●迎撃せよ、防衛隊
コロニー『クオンガーラ』内は混乱に満ちていた。
だがこの事態にも動じず行動する者達もいる。
旧式戦艦『インフィルトレイター』艦橋で、艦長レン(
ja0243)は指示を飛ばす。
「ブリッジ遮蔽……総員、対機動兵器・対艦戦闘用意。ここらは自分達の庭だ、いくらでも手はある」
機動性こそ最新艦に劣るものの、優れたブリッジ遮蔽機能と重装甲により幾多の戦いを生き残ってきた。
砲戦能力を高め、対機動兵器用の対空火器群を増設した、辺境星域では貴重な戦力である。
「援護を行う。斉射3連……撃てッ!」
起動兵器部隊の進路を確保するために、敢えて最前線へと。
決意を籠めたビーム砲が、宇宙空間の彼方へと真っ直ぐ伸びて行く。
「はじまりましたね」
クオンガーラ技術佐官・レイシ(
ja0388)は、ドック内に表示された情報モニターを険しい目で見つめる。
最終チェックを終えた『アストラル』型ユニットから降りると、近くの整備兵に声を掛けた。
「こちらは問題ありません。火器セッティングを」
――まさか自分が出撃する日が来ようとは。
これまで各試作機から再調整の機体まで、全て自らテストパイロットとして機乗してきた。
各機体の癖は掴んでいる。この際、実戦経験の有無など言っていられない。
白衣の裾を翻し、パイロットスーツに着替える為にドックを出る。
オペレーションルームで、キヨセ(
ja3082)はその状況をチェックしている。
「レイシちゃん、気をつけてねー。ほら、俺って痛いの嫌いだからさぁ、お手伝いできないの、ごめんね?」
「……報告をお願いします。そちらの状況は?」
イバラキ自治政府のリカ(jz0061)の感情を押さえた声に、モニターを切り替える。
「あっちょっと待ってねー、怖い顔してたら可愛い顔が台無しよ?」
隣の席で、セレス・ダリエ(
ja0189)が頭痛がすると言うように額を押さえた。
攻撃態勢を整え進軍する冥王軍に対し、クオンガーラが遅れを取っていることは否めない。
だがその士気は高く、決して十分とは言えない装備を物ともせず敢然と侵略者に立ち向かう。
既に出撃したリツキ・ナカヤマ(jz0021)達の部隊は、交戦状態に入った。
格闘型ユニット『ディバイン』に搭乗し、樋熊十郎太(
jb4528)出撃準備態勢のまま待機している。
「金髪の敵美青年司令官との対決……この見事な鉄板がなぜわからん……」
何やら一人でぶつぶつ言っているが、出撃を促すアナウンスに不敵な笑いを浮かべた。
「わかっている! ヒグマ、出るぞ」
アフターバーナーの航跡を残し、艦を飛び立つ。
●侵略者たち
「セージューロー・タテ(
ja2990)! アーマード・ディバイン出る!」
冥王軍艦艇から、白い機体が発進する。『ディバイン』型ユニットに重装甲を施し、防御兵装、実弾・ビーム兵器を複数搭載。
「白い起動兵器は、勝つんですよ」
セージューローの言葉には愛機に対する絶対的な信頼が伺えた。
眼前に迫る『アストラル』に容赦なくビーム浴びせると、一機が宇宙の塵と化す。
その陰からもう一機が迫る。
「どうして、貴方達はこんなことを!」
リツキが叫ぶと同時に、ビーム兵器を撃ち込む。が、固い装甲に阻まれ、ダメージが通らない。
「……バカな、直撃のはずだ!」
セージューローが柔和な微笑を浮かべる。
「当たったところで、どうということはない」
なんでも装甲が、通常の3倍らしい。
「中尉が良く抑えている」
艦橋で、冥王軍参謀長ハルヒサ(
ja6843)が呟いた。
踵を返しジュリアン総統(jz0089)に向き直ると、完璧な敬礼。
「総統、例の物の確保に参ります」
「貴官の働きに期待している」
総統は鷹揚に頷いた。
母艦『パーシヴァル』のオペレーター、チェリー(
ja2549)がこっそりと鼻血を拭う。
(総統の儀礼用軍服+マントいかす! 写メ撮って今年の夏用に……)
夏にどうするんだとかは、勿論総統は知らない。
「……全ては総統の為に。暫しのお別れです」
何故か総統の目を見つめ、にじり寄る参謀。
チェリーの鼻血が増量。総統をオカズに、カップル妄想でご飯5杯は余裕!
(まさかあの噂が本当だったなんて! やだ、今年の夏はこれで勝つる!)
総統は蛇に睨まれた蛙のような表情で、声を絞り出した。
「いいから早く行きたまえ。時間は黄金より貴重だ」
総統はかろうじて態勢を立て直す。
「チェリー中尉、鼻からの喀血に注意したまえ。敵の状況はどうなっている」
「え〜敵〜? 捕捉したよ〜☆ とりあえず覇道砲でも撃っとく〜?」
「そのまま維持に決まってんだろ。味方撃っちまうわ」
戦艦『ルヴェリエ』艦長アラン(
ja8773)が口を挟む。
「それで、デートはいつにしようか、総統閣下。あんまり美味いもんもねえだろうが、クオンガーラの名産品ぐらいは奢ってくれんだろ」
アランは流し目をくれるが、それらを総統は華麗にスルー。
「……会議は済んだ。速やかに自艦に帰還したまえ」
アランが不満げな顔をする。
「なんだ、働いた褒美もねえのかよ」
「貴官の有能さはよく知っているとも。褒美は成果に応じて進呈することにしよう」
総統に笑顔を向けられ、敬礼と共にアランは艦橋を辞する。
「あ、総統〜、0時の方向になんかワープアウトしてきたよ☆ 質量的に艦艇だと思う〜」
「……中央政府か、思ったより早かったではないか」
総統がやっとそれっぽい威厳を取り戻す。
「機動兵器の準備を急げ!」
「全く、わざわざここまで来た意味ないんじゃね?」
慌ただしくなる艦内を、アランは我関せずといった風情で連絡艇へと向かう。
「……まあそれならそれで、考えはあるがな」
口元が不敵に歪む。
●宇宙海賊と貿易商と
コロニーの周辺に幾つもの光が瞬いては消える。それらは全て、機動ユニットだ。
シュウ(
ja0435)のかつての仲間、クオンガーラ防衛隊の者もいるだろう。
「派手な戦闘が始まっているな。どうするキャプテン?」
感傷とは無縁の冷静な声で、ムギコ(
ja1553)に尋ねる。
「んーそうねえ、何か美味しい獲物はいるかしら?」
ムギコはスパロー海賊団団長かつ、海賊船船長である。
船は貿易船を装っているが、偽装した外装の下にはレーザー砲を持ち、何よりその内部には強力な兵器を積んでいる。
「そろそろビールも欲しいしね。このどさくさに物資でも頂いちゃいましょうか」
「了解。ではスカルボーンで出る」
シュウは愛機『スカルボーン』のコクピットへ移動する。
背面にX字型の4本の推進機を持ち、ビームソードと頭部・胸部バルカン砲による攻撃が可能な機動性の高い機体だ。
「丁度おあつらえ向きの船がいるぜ」
カイ(
ja1267)は小型艇に乗り込んだ。
「おっけー、シュウちゃん、カイちゃん、たくさん奪ってきてね〜♪」
モニターの向こうで早くも(いつもの)祝杯を上げる団長にサムズアップ。
2人は宇宙の闇へと滑りだす。
向かう先には、一艇の貿易船。
「やっぱり戦場の空気は合わないな……」
アニエス(
ja8264)は片眼鏡の位置をそっと直す。
それでもかつての仲間である防衛隊が、その空気の中で頑張っている。
「うん、あの子達がいるんだ、ボクも頑張らないと」
一見何の変哲もない貿易船だが、実は大事な『荷物』を預かっている。
中央政府の要人であるシジマ(
jb3365)から内密に依頼された仕事だ。
『運んで欲しいのは、このコンテナです。危険な依頼ですが、報酬ははずみましょう。もちろん、あなたの経歴を見ての判断です』
何処か油断のならない印象を与える相手だったが、アニエスは承諾した。
「さすがに戦乱の中、宇宙海賊なんかは寄りつかないと思うけど……それでも油断はできないね」
足元の床のその下に、アニエスは祈りを籠める。
(無事に荷物が届けられますように……)
だがその祈りは、打ち砕かれることになる。
『前方よりビーム接近、直撃、来ます!!』
船を衝撃が襲った。
「さあ、獲物が掛ったわよ〜。艦載機全機発進! 根こそぎ奪っちゃいましょ♪」
ムギコが艦橋で嬉々とした声を上げる。
ビーム砲の直撃を受け、相手の船は動きを止めた。
「派手に暴れてるな? ふ、だがこれなら誰も気付くまい……」
カイはその隙に小型艇を寄せ、貨物室から様々な物資を持ち出す。
「なんだこれは?」
ひと際大きなコンテナを見上げると、首を捻った。
「キャプテン、これどうする?」
カイが映像を送ると、ムギコは即座に手を振った。
「あー、なんか見るからに面倒そうだしほっといて構わないわ」
「了解」
この辺り、海賊の狙いは割とはっきりしている。
目ぼしい物資を積み込み、カイが母船に戻る。その直後、警報が鳴り響いた。
「何……侵入者?」
貨物室には長身の男。冥王軍参謀ハルヒサが何故かそこにいた。
「アレ待って何度目かのでじゃぶ!?」
ヘルメットを外し、こちらを見据える目には、遺伝子に刻み込まれた遠い記憶を呼び覚ます何かがあった。
「レディ、貴女に傷をつけるのは本意ではありません。どうか私の言うことを聞いて頂けませんか」
音もさせずに距離を詰めると、そっと手を取る。
「甘いわ! そろそろ耐性ついてるもんね!」
そう強がったカイだったが、至近距離で甘く囁かれると、意識が遠のく。
「荷物は頂いて参ります。承諾していただける? ……それは良かった」
手の甲に唇の感触。
「またお会いしましょう、レディ」
爽やかな笑顔と共に立ち去る背中と貨物。
暫しの後。
「はっしまった! ……まあいいか」
カイが不敵に笑う。とられた荷物は、ダミーだったからだ。
「キャプテン、とっとと逃げるべ」
海賊艇は、最高速度で戦域を離脱する。
●友との邂逅
コロニー軌道より充分な距離を取った宇宙空間に、白い輝きが広がる。
その光を押し開くように、中央政府軍所属の最新鋭大型戦艦『ネビュラス』と、数隻の艦艇が姿を現した。
「何とか間に合いましたね……」
艦長のフェリーナ(
ja6845)大佐が、小さく息をつく。
その静かな物腰に反し、戦場の気配に光を増す瞳には熱が籠る。
どうにか冥王軍がクオンガーラに到達するまでに到着したのは、幸運と言えるだろう。
「艦長、クオンガーラ防衛隊の機動兵器が交戦状態に入っています。まずはこちらの救援が必要かと」
副官のナギ(
ja0503)が声を掛ける。
「……フェリーナ、指示を」
ナギが、姉としての声になる。有能かつ勇猛な妹に対する信頼は揺らがない。だが、本当の宇宙戦争は誰もが未経験なのだ。
「大丈夫、有難う姉さん」
互いにしか聞こえないほんの僅かの会話。それだけで心は静まる。
「まずは艦載機で支援に当たる。出撃!」
その声に、『ネビュラス』が震えた。
後部席のヒナコ(
ja3001)の指が、コンソールを踊るように行き交う。
「起動問題なし、発進シークエンスに移行。『ヘルブラン』いつでも出られるよっ」
メインパイロットのアツシ(
ja0941)が力強く答えた。
「ヒナコは各種ゲージと索敵をメインに、後はこちらでやる! 出るぞ!」
暗い宇宙空間を、『ヘルブラン』は疾走する。目指すは敵母艦。そこでアツシがカッと目を見開いた。
「この感じ……ユウマ(
ja6901)か!?」
一方、冥王軍の母艦ではユウマが最新鋭機に飛び乗る。
「この感覚は……アツシか!」
かつて士官学校時代共に過ごした旧友であればこそ、自分の手で撃つ。
その悲しい邂逅は、宇宙(そら)を青く透き通らせる。
「ユウマ! お前が何故、そちら側にいる!」
「参謀と総統が面白いからや!」
何か色々台無しだ。
「冥王軍、マジおすすめやで……毎日がスリルと土下座なんやで……! というわけで、甘い弾丸の雨や、くらえキャンディシャワー!」
「お前、変わってしまったんだな……リフレクトコア射出、四方から来る攻撃が今のお前に避けられるか?」
「正面からエネルギー反応、攻撃が来るよ! って……え? アツシくん、そんな装備ないよ!?」
ヒナコが慌てる。まあちょっと言ってみたかっただけらしく、ノリノリでビーム砲発射。
「ふわーはははお前のその手はよう知っ……」
どーん。ユウマ、爆散。
「ゆーまくんはたぶん、土下座からやり直しだね!」
「くそっ、こんな形で出会いたくなかったぜ……」
戦いの悲哀にちょっと浸ってみるアツシだったが、その間に脱出したユウマは回収された。
「……ふ、鰹節守が無ければ死ぬ所やった」
鎖に通した何かを握りしめるユウマだった。
●伏魔殿
母艦に戻ったユウマは、その足で艦橋に入る。
「総統、俺新しい機体欲しいなー♪」
星間通販会社『アサッテクル』のカタログの、付箋を貼ったページを広げる。
「ほらほら総統、これなんかそーとーかっこええやろ? なんちゃって!」
カクッ。何処かで何かが折れる音がした。
「……貴官はいい加減、外観より性能で機体を選ぶべきかと思うが」
総統は眉間に皺を寄せる。
「まあそういうことは参謀に言ってみると良い。必要であれば購入可能だろう」
「そんなん、俺が言うて買って貰える訳ないやろ〜! 総統からお願いしてや、買ってぇー!」
ゆさゆさ揺すられつつ、総統は遠い目をした。おかしい、何かがおかしい。
そこに通信が入る。オープン回線だった。
「司令、お久しぶりです。こんな形での再開になるとは……!」
「……アツシか」
比較的まともだったはずの部下との対面。何故このような形になったのか。
「バーニアを全開にしろ! この一撃もてばいい!」
「了解! 思い切り行っていいよ、アツシくん!」
アツシとヒナコ渾身の一撃が、母艦を揺らす。
が、そのとき。激しいアラームが鳴り響く。
「毛根レーダーに反応、ゆーまくんの時とは比べ物にならないエネルギー反応だよ!」
「なんだこのプレッシャーは!」
その主は、参謀ハルヒサだった。
「全砲門、前方の機体の頭部を狙え!」
艦橋に倒れた総統を抱えつつ、敵意に満ちた目で『ヘルブラン』を見据える。
「総統、しっかりなさってください」
ハルヒサが立て膝で総統を支え、覗きこむ。その姿に、チェリーが再び生き生きと目を輝かせた。
(やだっ総統の寝顔可愛い☆ ちょっと写メって永久保存……って、あれ?)
自分専用のデータベースに送るつもりが、何故か冥王軍全員に一斉送信。
(まあいいか〜☆ 薄い本の宣伝になるかもしれないしっ)
全く悪びれないチェリー。
その頃総統は、頭を打って夢現。
(そうだ、元はと言えば、こいつらが……)
そもそも何故彼が、中央政府に反旗を翻したか。
太陽系外縁部の治安維持軍は、はっきり言ってキツイ部隊だった。
やたら広い守備区域を飛び回り、帰省できる程の長期休暇を任期中に取ることは非常に困難。
だがジュリアン准将の周りには有能な部下が揃った。それも、喜んで。
そして彼らに異動の辞令が出た日。駐留軍司令官たる准将を唆し、クーデターを起こしたのだ。
(ふ……私は所詮、掌で踊らされていた訳か……)
もう起きるのやめようかな。ちょっと思った総統だったが、参謀の声にやおら起きあがる。
「総統、おやつの時間です」
「ちょっと待て、何故君がここに居る」
「は、目的の物を奪取して帰着致しました」
海賊にとってはダミーだった積荷、だが彼らには重要なものだった。
残念そうな気配をすぐに納め、参謀は真顔になる。
「我々にたてつく者に、思い知らせてやりましょう」
その頃『ヘルブラン』は大ピンチだった。
「きゃぁっ! アツシくん、頭部も額も損傷が激しいよ!! このままだと削れて地が出ちゃう」
「後部座席から俺の頭を見て言うな!!」
「えっ『ヘルブラン』がだよ? あっ青い塗料が次々と剥がれて、下地の肌色が!」
「やめろーーー!!」
「戦いって、惨いね……」
無残な姿で離脱する敵機を確認し、チェリーが言った。
「あ、逃げてくけどどうする? 反重力砲でも使う〜?」
「今回は深追いは不要だ。だが次は(様々な意味で)毟る。覚悟せよ」
厳しい目で見つめる参謀に、ユウマが言った。
「でもおかしーなあ、なんであっちの方角がらあきやったん?」
その問いに対する答えはすぐにもたらされた。
メインスクリーンに、アランの凄いドヤ顔が映ったのだ。
『今日からはアラン様と呼んで貰うぜ、ジュリアン様』
彼の戦艦『ルヴェリエ』はそれまでの味方に砲を向ける。
「\きゃー、アランちゃん様ー/」
全く熱のこもらない声で声援を送るのは、キヨセ。
ハルヒサが怒気を押し殺しながら、言った。
「キヨセ……三食おやつ昼寝付きの条件を捨て、総統を裏切るというのだな」
「えー、俺なんか信用するほうが悪いっしょ?」
本来冥王軍からクオンガーラに潜入したスパイ。だが今キヨセは、そのいずれも裏切ってアランの元に行った。
アランがさも楽しそうに椅子に寄りかかる。
「俺を暇にした総統が悪いんだぜ」
命より大事な妹を差し出し、自分含めてデートすることでキヨセを引き込んだ。
そもそも自分が他の誰かに従うというのがおかしかったのだ。
アランはほくそ笑む。自分に跪くジュリアンとか絶対可愛い。
「あっでもー、総統がデートしてくれるなら戻ってもいいよー?」
キヨセが笑顔で手を振る。
この頃の総統がどういう状態かは、想像に難くないだろう。
(もう信じられるのは、お前だけだ……!)
極秘任務を命じたナナシ(
jb3008)の戦果に望みを繋ぐ。
漆黒の戦艦『ネームレス』の艦橋。艦長のナナシは指示を出す。
「このまま微速前進を続けなさい」
ジュリアンの従卒から身を立て、艦長にまで昇進した腹心の部下である。
彼女の艦『ネームレス』は、特殊な電子戦用兵装が施されており、『幽霊戦艦』との異名を持つ。
通信の傍受は勿論、レーダーの撹乱によりいないはずの艦を敵に誤認させたり、逆に自艦の所在を判らなくする。一般的な船舶であれば、外部から操作することも可能なのだ。
但し莫大なエネルギーを消費する為、余程特殊な任務以外、その性能を完全に発揮することはない。
今回はその滅多にない特殊任務に就いていたのだが……。
「まさか、宇宙海賊ごときに先を越されるとはね」
感情の籠らない口調でナナシが呟く。
その視線の先に捉えられるのは、アニエスの貿易船だった。
積荷は、地球で極秘裏に開発された強力な機動兵器。つまりは中央政府も一枚岩ではなかったのだ。
執務室で笑みを浮かべるシジマ。
「そろそろ用意した手土産があちらに届く頃……。せいぜい活用してくれたまえ」
シジマは密かに冥王軍と通じていたのだ。
それだけではなく、人事異動を利用して冥王星駐留軍に不満を募らせ、クーデターを起こさせた張本人でもあった。
「外に気が向いた隙に、私が中央政府を完全に掌握する。その日はもう近い……」
そこに緊急通信が入る。
「何? ば、馬鹿な。貿易船が海賊船に襲われただと? あれは機密だ、奪われるようなことがあってはならんのだ。すぐに破壊せよ!」
シジマの命令は、暗号通信によってアニエスに送られる。
「嫌な予感は当たる、ね」
アニエスは自重気味の笑みを浮かべた。
宇宙海賊の襲撃は目的がはっきりしている分、まだいい。抵抗せずにいれば、目ぼしい貨物だけを奪っていくからだ。
だが今、闇の中から滲み出るように現れた艦船は、明らかに違った。
『お遊びはここまでよ。大人しく積荷を渡さなければ、船ごと破壊させてもらうわ』
レーザー砲の一撃が貿易船の右舷を抉り取る。
『判ったわね。次は直撃よ』
貨物船内は火災が発生していた。
「父さん、父さんーーーー!!」
ガル・ゼーガイア(
jb3531)が嗚咽を漏らす。
開発したロボットを運ぶついでではあったが、いつも仕事で忙しい父との初めての長期旅行だった。
それがこんなことになるなんて……。
「俺に力が……力が、あれば!!」
床を叩き嘆くも、一学生にできることは何もない。だがガルの目前には巨大なコンテナが。
「アウル……ライザー……? そうだ……この力があれば!」
そこに艦長のアニエスの声が響いた。
『ガル君、それを君に託すよ。正しく使ってね』
コンテナが開き、ガルは『アウルライザー』と対面する。パーツのいくつかは海賊を経て冥王軍に渡ったが、本体は無事だった。
「これが……!」
アニエスはそれを見届けると、スイッチを押す。
「さあ、頼むよ『相棒』、次の世代につないでくれ!」
積まれていたのは、かつてクオンガーラ防衛隊に所属していた頃の愛機だった。
既に役目を終えた機体は、アニエスにとってはお守りのような存在だ。それを『アウルライザー』と共に射出し、自爆させた。
「これでいい……」
アニエスはそっと目を伏せる。
ガルの前に、黒い戦艦が不吉な姿を晒す。
「てめぇらか! 親父を殺したのは!」
ガルの怒りの力をエネルギーとするかのように、『アウルライザー』が深紅の輝きを帯びる。
「絶対に許さねえ!」
拳から怒りの具現化のような黒い霧が溢れ、龍のように纏いつく。
「うおおおおお!!!!」
単騎、黒い戦艦へと疾走する。
●戦う者達
クオンガーラ防衛隊もどうにか迎撃態勢を整えつつあった。
「準備が整ったか」
戦艦『インフィルトレイター』でレンが部下の報告に耳を傾ける。
艦艇数の不足を補う為、巨大コンテナを周辺宙域に展開。そこに爆薬と燃料とブースターを取り付け、それ自体を質量弾として使用するのだ。
「では、行くぞ。……コンテナを突進させろ」
進路上に空間ができると、そこに自艦を進ませる。
「対空砲火、敵を寄せ付けるな!」
だが数の優勢を覆すのは容易ではない。狩り漏らした敵の艦艇の反撃も、相当な物だ。
「危ない!」
敵艦の砲台が突然吹き飛ぶ。
「『宙影(そらかげ)』参上ッ! ボクが来たからには、お前達の好きにはさせないもん!」
大ガマ型宇宙船『Gライヤー』の甲板に立つ、細身のヒト型機動兵器。その投擲武器が、砲台を砕いたのだ。
操縦するのは犬乃 さんぽ(
ja1272)。遥か彼方の小惑星帯にあるニンジャの隠れコロニー(さと)の出身だ。
その昔、コロニーの指導者であるさんぽの父が近辺で座礁し、クオンガーラの貿易船に救助されたことがある。
「父様の受けた恩を今、返すんだよ!」
『宙影』は宇宙空間に浮かぶ残骸を飛び移り、冥王軍に迫る。
目立つ敵の出現に、ビーム砲がを狙いを定めた。
「心眼レーダーフルオープン……今だ、上部甲板返し!」
畳の代わりに素早く甲板を立て、艦橋への直撃を防ぐ。
すぐさま態勢を立て直すと、加速。
「お前達にこの動きが掴めるかな」
空間が歪むような初速にレーダーが攪乱され、『宙影』の位置を捉えきれなくなる。
「ニンジャ抜刀ビーム斬り!」
所謂分身の術だ。
真っ二つに切り裂かれた機動兵器が、それぞれ真空を流れて行く。
「我が名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード! 誇り高き龍騎士の名に賭けて! 私は貴様らを滅ぼそうッ!」
冥王軍士官、ラグナ・グラウシード(
ja3538)。『敵は容赦なく撃つ、リア充であれば味方でも撃つ』という評判の狂戦士である。
良く今まで首にならなかったとは思うが、卓越した戦闘能力の高さ故だろう。
「くくく……私の視界を汚す者は、一人残らず宇宙の藻屑にしてくれるッ!」
機械製の飛竜『メガザウルス・レギ』が翼を広げ、咆哮を上げる。
「くたばれ冥王の敵! そしてリア充ッ!」
別にリア充は関係ないが、彼の戦闘意欲維持の為には以下省略。
『レギ』の軌跡は、非モテレーダーにはっきりと捉えられていた。
「きましたわね、ラグナさん」
クオンガーラ防衛隊のエースパイロット、クリスティーナ アップルトン(
ja9941)が呟く。
セクシーなピンクの戦闘服は首までぴっちり覆う身体の線も露わな上着。超ミニスカートから覗くのは生足という戦闘服だが、残念ながら搭乗中なので誰からも見えない。
「『クオンガーラの毒りんご姉妹』華麗に出撃! ですわ」
宿敵の出現に、宇宙決戦用女性型ロボット『バイン=バイン』が出撃する。
「ラグナさん、あなたの思い通りにはさせませんわ!」
行く手に立ちふさがる。
「くっ……相手が女性であれど、私は容赦……」
だがモニターに映るクリスティーナの美貌と上半身に、剣先が鈍る。
「な、何という恐ろしい敵だ……! 大好きすぎる!」
「ヒモテイン装甲板シールド、非モテオーラの中和を確認しましたわ。いきます!」
『バイン=バイン』が『メガザウルス・レギ』に接近、尻尾を掴むと、やおら振り回す。
「くっ、ミサイル『リア充爆砕撃』……使えんか!」
無人の鉄屑となった艦艇に飛竜を叩きつけると、クリスティーナが叫ぶ。
「ばいんばいんミサイル、発射!!」
……2本の円筒形のミサイルが『バイン=バイン』の上半身から発射された。
ちゅどーん!
「ぐあ……ッ、でもボインちゃんは好きで……す(ガクッ)」
愛機の中、ラグナは何処か幸せそうな顔で、首を垂れていたという。
ホムラ(
ja5415)はワームホールを利用したブースト航行が可能な、『軍神アレス』の名を冠する最新鋭可変戦闘機を操り、火星から馳せ参じた。
「フォボス、行け!」
冥王軍の機動兵器に向かって、追尾ミサイルが発射される。
「SPモード移行!」
ヒト型に変形した『アレス』の背に、揺らめく炎を纏う光の翼が発現。
押し寄せる機動兵器のビーム砲が、その炎に絡め取られるようにして消失する。防御力を飛躍的に上げる『結界』だ。
機動兵器では埒が明かないと判断した戦艦が、主砲を『アレス』に定める。
それを見て、ホムラは光の翼を形作る膨大なエネルギーを、今度は構えたブラスターに集約させる。
「当てて見せる……!」
赤い火の玉が一瞬で小さくなったかと見るや、赤い帯となって伸びて行き、戦艦が大破する。
機動兵器としては、脅威的な破壊力だ。その威力に、暫し冥王軍が『アレス』を遠巻きにする。
だが膨大なエネルギーを使うレーザー砲『ダイモス』は、一度発射するとクールダウンを要した。
ホムラはその間に、通信回線を開き、呼びかけた。
「父さん、何故クーデターなんか! 俺だよ、話を聞いて!」
ズルッ。
総統が椅子の上で身を滑らせた。
「え〜総統、幻滅……!」
チェリーがさも不満そうに冷たい視線を送る。
「待て、いくらなんでもそれはない! あの少年の年齢を考えたまえ!」
「不可能ではありませんね」
ぼそりと呟く参謀。
「君は私の言葉が信じられないと言うのかね?」
「とんでもありません。寧ろ本当なら喜ばしいことではありませんか」
「……こちらの動揺を誘う、心理作戦だ。騙されるんじゃない」
「ええ、そうでしょうとも」
参謀の笑顔が宇宙の星より冷たく煌めく。
援軍を得て、徐々に冥界軍をクオンガーラが押し返す中、十郎太はますます勢いを得て『ディバイン』を駆る。
敵の斬撃に盾を切り裂かれ、あわや撃墜─―と、その盾の下でビーム剣受け!
「この名場面再現もわからんのだろうなァ!」
何やら悦に入っている。
レイシはその十郎太が仕留めやすいよう、デブリの陰に『アストラル』で潜み、誘いこむように時折攻撃を仕掛ける。
リツキは、まだ白い『アーマード・ディバイン』と交戦を続けていた。
「固すぎる、このままじゃキリがない……!」
そのとき十郎太が、突然カッと目を見開いた。
「レイシ! リツキ! 合体だ!」
「は!?」
「いいから叫べッ! 光纏!」
何故かレイシも勢いにつられ叫ぶ。
「が、合体!」
「GO!」
「「「エリュシオン!」」」
その声と同時に3体の機体が不思議な光に導かれそれぞれ変形、合体。
「な、なんだこれ……身体が熱い!」
リツキが拳を握る。
「やだ何これ、きもちいい……!」
レイシが声を上げる。
「うおおお、もう死んでもいい……!」
十郎太の叫び声と共に、『エリュシオン』がポーズを決めた。
「ふむ、では見せてあげよう。冥王軍の兵器の性能を!」
セージューローの白い機体が、突然装甲をバージする。双剣を振るい、身軽になった『ディバイン』が突進する。
●最終兵器
クオンガーラ、冥王軍、共に被害は拡大していた。
互いに譲らない戦いの中、中央政府の討伐隊は最後の手段を決意する。
「全味方部隊に警告しなさい。本艦の射線上より至急退避せよ、と」
戦艦『ネビュラス』の艦橋でフェリーナが命じる。
「副長、異論はないわね」
ナギが静かに頷く。その目に決意が籠る。
戦艦『ネビュラス』の決戦兵器は、いわば両刃の剣だった。その威力は凄まじいが、『発射時リスクが度外視』されている。つまり、艦を沈める覚悟が要るのだ。
「艦長、皆を退避させませんと」
「そうね。総員、緊急退避! ……今まで有難う」
フェリーナの声に、ブリッジに啜り泣きが響く。
誰もいなくなった艦橋に、ナギとフェリーナだけが残る。
「艦長、こちらが認証システムです。どうぞ」
「最後までつき合わせてごめんね、姉さん」
フェリーナは暗証番号を入力し、手をかざす。その瞬間。
「!!」
フェリーナの身体をカプセルが包み、高速で艦橋から放り出す。
「こんな姉で、ごめんなさい。でもこの先、中央政府には戦闘指揮官が必要。今あなたを失う訳にはいかないの――さようなら」
ナギはキッと前を見据える。
「決戦兵器――小規模星系の国家予算並の一撃、受けてみなさい」
白い光が、宇宙を区切るように伸びた。
「姉さん……!!」
フェリーナはただ、脱出ポッドの冷たいガラスを叩くしかなかった。
「彼らは、相当の代価を支払うことになるわね……!」
大事な物を失った埋め合わせは、彼ら自身に購わせる。
フェリーナは固く拳を握りしめるのだった。
最終兵器の一撃に、冥王軍はその左翼の大部分をもぎ取られた。
残る戦力を立て直し、引き上げる様は見事な手際であったと言う。
こうして人類初の宇宙空間での大規模戦争は、初戦を終えたのだった。
――そしてこれは、幕開けにすぎない。
<了>