●ご来場の皆様へ
野外ステージには少しずつ人が集まり始めていた。
開場時間までは待機させているものの、今にも駆け出しそうな一団もいる。
「こういうショーって、大きなお友達にも結構人気なのね」
マリア・フィオーレ(
jb0726)が嫣然と微笑んだ。
「ふふ、でも周囲が見えないほど熱中しすぎはよくないわね?」
「これは思ってたよりも、危険な感じだな」
スタッフの制服を着込んだ日下部 司(
jb5638)は、その様子に改めて考え込む。
「来た人全てに楽しんで欲しいけど、やっぱり子供たちが楽しめないとね。このショーがずっと長く続けられるようにする為にも、マナーが悪い人にはなんとか理解してもらわないと」
そこで、座席を分ける案を申し出た。
リリアード(
jb0658)がにっこり笑って、同意する。
「ふふ……司ちゃんのその案、素敵だと思うわ」
4列目までは親子連れを含む、『小さいお子様優先席』を設定する。
そして5列目以降の端に、『勇者応援席』等の名称でそれぞれ厄介なファンのいる集団を固め、警護担当が対処しやすいように誘導するのだ。
「ファン心理もくすぐられるんじゃない? わかりやすく立て札やPOPもあった方がいいわね」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が唸る。
「まあ、マナー違反や度が過ぎた熱狂ぶりは迷惑だけどね、お客であることは間違いないだろ。できればつるし上げたりしないで、一緒に大人しくショーを楽しんでもらいたいな」
舞台の上には、簡単なセットが既に組んである。
(俺も子供の頃は、こんなショーが好きだったなー)
大きくなって見れば、単純かつ子供だまし。だが子供の目には間違いなく、ハラハラドキドキの冒険物語だった。
「ま、依頼と言うからには最善は尽くそうかね」
依頼の内容は、ショーが楽しく、滞りなく運営できること。
「うわ〜ここでお芝居するの? あたしショーとかみるの初めてだし楽しみ!」
はぐれ歴半年、入学して一週間の柚葉(
jb5886)には、見るもの聞くものすべてが新鮮だ。
つまんないという理由ではぐれたのだから、面白くなくては困るのだ。
実は学園の依頼を受けるのも、今回が初めて。
「もちろん、初依頼は頑張っちゃうよ〜☆」
ちゃんとお仕事も忘れてはいない。
出演者や正規のスタッフとも話し合ううちに、開場時間になった。
明るい音楽と共に、鴉乃宮 歌音(
ja0427)のアナウンスが流れる。
『ご来場の皆様にお知らせします。携帯電話、カメラでのショーの撮影は禁止とさせていただいております……』
入口を封鎖していたロープが外れると同時に、先頭の何人かが飛び出そうとする。
司がそれを押しとどめ、今日のルールを根気よく説明。
「申し訳ありませんお客様。本日は、座席を区画に分けていますので、ご協力をお願い致します」
それでも突進しようとする不届き者は、『気迫』の威力で押しとどめる。
「申し訳ありませんが移動させていただきます」
飽くまでも優しく、紳士的に。テンションが上がった子供が飛び跳ねるように歩いているのには、転んだりしないように気を配りつつ、笑顔で手を振る。
だが入場の際には従いつつ、子供優先席に座る者も出てきた。
スタッフ姿の柚葉が近付き、にっこり笑いかける。
「ここに大人だけで座ってると、子供に席を譲れない心のせまい人だってことになりますよ☆ 出演者の方にもちくっちゃおうかな☆」
冗談めかして誘導すると、苦笑いしながらもなんとか移動してくれた。
やはりファン心理として、出演者に嫌われるのは流石に本意ではないらしい。
それに常連客は、いつもと違う場内の様子にすぐに気付いたようだ。
せり出した花道や、座席の中に設けられた立ち入り禁止区域が、何やら期待を持たせる。
『そろそろ時間だが。お客はだいたい席に着いたってとこかー?』
ラファルが出入口に近いところから全体を見渡し、インカムで仲間に連絡する。
それぞれが合図を送り、同意を示した。
いよいよショーが始まる。
●ショータイム!
犬乃 さんぽ(
ja1272)が支度部屋で、勇者姿の自分に、ちょっとご満悦。
「似合うかなぁ」
と照れる様は、どう見ても美少女の男装なのだが、そこは気にしてはいけない。
ナレーションが流れてきた。
『……魔王は子供達を攫って、夢の力を吸い取る力を持っているのです……』
魔王の手下役の役者が数人客席に出現すると、幾人かの子供を連れて行ってしまった(勿論、親は笑いながら見ているのだが)。
「ぎゃあああああ〜〜〜ん」
「うわーーん、おかーさーーーん!!」
今日のちびっ子たち、実に良い反応だ。
『まてっ! そんな悪い事、ボクが絶対に許さないんだよっ!』
さんぽがセットの木の上から、ひらりと舞台に飛び降りた。
子供達のキラキラした瞳がそちらを向く。
(楽しみにしてる子供達の為にも、絶対盛り上げちゃうもん♪)
気持ちは立派に、子供の夢を守る勇者である。
手下に囲まれる勇者。だが、敵をことごとくかわし、舞台を縦横無尽に駆け回る。
スタッフ証を首に提げた歌音は、客席が見渡せる舞台脇に目立たないように座っていた。
花柄ミニワンピにレギンスという服装は、一般の女性客と見分けがつかない。
だが歌音は、盗撮を目論む物がいないか、インフィルトレイター特有の能力を全て生かし、五感を研ぎすまして探索しているのだ。
(盗撮は基本的に、ゲリラ・スパイ・スナイパーと同じく厳重に扱わねばな)
本気すぎる。
流石に超望遠で撮影する程の者は見当たらないので、歌音は再び客席を見渡した。
大荷物を抱えた数人は、入場時にチェック済みだ。
客席に潜む命図 泣留男(
jb4611)、通称伊達ワルブラッカーのメンナクと視線があった。
盗撮犯は、未遂では捕まえられない。要警戒人物の情報は互いに交換し、監視しておく必要があった。
舞台には魔王が登場していた。
『わはははは、この私の邪魔をするというのか?』
『魔王、子供達を連れて行かせはしないぞ!』
勇者さんぽが駆け出す。が、魔王が黒いマントを翻し、勇者はあえなく舞台を転がった。
ピンチを演出するカラフルな照明が、めまぐるしく舞台を彩る。
その光に紛れフラッシュが光るのを、メンナクは見逃さなかった。
都会というジャングルに紛れこんだ黒い野獣のように、静かに素早く近付くと、その腕を捉え小声でささやく。
「……すまないが、これは俺のストリートスナップじゃないのさ。撮影は禁止だ」
そこに歌音も加わった。
「お客様、ちょいと同行してもらいましょうか」
美少女にしか見えない歌音に、腕をがっちり捕らえられ、男は信じられないという顔をする。
「このスナップはお前のソウルに留めておくだけにして貰うぜ」
メンナクは男が握ったままのカメラを操作し、データを消去した。
「だが……お前が望むなら、この俺の伊達ワルキュートぶりをとことん撮影させてやるぜ。ショウの後なら、いくらでもな!」
身を捩り暴れた拍子に、いつのまにか男の指がシャッターを押していた。
カメラには、ブラックレザージャケットの合わせをはだけ、天使の微笑みを浮かべたメンナクのサービスショットが残されたという。
舞台では、勇者が悔しそうに倒れ伏していた。
『ボクの力じゃ……だめなのかな?』
そこに、よく通る声が響く。
『勇者様、諦めちゃだめ』
声のした方を皆が振り向いた。
客席の右翼側に、紅バラの妖精に扮したマリアが立っている。
『そうよ。貴方が諦めたら、誰が子供達を救うの?』
今度は左翼側から、白ユリの妖精・リリアードが呼びかけた。
『もう一度、立ってください』
すみれの妖精の女優の声。ファン席もその近く、歓声が湧き上がった。
3人が同時に、舞台へ向かって軽やかに近付いて行く。
マリアとリリアードは、足音も消して。
「妖精がバタバタ足音立てちゃったら台無しだものね?」
マリアは微笑みながら、光纏。花びらが散るような光を後に、優雅に客席を駆け抜ける。
「ふふ……私は黒の方が性に合うけどたまには悪くないわね」
リリアードが白い衣装の裾を翻し、手を差し伸べた。
その手の動きに合わせて、観客の視線が移って行くのが手に取るように判る。
「ショーは大好きよ、胸が躍るわ」
音楽に合わせ、3人の妖精が軽やかに踊る。
『うん、ボク、もう一度頑張るよ! みんなも魔法の力を貸して!』
そこでナレーターの声が入る。
『さあみんな! 勇者に魔法の力を送って!』
あらかじめ入場時に配られていた蛍光ライトが、一斉に掲げられる。
色とりどりの光が、波のように揺れた。スタッフは配布されていたペンライトを一緒に振る。
さんぽはうずくまると、衣装を縫い止めていた糸を素早く断ち切る。そして『変化の術』で大人の姿になり、立ち上がった。勇者の衣装を、あらかじめ小さめのサイズに調整してあったのだ。
『ありがとう! 皆の力、受け取ったよ!』
うん、大人は大人だけど、ちょっとセクシーヒーローっぽいかもしれない。女性の。
それはともかく、子供も大人も大きなお友達も、歓声を上げる。
その機を見て、魔王の役者が花道から再登場。
『わはははは、まだ懲りんか勇者め!』
「「「キャーーーーー!!!!」」」
黄色い声が、魔王の動きに合わせて移動して来る。
そして、恐れていた物がやってきた。噂のロケット女の特攻だ。
柚葉は思わず拳を握り、身を乗り出した。
「うわぁ……一般人なのによくやるなぁ」
だが役者達は、そうも言ってはいられない。
魔王の傍に控えていたメンナクが、素早く飛び出した。
『ヤバモテミッションを抱いて、黒のナックル戦士参上……だぜ!』
飛び込んできた女を、魔王に激突する前に受け止める。メンナクがそのまま舞台を下がると同時に、さんぽが叫ぶ。
『人々を操って攻撃させる悪い魔王め! もう許さないんだから!』
飽くまでも演出ということにしたのだ。
『勇者様! みんなの力を集めた、この剣を!』
リリアードが光る剣を差し出す。
『魔王、これが夢と希望を信じるみんなの力だ!』
魔王と勇者が剣を合わせる。手下が加勢する隙に、妖精たちは攫われた子供達を助け出した。
「大丈夫、勇者様が魔王を倒してくださるわ。皆で勇者様を応援しましょうね」
マリアがぎゅっと子供を抱き締める。
『おのれ勇者めぇーーー!』
大音響と共に、魔王が倒れた。
舞台の中央で剣を掲げる勇者に、拍手と歓声が送られる。
●みんなで歌おう
賑やかな音楽が流れ、役者達が舞台の上に揃う。フィナーレだ。
テーマソングを歌う声に、何やらだみ声が混じる。客席から1人のおじさんが駆け寄って来たのだ。
声量といい、はずれ具合といい、何ともすごい声だ。
「悪い子はどこだー? 黒百合の妖精がおしおきするぞ」
姿を隠して忍び寄ったラファルが、おじさんの背後に回り、絶妙のタイミングで膝カックン。
一般人の目には、おじさんが勝手につまずいたようにしか見えない。
そこに舞台からふわり舞い降りたマリアが、用意していたウサギのぬいぐるみの頭をおじさんにすっぽり被せた。
「特別ゲストのおじさまうさぎさんよ、皆仲良くしてあげてね」
そんなにこのショーが好きなら、みんなで仲良く歌って楽しむのが一番よね?
そのままリリアードと両脇を固め、笑顔で客席を練り歩く。
「そっ、その……ボク、男だから」
大きなお友達の熱い視線に、びくつくさんぽ。
他の役者達も手を振りながら続くと、それぞれの役者のファンが騒然となった。
「行儀よく座って待ってくれる良い子の元へ、私たちは訪れるわね」
リリアードが笑顔で制した。
「大きいお友達もちゃんと座っててね? ふふ、良い子には特別スマイルよ」
会場全体が一体化したフィナーレも終わり、握手会を案内するアナウンスが流れる。
と、同時に、猛然と走りだす若い男。
私服に着替えた柚葉が、いち早くその進む先に先回りしていた。
「きゃっ! 痛いー!」
派手に転んで、地面に突っ伏す。そのまま暫く動きを止めると、さすがに相手も足を止める。
「お、おい、大丈夫……」
「ふ……わ……うわあああああん!!」
大声で泣き出す柚葉。
冷たい視線が、男に集まる。
「……妖精は、心優しいお友だちを祝福するわ」
リリアードが重々しく言った。
「誰かを助ける為にその手を差し伸べる勇気ある人は……いないの?」
「わ、悪かった、ごめんよ。立てるかい?」
柚葉が顔を上げ、差しのべられた手を見つめた。
「うん。でも怖かったよ?」
涙目で見上げられ、男はばつの悪そうな顔になる。おそらくこれに懲りて、二度と無茶はしないだろう。
こうして無事に、怪我人を出すことなくショーは完了した。
楽しい思い出もお土産に加えて。子供達が笑顔で手を振りながら、帰って行く。
「椅子に番号を振って、ブロマイドなんかをプレゼントするのもいいわね」
すっかりスタッフや役者達とうちとけたマリアが、今後の対策を提案している。
そしてまだ帰ることを許されない者もいる。
「あんたは舞台を、勇者を愛してるんだな。なかなかにエッヂがきいてるぜ」
ロケット女に、メンナクが理解を示す。
メンナクは心優しい。だが、甘さと優しさは違う。
「だがな、その方法……少しばかり、ルール違反だぜ。お前の愛する勇者は、か弱き者が無意味に傷つくことを望むと思うか?」
興奮が収まれば、相手も冷静になる。
二度としませんという言葉に、メンナクは笑顔を見せた。
盗撮男は歌音に笑顔で静かに絞られていた。
「君達の行為は子供より子供だ」
何故か正座で傾聴させられている盗撮男。
「紳士淑女たるならばマナーを守ってこそ。ルール・マナーを逸脱した者達を嘲笑いながら出し抜くのが、真のオタクだ」
何やらオタク道にまで話が発展している。
「やあ、お疲れ様。ショーも警備も素晴らしかったみたいだね!」
ジュリアン・白川(jz0089)が、笑顔で現れた。
「あたし、ショーって始めて見たんですが! すごい! かっこいい! 面白い!」
興奮状態の柚葉が、頬を染めて力説した。
「それは良かった。これからもたくさん見に行くと良いね」
「あと、お仕事もがんばりました! お仕事の後は腰に手を当てて牛乳飲むんでしょ? あたしもう半年もはぐれしてるから詳しいんだから☆」
キラキラした目で、見上げる。
「あ、俺も牛乳ー! とびきり美味いの」
ラファルも賛同する。
「牛乳……? それでいいなら買ってこようかね?」
首を傾げた白川の両腕が、がっちりロックされる。
「……やあ、マリア君にリリアード君。久しぶりだね」
不穏な気配に、白川が張り付いた笑みを浮かべる。
「まさかご褒美が牛乳だけってことはないわよねぇ?」
「ねぇ先生。私はここの名物を食べてみたいわ」
その後の白川の運命については、余りに明確なので割愛させていただく。
ひとまずは、名演に乾杯。
<了>