●守れ(宴会の)平和
気まぐれな風に雪のように宙を舞う花びら。
彪姫 千代(
jb0742)が目を輝かせた。
「おー! 桜なんだぞー! 俺桜好きなんだぞー!!」
華成 希沙良(
ja7204)が柔らかく微笑む。
「……お弁当……宴会……お花見……ですね……」
「その前に一仕事、か」
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が大荷物――大部分が酒類である――を下ろす。
展望公園には荷物が次々と運び込まれていた。
旨そうな匂いが、千代の鼻をくすぐる。
「おー……早くお弁当食べたいんだぞー!」
健康そうな赤い頬をぷうっと膨らませ、亀山 淳紅(
ja2261)が不満を漏らす。
「……働かんで御飯食べれて遊べる、楽しい依頼やと思ってたんに……」
久遠ヶ原、割と世知辛い。
「ジャパニーズお花見といわれて来てみれば、結局はいつも通りの天魔退治ですのね」
クリスティーナ アップルトン(
ja9941)は口ではそう言いつつも、平然と現状を受け入れている。
「……のんびり皆とお花見だと……」
レイン・レワール(
ja5355)ががっくりと肩を落とすのを見て、紫ノ宮莉音(
ja6473)が思わず笑う。
「うーん、蛇退治? でも終わればお花見できるみたいですから、レインさん頑張りましょーね♪」
澄んだ空の青が、琵琶湖の水面に映る。
莉音がふと歌の一節を口ずさんだ。
地元民しか知らない、だが地元民なら思わず口を突いて出る曲だ。
「それは何の歌?」
レインが柔らかく首を傾ける。
「これはねードライブウェイの歌です。あっ、まだ遠足じゃないんだった!」
莉音がまた笑う。
「展望台も行きたいなー! あんまり見るとフラフラするけど。あの湖に泳ぎに行ったりしたんですよー♪」
指さす方を一緒に眺め、レインが目を細めた。
「ふふ、後で展望台にも行ってみましょうね。その為にも、素早くお仕事を片付けてしまいたいですね」
中山律紀(jz0021)がぼそりと呟く。
「上手く乗せられてる気もするけどね。こういうのもいいかな?」
「サーバントに困っておられるのですし。ここを利用される方のためにも、しっかりと退治したいですね」
鑑夜 翠月(
jb0681)が思案げに、自分の長い髪を指で弄ぶ。考え事をするときの癖だ。
「そうだね、頑張ろうか」
律紀の声に応え、緑の大きな瞳がきらきらと光る。
●守れ(弁当の)安全
山から下りてきた熊……ではなく樋熊十郎太(
jb4528)が、担いだ木の枝を器用に突き立て、荷物を囲う。
「これで間違って踏みつけたりしないでしょう。これぐらいは猟師ですから、お手のものですよ」
出来具合を満足そうに眺める。
マーシュ・マロウ(
jb2618)が青白く光るフルカスサイスをぶんぶんと振り回す。
「皆さんのお弁当は、私達がきっちり守りますね」
可愛くにっこり。
「おっかねえな、うちのマシュマロ姫は……」
サーバントはたぶん弁当食わない。
赤坂白秋(
ja7030)はマーシュが「誰から」弁当を守るつもりで大鎌を取り出したのか、問うのをやめた。
「おにーさん、大人しく守られ……じゃねぇ、お弁当守っときますね!」
百々 清世(
ja3082)は澄んだ瞳で白秋を見上げた。
彼が武器を取って戦うとすれば、味方が全滅した時ぐらいであろう。
早い話が、見守りしか期待すんな、である。戦闘は得意な奴が頑張ればいいよねー。
「一応周囲警戒、くらいの仕事はするけどねー」
「大丈夫、清世さんのこともちゃんとお守りしますよ」
マーシュの大鎌が再び唸る。寧ろ使いたくて仕方ないという鼻息がフンスー。
弁当との距離を目算で図りつつ、雫(
ja1894)が呟く。
「急いでサーバントを退治して、御花見を楽しみますか」
だがそう言いつつ、じりじりと距離を詰める。
僅かな隙間から洩れる魅惑の香。それは目前だ。
ごくり。
皆が山の方を見ている隙に、気配を消した雫はそっと柵の隙間から手を伸ばし、中のおかずを失敬、縮地で離脱する。さり気なく背を向け、もぐもぐもぐ。
「……普通に食べるより、摘み食いをした方が美味しく感じるのは何故なんでしょう?」
ウィンナーと出汁巻き卵を堪能する雫。
その背後に、いつの間にか十郎太が立っていた。
「つまみ食いはいけませんよ」
「げふっ!」
油断した。相手の笑顔が効果音付きで迫る。
「まあ後でひもじい思いするの自分なんですし、無理には止めませんが……とりあえずこのお弁当は、雫さんの分ですね」
十郎太、笑顔のまま雫が手をつけたお弁当をしっかりチェック。
雫にマーシュが声をかけた。
「かわりにマシュマロどうぞ」
いつも持ち歩いている、大好きなチョコレート入りマシュマロを差し出した。
「清世さんもどうですか?」
勧められて清世も受け取る。
「マロウちゃん……おにーさんつまみ食いとかしねぇけど、嬉しい」
マシュマロの甘味より、優しさがしみる。
一方で、十郎太は柵を再調整。小柄な雫には、少し甘かったということだ。
どうやら敵を防ぐ檻ではなく、対つまみ食い用防護柵だったらしい。
彼らのお陰で、弁当の安全は守られそうである。……主に味方の脅威から。
●これは偽装です
プルトップが開く、小気味よい音が唐突に響く。
「ん〜、お天気も最高! いいお花見日和ね〜♪」
広げたシートに座りこみ、雀原 麦子(
ja1553)がビール缶を青空に突き出した。
「お弁当や飲み物はしっかり護衛するわよ! 蛇退治できてもお花見できないんじゃ楽しみも半減だしね……と、いうわけで!」
配られる弁当だけでは足りないだろうと、準備していた手作り弁当を広げる。
おつまみに外せない鶏の唐揚げに、アスパラベーコン、ジャーマンポテト。おむすびはシンプルな塩むすびに、梅干、明太子、ツナマヨと定番が並ぶ。
「自前の分だから、フライングじゃないわよね♪ じっと待ってるだけじゃ芸がないじゃない?」
麦子はからからと明るく笑う。
鴉乃宮 歌音(
ja0427)もまるで打ち合わせたように動じることなく、持参したごちそうを手際よく広げる。
「先に飲んでて構わないが、当初の予定数量は越えないようにね」
一応麦子が飲む量は考えて持ちこんでいるが、余りにハイペースでは後が続かない。
冷めても大丈夫なつまみ類も、小魚のフライにカレーコロッケ、色よく茹でた枝豆などなど。
神喰 茜(
ja0200)は淡々とした表情のまま、シートに座りこむ。
「先に花見を始めてる。……もとい、お花見してる雰囲気出して蛇を誘き出すよ」
最初に何か漏れてるが、これはあくまでも『敵をおびき出す為の偽装宴会』らしい。
「そうそう、賑やかに騒いでたら、敵さんも勝手に出てくるわよ♪ あ、十郎太ちゃんもどう?」
ビールを受取り、十郎太が苦笑い。
「蛇のことをうわばみとも言いますが……きちんと働いてくださいね」
「大丈夫よー♪ 寧ろビールが入ってないと動けないわよ?」
鬼に金棒、麦子にビール。
茜は歌音が差し出したコロッケを頬張る。
「多少余裕はあるぞ。そちらもどうだ」
歌音がおかずを盛った皿を皆に配布する。
「ええのー? めっちゃうれしい!」
淳紅が大喜びで皿を受け取る。
「あ、そうや! 敵さん誘き寄せるために、カラオケしたいなぁーって思うんやけど、どうやろ?」
持参したハンディカラオケから軽快な音楽が流れ、淳紅の澄んだ声が山を流れていく。
自称・偽装宴会は大いに盛り上がりつつあった。
●本気で? 蛇退治
弁当から少し離れた場所で、桜木 真里(
ja5827)が待機する。
4月とはいえ山奥のこと、日陰にはひんやりとした山の気が忍び寄る。
ふと気付き、傍らの嵯峨野 楓(
ja8257)に自分の上着を脱いで掛けてやった。
「楓、これ羽織ってて」
「あざすー」
袖や裾が随分余る上着に、嬉しいような気恥しいような気持ち。
「約束してたお花見、嬉しいな!」
「偽装らしいけどね?」
真里がちょっと困ったような笑みを浮かべる。2人ともおかずの皿を持ったままだ。
「蛇が来るまで暇だし、ちょうどいいよ」
折角一緒に来たんだから、しっかり楽しまなくちゃ。
カラカラと鳴子が響き渡る。
その瞬間まで気配を消していたエルレーン・バルハザード(
ja0889)が、猛然と駆け出した。
ジャンプができない蛇の特性を考え、山にピアノ線を仕掛け、阻霊符を使っていたのだ。
上手くひっかかったらしい。
「わ、私だって、やればできる子なんだもーん!」
木々の間に、金色に光る蛇身。エルレーンは『ニンジャヒーロー』を使い、接近する。
「さー来い、うすぎたない天魔めっ!」
藪を槍で軽くつついたりしていた武田 美月(
ja4394)が、エルレーンの声に駆けつける。
「急いで片付けて、宴会だよーっ!」
蛇はエルレーンに惹きつけられ、藪から姿を現した。鎌首をもたげ、一呑みにしようと迫る。
「危ないっ気をつけて!」
美月が『庇護の翼』でエルレーンをサポートする。
「蛇でたのかー! ウシシ! 俺に任せるんだぞー!」
千代が待ちかねたように飛び出した。
氷の欠片を撒き散らしながら現れた青い虎の幻影が、敵に飛びかかる。
サーバントは一瞬硬直したように身を逸らすと、動きを止める。
「蛇は寒いの駄目だっていうしな! うまくいったんだぞー!」
『氷虎』の効果に得意げな様子で、千代が笑う。
「ええいっ! この、かわいいぷりてぃーえるれーんちゃんのこうげき、うけてみろッ!」
何時でも自己生産可能な無限の萌えエネルギーを脳内で高め、『雷遁・腐女子蹴』が炸裂する。
眠るサーバントはひとたまりもない。
「よーしっ、せいぎはかつ!」
エルレーンが誇らしげにガッツポーズ。蛇の巨体が、ぐらりと揺れた。
美月が急いでその先に回り込み、庇護の翼で桜の大木を庇う。
「ヘビ倒したけど、桜は守れませんでしたーてなってもあれだしね。立つ鳥あとを何とかかんとかってやつだよ!」
その間も、癸乃 紫翠(
ja3832)は大鎌を構え、油断なく樹上を見て回っている。
広葉樹の林のそこここに、八重桜がまるで明かりを灯したように咲いていた。
「本当に桜綺麗だねー。夜も雰囲気違って良さそう」
楓が目を細めた。
「そうだね。夜に散る桜の花びらって雪みたいに見えるって聞いたことあるよ」
相槌を打ちつつ、真里は辺りを警戒する。
そこに紫翠の押さえた、だが鋭い声が響いた。
「……いました!」
紫翠は桜の枝に黒い巨体を絡めた蛇を見つけ、鎌の刃を器用に引っかける。
花を一杯につけた枝を折らないよう、相手を桜から引き離すつもりだ。
「この、落ちろ!」
どさり、と音をたてて落ちた蛇からすぐに離脱。地面に散り敷かれた花びらが、ぱっと舞いあがる。
直後に真里の雷撃と、楓の火炎が交互に襲いかかった。蛇の身体が寸断される。
「散った桜の花びらも本当に綺麗なんだねー」
楓が真里に笑みを向けた。
花と、彼氏と。
乙女の瞳は、それ以外の余計な物は全て火葬にして一顧だにせず。
普段通りの笑顔で、石田 神楽(
ja4485)が言う。
「タダでお花見……普通はできますよね? まぁいいですけど」
「まああれや、タダより高いものはないっていう事やろねぇ」
宇田川 千鶴(
ja1613)が笑った。
何気ない会話を続けているが、視覚と聴覚は鋭く研ぎ澄まされている。
マーシー(
jb2391)は相変わらず混乱にある故郷に、想いを馳せる。
「今度はサーバントですか。のんびりしようと思って来たんですが、滋賀もまだまだ安全じゃないってことですねー」
少し前に出動した際には、ヴァニタスとディアボロ相手に、相当過酷な戦闘を経験した。
それに比べれば今回は仲間も多い。景色を楽しむ程度の余裕がある。
「八重桜もいいもんですー」
のんびり花を見上げるながら、『索敵』による警戒は続けている。
その鋭敏な感覚が、花影に潜む白い物を捉える。
「そこ、1体いますね」
千鶴が猛然と飛び出した。
ルナジョーカー(
jb2309)は黒い笑みを浮かべ、千鶴の後を追って林へと駆け込む。
「花見を邪魔するたァいい度胸だ……」
余程不快だったのだろう、身に纏う赤いアウルが業火のようだ。
千鶴は見通しの悪い木々の隙間を、猛スピードで縫って行く。
「こんな所へ出てくるから悪いんやで」
目前で自在に動き、敵の意識を翻弄したかと思うと、八岐大蛇を振り下ろした。
サーバントはカッと口を開くが、縫いつけられたようにその場を動けない。
「見敵必殺! 神速剣! 俺の邪魔をする奴は、見つけ次第たたッ斬る!!」
ルナジョーカーが叫ぶと、蛇の片目に斬り付けた。
のたうちまわる姿が、受けたダメージの大きさを物語る。
「右、別の1体です。気をつけてください」
神楽の声が響いたと同時に、藪を掻き分けて新たな蛇が出現。
「うおっ!?」
思わず身を捻るルナジョーカーだったが、襲いかかる顎を剣で受け止めるのが精いっぱいだった。
「あかんな、ここは不利や」
千鶴が脚に力を籠める。突進した勢いで蛇の頭部をはじき、ルナジョーカーを開放する。
「私に当てれるもんなら当ててみいや!」
黒と白銀の光と轟音に、蛇の注意が千鶴に向く。そのままわざとスピードを抑え駆け出すと、蛇は追い縋る。
「相変わらず、無茶をしますね。まあ成功させてしまうのですけれど」
神楽は微笑を浮かべ、蛇が千鶴を飲もうと開く顎に、アウルの銃弾を撃ち込む。
千鶴がひらりと身をかわすと、蛇の牙が虚しく空を噛んだ。
現れた蛇を確認し、希沙良が『アウルの鎧』でサガの身を守る。
「……お気を……つけてくださいませ……」
「有難う、希沙良殿」
サガは頷くと、サーバントを睨みつける。
(クレセントサイス……は、危険か)
強力だが仲間を巻き込む攻撃を避け、蛇の身体へ闇色の逆十字を落とす。『クロスグラビティ』の重圧に耐えかねるように巨体がその場でのたうち回った。
その間隙を突き、マーシーが黄金色に輝く光弾を放つ。
「外しませんよ」
その言葉通り、赤く開いた顎が吹き飛び、蛇はゆっくりと地に伸びた。
●ついでに? 蛇退治
クリスティーナが豊満な胸を反らし、弁当の山を背後に仁王立ち。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
いつもの決め台詞だが、残念ながらまだ敵は目前にいない。
阻霊符を使いつつ、待機中だ。既に他の仲間が交戦に入ったらしく、山がざわめく。
「人の集まる所に出るサーバント。獲物の体温を感知したりするのかしら?」
やおら振り向くと、律紀にひたと目を据える。
「な……なんですか?」
ただならぬ迫力に、それこそ蛇に睨まれた蛙状態だ。
「リッキー、ちょっと囮になって、蛇をおびき寄せるのですわ」
「ちょっと待って、『人が集まる所』に出る敵だからね! ソロで突っ込む意味ないよね!?」
無茶振りに思わず反論するも、クリスティーナは聞く耳もたず。
「大丈夫ですわ。敵が現れたら私がドーンとやっつけますから」
根拠はない。私が負けるはずがない。理由を問えば、それだけだ。
「いや、そういう問題じゃなくて!」
頭上からの襲撃に備え、枝を伸ばす木々に警戒していた淳紅が、パッと顔を輝かせる。
「そうや、律紀君! 一緒に! カラオケ! やろうや!」
ハンドマイクのエコーがわわーんと余韻を残す。
「えっ」
「何歌うー? 敵が物音で来るんかも知れんで、なんでも試してみよ!」
手段と目的がゲシュタルト崩壊。だがそんなの気にしない。持ち場を離れずやれることをやるだけなのだから。
結局、デュエットで歌うことになった。正直、声量にも技量にも差がありすぎるのだが、気持ち良さそうに歌う淳紅の声の伸びに釣られ、律紀も普段より上手く歌えたような気になる。
「「♪しにたくないっ しにたくないっ♪」」
とかいうような縁起でもない歌詞ではあったが、割と必死な感じは伝わったのだろうか。
「さすが私。リッキー囮作戦大成功なのですわ」
クリスティーナの誇らしげな声。果たして、巨大な蛇が、ぞわりと姿を現した。
歌う淳紅と律紀の前に回り、フラッシュエッジを構える。
まだだ。もう少し、樹から離れるまで。
木立に見え隠れする影はしかし、1体ではなかった。
兄弟のように、やや大きさの異なる巨大なシマヘビのような2体のサーバントが、這い出てきたのだ。
サーバントに気づかれないよう潜行し後を追っていた翠月が、タイミングを見計らいつつ『ヘルゴート』で力を溜める。
雫がフランベルジェを構え、2体の蛇の脇から猛進。
「カレー粉を付けられて唐揚げになるか、蒲焼になるか選ばせて上げますよ」
サーバントとしては、どっちもお断りだろう。だが返事など求めていない。
フランベルジェの刃が描く軌跡が地に三日月を象ると、衝撃波が敵の身体を切り裂く。
身体をくねらせ、1体が雫に鎌首をもたげる。その腹を、翠月の『ゴーストアロー』が貫いた。
「逃がしませんよ!」
『Canta! ‘Requiem’』
マイクを魔法書に持ち替えた淳紅が、悪夢を具現化するように謳う。
流血が描く楽譜がサーバントの巨体の下に流れ出すと、無数の手がその動きを封じ込める。
そこに花びらを巻き上げながら、荒れ狂う旋風が襲いかかった。
蛇がもがき暴れるところに、クリスティーナがとどめの一撃。
「スターダスト・イリュージョン!」
気合を籠めた一閃が、蛇の大きな頭を中ば吹き飛ばした。
残る1体が、シートに座る一団に近づく。
「さすが蛇の姿を取るだけあって、執念深いな」
歌音は平然とそれを見遣ると、片手に弁当箱を下げ、空いた手に握ったライトブレットの光弾を撃ち込む。
「やーねえ、人の楽しみ邪魔するなんて。もてないわよ♪」
ほろ酔いの麦子がビールの缶を置いて立ち上がり、愛用の大山祇を構える。
笑みを浮かべるその目はほんの一瞬、凄まじい殺気を放つ。
目にもとまらぬ一撃に、蛇の巨体が壁にぶち当たったようにのけ反り、地面を斜めに滑る。
おむすびの欠片を口に押し込み、茜がよいしょと立ち上がる。
「え、何? こっちまで来ちゃったの? あ、ちがった、計画通りっ!」
ついでのように付け加えると、身動きできなくなった蛇にとどめを刺す。
「もう終わりかな?」
茜はすとんとシートに座ると、何事もなかったように、卵焼きに手を伸ばした。
見通しの悪い山を見つめ、莉音が生き物の気配を探る。
「来ましたよー! 結構大きいですね」
現れた白銀に輝く蛇は、かなり大きい。これが親玉なのかもしれない。
莉音を中心に、眩い光が満ちる。蛇は不愉快そうに、首を振った。
「後の攻撃は任せます!」
「全身ラメ? おめかししちゃって、まあ」
白秋が歯を見せて笑った。得物を前にした獣のように、生き生きと輝く瞳。
――他に敵が潜んでいる様子はない。つまり、こいつを倒せば終わりだ。
集中力を高める白秋に、清世が若干棒読み気味の声援を送る。
「きゃー、あかちんがんばってー!」
折角高めた白秋のイケメン度が若干ダウン。
「ったくしょうがねえなー。モモー、そっから動くなよー?」
「おにーさん、がんばるねー」
待機を。まあ、知ってる。
マーシュがストレイシオンを召喚し、命じる。
「ラムネさんラムネさん、懲らしめておやりなさい」
印籠の代わりにマシュマロの袋を差し出し、びしっとポーズ。
主の命を受けた竜が、蛇を蹴散らす。
ドラグニールのフロントサイトをサーバントに据え、白秋が呟く。
「桜の木は避けねえとな」
極限まで威力を高めた銃弾が、正確に蛇の目の間を撃ち抜いた。
暫くの間、巨体が地面を跳ねまわっていたが、やがてそれも静かになる。
「皆さん怪我はないですか?」
レインが皆を気遣い、声をかけた。全員かすり傷程度で済んだのを確認し、ほっと息をつく。
すぐに花がこぼれるような笑顔になると、嬉しそうに声を上げた。
「では、早速お花見を始めましょうか」
●薄紅の下
美月が待ちかねたように、弁当をガードする柵に寄りかかる。
「お花見だよ、役得の時間だーっ!」
「皆さんお疲れ様でした」
十郎太が柵を引き抜くと、歌音が皆に弁当や飲み物を配布する。
「もし足りないようなら、来ると良い。別に準備してあるからな」
「いよっ、待ってました!」
美月は程良く日差しを遮る木陰に陣取り、蓋を取る。
「うーん、おいしい! 桜も綺麗でサイコーだよねっ」
騙しうちの代償か、思いの外豪華な花見弁当を、美月は満足そうに頬張る。
雫も黙々と箸をすすめる。
(堂々と食べるのも、まあこれはこれで美味しいかもしれません)
ちゃんと働いたので、余分に用意してあった新しい弁当を貰えたようだ。
ただ、さっきつまんだおかずには、スリルという味付けがプラスされていたことは否めなかった。
エルレーンは開いたお弁当の肉のおかずとご飯を食べ尽くし、麦子や歌音が広げるつまみのおかずににじり寄る。
「はい、あ〜ん♪ あらー、でもお弁当まだ残ってるんじゃない?」
唐揚げを口に運んでやりながらも麦子がチェック。
「おやさいきらい、だもーん!」
「好き嫌いしちゃだめよん。ほら、アスパラベーコンはおいしいでしょ?」
「…………」
ちょっと涙目になりながらも、エルレーンは何とか食べきった。
「よしよし、いい子ねー。おかずまだあるから食べてね♪」
麦子は笑いながら、新しいビール缶を手に取る。
「りっちゃんもちゃんと食べてる? いっぱい食べないと大きくなれないわよん」
律紀が思わず咳き込む。子供扱いに反論したいが、どうにも相手の方が一枚も二枚も上手だ。
「さて、お花見とやらを満喫するのですわ」
敷物に優雅に腰をおろしたクリスティーナは、蓋をあけた弁当をしげしげと眺める。
見た目も鮮やかに盛りつけられた、沢山のおかず。日本の「お弁当」はまだ彼女には物珍しいようだ。
「リッキーも一緒に楽しむのですわ」
クリスティーナに有無を言わさぬ調子で隣を示され、律紀は移動する。
「クリスティーナさんの故郷では、こういうお花見はしないんですか?」
「皆でピクニックには行くことはありますわ。そういえば今日は、デザートを持参するを忘れたのですわ。リッキー、デザートがないのは片手落ちという物ですわ」
「……クリスティーナさん、難しい日本語知ってるね……」
律紀がさり気なく話題と目線を逸らした。
「日本のお花見は、カラオケやでえー!」
マイク片手に、淳紅が場を盛り上げる。
翠月は微風にはらはらこぼれる花弁を手に受け、思わず空を見上げた。
「天気も良いですし、心地いいですね」
ソメイヨシノのような、桃色の霞のようではないけれど。山桜、八重桜の風情もまた美しい。
お腹がいっぱいになって来ると、暖かな日の光に、眠気が襲ってくるほどだ。
「本当に良い景色なのですね。無事にサーバントも退治出来ましたし、もっと沢山の方に訪れて欲しいですね」
脅威が去れば、また人は戻って来るだろう。
日差しに手をかざし、翠月は目を細めた。
ルナジョーカーが高笑いを響かせる。
「ハハハ、怪盗ブラック参上! おっと、今日は何も盗る気はないぜ。この綺麗な景色を拝みに来ただけだからな!」
黒いアイマスクに、黒のマント。
律紀はうっかりそれを目にして、また咳き込んだ。
(随分お気に入りだったんだな……!)
以前、覆面で集う依頼があった時に、確か司会をしていた人が怪盗ブラックだ。
ひらりひらりと怪盗ブラックは絶好調で、マントを翻す。
「……ルナさん?」
マーシーが笑顔で手刀を叩き込む。
「ゴフッ!?」
「ほこりが立つと、迷惑ですからね。大人しくしていましょうねー」
暴れる酔っ払いの介抱に慣れているマーシーには、素面の相手など容易いようだ。
「そうそう、戦闘の傷はもう治ってますしね? お水でも飲みますか?」
悶絶する怪盗ブラックを転がし、にっこり。
レインが広げた敷物の上で、あれこれと仲間の世話を焼く。
「莉音君、おかず食べてます? ももくん、飲み物まだありますか?」
「なんかこうやってっとあれだね……レインちゃんお母さんみたい」
清世がふわりと笑う。
「じゃあモモちゃんがパパ?」
すかさず莉音が首を傾げる。
「莉音君がむすk……って違う! そういう事言う子はお酒没収しますよ……!」
僅かに頬を紅潮させるレインを見て、清世と莉音が笑いだす。
「あ、りおちゃん、その玉子焼きとってー」
「はい、モモちゃんパパどうぞー!」
「……やっぱ、おにーさんのほうが、いいかなって……」
眉を寄せる清世に、今度はレインが笑う。
はらはらと雪のように舞う花びらの下、ひととき全てを忘れて。
白秋はマーシュ、十郎太と並んで、弁当を広げる。
「随分焦らしてくれたな、やっと愛しの弁当にあり付けるぜ」
白秋は早速一口。その瞬間。
\イッケメーン!/
この擬音は、彼が感動を覚えたときに思わず出る物らしい。何やら後光もさしている。
「この弁当……イケメンだな……!?」
ふるふると箸を震わせ、白秋は次のおかずに取りかかる。
それを見て、マーシュも一口。
光の翼が開き、一瞬そのままふわりと宙に浮かびあがる。
「おいマシュマロ姫、落ちつけって」
白秋が引っぱって降ろすと、マーシュがはっと我に帰る。
「ま、また昇天するところでした、堕天使なのに……」
撃退士が思わず光纏、堕天使も思わず昇天する極上弁当。……あんまり一般人には受けそうもないキャッチコピーである。
十郎太は自分の弁当を口に運びつつ、笑顔で見守る。
(おれが天使さんと花見とはね……)
感慨にふける手元に、天使の羽のように花びらがはらりと降りた。
花を愛でながらサガがコップを口に運ぶのを、希沙良はじっと見ている。
「……甘酒……なら……何とか……」
まだお酒を飲める年齢ではないのだが、折角の機会、できればなるべく同じことを楽しみたい。
「……慣れないのであれば程々にな、希沙良殿」
酒に強い体質のサガは、希沙良の限度が判らない。
希沙良はコップに満たした甘酒を勢いよく飲みほした。
「……とても……フラフラ……します……」
まさか撃退士が甘酒一杯で酔うとは考えにくい。どうやら今までの緊張が、甘い飲み物で一気にほぐれたのだろう。
糸が切れた人形のように倒れる希沙良を、サガが抱きとめ、膝を貸してやる。
「……此処にも綺麗な花が一輪、か」
まるで子供のような安らかな寝顔に、サガの目も優しくなる。
眠りを妨げないよう、花よりも甘やかな頬をそっと撫でた。
一杯に花をつけた桜の根元に、神楽と千鶴は座を占めた。
「綺麗ですね」
神楽は程良く冷えた酒でのどを潤し、つまみを口に運ぶ。
「うん、綺麗やね。でも疲れた……」
宴会を楽しむ仲間がこちらに手を振るのに、軽く手を振り返し微笑む。
それを好ましく感じながらも、できればやはり、花見だけを全力で楽しみたかったようにも思う。
神楽はそんな千鶴を気遣い、そっと頭を撫でた。
「仕事の後のお花見にも、謎の達成感がありましたがね」
千鶴は少し驚いたように顔を上げたが、逃げたりはしなかった。
「ま、そやね……」
伝わる掌の温もりが、疲労を癒すようで心地よかったのだ。
悪戯な小鳥が、桜の花をついばむ。まだ散るはずのなかった1輪が、ぽとりと真里の膝に落ちた。
拾い上げふと思い付き、隣で景色を楽しむ楓の髪に飾る。
「思った通り。うん、やっぱり可愛い」
「本当にー? あ……」
真里の嬉しそうな顔を見返し、楓は手を伸ばす。
「……ん、付いてたよ」
真里の肩から薄紅の一片を取り上げ、腕を伸ばすと風に放つ。
「……有難う」
そこで素早く周りを見回すと、真里は花びらの行方を目で追う楓を抱き寄せる。
「皆と一緒なのも楽しいけど、来年は二人でお花見したいね」
これ以上を望むのは贅沢かもしれない。
それでも、この宝物のような時間を2人だけで共有したいと願ってしまう。
「そうだねー……二人、で。指切りしよっか」
楓が差し出した小指に、真里は小指を絡ませる。
「もっと色んな事したいよね。だから、もっと一緒に居てよね」
「もちろん。飽きられるくらい傍にいるよ」
楓が小指を離すと、言葉の代わりにぎゅっと抱きつく。
「ありがとう。大好きだよ」
真里は囁きながら、額を楓の頭の上に伏せた。
紫翠がデジカメを構え、青い空が背景を彩るよう、角度を変えて桜を写真に収める。
今回一緒に来ることができなかった愛妻に、せめてもの土産を。
「喜びそうな写真が撮れたかな」
今を盛りの山桜が、綺麗に写っている。
次は琵琶湖を背景にと山を降りシャッターを切ると、そこに少年の笑顔。
「おー! おっさん俺撮ってるのかー! 俺桜と一緒楽しーなんだぞー!!」
屈託のない笑顔の千代が、しっかり入ってしまった。
「やっぱり桜は良いですよね」
紫翠は怒りもせず、笑って見せる。
「お弁当は美味しかったですか? 僕の分、まだ残ってますかね」
「お花見楽しいんだぞー! べんとーも美味いんだぞー!! おっさんも食べるといいんだぞー!」
宴たけなわでゆるゆるな面々に紫翠が混じり、シャッターを切っていく。
白秋は煙草の煙を燻らせ、空を見上げた。
東北が騒がしい。……きっとまた、戦いになる。
「綺麗だな、桜」
口に出したのは全く違う言葉。
ひらひら風に舞う薄紅の花びらが、優しく心のさざ波をなだめていく。
喧騒を離れ、マーシーは展望台から青い琵琶湖を見つめていた。
(まだケリはついてない。いつか、あいつは仕留める)
いつの間にか律紀が隣にいた。並んで湖を見下ろし、ただ呟く。
「こうして見ると、琵琶湖って綺麗だよね」
「今度機会があったら、色々案内しますよー」
マーシーはただ、笑って見せた。
風が強く吹き、花びらを舞い上げた。
茜が構えたデジカメに、その光景が夢の一幕のように残る。
「時には情緒って大事だと思う。ま、楽しくワイワイ騒ぐのも嫌いじゃないけどね」
散りゆく桜は惜しいけれど。次の年には、必ず新しい花が咲く。
来年もきっと、桜を見よう。
<了>