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洋館を見て回り、宇田川 千鶴(
ja1613)が言った。
「うん、こういう場所やと、やっぱり人前式のイメージやねぇ」
ミシェル・G・癸乃(
ja0205)も同意する。
「レストランなら堅苦しいものじゃなくて、仲間たちと祝う可愛い結婚式って感じがいいと思うよ」
「いいお天気……お庭も、綺麗です……」
秋姫・フローズン(
jb1390)が庭園を眺める。
女性の方が結婚式に思い入れが強いのかもしれない。
花やキャンドルの配置など、担当スタッフと詳細を詰めて行く。
時間を見て、日下部 司(
jb5638)が声をかけた。
「女性はお支度に時間がかかるんですよね。後はやっておきますよ」
「そーそー。男はパパッと着ちゃうだけだからねー。いってらー」
百々 清世(
ja3082)が笑顔で手を振った。
その中でいち早く衣装を整えたのは、メンナクこと命図 泣留男(
jb4611)だ。
メンナクはこの依頼の「写真モデル」という単語に心くすぐられた。
「ほう? くくく……モデル、か。いいだろう! 伊達ワル・マイスターはただ君臨するのみッ!」
すぐさま斡旋所に特攻したという。
だが、結婚自体に憧れがある訳ではない。何故かと問えば、メンナクはこう答えるだろう。
「何故かって? くく……存在するだけで愛されてしまう宿命ゆえ、さ」
意外と照れ屋さんなのかもしれない。
「くく……新生黒神プロジェクトが今はじまる……」
黒を愛するメンナクは、和装の黒の渋さも大変気に入ったらしい。マストアイテムのサングラスを取り上げられたショックから、既に立ち直っている。
金屏風を背に、大きな赤い番傘が開いたセットの前で、黒の紋付袴でポーズをとる。
「パーフェクトな黒は帝王の証。ストリートだけではない、無限の可能性に慄け!」
浴びせられるフラッシュが、もっと輝けとメンナクに囁いている!
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白いマーメイドドレスの千鶴に、注意深くレースのマリアベールがかけられた。
その間千鶴は、ぶつぶつと何事かを呟いている。
「今回は、模擬式の宣伝……依頼、うん、大丈夫」
促され、少し俯き加減で鏡の前に立つ。
目を上げると、明らかに困惑した表情の自分が映っていた。
(これはあかんね……)
無理やり笑顔を作ってみる。
結婚等まだまだ縁遠いと思ってはいるが、単純に『花嫁さん』を喜ぶほど子供でもない。
いつかは……という気持ちもどこかにある。大切な相手がいるなら、なおの事。
外では、石田 神楽(
ja4485)が待っていた。
「綺麗に仕上がりましたね」
いつも通りの笑顔だが、タキシードを纏った姿は少し大人びて見えた。
千鶴はややぎこちなく自分の手を重ねる。
「……ドレスがな。でも、まぁ、おおきに」
会場から漏れるざわめきが届く。
「……うん……依頼やこれは。冷静に、依頼なんや」
千鶴の手に力が入るのを感じ、神楽がそっと頭を撫でる。
「もしかして、緊張しています?」
「そ、そんなことあらへんよ。大丈夫や」
思わず反射的に答えたが、伝わる手のぬくもりに、本当に緊張が何処かへ消えて行く。
「では行きましょうか」
こういうときに、神楽が年齢差以上に落ち付いて見えるのは何故だろう。
少し不思議な気持ちでいるうちに、目の前で会場のドアが開いた。
音楽と拍手に包まれ、2人は足を踏み出す。
思ったより多くの人が集まっていた。
いざ進み出ると、千鶴も辺りを観察できる程度に冷静になれた。
花々に飾られた会場を一回り。床に流れるドレスの裾にも、カメラが向けられる。
雛壇には、ダークスーツに白ネクタイのジュリアン・白川(jz0089)と村田桃子が待ち構えていた。
桃子が差し出す白いリングピローには、指輪が2つ並んで輝く。
神楽がひとつを取り上げ、千鶴の指に嵌める。続いて千鶴が。
2人並んでサインした結婚誓約書を白川が掲げると、ひときわ大きな拍手が沸き起こる。
(結婚式って、こんな感じなんやなあ……)
並んで出口に向かって歩きながら、千鶴は神楽の腕に添えた手をほんの少しだけ、引き寄せる。
「先生、おおきに。立会人役引き受けてくれて」
続いて出てきた白川に、千鶴が声をかけた。
「ああ、いや……光栄だよ。2人とも幸せにね」
何故か白川が目頭を押さえる。場に流されるタイプらしい。
「ほんまにもう、先生、なに言うてんの」
反射的にツッコミ手をくらわす千鶴を、神楽が微笑みながら見守っていた。
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「うーん、おかしくないかな」
司が胸に刺したブートニアの位置を直す。着慣れない白のタキシードが、どうも落ち着かない。
「お待たせ……いたしました……」
振り向くと、正統派プリンセスラインの白いドレスを纏った秋姫が微笑んでいた。
普段柔らかく流れる髪を綺麗に結い上げ、乙女桔梗の髪飾りを控えめに散らしている。
司は言葉を失った。
花嫁衣装というのは、例えそれが本当の式でなくとも、ここまで女性を美しくするものなのか。
「どうか……なさいましたか……?」
小首を傾げる秋姫に、慌てて首を振る。
「いえ、すみません! あの……とても綺麗……です」
「あら……有難う、ございます……でも、少し……恥しい……ですね……」
紅を差した唇がほころんだ。
2人が玄関前に立つ。
さっと両側に広げられたドアの先には、眩しい程の緑と青空。
幾つもの白いパラソルが、花のように浮かび上がる。
観客の拍手の中、少し若い花婿は緊張の面持ちで歩みを進めた。
初夏の日差しの下、シンプルな純白のドレスが眩い。
既に式を終えて出てきた2人という流れなので、並んで玄関の階段の上に居住まいを正す。
「それではブーケトスをお願いします!」
司会の声を合図に、一斉にフラワーシャワー。秋姫がブーケを軽く放り投げた。
と同時に、大きな風船……というより小さな気球を空に浮かべる。
何事かと空を見上げた来客達の頭上で、気球が弾けた。
リボンでまとめられた小さな花束が、いくつもいくつも舞い落ちる。
「皆様にも……祝福を……です……」
秋姫が小さな弓を手に、軽く膝を曲げて優雅に一礼。
ひと際大きな歓声が上がった。
そこから白いテーブルの並ぶ庭園に移動する。
披露宴はガーデンパーティー風だ。
庭の花を極力生かし、飾り付けの為の花も、なるべく自然のままに見えるように並べた。
小ぶりな丸いテーブルの上には白いウェディングケーキ。
司の握るナイフに秋姫が手を添える。花々が見守る中でのケーキカットだ。
「花が第二の主賓ですね」
司の声に、秋姫が頷いた。
切り分けられたケーキが配られ、招待客は暫くの休憩となる。
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その間にも、モデル役は大わらわだ。
女性陣は勿論、男性陣も、着付けが多少楽とはいえのんびりしてはいられない。
清世は式場では只管カメラマンに徹し、ケーキ配布の際もフットワーク軽く動き回っていた。
「ここ元々は洋菓子店だからさ、お菓子が超美味しいの。だから挙式は勿論、料理も満足してもらえると思うよ」
さり気なく、だがしっかりと宣伝も忘れずに。
それが一通り落ち着くと、今度は着替えである。
金の縁飾りの紺色の燕尾服に金のベスト、白のアスコット風タイにブローチ。ヴァーリエントプリンススタイルの清世が、少し眉をひそめた。
「やっぱおにーさん堅苦しい服って苦手ー……出番まで脱いでちゃ駄目?」
「よく似合っているじゃないか」
白川が笑いながら声をかけた。
「どうせならプリンセスの花嫁さんがいれば良かったのにね」
「やー……誰か誘おうと思ったんだけど。何かもう、めんどくて良いかーって?」
笑いを返す清世が、白川のダークスーツに目を止めた。
「じゅりりんが花嫁さんする?」
「……君は依頼をギャグにするつもりかね」
強張った笑み。
「いやー、そーゆーお願いもあったんだケド。俺が見たくねぇからさー」
「妥当かつ賢明な判断だね」
「そのかわりなんか着替えよーよ。絶対似合うって、何なら俺が選んでやろうか?」
嬉しそうに三十路男の腕をとる男子大学生。
「いや私は今日は引率で……」
「そんで後で一緒に写真撮ろー。式あげる訳じゃねぇんだし、モデルくらいなら良いっしょ」
清世は白川の言を全く意に介さず、引っ張って行く。
新郎新婦が揃った面々は、それぞれが順に撮影会だ。
華やかな色打掛の裾を広げ、ミシェルが嬉しそうに癸乃 紫翠(
ja3832)を見上げた。
「和装って憧れだったんだ!」
白の紋付袴姿の紫翠が微笑む。
「とても良く似合っている」
ミシェルの髪は綺麗に編み込まれ、ヘアピースとの継ぎ目は生花で飾られている。
金屏風の前、紙風船やちりめん細工が賑やかに足元を飾る。明るい色合いの中、花婿と花嫁は今時の和風スタイルという趣だ。
秋姫のお色直しは、和装ドレスだ。
幾枚も重ねた薄手の生地の縁をフリルが彩り、一番上に繊細なレース地の単衣。真珠と金細工のアクセサリーをあしらった姿は、実に華やかだ。
司は彼女を引き立てるよう、敢えて重厚感のある黒のタキシードを選んだ。
勿論バランスをとるため、控え目ながらタイには揃いのアクセサリー。
言われたままにポーズをとりながらも、時折秋姫の艶やかな姿に目がいってしまう。
思い切って新郎役を申し出たものの、本当に自分で良かったのかという思いが拭えない。
写真撮影が終わった後、司は秋姫を呼びとめた。
「秋姫さん、今日はありがとう御座いました」
丁寧にお辞儀をする司。
「ふふ……楽しかった……ですね……」
秋姫は優しく笑みを返した。
千鶴と神楽は順番を待つ間、脇でその様子を眺めていた。
「他の子達の衣装もほんま素敵やねぇ……なんよ、ジロジロと」
「いえ、綺麗だなと思いまして」
神楽は、何が、とは言わない。他の女性の花嫁姿も見ていたのは確かだ。
だが一番強く記憶に残すのは、千鶴の花嫁姿に他ならない。
名前の通り鶴の舞う黒引きに華やかな帯。髪には洋花を飾り、洋館に相応しいレトロモダンな和装だった。
その千鶴が、黒紋付の神楽をしげしげと眺める。
「しかし、神楽さんはほんま似合うよなぁ」
「何故かよく言われます」
白のロングタキシードに着替えた清世が、カメラを向けた。
「お、宇田川ちゃんかっわいー! 流石に似合うねー、写真一枚良いかなー?」
「百々さん、写真撮ってくれるん?」
僅かに残る緊張も知人の明るい雰囲気に吹き飛ばされ、自然な笑みが浮かぶ。
「ほんと可愛いよね、惚れちゃいそー……嘘、冗談だから。石田さん、笑顔が怖い。怖い」
「……いつも通りの表情だと思いますよ?」
万にひとつも余計な事をしでかしたら射殺されそうな神楽の迫力に、清世は早々に退散する。
千鶴が清世を呼びとめたのは、少し後。
「百々さん、写真やねんけど……後で見せてなぁ」
「もちもち、あとでちゃんとデータ送るから楽しみにしててよー」
笑顔で応じる清世に、千鶴が小声で耳打ちした。
「あ、友達には内緒でな?……恥ずかしいし」
「おっけーおっけー」
ほんと可愛いな。って言ったらヤバそうなので、清世は言うのをやめた。
代わりに、グレーのフロックコートで現れた白川に手を振る。
「おーやっぱ似合うじゃん」
「いやどう見ても、紛れこんだ怪しい外人だろうに……」
「一応自覚はあったのね」
カメラを構えた桃子がぼそりと呟いた。
「あ、じゅりりんともラブラブツーショ撮ってもらお、記念記念」
腕を引っ張り、桃子に笑顔を向けた。
「あ、おねーさん、それ焼き増して後でちょーだいねv」
「いいわよん、まっかせて♪」
「焼き増し!?」
どうするつもりだ!?
言い掛けたところで突然、清世が浮かび上がる。
黒タキシード姿のメンナクが清世を抱え上げていた。
「さあ、行くぜ魂の兄弟(ソウルブラザー)……俺たちの舞台は、ここさ!」
「ちょ! 違う違う! これおにーさんにすることじゃねぇから!」
清世は落ちないようにメンナクに抱きつきながら、大笑い。
白黒イケメンツイン。但し上空。
「わあーこれはすごいわねぇ」
「……式場の宣伝にはならないがね」
桃子がシャッターを切る。白川も笑いながら見上げた。
着地した清世がメンナクの肩を叩く。
「メンナクちゃん、イケてるー。今時は新婦だけじゃなくて新郎もお洒落じゃなくっちゃだしね?」
流石に紋付時は却下されたシルバーアクセも、黒タキシードに合わせれば決まっている。
「なんならジュリアン! あんたも俺たちに加わって、伊達ワル濃度を致死量まで高めようぜ!」
「いやちょっと待ちたまえ、既に意味不明なのだが!」
白黒イケメンに笑顔で両脇を固められ、逃げ損ねた白川も写真に収まった。
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デモンストレーションの締めを告げる声。
ドレスの裾をほんの少しつまみ上げ、ミシェルは頬を染めた。
「ちょっと大人っぽ過ぎたかな……?」
胸元から柔らかなドレープが広がる純白のエンパイアドレスは、憧れだったが少し照れてしまう。
「大丈夫、とても綺麗だ」
足元まで届くほど長いキャスケードブーケを手渡し、紫翠は妻を優しく抱き寄せた。
「そうかな? シスイも素敵だよ」
ミシェルは微笑みながら、ブーケに半ば顔をうずめる。
「じゃあ、行くか」
白いフロックコートの癸乃が、腕を軽く曲げた。
ミシェルが正装の夫の腕につかまるのは、これで二度目。本当の結婚式では、ミシェルはふんわり可愛いドレスを纏い、ドキドキしながら頼りがいのある腕に手を添えた。
少し年上の夫は、今も変わらず大切で頼れる存在。
気恥かしさと、少しの誇らしさを胸に、庭園へ。
指輪をはめた指にフォークを持ち、ファーストバイトはプチシューを盛り上げたクロカンブッシュをとりわけて。
その後は2人で小皿に取り分け、来賓に幸せのおすそ分けだ。
「なんだか、色々思い出しちゃうな」
ミシェルは幸せを噛み締める。
2人で背後の白い覆いをとりのけると、金の鳥籠に白い鳩。
高らかに鳴り響く音楽に合わせて2人が一気にリボンを引くと、籠が開き、鳩が空に舞い上がった。
「これから一緒に羽ばたいていくんだな」
鳩を見送った紫翠が、ミシェルを見つめる。
「やだな、模擬挙式だよ? ……でも、そうだね。幸せに向かって……」
ミシェルはくすくす笑いを収め、そっと夫の頬に口づけした。
「……模擬式だぞ?」
「えっ!?」
演出と信じた観客が送る拍手の中、ミシェルは頬を染めて夫の腕の中。
結婚に憧れていた。それは現実になって、もっと幸せになれた。
だから思うのかもしれない。皆が幸せになれる、そのお手伝いができるなら素敵だと。
(もちろんシスイは独り占めだけど!)
皆に幸せが訪れますように。ブーケに思いを籠めて、青い空に放り投げる。
その上から無数の花びらが降り注ぐ。
メンナクが上空から、文字通りに天使の祝福を贈っていた。
「俺の輝きが、この世のあまねく女どもを照らし出すぜ!」
花びらと、白い翼から舞い落ちる光が幸せを約束するように、辺りを満たしていった。
<了>