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マスター:樹 シロカ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/09


みんなの思い出



オープニング

●そして誰もいなくなった

 黒い波の面に、月の光が映り込んでいた。
 苛烈な昼の暑さを含んだぬるい潮風が、水面を渡り、身体に纏わりつく。
 沖合の埠頭に並ぶ外国名の大型貨物船も、昼間の喧騒を忘れ、ただ静かに眠っているようだった。 
 その静けさを破るように響き渡る、火薬のはぜる音と嬌声。
「やだあ、なんでこっち向けるの!?」
「ぎゃははははは」
「おい、そっちのもよこせ、いっぺんに火ィつけたれ」
「ちょっとお、手持ちじゃ危ないって。それ打ち上げ用やん!」
「いける、いける〜」
「うわ、こいつアホやあ! 写メ、写メ!」
「うぎゃあああああ」
 倉庫の並ぶ岸壁に、若い男女が集まり、花火を手にはしゃいでいるのだ。
 既に夜半を過ぎているが、楽しげな声は辺りを憚ることなく響き渡る。
「あー、なんか暑ぅなってきたな。俺ちょっと泳ごっかな」
「おーい、知らんぞ。お前さっきチューハイ3本開けとったやないか」
「海までかなり高さあるんやでー。腹打つぐらいやったらまだましやけど、下手したら死ぬで」
「俺の辞書に不可能はないぜ、いぇー!」
 ……どぷん。
「あーあ、ほんまにあいつのアホさは半端やないで。おーい大丈夫か―?」
 やがて答えがあったようで、岸壁に連なり海を覗き込んでいた連中が、顔を上げる。
「どないして上がるつもりやねん、あいつ」
「絶対そこまで考えとらんな」
 沸き起こる笑い声。フラッシュの光。花火の音。

 暫しの後、ひとりがまた海を覗き込む。
「おい、いい加減どっかから上がれ。辺り見えてるか? ライト照らすか?」
 今度は返事がないようだ。
「おかしいな、どっち行きよったんや?」
 懐中電燈の光がか細い筋となって、黒い水面を頼りなく彷徨う。
「あいつ……沈んだん違うやろな」
「ええっうそ! やめてよお」
「だからやめとけて言うたのに」
 今度は神妙な顔つきで、皆が海を覗き込む。
「おーい、返事しろ。どこや……うわッ」
 ……ざぷん。
「ちょ、お前まで何やってんねん! 誰か、そこのペットボトル!」
 空のペットボトルは、非常時には浮輪がわりになる。
「掴まっとけ! すぐロープかなんか探して来るからな!」
 だが放り込まれたペットボトルに手を伸ばすこともなく、浮いていた頭がすうっと引きこまれるように見えなくなった。

 既にパニックになりつつある一同は、背後から迫る黒い影に気付かない。
 勿論、気がついていたとしてどうすることもできなかっただろう。
「あかん、消防……いや、海上保安庁なんか? 電話……ギャッ!」
 地面に激突する肉の音。
 ここにきてようやく、若者たちはただならぬ状況に陥ったことに気がついた。
「ば……化け物……!」
「きゃあああああ!!!」
 コンクリートの岸壁に響くサンダルの音。それが突然止まる。
「な、なによ、これ……?」
 怯えた声。
「余りに騒ぐから、いかんのだ」
 しわがれた、何処か人を不安にさせる響き。
 後に続くのは、鋭く空を切る音。そして、悲鳴。

 やがて静かになった岸壁を、月の光が照らしだしていた。


●連続する点

 久遠ヶ原学園の斡旋所に、撃退庁からの依頼が舞い込んだ。
 正確には、京都府舞鶴市を管轄する出先機関の担当者からの依頼である。
 疲れ切った顔の30歳前後の男は、四方(しかた)と名乗った。
「これが資料ですが、苦手な人は注意してください」
 注意しろと言われても、文章だけでも充分凄惨な内容だった。
 中山律紀(jz0021)が思わず眉をひそめる。
 内容は、舞鶴市で連続して起こった、天魔によると見られる死亡事件の調査資料である。
 最初に遺体が見つかったのは、舞鶴西港の国際埠頭に近い岸壁だった。
 ある朝、若い男女7名が、それぞれ無残な姿で見つかったのだ。
 ほとんどが身体を強く締め上げられたことによる圧死。ただし2名は全身を刃物状の何かで切り付けられたことによる失血死である。
「丸い内出血……?」
 圧死した遺体には、幾つか並んだ丸い内出血痕もみられたとある。むろん圧迫されれば内出血はあるだろうが、丸くなるものだろうか。
 律紀が首を傾げた。
 それはともかく、被害者たちはどうやら花火などをして遊んでいたらしく、周囲には飲み物の缶やペットボトル、花火の燃えカス、それぞれの持ち物が散乱していたという。
 持ち物のスマートフォンの画像を解析した結果、ひとりが海に入ったところまでは判った。
 だが、生存者はゼロ。そのため何が起こったのかは全く判らないのだった。

「そして第二の事件がここです」
 舞鶴港の玄関ともいうべき、日本海へと続く海峡沿いの臨海公園だった。
 状況はほぼ同じである。
 このシーズン日本海側の海岸は、太平洋側より海が美しいとの理由で、近畿地方のあちらこちらから海水浴客が訪れ、大いに賑わう。
 そんな観光客が連続して事件に巻き込まれた。
「それでここからが、依頼なのですが……」
 四方と同僚の田中は、この事件の現場をよく知っていた。
 勿論管轄地域であるという理由はあるが、数ヶ月前、ディアボロが連続して出現した場所だったからだ。
 その時に出たのは巨大なハマグリ型ディアボロ。攻撃を仕掛けると反応するというタイプだ。同型の物が同時に4ヶ所に出現し、うち1体を久遠ヶ原の学生が出動し撃退している。
 ここで田中は、残る2ヶ所にもいずれ出現するだろうと予測を立てた。
 そして昨夜、第三の事件が舞鶴東港で起き、かけつけた田中は現在意識不明の重体だ。
「ということで、現在のところ目撃者はゼロです。
 田中はひょっとしたら何かを見たかもしれませんが、写真などを撮る暇はなかったようで」
 居合わせた者を全て殺害し、痕跡を残さず消える『何か』。
 今は観光客の足も途絶え、それどころか地元住民の間にも不安が広がっている。
「本来初動対応は自分らの職務ではありますが、できれば早期解決のためにも手を貸して頂きたいのです」
 四方は、どうぞ宜しく、と丁寧に頭を下げるのだった。


リプレイ本文

●懸念

 人気のない砂浜に、夏の日差しが降り注ぐ。波音が遠く響いていた。
 この時期の海水浴場は、本来ならば笑い声に満ちていただろう。
「封鎖は完了しているようですね」
 浪風 悠人(ja3452)はひとまず安堵する。
 警察と撃退署は、一般人の立ち入りをきちんと制限してくれていた。
 がらんとした綺麗で明るい海は、どこか寂しげだ。
「たくさんの犠牲者が出てる事だし、早く何とかしなきゃ、ね!」
 松永 聖(ja4988)が、虚しく並ぶ、片付けられた屋台や海の家を見渡した。
 クロエ・キャラハン(jb1839)の表情からは、普段の快活さが消えている。
「大勢を皆殺しね。数が多いか足が速いか。それとも範囲攻撃持ちか、かな?」

 ここに来るまでの間に、急遽過去の事件の資料を取り寄せてもらった。
 一連の事件と思われる現場は、現在三ヶ所。
 かつて貝型のディアボロが出現した現場四ヶ所と、これまでは一致している。
 残る一ヶ所がここ、舞鶴港の西側、由良川河口に近い海水浴場だ。
 それぞれの事件現場で被害者が発見された位置と分布、倒れた方向。岸壁や砂浜に何か痕跡はなかったか。被害者の人数には行方不明者が含まれているか否か。
 それらの情報を直接の依頼人である撃退署の四方は、可能な限り集めてくれた。

「場所は海辺、丸い痕はタコとかイカとかの吸盤なのかな。切り傷の方は別の攻撃方法? それとも、違う敵?」
 クロエの言葉に、聖も考え込む。
(犠牲者の情報から行くと、同個体の攻撃とは考え難い……わよね)
 情報は多くはなかった。
 だが四方のくれた資料を見る限り、いくら一般人とはいえ、一体の敵による攻撃と考えるには無理がある。
(別の敵の存在……)
 以前に別のディアボロを、これ見よがしに出現させた場所。
 撃退されたにもかかわらず、その同じ場所にまた出現する何らかの天魔。
「ディアボロを操ったか、作った存在が近くにいるかもしれないってこと……?」
「だとしたら何が目的かな。手下の性能試験?」
 クロエがやや冗談めかして続けた言葉は、撃退士達の背筋を寒くする。
「もしかして、ゲートの設置場所の下調べのつもりだったりして?」
 重い空気を振り払うように、聖が伸びをした。
「何にせよ、水中からと陸上から、どちらにも気を配った方が良いわね」
「ほとんど情報の無い状態です。何が起きてもおかしくありません」 
 それまで静かに目を伏せていたミズカ・カゲツ(jb5543)も頷く。
「此度の依頼は情報収集が目的です。無理や深追いはせず、常に撤退することは視野に入れておくべきでしょう」
 必要以上に恐れることなく、しかし侮ることもなく。どんな事態にも対応できるように、冷静であれと。
 夕刻に再度集まることを確認し、それぞれが事態に備える。

「私が気にし過ぎているんでしょうか」
 月夜見 雛姫(ja5241)が作業の手を止めて、中山律紀(jz0021)に尋ねた。
「どうかな。でも皆が、それぞれ最善だと思うことをやってることは間違いないと思うよ」
 雛姫は少し目を上げて、律紀を見る。
 何処がという訳ではないが、何となく覚えのある、懐かしい雰囲気の笑顔。
「……何事もなければ一番なのですが」
 雛姫は軽い溜息と共に立ち上がり、砂浜を見渡した。
 ここに来るまで雛姫が考えていたプランは、一部変更を余儀なくされた。
 潮の干満により波の到達する位置は違う。その為、海辺の建造物はかなり海岸線から離れた位置にあった。
 長い射程を生かした支援を考えていたが、海の家などは利用できそうもない。
 海水浴客がいない為に砂地にあげられたボートを、代わりに使うしかなさそうだった。
「では、後はよろしくお願いします」
「判ったよ、月夜見さんも気をつけてね。くれぐれも無理はしないで」
 律紀は悠人に呼ばれ、駆けて行った。


●夜風

 昼の熱気を溜めこんだ海が、生暖かい潮風を陸に送り込む。
 夜空の下、海は黒々と広がる。東の空にかかった月が、波間に金色の光を投げかけていた。
「じゃあ始めますよ」
『了解。何か変わったことがあったら、すぐ退避してください!』
 悠人のイヤホンに、律紀の声が届いた。
 手を振る悠人の姿を、各務 与一(jb2342)は少し離れた岩陰から静かに見守る。
(リスクが高いのは間違いないのだけど。状況が状況だし、被害はここで食い止めないと)
 穏やかな表情は普段と変わらないが、内心にはこれ以上命を奪われまいという決意がある。

 これまでの記録によると、敵が出現するのはほぼ夜半過ぎ。
 悠人はナイトビジョンを装備し、既に小一時間、波打ち際を散策していた。
 だが穏やかな海には、なんの異状も認められない。
 そこで次の段階に移ることにした。
 襲われたのは、海辺で騒いでいた人々。
 ただ待っていても敵が現れない以上、状況を再現するのが早いだろうと思われた。
 悠人は砂浜に座り込み、持参した花火に次々と火をつける。
 火薬の爆ぜる高い音が響き、光の筋が幾本も海に消えて行った。
「できれば依頼じゃなくて、遊びに来たかったなあ」
 山に囲まれた町で育った悠人は、海に特別な憧れを抱いている。
 潮の香り、足に絡む砂の感触。それらを楽しむ余裕もないのが少し残念だ。
 与一がスマートフォンの音量を最大にして、明るく賑やかな音楽を辺りに響かせる。

 それから暫く立った頃。
「来るなら来い! というか早く来いよ!」
 膝のあたりまで波に浸かった悠人は、半ば自棄になりながら声を上げ、花火を振り回していた。
「……来たっ!」
 聖が、ナイトモードに設定した携帯電話を構える。
 ナイトビジョンで確保された視界に、不自然に盛り上がる波が見えた。
「でかい……!」
 まるでそこだけ、高波の様に。
 盛り上がった海面が、猛烈なスピードで悠人に迫り来る。
「出ました、気をつけて!」
 悠人の身体が、夜光虫を纏ったかのような青白い光に包まれた。
 そのまま陸に向かって駆け出すと、黒い波がぴったり追いかけて来る。
「これって……」
 真っ直ぐ駆けて来る悠人には見えない背後に、聖と与一が見た物。
 黒い波と見えたのは、高さ三メートルほどもある巨大な丸い物体だった。

 波を蹴散らし陸に上がると、黒い物が悠人に伸びる。
「敵は浪風さんから見て七時方向、距離二十……いや、十メートル」
 与一が阻霊符に力を籠め、『夜目』を駆使して敵の姿を捉えた。
「動きが速い。浪風さん、気をつけてください!」
 悠人は向き直り、正面から敵の姿を確認する。
 その瞬間、長く太い物が悠人に向かって鋭く振り下ろされた。すんでの所で大鎌で受けるも、その衝撃はかなりのものだ。
「やっぱり、タコか!!」
 砂浜に足をめり込ませ踏みとどまる悠人。そこにまたも太い足が迫る。
 悠人は大鎌を打ち下ろし、自分の脚に巻き付く足に叩き付けた。
 千切れた足が、砂を巻き上げながら跳ね回る。だがすぐに次の足が、悠人を狙う。


●演舞

「限界ね!」
 カメラを収めると、聖が飛び出した。
 タコ型のディアボロに一気に駆け寄ると、跳躍。頭上目がけて直剣を突き立てる。
 だが敵の肉を貫く確実な手応えはなく、ぬるんと異様な感触と共に刃は押し戻された。
「……刺さらない!?」
 サイドステップで距離をとり、聖は唇を噛む。
 与一が長大な青い和弓を引き絞り、ひょうと矢を放つ。
 飛びゆく矢は綺麗な放物線を描いて、確実にタコの足の付け根に突き立った――と見えたが、やはりタコに変わった様子はない。
「物理攻撃は効かない、あるいは効き難い、ということでしょうか」
 与一が軽く眉を顰めた。

 クロエとミズカは、海岸べりからやや離れた所でその光景を見守っていた。
 複数の敵の存在を予想していたのは、皆同じだ。
 だからこの機に乗じて、別の敵――ひょっとしたら、相当厄介な――が襲撃して来ることを警戒し、暫くは感覚を研ぎ澄まし、周囲を窺っていた。
 だが、海から現れたのはかなりの強敵だった。
「仕方がありませんね」
 ミズカは静かにアウルの力を身体に漲らせる。白銀に輝く豊かな毛並みの尾が、ゆらりと現れた。
「……物理攻撃が効かないというなら」
 光り輝く阿弥陀蓮華の小ぶりな刀身を構え、猛然と飛び出す。
 一息に距離を縮めると、蠢く足に一撃。と同時に、距離をとる。
 ミズカを追って向きを変えたディアボロは、反対側からの痛撃に足をばたつかせた。
「やっぱり魔法の方が効く感じかな?」
 足の届かない位置を計りつつ、クロエが護符を手にタコの暴れる様を観察する。
「とりあえず足は減らしておいた方が楽よね」

 護符に替え、長大な鎌を手に、クロエが敵との距離を詰める。
 視界に問題はない。
 先の攻撃で傷ついたと思われる、動きの鈍い足目がけて鎌を打ち込む。
 その時。
「うっぷ……!?」
 タコが何かを浴びせた。冷たい衝撃を受け、クロエの身体が思わずよろめく。
 敵は好機と見てクロエに接近しようとしたようだ。
 だがそこに、隙ができた。ミズカが牽制の一撃を叩きこむ。
「早く、今のうちに」
 共に素早くその場を離れる。
「スミまで吐くなんて、本当にタコだよね……あれ? スミじゃない?」
 クロエが気味悪そうに首を振り、顔を拭う。
「でも動けなくなるようなのじゃなくて、助かったかな」
「大変でしたが、収穫ですね」
 ミズカがほんの少しだけ眉を動かし、気の毒そうにクロエを見た。


●遭遇

 雛姫はその間も、船の上で暗幕をすっぽりと被り、息を顰めていた。
 今のところ、タコの対応は手が足りている。
 ならば、他の敵の接近を探るのが自分の役目だと思ったのだ。
 念のためにちょっとした仕掛けも周囲に張り巡らせてある。
 糸で繋いだ紙コップを、砂に突き立てたケミカルライトに被せたものだ。
 どんな微かな動きも見逃すまいと、神経を研ぎ澄ませ、仕掛けを見つめる。

 雛姫の鋭い聴覚に、微かな音が届く。
 紙コップが何かに潰されるような、乾いた音。背後から。
 雛姫は索敵を使い、そちらに意識を向けた。
 その瞬間。

「!!」

 空を切り裂く音。バラバラになった暗幕の隙間から見える月の光。
 咄嗟に向けた銃口から放たれたアウルの銃弾が、闇に光の尾を引いて飛んでいった。
 砕けた船の中へと、雛姫の身体が落ち込んで行く。 

「やれやれ。さすがに此度は、一人とはいかなんだか」
 笑いを含んだ、耳障りなしわがれ声。それは思いの外、低い位置から届いた。
 割れた板の隙間から、敵の姿を見る。
 月の光を浴びて、てらりと光る身体。
 それは大きなトカゲのようだったが、声の漏れる場所にあるのは小さな人間の頭。
 水掻きのついた足で踏みしだかれたケミカルライトの緑の光が、異様な陰影をその顔に浮かび上がらせた。
「臭うの。……あと五人か」
 くぐもった笑いが響いたと思うと、砂の上を滑るように移動して行く。
 雛姫は痛む身体を必死の思いで起こすと、辺りに目を凝らした。
 どうにか花火を拾い上げ、素早く点火。
「みんな、逃げて!」
 拍子抜けするほど軽い音が、空にこだました。


 花火の音と雛姫の警告に、緊張が走る。
 クロエは視界に入った敵の姿に、例えようもない嫌悪感を覚えた。
「何……これ……!」
 おぞましい姿。押さえていた感情が、身の内にこみ上げる。
 だが勿論、ぼんやりしていた訳ではない。
 気を取り直すと、タコ型の敵に土産の一撃。すぐさま距離をとる。
「まさか、あいつは……」
 与一の表情が緊張に引き締まった。
 雪の降る頃、出動した依頼で仲間が遭遇した敵の特徴と、そいつは余りに似通っていた。
「何であっても、射抜いて見せるよ。与一の名に賭けて」
 素早く弓を番え、一矢を放つ。
 確かに、矢は当たったかと思われた。
 だが人面のトカゲは、耳障りな声で笑っている。
「おお、怖。これは油断したわい」
 するりと身を翻すと、あっという間に巨大なタコの足の陰へと滑りこむ。


●砂塵

「月夜見さんっ!? しっかり!!」
 律紀が壊れた船から、雛姫を引き出す。
 船ごと斬撃に晒された身体に手をかざすと、雛姫が呻きながら身を起こした。
「私は大丈夫、たぶんヴァニタス……トカゲみたいな……」
「トカゲだって?」
 律紀の頬に緊張が走る。
「それはちょっと、やばいかもしれないね」
 呻くように呟くと、雛姫の指さす方へ身を低くして駆け出した。


 聖がディアボロを見据える。
 距離を取り、ボーティスウィップで少しずつ弱らせるつもりだったが、ヴァニタスが合流したとなるとのんびりしていられない。
「締付けは怖いんだけど……しょうがないかな」
 意を決して接近。掌底を見舞うと、そのまま離脱する。
 砂地に引きずられたような跡を残し、大きなタコが海側へと押しやられた。
「そろそろ潮時ですか……でもその前に」
 タコの足が届かない位置で、悠人は弓を構えていた。
 その身体を覆う青白い光がひと際輝く。
 相対するのは正面の敵。凄まじいアウルの奔流が襲いかかった。『封砲』の直撃を受け、ディアボロは身を捩る。
「そちらの。口がきけるなら、名前位は聞いておきたいですね」
 油断なく弓を構えたまま、悠人がヴァニタスと対峙する。
「名前? わしの名前か? それを聞いてどうする」
 ヴァニタスが笑う。
「まあよい。どうせ名に意味などないわ。今はハンザキと呼ばれておるが……」
 ぐるり。
 ヴァニタスの小さな顔が、あり得ない方角へ曲がった。
 ――キン!
 空気を切り裂く鋭い音。
「うっ……!?」
 悠人の身体から、幾筋もの赤い飛沫が飛び散った。
 ほぼ同時にミズカが飛び出し、薙ぎ払いをしかけた。
 当たれば幸い、当たらずともほんの一瞬、気を逸らせれば。
 そして効果を確認するのは、飛び退ってからでよい。

「ふは、は……これはこれは」
 ミズカの斬撃は、ヴァニタスを守るように伸びたタコの足に阻まれていた。
 切り離された太い足が、波を蹴立てて跳ね回る。
「本来は誰も生かして返す訳にはいかんのだが。少し甘く見過ぎたの」
 面白そうに笑う声。
「こいつ一体では荷が重かろう。ここは退散するしかないの」
 その声に応えるように、ディアボロが身を引いた。
 激しく吐き出された水に砂が舞い上がり、視界を覆う。
 ――それはほんの数秒だっただろう。
 だがその数秒の内に、ディアボロの巨体は波間に漂っていた。

「……っ痛!」
 与一に助けられ、悠人が砂の上に起きあがる。あちこちが痛むが、動けない程ではない。
「やられましたね。でも、次はこうはいきませんよ」
 悔しそうに悠人が呻いた。
「中々厄介な敵ですがね」
 与一が頷く。
 今は無理して深追いするべきではない。
 だがヴァニタスがここに現れたことには、理由があるはずだ。
 そしてその理由がある限り、この海に平和は訪れない。
 ――ならば、次こそ。


 その視線の先、波はただ穏やかに月の光に輝いていた。

<了>


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 闇に差す光輝・松永 聖(ja4988)
 月華を謳うコンチェルト・クロエ・キャラハン(jb1839)
重体: −
面白かった!:7人

おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
闇に差す光輝・
松永 聖(ja4988)

大学部4年231組 女 阿修羅
Operation Planner・
月夜見 雛姫(ja5241)

大学部4年246組 女 インフィルトレイター
月華を謳うコンチェルト・
クロエ・キャラハン(jb1839)

卒業 女 ナイトウォーカー
撃退士・
各務 与一(jb2342)

大学部4年236組 男 インフィルトレイター
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅