●カフェへようこそ
洋館の大窓から、5月の光が溢れていた。
菊開 すみれ(
ja6392)が銀のトレイを片手に、黒いミニフレアの裾を軽くつまみ、花のような笑顔でお辞儀する。
「いらっしゃいませ、お客様♪」
フリルをふんだんにあしらった白のエプロン、黒のニーソックスが、可憐さとセクシーさとをあざとくアピール。
「いらっしゃい……ませ」
ダッシュ・アナザー(
jb3147)も揃いの衣装でごあいさつの練習。
ただしこちらは小麦色の絶対領域に思わず目が行く、白のニーソックス。
……ここ、そういう店だったっけ。
店内に派手すぎず沈みすぎない音楽が、静かに流れだした。
オーディオセットから顔を上げ、夜来野 遥久(
ja6843)は店内を見渡す。
(外に注意を促す看板も設置済。後は、敵がかかるのを待つだけか……)
遥久は厨房、カウンター、そして店内を全て見渡せるテーブルに歩み寄った。
「相席宜しいですね? 隣り合わせで座るか、専属で給仕されるかはお好きにどうぞ」
有無を言わせぬ、禍々し……もとい、輝く月光のような笑顔で声をかけた相手は、ジュリアン・白川(jz0089)である。
「私の好き嫌いを考慮するより、不自然でない状況を目指すべきだと思うね」
白川は、これまた胡散くさ……もとい、陽光が溢れるような笑顔を返す。
「成程。相席は同意いただける、と」
返答を待たず、遥久は向かいの椅子に優雅に腰かけた。
突然、菓子とは異なる甘い香りが鼻をくすぐる。
「うわあ、可愛いお店! こういうのって憧れるよね!」
明るい色のシフォンワンピースの少女は、犬乃 さんぽ(
ja1272)が術で変化した姿だ。
「でもパティシエさんに怪我負わせるなんて……絶対に許せないもん!」
パティシェを目指す気になあるあの子の事を思い、ぐぐっと拳を握る美少女。
普段の彼を知る者には『変化の必要あるか?』という突っ込みがまず浮かぶことだろう。
だが、当人は大まじめだ。ファッション雑誌を買い込んで、『初夏の激カワ愛されお嬢系コーデ』を研究してきたほどなのだ。
「お客が男だけだと怪しまれちゃうかもだから、ニンジャとして一応……へっ、変じゃないかな?」
上目づかいで尋ねると、ダッシュは微笑を浮かべて頷く。
「良く……似合ってる」
客観的かつ妥当な判断。そもそもさんぽが男だと判ってない。
そして男3人がおしゃれなカフェで相席となる、シュールな事態となった。
この席が今回の作戦上、位置取りとしてベストな場所なので仕方がない。
「すみれさんとダッシュさん、ウエイトレスさん姿可愛いなぁ♪」
栗原 ひなこ(
ja3001)が愛用のデジカメで、ポーズをとる2人をぱしゃり。
テーブルに着く面々も写真に収め、ぼそりと呟く。
「さんぽくんは態々変化しなくても着替えだけでいいんじゃ?」
厨房から顔をのぞかせ、如月 敦志(
ja0941)が声をかけた。
「白川先生。今日はパーティーのお誘いどうもー♪」
「……判ってるとは思うが、それがメインではないからね?」
大量の材料を抱えて厨房に入った敦志は、水を得た魚のようだ。
本来は料理の方が得意だが、それでも厨房機器に囲まれた空間は居心地のいい場所である。
「判ってますよ! では、手筈通りに」
おどけて敬礼して見せると、敦志は引っ込む。
「敦志くん、これがレシピみたいだよ」
ひなこがクリアファイルを開いて示す。
「お、サンキュ。ふーん、成程な……」
敦志が手順を確認している間に、ひなこは冷蔵庫をチェックし、満面の笑み。
「コレはあたしからのサービスで〜っす」
カウンターの上の物を綺麗に片付けていたダッシュは、頷くとそれをトレイに乗せて客席へと運ぶ。
「こちら、紅茶と、クリームソーダ……になります」
さんぽの前に香り高い紅茶が運ばれ、何故かテーブルの真ん中にはそびえたつ大きなグラスがひとつ。
「確かにテーブルに何もないのは不自然ですね。有難うございます」
遥久は平然とスプーンを取り上げ、バニラアイスを掬いとる。
「この状態を自然といえるかは疑問だがね」
一方で嫌な予感を覚えた白川は、椅子の上でやや身を引いた。
「美味しいですよ、どうぞ?」
「いや、お構いなく。……栗原君、そのデジカメはなんだね」
差し出されたスプーンとひとつのグラスに突き立つ2本のストローから目を逸らした白川は、厨房から覗くひなこに張り付いた笑顔を向ける。
「なんでもありませーん!」
引っ込んだひなこは、材料を計り始めた敦志に並ぶ。
「よーっし敦志くんとお菓子作りも頑張るぞ〜っ! 混ぜるだけならあたしでも大丈夫だよね?」
張り切るひなこは、総合的に言うならば料理が下手という訳ではない。
だが、それは完成品についてであり、実は過程で惨事を引き起こすことが多いのだ。
「わぷっ!? 粉砂糖がぁっ」
霧のように辺りに白い粉末を撒き散らし、それでも一生懸命ホイッパーを動かす。
「あ、ひなこ、それ以上生クリームかき混ぜると硬くなっちゃうからストップねー」
敦志が笑いながらバニラを漬けた牛乳を温めると、甘い香りが広がった。
「絶対決め手は香りだよね」
何気ない風でさんぽは紅茶のカップを取り上げる。
情報から、ディアボロは甘い匂いに惹かれている可能性が高いと思われた。
(すぐに逃げる、なら……引き込むのが、最上)
ダッシュは窓外にそよぐ緑の木々を、静かに眺める。
●待ちかねた来客
敦志が素早い動きで、ヘラを操る。カスタードクリームの仕上げだ。
「わぁ〜美味しそう! ねぇ、後で味見しちゃダメかな?」
魔法にかかったように美しい艶を増して行くクリームに、ひなこが大きな目を輝かせた。
「後でな。しかしこれで敵が来てくれるかねぇ……」
鍋の中に気を配りつつ、敦志は意識を研ぎすます。
遥久が銀色のスプーンをタクトのように軽く振った。
「プリンをひとつ、スプーンは一番長い物を」
オーダーに見せ掛けた、それは合図。
白川は当然それを知っているが、無意識のうちにテーブルの前で『考える人』状態になった。
(わざとだな、その暗号は!)
涼しい顔の遥久が発案者なのは判っている。文化祭の部活でゲームに負けて(勝って?)、プリンのトラウマを植え付けた張本人だ。
「どうかなさいましたか、ミスター?」
遥久は白川の無言の抗議を笑顔で受け止めるが、意識の網は遥か店の外にまで広がっている。
彼の『生命探知』に、接近する何ものかが引っかかったのだ。
――単体で接近する物あり。現在、感知制限ギリギリ。
プリンのオーダーに隠された情報に頷くと、ダッシュは素早くカウンターの中に移動する。
そこから壁の向こうの敦志に『意思疎通』で必要なことを伝えた。
(如月さん、気をつけて……)
「さて、一名様ご案内っと……悪いけど、ガードは任せるぜ、ひなこ」
敦志の微笑が、やや緊張したものになる。
「了解、防御は任せて」
「敵とオレの直線上には出来るだけ入らないでね」
ディアボロは、自分達が撃退士の集団と知れば逃げるだろう。
相手が姿を見せるまで、阻霊符も使えない。何処から出てくるのか、判らない敵。
鍋の取っ手を握る敦志の額に、薄く汗が浮かぶ。
――おそらく最初に狙われるのは、自分だ。
遥久の指がテーブルを叩く。その間隔が、少しずつ短くなる。
静かな緊張が店内に満ちていく。だが、誰も動かない。
白川はそれらを、何処か興味深そうに眺めている。
コツ……コツ……コツ、コツ、コツ、バン!
掌でテーブルを強く叩くや否や、遥久が長身を躍らせてカウンターを飛び越えた。
さんぽは己の気配を消し、壁を駆け抜け、遥久を避けて厨房へ駆けこむ。
すみれがスカートの裾を翻し、竜の文様が刻まれた拳銃を手にカウンターをひらりと飛び越え……ようとして、態勢を崩した。
(きゃーーーっ!?)
声は出せない。ので、ずり落ちたまま、無言で黒のニーソックスに包まれた美脚をじたばたと広げることになる。
「…………!」
白川が無言のまま立ち上がり、紳士的に目を逸らしながら助け起こした。
だが大丈夫だ、パニエのフリルが目一杯に仕事して、乙女の尊厳はガードされている。
「さあ! 本番はこれからですよ! みんな集中して下さい!」
真っ赤になりながらスカートを押さえ、すみれは慌てて厨房へ駆けこんでいった。
ディアボロは、厨房の真ん中に現れた。
体高2m程、熊に似た姿だ。白茶の毛皮に覆われた赤い口から大きな牙が覗く。
鼻をひくつかせながら、金色に輝く目で敦志の手元を見据えた。
狭い厨房に、吠え声が響く。
真っ直ぐ敦志を狙う鋭い爪を、ひなこはあらん限りの力で受け止めた。
厨房の壁から染み出るように現れたダッシュが、敦志の背後の勝手口を塞ぐと、阻霊符に力を籠めた。
「……逃げちゃ、ダメだよ?」
「ひなこ、避けろ!」
振り向く敦志の手に、輝く魔方陣が現れた。
「うんっ!」
ひなこが脇に引くと同時に、炸裂する炎と氷のエネルギーが、魔方陣を散らして敵に伸びる。
当たる必要はない。ただ、自分に注目を引きつける為の一撃。
「勿論、当たってくれたらありがたいけどね……っと!」
至近距離からの攻撃に、ディアボロがよろめく。
踵を返そうとしたところで、既に周囲を囲まれていることを悟った。
冷蔵庫の影に潜んで機を伺っていたさんぽが跳び出す。
「絶対逃がさないもん……忍影シャドウ☆バインド! GOシャドー!」
客席の明るい光を背に、さんぽの影が意思を持ったように伸びて行き、ディアボロを絡め取った。
グオォオオオオッ!!
その場に縫い止められたように身動きできないまま、敵は最も近い敦志に向かって腕を伸ばした。
「……ッ、そう来るかーー!?」
ディアボロの大きな掌が敦志の額を覆い、爪が頭頂部をがっちり押さえこむ。
「危ないよ、敦志くんっ!」
何が危ないのかはさておき。ひなこの悲鳴が響いた。
遥久が楯を構え、身体ごとぶつかる。がむしゃらに振り回す腕すら、この狭い場所では危険だ。
「如月殿、暫しの間耐えてください」
氷の霊符を翳す手から雷光が閃き、ディアボロの顔を浮かび上がらせる。
すみれはカウンターの上に伏せ、銃を構える。黒い瞳に、鋭い光が走った。
「見える! 私にも敵が見えるんだから!」
アウルを極限まで高めた銃弾が、もがくディアボロの脚を正確に撃ち抜く。
遥久が抑えている間に何とか仕留めて、これ以上厨房を壊さないようにしなければ――!
「よーし、とどめだ!」
壁面を駆け抜け、敵の上に回り込んださんぽが、愛用のヨーヨーを繰り出す。
「鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー! 行け、ボクのヨーヨー達!」
アウルで作りだされたヨーヨーが敵の上で炸裂し、無数のヨーヨーとなって降り注ぐ。
身動きできないまま全方向からの痛撃を受け、ようやくディアボロは敦志の頭から手を離した。
「待ってたぞ、この瞬間! 皆、離れてくれ!」
色んな意味で怒りを籠めた敦志の猛攻が、ディアボロの腹にめり込む。
もがきながら床に突っ伏す獣の姿を見下ろし、ダッシュが静かな表情のまま、告げた。
「お休みなさい……良い旅、を」
●安全? ティーパーティー
「大丈夫? 敦志くん」
ひなこが心配そうに敦志を見上げた。翳した手から癒しの光が額に注がれる。
「……大丈夫だから! 何か違う意味に聞こえるんだけど!?」
「えーっそんなことないよお?」
互いに生きているからこその、軽口。
遥久は白川と共に、店の外に置いたディアボロへの注意を促す看板を片付けた。
既にディアボロの遺骸は何処かへ運び出されている。
学生たちの活躍で倒れた敵を、白川はすぐに大きなシートで覆った。
表情を消した瞳が、何を隠しているのかは敢えて尋ねない。
代わりに、遥久はいつも通りの微笑を白川に向けた。
「さて、如月殿が菓子を振る舞ってくださるはずですよ。参りましょうか」
白川がやはり、いつも通りの笑顔を向ける。
「それは楽しみだね。皆も疲れただろうから、甘い物は嬉しいだろう」
「ミスターには僭越ながら、私がおもてなしいたしましょう。無論、全力で」
「……申し訳ないが、少し所要を思い出し……」
能書きも虚しく、白川はがっちりと腕を抱え込まれ、店内に連行されて行く。
すみれは店のパソコンを借り、チラシを作成していた。
『ディアボロすら魅了した洋菓子店』
「後は……渾身のカスタードクリーム、……と」
ダッシュの提案した宣伝文句が躍る。
「よしっ。これを後で配っちゃいましょうね!」
「嘘じゃない……しね」
そこに物販ブースから声がかかる。
はるばる訪ねてきた客のようだった。
「すみません、今日は臨時休業なんです。これをお土産にどうぞ。また是非お越しくださいね!」
焼き菓子のセットを、チラシと共に笑顔で手渡した。
ダッシュはそれをじっと見つめる。
「お土産に……もらえると、いいな」
美味しい物は自分だけでなく、大好きな人と一緒に楽しみたいから。
店内にはひなこの明るい声が響く。
「どうぞ! トライフルお待たせしましたー!」
スポンジにベリー、生クリームと敦志渾身のカスタードクリームが、彩りよくガラスの器に盛り付けられている。
変装を解いたさんぽが、居心地悪そうに椅子の上でもぞもぞと動く。
「着替え……忘れたぁ」
トライフルを運んできたすみれと目が合うと、真っ赤になった。
「……みっ、見ちゃ駄目っ! でも、美味しいお菓子は食べるもん」
ほわんと表情を緩ませるさんぽに倣い、ダッシュとすみれもテーブルに着く。
「こんな美味しい紅茶とケーキが食べれて幸せですぅー」
甘いお菓子に夢心地。
店内に遥久と白川が戻って来る。
「先生、絶望してる……ようだけど、どうしたんだろう?」
ダッシュは紅茶を口に運びつつ、首を傾げる。
2人がテーブルに着くと、満面の笑みの敦志が厨房から出てきた。
「遥久さん、先程ご注文のプリンですよ」
生クリームとフルーツを添えたカスタードプリンが、ぷるんと揺れる。
「お手数をおかけしました」
「いえいえ。あと、ごゆっくりです、白川センセ」
笑顔を向ける遥久、そして視線を逸らす白川を順に見遣り、敦志は軽く一礼。
「ささ、ミスター、遠慮なさらず」
テーブルクロスの下で、白川の足を踏みつけんばかりに接近した遥久が、プリンを掬ったスプーンを口元に差しだす。その目は、獲物を弄ぶ猫の眼。
「君は一体、私をどうしたいんだね!」
白川が両手で顔を覆った。
敦志は厨房に戻ると、一息つくひなこに紅茶を差しだす。
「ひなこのおかげで助かったぜ。今日は有難うな」
「うん……みんな無事でよかったね」
嬉しそうにカップを抱えるひなこの頭を、敦志は軽く撫でた。
「あ、そうだ。カメラカメラ!」
ひなこが照れを誤魔化すように、カメラを取り出す。
安全になった店内で、唯一危険に晒されているらしい教師が、ファインダーの向こうに映っていた。
<了>