●風呂バナ
湯の中で、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が大きく伸びをした。
「C'est merveilleux!」
然程広くはないが、清潔で明るい浴場はなかなか快適だ。
「ぅん〜……日本ではこういう時『極楽』と言いますのよね。癒されますわ〜」
「ぷっはぁ〜、ホント最高ね〜! 偶にはこういうのも悪くないかも」
雀原 麦子(
ja1553)の前には、ビールが乗ったお盆が湯船に浮かんでいる。おそらく温くなる前に空くのだろう。
「……本当に気持ち良すぎて、眠くなってきますね……」
既に大八木 梨香(jz0061)は寝落ち寸前だ。
初依頼で疲れた後とあって、久留島 華蓮(
jb5982)もぐったりと天井を見上げる。
「無事に依頼終了と思ったのに、散々だったね。まあ、旅館に泊まれるだけましかな」
「そうですね、最悪野宿などもあるようですし……」
キャンプセット担いで天魔討伐も、実は珍しい話ではない。
「でも一流の撃退士は、どんな時にもビールを切らさない! これだけは確かよ!」
麦子が新しい缶を開けながら言った。
「でもまあ、そういうときにドーンと構えて、皆を纏めてくれる人なんかいたら、カッコ良く見えちゃうかもね!」
麦子がからからと笑うと、シェリアが湯船の中でざばんと向き直った。
「機会があれば、ぜひお聞きしようと思っていたのですけれど」
青い瞳がキラキラ輝き、白磁の肌は薄紅に染まっている。
「皆さんは想いを寄せる殿方とかいらっしゃるのですか? もしくは、もうお付き合いしている方とかっ!」
湯船を背中に身体を洗っていたハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)が、泡にまみれた犬耳をピクリと動かした。
●部屋バナ
部屋に戻り、シェリアが悪戯っぽく笑う。
「折角ですから、殿方もお誘いしません? 大人数の方が、賑やかで楽しいですわ」
異論は出なかった。
旅館の浴衣の袖をひらひらさせながら、シェリアと春名 璃世(
ja8279)が部屋を出て行く。
「長話にはお菓子が付き物だな。売店が閉まる前に何か買ってこよう」
紫鷹(
jb0224)が腰を上げた。
(恋バナか……)
小さく溜息。決して興味がない訳ではない。だが提供する話題がなく、ついて行けるかが気にかかる。
(理想になってしまうのが申し訳ないな)
紫鷹は飽くまでも真面目だった。その後をハルティアと麦子がついて来る。
「サラミなども欲しいな」
「いいわね〜♪」
「後で買い足しが出来ないなら、いくらあってもいいだろう。ご当地もので何かあればいいのだが」
残った華蓮と梨香は、布団を巻き上げ、机を引っ張り出しての会場設営。
その間の雑談で、互いの趣味などに触れる。
「絵を描かれるのですか。素敵ですね」
「一日一回は絵を描いてないと落ち着かないんだよね。今度からスケッチブックも持ち歩かないと」
苦笑いを浮かべる華蓮に、梨香が頷く。
「判ります。私も、読みかけの本を持ってくればよかったと思っていたところです」
璃世が小声で笑った。
「星杜くんは可愛い彼女さんとラブラブだって有名で。惚気話、聞けるかな……」
「それは是非お聞きしたいですわね! でも璃世様も、今日ご一緒の方と親しくなさっているのでは?」
「彼は大事なお友達かな。クールに見えるけど優し過ぎるのが心配で……」
璃世が目的の部屋の前で足を止める。
――静かだ。
「もう寝たのかな……?」
璃世が襖に手をかける。鍵はかかっていない。
「お邪魔しますの。お二人とも、良かったら女子の大部屋へ……」
そこでシェリアと璃世は硬直する。
●武器バナ
星杜 焔(
ja5378)は通話圏外の表示を見つめる。
(おうちで一人寂しがってないかなあ〜後で電話しなくては……)
帰りを待っているだろう同居人の姿を思うと、心が痛む。
レイヴン・ゴースト(
ja6986)が湯呑みをふたつ、ちゃぶ台に置いた。
「よかったら、お茶どうぞ」
「どうもありがとう〜」
焔が微笑みながら茶碗を手に取る。
ずずずず。
二人は向かい合って、お茶を飲む。
(どうしよう、こんなとき何を話していいのか判らないね……)
会話の糸口が見つからず、焔はただ黙ってお茶を飲む。
一方のレイヴンは意に介している様子も見えない。
(そうだよね、俺なんかと話をする気に、ならないよね……)
笑顔のまま焔の思考は、ネガティブぼっちモード(略してNBM)へ。
だがレイヴンから見れば、焔の方こそ笑顔でお茶をすすり続ける謎の存在だ。
こちらも話の切欠を見出せぬまま、何となくいつもの習慣で、愛用の銃を取り出す。
雨に濡れてしまったので、せめて拭いておかねば。
からの、本気の手入れが始まる。
「あ……いいの使ってる……」
焔が目を止め、自分も愛銃を取り出す。
「よく手入れしてますね。見ればわかります」
レイヴンが頷いた。
二人の間に、どこか柔らかな空気が流れる。その後はただ無言で、銃の手入れを続ける。
「あ……密輸の取引現場か何か?」
顔を上げると、強張った笑顔のシェリアが立っていた。
「もしかして……着いてからずっとこんな感じ……?」
璃世は迎えに来て正解だったと思いつつ、女子部屋へと誘う。
焔とレイヴンは頷くと、黙ってついて来た。
●コイバナ
ちゃぶ台の上には、大量のお菓子や乾き物、飲み物。
「ご、ごめんなさい。加減がわからなくて、とりあえずあるだけ持ってきましたわ」
シェリアが、そこにまだお菓子を追加する。
「んじゃ、改めて。依頼完了おつかれ〜♪」
「「「おつかれさま〜!」」」
麦子の発声で、一同が思い思いの飲み物を突き合わせた。
「これ、よかったらどうぞ〜」
焔が温泉玉子に温泉饅頭を差し出し、梨香に片手を上げる。
「ボッチーノ」
「ボッチーノ……星杜さん、これお気に入りですね」
ひとりぼっち属性同士の挨拶らしい。
「ええっでも星杜くんは可愛い彼女がいるんだよね?」
梨香の隣で璃世が身を乗り出した。目が期待にキラキラ輝いている。
「どんな人ですの!」
シェリアが猛然と食いつく。
「え、えっと……理想は散弾銃装備で戦う、清楚可憐な森ガールかな……」
一同の頭に『?』が浮かぶが、その辺りは個人の主観なので仕方ない。
「理想像は初恋の人だけど。彼女ができた今となっては好きになった人が好みのタイプという感じかなあ……」
焔は小刻みに震えながら、視線を彷徨わせる。
「うん〜、いつも一緒にいるからね……今日は一緒に眠れなくて、寂しがってるかも……しれない……?」
「きゃー!?」
歓声が上がり、益々狼狽する焔。梨香は、曖昧な笑いを浮かべる。
色っぽい意味に受け取られかねない言い草だが、平和的『添い寝』以上でないことを知っているからだ。
丸めた布団にもたれ、ペンを走らせていた華蓮が悪戯めいた笑いで尋ねた。
「じゃあ彼女は別として。この中でなら誰が好みなのかな?」
「えっ……?」
いちいち反応する男子、恰好の玩具である。
「え〜と……大八木さん……かな……」
梨香がずるっと滑った。確実に面識のあるなしで決めている。
「最近はちょっとお洒落もしている気がするけども〜? 君はきれいなのだから、もっと積極的になればよいと思うのだ……」
「え、あ、はあ」
ぼっち、自己を棚上げに説教するの図。
「じゃあゴーストさんは? この中で誰が好み?」
レイヴンの肩がピクリと動いた。
何処か焦点の定まらない目で、一同をさっと見渡す。
「ノ、ノーコメント」
すぐさま目を逸らしてしまった。
「じゃあ好みのタイプだけでも!」
シェリアが無邪気に追い縋る。
「無理に答えなくてもいいんだぞ?」
「……優しくて、自分を受け入れてくれる人。そんな相手と想い合える関係、が理想ですね」
紫鷹の助け船に、レイヴンは少し考え、小声で、だがしっかりと答えた。
やがて女子一同は、勝手におしゃべりを始める。
「自分自身をちゃんと大事にしてくれる人がいいかな。無茶する人だと、心配で心臓が持たないかも……」
璃世が真剣な顔で言った。
「でも案外そういう方に限って、無茶する人を好きになることが多いんですよね……」
梨香が呟く。何か思うところがあるらしい。
「えっ! そうなの!?」
璃世が思わず声を上げる。が、すぐさま反撃。
「そう言う大八木さんは、どんなタイプがいいのかなあ?」
うりうりと肘でつつかれ、梨香が赤面する。
「えっ!? わ、私は……そういうことは良く判らなく……そうですね、頼り甲斐のある人、なら素敵ですね……」
ディバインナイト女子の儚い望み。大概は楯役で頼られる側だ。
「梨香ちゃん、気が合うわね〜♪ 私もよ!」
頼りになる阿修羅女子・麦子がさきいかを振り賛同する。
「私も女の子だからね〜、強い男の人に守られたいとか思ったりもするわけよ。か弱い私を力強く守ってほしい、みたいな?」
勿論、守られてばかりではない。ちゃんと自分の足で立っていられる自分でありたい。
「お互いに支え合い、時には甘えてって感じの関係かな。できればある程度年上で、ガッチリした体格で。そうね、ヒゲもあるとカッコいいかも。ナイスミドルな紳士も渋くて素敵かな〜」
「学園長にヒゲですか……」
一同が想像し、爆笑。
「あ、でも可愛い女の子も好きよ〜♪」
「「「それ意味違うよね?」」」
●マジバナ
華蓮がため息をつく。
「年齢相応に扱ってくれる人、が大前提だね」
年の割に幼く見えるのが悩みの種だ。
「見た目だけで、子供扱いする人が多くてね。昔、命知らずな一言を言った男性をちょっと酷い目にあわせたら、寄って来る男の人居なくなったからね。今のところ、恋人は居たことないかな」
言いながら旅館の便箋をめくると、璃世に手渡す。そこには璃世が描かれていた。
「わあ、私? ありがとう素敵! そう、私も恋人っていたことないんです! 一緒に頑張りましょうねっ」
璃世が華蓮に抱きつき、目を潤ませる。
押しつけられる豊満な胸の感触に、若干複雑な気持ちになる華蓮だった。
そして内心、ホッとしている者がもう1人。
水を向けられ、紫鷹がとつとつと喋りはじめる。
「好みか……適度に放っておいてくれる人、だな。その、我儘だと思うが……常時べったりは、苦手なんだ」
少し考え込み、言葉を続ける。
「いつも一緒に居る訳ではなくても、いざというときに支え合えるのが、一番いいかな、と思う。完全に対等は無理でも、互いの苦手な所を補えるような関係が理想かな」
「お互いがお互いの安らげる居場所……そんな関係かあ」
璃世がほう、と息をついた。
「俺もイチャイチャとかは別に少なくていいかな」
ハルティアが犬耳をぴょこりと動かした。
「あれだな。でもなるべく、一緒にいれればとは思う。恋愛みたいなのは一応経験あるけど、イチャイチャベタベタっていうのは、ちょっと違った感じだ」
「どんな方ですか?」
尋ねられ、ハルティアが一瞬赤面する。
「好きなのつったら……ちょっとおとなしめで、笑顔が良くて、いわゆる草食系? だけどやるときはやるみたいな、そうゆうやつかなー……」
えらく具体的だ。
「や、誰って、そういうのじゃなくて!!」
皆が自分を見る目に期待が籠るのを見て、ハルティアは慌てて手を振る。
「と、というか、今彼氏がいる子の話は!? 聞かなくていいのか!」
視線がシェリアに移った。
「素敵な方ですわ。寡黙で恋路に少し鈍感なところもあるのですけれど、強くて格好良くて、何より優しい人で……!」
シェリアが自分の世界に入り始める。
「出会いは学園のとある広場なんです。その頃はお互い戦闘訓練に勤しんでいて、ほとんど無関心だったのですが……」
以下延々と続く、恋物語。
ちょっと羨ましい、聞いている方までなんだか頬が緩む、そんな暖かくてくすぐったい感覚が一同を包む。
ハルティアが、ぽつりと呟いた。
「あのさ、聞きてぇんだけど……ぶっちゃけ、異種族での恋ってどうよ?」
言ってから、しまった、という表情になる。
が、もう遅い。
「せっかくだから聞いときてぇんだ。人間から見て、どう映るのか」
琥珀色の眼が、覚悟を決めたように一同を見渡した。
「そうね、愛があれば否定はしないけど。あんましお勧めもしないかな」
麦子がビールの缶に口をつける。
「何と言っても、生きてる時間の長さが違うしね。それはお互いに辛いことじゃない?」
言葉とは裏腹に、優しい瞳。
「ま、好きになっちゃったら、そんなの気にしないとは思うけど」
「恋愛経験ゼロの、私が言うのもなんだが……」
遠慮がちに、紫鷹が呟く。
「両思いなら、いいんじゃないのか? 周囲の目を気にする事もないだろう。それに、人と天魔と、補い合えることもあるはずだ」
紫鷹はあくまでも、生真面目で、真摯だ。
(ハルティアさんの好きな相手って人間だったのね……)
璃世は、ちょっと泣きそうな顔のハルティアを見つめた。
「大事なのはお互いへの想いだから、種族は関係ないと思う」
優しく微笑む璃世。
「どんな壁も一緒に乗り越えて行けるって思える人となら、絶対に幸せになれるよ」
「そうですね。互いに想い合い支え合えれば、何ら問題はないと自分は思います」
レイヴンが静かに後に続いた。
華蓮が、一枚の紙をひらりと手渡す。
「自分自身がどうすれば納得できるのか。それが大事なんじゃないかな」
描かれていたのは、真剣な表情のハルティアの横顔。
想いの強さが、疑いようもなく表れていた。
●箒星
湯の中で、梨香は手を伸ばす。
(天魔と人間の恋。あり得るのかしら……)
梨香には信じがたいことだった。
だが少し前なら、天魔との友情も想像できなかった。人は時間の中で、変わって行く。
華蓮がその横顔に声をかけた。
「大八木さん、今度本を読んでいる姿をちゃんと描きたいな。モデルになってもらっていい?」
「えっ……? あ、私で良ければ」
「華蓮ちゃん上手だもんね〜でき上がったら見せてね!」
麦子が笑う。
ハルティアの話に、少し困ったような表情をした梨香に気付いた。
だから風呂に誘ったが、どうやらもう大丈夫そうだ。
焔は人気のないフロントで、公衆電話の受話器を取り上げる。
(皆が種族関係なく、良い感情を持てるようになって。平和に過ごせたらいいのになあ……)
電話の向こうの声に、優しい気持ちが胸に溢れ出す。
――大丈夫、きっとそうなるよ。
まるでそう励ましてくれるかのように。
「あれ? レイヴン君もお風呂?」
璃世に声をかけられ、レイヴンは手にしたフルーツ牛乳を差し出す。
「……どうぞ」
「有難う! 外出てみない?」
庭に出ると、雨上がりの空に星が瞬いていた。
湯上りの身体に、夜気と冷えたフルーツ牛乳が心地よい。
「……綺麗ですねー」
レイヴンは『何が』とは言わなかった。
璃世が独り言のように呟く。
「お友達がね。恋は風邪みたいだって言ってたんだ。それって自分で気づかない内に恋に落ちてたって事なのかな……」
答のように、流れ星が一筋、空を横切って行った。
<了>