●南門突破
むんとする熱気が、静寂の支配する町に満ちていた。
閉じられた都に、また夏が巡って来たのだ。
石造りの西洋要塞の上に、骸骨の兵士と異形の武士が見て取れる。
「抵抗できないものを踏みつけて、支配者面か。下劣な」
不動神 武尊(
jb2605)が鼻を鳴らした。スレイプニルは主を背に、その命じるままに舞い上がる。
「まずはこの南門を越えないことには、な」
楯を構えるキイ・ローランド(
jb5908)の全身が、青白い光に包まれた。
「突入する」
騎士らしく、堂々と。名乗りを上げる代わりのように『タウント』で敵の意識をひきつける。
骸骨兵士の矢がキイに雨のように降り注ぐ。が、キイは歯を食いしばりそれに耐える。
ブラウト=フランケンシュタイン(
jb6022)が駆け出した。
「戦いましょう、勝つまでは! 何せ、戦わなければ生き残れないのDEATHから!」
(それにしてもあの鎧武者の中身はどうなっているのでしょう……一度見て見たいものですー)
開いた魔法書から白と黒の矢が飛び出し、城壁上の骸骨兵に突き立つ。
周防 水樹(
ja0073)は静かに目を上げると、胸元に置いていた手を差し伸べた。具現化したリボルバーが火を噴く。
城壁上のサーバント達の動きが、慌ただしくなった。
武尊はスレイプニルを高度いっぱいまで上げると、城壁に接近。
居並ぶ骸骨兵を召喚獣の体当たりと己の蹴りで、なぎ倒す。
「邪魔だ、どけ」
己をして天界の戦車と自負する故に。只管猛進する。
隅に陣取り辺りを見渡していたサブラヒナイトがその様に、弓を構えた。
遮る骸骨兵士の壁が途切れた城壁上を、真っ直ぐに武尊目がけて炎の矢が迸る。
構えた剣に遮られた蒼炎と、剣の放つ飛沫が煌めいた。
「……ッ!!」
武尊は無言のまま、その衝撃に耐える。声を出すことを、彼の矜持が許さない。
次の矢を番える鎧武者に、空から戦況を見ていたアステリア・ヴェルトール(
jb3216)が、射程いっぱいから鋭い矢を放つ。
既に見慣れたサブラヒナイトの姿を、夜来野 遥久(
ja6843)が鋭く見据え、霊符を取り出した。
「三度目の正直、としたいですね」
南東要塞に関わるのは、これで三度目。
天界側も経験を積んでいる。最初のように簡単には、要塞を明け渡してはくれない。
だが人間も様々な経験を経て、この地に居るのだ。
鳳 静矢(
ja3856)もその一人だ。
今度こそ、こちらの駒をこの陣地に進めるために。
仲間の支援攻撃に気を取られ、城門の護りにほんの僅かな隙が生じた。
「行くぞ」
紫の光輝を彗星のように後に残し、前に。
呼吸を合わせ、君田 夢野(
ja0561)がアサルトライフルを連射。
その銃弾は、要塞の向こう、眠り続ける人々に呼びかけるかのように。
(そろそろ囚われ姫で居続けるのにも疲れただろう? だから待つんだ、もうすぐ助けに行けるから)
強力な一斉攻撃に、仮止めの城門はあえなく打ち崩される。
敵意と敵意のぶつかり合い。
斉凛(
ja6571)は青ざめた顔で、両手をぎゅっと握りしめる。
だがその表情は静かで、冷たい微笑すら浮かべていた。
城門が開くのを見て、可憐な少女は冷酷な戦士へと変貌する。
「突入します。支援攻撃、開始してください」
『了解。くれぐれも気をつけて!』
光信機の向こうから中山律紀(jz0021)の声。
それと同時に、城壁上の敵を目がけ、色とりどりの光が花火のように降り注いだ。
「戦メイド参りました。華麗に闘いますわ」
さらりと巻物を解き放ち、凛は飛び出す。
●敵陣深く
城門に到達すると、城壁の幅の分だけ、上方からの攻撃を防いでくれる。
その僅かな安全地帯で、六道 琴音(
jb3515)が城門攻略で負傷した仲間の傷を癒す。
「いま回復します!」
だが当然長居はできない。広場にひしめく骸骨兵の槍がぎらりと光る。
Rehni Nam(
ja5283)が身構える。
「蛇の居ぬ間に何とやら、ですね。勿論いなければの話ですが」
琴音が控えめに頷いた。要塞攻略戦への参加は初めてだが、過去の資料には目を通してきた。確かに、サーバント達の動きには指揮官が『居る』感覚がない。
「ともかく、京都を取り戻すのに今回の作戦も重要です」
決意とともに、阻霊符に力を籠める。
遥久がカラーボールを取り出した。
「おそらくは、動かない個体が擬態している蛾でしょう。では」
Rehni、琴音と頷きあう。それぞれが広場に意識を飛ばす。
先行した撃退士が知らせた、鱗粉を飛ばす大毒蛾の存在。
城門の傍、骸骨兵士が向かってくる足元、城壁の壁。それぞれが生命探知の網を張り巡らし、潜む蛾の居場所をあぶり出す。
「二時の方向、距離6mに一体。行きます」
冥魔の気を帯びた彗星が、Rehniの身体から迸り出る。
青白い光の残滓を受け、骸骨兵士の白い骨が砕けて飛び散った。その足元から、羽ばたくもの。
「音響効果も悪ぅないしな。思いきり謡わせて貰うでぇ!」
亀山 淳紅(
ja2261)の良く通る声が石壁に反響する。激しい炎が地を奔り、真っ直ぐに大毒蛾へ到達した。
「居ました、逃しませんよ」
遥久が壁際に潜む大毒蛾に、カラーボールを投げつけた。
バタバタと鱗粉を撒き散らしながら位置を変えるが、へばりつく塗料が目を引くだけだ。
地面に伏せた所で、隆起した岩に貫かれる。
「次は? これで終わりじゃないわね」
珠真 緑(
ja2428)が銀の髪を揺らし、広場を睨む。
「いた。逃がさないわよ」
大地から突き出た槍が、一体ずつ確実に蛾を駆逐して行く。
「東の壁、南から10m高さ2mに一体です」
「判りました、行きます」
御堂・玲獅(
ja0388)の注意喚起に、背後の鑑夜 翠月(
jb0681)が応える。
先は長い。指揮官が不在だとしても、充分厄介な敵がひしめくこの要塞内で、無理は禁物だ。
玲獅の構える楯を頼りに、壁際を駆け抜け、東の城壁へ。
なるべく多くの敵を巻き込み、尚且つ厄介な蛾に当たるよう。敵だけを撃つ鮮やかな炎が弾け飛ぶ。進み出た先で、玲獅はいまだ広場に散らばる骸骨兵士に向けアウルの彗星を放つ。
「少しでも、敵の動きを阻害できればいいのだけど」
フィン・スターニス(
ja9308)の岩柱が大地から突き立ち、骸骨兵士達の足並みが乱れた。
「早く、階段の確保を」
キイが敢えて壁から離れた場所で、再びタウントを使った。骸骨兵士達の槍が、向きを変えるのが見て取れた。
互いの攻撃が、無駄にならないように。
数は多いが、後に控える敵に比べればまだ対応の余地のある骸骨兵で、消耗しすぎないように。
一団は手分けして骸骨兵の集団を捩じ伏せ、東の壁沿いを、北へ。
城壁上に居る敵は、幸い城外の仲間の攻撃に気を取られている。
だが、然程長くはもつまい。
慎重に、迅速に。階段目指し駆け抜ける一同に、猛る炎が地を舐めて迫る。
●北からの侵攻
黒百合(
ja0422)が目を細め、城壁を見上げた。
「あはァ、素敵な要塞じゃないのォ、壊し甲斐があるわァ……♪」
低い建物の陰に潜み、要塞の北面を窺い、機を待つ。
前回破壊された門は既に修復され、固く閉じられていた。
その為か、城壁上の敵影は比較的少ない。
南門からの撃退士の侵攻が始まってからは、その数が一層減っていた。
「今度こそ、南東要塞のサーバントを殲滅するよっ!」
蒸姫 ギア(
jb4049)の少女のように可憐な顔が引き締まる。
「あっ、べっ、別にこの前落とせなかったのが、悔しいわけじゃないんだからなっ! ギア、放っておいて、騒ぎが大きくなるのが嫌なだけなんだからな!」
黒髪を揺らして何やら言い訳するギアの頬に、赤みが差した。
だがその言葉とは裏腹に、握りしめた手に力が籠る。いつまでも取り戻せない都、眠る人々。
唇を噛み締め、ギアはサーバントを睨みつけた。
そこに夢野と静矢が到着した。
南門を破壊した後、敵の射程外を駆け抜け、北へ回って来たのだ。
「待たせた。さて、敵に吠え面かかせてやろう」
静矢が鎖鞭を取り出す。
「待ってたわよォ……お先に行くわねェ……♪」
黒百合が壁走りで城壁を見る間に駆け上がる。
闇の翼を広げ、ギアが舞い上がった。
上空から見ると、敵の位置が手に取るように判った。
散らばる骸骨兵士のほかに、北東に一体、西側城壁上に一体、サブラヒナイトがいる。
他の鎧武者は中央指令塔付近に二体が南を警戒、残る四体が南の城壁外の撃退士と交戦中だ。
「ギアの万能蒸気の力、しっかり味わうと良いんだよ!」
潜行したまま西のサブラヒナイトに接近すると、傍の骸骨兵士ごと『呪縛陣』に捉える。
「絡みつけ歯車の鎖……ギアストリーム! さぁ、今のうちに」
「次はあんたねェ……ほらほら、逃げるなら今のうちよォ?」
逃がす気など全くない黒百合。その言葉が終わらぬうちに、腐泥と血飛沫を撒き散らす巨大な左腕が現れ、もう一体の鎧武者に掴みかかった。
黒百合とギアが難敵の動きを止めているうちに、残る面々は城壁に取り付く。
駆けつけた骸骨兵士が、城壁上から弓を構えた。
「弓ってのはこうやって使うんだぜっ」
久遠 栄(
ja2400)が長大な和弓を引き絞り、骸骨兵士の手元を狙う。
「よし、ここでこう引っかける!」
夢野が鎖鎌を使い登り切ると、すぐに持参したロープを垂らした。イアン・J・アルビス(
ja0084)がそれを伝い、城壁上に上がる。
息つく暇も惜しいかのように、イアンはすぐさま楯を持ち身構えた。
駆け寄る骸骨兵士をシールドで押し留め、全員が城壁に上がるまでの時間を稼ぐ。
「ここは通行止めです」
伊達に前衛として経験を積んできた訳ではないのだ。狭い通路を進んで来る敵なら、防ぎきって見せる。簡単に抜かせたりはしない。
「よし、今のうちに」
最後に栄がロープを伝い、城壁に到達した。
●急襲の行方
城壁上で二手に分かれ、それぞれがサブラヒナイトを目指す。
「動かぬ相手なら、外しはせん」
静矢が強烈な一打を撃ち込む。幻影の紫鳥が魔法の弾丸となって、動きを止めた鎧武者を襲う。鎧武者は、その場に縫いつけられたまま、長大な刀を取り出し静矢の攻撃を受け止めた。
「流石に堅いか。だが、いつまでそうしていられるかな」
静矢は容赦なく、続く一撃。
そこに動かぬ鎧武者を護衛するように、背後から現れた数体の骸骨兵士が弓を番える。
「余所見はさせませんよ」
イアンがタウントで敵の意識をひきつけ、敢えて攻撃に身を晒した。
「経戦能力なら自信がありますからね。耐えて見せますよ」
鎧武者の放った蒼矢を受けとめ、見事その場に踏みとどまる。
その脇から壁を伝い、黒百合が突進。喜色満面、全身から漂う殺意は黒い靄のように。
「いいわァ、素敵よォ……大きな的を弄り殺しねェ、あはァ!」
魔法書から現れた無数の雷が、サブラヒナイトを痛めつける。
狭い城壁の上でなす術もなく強打を受け続け、さしもの鎧武者も遂に膝を折り、ぐらり揺れると、そのまま音を立てて広場へと落下して行った。
「徹底的に崩してあげます。覚悟してください」
立ちあがったイアンは既に、前方を見据えている。
東の城壁の敵を掃討し、地上組を迎えるべく駆け出した。
迫り来る骸骨兵士を前に、青と赤の双剣を構え、夢野は口元に不敵な笑みを湛える。
「オーケィ、お熱いの一曲ハデに掻き鳴らそうか!」
破壊を謳う猛攻が、数体のスケルトンを唯の動かぬ骨に返した。
ギアの『呪縛陣』で動けぬ鎧武者が、その場で長大な弓を構える。
夢野を目がけ、蒼い火矢が空を切った。
栄が回避射撃でその切っ先を、僅かに逸らす。
威力を弱められているとはいえ、まともに食らえばただでは済まない。
「くそっ、思ったよりも厄介だな……この程度で手間取るわけには……」
「こんな所で、止まってる訳にはいかないんだから!」
ギアの視点からは、塔の近くにいたサブラヒナイトが位置を変えたのが見えた。
地上から進行する撃退士の動きに合わせるように、城壁を南へと。
「全く、会いたくないのに、お前らとはよく会うな――――が、とっととサヨナラ願おう」
夢野の剣が生み出す斬撃に、鎧武者の身体がぐらついた。
だが倒れる前に踏みとどまると、身体を縛る鎖が切れたかのようにこちらへ重い歩みを進ませる。
「とにかく南へ急ごう。それが俺達の仕事だ」
目前のサブラヒナイトだけに関わっている訳にはいかないのだ。
栄は意を決して、己の弓に闇の気を纏わせる。
「当たれ……!」
確かに矢は、鎧武者を貫いた。
だがその突進はやまず、振りかぶった太刀が栄を目がけて空を切る。
「しまッ……!」
激痛。ともすれば遠のきそうになる意識を捕まえ、栄は踏みとどまる。
「お前の為の葬送歌だ、受け取れ!」
至近距離から踏み込んだ夢野が、首元に双刀を突き込む。
夢野の足の付け根も大太刀に抉られていた。が、致命傷を負ったのは鎧武者の方だった。
倒れ込む敵から素早く身を引くと、息をつき、夢野は傷口を縛り上げる。
「動ける!?」
覗きこむギアの声に、栄が顔を上げた。
「ありがと、心配してくれて。まだ大丈夫だよ」
無理に笑顔を作ってみせると、さっと頬を赤らめたギアが、ツンと横を向いた。
「……そんなんじゃないよ! 作戦がうまくいかなくなったら、困るからだよっ!」
●潜む敵影
広場の前方に、監視塔がそびえる。その前に立ちふさがる壁の手前から、炎が延びた。
顔を出したイフリートが、飛び交いながら撃退士達の行方を阻む。
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が鋼糸を構えた。
包帯を固く巻いた右腕から生じた黒い炎が激しく踊り、マキナは全てに終焉の幕を引く偽りの神たらんとする。
目を上げれば、遥か高みに舞うアステリアの姿。
共に戦った相手であれば、多くの言葉は不要。
アステリアが黒焔を放つ。凄まじいまでの冥界の気が、天界に属する火精を貫いた。だが尚もイフリートは叫び声が具現化したような炎を吐き続ける。
その炎が火精の位置を示し、マキナはそこに迷いなく突き進んだ。
鋼糸が絡みつき、イフリートの半身が千々に引き裂かれる。
その瞬間、蒼い火矢が上空を横切った。
顔を上げたマキナの眼前で、アステリアの身体が跳ねるように宙で踊り、そのまま落下して来る。
余りの破壊力に危険な存在と見做し、駆けつけたサブラヒナイトがアステリアを撃ったのだ。
「……リア!」
マキナが駆け出し、危うく地面に叩きつけられる寸前で、アステリアを受け止める。
その背後に、イフリートの炎が容赦なく襲いかかった。
マキナはほんの僅かに顔を歪めたが、飽くまでもアステリアを庇い続ける。
「大丈夫!?」
影野 明日香(
jb3801)が、塹壕から顔をのぞかせたイフリートの頭をニーズヘッグで薙ぎ、牽制。
火精が塹壕に消えたのを見届けると、すぐに駆け寄る。
覗きこみ、慣れた様子で手早くアステリアの具合を確かめる。――息は、ある。
「良かったわ、取り敢えずは簡単に治しておくわよ」
本当は、可能な限り癒してやりたい。だがまだ戦いの終わりは見えないのだ。
明日香は心を鬼にして、最低限の治癒を施すにとどめる。
塹壕の縁に身を顰め、玲獅が生命探知で割り出したイフリートの位置を示す。
「南側の塹壕に四体、東西の通路に二体潜んでいます、お気をつけて」
「おー! 俺今度はいっぱい暴れるんだぞー!」
待ちかねていたように彪姫 千代(
jb0742)が声を上げる。
幾度か痛い目を見せられた、炎の精霊。今度こそ徹底的に叩き潰してやるぞと。
「可能な限り援護する」
水樹が楯を構え、『庇護の翼』で千代の身を包む。
「おー! 頼りにしてるんだぞ!」
二人は一度にイフリートの炎を浴びないよう気を配りながら、位置を整えた。
「いっけー『冥虎』! ドッカーンなんだぞー!」
闇から生まれたような獣の幻影が塹壕に飛び込み、イフリートの喉元に食らいつく。
激しい冥の気に、火精は仰け反る。
ほとんど身動きもままならぬままに倒れた。
――まずは一体。
「この間の様にはいかないんだぞー!! 『剣虎』!」
千代の声に応え、白銀の虎が出現。その体表から無数の刃が飛び出し、駆け寄るイフリートに向かって飛んだ。
交差するように伸びる猛炎を、水樹がしのぐ。熱に焙られ、皮膚が裂ける。それでも水樹は表情も変えず、引こうともしない。
千代の攻撃が効いているなら、一体でも多くイフリートを倒す。ギリギリまで耐えて見せる。
――二体目。
「――さぁ、此処が正念場だ……油断せずに行こう!」
志堂 龍実(
ja9408)の言葉に、フィンが穏やかに頷く。
急な依頼での呼び出しだったが、共に戦場にいることが心強い。
「今度こそ、この要塞は落とすんだよ!」
天羽 伊都(
jb2199)が身の丈よりも長い剣を構えた。その手に黒い焔が渦を描く。
あくまでもここは通過点。要塞の向こうに眠る人々との間を隔てるかのように、延びる塹壕。
ここを越えなければ、市民に手は届かないのだと。まるでそう告げているようだ。
息を顰め、伊都は機を待つ。
先の戦いで、火精が顔を出す瞬間に飛び上がるのは判っていた。
「来ます!」
玲獅の涼やかな声が、鋭く響いた。華奢な身体が、業火を真向から楯で受け止める。
「行くっすよ!」
脇に回った伊都が、剣を振り下ろす。
そこから生じた黒い炎が、塹壕に引っ込もうとするイフリートの横面をはたいた。
「当たった!」
「まだです、次!」
玲獅の楯が別方向からの炎を、防ぐ。
飛びあがり、炎を吐き、互いに位置を入れ替えながら、イフリート達は塹壕を行き来する。
「射程が長い相手は厄介……だなッ!」
龍実は愛用の剣を霊符に持ち替えた。近寄りすぎるのは危険だと判断したのだ。
距離を取り、飛び出すイフリートの頭を押さえる。
そこにRehniの声が響いた。
「少し下がってください!」
光の尾を長く引き、幾つもの流星が狭い塹壕に降り注ぐ。
弱っていた一体が吹き飛び、隕石の重みに耐えかねたように別のイフリートの動きが鈍くなった。
それを見逃さず、緑が『スタンエッジ』を撃ち込む。イフリートは塹壕に倒れ込み、身動きしない。
「一体ずつ確実に仕留めるっすよ!」
伊都が塹壕に飛び込む。刃を下方に向け、己の身体の重みをかけ、イフリートを貫いた。
――これで四体。
伊都が態勢を立て直す時間を稼ぐ為、玲獅が楯を構え、塹壕に舞い降りる。
続いて龍実が飛び込んだ。
「そこがそちらだけの安全地帯だと思うなよッ!」
すぐさま龍実が白色の剣を振るうと、イフリートの炎を圧する紫焔が躍り、敵を弾き飛ばす。
「援護しますわ、すぐに下がってくださいね」
フィンが飛びあがるイフリートに雷を叩きつけ、龍実が下がる隙を作る。
冥魔の気に寄った龍実がサーバントの焔を食らっては、痛手を被ることになるからだ。
「くれぐれもお気をつけて」
遥久が塹壕を覗き込み、手近の者に『アウルの鎧』を纏わせる。
「あんまり無茶しないでよね!」
一番最後に明日香が、ちょっと困ったような顔をして飛び込んだ。
万一の際には、引き摺ってでも助けなければ。
「上にも気を付けてください」
城壁の上の鎧武者に、フィンが渾身の一撃を見舞う。黒い翼の幻影が、背に現れ、散った。
ほんの僅かな時間だが、敵の攻撃が止む。
懐深く飛び込んできた敵をどう処理するか、思案しているかのようだった。
そしてその僅かな時間が、撃退士達には必要だった。
「対イフリート班、塹壕へ。私も援護に回ります。後はよろしくお願いします!」
凛が声をかけ、牽制に加わる。
「宜しくお願いします。では」
遥久は残るイフリートの数を把握し、任せられると判断した。
分かれた一隊は塹壕を飛び越え、城壁に開いた穴へと突入して行く。
●鎧武者たち
少し湿っぽく暗い石造りの階段が、螺旋を描いて上へと延びる。
遥久は楯を構え、慎重に石段を上がって行く。
「……ここにもいましたね。少し下がっていてください」
生命探知の網に、動かない生き物がかかる。大毒蛾が一体、石段の壁に張り付いていた。
狭い空間ではあるが、可能な限り距離を取り、霊符で仕留める。
飛び散る鱗粉が収まるのを待ち、階段を駆け上がる。
やがて階段は尽き、突然視界が開けた。
辺りの建物の屋根は足元に、見上げた空を遮るものは何もない。
だがその景色を堪能している暇はないのだ。
咄嗟に構えた遥久の楯に、蒼い火矢の衝撃。
塔周辺に張り付いていたサブラヒナイトの一体が、階段を見張っていたらしい。
「やっぱりいましたね!」
Rehniは階段を上がる最中、『アウルディバイド』で回復し温存していた『コメット』を叩きつけた。
「後ろがお留守なのDEATH!」
重い一撃に重心を移した鎧武者の脚に、白と黒の矢が突き刺さる。
城壁の下のブラウトだ。
してやったりの満足げな笑み。
「今年こそ。京都の紅葉見つつ、一曲歌いたいんよっ」
淳紅の頬が、紅葉のように染まる。
緑滴る山々の眩しさが、埃まみれの街並みとの対比で物悲しくすら思える。
美しい街を、いつまで蹂躙させておけばいいのか。
いつになればこの古都の美しさを、存分に謡い上げられるのか。
「せやから……早めに出てってもらいたいやんな!」
生み出された激しい風の渦が鎧武者の足元に絡みつき、全身を包み込んだ。
サブラヒナイトは足元を攫われ、城壁から転落する。
「無様な物ですね」
尚も立ちあがろうとするサブラヒナイトに、マキナが終焉を告げる拳を撃ち込んだ。
特殊な防御フィールドを持つとはいえ、一切打撃が効かない訳ではない。例え半減されても、その拳の威力は充分過ぎるほどだった。
木乃伊の顔面が打ち砕かれ、ついに鎧武者は動かなくなる。
その間に階段室を飛び出し、一同が城壁上に展開する。
「大丈夫だったか!」
北側から駆けて来る、静矢、イアン、黒百合の姿。
だが、ゆっくりと互いの無事を喜ぶ暇はない。狭い城壁上では、二人並ぶのが精一杯だ。
眼下の塹壕では炎が猛り狂い、塔の西側付近では、一体のサブラヒナイトが下方を狙っている。
そこに西側から連絡が入る。ギアだった。
『今、西南の階段に向かってるからねっ。司令塔の西側のサブラヒナイトをやっつけちゃうよ!』
イフリートに対峙する仲間の負担を、少しでも軽くする。そのためには必要なことだった。
だが、南側の四体を城壁外の部隊が押さえるのも、そろそろ限界らしかった。目に見えて、支援攻撃が弱くなっているのだ。
『ごめん、もう四体を牽制するのは、ちょっと厳しいみたい……!』
光信機から漏れる律紀の声が悔しげだった。
広場に意識を向ける暇を与えぬ程に射かけた以上、反撃も受ける。サブラヒナイトの矢に傷つき、少なくない離脱者が出ていたのだ。
それでも武尊がいち早くたどり着いた城壁上を暴れ回り、骸骨兵士はほぼ駆逐されている。
鎧武者はほぼ雑兵なしで、撃退士と戦っている状態だ。
塹壕の傍からは、凛が互角と言っていい長射程の銃撃でサブラヒナイトを攪乱する。
(当たらなくても、狙いを逸らしさえすれば……!)
広場ではブラウトが狙いを定められぬよう、常に動きまわりながら、サブラヒナイトを攻撃。
琴音もタイミングを合わせ、城壁の真下から牽制攻撃を続ける。
一撃ずつは、鎧武者にとって然程脅威ではない。
それでも身を隠す場のない城壁上で、あらゆる方面から仕掛けられる攻撃のダメージは、時間と共に僅かずつ蓄積して行く。まだ戦えない程ではないにせよ、鎧武者たちも満身創痍だった。
翠月が、小柄な体で精いっぱい伸びあがる。
「一体ずつ減らして行くしかありませんね。できるだけのことを、やるしかありません」
遥久が楯を構え直す。
「ご一緒します。射程内まで後ろからどうぞ」
「有難うございます。気を付けていきましょうね」
少女のような翠月の笑み。
同時に、南へ。
行く手に立ちふさがるサブラヒナイトが、こちらを向いた。一気に距離を詰めると、弓の代わりに大太刀が具現。鋭い一閃を、遥久は真っ向から受け止める。
「行きます!」
背後から、翠月がひらりと現れる。小さな身体に常闇を纏い、激しい一撃を繰り出した。
鎧武者の頑丈な身体が、そのたった一撃で、ほとんど半分吹き飛んだ。
そうなって尚、最期の力で、大太刀を振り下ろすサブラヒナイト。
遥久はその切っ先から翠月を庇い、剣を突き込み、抉った。巨体が音を立てて、落下して行く。
「まだまだァ……こんなもんじゃ足りないわよォ♪」
壁を駆け抜け、黒百合が前へ。迫る鎧武者に、大鎌を振るう。
真っ向から向かってくる小柄な少女を、汲み易しと見たか、サブラヒナイトは大太刀を翳した。
唸りを上げて振り下ろされる刃を、黒百合は容易く回避する。
「あはァ。結構楽しませてくれるじゃなぁい?」
シュールレアリスムの絵画のように、重力を無視した方向に城壁を駆け抜け、黒百合の斬撃が繰り出された。
「ジュンちゃん、行けますか?」
きゅっと口元を引き結び、Rehniが顔を上げる。
「ええで。身動きとれんようにしたる」
淳紅が魔法書を取り出す。と同時に、塹壕を見下ろす回廊へ駆け出した。
下方へ向けて矢を番える鎧武者に向けて、Rehniが『ミカエルの翼』を投げる。それは真っ直ぐ飛ぶのではなく、ブーメランのように弧を描き、敵の脇腹を強かに打った。
『Canta! ‘Requiem’』
淳紅の澄んだ声が響くと、鎧武者の足元に譜面が現れた。禍々しい無数の手が伸びあがると、抱きすくめるように具足の足を捉える。
身を捩り、サブラヒナイトは咆哮を上げた。だが、その場から全く動けない。
「いまですっ!」
装備を『影獅子』に変えたRehniが飛びかかり、暗黒の魔法の爪を振るった。
大太刀でその爪を受け止める鎧武者の兜が、突然の雷に吹き飛ばされる。
「万能蒸気の力、思い知ると良いんだよっ!」
ごついガントレットに挟んだ霊符を構え、ギアがふわりと城壁に降り立った。
「下は、どうなってる!?」
ギアの背後から栄が塹壕を見下ろす。
●業火消えて
塹壕の中、千代の『磁虎』がイフリートを釘づけにした。
その背後から現れた新たな一体が、飛びあがり、焔を吐く。
「悪いが、次で限界だ。そこからは自力で何とか頼むぞ」
水樹が喘ぐように言った。千代の受ける攻撃を肩代わりし続け、既に自力回復の手段は使いきった。次に受ける攻撃を凌げば、下手をすれば自分も倒れるだろう。
「おー、ありがとなんだぞ! おかげで俺、元気なんだぞー! もう一回だけ、頑張るんだぞー!!」
ならば最後に、もう一体。
水樹が火炎を受け止める間に、動きの鈍ったイフリートに千代の放った暗黒の虎の幻影が躍りかかった。
その幻影が霧散すると同時に、水樹と千代がすぐさま塹壕から脱出。
「早く下がって。追撃されるわよ」
二人の背後から顔をのぞかせた火精を、緑の雷が打ち据える。
転がるように広場に脱出した水樹が、肩で息をする。その焼かれた肌から痛みがすっと消えていった。顔を上げると、明日香が覗きこんでいる。
「お疲れ様。もう大丈夫よ!」
金の瞳が、励ますように細められた。
「後、何体いるのかわかりますか!」
PDWを構え、伊都が声をかけた。
「残り二体です。……通路から来ます!」
玲獅の声に合わせ、伊都は出鼻に銃弾を撃ち込んだ。
「こっちは任せろ! ここからじゃ丸見えだぜ」
城壁の上から、栄の声。
躍り出た火精に、渾身の一矢が射ち込まれた。一度跳ね上がった身体は、そのまま塹壕の地面に叩きつけられる。
「よし、とどめももらった!」
サブラヒナイトに痛めつけられた分のお返しとばかりに、強くひき絞られた弓から放たれた矢が、唸りを上げてイフリートの頭を貫いた。
「よし、やった! サブラヒナイトは? 味方はどうなったんすか!」
残る一体を仕留めた伊都が、塹壕から這い上がり辺りを見回す。
南東要塞には、城壁上と言わず広場と言わず、サーバントのなれの果てが累々と横たわっていた。
城壁上の仲間が、手を振った。
蒼い火矢も、業火も、もう何処からも飛んでこない。
撃退士達の中から歓呼の声が湧き上がり、夏の空に響き渡る。
●蝙蝠の目
南東要塞の上空を、音もなく一つの黒い影が舞っていた。
「サブラヒナイトが……全滅、だなどと……」
怒りを含んだ少女の声が漏れる。
「案外、保たなかったな。まあ仕方ないだろう、多少頭があるとはいえ、所詮はサーバントだ」
男の声は、どこか他人事のようだった。
「収容所さえ確保しておけば、機能上の問題はない。……行くぞ、そちらの方が重要だ」
やがて蝙蝠は身を翻し、いずこへともなく飛び去った。
この日、ついに人間は南東要塞にまで駒を進めた。
少しずつ守りを失ってゆく中で、天使達が何を考え、どう動くのか。
それはまだ誰も知らない。
<了>