっぱりこの点が問題よね」
星徹子准教授が腕組みして呟く。
戒が袖口で鼻を押さえる。
「……倒れるお姉様、素敵です最高です」
だが、現時点でAチーム二敗。累積ダメージも随分差が開いていた。
「ここは私の美しさで挽回だな」
戒も素材はいい。マリアに施された化粧で、相当な美人度である。
「でもなんかむずむずします、拭いちゃだめで……だめですかそうですよね」
睫毛重い、唇舐めたい、鼻こそばゆい。
戒は耐えて、対戦者を待つ。
「待たせたわね! 久遠ヶ原の千の顔を持つ女、参上!!」
どーん。
対戦者は鈴音だった。だがその姿に、戒は膝をつきそうになる。
「ちょ、おま、なんで覆面やねん……!」
何故か鈴音、メイクの上から覆面オン。
くるくるマスカラとピンクのリップグロス、マスクの穴から覗いているのが、一層破壊力高し。
「マスカラっていうから、うっかりミル・マス●ラスの覆面用意してきちゃったのよ!」
毎回変わるマスクから、千の顔を持つ男と呼ばれる伝説のプロレスラー……。
鈴音に年齢詐称疑惑。
「くっ……!」
戒はなんか色んな意味で負けた気がしたが、負けていいかもしれないとも思った。
だが弱気を封じ、接近。
懐に忍ばせた白粉を叩きつけ、女のロマン・太ももホルスターに仕込んだペンシルアイライナーを投擲! 気分は女スパイだ!
「はい失格ー」
星のホイッスルが響いた。
「それ投げたら、物理攻撃でしょ?」
「そんな……見逃して?」
清純乙女パワーを塗り込めたふさふさつけ睫毛のウィンクも虚しく、戒は失格となった。
「最後ぐらいとらねばの」
リザベートがよっこいしょ、と舞台に上がった。
「ふ――たとえ上回る相手であろうが、ここまでやった以上、一歩も引けんのだ!」
忍がリザベートの前に仁王立ち。ゴスロリドレスが嵩高い。
「声音は変わらんだろう! だが演じることの出来る事は出来る限り行おう!」
「中々じゃの。その意気じゃ」
リザベートがふわりと闇の翼で舞い上がる。
対戦するのは、ドレス姿のアスハとメフィス。
「アスハとの舞踏会ペアって感じね」
黒いロングドレスに、メフィスの赤い髪が映える。
見慣れているはずの妻の姿に、アスハは少しうろたえた。
「ん? どうしたの?」
「……ああ、本当、綺麗、だ……いや、もちろん別にメイクが無くとも綺麗、だぞ?」
メフィスがくすりと笑う。分かってるわよ、と言うように。
「メフィスと一緒なら……負ける気などしない、な」
アスハは拳にアウルを籠める。
「……とりあえず魔法でなら殴ってOK、でいいんだよ、な?」
「え、ま……ほ……う??」
ちょっと違うんじゃ……言いかけた時には、アスハは前に出ていた。
忍は半身に構える。
(決して大きく服を翻さず、腕を振りかぶるという事も無く。あくまでコンパクトに、余裕を持った動きを)
爪先を滑らせ、じり、と近づく。
(楚々とした女性としての姿を保ったまま、あくまでも美しく戦う! これぞ、大和撫子スタイル……!)
あれ、そういう依頼だっけ?
「その調子じゃ、遠慮はいらぬ!」
忍の後ろで攪乱するように位置を変えつつ、リザベートも魔法の光を飛ばす。
「あちらも二人、だな……久々に、アレといこう、か、メフィス」
「じゃあ、私も真似して〜」
アスハの呼びかけに、メフィスが微笑。その手刀に魔力が宿る。
赤と黒のドレスを翻し、光弾となって二人が飛び込んだ。
結果は、Bチームの圧勝だった。
だが何故か「美的観点」という勝敗要素が加わっており、その点ではAチームも大健闘である。
それはさておき、当然苦情が出た。重さについてだ。
「悪くない、が……重い、な。アクセの方が使い勝手良いかも、な」
赤いドレス姿であることを忘れ、アスハが真面目な顔で腕組み。
「そうね、この重さは致命傷じゃないかな。この点が改善されたら、使えるんだけど」
メフィスが言うと、一同が頷く。
「改善ねぇ……」
星が、尤もらしく頷く。
「材料があればいいのだけど。たぶんもう手に入らないのよね」
星曰く、少し前に化学室を通りかかった時に置いてあった、今まで見たことのない物質の粉末を使ったらしい。
「え、それってアドヴェ……」
言いかけた鈴音が口元を押さえた。
真相は、闇の中である。
<了>